2004~2013

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佐藤晋

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★横浜西口徒歩10分「 喫茶へそまがり 」(横浜市西区岡野1-15-12)でも古本を販売しております。お近くのかたはよろしくどうぞ!
終了しました。
     (佐藤晋/ドジブックス)

★東神奈川イオン2階「 フリマボックス 」(横浜市神奈川区富家町1/9時~21時)でも古本を販売しております。お近くのかたはよろしくどうぞ!
終了しました。
     (佐藤晋/ドジブックス)

★2014年6月28日(土)、 喫茶へそまがり にて開催された「 20世紀のお笑い、すべて見せます。 」の企画構成と進行役を務めました。
Togetterまとめ→ 「20世紀のお笑い、すべて見せます。」@喫茶へそまがり
     (佐藤晋/ドジブックス)

★2014年5月26日(月)、 喫茶へそまがり にて開催された「 へそ店主、半生を語る 」の進行役を務めました。
Togetterまとめ→ 「へそ店主、半生を語る」@喫茶へそまがり
     (佐藤晋/ドジブックス)

★2013年4月6日放送開始「 立川こしらの落語の学校 」(「東北シナジー・笑いのサプリ」内放送)で構成作家をやっております。FM青森、FM山形、FM岩手、FM仙台、FM秋田、FM福島、南海放送で放送。放送日時はそれぞれ異なりますので、各放送局のタイムテーブルをご確認ください。どうぞよろしく。
終了しました。
     (佐藤晋/ドジブックス)

★2013年9月2日発売「 お笑い芸人史上最強ウラ話 」(コアマガジン)というムックにコラムを書いております。「BREAK MAX」2012年5月号に掲載されたものの再録です。
     (佐藤晋/ドジブックス)


★2013年5月3日(金・祝) 開催、 不忍ブックストリート 「一箱古本市」にて、 古書現世・向井透史さんより「 わめぞ賞 」をいただきました。 ありがとうございます!
     (佐藤晋/ドジブックス)

★2013年2月18日発売 「BREAK MAX」2013年4月号 、「~リスペクトされないレジェンド芸人~萩本欽一を斬る!」という記事のなかでコラムを書いております。
     (佐藤晋/ドジブックス)


★2012年12月18日発売 「BREAK MAX」2013年2月号 、「たけし&石橋が宣戦布告 お笑い東西戦争勃発!」という記事のなかで短いコラムを書いております。
     (佐藤晋/ドジブックス)


★2012年7月18日発売 「BREAK MAX」2012年9月号 、「絶対に天下は獲れない!くりぃむしちゅー」という記事のなかで短いコラムを書いております。
     (佐藤晋/ドジブックス)


★2012年6月30日発売、 「落語DVDブック 立川談志メモリアル・セレクション『短命』『品川心中』」(竹書房) で、橘蓮二さんインタビュー、および、立川志らく師匠による演目解説の構成を担当しております。インタビュアーはどちらも松本尚久(現・和田尚久)ですが、橘蓮二さんのインタビューのほうはどういうわけかクレジットを外していて、なぜだかさっぱりわからないです。
     (佐藤晋/ドジブックス)


★2012年6月8日発売、 松本尚久(現・和田尚久)・編「落語を聴かなくても人生は生きられる」(ちくま文庫) というアンソロジーに、錚々たる書き手に混じってどういうわけか拙稿が収録されております。編者はウスラバカだし、早く絶版にしてほしいです。
     (佐藤晋/ドジブックス)


「BREAK MAX」2012年5月号 、「タモリが引退する5つの理由」という記事のなかで短いコラムを書いてます。
     (佐藤晋/ドジブックス)

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2009年05月06日
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カテゴリ: ミュージシャン
外は雨。

1日中、自宅。

午前中、睡眠。

午後、ラジオ。
「小島慶子 キラ☆キラ」。ライムスター宇多丸の日。
ペラ☆ペラ 」のコーナー。「まだこの話題かっていう感じもしちゃうかもしれませんけど、まぁ、やっぱもう、ずっと清志郎さんのことばっかり考えててですね」
「ウィークエンド・シャッフル」で臨時ニュースを伝えた宇多丸であるから、ここでなにを語るかはやっぱり気になる。
「僕もその、あのー、すぐ曲を、だから曲にもうさ、あんまりもう悲しくて、なんかしゃべれないからっつって、曲行きたいっつって、自分たちのやった『 雨あがりの夜空に35
「清志郎さんっていうひとは、あのー、言っちゃえばさ、すごい困ったことをさ、やらかすひとでもあったわけじゃないですか、つぎからつぎへと。で、そこがまた魅力なんだけどね。それがねぇ、あのー、なんていうの、反抗みたいのが軽やかなんだよね。硬い反抗じゃないのよ。軽やかでポップで、ユーモアがあふれてて、だから、みんな、とんでもないことされてもなんか怒れないみたいな。で、でね、みんなその例えば報道とかさ、見てて、とはいえ、あの事件やこの事件は、前提でね、みんなこの話してるんだよね、って思いたいんだけどさ。」
「清志郎さんに、みんながね、例えば僕みたいな立場のね、ラッパーとかも、あのひとだけはやっぱり尊敬せざるをえないっていうのは、やっぱりですね、1989年10月13日に起こった 『夜のヒットスタジオ』事件 、ゆえなんですよ、やっぱり!」
3時台、 西寺郷太のコラム でも忌野清志郎の話が続く。
西寺「今日も…、僕がする話でもないのかなと思ったりもしながらも」
宇多丸「その、あれもあるよね。俺らが…、そうなんですよ、清志郎さんのこととか語っていいのかなみたいな」
西寺「これ、いいか悪いかは別として、すごく、まぁ、僕がプロになった13年ぐらい前からすると、ちょっと、アンタッチャブルな存在というか。清志郎さんていうのがあまりにも素晴らしすぎて、素晴らしいっていうこと以外というか、その、ほんとにもっと素晴らしい! 清志郎さん最高! って言ってるひとだったり、愛してるひとがいるから、僕もRCのライブに行ったりとか、カバー、一緒に仲間と小学校中学校から好きで、僕、ドラマーだったんですけど最初。『トランジスタ・ラジオ』とかも、そんなんもすごいカバーしてたし、まぁ、普通に考えたら大ファンなんですけど、なんか…。」
宇多丸「だから、もっと上のファンがいっぱいいるっていう」
西寺「そうそう。僕の担当じゃないみたいなふうに、なっちゃって、初めてしゃべるみたいになったんですけど、でも、そういうのも止められないぐらい、ちょっと、思いが来たんで。」


