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これはその学徒が、自らの学校を守り、多くは倒れる話だね。
A氏
: 朝鮮戦争
というと、 1950年
からで、覚えやすい数字だね。
勃発が 6月25日
。
私
:この映画では 北朝鮮軍
の大佐が出てくるが、 8月15日
まで勝利という言葉が出てくる。
その日は 金日成
の誕生日なんだね。
北朝鮮軍はそれをめざして進撃するんだね。
この映画は実話に基づいていて、 1950年 の 8月11日 に学校を攻める 北朝鮮軍 と学徒 71名 との戦いだね。
この映画では、すでに アメリカ軍
が参加している時期だね。
韓国軍の将校が、応援を アメリカ軍
に要請に行くが、アメリカ軍にも余裕が無い。
そのとき、2つの 新対戦車 バズーカ砲
が提供される。
A氏
:北朝鮮の 戦車
はソ連の最新鋭のもので、その鉄板はアメリカの バズーカ砲
ではびくともしなかった。
あわてて口径の大きなバズーカ砲が作られ、補給されたという。
この映画の8月頃には 新バズーカ砲
が間に合ったわけだ。
私
:ここに登場する学生は、俺たちと同じ年齢だね。
朝鮮戦争が起きたとき、俺たちは 高校生
だったからね。
もう、20年前になるかね。
俺は、韓国に用事で行ったことがある。
そのときに、通訳をやった人が俺と同じ年齢だった。
彼の 高校生時代
は3年続いた朝鮮戦争の真っ只中で、 自動小銃の発射
で青春が終わったと言っていた。
彼は、最初は韓国軍にいたが後に北朝鮮軍に入り、最後はまた韓国に戻ったという数奇の運命を辿っていた。
父母を失い、多くの親戚も失い、結婚もせず、孤独となった。
彼の最後の望みは、キャンピングカーで、韓国の田舎を流浪して暮らすことだったが、もう年だ。
「 徒然草
」を愛読しているといっていた。
今、彼はどうしているだろうか。
身体は戦争で鍛えられていたから健康でいるだろうか。
映画を見て思い出した。
A氏
:一方、日本は、朝鮮戦争のおかげで、経済が急速に回復するね。
私
:倒産しかけて、創業社長が退陣した トヨタ
は、 石田退三
社長の時代になるが、 トヨタ
も朝鮮戦争の恩恵を受けた例にもれない。
当時の 石田社長
の次のような談話がある。
「この数ヶ月、ワシは夢を見ているようだ。
トラックも四輪駆動車もろくに塗装もせずとも、羽が生えている鳥みたいに(韓国の米軍基地を目指して)飛んでいく。
中国の義勇兵がプサンまで攻め込んできたときは、値段もへったくれもなかったで。
よこせ、よこせの矢のような催促じゃった。
ワシも長いこと商売をやってきたが、あの時ほどボロ儲けしたことはなかったわ。
戦争直後のときも(豊田自動)織機は信じられないくらい儲けたが、今度はケタが違う」
このカネがトヨタの生産設備に投入され、高度成長に向う。