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コナンは今日も塾。(今年の最終日、って当たり前か^_^;)。残りの家族は、お掃除や年を越すための諸々の雑事を頑張って夕方には、いつものお蕎麦屋さんで年越しそばを食べようとコナンと待ち合わせることにした。で、入ってきたコナンの様子がちとおかしい。“今日、算数が全然できなかった…。クラス落ちるかもしんない…。”と弱弱しくつぶやく坊ちゃまに“えぇ~っ? 昨日もちゃんと復習もしてたじゃんっ!”とついつい声を荒げる私。…と、突然、コナンが吐いた(ノ; ̄◇ ̄)ノ そのままトイレに駆け込んで、また吐く・吐く…。聞けば、3時ごろからずっとおなかが痛かったらしくやっとの思いで最後まで講習を受けて帰ってきたのだそうだ。当然この後は何も食べられず、青い顔して横に座っているコナンを横目に残りの家族は、味も何もわからないまま、あわてておそばをかきこんで、みんなで帰宅。横にさせて、お風呂に入っていたらチビとダンナの大騒ぎな声。なんと…、落ち着いたかと思いきやコナンはまたまた気分が悪くなり、トイレに行こうと一歩進んだところで廊下と階段に、またまた大量に嘔吐したらしい…。もしかしてノロ?…と思っていたらカーンと熱も39度まで上がり、嘔吐性の風邪と判明。チビもダンナの実家で同じ風邪で寝込んでいて、幸か不幸か病院から頂いたお薬はあったので、それを飲ませて、下のリビングにお布団しいて休ませた。 なんだか、今年は最後の最後までアクシデントの連続だったなぁ… ε=( ̄。 ̄;)フゥ。
2007年12月31日
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ずっとずーっと仲良しの家族ぐるみのお付き合いのファミリーと久しぶりの再会。(ランチしようといいながら、なかなか日程が合わず結局冬休みに突入しちゃった私たちを尻目に、ダンナ同士は、すでに秋に2・3度飲みに行ってるんだけど…。子どもたちにいたっては、夏も会いそびれたから、GW以来、なんだ。)とはいえ、コナンにいつものように楽しく遊べるゆとりの時間があるわけもなく、あえて、正月特訓で1日出かけている日を選んだわけで(^_^;)。いつもはどっちかの家、なんだけど、年末でもあるし、今回はボーリングに行った。盛り上がりましたよん。 楽しかったねぇ~(^^♪でもって、ウチの近くのイタリアンで夕飯、ってことでコナンもここだけ合流。何とか、プチ・再会だけは果たしました。チビは久々で遊び足りなかったらしく、“そのままうちにきてもらって、もうちょっと遊ぼうよぉ~”とごね続けていたけれど、これまでだったら、子どもたちの熱い懇願に負けて、ズルズルと、ムチャクチャ長時間になるんだけれど、今回は『だめなものはダメ!!』とダンナがピシャリ。しばらくチビはいじけていたけれど、春休みに、今度は揃って、またたっぷり遊ぼうね(^_-)-☆
2007年12月30日
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葬儀の時に、お父さんの棺に入れた子どもたちの手紙。お母さんがコピーをとって下さっていました。ワンワン泣きながら棺に入れていた子どもたちの姿を思い出してしまうので、なかなか向き合うことができず、アップする気にもなれなかったけれど、やっと、記録として残すためにこの文章たちと向かい合うことができるようになりました。(記入日は2008・1・11です。)孫を代表して、一番年上のコナンが手紙を読むことになり、その文を書いていたら、姪っ子の女の子が“私も書きたい!”と言い出し、チビと甥っ子も“ぼくも”“僕も!”と言い出して、結局みんなで、泣きながら手紙を書いていました。お父さんのもとに、届いていることを願っています。-----------------------------------チビからおじいちゃんへざんねんだけど、おじいちゃんもじゅみょうにはかなわないようですね。おじいちゃんは物知りでやさしくて、前にロウソクを使った実験やせんざいのロケットを作ったりもしましたね。あんなに冷たくなってしまってかわいそうです。でも、おじいちゃんのおかげで、人が亡くなった時、どういうたいおうをすればいいかが、また勉強になりました。おじいちゃんの部屋から、何個か物をもらいました。これからは、そのもらった物をぼくの宝物にします。これからも、おじいちゃんに見てほしいものはたくさんあるので、ぼくはもらった物をおまもりのように使わせていただきます。おじいちゃんの作ったぼうしとり合戦はとてもおもしろかったです。もう、おじいちゃんの体とあえなくても、心があるので、いつでもおじいちゃんと話せる気がします。しばらく、ごゆっくりお休み下さい。