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 あたしは久しぶりに、地元に戻ってみた。瑛を待つ生活は、やめた。
 服屋に入ってみる。冬物が入荷されていた。店の中をひと巡りして、あたしは自分の好みが変わっていないことに安心した。今着ている服には、ぜんぜんそぐわないデザインだけど。
「……奈々生?」
 ためらいがちに、後から声が掛けられる。
「……ナナオ……だよね?」
 もういちど、そう呼ばれる。瑛のところで、ずっと 『奈々』 と呼ばれていたあたしを、奈々生と呼ぶその声は、とてもなつかしい。あたしの名前を、うしろのほうを強めるように 『ナオ』 と呼ぶ。
 あたしは急いで振り向き、相手の名前を呼ぶ。
「フジムラ?」

「ナオ~。どうしてたんだよ、今まで。行き先ぐらい言ってから消えてよね」
「ごめん」
 藤村は謝るあたしのことを、じっと見つめた。
「なんかナオ、落ち着いたね。はじめ誰だかわかんなかったよ。……男できたの?」
「うん」
「そっか、でもたまにはガッコにも顔出しなよ。卒業できなくなっちゃう」
「うん」
 あたりまえのことだけど、藤村が変わってないのが嬉しかった。かわらずに接してくれるのがうれしかった。
「……そいつのとこにいるわけ? 今」
「うん」
 あたし、さっきから 『うん』 しか言ってない。なにかもっと、まともに話したいのに。

「うん……は!?」
「見たい」
 駄目だと言いたいような、ものすごく来て欲しいような、おかしな感じがした。
「いや……それは…………うん、いいよ」

 瑛の部屋に着くまで、あたしたちはたくさんの話をした。ひさしぶりに 『話をした』 という実感があった。フジムラのほうの近況。みんなのこと。


 ……帰りたいな。ふと思った。そんな自分が悲しかった。

「結構いいとこ住んでるね。何してる人、そいつ」
「リーマン。でも酒、駄目なんだよ、あきらは」
「あきら……か。セイちゃんも酒、だめだよ」
「フジムラの恋人?」
「ふふ。そう」
「そっか……いいな……」
 つぶやくあたしのことを、藤村が驚いたように見ている。なにかおかしなことでも言ってしまったのだろうか、あたしは。
 藤村は首を軽く左右に振って、煙草を取り出し、火をつけた。あたしは灰皿を差し出す。
「どんな奴なの? アキラって」
「……あ、ちょっと待って。ご飯作らなきゃ。今日の帰り、早いって言ってたから……」
「……わたし、帰ろうか?」
 フジムラの目が、ちょっと怖い感じがする。なぜだ。
「ううん、食べていきなよ」
「……なんか、手伝おうか?」
「いいよ。すわってて。お客さんだもん」
 あたしがそう言うと、フジムラはため息をつくように、煙草の煙を吐いた。

 ごく簡単な料理を作って、リビングに戻る。フジムラは煙草を吸いながら、あたしのことを見ていた。
「ナオって、メシ作れるんだ」
「すじがねいりの一人暮らしだったからね、あたし」
「わたしはレトルトばっかだよ。私が料理するとさ、なんだか意味不明な、得体の知れない、不気味な何かが出来上がるんだもん」
 フジムラは煙草をもみ消して、箱を軽く振りながら、あたしに差し出した。
「ナオ、いらないの?」
「……やめてんだ、あたし」
 すごく言いにくかった。なんだか反応がこわかった。
「…………まじで?」
「うん……嫌がるし」
「アキラとかいう奴?」
「…………うん」
「……愛だね」
「そうかな……」
 そうなんだろうか。そうなんだろうか……。
 しばらくあたしもフジムラも黙っていた。
 なんだか沈黙が苦痛になってきた頃、フジムラが言う。
「あのさ、ナオ」
 その時。
 かつん、かつん……
 足音が聞こえた。続いてドアを開ける音がする。かえって、来た。
「ただいま」
 近づいてくる。こっちにくる。あたしはなんだか緊張しながら、その瞬間を待っていた。
「おじゃましてます」
 フジムラが軽く頭を下げる。瑛は無言で、奥のへ屋へ行ってしまった。
 どうして……?
「ごめん、フジムラ。ちょっと待ってて」
 あたしは立ち上がって、瑛のところへ向かった。

「……誰?」
 不機嫌そうな瑛の声。
「トモダチ……だよ」
 やっぱり瑛は怒っている。そんな気は……していたけど。
「人の留守中に、勝手に他人のこと入れるなよ」
「ごめん。あの……久しぶりに会ったから。ね、三人でご飯、食べよう?」
 謝ったけど、瑛はまだ怒っているみたいだ。
「煙草、吸ってただろ」
「友達が……」
 あたしが吸ったわけではないのに、なんだかひどくうしろめたい。
「あの子が帰るまで、俺はここにいるから」
「……なんで?」
「あんなろくにもの考えてないような奴らと、付き合い持つなって言ってるんだよ」
 怒ったみたいに、瑛は言う。
「よしてよ」
「せっかくナナは、まともになってきたのに」
 あたしの心の中に、冷たい風が吹いているみたいだった。凍りついてしまいそうだ。
「早く帰らせろよ」
 瑛はそう怒鳴った。信じられない。
「聞こえるよ」
「聞かせてるんだよ」
 大声で怒鳴る瑛を、あたしは信じられないものを見るように、見ていただろう、きっと。
「おまえのためにならないだろ。あんなのと関わってたら……ったくこんなんじゃ、俺のいない間に、誰連れ込んでるかわかったもんじゃない」
「…………もういいよ!!」
 あたしは部屋を飛び出し、後ろ手に戸を閉めた。
「ごめん、フジ……」
 フジムラはもうそこにはいなかった。灰皿から立ちのぼる、消し損ねた煙草の煙が、やたら目にしみた。泣いてしまいたかった。ものすごく泣きたかった。
 だけど、瑛の前で泣きたくなかった。
 このひとは、あたしのことを、泣かせてもくれないのだ。そう思うとなおさら悲しかった。どこかへ行きたい。ここじゃない場所へ。
 あたしは靴をはいて、日の落ちた外へと飛び出した。
 行くあてなんかなかった。そんなこと考えてる余裕なんてなかった。

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最終更新日  2010.04.03 20:18:44
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