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3月の『別れ』の涙を流さなくなって何年になるだろう??最後の現場をやめたのが『ねんど途中』だったので、4年くらいなるのだろう。保育園や学校と言う職場は「子供の成長」が嬉しくて、そのエネルギーを貰いながら仕事をしていた気がする。自分が関わった子どもはいとおしく情もあってなかな離れがたい。嬉しいはずの成長が『卒業』と言う言葉で悲しい別れになる。1ヶ月もたたない内に新しい出会いがあるのに。『卒業』していく子供たちとの別れは仕方がないが、まだその時期を迎えない子供たちとの別れはとても辛い。『卒業』まで見届けたいと思うのは保育士や教師のエゴだろうか?一人の人間が大人になっていく過程でより多くの人(大人)と出会うことは良いことだと思うが、かと言って毎年毎年教育現場での『親』が変わって良いものか疑問に思うのは私だけだろうか?私の尊敬する『園長』=『私立保育園』の言葉に、保育園での保育士は家庭での親と同じであるから、毎年『担任』を変わるというのは可笑しいと思う。0歳児を担任したら、その、年度児が卒園するまで『責任』をもって、担任を続ける=いわゆる『持ち上がり』をするのがほんらいと思う。発達過程でのつまずきやその時の保育のあり方を集団で見直し、一人一人に合った保育を展開して卒園=入学を皆で喜び合う保育。これこそが「0歳から5歳までの一貫保育」だと思う。私は子の話を直接聞いたとき『目からうろこ』状態だったことを覚えています。「一貫保育」こそが、保育の真髄ではないだろうか。と思っています。『親』は「この子と気が合わないようだからこの子の親を誰かに代わってもらいたい」と例え思ってもそんなことが出来ないわけです。しかし、保育士や教師は「自己都合」と言う聞こえの良い言葉を残し子どもの保育や教育を平気で放棄するのです。4年前の私自身がそうだった(悔)親は自分の子育てを『失敗』だったと思ってもその時は子供自身随分と成長して、子育てのしなおしなんてできないのです。保育士や教師は『反省』して次年度への教訓にすれば良いのですから。親や子どもは『保育士や教師』を選べない。だから、保育士や教師は「パーフェクト」を目指して欲しい!「パーフェクト」でなくていいのです。目指して欲しいのです。目指して努力をしていれば子どもは必ず応えてくれます。保護者も必ずわかってくれます。
2005.03.31
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以前から「1時預かり託児所」が市内にあるのは知っていた。その、聞き覚えの有る名前の託児所が今年オープンした駅前マンションの1Fに移転してきたのです。オープンした時から気になっていました。何か口実を見つけて中味を知りたいと思っていたのです。丁度買い物に行った時思い切って「あの・・・。私孫が居るんですが面倒見切れないときがあったりして・・・そんな時にお願いしたいと思っているので・・・・資料みたいなのいただけませんか?」「資料・・・といっても・・・これなんですが・・・」と1枚のチラシを渡された。「お値段は・・・?」「料金表・・・あっッあった!これです。」「最初に来ていただく前に『登録』をしていただきます。書いてもらう書類もあるので、『予約』してください。この料金は食事代は含まれておりませんので、必要な時は前日にいってください」「お弁当やおやつは持参と言う事ですね?」「はい!」こんな話をしているところへ『保育所』には余りに会わない叔父さんがやってきて「ヘルパーの者やけど・・・」なるほど。ひろーい保育室の割には子どもの姿も少なく(私が行った時は2人くらい帰って行った)保育士さんも一人しか居なかった。あの『子育て支援グループ』の叔母様たちとはちと違うが、『シルバー』の叔父様たちがお手伝いをしているようだわ。行政や企業は『市民力』なんて聞こえの良い言葉を使って『協労』と称し安価な労働力と市民の善意を利用しているのだわ。利用料金は私が設定しているより3割以上高いし。駅前の新しいマンションじゃ設備維持費も必要なのだろうけど???今日は保育内容までチェクはできなかったが、負けない自信はあるわ。なんとしても、[NPO法人化〕を実現してもっと多くの人が子育てを楽しめる世の中にしたいものです。ファイト!
2005.03.30
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男の子はTくん一人だったのに、お父さんが転勤だそうで、『お迎え&預かり」サポートをしたのはたった1日だった。ところがそのサポート料が未払いだったので、小額だが請求はしました。お昼前にお父さんが払いに来てくれました。初対面なのにもうお別れです。それでも、お父さんは「Tはnohohonさんとこなら行く!って楽しみにしていたのに残念です」といってくれました。おせいじでも嬉しかったわ^^予定では午後からSちゃんのサポートが入っているが妹ちゃんの体調に左右されているので事前に電話を家に入れた。chibaのお祖父ちゃんお祖母ちゃんが電話に出ました。妹ちゃんはまだ入院中だが私たちは今日帰ります。nohohonさんが10時から来て家事をしてくださると聞いておりますが・・。えぇ~?私は午後Sちゃんをお迎えに行くだけなんですが・・・。そうですか!息子が今日帰るように言うものですから・・・。もう一度息子に連絡を取ってみます。暫くしてお母さんから電話が入り「昼間は家政婦さんが来ます。妹は明日退院するので、今日のお迎えよろしくお願いします。」と言う事でよかったのですが、まだまだ、「保育サポーター」の存在や仕事が一般化していないことを実感せざるを得ませんでした。Sちゃんにはこの実態がどこまで知らせてあったのか(お祖父ちゃんお祖母ちゃんが帰ってしまうことや、お家にはお母さんじゃなくて『叔母ちゃん』がまっていること)Sちゃんの自宅に着くとやはり一瞬状況把握に戸惑う姿がありました。お母さんからも頼まれていたので少し落ち着くまで遊んでいこうかと思ったのですが結果的には家政婦さんと鉢合せ状態なわけで、「あぁ!Sちゃんはいつものことでなれておられますから・・。」と言うので、『後ろ髪』の惹かれる思いをしながら寂しげに子ども部屋に行ったSちゃんのことを思った。
2005.03.29
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前回は3月の第1月曜日に練習をして依頼3週間ぶりの練習でした。前回に習った新しいリズムの復習だったが、すっかり忘れ去っている自分(--)思い出すのにも時間が掛かります。何とか思い出して・・・。久しぶりに爽やかな汗をかきました(^0^)4月末に有るK市のイベントに出演します。だから今後の練習は休む事が出来ません。でも、『特別練習』はしなくても何とか叩けるようになってきました。イベント当日も講師の先生は別のイベントがあり同席してもらえないのですが・・・。去年の経験を生かして何とかなるでしょう!当日の詳細はまだ決まってないので困ったらお知らせしますわ。もし、お時間ある方は見に来てね。といっても、人に見せるほど上手くない(><)/;
2005.03.28