~・~・~フィールドワークの大好きなチビにとって、お父さんの部屋はまさに宝の山。あれやこれやと探して、双眼鏡と観察用のルーペとサバイバルナイフ、それに、体調を崩されてからずっと首に巻かれていたというスカーフのような織物をほしいと、お母さんにお願いしたようです。長野にももちろんもって行きました。てっきり送る荷物に入れたと思っていたのだけれど、重いのにしっかり手荷物のリュックに入れていました。大事に大事に、持って回りそうです。-----------------------------------めいっこ☆☆ちゃんからおじいちゃんへ(名前はのせずにおきます)おじいちゃん、おぼえていますか?☆☆です。私のたんじょう日になくなるなんて、おもいもしませんでした。みんなでたけさきにいこうといっていたけれど、いけなくなってざんねんです。おじいちゃんとの思い出はいろいろあります。スライムやふえをつくったり、ハウステンボスやべっぷにいったりもしましたね。おじいちゃんは、自分の名前を書いたものをもっていましたよね。それは、今はわたしがおじいちゃんだと思ってもっています。この手紙を読んでくれてうれしいです。おじいちゃんとの思い出はいっしょうわすれません。だからおじいちゃんも、わたしのことをわすれないで下さい。~・~一人で外出中に倒れられたら…、そんなまさかの時のために、お母さんは名前と住所、連絡先を書き記したカードを、いつもお父さんに持たされていた。そして姪っ子のこの女の子は、ぼろぼろになったその厚紙をほしがった。“だって、おじいちゃんがずっと持っていたものなんだもの。”といって。大事そうに大事そうに握り締めていた。くしくも、なくなられた日はこの子の9回目のお誕生日。お父さんが準備されていたお誕生日のプレゼントが部屋に残されていた。ピアノの発表会用のおしゃれな白い靴。“どうしてもこれがいい!”といって、弟嫁が準備した黒ではなく、この靴をお通夜・葬儀とこの子はずっと履いていて、それを見るたびに、私たち大人たちは、また目頭が熱くなってしまい…。-----------------------------------------甥っ子からおじいちゃんへ別府へ行ったときに、釣りへ行きましたね。釣れない時もあったり、いっぱい釣れる時もありました。そし、ぼくの耳につりばりがささったこともありました。今となってはいい思い出です。たんじょうびには釣竿を買ってもらって、その竿で釣りをしています。おじいちゃんと釣りをしている時はとても楽しかったし、釣れるか釣れないかのドキドキ感がありました。釣れたときはうれしかったし、つれなくてもとても楽しかったから、おじいちゃんとの釣りはとても楽しかったです。天国でこの手紙を読んで下さい。~・~・~コナンと同様、作文が得意ではない(らしい)甥っ子は、うんうんうなりながら書いていた。“思い出はいっぱいあるけど何を書いていいかわからない…”といいながら。-------------------------------------コナンからおじいちゃんへおじいちゃんは僕たちにたくさんの思い出をくれました。ぼくは日本史が大好きで、おじいちゃんが志賀島の金印やエジプトの万年カレンダーをくれたことがとても嬉しくて、今も大切な宝物です。おじいちゃんは色んな遊びを教えてくれました。帽子取り合戦や銀行、ロケットなど、とても楽しかったです。おじいちゃんは本当にいろいろな事を教えてくれていたので、心から尊敬していました。おじいちゃんの部屋には、本屋化石、面白い道具がたくさんあって、一緒に知らなかったことを実験したりして教えてくれていました。いままで本当にありがとう。これからも、僕たちをいつまでも見守って下さい。さようなら、おじいちゃん。~・~・~他の三人と違い、コナンのは読むためのもの、としてダンナと二人で短めに語りかけるように…伝えたいことを書き記しているため、厳密には、手紙、ではないかな?-------------------------- ダンナは、“これだけ孫たちに思ってもらえたら、オヤジも本望だよ…”とみんなの手紙を読みながらつぶやいた。
2007年12月28日
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昨日からのみんなの動きはこんな風…。チビ、9:30~12:20まで塾講習のため、9:00前に家を出る。 お昼を食べたらコナン、13:30から18:30まで冬期講習のため13:00過ぎに家を出る。コナンのいない間に、買い物etcを済ませて…チビはふうふういいながら宿題やって19:30頃から、食事・お風呂。諸々やって、23:000頃就寝…って感じかな?ねらったわけではないけれど、講習が午前と午後に分かれてくれたので、コナンは自宅学習も集中してできるんで、よかった…かな?!
