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2008年07月07日
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テーマ: 京都。(6332)
カテゴリ: お散歩 京都
 さぁちゅんです。

この前の土曜日、35度を越える蒸し暑い日に、あちこちお散歩に行ってきました。

ちょうど大文字ある如意ヶ岳と平安神宮の間に、ほぼ繋がった二つの丘があります。

北側がは吉田山、南側が黒谷といいます。

吉田山には吉田神社、黒谷には紅葉で有名な真如堂と黒谷さんがあります。

私はこの小山のことを、白川通に「真如堂」というバス停があるせいなのか、ずっと「真如堂の山」と呼んでいましたが、私の周りだけの呼称であったのかもしれません。

まずは、真如堂に行く通り道に有る、黒谷さんへ行ってみました。

「黒谷」は通称で、正式には紫雲山金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)という浄土宗の大本山です。

通称の黒谷があまりにも知られ、“こんかいこうみょうじ”と言って知っている人は少ないです。



ただし、京都の人でさえ「黒谷=墓地」と思っているふしがあるので、これでも通じるかどうか、ちと不安です。

平安神宮北側の丸太町通と、東側の岡崎通とが交差するところの岡崎郵便局のある角を北に入って行きます。

くろだに

承安5年(1175年)法然上人が比叡山の黒谷(西塔)を下り、草庵を結すばれたのが、このお寺のはじまりです。

また、新撰組の時代の京都はとても物騒であったため、京都市中警護のため会津藩主 松平容保が本陣を構えたのが、ここ金戒光明寺でした。

東側の崖は険しく、西側は斜面の天然の要塞になっています。

幕末の動乱で命を落とした会津藩士352名が眠るお墓があることでも知られています。

そんな歴史を持った寺院だけに威風堂々たる建物の数々が迎えてくれます。

くろだに

三門。

万延元年(一八六〇年)の完成。桜上正面に後小松天皇宸翰「浄土真宗最初門」の勅額があります。

本堂前から見下ろすかたちで、撮影しました。

くろだに

南禅寺の三門とよく似ていますが、規模はこちらのほうがやや小ぶりです。

くろだに



くろだに

御影堂(大殿)。

内陣正面には宗祖法然上人75歳の御影を安置しています。

くろだに

昭和9年に火災により焼失し、昭和19年に再建となったもので、当時の京大の教授によって堂内の明るさと音響に細部の注意がこらされた設計になっているのだそうです。

戦時中であっただけに、物資の調達は大変だったそうですが、昭和の模範建築物といわれる位、壮大な伽藍が再建されたのは、この寺院が相当に有力であったということなんでしょうか。

くろだに

現在修復中(平成の大修理)の経蔵。



TEL:075-771-2204



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最終更新日  2008年07月07日 13時10分59秒
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