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特別予定も無かった日曜日。午前中はゆっくりとしながら「新聞の折込広告」を何気なく見ていたら、『ショッピングセンター」で何やらイベントがあるらしい。12時半から『おとぎの国パレード』と書いてある。早めの昼食にして、出かけました。駐車場に何とか車を納めて『出発点』まで言って見るとそれらしい衣装を着た人が居ます。しかし、たったの3人??定刻に太鼓を鳴らしながら歩き出したんですがやっぱり3人です。『センターの入り口辺りまで』孫ちゃんとおっさんはたった3人の『パレード』につき合わせ私は食料の買出しに行きました。食料品売り場にいる間に『パレード』は終わっていました。(ハヤ!)レシートを見せると三つくらいゲームが出来るらしい。孫ちゃんはそれがしたくて、私が戻ってくるのを待っていたのですが『ゲーム券』を手にするとよろこんで、挑戦してました。成績は大した事無かったらしいですが、風船やキャンデーを手にしている姿は可愛いものです^^休憩をしに喫茶ルームに入ったがおっさんは、ドコも禁煙なのがつまらないらしい。タバコをやめるとお茶するにも、場所を気にする事も無く便利です。おっさんはコーヒーを一口飲むとカップを手に「外でタバコ吸ってるから」と店外に出ました。そこまでして吸うか??2時間ほどのお出かけでした。家の中では「アイロンビーズ」遊びに余念のない孫ちゃんでした^^
2005.03.27
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丁度1年前に逝った恩師を偲ぶ会が今日開催されました。私はいつも言ってるけど『定時制高校』だったので、その時代の恩師には、小、中時代の恩師たちへの想いとは又違うものがあります。『偲ぶ会』の呼びかけ人に名を連ねた私の今日の役目は『進行=司会』です。一応事務局が、「脚本」は書いてくれているのですが、最初の『開会します』と言う言葉を発するまでの緊張は、何度かこんな事をしているもののきついものがありますね。『偲ぶ会』に集まった人はすべてが『同窓生』なので、すこしくらいとちっても誰も笑いはしませんが。15時に開会して、2時間の予定が30分ほどのびて、少々焦ってしまいました。やっと『散会』して、『2次会』先生の奥様にも付き合っていただきました。会場が母校の近くだったので、高校時代によく言った当時「大衆食堂」で『3次会』「食堂」のおばちゃんやおっちゃんの変わらず私たちを「高校生」のように接してくれました。嬉しかったね^^定時制高校は同じ学年でも同い年とは限らないのが、人間関係を柔軟にし長い付き合いがほそーく続くのでしょう。どこに行っても『恩師』の思い出が滲み出て友ともなかなか離れがたいものがありましたが、今日は「品行方正」に3次会の席は21時にたちました。でも、私たちは呼びかけ人と言う事もあり13:30からの打ち合わせもしなければならなかったので、私はその、一時間ほど前には家を出たので、帰宅するまでなんと、9時間もの間家を空けていたことになるのね。決められた時間から時間までの仕事をしている時は当たり前のが異質時間だが今の仕事を始めてからはこんなに長い間家を空けることが無かったので、今日は少々疲れました。3月には行ってからは何だか疲れることが多いわ!人の『お世話』も程ほどにしとかないとね。
2005.03.26
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丁度1年前に逝った恩師を偲ぶ会が今日開催されました。私はいつも言ってるけど『定時制高校』だったので、その時代の恩師には、小、中時代の恩師たちへの想いとは又違うものがあります。『偲ぶ会』の呼びかけ人に名を連ねた私の今日の役目は『進行=司会』です。一応事務局が、「脚本」は書いてくれているのですが、最初の『開会します』と言う言葉を発するまでの緊張は、何度かこんな事をしているもののきついものがありますね。『偲ぶ会』に集まった人はすべてが『同窓生』なので、すこしくらいとちっても誰も笑いはしませんが。15時に開会して、2時間の予定が30分ほどのびて、少々焦ってしまいました。やっと『散会』して、『2次会』先生の奥様にも付き合っていただきました。会場が母校の近くだったので、高校時代によく言った当時「大衆食堂」で『3次会』「食堂」のおばちゃんやおっちゃんの変わらず私たちを「高校生」のように接してくれました。嬉しかったね^^定時制高校は同じ学年でも同い年とは限らないのが、人間関係を柔軟にし長い付き合いがほそーく続くのでしょう。どこに行っても『恩師』の思い出が滲み出て友ともなかなか離れがたいものがありましたが、今日は「品行方正」に3次会の席は21時にたちました。でも、私たちは呼びかけ人と言う事もあり13:30からの打ち合わせもしなければならなかったので、私はその、一時間ほど前には家を出たので、帰宅するまでなんと、9時間もの間家を空けていたことになるのね。決められた時間から時間までの仕事をしている時は当たり前のが異質時間だが今の仕事を始めてからはこんなに長い間家を空けることが無かったので、今日は少々疲れました。3月には行ってからは何だか疲れることが多いわ!人の『お世話』も程ほどにしとかないとね。
2005.03.26
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以前にも書いた『マダムボランティア』の運営する「子育て支援グループ」が市の担当課の人を呼んで『物申す』と言うので、じゃ私も、とでかけたところ、なっなっんと行政がドタキャンだよ(@v@)/~なんちゅうやちゃ!と思いよーく話を聞いてみると、『話し合いをしたいと申し出たところ、余り乗り気でない態度を繰り返したので、今回は主催者側から断った」らしい。これも、わからんが・・・。そしておばさまたちは肝心の相手が居ないのにガタガタ文句って言うか愚痴を並べ立ててばかり。まあ、ボランティアだから、『運動してなんとしても、充実した「子育て支援施策」を』なんては思っていないらしい。K市の『幼児教育の歴史』やそれに関わる市民運動の歴史も何も知らない人ばかり。『要求』すれば、行政は市民の要求を実現するのが当たり前』と位しか思ってないわ。行政がそんなに甘いものではないってば!今有る保育所だって、学童だって、私たちの年代が(要求有る人たちが)血の出る思い出『運動』してきたから存在するのである。なのに、おばさまたちは「今は、署名もしたらあかんって市は言うし・・・」言うよ!市は。市民ががんがん署名や『運動』やれば議員や市町は『政治生命』にかかわるのだから。だめ元で『対市交渉』など申し込み続ける事も大事だと私が言うと「そんなの会ってくれないわよ!」とやる前から諦め今は『敵対関係』じゃだめなのよ!行政と市民が手をたずさえて『協力関係』で『共に進めていく』のだという。それが、行政の思う壺だって言うの!児童館にしろファミサポにしろ『要求している当人たち』が生の声で運動しなくちゃだめなんだから。「子育てを卒業した」叔母様たちにはパワーもないじゃない。若い人たちを『育てる』事の方が大事だわ。私も『卒業』しているわけだが、現代における『市民運動』の難しさを痛感した日だったわ。正直、おばさまたちの話についていくつもりはないが自分の意見をセーブしながら聞いているのに疲れたわ(‐0‐)
2005.03.25