2007年12月27日
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10月の外泊日に、“冬休みは塾に行きたいから探しておいて!”とダンナに頼んでいたチビすけ。長野に帰るため、3学期も継続、ってのはは絶対ムリなので、とりあえず近くの無試験(しかも無料)の所に申し込んでおいた。で、今日から初・塾通い! 帰ってきたチビに“どうだった?”と聞くと“面白かったけど、習ってないことばっかりっ!!”そりゃぁそうだ。だって、2学期の復習だもん。塾での2学期の勉強の総まとめだもん。軽く考えてたんだけど、しっかり宿題も出されていたようでうんうんうなりながらやっていた。Sと違ってむちゃくちゃ面倒見のいい所でわざわざお電話かかってきたりするのだけれど、正直、今、チビのことまで、深く考えてられませ~ん(T_T)楽しく行ってくれるんだったら、もう、それだけで十分なんですってば^^;
2007年12月26日
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子どもたちのお待ちかねの今年のクリスマスプレゼントは…チビは、科学の組み立てロボットセットと経済ゲーム。コナンは、ずっと気になっていた画家さんのユニコーンをモチーフにしたシルクスクリーン。 …でした(*^。^*)--------------コナンは本日終業式で、あわててお昼食べて塾へ。冬期講習かぁ…。 いよいよ、最後の追い込み講習だなぁ…。
2007年12月25日
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全くもってお祝いムードじゃないし…なんだけれど、家族が久しぶりに揃ったことだし子どもたちに何もなしはかわいそうだし…で、ささやかながら、ケーキと、鳥の丸焼きだけは準備しよう、ってことにした。後は、サラダにスープに、サンドウィッチ…etc。ささやかな宴。毎年恒例で、クリスマスの食事は、照明を消して、キャンドルの明かりだけで頂くのだけれど、途中、チビが“おぉ~! 炎が大きくなってるぅ~!”と喜んだ。あとでダンナがこっそりと私にポツリ。“あの時オヤジがきてたよ…。コナンがモモ肉にかぶりついているのを、ニコニコしながらほほえましそうな顔で見てたよ。”と。49日法要までは、魂って、まだこちらの世界にいるって聞くよね。だったらきっと、コナンのことも、チビのことも見守っていて下さるかな?なにとぞ、よろしくお願いしますっm(__)m---------------チビとコナンはサンタさんが来てないか(プレゼントが何なのか)が気になって夜中に何度も起きたらしい。でも、ザンネンながら今年のサンタさんの来訪は明け方5時過ぎだったのであった…(^_^;)
2007年12月24日
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体調不良で、飛行機に乗れるかしらん…と危ぶまれた二人も何とか無事帰宅。さすがにダンナは見ているのもかわいそうな位顔色が悪く弱っている。チビも“疲れた…”といって爆睡。私も、大掃除をする気にもなれず…で、塾がお休みのコナンだけが、黙々とお勉強。
2007年12月23日
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本日、塾ではそっくり模試。正真正銘これが最後のテスト…だそうなんだけど、答案も成績表も帰ってこない“受けるだけ”ってやつなんで、これを模試に含めていいのかどうか…。とにもかくにも、なんだか何にも使えないのももったいないんで再度ときなおしをさせて、練習問題として活用することにした。
2007年12月22日
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実家で色々と整理をしているダンナより電話あり。下痢が止まんなくって、昨日からず~っと苦しんでいて病院にいったらノロだったらしい。確かにお葬式の時、誰かが“こっちでは今、ノロがはやっているのよぉ~”なんていってたっけ…((+_+))。続けて、チビも熱と吐き気で全く食欲がなくなり慌てて病院に連れて行ったそうで…。みんな疲れてるから抵抗力がないんだよね…。 大丈夫かなぁ…??-----------------コナンは学校に今日から復活。夕方には塾にも出かけていった。私はなんだかダルダルモード。風景に思考回路に、なんだかもやがかかったような変な状態。結局、コナンが一番強いのか…。
2007年12月20日
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週末からの心と体の疲れでコナンも私も10時半まで起きられなかった。体も頭も重い…。なんだかまだ頭にもやがかかっているような非現実の世界にいるような、不思議な感覚。それでも、お昼過ぎに塾に休んだ分のテキストをもらいに行き午後からコナンは、黙々と勉強を始めた。私は…付き合う気力もなく、だらだらと横になったまま。すまん! 体力気力の弱い母で。
2007年12月19日