今日もCD発掘。

電気グルーヴの別名義、子門'z「トランジスタ・ラジオ」も見つかった。思い返してみれば、「トランジスタ・ラジオ」という曲を知ったのはこのときで、忌野清志郎の歌声よりも先に、石野卓球の歌声でこの曲を聴いたのだ。これが発売された1993年にはまだ、RCサクセションのことをよく知らなかった。
これ、電気グルーヴはテレビでも歌ってるはずだけど、YouTubeにはなかったな。NHKの「ポップジャム」に出たときは、たしか、「雨あがりの夜空に」も歌ってるはずなんだけども。

そういえば、 昨日の朝日朝刊 で、朝日新聞に載った清志郎の母からの身の上相談が少し紹介されていたが、その紙面の写真が「Quick Japan」2号に載っていることを思い出した。

1969年11月4日「朝日新聞」朝刊より


 学校を休んだ日は一日中寝ております。こんな状態をくり返していては、心身ともにダメになってしまうのではないかと心配です。どうしても大学へ行かないのなら高校を出てお勤めをしてほしいと申しますと、お勤めなどいやだ、ギターのプロになるのだと申します。私どもには何が何だかわからなくなりました。プロには簡単になれるものでしょうか。学校へまじめに行かせるにはどうしたらよろしいでしょうか。 (東京都・H子)

拡大文句は逆効果 」と言って、「 ギターをやめろでなく、ギターにうちこんでゆくにはいざというときの経済的社会的バックをつくっておかなくては心配だから、とにかく大学だけは出ておいてそれだけにしぼって、折りをみては親の希望をのべる。 」と、やんわりと辞めさせる方向へ持っていこうとすることを薦めているが、羽仁進は、「 十八になれば、だれでも自分の将来のことを考えるでしょうし、ギターなど才能を要し、しかも職業としては人気を要するものを一生の仕事としてえらぶには、お子さん自身不安があるにちがいありません。 」「 思いきってある期間をお子さんに与え、好きな道で努力してみて、それがだめなら、先生や親の指示に従うとか、あるいは自立するとか、決断させてみるのも、ひとつの方法ではないかと思います。 」と、とりあえずやらせてみることを薦めてくれている。

「Quick Japan」2号は、1995年刊。
中森明夫の連載「トンガリキッズ・ニュース」での「忌野清志郎ニュース・コレクション」という特集で、「清志郎のデビュー・ニュース」として冒頭を飾るのがこの身の上相談だ。
この特集は、それから、「夜のヒットスタジオ」ガム吐き騒動、「カバーズ」発売中止騒動、タイマーズの「おまんこ野郎」事件、断水アナウンスでコンサート大混乱、と続いてゆく。
忌野清志郎という人物をいつ知ったのかずっと考えていて、いまいち思い出せないのだが、忌野清志郎という人物の認識がひとつ深いものになったのは、間違いなくこの記事によるものだった。今なら、Wikipediaをちょっと見ればわかることだけれども、なにしろ、当時はまだ、インターネットが一般的でない時代だった。
この特集の最後には、「清志郎、死す!」という架空の死亡記事が載っている。
「「自殺」でもなく「事故死」でもなく「ドラッグ死」でおなく、清志郎にいちばん似つかわしい死に方は「老衰死」だろう」「清志郎さんは先頃一〇〇歳の誕生日を迎えたが相変わらず元気で、一〇〇歳記念のライブを計画していた。時おり、自ら車を運転しては「カノジョ、よかったら乗ってかない?」と少女らに声をかけ、いかがわしい行為に及ぶこともしばしばだったという。車中でテープレコーダーに鼻歌で新曲を録音していたが、遺体発見時のテープの末尾にはただ一言――愛しあってるかい? と録音されていた。」

子門’zやQJ

清志郎のことばかり、そんなに多くを書くつもりもなかったのだが、普段から読んでるブログや、聴いてるラジオや、行くさきざきで清志郎が話題になっているからしかたがない。
直接的にも触れてきたことはたしかだが、それ以上に、間接的に吸収しているものの大きさに改めて気がつかされているここ数日だ。

ほかのテレビもいろいろ観ているのだが、これといって刺激的なものはない。

深夜、日記更新。

いしかわじゅんのホームページ で知ったが、やまだ紫が亡くなったようだ。





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Last updated  2009年05月10日 10時36分10秒
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