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義兄の遺産相続のことで姉と共に『法律事務所』に行きました。1月の末に義兄の「きょうだい」達に「遺産相続放棄」をするようにと弁護士を通して『通知』したのでした。それまでは「何時だってはんこつきますわよ!」といいながら、口ばかりで行動はしない弟妹に腹が立って『弁護士』をたてたのだ。こちらの通知に対しての返事は提示分では不足で「法定分」満額を要求してきたのだ。私たちの『常識』では考えられない行為である。なのに、弁護士は「しかたないでしょう」というので、私たちは正直1円も払いたくないのです。今、お金がないわけではありませんが、年金生活の姉がこれからも一人で生きていかなければなりません。何があるかわからないし私が『面倒』見るにも限度があります。義兄が残した財産に弟妹たちがいかほどの寄与をしたのでしょうか?「取れるものは(権利)取らなくては損」という、考えが見え見えです。舅が(姉の=義兄の実父)がなくなった時には全ての権利を放棄し、実家に住んでいる妹に譲ったのです。先の『通知』を出した時に弟妹の一人が私に電話をしてきた。何やかんやと理屈をべらべら並べ立てていたが、最後に、「弁護士を立ててきたと言う事は私たちとお姉さんは、もう『縁』をきるということなのですね?」「そうかもしれませんね!元々あなたたちとは他人なんですから!」と言い放つとやっと電話が切れたのでした。弟妹たちは姉を『長男の嫁』といいますが、姉たちは、両親に反対されてとりわけ、舅には嫌われて今まできたのです。生活だって、親や弟妹から1円の助けも得ることなく40年余りを過ごしてきたのです。二人で築き上げた財産である事は『明々白々』です。それを、『権利』だから『よこせ』と言うのはいかがなものか?私は勿論姉も「はんこ代」は仕方ないと思っています。それ以上はびた一文払いたくないのです。その旨を再度通知していただくようにお願いして来ました。この、結論は来月の待つくらいになりそうだって。早く片付けたいのですが。『民法』という法律は何て不平等なのかと悔しくなった日でした。
2005.03.24
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この時期の雨を『菜種梅雨』と言うらしい。雨の性か『暑さ寒さも彼岸まで』というが、寒い日でしたね。毎日洗濯物を部屋に干してます(--)まあ!花粉もつかないから良いかもしれませんね。ヒーターをつけてるから勿論良く乾きます。雨は午前中でやんでくれないかな??と、午前中は何度も外を見て・・・結局止まなかったね。今日、お仕事があったんです。合羽を着て行きましたが。R市の幼稚園保育園一斉の『終了式』だったみたいです。Mちゃんの幼稚園には『卒園』って文字が無かったんだけど、時代が変わると『式』の呼び方も変わるの??Mちゃんの『卒園』は来年だけど、年度末と言うこともあって沢山の持ち帰り荷物がありました。そのうえ、今日は傘もささないといけない。4歳児クラス以下は荷物の持ち帰りは明日でも良かったんじゃないかしら??決められた事はマニアル通りしないといけないのかな?。『お荷物』は私が待たせていただきましたハイ!Mちゃんは、『緑のパンダ』の傘をさして、水溜りをピョンピョンとんだり、ピチャピチャ長靴で入ったりして楽しそうでした^^明後日から春休み。サポーターの仕事も春休み。孫ちゃんのサポーターしててはね(><)
2005.03.23
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今日は遅番だからミッキーはお泊りさせてよ!おきてられてたら、連れて帰るけど・・・。と言い残して娘はおっさんに来るまで駅まで送ってもらって御出勤です(>v<)これは昨日の事だったのですが、結果、孫ちゃんは夕べお泊りをしたのです。朝食を我が家で食べさせて、おっさんが、『分団の集合時間』に間に合うように送って行きました。ミッキー自信『今日から給食が無いので学童に行くのにお弁当もち』である事を自覚はしていましたが娘は自覚してなくて『自己中』の娘に逆切れされて凹んでいるBAABAAです。ことの起こりはお昼過ぎに学童の先生から電話があり『ミッキーがおばあちゃんがお弁当を持ってきてくれるといって待ってるんですけど・・・』はあ??私は何も聞いていませんが・・・じゃあ、どうしましょう?母親には連絡していただきましたか?まだです・・・。先に母親に連絡するのが普通じゃないですか??じゃあ、お母さんに連絡します。それから20分位しても何も言ってきません。母親と連絡がついたとしても母親がその時点でお弁当をもっていけるわけもないのに・・・。孫は何も食べずに居るのかしら?学童に電話を入れてみるとお母さんとは連絡がつかなくて・・・ルス電メッセージ入れておいたのですが・・・で、今、孫はどうしてるんですか?困っておられます。今の若い人はどうして『気転』が効かないのでしょう?後で孫ちゃんに聞くとこの時先生はお弁当が無くて困っている子を前に自分は弁当を食べていたと言います。もう!何でも良いですからコンビニでおにぎりでもサンドイッチでも買って食べさせてやってくれませんか?そうですね!そうします。2時半頃間の抜けたような時間に娘から電話。学童から電話あった??あったわよ!今日お弁当もちやったやろ?知らんかった!しらんことないやろ!ミッキーは夕べからいうてたよ!私はあさきいたんやんか!そいで、お母さんに電話するの忘れてた!もう学校もあと何日も無いのやから、給食が無いのくらいわかるやろ??!今頃電話してきて間に合うわけ無いやろ!先生もとぼけてるしなア!孫の保護者は一体誰やと思ってるの??今夜も帰りは遅くじいじいは『泊まり』というが、孫ちゃんはこんなにとぼけた親でもママが良いと言う。当たり前だがね!頑張っておきてるう。ママと帰る。と11時過ぎまでおきていました。明日、朝、おきれるかな?2年生を気持ちよく終了する為にももっと「小学生らしい」生活が送れないものなのだろうか?
2005.03.22
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昨日は早朝からのお仕事だったので『お墓参り』にはいけなかった。今日はとてもよい天気。姑が「ご先祖さんは大事にせなあかんよ!」と言いつつ、自分は先祖の墓を京都に放りっぱなしにしている矛盾したお人です。私は、去年の夏以降、私を生んで育ててくれた実家のお墓参りを続けています。夏には我が家の守り神のように居たアマガエルさんはまだ冬眠中なのか、今日は姿が見えませんでした。実家の兄はお墓に『色花は入れない』と言うが『花好き』な母のために私は世間ではお墓に似つかないまるで『歓送迎会』の時のような華やかな色花を持って行きます。華やかなお花をさすと「かいらしいはなやなあ」と言う母の声が聞こえてきそうです。******************************昨日、Sちゃんを抱きしめながら「Sちゃんは強いね!やさしいね!妹のMちゃんが元気になるまでパパやおじいちゃんたちと楽しくできるかな?」健気にも自分はおねえちゃんだから、頑張らなければならないと思っているのが良くわかるのです。3歳の子が1歳の妹の為に頑張る。頑張らなくて言い寄って言いながら、どうしても弱い妹の方に目を奪われてしまう両親。目も手も心も・・・しかしSちゃんに『我慢』をさせていることを心の痛みとして抱えつづけている。Sちゃんが『不安定』になるとMちゃんに手を取られSちゃんがおなざりになっていることを両親は悔いる。悔いる事は無いのよ!それがあなたたちの『子育て』なのだから。自信を持ってね。帰り際、心配そうにつぶやくお父さん。Sが異常にハイテンションなんです。だいじょうぶですよ!しっかり抱きしめてやってください。Sちゃんはとても優しくって強いお子になりますわ。これは、おせいじでもなんでもなく、正直思います。
