ワルディーの京都案内

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2015/11/01
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テーマ: 癌(3527)
カテゴリ: 癌治療情報
朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。

≪2015年5月27日の記事≫

 東京都内の女性(79)は1994年、乳がんの手術をきっかけにC型肝炎ウイルスの感染がわかった。虎の門病院(東京都港区)に3カ月に1回通い、肝炎から肝臓がん

になっていないかCTやMRIで確認していた。注射のインターフェロンは、副作用が心配で希望しなかった。

 10年後の2004年11月、肝臓の「左葉」という部分に3センチ大のがんが1個見つかった。肝機能の低下などの前兆はなく、突然の発見だった。病気の進行度を示す

ステージは、4段階のうちの「2」で、比較的早い段階と言えた。

 「とうとうきたか」。医師から肝臓がんに進行する可能性を伝えられていたので、動揺することはなかった。乳がんが治まっている中で、別のがんが新たにできたという現

実を受け入れるしかなかった。診察室で向き合う医師に、「切ってください」と頼んだ。

 乳がんで右の乳房を全摘してから、何事もくよくよ考えないことにした。楽観主義でいこう、と。がんと闘う覚悟もできた。当時、近くに住んでいた母は90歳を過ぎてい

た。「母よりも先には死ねない」。5人きょうだいの長女だった女性は、父が戦地へ行って不在のときも、母と助け合いながら生きてきた。

 ただ、乳がんの手術直後は自宅でふさぎ込むことが多かった。母が見かねて、「温泉に行くよ!」と声をかけてきた。夫や2人の娘も一緒に熱海に出かけた。この家族旅行

が立ち直りにつながった。

 肝臓がんが見つかった翌月の04年12月、切除手術のために虎の門病院に入院した。毎日、家族が見舞いに訪れ、クリスマスにはツリーの置物を病室に飾ってくれた。

 手術は05年1月。手術室に向かうストレッチャーに横たわると、緊張でひざががくがく震えた。「力まないで」。自分に言い聞かせた。習っていたヨガの呼吸法を思い出

し、深呼吸を繰り返した。

 麻酔から目覚めると、家族がベッドを囲み、こちらを見つめていた。「無事に終わったよ」。その言葉を聞き、ほっとして全身の力が抜けていく感じがした。

 だが、この手術だけで治療は終わらなかった。肝臓がんは「再発との闘い」と言われる。女性も例外ではなかった。

写真:治療の計画などが記入された書類。3カ月に1度の検査で肝臓がんが見つかった

2.jpg


 私も、抗がん剤治療中は、家族が大きさ支えになりました。東京で就職していた次女が、会社を辞めて再就職活動中だったこともあって、京都に帰ってくる決心をしてくれました。

 名古屋の長女は結婚していましたが、ちょうど休職中だったので、長期にかつ頻繁に我が家に来てくれました。

 そうした偶然の助けもあって、二人の娘たちが、強力に私や家内のサポートをしてくれました。家族のありがたさを再認識しました。感謝、感謝です。


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最終更新日  2018/11/23 08:22:10 AM
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