お太助のブログ

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2016.09.25
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カテゴリ: 話題
 神話についてあらためて述べるならば、誰しも自分だけは安全であると思ったり、信仰と同じよう自分の経験と勘を信じ、それらが考える前から備わっていると感じているもののようです。これが個人だけではなく集団で共有する場合などは、マスコミまでも無批判になることもありえます。自分の価値観を持たないものは、そのような大きな流れに乗ってしまうものです。そのような人は「なぜ人殺しがいけないの?」と問われても答えることができず、議論を深めることを避け適当な妥協を図ろうとするようです。残念なことに、そのため戦争責任や戦争への反省も十分にできないのです。ましてや正しい物事の把握や判断、そして次世代への生き方を含めた手本が示せないのです。
 ヘーゲルの「歴史哲学講義」に「君主や政治家や民衆に向かって、歴史の経験に学ぶべきだ、と説く人はよくいるが、経験と歴史が教えてくれるのは、民衆や政府が歴史から何かを学ぶといったことは一度たりともなく、歴史から引き出された教訓に従って行動したことなどまったくない、ということだ。」と云っているとか、戦争だけでなくバブルについても同じようなことが云えるように思えます。かのチャプリンの自伝によれば、「街の灯」を撮影していた彼が「失業者が1400万人もいるのに株など信じられるか!」というと、そのとき一緒に夕食を共にしていた作詞作曲家のバーリンは「君はアメリカを空売りするつもりか!」とテーブル越しに激怒したそうですが、その翌日「暗黒の木曜日」株価が下落し、二日後にチャプリンのスタジオを訪れると、激高したことを詫びて「ところで君の、その売りの情報はどこで手に入れたのだ」と聞いたそうです。
 かつて戦争中にオペレーションリサーチ(OR)手法で戦略上の意思決定をサポートする内閣直属の戦力計算室が設置されていたというが、東条首相がここを視察したその日をもって廃止されてしまったとのことです。それは、圧倒的戦力差も精神性で克服できるものと考えている首相が、日本の惨敗を想定されたことに激怒したからであり、思考停止してしまって、神話などによる戦意高揚で盛り上げ戦争遂行することだけを追い求めて、敗戦や戦争の終了方法などについては考えられなくなってしまった結果です。
 そして誤解が無いように云わせてもらえば、神仏に手を合わせことや、他の文化・考え方も含めた他者に敬意を表することは必要なことと考えます。さらに、自分の価値観に無批判であったり、それを他者に強制したりすべきものではないと考えます。





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Last updated  2016.09.25 03:35:07 コメントを書く


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