2005.03.21
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夕べ遅くに電話で悲壮な声。どうしたの??妹のNちゃんが調子悪くって、又入院です。今夜は夫が病院に居ますが朝私が交代するのですが、交代移動の間Sが一人になりのデ朝来て欲しいんですが・・・。いいわよ!朝何時に逝けば良いのかな?と言う事で今日は早朝からのサポートのお仕事がありました。依頼者のお家に着くとママは大きな荷物を抱えて私の来るのを待ち構えていました。Sちゃんはしばしの間とママに激しく抱きついて離れようとはしません。Sちゃんの気持ちは痛いようにわかります。でもここは心を鬼にしてSちゃんを引取り泣き叫ぶお子を抱きしめながらママには「ここは大丈夫だから早く行きなさい!」と促します。Sちゃんはまだパジャマのままです。朝食もだべ切れていないようです。風邪を引かないように毛布で身体を来るんだ抱きしめ続けました。少しずつ落ち着いてくるSちゃんでした。何気なくTVなどつけて気を紛らわせながら「ふれあい遊び」を繰り返していると排泄に自ら立ったのをきっかけに『お着替え』をしました。ママがSちゃんのお気に入りのお洋服を準備しておいたようでした。白いフリースの服と今のジャンバースカート。スパッツをはいて『可愛いね^^欲にあってるよ^^』といいつつ、「使い捨てカメラ」がかばんに入っていたのでポーズを取って写真を写したりしていると、気分は上々になってきました^^朝食にはちょっと遅い時間になりましたが、ママが用意をしておいたスープを温めてやると喜んでパンも食べる事が出来ました。その後もふれあい遊びをしてスキンシップやコミニケーションを計りながらパパの帰りを待ちました。パパはお昼前に慌てて帰ってきました。初めて会うのにそんな気になら無い優しい人柄の方のようにお見受けしました。その頃パパのご実家のおじいちゃんがこちらに来る準備をしているらしく今週は『親父が居ると思うので何とかなるでしょう!今日は急なお願いをして済みませんでした」と丁寧な挨拶をしていただきました。妹のNチャンはインフルエンザから高熱が続き発作を誘発したらしいという事でした。今は発作がおさまったが熱は微熱に。点滴が続けられているので、入院しているという状態だそうです。先週辺りから寒さがぶり返していたので心配していたら、悪い『予想通り』になってしまったようです。正直『お疲れ』のnohohonです。午後は何もしないで横になってました(‐0‐);
2005.03.20
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姉と2人っきりで『お出かけ』。お泊り付き。今日の午後4時過ぎ帰ってきました。(正直 つ・か・れ・た~~~)私たち姉妹は親子ほど年が離れているので2人で旅行(?)するのは初めてなんです。又なんでこんな事になったかと言うと義兄は生前、地域革新運動や若い頃は労働組合運動をしていました。そういう人たちが目標半ばにして逝ってしまったとき全国の仲間と共に合葬する「解放運動無名戦士合葬追悼会」と言う行事があって、今年は58回目でした。全国から1144名の方が合葬され、参列者は1500名を越えました。昨日は園式典に参加し、青山霊園にある墓前へと参りました。昨日は雨や風が時折激しく降る悪天候ではありましたが墓前に着いた時には雨も風もやみ、柔らかい春の日差しがさすというまるで天国の義兄たちが守ってくれているようでした。はてさて、姉との珍道中。朝1でやってきました。他の穂とたちとも待ち合わせ時間や場所には間に合ったのに決められた新幹線には乗れなかったという普通では考えられない出来事が(>_<)お喋りに夢中の姉の相手をしていた指定列車は私たちの背中側に到着して出発してしまいました。慌てた姉はホームをウロウロします。落ち着いて次の列車時刻を見ると10分もしないうちに来るので私はそれに乗ることにし『落ち着いて!大丈夫やから』と良い、間もなくやってきた列車の自由席に乗り込みました。上手く、席が空いていたので2人とも座ることができました。次に、リーダーに電話連絡をして、『遅れたので待ってて欲しい』ことを告げました。まあ!昨日のハプニングは大きなものはこれくらいですが、何事にもボケボケの姉ですからニアミスは多々ありました。書けばきりが無いので・・・・。今日は、グループのメンバーたちとは別行動で私たち二人は某○○本部の新社屋の見学をして、午後1の新幹線に乗ろうと、品川駅まで出たのですが、ここでは、肝を抜かれる思いをしました。代々木から山手線で品川に出たのですが、何せ私も始めて乗降する駅ですので『新幹線乗り場=ホーム』を探し、見つかったので「こっちやから、ついといでや!」といって50っ歩も歩いたかしら。ふと後を見ると姉が居ません。キャーーア! はよさがさな、又乗り遅れるーー!「簡単すぎる携帯」に電話をするも電源が切れてるじゃないですか!このときほど腹立たしく思ったことはありません。まさか!先に行った?そんなことはない!ほな、後ろと言うよりさっきの場所居る???と振り返ると・・・ボート立ってました。『おいでって言うテルやろ!それに又電話の電源入れてないし!」って、大衆の面前で大声で叱ってしまいました。姉も半べそです。ごめんごめん。大きい声で怒って。まだ間に合うからこっちやで!ちゃんとついといでや!なにせ、荷物を両手に持っている(姉)ので手を繋いで歩く事が出来ないので『着いてきて』貰うしかないのです。それでも新幹線に乗り込んだ姉は昨日の『合葬』といい、今日の「○○本部」見学と良いもう死ぬまでに経験できるかどうかわからないことをしてくれてありがとうと言う姉が哀れに思えてきた。義兄が逝ってから以降、私しか頼る人が居なくて寂しい思いをしてきてその私に激しく叱られても尚ありがとうと言う。しかし『携帯電話』の大事さと使い時を少しは認識したようだ。私は姉に『携帯』を持たせて『拘束力』を強めて姉を窮屈な思いにさせているのではないかと心配していたが、昨日、今日の事態のような時に効率よく使うこと。あなたの電話番号は私しか知らないのだから、掛かってきたら素直に電話に出なさい。と言い聞かせたのですが・・・。
2005.03.19