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朝イチで、子どもたちのお風呂の準備や洗濯持って行くものの準備をし、あわただしく支度をしたらみんなでまた葬儀場へ。祭壇もたくさんのお花で飾られている上に、たくさんの献花を頂いていて、それが両壁一面にずらりとならべられている様子は、落ち着いた中にもとてもステキで、強くない花の香りが、優しく心を慰めてくれているような気がした。骨董品や海外の赴任地ゆかりの品、ボランティア活動で子どもたちと遊ぶために作られていたすごろくやコマなどの、伝統的な手作りおもちゃの数々などが祭壇の中にキレイにディスプレイされていて、お人柄が伝わってくる温かなつくりだった。葬儀場のスタッフの方々も、それぞれに気配りの細やかなプロの面々で的確に対応してくださり、かなり助けられた。この方々のおかげで、お茶出しやその他諸々の雑事がずいぶんと軽減されいてたことが私たちの疲れを少なくしてくれたと思う。それでも、弔電整理やもろもろで明け方5時まで眠れなかった…というダンナや義弟は朝も昼もほとんどのどを通らなかったようだけれど。始まってしまえば、あっというまに告別式は流れそのまま火葬場へ。壺に骨を収めて家へと戻り、精進明けの準備をする中で、私とコナンは帰る支度を。最終の一本前の飛行機で帰るため。ダンナとチビは日曜まで残り、初七日や雑務、ゆっくりとしたお別れをするのだけれど、コナンと私は一足先に。19時前に家を後にしたけれど、東京の家にたどり着いたのは23時半。急でペットホテルの手配にも困っていたリーフを預かってくれいていたお隣さんに報告がてら、リーフの引き取りに。怒涛のような、一気に一ヶ月ほど過ぎたような、そんな数日間だった。
2007年12月18日
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昨日、ほとんど丸一日乗り物に乗り続けだったチビは、さすがに朝早くは起きてこれなかった。コナンもしかり。遅めの朝食の後は、午前中に再びみんなで役割分担の確認。そこから、買出しに行ったり、弔辞の文を考えたり…と細々とした事をそれぞれにやっているうちに納棺の時間に。朝の納棺を“ギリギリまでこのままで!”と懇願されていたお母さんが時間がいよいよ押し迫り、葬儀社の方が準備を始められた途端“お父さん!早く起きなきゃ!! 棺に入れられちゃうよっ!!”と悲壮な泣き声で呼びかけられていたのが、痛く痛く心に刺さった。聡明で前向きで、いつもポジティブに動かれてきたお母さんががっくりと肩をうなだれて、小さく下を向かれている…。今にも心が折れそうになられているのが、それでも次の瞬間、また無理をして前を向こうとされているのがそばにいて伝わってきて、切なくてせつなくて…。そうして16:30、出棺と同時に私たちも葬儀場へと向かい、お茶やお菓子、もろもろの細々とした準備を始めた。---------------人の死とは不思議なもので、悲しみを分かち合うために、一気に人が集まり、しばらくあっていなかった親戚の方々やら友人・知人やらと、思いがけず再会する場にもなる。不謹慎なのだけれど、お互いの“生”を確認する場にもなるのだ。旅立つ人は、そうしてまた絆を結びなおしながら去っていくのかなぁ…などと考えたりもした。----------------悲しみの中で憔悴しきっているお母さんへのせめてもの救いは、その人望の厚さとお人柄で、心からのお悔やみを言うために駆けつけて下さった方々が驚くほどたくさんいらっしゃったということ。それぞれに、駆け寄っては肩を抱き寄せともに涙を流しながら、慰めの言葉をかけて下さっているその姿を見ていて、ぼんやりとだけれど“この方々がいて下さったら、寂しくなっても大丈夫…だよね?”とダンナと、弟夫婦とつぶやきあった。帰られる時には、一人ひとりに心の中で“お願いです。これからのお母さんを支えて下さい。よろしくお願いします!!”とつぶやき続けた。-------------お通夜の人の波が途絶えた所で私と弟嫁、それに子どもたちは一旦家へ帰った。とても狭い葬儀場の控え室では、みんなは眠れないから。家にたどり着いたのは深夜0時前。みんな倒れこむように布団に飛び込んだ。
2007年12月17日
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朝6時に長野を出たチビが新宿に着いたのはお昼前。そのまま途中でお昼を済ませて羽田に向かい、14:30の飛行機で九州へ。 だんなの実家に着いたのはそれでも18時過ぎで、すでに多くの弔問客の方々がいらっしゃっていてお坊さんのお経も始まっていた。お布団に横たわっている姿は寝てるだけのようなのに…。リハビリも進み、一時期よりも体調もよくなられていたと聞いていたのに…。お坊さんと弔問の方々が帰られた後、改めて、チビ・コナンとおまいりをしたら、二人とも大きく泣き崩れた。おそらく泣きすぎであろう、顔のはれあがっていたダンナもまた号泣。4人で、ワーワーと泣き続け、かなりの時間、感情を落ち着かせることができなかった…。チビの感謝祭のビデオ、見せてあげたかったよね…。