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「今日、友達来るから」
 瑛がワイシャツを着ながら言う。あたしはコーヒーを淹れながら聞いた。
「……何人?」
「3人くらいかな。女ばっかりだよ。鍋用意して、待ってて。材料は持ち寄るから」
 つまんねえの。夕食材料代は、今日は無しかよ。男は来ないんだ。へ~え。あたしは心の中でぶつくさ言いながら、返事をする。
「わかった」


 嫌だな。そう思った。瑛のトモダチは嫌いだ。嫌いなタイプばっかりだ。特に女は最低。あたしは瑛に連れられて、そこに交じったことが何回かある。そしていつも、ひどくつまらない思いをした。早く帰って欲しい。早く帰りたい。そう思っていた。

 こんな不味い酒ははじめて。真っ先にそう思った。そしてトイレにこもってゲロゲロ吐いた。そうだ、酒飲んで吐いたのも初めてだ。
 瑛と暮らしてから、あたしは一人のときにしか、酒を飲まなくなった。瑛はあたしが飲むといい顔をしないし、そいつらと飲むと、どんなにちょっとの量でも必ず吐いてしまうから。
 日が、暮れてきた。あたしはエプロンを着けて、瑛の帰りを待つ。

「きゃー、奈々ちゃん、元気だったー?」
 瑛の 『ただいま』 はこの声で消された。
「おかげさまで」
 何がおかげさまなのかは、あたしも知らないが、一応答える。
「あがったら、絵理香さん」
 スリッパを出してやる。エリカに続いて2人の女があがり込んでくる。なまえはよく覚えていない。あたしはもともと、人の名前を覚えるのは苦手だし、こいつらにはまったく興味が持てなかったので。
 エリカだけは、覚えた。あたしがここに来る前にも、何度か顔を見たことがある。あんまりにも好きになれないタイプだと、友達みんなで思った。
 パッと見は、いい女っぽいイメージ。露出の高い、身体の線を出す服を好んで着て、アクセサリも、派手だった。

 エリカは瑛のお気に入りだった。エリカが、エリカは……瑛の口から、何度その名前を聞いただろう。

「奈々ちゃんって、かわったよね」
 自分の名前が出てきて、ぼんやりしていたあたしは、彼女たちの会話をまともに聞こうとした。
 言われなくても、そんなこと、自分がいちばんわかってる。なんでこの人はあたりまえのことを、いちいちおおげさに言うのだろう。
「なんか更正されたかんじ?」

「はじめて街で見たときさ~、何このあばずれって思った~」
 ビッチはてめえだろうが。人の男のトコ、乗り込んできやがって。心の中で毒づく。
「高校生って信じられなかったもん。あれでしょ、前一緒にいたコたちもそうなんだよね」
「そうですけど」
 無視しつづけたかったけど、問いかけられちゃ仕方ない。
「ふけてるよねー。ガラ悪いしさ。ああいうのと付き合うの、やめてよかったよね、奈々ちゃんは」
「ねえ~」
「いますごくかわいいもん」
 あんたたちに気に入られても、うれしくねえよ。
 思ったことを、言葉にしてはいけないもどかしさが、あたしの思いに加速をつける。そんなあたしのきもちなんざ知らずに、エリカは話し続けた。
「子供なんだよね、結局。ああいうコたちはさ。将来ぜったい後悔するに決まってるよ」
 ……後悔するかどうかは、経験してみなきゃわからないだろうが。あんたたちにあたしたちの何がわかるの? 絶対にわかりっこない。
 あたしたちは馬鹿にしてた。あんたたちみたいな女。ああはなりたくないよねって。知ったような顔して、そのくせなんにも知らなくて、イイオンナぶって、そのくせ家庭的なことを、自慢げにみせつけて。たいしたことも出来やしないくせに。
「煙草もお酒も、味なんてわからないくせに、キツいのやってればいい、みたいな? こどもっぽいったら」
 くそえらそうにエリカは言った。いらいらする。早く帰ってくれないかな、こいつら。
 ……だよね~……でしょう……そうそう……わかるわかる……会話の合間に挟まれる、こいつらの打つあいづちがまた、あたしのイライラを煽り立てる。
「あ、煙草きらしちゃった」
 その言葉であたしは、ふと我に返った。
 嫌だ、煙草って単語に反応してるよ。あたしってば。
「俺のやるよ」
 瑛が言う。なんだかあきらの声まで遠いみたいだ。嫌になっちゃうな。
「えー、瑛ってフロンティアでしょ~」
 バージニアスリムじゃなきゃ、やー、とか言ったら大笑いだな、なんて思う。なつかしいな、なんだか。
「奈々ちゃん、吸う人だよね? 持ってない?」
「……あたしは」
「あ、そいつもう煙草、やってないんだ」
 あたしのかわりにあきらが答えてくれる。ほっとした。自分で言うのは、なんだか嫌だったから。
「吸ってたところでハイライトだぞ、こいつ。やめさせた」
 ……なに、いまの。ちょっと……あきら……?
 錯乱した。頭の中がはじけてしまったみたいだ。まともにもの、考えられない。目の奥が熱かった。喉の奥がひどく軋んだ。泣き出してしまいそうだった。
 嫌だ。こんなところで泣きたくない。こんな奴らの前で泣きたくない。
「よくそんなキツいの吸ってたね」
 エリカがなにか言ってる。誰かとめてよ。泣いちゃうよ。
「あたし駄目~。バージニアスリムメンソールじゃないといやなひと……」
「ぶはっ」
 一気に涙がひいた。時間差で来られると、さすがにウケる。おかしすぎだろ。
「ふ……ふふふ…………」
「奈々?」
 瑛の声。
「奈々ちゃん?」
 エリカの……くっ……あは……笑いがとまんない。
「あはははははははっっっっっ」
 あたしはしばらく、どこかおかしくなったように笑っていた。こんなに笑ったのは久しぶりだ。こんなくだらないことで笑ってる。ばかじゃねえのって、じぶんでツッコミたくなるほど……だけどなんだか気持ちがよかった。
「…………きにしないで。笑いたかっただけ」
 笑いをこらえてあたしは言う。捨てたあたしをすこし、拾った気がした。

「なんだよ、さっきの態度」
 みんなが帰った後で、瑛が言う。思っていたほど、帰ってくれた嬉しさはなかった。
何かが変わった気がした。ほんの少しだけ。あたしはすこし考えてから、慎重に言う。
「ごめんね。酔ってたんだ、きっと」
 瑛はそれで納得したようだった。でもね、そんな言い訳が通じてしまうこと自体、おかしいとは思わない? ……ねえ、あきら。
 ねえ、おかしいとは思わない? 瑛……?

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最終更新日  2010.04.03 14:33:06
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