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朝から雨。最近週末になると雨だね。一雨ごとに暖かくなる。3寒4温暑さ寒さも彼岸までなんて、『気象』に関する諺は色々あるが。もう!ぼちぼち春が来ても良いのになあ。と思いながら、またまた、押入れの整理をしました。奥の方から『風呂敷包みが』何かしら?母の「かたみ」の着物でした。母は若い頃から和裁をしていて近所の娘さんがお嫁に行く時の振袖とか縫ったりしていたなあ。なんか、胸キュンになって和服姿が良く似合った母の姿を思い出すと目頭が熱くなりました。次に出てきたのは、「学童保育所運動の記録」○周年記念に出した「文集」。手書きのコピーを製本したものでした。なんか、今日は捨てきれないものばかしだわ。と思いつつ、整理していると、赤いぽち袋。お金が入ってます。ぽち袋の端に聞き覚えの有る人の名前が書いてました。これって、私がこの人に返さなアカンお金かしら?この名前の正体を思い出したとき、これは私のお金だったことに気がつきました。別に儲かったわけでもないが嬉しかったわ^^先日も数千円出てきたしね^^一度味占めた私は、「片づけをしたら小銭が出てくる」ことを期待して今日は片付けてたのよ。期待通りに「でてきました」。******************************明日から、義兄の「合同葬」(丁度3年目だし時期的には遅れたが『3回忌』と言う事で)で姉を連れて東京に行くのですが、お口ばかり元気な姉を連れて無事にいけるかしら??「やじきた姉妹」の珍道中が予想されます。帰ってきたら(明後日)書きます。珍道中記待っててね^^
2005.03.17
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人好き世話好きの性か、ふと気がつくと私は今までに誰に?どれだけ甘えたかしら?と言うより甘えて気分良かった記憶が無い。と言うことは甘えた事が無いのかよーく考えると甘え方を知らないような気がする。おっさんにすら、正直真正面から甘えられない。買い物だって、雨が降ったりしてたら「連れて行って!」って頼めば嫌とは言わないのに何故か素直に「連れってて!」といわずに「雨降ってるのに・・・。冷蔵庫空っぽやし・・・。今夜の食事は何したらええの?」とぶつぶつ独り言(おっさんに聞こえるように)言ってみても、おっさんは反応しないのわかってる。小中学校時代だって父母に甘えた記憶が無い。友達が持っている『少女雑誌』が欲しくても家には余分なお金が無いのわかってるから『買って』とは言えなかった。高校にだって友達と同じに昼の高校に行きたかった。明治生まれの母は「女は学校なんか行かんでも手に職をつけて働いたらええのや」と常々言っていたから『進学』したいと言うことは長兄に100点に近いテストの答案用紙を何枚か見せて『定時制で良いから受験させて!』これが私の人生最大の『甘え』だったような気もする。娘のことを『甘え下手』といってきたが実は私が甘え方を知らないから娘にも甘え方が教えられてなかったのかもしれない。自分では「もっと、アバウトに生きたい』と思っているのだが・・・。他人や複数の人たちと行動しなければならないときは、その予定が、1週間前にはわかって無いと不安なためストレスと化してします。自分が中心の時はこんな性格ゆえ1週間前くらいには全ての段取りが自分は勿論『グループ』の皆にも知らせたいと思うから予定の日の随分前からプレシャーに押しつぶされそうになる。これまた、ストレス(溜息)今日はねたが無かったので私の性格の一端を書いて見ました。
2005.03.16
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先月は、私の体調が思わしくなく依頼者に大変なご迷惑をかけたしっぺ返しなのか今月は子供たちが、水疱瘡からインフルエンザでお迎え予定日が次々キャンセルされて・・・(@v@)/;今週はお仕事が0(><)来週から頑張りま~~す!知り合いの議員さんが出しているミニコミ紙に来年度予算として(H17)「ファミリーサポートセンター」設置にかかわる費用が計上されていた。まあ、市内に「ファミ・サポ」が出来るのは良いのだが・・・。私が「家庭保育室」を開設する時『援助』を求めに行った時には「そんな事は微塵も考えていない。K市にそのような需要があるとは考えられない」とにべも無く蹴散らかされたものとしては納得いかないよね。K市の「行政体質」が露呈しただけなのだが。と言うのも、K市の幼児教育は民間先行で幼稚園も昭和の初め頃から開園してきたのは民間人だった。K市の公立幼稚園や保育所の歴史は民間のそれに比べると極浅いものである。どちらも、30年未満だと思うよ。学童保育所だって、我々が仲間と運動をして市内で1番最初の学童保育所を「共同保育」形式で始めたのだ。当初は10年位したら辞めさせようとしていたらしいが、市民の『要求』は無視できないと思ったのか(学童保育所を公立にと言う要求)せこい福祉は、民間保育園に委託をするという形で今まで来ているが。これだって、我々が作り上げたものを油揚げをたか~いところから、創設者には断りもなしに持って行ったのだ。まるで、『禿げ鷹』行政である。愚痴っても仕方が無いね。世の中が変わらない限り『力の無い』市民は無くしかないのだから・・・。
2005.03.15
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タイトルほどの大層なものではないのだが、『公民館利用団体』としての、『活動報告書、計画』を出さないといけないので、大体が私がまとめたものを他のメンバーに確認してもらう会議でした。こうして月曜日は大体毎週サークルの集まりがあるのですが、おっさんも毎週会議があるらしく・・・。娘は、帰宅が遅いので、孫の扱いに翻弄させられる。私は子どもが生まれてから今まで、一人身で時間を自由に出来る事が少なくなったように思う。保育園の送り迎えは勿論買い物夕飯作り、その他の家事も全て、子供づれでこなしてきた。二人の子どもも独立したので少しの時間くらい自分のために使っても良いかな?と思って始めたサークルなのに、今度は孫連れ(>_<)/~何時になったら「自由」になれるかしら?娘がちょっぴり早くに帰ってきたので、途中には迎えに来たが・・・。『総会』では、活動報告と活動計画はすんなり承認されました。いろいろのイベントにも出たいので「会費」を値上げしました。役員は、私を初め今までの3人が再選されました。早速、4月には「宿場まつり」に出ることになりました。次回から頑張って練習しなくてはね。目標があると練習にも力が入るしね^^*************************************朝、ネットをしていたら、『財団法人 まちづくり市民財団』と言うのを見つけた。何でのこの財団は「まちづくり」に関する活動をしていれば「補助金」=条件が整っている事 がうけとれる。その申請が今月の28日と言うではないか。慌てて申請用紙をダウンロードして、記入に掛かりました。年間50万円ほどの、補助金だが、NPO化への準備にもそれなりの資金が必要だし、もう少し「保育室」らしい教材や玩具もそろえたい。と言う事で、まだ全部は書ききれてないが『申請』をする事にした。これからは、各種団体からの、『補助金』村政の時期なので、こまめにネット検索しながらダメでも良いから「申請」をドンドン指定校と思います。NPOの申請も始めなくてはなりませんが。
2005.03.14
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何年か前から、町内の『婦人部』が改名して『女性部』になった。私も3年。2年前に当番制で回ってきたとき役員をしたが、活動は旧来と変わらないものだった。昨年からの『女性部』の部長さんと言うのが、とても積極的な人らしく、尚且つ旧来型の活動に疑問を感じていらっしゃるようです。そんな中、今日、初めて「女性の集い」を開催されました。私も今の町内に来てから18年にもなるというのに、ご近所の人たちと言うか、ご町内の人たちと余り交流が無いので、「どんなものかしら?」と思いつつ参加しました。参加者は全部で30数名でしたが、部長さんや部員さんたちの事前準備が行き届いていたのでスムーズな集いの進行と参加者を飽きさせない無いようだったので、とても楽しかった^^残念と言うかやはり高齢化社会の性か、参加者の中心は50代、60代が多く30代の人は1名。40台の人が2・3名だったかな。「世代交流」にはならなかったが、いわゆる団塊の世代の多さを再認識したよ。
