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2026.08
2005.08.09
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カテゴリ: 思う。
先日ある方のブログに、「人生に疲れました」という記述がありました。

反対に、「もう少しがんばってみましょうよ」と励まされてしまいましたxxx

友達とも話していたのだけれども、仕事も恋も、若い時と違って、何かと面倒なことが多くなった。
大人の責任というか、制約というか。。。
あれー?僻みっぽい?

自分ではどうにもできない事もあるし、無邪気に突き進めないことばかりで、いやになります。
時間が経ってみないと分からない、どうなるか分からない、ということも多い。
若い時にもっともっとやってみればよかったと思うけれども、


今なら、自分は傷ついてもいい、と思えるのに!
思い通りにふるまえるなら、傷つきたいのに!

それができないって、泣くことも許されないようで、なんだか窮屈。
私は、「今を生きる派」なので、あまり、将来のため、とかって考えていないほうだけれど、
だからって、好きなようにしていたのでは、周りに迷惑がかかる。。
そこは、大人だから、我慢、我慢。
そんなことを考えると、どんなコトバも無意味な気がして、言いたいことが言えなくなってくる。
(そういいながら、半ば面倒くさがってたり、諦めてたりしてるとしたら、サイテー!!)
でも、どうにもできないまま、いつまでも待たなくてはいけないと思うと、なんだかなぁ。
それって、他力本願というか、時間任せというか、責任逃れのようでね。
やっぱり窮屈?やっぱり傷つくほうが全然いいような気がする。

大人ってつまらないな。。。大人のフリをして、大人として存在するって。。。

でも、
好きなこと、好きなものを諦めるのが大人じゃないっ!
物分かりがいいだけなのが大人じゃないっ!

「人は他人に迷惑をかけない範囲で自由だ。」

多分自分の基準じゃないから。相手によっても違ってくると思う。
で、自分は、どうしたいのだろう?どうなりたいのだろう?

考え始めると、きりがない。
けど、だからこそ小さなことに目を向けなきゃって思う。
清々しい風、花の匂い、今日の食事、何気ない会話・・・
余計なことを口に出さなくても、「優しい時間」は過ごせる。うん、大人の余裕で。

案外みんなそう思いながら生きているのかもしれないな。
「何が」じゃなくて、漠然とそう思う。
私の知ってる、何人かの「大人の格好をした」人は、共感してくれると思う。

もう大人だから、毎日の暮らしにまさか大きな変化はあるまいと過ごしていたら、
ある日を境に、突然ある特定の人が必要になったり。
これは「特別なひと、大切なひと。」だ。

反対に今までかかわってた人にとって、自分が必要でなくなったり。
何となく、連絡がとれなくなった、とか。
これは、この前友達が言ってた、「残る人、残らない人。」。

若くても、そうじゃなくても、人の気持ちが変わっていくのは常のこと。

私がいなかったら淋しいと思う人は?あ、そうじゃないから、「残らない人」がいるんだ。
私がここにいることを喜んでくれる人は、どの人だろう。
たまにでも、思い出してくれる人は?なんか厚かましい感じだな。
けど、まだまだ、これから出逢うこともあるかもしれない。

だから、やっぱり投げ出してはいけないのだね。

こんなあたしでいいのか?ダイジョウブか???
それでも、「残る人」は「残る」のでしょう。

女の子?だから、好きな人のために存在したい。
そばで笑って、歌って、歩いて、手をつないで。
でもそれは必要とされなければ私自身の意味がない、ということだから、なかなか難しい。

だから受身っぽいけれども、私は自分が必要な人のために存在しよう。
だから、必要とされて呼ばれたら、すぐに駆けつけるのだ。
びゅんびゅーん。


難しいことを考えてしまったけれど、
その鬨がきたら、何か起こったり、何かが変わったりするはず。
いまは、のんびり、てれてれ過ごそう。






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Last updated  2005.08.09 21:46:57
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