コナンは受験でこの夏は帰省しておらず春休みに報告がてら遊びに行くはずだったのに…。 悲しみの中でも、やるべきことはそれぞれに次々に沸いてきてまずは夕飯、そこから明日以降の段取りと、話し合いへとうつっていった。ひととおりやることがおわったあとで、チビのビデオと、春先に“私の姿も撮っておいてくれ。”と珍しくお父さんに頼まれて撮影してたんです、と言いながら弟嫁が持ってきてくれた春の旅行の食事風景ビデオを、みんなで見た。“火葬場に行くまでは、魂は近くにいるんだよ”とだんなは言う。だったら、ビデオは見てもらえたかな?ちゃんと間に合ったかな?チビの頑張りを喜んでくださったかな??義弟の下の女の子が、“私、生きてきた中でこんなに泣いたの初めて。”とぽつりと言ってみんなまた、涙・涙。夜は交代で、火の番をした。
2007年12月16日
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いつものように普通に起きてコナンを病院に診察(骨折の)に連れて行って、塾の間に、お隣さんが、リーフの写真をカレンダー用に撮りに来て下さって…とまぁ、何事もない普段通りの土曜日を過ごしていた。途中“もうすぐ久留米に着くから”とダンナより電話。そしてその30分後、お父さんが倒れられて意識不明、救急車で運ばれて病院にいる、という連絡がダンナから入った。 お母さんの留守中に、宅急便を受け取って、何かのはずみで玄関先で滑って倒れられたらしく、頭を強打して、内出血がひどかったらしい。呼吸器をつければ1・2日は命は続くかもしれないけれど意識が戻ることはないらしい…と、号泣しながら伝えるダンナの言葉は嗚咽のためかなり聞き取りにくかった…。“明日一番で帰れば間に合うかも?!”と慌てて長野に電話をして事情を話し、チビを明日の朝のバスに乗せてもらうようお願いしたそのすぐ後、…お父さんの訃報が届いた…。そこから先は、なんだか頭にもやがかかったような状態でとりあえず、外食の約束をしていたコナンに戻るようメール。食事の味もほとんどわからず、でも、おなかはすいていて、ちゃんと少な目の量は食べられた。あわてて航空券を手配し、喪服やら最低限度の着替えやらを準備して、早く寝なきゃと思いながら、目がさえて眠ることができずなぜか、コンロ周りと、おなべややかんをクレンザーでごしごしと磨き続けていた…。ベッドに入っても、ふっと意識すると涙が止まらなくてなかなか寝つかれなかった…。
2007年12月15日
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以前一緒に仕事をしていた方々とボスと一緒に、久々のランチ。お一方がこの12月末で育児休暇に入られるから。立ち上げ前の時期を本当に走り回るようにして一緒に過ごした場所は久しぶりに訪れたらすごく懐かしかったけれど、すでに、オープン前とはまったく別の様相をしていた。ほんの一年ちょっと前のことなのに、ずいぶん前のような、ずいぶん懐かしい不思議な感じ。すっかり受験母モード(モードだけだけど^^;)からちょっとだけ別のモードに変わって、気分転換にもなった、かな? --------------ダンナは仕事の後そのまま九州行き。今日は、転勤になった以前の会社の後輩と飲んで、あす所用を済ませた後、お父さんに、例のチビのビデオを見せにいく、とこちらが主な目的。 喜んでもらえるといいな。
2007年12月14日
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まだ本調子じゃないけれど、というか調子が悪いからこそ…気持ちを奮い立たせて気功へと出かけた。…が電車がトラブルで30分以上の遅れ!早めに出ていたのだけれど、それでもかなりの遅刻になっちゃった((+_+))。体調が悪いから、体の反応も鈍いんだけれどそれでもだましだまし動かすと、後がすっきりするのでありがたい。いつものお不動さんに参って、大事な用でそこから、とある場所に向かって、コナンの帰宅前に滑り込むように帰宅。寒い一日だったなぁ…。
2007年12月13日
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昨日の夜から、再度体調不良を訴えているコナン(--;)。学校や済ませて、今回は病院へ連れて行った。風邪の頭痛と言うよりも、週末からの風邪が長引き、鼻の奥に雑菌が回っていることからくる頭痛のようで、抗生剤ほか、お薬と点鼻薬を処方された。本人はそのまま学校に行くと言い張っていたのだけれど4時間授業のすでに3時間目にかかった位の中途半端な時間でもあるし昨晩も勉強もま~ったくのノータッチで寝ちゃったしで午前中はおとなしく寝てもらうことにした。午後からはいつもどおりだよぉ~!私もだるいので、一緒にだらだら。
2007年12月12日
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たぶん風邪。家のことをコソコソやりながら、静かに過ごす。うぅ…だ・だるっ。
2007年12月11日