2005.03.13
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娘が、三度、デパート勤めを始めました。で、今日は朝から、孫ちゃんが来ていました。午後からはダンスです。ママはお仕事ですから、私が連れて行きました。娘もやっと、事前に予定が立てられるようになったのか今日のダンスにはちゃあちゃんにお願いしておくわ!と言うことだったので、出かけましたが、なんと寒い日でした。私の住むK市より琵琶湖の西側に有るO市のほうが寒いという事を認識しました。K市は風は強かったけどO市に着いたら風邪と共に粉雪が舞っていました。孫ちゃんのダンス、2ラウンドでした。初めの1時間は、同年代(小学校低学年チーム)のこども3人でのレッスン。30分休憩して、大人チーム(高校生くらいかな?)とのレッスンでした。今日は長くなる事も初めからわかっていたので、出かけるときに、おっさんに夕飯の簡単な献立は伝えておいた。第1ラウンドのレッスンの時に、教室の近くのデパートに行って時間を潰したが買うものも無いのに、そんなに長くはいられないから、教室に戻ってみると「大人チーム」のレッスンが始まっていました。インストラクターの人が、孫ちゃんのことを凄く可愛がって呉れてる様子が良くわかります^^新しい振り付けをレッスンする時にはそばに付いて丁寧にゆっくりと説明してくれていました。孫ちゃんも一生懸命学習しようと真剣です。ちょっと出来ると「やった!^^うまい!うまい!」って褒めてくれるしね^^大きいおねえちゃんたちも優しいしね^^休憩時間も入れて3時間のレッスンも少しオーバーして帰宅したのは午後の7時半頃でした。おっさん、「きっと、先に食べてるよ!」と思っていたのに、食べずに待っていてくれたのよ。そりゃそうよね!私は何時だって待ってますもの。わかっていてくれたのがちょっぴり嬉しかったわ!娘は、予定の帰宅時間より2時間も後れて帰ってきたし・・・。朝「予定が立てられるようになった」と思ったのは『夢』だったようです。約束の時間前に後れることを知らせてくるのが常識と思うのにはるかに遅い時間に連絡してきた時間より更に30分も遅いし・・・。
2005.03.12
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タイトル「中央公論新社」の出版している「○人○論」の記事のままです。「著作権」侵害にならないかと心配しつつ、他に適当なタイトルが考えられなかったのでそのまま引用しました。「中央公論新社」殿ゴメンなさいm(-_-)mこの場を借りてまずはお詫び申し上げます。私は、貴社の発行している「○人○論」の愛読者故お許しください。長い前文になりましたが、『夜回り先生』こと水谷先生が何を直言なさっているかにはいりたいと思います。先生のタイトルは『泣いて笑って話を聞いて。親のあなたにできることは」冒頭に「まずは認めることからしか、人間関係は成り立たない。それを頭でわかっていても、子育てで実践できる大人は、どれだけいますか」と問うています。『心の弱い子どもたち」どうして?自立と言う意味での心の子育てをきちんとされていないと思う。現実、「ああしなさい」「こうしなさい」という『指示方の子育て』が横行し、子どもは「指示待ち」ばかりをしていながら、ある年齢になると、「もう子育ては終わり!」ポーンと子どもの手を離してしまう。子供たちはどうして良いかわからないまま、社会から取り残されてしまいます。さらに、子供たちのものの見方に、非常に幅が無いといいます。たとえば、親が苦労して10褒めても1叱れば『親から見捨てられた』との思いになるのです。ある、「小児科医」は「子育て」についてこんな事を行っています。『3歳までは抱いて抱いて抱きつくせ。親と子の体が触れ合うほど、その子は愛を知った子に育つ。それが生きる力だ。けれど3歳からは、子どもと向き合って一生懸命話そう!。そして、小学校の2・3年生からは、今度は子どもの話を聞こう』なるほどと思うけれどね・・・。「評論家」は言うだけだから良いけど、実際に子育てをする我々凡人には(私の感想)次に水谷先生は「僕は子どもを叱った事がありません」といいます。人間関係が出来ていれば子供たちは言う事を聞くと。「一度、子どもを叱った後に自分の顔を鏡で見てください。その顔に優しさはありますか。鬼になっていませんか。そして自分が良い過ぎた、間違っていたと思ったら、親であろうと謝る事です。間違いの責任をとる姿を、大人が見せなくてどうしますか」私も同感だが、果たして現実に親より腕力の強くなった子どもに謝れるだろうか??さらに、水谷先生は「死にたがる子ども」についても書いていますが、そのことについては後日書くことにします。今日は雨の日に読んだ本の感想文でした。しかし「教育&子育て」について反省やら教訓を一杯貰ったように思ったので日記に書いてみました。みなさんのご意見や感想など聞かせていただければ嬉しいです。
2005.03.11
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おっさんが先月60歳になった。当初は直ぐに申請するつもりだったが私がダウンしてたので、先週から開始したのですが書類の不備などもあって、本日が3度目の『社会保険事務所』が良いでした。出かけるときは、ぽかぽか陽気だったのに、申請が終わって外に出たとたん雨が降り出して・・・・もう嫌!!姉の家に着いた時はブルゾンに雨粒がはじいていました。ブルゾンは化繊加工の安物だが水分をはじくので急場の合羽代わりにはなりましたが。先日買い与えた「簡単すぎる携帯」はちょこんと、充電器の上に載せてありました(-_-);首からぶら下げる長いストラップを持って行ったので、付けてやると、首にぶら下げてました。高齢になると子どもに還って行くって言うけど本とだなあって思いました。首下げストラップを私がつけているときも付けて首にぶら下げる時も姉の顔はまるで子どものように可愛く、嬉しそうでした^^私はこうして小さなことで姉の点数を稼いでいるのかも(フフフ・・・)私が一言話をすると以前にも話したことも含め3倍くらい喋るので私の言いたい事がなかなかいえない。なんとなく、タイミングを見計って私の思いを切り出す頃には時間的に私自身帰らなくてはならない時間なのだ。今日も、帰り間際に「保育室」として、姉宅の緒も置きと化している応接間を貸して欲しい事をやっとの思いで伝えた。「預かり保育」のとき、一人では身動きが取りにくいのと、『迎え』とブッキングしたときなど、ピンチヒッターで姉に留守番方々子どもを見てもらえるという私流の『保育方法』を考えてのことなのだが・・・・。姉にも、nohohonの仕事を手伝っているという自覚と生きがいを与えていけばもう少し前向きに生きていけるかな?と思ったわけなのですが、いかがなものかしら?
