Jul 9, 2005
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カテゴリ: 私的創作文
   開かない扉~オーケストラと猫と発明~その5


「ただいま、何やってんの?」
遅れてガオーが帰って来た。良子さんとの沈黙も堪え難いものになって、何か口を割らないといけないと思っていた矢先だけに助かる。ガオーが先に帰って来てくれればこんな事にはならなかったと少し恨めしくも思ったが、彼は事の顛末を知らない。僕自身もこんな事になるとは思いも寄らなかった。
「遅かったじゃないか。」
「いや、随分前に帰ってたよ。」
「帰ってた?」
「うん、向こうから二人を見てた。何か割り込むのが悪いみたいだったから、落ち着くまでしばらく見てたんだ。」
「お前なあ・・・。」
掴みかかってやろうかと思ったがそれは出来ない。これ以上良子さんの前で何かをしでかしたら、それこそ恥の上塗りだ。僕は血の滾りをひたすら我慢した。これでこの前のオーディオの件は帳消しだ。今は殴らないでおいてやる。血走った目でガオーを睨んだ。彼は涼しい顔をしている。ムサさに纏った涼しさが一層ムカついた。

「違うよ、これを見ろよ。」
良子さんにしたように僕はドアノブを指した。こいつまでおかしな事を言わなければ良いと思いながら、折れた鍵の刺さったドアノブを見せた。
「おお!」
筋金入りの狂人だ。こいつは確実に良子さんの上を行っている。案の定、ガオーは目を輝かせる始末だ。
「おお!こいつはイイ。使える。」
僕も聞かなかった事にすれば良いのだが、人が好いと言うか愚かと言うか。投げ掛けられた問いには答えずには居られなかった。
「何に使えるって。」
「何にでも使えるさ。こいつはイイ。」
ガオーはしゃがみ込んでノブを繁々と眺め出した。高級な骨董品でも眺めるみたいに上から見たり横からみたり、また下から見たり。良子さんが珍重したのとはまた別の、物質的視点でドアノブを敬っている。今にも頬擦りしそうだ。
「こいつはイイなあ。今もらってる仕事の着想にはぴったりだ。」
この男から仕事と言うセリフは初めて聞いた。こんなムサ男に仕事を頼む奇特な会社もあったものか。僕はガオーよりもその会社に感心する。

「どこをどう使えるんだ?」
「見て分からないのか?」
「分からないから聞いているんじゃないか。」
「やっぱり素人には無理か。」
「鍵穴をなくすって事かしら?最初から鍵穴がなければ、こじ開けられる心配がないわ。」

鍵穴をなくすと言う着想のどこが良いんだ。意味が分からん。良子さんの言い分をガオーは理解したようだ。
「鍵穴がないと言うか、ノブをなくすって事でしょ。」
「そう、鍵穴ごとノブをなくすの。そうすれば破られる心配はないわ。」
「確かに着眼点は良いけど、ノブごと持ち歩く事になる。もしくは開閉にまで新しい仕組みを持ち込まなければならないんだな。それだと鍵を付け替えるだけじゃ済まないから、手間が増えんだな。」
「そうね。」
話の展開が早すぎて内容が良く見えない。しかし二人は納得しているようだ。全く天才と奇人の考える事は良く分からん。流れに任せる事にした。抗うとロクな事がない。僕の関心は自室のふとんとハチの所在だけだ。
「僕が閃いたのは、鍵が必ずしも刀身一杯に入らなくても、開閉出来る仕組みを作れば良いって事なんだな。」
「どう言う事?」
インタビューアーはここで僕から良子さんに代わった。
「それはだね、つまりこの鍵のように、半端に入った状態で開閉するって事だね。鍵の山を最初から浅く作っておくんだよ。そうすれば仮に鍵を奪われても、見た目に刀身を長く作っておけば、家の鍵がそれと分からない。」
「でも奪われれば一緒でしょ。順番に鍵を試されたら、いつか開けられるわよね。」
「ご心配なく、鍵が鍵の姿をしてなくてもイイ訳だ。そこがこの着想のイイとこ。長さを短く出来るとすれば、鍵は鍵でなくても例えばペンの尻とか懐中電灯の尻とかに付けれる訳だ。然る上、奪われる心配も激減するんだな。」
「なるほどね。でも、こじ開けられたら?」
「それも大丈夫。鍵穴を浅く作ってしまえばイイ。大抵のピッキングは長い針金を用いてテコの原理でこじ開けるんだけど、底が浅いとテコが使えないからこじ開けようがなくなってしまう。」
「へえ、凄いわね。」
「構造上の難点はあるけど、そこら辺はシリンダーの工夫で解決出来ると思う。」
二人の会話は僕には全く分からなかった。分かっても興味がないのが本当なのだが。
 それにしてもガオーが、こんなに誇らしく何かを確信めいて話すとは知らなかった。先の良子さんと同じく明るい顔をしている。誰にでも取り得はあるものだとつくづく思う。

