ちょいちょい写真

ちょいちょい写真

2018年07月15日
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新盆の真っただ中、東京での仕事を無事に終え、仕事の関係者の人の車で首都高を使って送ってもらいました。


毎年のように新しい高層マンションなどのビルが建っていくのはいいですが、なんだか色合いのせいか、デザインのせいか、冷たい感じになっているような風景も。

昔は船の通行で開閉していた事で知っていた勝鬨橋は、ちゃんとひらがなでドライバーに解るように表記されているんですね。

さて、完全にフリーになった14日は、上野へ移動。連休中で人が多いのは覚悟の上、電車の中で宣伝されていた縄文時代の遺物の特別展示を見に行きました。東京国立美術館の平成館で開催中なのですが、とにかく電車を降りてからこのチケット売り場でチケットを買って、平成館までテクテク歩くだけで朦朧ととなるぐらいに暑さが厳しかったですね

縄文土器と言えば、教科書にもよく載っていた火焔型のモノが有名過ぎて、「縄文時代」と一般に呼ばれる長大な時代の中で他の時代の土器などを見たかった自分にとって、なかなか貴重な体験となりました。
特に、草創期から初期の段階とされる時代までのそれは、火焔型などのゴージャスさはなく、形状でいえば弥生時代と一般に呼ばれる時代のシンプルなそれとほとんど変わらない印象を与えてくれました。
が、弥生なんかより、なかなか芸術性には優れていると言える、細かな刻みなどの装飾が器の縁一面に施されていたり、かなり細かな筋目のデザインが施されているなど、なかなか素晴らしいのですよ、これが。
紀元前5000年とかそれ以前に、こういったセンスがあった事を見るにつけ、昔から思う事があります。アカデミックな先生方の判断により、それらのツボなどは「祈りなどの儀式に使われた」とか、だいたいいつも祈っている毎日なのかよ、と言いたくなるイメージを刷り込まされていますが、きっと単に「かっこいいからこうしてみようか。」とか、家の中のインテリアで職人に作らせていたのではないかと思うのですね。

人間なんか、何万年経っても、考え方など大して変わらないと思っていますので。
それに、これほど素晴らしいデザインの様々なものを作る事ができるのに、腰ミノだけまとって裸で生活しているロン毛ボウボウの人が縄文人、というのはおかしいと感じます。きっと紙にはいろいろな飾りつけや毛染めも施し、アクセサリーを付けて見栄えのカッコよさに気を遣っていたと思います。勝手に。

これに比べて、弥生時代のそれなんか、まるで別世界の様に質素の極みですもんね。
続いて、西洋美術館へ移動。先の縄文の展示会のチケットの半券を見せると100円引きで入れましたが、ミケランジェロ展です。
いろいろ見ましたが、結局何といっても今回の展示では有名なこれが圧巻。写真撮影もOKにしていました。

思惟を一緒に捉えると、それほど大きく感じなかったのですが、写真自体をトリミングするとやはり大迫力。全員で強烈な「シェー」をしているだけに、迫ってきます。

が、真横からみると、こんなに薄っぺらい。やはり、ミケランジェロなど芸術家は、いかに観客に魅せるか、という事を最重要に考えているのですね。

それにしても外が暑すぎて、館内から外へでるのに勇気が要りましたわ。





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Last updated  2018年07月15日 07時27分03秒


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