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 確かめたくて、あたしは聞いた。
「今、言っただろ?」
 うそつきだね、瑛は。
「奈々は? おまえはどうなんだよ」
「やさしいとこ」
 …………あたしも、嘘つきだ。

 うそのことば。つくられたすがた。
 瑛は大嘘つきだ。



「奈々……」
 あきらがささやく。
「奈々……? 寝たのか……?」
 眠りたい。何も考えたくない。どうしてこんなに悲しいんだろう。
 …………どうしてこんなにむなしいんだろう。

 ふたりで暮らしはじめてから、あたしは夜明けが嫌いになった。朝が来る、ほんのすこしまどろんで、あたしは朝食の用意をする。それが終わると瑛を起こして、一緒に食事をする。そうして瑛は仕事に出かけていく。あたしは長い時間、瑛の帰りをここで待つ。
 ただそれだけ。それだけの生活。
 それだけになっているあたしが嫌だ。
 朝なんて、来なくたっていい。太陽なんて沈んだまんまでいい。
 それでも容赦なく朝は来て、あたしはそんな毎日をくりかえす。

 すこしずつ、すこしずつ、捨てていった。

 凶器のような爪。
 履き捨てるような言葉。
 鋭いまなざし。
 ……気の知れた、トモダチ。

 こんなに変わってしまった。こんなに変わってしまったのに……。

 …………やめよう、きりがない。一人の時間は長すぎて、どうでもいいことをつい、考えてしまう。
 部屋の隅に掛けられた、白いエプロンが視界に入る。まっしろで、ひらひらの、お姫様みたいなエプロン。
 白いのは嫌い。つまらないし、なんだか目が痛い。結婚式で新婦の衣装が白いのは、俺の色に染まってくれという、男性の思いが込められていると、何かで聞いた。
 ……女の手編みは怨念がこもってそうで嫌だっていう男がいるけど……。
 あたしは重たく息を吐いた。そんなこと、どうでもいい。そんなこと、考える必要ない。
 ……今日は、何を作ろう。なにをつくろう……。

 ごはんだって、はじめはつくっちゃいなかった。一緒に暮らして何日か経って、なんとなく、やってみただけの筈。
 あきらはこういうの、喜びそうだと思ったから。瑛が喜ぶと思ったから。あたしは買い物をして、キッチンに立ち、夕食を作った。
 つくりながら、そのときは思ったものだ。なんだってこんなことで、瑛が喜ぶとか、思っちゃってんだろう、あたしは……と。
 ……こんなことして、喜ぶもんなんだろうか。

 帰ってきた瑛は、それはそれはものすごい、はしゃぎようだった。ものすごく喜んで、どうってことない料理を、片っ端から褒めまくった。料理レポーターかよ、思ったけど言わなかった。
 そして次の日、あのエプロンを買ってきたんだ。
 ……あのときから。
 ささくれだった爪の付け根が、心地よいシーツに引っかかるみたいに、何かがあたしの心に引っかかるような気がした。

*****

「プレゼント」
 瑛はそれを嬉しそうに差し出した。白いエプロンを。
「あたしに?」
「うん」
「……あたしのために?」
「そうだよ」
「あたしへの、プレゼント……?」
「そうに決まってるだろう? おまえが喜ぶと思ってさ」
 言葉が、出てこなかった。何を言ったらいいのか、わからなかった。
「どうかしたのか?」
 やさしく掛けられる、瑛の言葉。
「…………ありがとう」
 涙が出た。なんだか泣けてしまって仕方がなかった。
 あきらはそんなあたしを、優しく抱きしめて、ずっと頭をなでていてくれたっけ……。

 変わらなくちゃいけない。変わらなければ。自分の思いに脅迫されるように、あたしは変化に加速をつけていった。
「うそつき……」
 じぶんのつぶやきに、はっとする。言葉にしてしまうと止まらない。泣いてしまいそうになる。
 うそつき……うそつき……うそつき……うそつき……うそつき……
 あたしも、あんたも、嘘つきだ。
 早く夜が来ればいい。あきらの顔を見れば忘れられる。こんなやりきれない、訳のわからない思い。一緒に眠っていたい。朝が来なければいいのにと思う。
 朝が来て、あきらが仕事に行ってしまうと、もうあたしは生きてはいないもののようだ。ぐにゃりとした、おかしな物体。
 そんなふうに、あたしは3ヶ月も暮らしていたんだ……。

「子供、欲しいな」
 ベッドの中で、あたしの髪をなでながら、瑛は言った。
 あたしのすべての思考が止まった。なんて言った、このひとは今なにを……。
 信じられない言葉を聞いた気がする。どうして? ……どうしてだろう。
「かわいいだろうな。俺と奈々の……」
 なんと続けたのかはしらない。
 あたしはそんなこと、考えたこともなかったのだ。そして、考えてはいなかったのだ、そんなことは。

 このひとが望んでいること、あたしが望んでいること。
 このひとが望んでいるもの、あたしが望んでいるもの…………。
 このままではいけない気がする。早く何とかしなければ……。

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最終更新日  2010.04.02 23:53:19 コメント(1) | コメントを書く


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