「どうやってこんな事になったんだい。」
ガオーが黙る僕に話を振った。なんと答えようか。こいつには素直に答えたくない。
「突然頭の中にヴィジョンが浮かんで、これだと思って刺さった鍵を捻じ曲げたんだ。」
「へえ~。」
大袈裟に手振りをして見せる僕を、ガオーは食い入るように見ている。もちろん良子さんも見ている。構った事か。これだけ待ちぼうけを喰らって、意味の分からない話を散々聞かされたのだ。ただで家に上げてやるものか。ガオーさえ早く帰ってくれば、僕は苦い想いをせずに済んだのだ。増してそれを傍目に見られている。これを黙って見過ごせるか。
「何と言うかなあ。過去の数多の記憶が走馬灯して、一瞬で夢中だったよ。そうだ、一つの言葉が聞こえた。」
「へえ~、何だって?」
良子さんはまた何かの衝動に火が付いたらしい。小脇のカメラを再び持ち出して、天を仰がんとする僕にしきりにシャッターを切り始めた。すかさずパシャリ、近付いてパシャリ、離れてまたパシャリ。撮られている事を意識して、僕はバカバカしくそれはもう大袈裟に一席ぶってやった。
「その言葉はねえ、『汝に閃きを授けん。渾身を以って左に曲げよ。』そんな感じだった。かな。」
「へえ~、そんな事もあるもんなんだなあ。さすがだなあ。人とは何か違うと思ってた。」
「この人、天才よ。間違いないわ。天からの声も聞こえるはずよ。」
良子さんのサポートがこの戯言に拍車を掛ける。しめしめ、ガオーはその気だ。いとウヤウヤしく僕を崇めたまえ。
「ホント、恐れ入ったよ。君にしては良く出来た作り話だ。狂人の考える事は理解出来ないよ。上っ面で物言ってるのに気が付かないんだから。」
「ホントね、この人、自分のバカさに気が付かないんだから。尊敬しちゃうわ。」
そう言って二人は鍵の刺さったドアノブを、ガチャリと事も無げに回して中に入って行った。
「あれ?開いてたの?」
ドア口のガオーが振り返って言った。
「元より鍵は開いてたよ。鍵を刺す前にノブを回してみなかったのか。愚か者。」
呆気にとられて無言で頷くと、
「君は本当に素敵な奴だね、尊敬するよ。オーディオの仮は返したからな。それから人の女に恥をかかすな。分かったね。」
戸外に僕は一人、取り残された。ハチも戻って来ない。
 月末を待たずに僕はその家を去った。二人はそれぞれの着想からそれぞれの成果を上げた事を、程なく知った。良子さんは『ドアノブ』の写真で『焼きそば』に次いで大層な賞を獲り、ガオーは鍵で特許を取った。全く世の中とは分からないものだ。
 僕は才能がないと分かってオーケストラを辞めた。僕の音楽は誰にも聞かせたくない。





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Last updated  Jul 9, 2005 10:38:35 AM
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