恐怖の「寄宿人間」古橋健二は吉里吉里病院2階で
胸をドキドキさせながら、出番を待っていた。
処置室にかけられたアナログ時計は10時5分を示している。
古橋は模倣宝石を散りばめたような金色のサンダルを引っかけていた。
「なんだべな。弱虫な大統領だごど。」
吉里吉里人は眼はァ静か゛で 鼻筋と心はァ真っ直ぐで
顎と志はァ堅くて 唇と礼儀はァ厚えんだちゃ
どこかで聞いたようなと思ったら、それは吉里吉里国歌だった。
ベルゴ・セブンティーン分99%の古橋はアベ・マリアが踊りつつ囁き歌う
吉里吉里国歌 2番 (中 略)
考え込むにつれて、古橋分が3%,5%,7%と増え
増えた分だけ身体の動きがぎこちなくなってくる。
これは後に導入される消費税の意味を暗示しているかのような。
「わしが死んでいる。」
むろん古橋は自分が脳を残して
他は全部廃棄処分になってしまったことを知っている。
「お前は俺だろう。そして俺はお前だろう。」
あの記者は…。月刊「旅と歴史」の編集 者・佐藤久夫に違いない。
ベルゴ・セブンティーンが古橋に残してくれた2.0の視力が
佐藤久夫の 左胸の名札の文字をはっきりと促えた。
ところでこの佐藤は第何章から行方不明だったっけ?
佐藤久夫は「私立より公立がエライ、 しかしその公立より国立のほうが
もっとエライ。」と言う幼稚な不等式を 単純に信じている男。
「編み物学校に入学して、編み棒の動かし方をABCから習ってやろう。」
看護婦長に替わって、ミドリ橋本が竹籠を持って現れ
赤・青・白・木・若緑の5色の毛玉と2本の編み棒を出した。
3分以上もかからない小演説に岳先生は5色のスペイン風婦人用の
短いジャケツ=ボレロを1着、編み終えていたのである。
「来年のことを言うと鬼が笑うと言うのに、遠い未来の約束か。」
佐藤は首をすくめて少し小さくなったが、餡パン面からは冷笑は消えて
いない。 ドアが開いてピーター・デミトロフ教授が姿を現した。
珍奇な動物を2匹 連れて いた。1匹は双頭の犬・イッタカキタカ号だった。
もう1匹はニャワンだった。
「ご存知のように日本人はパンダ2,3匹にあれほど熱中ぶりを示します。
イッタカキタカやニャワンだったら、もう社会暴動的な大騒動になります。
その騒ぎが我が社を救います。お願いいたします。」
ドアの奥からヌーッと現れたのはトラハチ長瀞である。
「日本国から分離独立しなくても、医学を究めることはできたはずだ。」
例の男が野次った。「まごまごしていると明日の朝になっちまうぜ。だから
田舎者は嫌なんだよ。就任式のほうはどうなっているのだ。」
古橋は手術台から降りて、ミドリ橋本アナウンサーの横に並んだ。
ミドリ橋本は古橋を見て、にっこりした。古橋も微笑み返す。
「佐藤君さっきまでは『早く就任式を始めろ』と喚き立てていたのが、
それなのにいざ始まると今度は『いい加減にしろ』とほざく。いったい
どういう ことなんだ。返答によっては私にも覚悟があるぞ。」
「茶番が出るのを待っていたんだ。茶番の正体を暴くためにね。」
「貴様ッ!!吉里吉里医学を侮辱する気か」
看護婦長と沼袋老人とミドリ橋本の3人が小声でヒソヒソ話し合っている。
3人にもこれと言って、知恵はないようである。
就任式始めるのはよしたほうが良いと、佐藤はきっぱりと言った。
「初代大統領の二の舞になりますよ。きっと暗殺されてしまいます。」
記録係(わたし)はいやもう記録すべきことなどない、
だからこれからはただの魂に戻ることにしよう。
また何千人ものキリキリ善兵衛を出してしまったな。
私は初代キリキリ善兵衛御上におさめるべき年貢を
一時流用し、 使ってしまった男だ。
私は死後も吉里吉里村のことが気になって、西方へ旅立つ気になれ
なかった。 そこでこの吉里吉里の地の霊となってとどまり、
百姓たちの暮らしぶりを眺めてきた。
もっともまずかったのはあの小説家のもうひとつの発言だった。
(中 略)
吉里吉里が成功したら、世界を跳ね回るはずだった。
計略通りに事が運べば、私も心置きなく西方へ旅立つことができたのに。
まったくあの男さえ、吉里吉里を通りかからなかったら・・・・・・・。
まあいいよかろう。
百姓どもに朝が訪れるまで、地の霊となってここにとどまり続けよう。
どれ、新入りの地の霊たちのべそかき面でも、見てくるとするかな。
吉里吉里人 第27章 2011.11.05 コメント(24)
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