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2015.08.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
前日、ボランティアと言うのが嫌だと書いた。
海外ではボランティアという言葉は当たり前である。

それはそうである、海外の言葉なのであるから
だが、日本ではボランティアの意味を違って
捉えている感じがするのである。

日本でボランティア元年と言われたのは、
阪神大震災から言われ出したと記憶にある。

あの震災でボランティア活動が日本でも活発に成ったが
一般の方達は、本来のボランティアの意味と違う感覚で


無償で奉仕する事がボランティアと考えている人が多い。
確かにその様な部分もある事は間違いないと思う。

同時、ある程度の余裕のある人達が金銭的援助を行う
それもあると思う。

それらボランティアと言う事は、間違って居ない。
私の考えるボランティアの意味は、その方達と感覚的に
違っているので、ボランティアという言葉が嫌いなのである。

私は裕福でもないし、力も無い。
だが身体は動けるので、動けるだけ幸福であると思っている。

同時に私はお節介焼きな所があり、困っている人を見ると
手を出す傾向が強いのである。


母はクリスチャンだったので、その影響もあったのかもしれない。
何回か書いたが、母は馬鹿が付くほど人が良い人間であった。

自分の家に食べ物が無くなる事が分かって居ても
近所の人が借りに来ると、食べ物を上げてしまう。

ただ私達子供には食べさせてくれるが、


そんな母を見て育った、私であったので、
どうも母に似て来たのであろうと思う所がある。

私の、その様な行動は母から受け継いだのであろうと
感じて居ているが、私は母を尊敬していた。

その母も私が小学6年の時に亡くなった。
私は、その母とは同じ事は出来ては居ないが、
母の行動を見ていた自分が、自然に人としての思いやりを
大人に成って、少しであるが持てるようになったのであろう。

だから私の場合は、一般の方が思うボランティアでは無く
自己満足の為にやっているだけなので、
ボランティアと言う言葉を使いたくないし、
その資格も無いと思っているので嫌うのである。

確かに海外ではボランティアと言う名で仕事をしていたが
私からすると自分の出来る能力の範囲で行動して
それを伝えて居ただけであり、ボランティアと言う気持ちは
殆ど考えていなかった。

私は若い頃から「人間とは」と考えると書いていたが
人として誰しもが持っている、思いやりや、労わりの気持ちを
大切にしたいと思っているが、それが出来て居るかと言えば
出来て居ないと自分自身で思っている。

だから、それらを学ぶ為に自分なりに
行動を起こしているだけである。
だから私が勝手に、お手伝いをしていると
思っているのである。

これこそお節介焼きの何物でもない。
ただの自分勝手な思い込みで動いているだけである。
私にはボランティアと言う言葉はあって居ないのである。





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Last updated  2015.08.30 06:59:54
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