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新潟県中越地震情報の時間です。優太君が奇跡の生還を果たし、残念ながらお母さんとお姉ちゃんは死亡が確認されましたが…その長岡市妙見の崩落現場の写真です。越の大橋の上から、NikonCOOLPIX5700で撮影しました。まだ、優太ちゃんが救出される前の現場です。水面にトラックが落ちているのも見えますが、トラックの運転手は泳いで逃げたらしいと聞きました。 うちの旦那も、もう少し早く会社を出ていたら、生き埋めになっていました。避難所の大半は小中学校です。しかし、誰も建物の中には入りません。余震が続いています。余震のたびに、体育館が大音響をあげます。その音がとても恐くて、グランドに泊まっている車の中で、震えている人が大勢います。もうすぐ雪が降るシーズンです。とても寒い日々が続いています。カイロはいくらあっても足りません。食料はたくさんあります。お風呂にはいるのも大変ですが、何とか順番がくれば入れます。おかずがありません。お肉やお魚が食べたいと、皆が言っています。毎日おにぎりとパン、それとみそ汁の生活が多いです。学校のグランドに、車が隙間なく並んでいます。暖かい空間に、足を伸ばして寝れる人は何人いるでしょうか?皆疲れているようです。
2004年10月30日
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今、旦那の会社から更新しています。何点か写真を撮りましたので、取り急ぎ日記にアップします。最初にニュースに流れた倒壊家屋、本町1丁目にある野沢ラジオ店。最初の地震が起こった時間は、夕飯時だったのに、どこの家庭からも火の手が上がらなかったのは、奇跡に等しいと思っています。火事さえでなければ、あとから何とでもなるんですから…。車の中から撮影していますから、写りが悪くてすみません。東栄2丁目の、笹岡畳店。かろうじて生活道路である旭橋は通行可能です。この橋が落ちたら、東小千谷は孤立してしまいます。10月27日午前10時40分発生の余震震度5強により、倒壊した家屋。東栄1丁目小林治療院。
2004年10月28日
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小千谷の夢舞です。私は、昨日地震があったとき、那須高原に旅行中でした。食事中に大きな地震があり、那須が地震て珍しいね。と、話していると、また地震。4、5回続いて…本当におかしい、震源地はどこ?と、思っていたら、小千谷が震源地だって!と叫ぶ声。大変!携帯からあちこちに電話。つながらない。唯一、娘からメールが届く。============================私です。家は半壊。家にドアはありません。中は粉だらけ。婆ちゃんと恋ちゃんは散歩中。パパは長岡から帰宅中。俺は64ゲーム中。============================次のメール============================火事はありません。ってか、飯食ってない。電信柱が斜めです。隣の家の車庫が、ぐにゃぐにゃに曲がって、車庫から車がはみ出してきた。向かいの会社の、煙突が折れた。俺はいたって冷静だった。============================小千谷の様子がテレビニュースよりも、少しはやくわかって、一緒に行った遊友クラブの仲間も少し安心してくれた。今日の様子。何とかバスは三条市まで帰ってきた。そこから先の見附で陥没等あり、迂回しながら長岡へはいる。十日町の人は、長野へ行ってから、新潟県に入り直す便に乗り換え。小千谷の人だけ状況がわかるまで待たされる。長岡大橋から、片貝経由で、坪野まではバスで行けたが、そこでみんな降ろされる。小千谷の街まで歩いたりして、帰った人もいた。私は、片貝の人にバイクを借りて、途中水やパンおにぎりなど、買い込んだものを背中にしょったりして家族のいる避難所へ向かう。途中何度も、危ない道を通り、余震の続く中を、東小千谷まで帰った。ホッ (*^。^*)
2004年10月24日
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10月5日から家の解体作業が始まった。数日おきに家の前を通ってみているが、外からはあまり変り映えしない。窓枠の上の小さなひさしが無くなっているのがわかる。看板もなくなっている。外にあった大きな業務用クーラーも無い。道路から進入しないように、工事中のバリケードがまずあり、そのすぐ内側には、まるで、テレビドラマの事件現場のように、立ち入り禁止のテープが張り巡らされている。窓から少しかいま見える家の中は、ビニールコーティングされ、密閉されている。これはアスベストが飛び散らないための処置である。もうすでに、作業員のひとりが入院した。経過をカメラに納めようと、ゴーグルをはずした瞬間、目が見えなくなったそうだ。それほど中の環境は最悪である。そんなことは、一切外からはわからない。
2004年10月19日
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