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朝イチでバス停まで送ってもらい、バス40分の後、電車を乗り継ぎ・乗り継ぎして、途中下車でお昼ごはんに30分。家にたどり着いたのは2時過ぎだった。風邪の調子もいまひとつで、もう、へっとへっと…。
2007年12月10日
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今日は、山村留学先での一番大きなイベント『感謝祭』。村の方々、お世話になっている方々へのまさに“感謝”をあらわす行事で保護者はみんな、朝から(正確には昨日から)、料理を仕込み、ご馳走を振舞う準備をする。もちろん、私もお手伝い。なんったって、食事だけで7~80人分。半端じゃない数ですから(^_^;)。厚焼き卵だけで卵40個分だもんね。料理と言うより、もう、作業! って感じ。 お昼過ぎに、小学校へ行って明日からの予定の個人面談を特別にやっていただく。先生方は、毎年、山村留学生のために融通をきかせてくれているらしく本当にありがたい限り!! そして、14時から研究発表の部スタート。チビはもちろん、『虫』についての研究で、親の欲目も入っているだろうけれど、とても丁寧に観察し、データーを集計し、しっかりとしたレポートに仕立て上げていた。指導担当のスタッフさんと、全面的に協力して下さったという虫博士こと永井先生に、感謝・感謝! である。晩秋から冬の虫をテーマに、捕まえた虫はきちんと標本にしていて(これも従来の薬剤注射法ではなく冷凍標本術、を使っているらしく、やりかたについても手取り足取り指導を受けたのだとスタッフのインドさんが教えて下さった)、めったにみることのできない『ガロアムシ』という虫を捕まえたことを、特に嬉しそうに大きなトピックスにしていた。チビはもともと、生き物は一旦捕獲してしっかりと観察したらすぐに逃がす子だったので、今回の標本作りも、最初は難色を示していたらしい。 それを、永井先生が、やみくもに、面白半分に捕獲して殺すことはよくない。けれど、研究のために、最小限度を標本にしたりして残すのは、生態系の研究には必要なことで、これはひいてはその種の保存にも貢献することであり、間違った行動ではない、といったことを、わかりやすくお話して下さってチビも納得したのだそうだ。ほかにも、私たちでは教えてやれないその道を極められている方ならではの深いお話を、一緒に行動する中で、折に触れ、機会があるごとにお話して頂いていたそうで本当に、ありがたいことだと、チビにとってこの体験は、ものすごく貴重なことだなぁと改めて、感謝・感動することばかりだった。ほかの子たちの発表も、村の山奥深い滝を調べたり、森林鉄道研究にバードカービング・村の薬草の研究などどれも、この土地ならではのテーマを深く追求していてとてもすばらしく、中でも、中3と小6の留学2・3年目の女の子たちが披露した乙女(みこ)の舞は、しゃんしゃんと響く鈴の音とともに会場を厳粛な雰囲気に包み、涙が出るほど荘厳だった。今年で村を離れる中3の子が“伝統芸能は一度消えると、二度と復活できません。どうか、この文化の灯を絶やさず守り続けて下さい”と訴えてのがとても印象的だった。15人の子どもたちの発表の後は、和太鼓と民舞10曲のお披露目。(これだけで2時間! ほんとに子どもの体力ってすごいっ!!)太鼓の響きは、おなかに直接響き、子どもたちの迫力ある見事なバチさばきに、これまた感動・感動!!チビの長野行きをいの一番に応援してくれて、何とかこの感謝祭に間に合うようにと、手術後リハビリを頑張っていたものの、体力と寒さへの不安から断念されたダンナのお父さんのためにずーっと、ベストなポジションで、ビデオを回しながら私自身の目にも焼き付けた。その後の宴も盛り上がり、14時からスタートした感謝祭は20時まで大賑わい。休日だというのに、学校のお友達から、小・中学校のほとんどの先生方に教育委員会の方、村の役場の方々、普段お野菜などを差し入れて下さるお年寄りまで本当に村をあげてのイベントとして定着しているのだなぁとしみじみ。途中の質問で“この村のどこがすきですか?”と聞かれた子が“みんなが優しい所!!”と即答したのが、とても印象的だった。みんなみんな、あったかなやさし~い顔をしていて本当に、こんな所で暮らしていたら、子どもたちも、みんないい顔になるよねぇ!とママ同士で話したりした。-------------後片付けが終了した頃には私は背中からゾクゾクと悪寒が…。打ち上げの宴は続いていたのだけれど後ろ髪を惹かれる思いで(^_^;)ホールを後にして一足先に休ませてもらった。 興奮冷めやらぬいい一日だったなぁ~。
2007年12月09日
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コナンは1日ゆっくりと休養して何とか元気になり、朝は、骨折の診察へ病院へ。その後、いつもの家庭学習を済ませた後、午後には塾へと向かった。私は、せっせと留守中の学習計画表を作り必要な問題をコピーし、チビ宛の荷物を整理。 夕方の長距離バスでいざ長野へ! 長い長い3日間の始まりだな。
2007年12月08日
