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今年度のノーベル化学賞、日本人研究者おふたりに授与、
おめでとうございます!(^^)!
とてもよろこばしいと同時に、資源を持たないわが国の
最大の資産はやはり『人材』と痛感させられました・・・。
受賞者の根岸先生の語る
「幸せの条件」もおおいに頷かされます。
一生を通して「好きなこと」と伴走できたら、なにより幸せでしょう(^^)。
鈴木章氏、根岸英一氏にノーベル化学賞
ノーベル化学賞 根岸さん「悩んだことが役立っている」
ノーベル化学賞受賞が決まった根岸英一さんは、東大工学部応用化学科の同期会が卒業50周年を記念して07年に作った文集に「My Way-Pursuit of Happiness with Eternal Optimism」(マイウエー 楽天主義に基づく幸福の追求)というタイトルで寄稿した。
根岸さんは大学3年の夏、胃腸障害をこじらせて1年留年したが「留年中に考えたり悩んだりしたことがいまだに役立っている気がする」。哲学書などを乱読し、たどり着いた結論が「Pursuit of Happiness in My Own Way(自分なりの幸福の追求)」だったという。
幸福の条件でまず挙げたのが健康。医者知らずで過ごしたといい、「先祖特に両親に感謝する」。妻すみれさんの存在も挙げ、けんかも数多いが「非常にラッキー。感謝している」と紹介した。
指導者に恵まれた。ノーベル化学賞を受賞した米パデュー大のブラウン教授に師事し、79年の授賞式に招待されたことは忘れられない思い出だった。移民の子で大恐慌などを乗り越え大成したブラウン教授の姿から「楽天主義」を教えられた。
自分にあった職業を見つけられたことも幸せの条件だという。父が旧満州鉄道系の会社に勤務していたために満州で生まれ、小学6年の時に韓国で終戦を迎えた。戦後は神奈川県で暮らし、食糧難の中で農作業もした。
「親せきに理工系は一人もいない」というが、高校2年生のころに理工系にしぼり、大学1年のころは電気工学を専門にすることを決めていた。しかし、ある電気関係の会社に就職した先輩から「うちの会社はケチ」と聞かされたことで方向転換。「応用化学が花形。給料もよいと聞いたので、簡単に応用化学に変えた」と振り返る。「大学院に残って研究するムードが学生間になかった」ため、帝人に入社。パデュー大に留学後に復帰したが、研究成果が企業化されなかった経験から「自分がやりたいことはアカデミックな研究かもしれない」と思うようになり、米国に戻る決心をしたという。
「自由な目的を持って創造、開発と真理の追究に没頭できる職業はそう多くない。幸運だと思っている」。マイウエーで生きてきた人生を振り返った。
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