2005.03.10
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昨日、サポターの仕事帰りにちょっと時間があったので、本屋(スーパー内)に寄った。まっすぐ、「コミック本」コーナーに行き「光とともに」を探す。数ヶ月前7巻が発売された直後に行った時には、第1次入荷分は売り切れていたので取り寄せを頼んでいたが、ドコも在庫切れで何時入荷するかわから無いというので、諦めていたのだが、昨日、あったのです^^しかし、7巻は1冊だけ。1冊で良いのよ^^何冊も買って転売するわけではないのだから。迷わず購入しました。今日のお仕事は一件だけだったので、私の趣味の一つでもある「読書」の没頭しました。光くんの成長も気になります。昨日は「大人のアスペルガー症候群」の支援の事がTVで放映されていたが、『自閉症児』にも同じようなパターン的支援が必要なんです。そのことが、本当に良くわかるようにかかれています。障害児にとって必要な支援は『育児』にとってもとても大事な共通課題があることを再認識しました。『育児や子育て』はあくまでも、「子どもが中心=主人公」なわけですから、全ての子どもに丁寧に大事に一つ一つの事柄をわかりやすく伝えていく。伝えていかなければならないと思います。
2005.03.09
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昨日の事なんですが、『1ヶ月ぶり』にサークルに行きました。仲間の皆にとても心配していただいている事が申し訳なかったりありがたかったりして、嬉しかったわ^^『同じ趣味』で集まっている仲間は良いですね。新入会員予定の人も見学に来て、4月からはメンバーが増えそうなのも嬉しかった。彼杵との話を聞くと、「以前からやりたかったがサークルの存在を知らなかった」とのこと。『会員募集ビラ』を早速作りましょう。********************************予定外のサポートの仕事が入り夕方からお迎えに行きました。いつもの、Mちゃんなんだけど、1ヶ月ぶりのお迎えにも拘らず、素直に降園してくれました。帰り道、昨日のSちゃん同様『園』での話などを楽しく聞かせてくれました。「明日、大きい組さんとのお別れ会なの。今度はMが大きい組さんになるんだよ嬉しいなあ^^」「そうだね^^大きい組さんか!^^、カッコいいね^^」今日はとてもあったかだったので、Mちゃんもコーとを脱いで、側溝のふたの上をピョンピョン跳ねながらかえってきました。Mちゃんのお父さんがインフルエンザに罹ったのです。Aちゃんのがうつったのかなあ?というとMちゃんすかさず、「ちがうよ!だって、お父さん、Aちゃんのこと抱っこしてないから」よくみてますね。子どもの目はごまかせませんね。正直で、みたままをズバズバいうから。でも、今時こんなに素直な子が少なくなってきていることに憂いを感じます。***********************************夜の『福祉ネットワーク』で「大人のアスペルガー症候群」のついて話されてましたね。ちょっとおかしいかな?と思っても『知的発達に遅れの無いのが特徴』であるため見過ごされている人が多いとか。その為に『社会』に出たときに、職場の人との付き合いがわからず「変わった人」とか思われたり、取引先とのトラブルにまで発展していても『何故』なのかわからないため結局は『退職』の追い込まれ2次的障害が出やすくなるとのこと。2次的障害が出て家族がはじめて気付き「専門医」を受診して「アスペルガー症候群」であったことを知る。知ってからの家族や本人は、カウンセリングを受けたり『支援センター』で職業訓練を受けながら少しづつ社会へと復帰して行くという。こういった「支援センター」が各県一箇所は開設しなければならなくなるらしい。4月からだというが・・・・。大人になってから気付き苦しんだり悩んだりするのは本人なのだから、「発達障害」はなるべく早く親が気がついて『障害』に適した「支援」をこどもの時からできると良いのにね。
2005.03.08
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おっさんは、1月末まで『派遣社員』だったため、「確定申告」に行きました。事務所も『お役所』だから、お昼の休憩時間はきっと受け付けてくれないだろうと重い行く前に電話で確かめました。『やっぱり!』でした。受付で『用紙』を貰って、様式に従って記入し、「源泉徴収書」「各種保険の控除証明書」を裏面に貼り付けて、タッチパネルで入力して「出来上がり!」昔、家を建てたとき『申告』した時と比べると簡単になったね。1時間もかからなかったし・・・。今日ばかしは車に乗れないことを誇りに思ったことは無かったわ。税務署前の道路は駐車場町の車が大渋滞。私の愛車は2輪なのでスイスイと『駐輪場』にはいります。お先に^^です。次に、おっさんが、「年金受給年齢」になったので、その申請にいった。準備万端で行ったのに・・・・(>_<)戸籍謄本やら住民票やら私の非課税証明書等など、一杯忘れてた。30分以上待ってからの結果(>_<)笑い話にもならんわ!いよいよ、「お仕事」です。今日のSちゃん、1ヶ月ぶりのお迎えだったけど、とっても素直にニコニコと降園してくれました^^帰り道、「Sちゃん、お利巧ね。叔母ちゃん嬉しいよ^^」と言うと「うん!S、今日はおとなしいの!」だって!可愛いね^^Sちゃんとお話していると、これはSちゃんの口癖なのか「へぇー!」「キャー!」と言う言葉で『感情表現』をするのです。私があわせて「へぇ~!」「きゃー!」とか言うと面白そうに笑います。おうちには、今日から1週間「おじいちゃん」がヘルプにこられてました。千葉からという。どんなに遠くとも『孫』は可愛いのよね。おじいちゃんの気持ちがよーーくわかるnohohonでした。
2005.03.07
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先週は何故か片付け魔的にあちこちの押入れや書棚の整理をしていたのだが、捨てる前に『何が書いてあるのやら』と読み返したりしていると時間の割には片付けは進まない(-_-);「関係者類」はそれなりに分類してまとめてあった。その中のある書類郡の中に、若かりし頃の写真も出てきたり、当時、一生懸命取り組んでいたものの記録が出てきた。この分野では今もかかわりを持っているのだが、世の中の変化と共にメンバーや内情は一変している。私たちが頑張ってきた事すら認めようとしないメンバーもいる。そんなメンバーでも『想い=目標』は同じなので、黙認してきたが、数々の記録を目にした時こんな時期があったからこそ今があるのだわ。私がしてきた事は間違っていなかったはず。なのに『無視?』されたり否定されたりされたくない。「事実」としてしっかり認めて欲しい。『想いや目標』が同じならわかってもらえるはず。おっさんは「そんな古い資料はもういらんやろ!」と言うが、私は捨てない。この資料を捨てることは私が今までしてきた事を捨てるのと同じことだから。自分の中だけで「思い出」にするのはおかしい。『想いや目標』が同じ仲間だから、「歴史」をしっかり受け止めてもらいたい。今日、午前中に『会』の集まりがあったのでわたしの『思い』を話、資料のほんの一部を提出した。大事な資料だから取っておいて欲しいという仲間の声に励まされた。ちょっと「鼻高」気分な日でした。私にとっては大事な「こもんしょ」なんです。*************************************いよいよ明日から『サポーター』のお仕事再開です。
2005.03.06
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夕べは珍しく娘も泊まったのでした。相変わらずの朝。少しも母親らしい姿はなく(-_-);しかし孫ちゃんにとっては自分が目覚めた時ママが横に寝ていたことは嬉しかったらしい。(いないと思ってたからね)だらしない娘の姿は見たく無いので午前中は自分の部屋の古い文書類を整理しながら(整理するとゴミゴミばかりでてくるのよ)NPOの申請書類をインターネットから、ダウンロードしてプリントUPしました。「会員登録者」もほぼ出揃ったし、記入をするわけだが結構皆で相談と言うか話し合いや了承事項があるので、申請前にはなんとか「集まり」を持たないといけないみたいだね。皆忙しい時期なので、ちょっと、ゆっくり目にして、時期をずらそうかしら?なんて、一人で考えてるのよね。昼食には煮込みうどんを作りました。孫ちゃんが最近好き嫌いを言い出して「お肉嫌い食べられない!」と言うのでちょっと厳しく「お肉や牛乳をしっかり摂らないと背が高くならないよ!そして、人が作ってくれた食べ物を平気で嫌いとか食べたく無いとか言うんだったら、これから、ミッキーには『ご飯』つくらないからね!勝手にしなさい!」今、ここで甘い顔をすると、我侭な上に好き嫌いが一杯になりそうだから。ママは、横で黙って聞いていました。昼食後も部屋の片付けとかして、買い物に行きました。浴用洗剤やシャンプー、ボディーケア商品、台所洗剤、など等が日を前後してなくなるのよね。沢山の日用雑貨だけでも相当な荷物。わかっていても、おっさんは荷物もちに名徒と思ったが、私の何かが頼めない。頼まなくても気がついて欲しいのよ。更に食料も。愛車の前と後のかご一杯にかえって来ても、『ご苦労さん』も言わないおっさん。(><)サポートの依頼者に長い間の勝手を詫びて3月の予定を聞くためアポとったりして、一日は終わったのでした。