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昨日塾から帰って、“頭が痛いっ! やばいっ!!”と言っていたコナンは朝には鼻声で、“大丈夫?”ときいても“だ・ダメ…”とひと言。あまりにぐったりなのでお休みさせることに。私もちょっと悪寒が…。明日から長野行きなんだけどなぁ…。
2007年12月07日
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コナンの2学期保護者会。時間通りに学校へ行き校庭を横切っていたら、ドッジボールで遊んでいる集団の中から“かあさぁ~ん!”と嬉しげな声ではしゃぎながら手を振る姿がが…。“あ・あんた、何してんのっ!!?” “塾までちょっと時間があるから、遊んで帰るんだよぉ~”…って、おいヾ( ̄_ ̄ )時間の問題じゃなくってなんで骨折しているやつが、片手で遊んでるのかっ!って話だよっ!!保護者会の後、コナンがどうしても出たいといっているマラソン大会について担任の先生にご相談に行ったら“お母さんっ!私はあきれましたよぉ(笑)。コナン君ってば、怪我をして病院に行ったあの日、『右手だけ使うから大丈夫ですよぉ~』なんて言いながら結局、体育のソフトバレーやったんですよ(^_^;)おまけに今日は今日で、お友だちとふざけていてギブスを凶器として、ゴーン、なんて当てながら使ってましたし。”…もう、あきれてクラクラめまいがした…。凝りないっちゅ~か、なんというか、仮にも、受験生なんですけどぉ…。そのまま、右手まで負傷したら、どーすんのよぉ~!帰宅したダンナにその話をしたら大笑いしながら“ばっかだなぁ~あいつ。右手まで負傷したら、もう、そのときはその時だな。”…って、それでいいんですかい?! とりあえず、マラソン大会については、大勢が一斉に走るので、ギブスでバランスのとりにくいコナンは転倒のおそれがあって危険なので、そこはやっぱりやめさせましょう、ってことで、話は落ち着いたんだけど…ね。------------チビからハガキあり。なんと、長野の気温、“-1度だったのが記録更新です。今日は-4℃でした”と書いてある。エエっ~!! Σ( ̄∇ ̄;)!土曜から感謝祭で長野へ行ってくる私。こっちの気候で寒いなんていってる場合じゃないわぁ~。とりあえず、重ね履きの靴下とカイロとぉ…とあわてて防寒対策を考え始めた私である。 南国育ちで寒さに弱いのよねぇ、私。だ・大丈夫かなぁ…(;¬_¬)
2007年12月06日
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高校時代の友人が喪中欠礼を送ってくれたのだけれど、その中に、わざわざ手書きでびっしりの近況報告と共に携帯のメルアドも添えてあった。 で、“ありがとねぇ~!”のお礼がてら久々のメールを。すぐにレスが来て、また返して…とずいぶんと近況のやりとりをした。前にあったのは確かコナンが幼稚園に入った頃。もう一人、共通の友人と共に、それぞれに子連れで水族館で遊ばせながらの再会だった。そのときに、“ひとつだけ人に自慢できることがあるの。それはね、どんなことがあっても、子供たちへの寝る前の『絵本の読み聞かせ』は欠かしたことがないってことなんだぁ。”と話してくれていたこの子育てを頑張っていた友人は、今年の春、上の男の子を私立に入れたのだそうで(*^。^*)。“今振り返ると、よくあの時期を乗り切ったなぁ~と思うよ。あひる(私の旧友たちからのあだ名^^;)も今が一番しんどいと思うけど、がんばれぇ~!” メールのやりとりの中で、たくさんエールをもらってすっごく心があったかくなったひとときであった。
2007年12月05日
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日曜にダンナと出かけた先で、気に入って買い求めた小さな油絵。ラベンダー畑の美しい色合いの風景画で見ていてほぉ~っと癒される絵で、早速、トイレの壁の、シルクスクリーンの花の絵とかけかえてみた。“気分が変わっていいじゃんっ!”と、私的には気に入っていたのだけれど、ダンナは“額縁がなんだか気に入らないんだよなぁ~”とブツブツ。た・確かに、言われてみると指摘されたある点が気になってくる…。トイレに行くたびに目にするので、毎回気になる…。というわけで、本日はほかの買い物もかねて久しぶりに、ちょっと遠くのららぽーとまで車を走らせた。お目当ての額縁やさんで持参した絵を見せるとてきぱきといくつかのフレームにはめてみてくれて、あっという間に、最もぴったりのものを探し出してくださった。うーん、さすがプロっ!!お値段も思っていたよりお手ごろでラッキー!って感じ。帰宅後、改めて飾りなおしたら、グン!といい感じになった(*^。^*)。 その後しばらくは、頻繁にトイレに行ってはニヤニヤしている私である。(壁の横のモノトーンの鳥の絵は、チビが送ってきたもの。)ついでに寝ぼすけリーフのサービスショットも(*^^)v
2007年12月04日
