『あの・・・、サヌールで女の子と遊ぶ相場は幾らくらいですか?』
『・・・・・・』
印象と掛け離れた男の問いに戸惑い、
まじまじと顔を見つめた。
それに、この手の質問にはうんざりしている。
即答を避けると、男は畳み掛けてきた。
『昨日の夜サヌールの置屋に行って遊んだんですが、ショートで三万円、それにチップ一万の四万円。これって安いですよね?』
相場の 10 倍である。
『とんでもなく高いですよ』
『そうですか・・・? バリに来る前にジャカルタで遊んだんですが、五万円にチップ二万の七万。それに比べたら安いでしょ?』
観光客が威勢よく札びらを切ろうとも、ぼられようとも知ったことではない。
とはいえ、この男の風貌は洒落者とは程遠く、
身奇麗にしているが、どちらかというとみすぼらしくもある。
それにしても、無知すぎるのに苛立ち、
『それは、余りにも知らなすぎですよ!』
僕の口調には、叱責する意思がこめられていたと思う。
と、ここまでは在り来たりの話しである。
ところが、この後が違った・・・。
『僕はいま五十五歳なんですが、なにも知らないんです・・・』
ぼそりと呟いた。
五十五歳なのに何も知らないとは、どういう事なんだ。
『僕は、ついこの間まで僧侶だったんです・・・・・・』
『だった・・・ということは、辞めてしまったんですか?』
『ええ・・・・』
男は苦渋に満ちた表情を覗かせた。
子供の頃に仏門に入ったので、
世間のことはもちろん知らないし、
こうして魚や肉も食べたことがなかったし、
女性も知らなかったという。
それなら女遊びの値段も知らないのも無理はない。
五十五歳まで知らなかったことを今一気に取り戻そうとしているのだろうか・・・・。
おそらく想像を絶する苦悩の挙句の決断があったのは明白である。この男が生きてきた人生の重みがじわじわとのしかかって来た時である。
『僕は、このバリで埋没したいんです・・・・・・』
男は静かに言った。
なぜ五十五歳で僧侶を辞めてしまったのか?
バリで埋没したいって、何のためにバリにやって来て、この先どうするのか・・・・。
続く
緊急 尋ね人です!
日本人、男性。年齢 55 歳。
身長 170 センチ位、体格はわずかに脂肪が
ついている感じの中肉中背。眼鏡なし。
元僧侶
僕が出逢った時の風貌は、黒い革靴、灰色のよれよれの夏ズボンに、やはりアイロンの掛かっていないワイシャツを肘まで無造作にまくっていた。
頭髪は五分刈りでよれよれのベージュの帽子を被っていた。
肝心の名前は聞いていないので不明です。
こんな感じの人を見かけたらご一報ください。お願いします。
ひどく気懸かりになっている客です。
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