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リーフの入院中、延命治療について考え、それまで感じていたことはより確固たる信念に変わりました。『私がもしも年老いた未来、病気になったらば延命は一切必要ないからね!痛みはツラいから痛み止めの処置だけはやってほしいけれど(^^;あとは、お願いだから日常と同じ空間で、あるいは穏やかな場所で最後まで暮らさせて!暗い病室で一人で寝たきりで、みんなの来るのを待つ生活はイヤだ!』と。考え方も向き合う姿勢も色々だろうし、若くて可能性のある時期なら、トライする価値はあるけれど年老いた先では私は静かに、『寿命』を受け入れて日々を慈しみながら枯れるように、あるいはポンっ!とこの世を離れたい…そう思いました。それから、リーフとの関係について。最後のお別れの瞬間、思わず『お願いだから、さっさと成仏してさっさとまた生まれ変わって戻ってきて!!絶対に見つけるから。絶対にどれがリーフかわかるから、だからも一度うちの子になって!も一度楽しい時間を一緒に過ごさせて!!』そう叫んでいました。これは私も、ダンナも。天国で再会する…では遠すぎて、寂しすぎて我慢できないから…だから、この張り裂けそうな気持が落ち着いたら、寂しさや悲しみが穏やかな思い出に変わった頃に、もう一度、リーフの生まれ変わりを家族に迎えたいと思っています。リーフ、またね。
2016年07月09日
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みんなひとしきり泣いた後はリーフをリビングの定位置のソファの上に移しました。家族で夜明けのコーヒー飲みながら入院以来、色んな連絡・情報や写真の共有、そしてリーフの大事なことをみんなで決めるために使っていたラインの『ふぁみりー』のグル―プに持っている写真や動画をアップして共有してはあんなことあったね、これおっかしかったよねぇ~なんて笑いあったりもしながら思い出話にひとしきり花を咲かせてすごした時間はまるで、人間のお通夜のようでもありました。そうこうするうちに、起こしてね、ともともと頼まれていた日常の朝の生活の時間になったので『どうする?お葬式やる?火葬場に一緒に行く?』と尋ねたら二人とも『お別れは済んだからいい、学校行くわ』と。そして、『あとはお願いね…』といって支度をして出かけていきました。お骨になるのを見ているのがつらかったのかもなぁ…と思います。ダンナはそのあと、お骨にしてくれるところを調べたりお墓をお願いしているお寺さんにリーフも眠らせてもらえるのかを確認したりと黙々とやるべきことを進めてくれました。お寺の多宝塔に入れてもらえることがわかり、『お彼岸やお盆のたんびに、会いに行けるね』とちょっとほっと。そうして、11時には来てもらえるという移動火葬サービスも予約できたので、スーパーが開くのを待って私は大量にお花を買い込んで、母と二人で手作り棺を作りました。花より団子の典型だったリーフは、えさやおやつでいっぱいの棺の方がいいよってきっと言ってるだろうなぁ~なんて思いながらこれは母さんの趣味だから好きにさせてよね!と話しかけながらお花でいっぱいにしました。~閉じさせたのに、目がね、また開いちゃうんだ…と友達にメッセしたら『最後まできっとみんなを見ていたいんだよ』と優しい言葉をくれました。~~この肉球をプニプニ触ることも、もうできないのか…~そうこうしているうちにあれよあれよという間に、お願いしていた方が来て下さってあれよあれよという間に、リーフはお骨になりました。火葬サービスをして下さったスタッフの方がとてもとても素晴らしい方で貴重なお話をたくさん聞けて色んな事を知れたことがとても嬉しかった。のどぼとけは、まさに、仏様が手を合わせているような、あるいは、男女がダンスしているような、そんな形をしていました。 リーフのものだと思うと、骨の一つ一つまで愛おしくて説明を受けるたびに、またうっと涙していました。その後も…何度もこみあげては号泣し、思い出して寂しくなって号泣し…そうこうするなか、涙を拭いて、二つ仕事をこなして家族で近くのお蕎麦屋さんで夕飯を食べました。一週間ずっと寝不足だったけれど、気が張っていてちっとも眠くなかったのに…その夜は、眠くて眠くてたまらなくなって、食後帰宅したらそのまま眠ってしまいました。そして…、あまりに早く寝すぎたからか夜中3時に目が覚めて…悲しくて悲しくてこらえきれなくなり、またワーワーと大きな声をあげて泣き続けました。背中を抱きしめながら、ポンポンとさすってくれていたダンナも一緒に号泣していて… そうしても一度眠りました。
2016年07月09日