2005.03.05
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朝から玄関がガチャガチャ音がしていたのは気がついていたのだが、宅配牛乳屋さんだと思っていたので、気にしないでいて、しばらくして、玄関を出てみると、そこに置いてあるはずの自転車が無い!えっ??と視線を横に移すと娘の車が放置してあった。いつも黙って・・・一体今日はドコに行ったののやら?午後になって娘からメールが入った。ミッキー、迎えに行って!私はバイトもあるのでこのまま行きます。ミッキーは泊めて下さい。自転車は?駅に置いてます。乗って帰ります。じゃあ、1度帰ってきてからバイトに行くのかしら?孫ちゃんは、おっさんと帰ってきました。私がおっさんに連絡をしておいたのですが。今日は金曜日。体操服、給食袋、給食当番用のエプロンなど、上靴、通学用の靴も真っ黒です。通学服、全て洗濯させていただきました。先日、娘がこれらのものを『洗濯』するためには、ミッキー自らがしっかり出さなければならないのよ!と、お説教していたのです。ママに叱られる前にちゃあちゃんが洗ってあげるから、お風呂に入る前に全部出すように言いました。ママなんか怖くないよ!と笑っています。先日のままのお説教は「馬の耳に念仏」だったのです。さて、選択をしようとすると出して置くようにといった半分は洗濯機の中に入っていましたが、上靴や、通学靴、体操服はどうも使ってないので汚れていないと判断したのか袋に入ったままでした。汚れて無くても洗っておきました。我が家はいつも夜中に洗濯するのですが、平常の2倍の洗濯物には少々疲れました。丁度、靴を洗ってるときに娘が帰ってきました。突然です。自己中に行動する娘に癖々です。先日のお説教は暗に私に対してのものだったのかとさえ思われます。孫ちゃんは9時過ぎには入眠しましたzzzz。
2005.03.04
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昨日、病院が思わず早くに済んだので、K駅辺りをウロウロしている時、ツーカーの携帯メーカーのお店があった。「簡単すぎる携帯電話」を姉に持たせたいが医療費で出費が嵩んでるし余り高いのならやめようと思いつつ半分冷やかし気味に店内に入ったよ。「簡単すぎる電話、おいくら?」「通常は2780円なんですが、1050円で良いですよ」「姉に持たせたいんですが本人いないし、私の名義で買っても良いんだけど、今日は銀行員もってないし・・・」と迷っていると「カードなら判子も証明書も要りませんよ」そうなんだ!カードを使って後々の使用料も事務手数料も結局私の講座から落ちるのだから、この手が有ったのか!と、早速買いました。手続きをするのに、30分くらいかかって、とりあえず、1050円を払わなくてはと思っていたら、若い店員さんが、本体は無料ですね?と店長らしき人に聞いて、店長の目配せでけっきょく本体は無料になった。携帯電話の料金って会って無いようなもの?すぐに姉に持って行きました。ほんとうに、簡単な使い方を教えて「出かけるときは必ず持っていくのよ!家に置いといたら『携帯』ではないんやから!わかった?この穴に首からかけるストラップをつけてやるからね!この電話の番号を知ってるのは私だけやから、怖がらなくてもいいの!この電話がなったら、nohohonnやから、必ず出てや!」と何度も何度も念を押してきました。姉は夫がなくなって以来義妹たちからの苛めに近い電話に怖がって、家にいながら電話がなっても出ないのです。嫌な人からだったら黙ってきれば良いから電話には出なさい!と何度も言い聞かせてきたが・・・・。玄関チャイムにさえなかなか出てこない。知らない人にはドアを開けてはいけないけれど、私は必ず「nohohonよ!」って声を掛けるのだが・・・。留守の時もあるが、そんな時には『どこに言ってるのかしら』って心配になっていたので、これからは、簡単すぎる電話を使って、姉がドコにいるかを確認できるからちょっと安心。明日は、「首から掛けるストラップ」をかっていきましょう!体調も少しずつよくなってきたのでサポートの仕事を始めなくてはと思い、2月に失礼した依頼者さんにお詫び方々3月の予定を聞きに行きました。無理をしないで少しずつ実績を作っておかないとNPO申請に影響するかもしれない。
2005.03.03
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病院の予約時間は2時だった。午前中はごちゃごちゃと部屋の片づけをしていました。何時飼ったかもわからないようなフォトスタンドが出てきたり、コルクボード、それから作りかけの「家庭保育室」のプレート。フォトスタンドに写真を入れたり、プレートを作っているうちにお昼になった。S会病院は、交通の便が悪く、いつもなら、『愛車』で行くのだが、今日はまだ体力的に自信が無いので、バス会社に『路線バス』の利用について問い合わせてみると、午後は12時と14時45分の2本だけと言う。問い合わせている時間が1時なのに・・・。仕方が無いので駅まで行って、駅からタクシーに乗った。タクシー代の高い事。往路は1400円だったのに、復路は1730円同じ道を通っているのになんで値段が違うのよ??診察の結果は、「生体検査」では、悪性のものは見つからなかったと言う事でした。つまり、癌ではなかったのよ^^しかし、私の胃には相当強いウイルスが棲みついているようです。このウイルスを薬でやっつける為、今日出す薬はしっかりと飲むようにいわれました。そして、6週間後、あらためて胃の検査をし、結果、改善されていればいいが、なおもウイルスがいるようなら○○しましょう。といわれたが、○○の部分が上手く聞こえなかったのだけど、聞きなおす勇気が無く「????はい!」って言ってしまったわ。少しは食事ができるようになったので「ラコール」はなくなりました。しかし医療費も高いね。今日は何の検査も無かったのに・・・8110円(--)タクシー代とで万札が・・・・。今年は酉年だからお札にも羽が生えてるのか?バタバタと飛んでいく。遊んでばかりいないで『お仕事』しなくちゃ!
2005.03.02
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美容院の予約時間は12時だった。午前中はゆっくりしましょうと思っていたのに、早朝より救急車のサイレンの音で思わず外に飛び出した。交通事故でした(><)怖いね!もう一度お布団に入ろうかと思ったが、そうすると、一日寝てしまいそうなので起きてたんですが、あ~~!なんだか、頭の中はもやもやしています。そんな頭で考えた事は「今日は、美容院に行くんだったわ・・・。カットしか申し込んでなかったから急にパーマなんていって断られる???一度聞いてみましょう」と電話をしました。何でも行ってみるものですね。パーマの追加が認められました。早めの昼食を食べて、久しぶりにメイクもして、でかけました。私が入店した時点では余りこんでなかったのですが、カットやシャンプーをしてもらっているうちに次々とお客様がやってきます。ウイークデーなのに凄いなあと思って、店員さんに聞いてみると「今日から3月ですから・・・何かと、お祝いことや晴れの場が多いようですね今日は、公立高校の卒業式ですもの・・・」そうか!世間では卒業式や卒園式終了式など、私には遠い昔の出来事でした。それにしても、ここの美容院の接客マナーの良さには感心する。今日私を担当してくれた男性美容師さんは私が2月は体調を壊して伏せていた事を話すと、カットやパーマの合間にも「ご気分は大丈夫ですか?」「しんどくないですか?」と聞いてくれ、なるべく短時間で済ませるため『集中的』に作業を進めてくれて、1時間半くらいで仕上がった。パーマ液を塗布してからの待ち時間には『飲み物』まで用意をしてくれ私はハーブ茶(アップルシナモン)を戴いた^^本とはコーヒーが大好きなのだが『胃潰瘍』なので最近は控えてるのよね。アロママッサージも気持ちよく、その後の頭皮マサージ肩もみもさりげなくやってくれるのが嬉しい。たった、1時間半のひと時だったが『女王』様気分にさせていただきました。パーマやら、トリートメントしたりして、ちょっとお高くついたが、『癒され料』と思えばね(^^)/~
2005.03.01
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