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2025.10.13
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カテゴリ: 音楽


これは、東大紛争当時、同大法学部教授であった丸山眞男が全共闘学生による「吊し上げ」の席で浴びせられた罵声だそうです。(のちに当人は、こんな「むき出しの憎悪」にいままであったことがない、と回顧しています。)

よく知られているように、1968年に始まった東大紛争は学生らによる安田講堂占拠に発展し、大学当局はこれに対して翌年1月に警察(機動隊)を導入、学生らを強制排除することで鎮圧しました。丸山が糾弾されたのはその直後の2月から3月にかけてで、直接の理由は彼がこのような強権を発動した大学当局者の一人とみなされたからでした。

とはいえ、冒頭のセリフを眺めると、学生たちのもっとドロドロとした怨念(ルサンチマン)のようなものが感じられます。特にベートーヴェンへの言及は、それが西洋クラシック音楽、さらにはそれを含む西洋流の学問・文化全体(=旧制高校・帝大に由来する学歴エリート文化=教養主義)を象徴するものとして、学園紛争に関わった大学生に強烈な 嫉妬の感情 を呼び起こしていたことが見てとれる点で非常に興味深いところです。ではなぜ彼らはそんな感情に駆られたのか?

丸山は、敗戦後に新たな政治規範となった民主主義の下で、それを擁護・推進する「進歩的文化人」(左派リベラル知識人)のエースとみなされるようになりましたが、それからわずか20年ほど後には左派の活動家学生たち(日本共産党と袂を分かったので新左翼とも呼ばれる)から前述のような糾弾を受ける立場となり、その後定年を待たずに1971年3月に辞職(57歳)。論客としての人気や影響力も急速に失われたようで、亭主が大学に入った1970年代終わりにはほとんど彼の名前を聞かなくなっていました。

表題の本(2005)は、同じ著者による前著「 教養主義の没落 」(2003)の内容をさらに深掘りしたもので、大正時代から太平洋戦争前後にかけて典型的な学歴エリートコースを歩んだ丸山眞男(1914-1996)の生涯を、当時の社会情勢や政治状況などを参照しながら辿ります。亭主も丸山の「日本の思想」(岩波新書)や「戦中と戦後の間」(みすず書房)を読んだ覚えはあったものの、40年以上も前のことでその中身は綺麗さっぱり忘れていたので、本書のおかげで初めて彼の仕事を俯瞰的に眺めることができました。



著者によれば、丸山の原点は戦前に遭遇した国粋主義者による左翼・リベラル思想、特にその擁護者である旧帝大教授への暴力的な批判という体験(「赤狩り=日本の マッカーシズム 」とも例えられる)にあります。( 瀧川事件 美濃部達吉の例 がよく知られています。)丸山は、戦後この恐怖の体験と嫌悪感をバネに、戦前の政治思想・体制を批判する「超国家主義の論理と心理」という論文を提げて論壇にデビューし(1946)、一世を風靡します。ところが、1960年の「安保闘争」で政府批判に消極的な立場を取ったことを境にして徐々に批判される側へとまわり、そのカリスマ的な人気を失うに至ります。著者はこの間の一連の動きを、当時の日本の政治状況や統計データなどに基づいた経済・社会情勢の変化から読み解いていきます。

それによると、学園紛争当時、大学教育は進学率の上昇によって大衆化し、大卒は社会のエリート予備軍ではなくなりつつありました。冒頭の罵声の根っこにあるのは、自分たちにもはや光輝く未来はないと感じた学生たちが抱えていた不満や焦燥を発散するために、目の前にいる親世代の学歴エリートたちを吊し上げていたというふうに見ることができます。(当時の論壇で同じような動機を匂わせながら丸山批判を展開したのが非エリートの知識人と目される吉本隆明、あの吉本ばななの親父さんです。)

とはいえ、本書の最大の眼目は、日本における戦前の左翼・リベラル思想に対する「赤狩り」的な批判と、戦後の右翼・国粋主義に対する批判(丸山らに代表される)が コインの裏表のように相似形 であることを明確にした点にあります。(丸山に対する批判の核心もここにあります。)

亭主をはじめ戦後生まれの世代は、戦前の日本で実際に何が起きていたのか詳細をよく知らないまま、「戦後民主主義」の土台としての左翼・リベラル思想を受容してきたとも言えます。ところが、そのような思想の根底ある西洋由来の学問・文化は、政治思想も含めあらゆる点で両義的であり(帝国主義もあれば民主主義もある)、左右どちらの側にとってもお手本だったことを見落としがちです。

それにしても、丸山に浴びせられた「ベートヴェンなんかききながら、学問をしやがって!」という罵声、クラシック音楽ファンにとってはかなりショッキングなものではないでしょうか?

これを理解するためには、ビートルズに代表される戦後のロックミュージックが「クラシック音楽なんか糞食らえ」という大衆とエリートの間の文化闘争の産物(カウンター・カルチャー)であったことを思い出す必要があります。ビートルズがカバーして有名になったチャック・ベリーの曲の題目「ベートヴェンなんかぶっ飛ばせ(Roll over Beethoven)」にも上記と通底する感情が流れています。

近頃は世界のあちこちで戦争が日常化し、当事国の音楽家も不当な差別の対象になります。これを誤りとして批判することが大事なことはいうまでもありませんが、その理由としてよく持ち出される「音楽に政治を持ち込むな」というスローガンにはあまり意味がないことも心得るべきと思われます。なぜなら、戦前のドイツにおけるワーグナーの例を持ち出すまでもなく、音楽それ自体はけっして政治から自由ではないからです。







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Last updated  2025.10.14 09:10:11
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