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私もダンナも容態の急変が怖くって、何かを察知していてずっとリーフの身体にふれていました。深夜0時過ぎには、少しずつリーフの体が冷たくなるのに気がついてダンナが子供部屋の子どもたちを呼びに。これが、あぁ…やっぱり駄目かも…と思った三度目でした。四人で交互に声をかけながら必死に身体をさすって…そうしているうちに、冷たかった身体はもう一度熱を帯びてきました。大丈夫、大丈夫だ!よかったよかった!…そういって子どもたちは自分の寝床に戻りました。午前3時過ぎ、足元で寝ていたリーフが、よろよろと上の方まで歩いてきて私のお腹にドテッと体を預けて横たわりました。これも元気な頃もよくやってた行為。甘えん坊で、とにかく家族の誰かにくっついているのが大好きで、冬はあったかくていいんだけど夏は暑いんだよねぇ~(^^;なんて言いながらみんな、実は、うれしくって目を細めてたんだけど、その日はそんな行為さえも涙が出るほど貴重な体験に思えさらに愛おしくいつまでもこんな日々を繰り返したくってずっとただただ撫でながら…嫌な予感が的中しませんように!と祈りながら眠りに落ちました。浅い眠りの中にいた私がゼイゼイと苦しそうな息にハッと目が覚めたのが午前5時ちょっと前。これまで見たこともない苦しそうな呼吸の様子にダンナも起こして二人で声をかけながら体をさすりましたが意識もうろうと、きっと酸素もうまく吸えなくなってきていたのでしょう、ゼイゼイ次第にさらに荒い呼吸に…。…と、ダンナは何かを感じて、また子供部屋に走って行って『リーフが!リーフが!起きろっ!二人とも起きろっ!!』と叫んでいました。飛び起きた子どもたちが、私たちの寝室に入ってきた瞬間、ゼイゼイと言いながらぐったりしていたリーフが、グイッと頭を持ち上げて、口を開きました。声は聞こえなかったけれど、何かを叫んだ…そんな仕草、それが二回。息子たちへのお別れの言葉、だったのでしょうか?そうして、二人がベッドにのぼってきて、リーフのおなかを撫でた瞬間…すーっと息が静かになりました。母さん、もう動いてない…涙でぐしょぐしょになりながら息子が言葉を発しましたが『でもまだあったかいし…』と事実を認めたくない私。そうこうするうちに、おしりからはドロドロ、どろどろと、血が流れだしました。前々日にトイレで出したあの下血と同じもの。口からも、じわりじわりと血の混じった体液が出始めました。おなかにたまって苦しかった水分が流れ出している…そんな感じで、友人がくれて準備していたバスタオルを、何度も何度も取り換えながら家族四人がみんな、ワーワー泣き続けていました。下の子が、もののけ姫のハクのように牙をむいて最後に叫んだ顔のままだったリーフの口元を静かに元に戻して目を閉じさせて…それが、7月8日、金曜の5時20分ごろのことでした。
2016年07月09日
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7月6日水曜朝の病院の治療では輸血をお願いしました。前夜の出血を考えても、さらに悪化していた数値からももう輸血をお願いするしかないと。夜にはワラにもすがる思いで急きょお願いしてた代替医療の先生もやってきて下さって、治療が始まると、とても気持ちよさそうにリーフは体を預けてすやすやと眠りはじめました。本当に穏やかに気持ちよさそうに…。そして、終了後にはごくごくと水をたっぷりと飲んでまた一口ヨーグルトをなめることもできて!そのあとは笑った顔して眠っていたのでみんなまでつられて笑顔に。色んな数値を計れる機械をあてて下さっていた先生が、この子すごいねぇ~。ストレス値ゼロだよ!と教えて下さったことがとっても嬉しかったなぁ。リーフはその後も、顔つきも穏やかにだから私たちも前日とは違って不安感なく、一夜を明かすことができました。そして七夕の7月7日 木曜日。早朝、土の上を歩かせるといいし朝日あびるのもいいよ、と聞いたダンナは、リーフを抱っこして近くの公園へ。そっとおろしてみたら、少しだけだけどなんと土の上をお散歩しました。よろよろと、けれどしっかりと歩いている最後の貴重なこの動画は、我が家の大切な思い出の一つになりました。昼間には、自力でソファから飛びおりたり!穏やかな顔でいつものゆったりとした時間を過ごしたり。~足は輸血漏れでパンパンだけど表情は穏やか~私が留守番を頼んで仕事に出ていた間には、一番大好きだった兄ちゃんに膝に乗せて!と催促して数時間抱っこしてもらって眠ったりもしていたそうで…なんとソファに飛び乗る、という離れ業もやって見せた、とそんな報告を家族に受けてホッとひと安心の思いで仕事を終え自宅に戻ると…生まれたての小鹿のようによろよろと足がきかなくなって、歩くこともままならなくなっていたリーフがそこにいました。魔法が解けちゃった…なんだかそんな感じ。その夜は、前夜と同じく、そして入院前は普通に自分でやってきていたように、私たちのベッドに連れて行こうと声をかけましたが、かたくなに拒否をしてクレートから出てこないリーフ。おいでよ、一緒に寝ようよ…と引っ張り出そうとしても頑として動かなかったのでクレートの上部を開けて、バスタオルごと抱っこして、そっとベッドに連れて行きました。今考えると、一人でみんなに気がつかれないように旅立ちたかったのかもしれません。そして私たちは、気がつかないうちに逝ってしまわれることを恐れていたのでした。
