ふたりでぬれ縁に腰かけ、缶コーヒーで一息入れている
ときでした。軒に吊るした鳥籠の文鳥が、急に落ち着き
をなくして、止まり木をガタガタ鳴らしはじめました。ふと見た草ぼうぼうの向こう、椿の木の下にいつ来たの
か猫がいます。しかも二匹。どちらも逃げ腰でこちらの
出方をうかがっています。
これは油断できない、と思う一方で、猫への同情もわい
てくるのでした。二匹とも、どうみても野良猫です。薄汚れている上にひ
どくやせこけていました。餌探しで近所をうろついて戻
ってみたら、見知らぬ人間に安住の場所を占領されてい
た、まあ、そんなところでしょう。
よくみると一匹は、まだあどけない子猫でした。野良猫の母子を見ると、私にはすぐ思い出す話がありま
した。猫好きな妹夫婦のところで、実際にあったことで
す。寄り道にはなりますが、なんだかこれも皆さんにきい
てもらいたくなりました。あるとき生んでまだ日の浅い子を一匹だけくわえウロウ
ロしている母猫を見つけ、急きょ、庭隅に専用の小屋を
用意してやった。
親子はそこに落ち着くが、母猫は警戒心が強くて自分は
おろか子猫にも触らせようとはしない。夫婦は餌は与え
るけれども距離をおいて見守るより仕方なかった。それでも、すくすく育っていく子猫は愛らしく、母猫が
連れ歩いたり、遊んでやったりする光景には眼を細めず
にはいられなかった。ところが子猫が、月齢三ヵ月くらいになったころ、何が
原因か元気がなくなってしまう。母猫は、わが子にずっと
つきっきりで、ただからだをなめてやるだけだった。
そのころはもう、彼女の警戒心もかなり弱くなったので、
何とか子猫を動物病院へ連れて行こうとするが、それが
人間の善意であることを理解するはずもなく、必死にわ
が子を守ろうとし、恩人に牙をむき出す始末。
妹たちは、どんどん衰弱していく子猫をどうしてやりよ
うもなく、これはもう助かるまいと覚悟したという。そのうち、母猫がときどき病気のわが子を残したまま、
どこかへ消えてしまうようになった。そして、気がつく
といつの間にかもどっている。何よりも不思議なのは、子猫がだんだん元気になってい
くことだった。注意していると、塀の外からもどってきた母猫が何か口
にくわえている。それがドジョウだとわかったとき、初
めてナゾがとけたという。母猫は、わが子を助けたい一
心で、住宅街を通り抜け、車道を渡り、かなり先の田ん
ぼや川にいっていたらしい。この猫の母性愛のつよさに、いたく感動した私でした。
目の前の母猫も、わが子を無事に育てるために、どんな
に苦労していることだろう。ときにはものを投げつけら
れたりしながら...。そういえば、夫が猫を追い払おうとしないのが不思議で
した。
夫は、今でこそ大の猫好きですが、当時はどちらかとい
えば、猫嫌いの部類でしたから。なんでも子供のとき、
可愛がっていた小鳥が、目の前で猫の犠牲になって、そ
れ以来、猫イコール小鳥の天敵と思うようになってしま
ったのだそうです。私は、反対されるのを承知で、
「なんか、缶詰でもやろうかしら?」
と、いってみました。
すると、夫の返事は意外でした。
「餌をやるなら、ヌウの目に入らないように、裏のほう
がいいよ」
さすがにやせこけた親子猫が、あわれに思えたようです。
ヌウというのは、このとき鳥籠で落ち着きをなくしてい
た手乗り文鳥のことです。私がすぐに台所へ跳んでいったのはいうまでもありませ
ん。少なくも、自分たちの休暇の間だけは、この野良猫母子にひもじい思いはさせないぞ、とこのときの私は、
本当にそう思ったのでした。
さて、ヒヨドリたちですが、気がつけば、いつも甲高く
鋭い声で鳴きあっていました。特に、白樺の木に近づこうものなら、声は威嚇的に
なり、そのやかましいことといったらありません。近くに公園があるというのに、ヒヨドリがどうして、我
が家の狭い狭い庭にこんなにもこだわるのか。ほか
に気をとられることがいくつもあって、それほど気に
もしなかった私たちが、ほんとうの理由に気づいて驚
き喜んだのは、だいぶ日が経ってからでした。
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つれりんさん