MATRIX7

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2009.01.27
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カテゴリ: 現代社会
 人間が目覚めてやる気になると、険しい難関も突破することができる。それをモンゴル人横綱に教わるとは思いがけない出来事だろう。朝青龍の意地と孤独は、単純に外国人力士だからというわけではない。横綱審議会との対立などは演出効果にさえなって、朝青龍の人気を高めている。相撲界では、誰も朝青龍の強さを語ることはできない。これまでの常識とかけ離れ過ぎている。稽古不足で本場所に臨んだ力士が圧倒的な強さを発揮するなどは、過去の相撲の歴史にはない。場所前の稽古でだらしなかった力士が突然目覚めて、本場所で優勝するなどは相撲界ではありえない事実だった。その荒業を実現したのが朝青龍というのが世論を湧かせる原因になる。
 サッカー事件でマスコミに叩かれ続けて、廃業の寸前まで追い詰められたことがある。何度もモンゴルに逃げ帰っている。もともと、相撲の正道ではなく、反逆道を売り物にする人間が心技体を備えるわけがない。稽古を十分行い、相撲道に精進すれば横綱になれるというのは戯言に過ぎない。そんなことでは、格闘技に勝つことはできないことは歴史が証明している。格闘技に勝つには強いことが第一であり、戦術や作戦が第二になる。最後に、精神的な強さが備わって世界一に座につける。五輪の柔道で敗北する日本人が連続するのも、根本的な戦術を誤っているからになる。技を磨き、稽古を重ねても、強い者には勝てないのが格闘技の世界になる。普通ならば、とても優勝には届かない朝青龍が初場所で勝ったのは、強い精神力と勝負度胸の切れ味にある。
 日本人大関はモンゴル人横綱に、ほとんど歯が立たない。だらしないのではなく、必死に稽古に取り組んで勝負を仕掛けても、勝てない力の差がある。世界レベルと日本レベルの差を埋めるのは本当に難しい。単なる精神論やトレーニングでは埋められない溝が横たわっている。さらに、精神面のもろさがいざというときに出てしまう。これでは、日本人力士が優勝できないのも不思議ではない。同じような稽古をしていると、体力や腕力に勝る外国人力士にかなわない。まともにやって勝てないのに、「正面からぶつかれ」と叫んでいるようでは、いつまでも勝てないことに気がつかないと。





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Last updated  2009.01.28 15:07:21
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