2016年07月09日
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7月5日火曜日。グッタリと日に日に目に見えてやつれていくリーフをこれ以上病院に一人で寝泊まりさせるのがつらくて退院と通院治療への切り替えを病院にお願い。その日も数値は悪化していたため輸血しては?とも勧められましたが、病状が急変することもあると知り、そうなると帰宅できなくなるかも…ということで家族で話し合った結果、輸血は一日待ってもらうことにして連れて帰りました。そうしてやっと家に帰ってきたリーフはそれはそれは嬉しそう。病院ではぐったりとほとんど動けなくなっていたのが、水も少しずつ飲めるようになりソファに乗せてあげるとそろそろと動いて定位置で眠ったりもできて家族に喜びの驚きを与えてくれました。みんなもリーフが帰ってきたことがただただ嬉しくって交互に横に添い寝したり、時間さえあれば撫でに行ったり、で入院以来重苦しかった我が家の空気も、久しぶりに明るいものになりました。~兄ちゃんのおしりの上で~~ヨーグルト食べる?と声かけたらピクっと反応したので、妹が持って来てくれたものを与えようとするがかたくなに拒否。子らが一口食べてみたら牛乳プリンでして…ゴメンゴメン(^^;…ってことで、自宅にあったヨーグルトを与え直したら、一口だけなめました。退院してから口にしたのは結局水とヨーグルトだけ~でも、時々リーフの目は涙でうるんでたし添い寝している息子もそっと涙してたりして…もちろん私も、ちょっと気を緩めるとすぐに涙腺がゆるんでしまって…家族誰もが怖くて口にはできなかったけれど一緒にいられるのはあとわずかな時間しかないかもしれない…とそれぞれに気がついていたような気がします。その日の夜には、退院して少し元気になったように見えたリーフはまたグッタリ感がひどくなりおしりからも気がつけば体液の様なものが出始めていたため部屋中に、ベッドパットやバスタオル・シーツなんかを敷き詰めて下のリビングで寝せることにしました。大好きだったグレーの毛布を引っ張り出したとたん嬉しそうに潜り込んでいく姿に『あんた、これホントに好きだったもんねぇ…。』と家族みんな。そうして夜中、横に付き添って寝ていた私がふと気配で目を覚ますと床にはあちこちに点々と血の跡がついていてまるで事件現場のような有様に。えっ?リーフはどこっ?と見回したら階段のところで何とか二階のトイレに行かなければ…とフラフラと意識もうろうとしながらも、階段を見上げて立っていたリーフがいました。『トイレ?ほら下に持って来てるよ、あそこだよ』と指さした瞬間、フラフラとトイレまで動いていって…そこで大量に下血。間に合わず、床にも大量に散った血で部屋は鉄分の臭いであふれかえりリーフはごめんなさい…の顔をしていました。『大丈夫だよ~、頑張ってトイレに動けて偉いねぇ…』と声をかけながら私はまた涙。リーフってば、幼い頃のうれション以外は、結局最後まで、別の場所でやることなくきちんとトイレを使ってくれたんだよね。ホントにおりこうさんだよ! えらかったよ。そして、これがあぁ…もう駄目かも…と思った二回目でした。
2016年07月09日
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今年11歳。遠くないいつか、別れはくるとわかり覚悟していたつもりでしたが家族の誰もが、実は全く心の準備が出来ていませんでした。4月の健診では異常なしだったらおそらく抗生物質で数日で収まる感染症ではないかと…点滴と共に投与して様子を見ましょう、と言われてだから家族も気軽な気持ちで、リーフを入院させました。これがリーフの誕生日の6月29日。ところが…すぐに迎えに来るからね、頑張るんだよ、帰ったらケーキ食べようね、そういいながら病院を出た日と次の日の面会では帰り際クオォーンクォーンと寂しそうに”置いて行かないで”と訴えていた彼女が三日目には驚くほど衰弱していて声も出せなくなり、7月2日の土曜には、ギョッとするほどやつれた力ない姿で待っていて帰り際には、ただただ寂しそうに、入院部屋の中からうるんだ目で私たちを見送るようになっていました。…もしかして回復できないかもしれない…これがそう思った一回目でした。 そこからは、面会時間に、都合がつけられて可能な限り滞在時間を長くして、午前に私、夕方ダンナ… 授業の合間に息子たち…そんな感じでそれぞれが、病院に行けばただひたすら膝にのっけて体を撫でてあげる…そんな日が数日続きました。血も止まらなくなっていたのと衰弱が激しかったので、万が一の時も、抗がん剤投与も開腹手術もしない、と家族で決め身体に負担をかけない治療だけに望みをかけることにして薬を切り替えましたが効果は出てくれませんでした。おなかには水が溜まってパンパンになり、肝臓の異常を示す値は下がらずタンパク値もどんどん下がっていきました。
2016年07月09日
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