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桜が満開で、とても綺麗だ。
この一瞬の美しさが、1年間心に感動を持続させるのだから、
すばらしいと感嘆の声を上げざるを得ない。
今日も、いろいろあった。
が、別にたいしたことはやっていない。
ドラッガーのマネジメントを読み、
睡眠薬代わりのネットワーク関係の技術書を読み、
欲望に負けて、ピーナッツ、一袋と、ポッキー半袋を
コカコーラゼロで流し込み、
前から切望していた、「サマーウォーズ」を観た。
外は、薄桃色の桜が、その期限のある美しさを、
限りある命の人間に見せつけてくれているのに、
この私といえば、一人車にこもって、Macで
その、アニメのDVDをピーナッツをポリポリとかじり
ながら観ているのだから、なんともまあ、ふしだらだ。
結論から言えば、「サマーウォーズ」は、思った通りの
おもしろさだった。少々、脚本にほころびを感じる
所もあるが、なんとも、エンターテイメントとしての、
強引な力業で、一気に堪能させてくれる。
Netの仮想空間に依存した世界。その破綻と修復の物語。
そう言えば、何ともハイカラで、モダンなことだと
思うが、内実は、日本古来の大家族制度の性善説的物語
である。
だから、この部分で、生理的に拒絶し、憎悪している、
空のように広い見聞と、深海艇でも届かない、海溝の
ような、深い熟考をしている、正しい知識人には、
実に不評だ。
権力側、体制側、弱者の敵への痴呆的賛美と、
批評する人もいる。ある、私の大好きな最近めきめきと
頭角を現している映画評論家も、一刀両断に、切り裂いていた。
まあ、確かに、戦後の徹底した教育で、大家族主義だとか、
旧家で、政治の裏側に力があって、一声かければ、
日本も動かせるなぞと描いた日には、無条件で攻撃されるのは
必修である。
途中、この監督は本当に無邪気だなと、心配になったほど。
だけど、本当に無邪気なのかもしれない、旧態依然の日本の
旧家と、血の流れであらゆる性格の個性ある個人が、
家という枠の中で、固められて、同一の心と体を持ち生きていく
そのあり方を、余計な結論を持たせず、ありのままに撮している。
このあり方が善とか悪とか知性で解決せず、なにか、生活的
本能で描いている感じがする。
つい、30年ぐらい前のちょっとした田舎ならば、こんな家族は
当たり前だったし、私も幼いときは、ひいじいさんのいる
大家族の中に、埋もれていた。
それが、善なのか、悪なのか考えもしないし、それを導き出す、
他の視野も持ち合わせていなかった。ただ、存在していた、
その環境が。
確かに、その中で多くの罪や悪が生まれたのは事実だけど、
それと同じように、善や、喜びも生まれたはずだ。
特に、今振り返って、よかったなあ、もう一度得たいなあと
思うのは、変化が無い時間だ。
家族とのつながりや、他者とのつながりが、変化せず変わらぬ
意味を持ちつつ、平行線上で永続的に流れてい行く、
安心感と、安堵感その感覚が、二度と手に入らないモノとして、
心に焦燥と、渇望を生んでいる。
仕方がないことかもしれない。個性を尊重し、生きる道を
自由の元で選び、築くには、何か大切なモノを本人も気づかぬうちに
捧げなくてはならない。天の道理として。
この映画。その私が手放して、もう、振り返ることもないだろうと、
ぼんやりと悔恨の彼方に望む、家族の姿を、この監督は、心に正直に、
実に堂々と、肯定して無邪気に描いている。その様に、気恥ずかしく、
また、懐かしく、妙にうれしく、見せてもらった。
ただ、ちょっと絵が荒かったのと、もう少し、演出を押さえられないモノか
と、残念な所もあったのだけど、見応えのある作品でした。