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タイトルどおり。午後からすっごく寒くって腰から下が冷えて困った(^_^;)。うちでは床暖をガンガンにきかせているからあんまり気がつかないけれど床の冷えはこたえるねぇ~。次からそろそろ防寒対策が必要だな。
2007年12月03日
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失ってみてはじめてわかることは多いというけれど、普段意識していない所で、重要な役割を担っているものって結構あるんだよねぇ~。そんなことをひしひしと感じる今日この頃。はいぃ~っ、コナンの骨折ネタ、の続きです(笑)。左手なんて、右に比べれば大した影響ないわと思っていたんだけれど、生活には結構支障をきたしておりまして。たとえば、靴紐が結べない。傘が開けない。コナンの寝床はロフトなんだけど、はしごが登れない。(本人は“片手でも登れるっ!”と言い張っていたのだけど、二次災害が怖いんで^_^;とめさせました。)というわけで、紐のついていない靴やジャンプ傘などを買いに行き、布団もせっせとロフトからおろして、子ども部屋の一角に、無理やり直接お布団を敷くスペースを確保して。そのほかにも、たとえば食事時。“ランチョンマット敷いて。”“箸だしといて!”“ごはんついどいてっ!”“お皿運んで!”などなど、無意識に役割分担していたことが結構あっていつもの調子で声をかけてから“あっ!今はできないんだった!”と気づき、それどころか、紙パックの飲み物を飲む時にはストローをはがして差してあげたり、塾のお弁当も、普通のおかずだと短時間では食べられないので、食べやすいもの、を考えながら、のメニュー作成などなど、やってあげることも増えて…私の負担はグーンとアップ(・。・;。それでも、色々と手を貸そうとすると“よっぽどのこと以外は自分でできるっ!”とちょっと意地を張っている感もあるけれども、不自由ながら自分のことは、何とか自分でやっているので、それはそれで、まぁえらいかな、とも思ってみたり。 骨折先輩の友達のママも“一週間もすれば慣れるし、色々と不自由な中での生活も上手になるよぉ~!”なんてアドバイスしてくれたし、思ったよりも、不自由さも乗り越えられそうだし、でちょっとほっとしたりもしている3日目の我が家でありました。
2007年12月02日
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気功教室でもお世話になっている友人は、出張して整体もやってくれていて、ここのところ、ダンナもお疲れだし、コナンも肩も頭皮も足の裏もバリバリのコリまくり状態でそんなボヤキをしていたら、“受験生とかの子どものマッサージもやってるよ。緊張状態をほぐせるよぉ。”と聞き木曜の“ギックリ腰”の時に、土曜(本日)我が家に来て頂くようお願いしておいた。…まさか、コナンが骨折するとは予定外だったんだけど^^;。ストレスと緊張・疲労からくるコリに加えて、重いギブスを支え、普段と違う筋肉を使っての日常生活に突入したためかいやぁ~、コナンはムチャクチャ筋肉が張りまくっていたようで、“おっ!”とか“おぉ~っ!”と叫びつつ、うーっとりと体を預けていた。30分では完全には取りきれなかったようだけれど(塾の時間があってこれが精一杯だったの)それでも、“かなり軽くなったよっ!”とニコニコしながら重い腕を抱えて、塾へと飛び出していった。その後は、ワ・タ・シよワ・タ・シ(*^。^*)来週、寒い寒~い長野でのなかなかハードなオツトメが待っているので、なんとしてでもその前に体を完全に整えておきたくって、思い切って1時間半のたっぷりコースでお願いをした。“オイルもってきてるけど、フットもやってみない?”と勧められこの超・コリコリ・お疲れ状態の中では、そりゃぁ、もう断れませんって(笑)。…ってわけで、プラス30分の足裏マッサージもお願いして、本当に、完全フルコース。 えぇ、至福の時でごさいましたとも(* ̄。 ̄*) 。肩の上にズーンとのっていた重しのようなコリもずっとずきずきしていた頭の痛みも、腰の痛みからも、すっきりと開放されたのよぉ~\(^o^)/。足裏マッサージも、英国式と東洋式は、そのそもの由来も目的も違っているらしく英国式は、もともとは王様が靴で歩き回った疲れを取るためのもの、つまり足の疲労を取るのが目的なのに対して、東洋式は、鍼や整体と同じく足の裏やひざ下に集中している“ツボ”を刺激することで、体の治癒能力を高めよう、というのが目的だそうで、そんなこんなのうんちく話も聞きながらの、心地い~い二時間。自宅ってのは、終わった後にそのまま休める、ってのもまた嬉しくて。私の後に、同じコースをダンナもやってもらって、その間、私は上で、うとうと(グーグーかな?!(^_^;))寝てました。そんなこんなで、お昼過ぎに来てもらったのだけれど、終了したのは日が暮れてから。本当に、ほ~んとうに、お世話になっちゃって感謝・感謝!だったわぁ~。 家族それぞれに、疲れをエイっ!と吹き飛ばしたことだし、さてさて、また、それぞれのやるべきことを頑張りまっしょい!
2007年12月01日
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