多発するトラブルに悩まされていたフェラーリの信頼性を高めたのは、ロス・ブラウンの功績になる。実験的な部品の採用を禁止して、徹底的に耐久テストを行ってから、マシンに組み込むという方法論にこだわり続けた。イタリア的な大まかな開発方法から、精緻で厳格な方法論に変更させることで、フェラーリのマシンは壊れにくくなった。他のチームから批判されながらも、自社サーキットでのテストを繰り返し、弱点を補強させてきた。フェラーリの圧倒的な信頼性は、ロス・ブラウンの頭脳から生まれている。
フェラーリにおいては、マシン開発の任務をになうだけでなく、作戦参謀として最前線を取り仕切ってきた。レース開始時にガソリンをどのくらい積んで、いつピットストップさせるかを複合的に戦略化したのもロス・ブラウンである。それまでは単純にガソリンがなくなるとピットインさせていたのを、相手よりも多めに燃料を積んでピットストップを遅らせ、数周軽いタンクでタイムを稼いでからピットインさせるというような戦術である。コースのマシン分布を計算して、一番渋滞の少ないタイミングでピットインさせるなどは、ロス・ブラウンにとって朝飯前だった。その戦術を確実に達成したミハエル・シューマッハとの共同作戦は大きな成果を生み出した。そのシューマッハが引退すると、ロス・ブラウンはなぜか長期休暇に入り、フェラーリの現場を離れている。
ロス・ブラウンがフェラーリを離れた理由はさまざま憶測されている。ロス・ブラウンが去ると組織改革が行われ、その才能を縦横無尽に働かせる場所が消えてしまった。ロス・ブラウンの功績が評価されて、フェラーリのチーム代表に就任すると噂されていたけれど、ジャン・トッドが引退せずにとどまることが明らかになって、居場所がなくなったのが移籍を決断した一番の要因と思われる。ロス・ブラウン配下のエンジニアも大挙してホンダに加わることが予想されるから、ホンダ本社もロス・ブラウンにマシン開発と最前線の指揮を一任することに同意したのである。
フェラーリとホンダの間には底知れぬ技術格差が存在している。それを埋め合わせることはほとんど不可能とされてきたが、ロス・ブラウンの移籍で一気に差は縮まるはずである。フェラーリのすべての情報を握り、マシン開発の根幹を知る人物がホンダに加わるのだから、あちこちから歓声が上がるのは当然だろう。前衛的実験、失敗、保守的な設計、失敗を繰り返して、方向性を見失ったのがホンダになる。そして、やっと勝つマシンを開発できる人物が登場することになった。これは限りなく大きい財産になるはずであり、迷っていたホンダF1にようやく先が見えてきただけでも・・・。