ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2019.08.29
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カテゴリ: 芸能資本主義
 経済学として芸能資本主義を扱うさいに基本的視点となるのは、彼、彼女らが芸能「資本」によって、労働力「商品」として雇用されるのではなく、資本の循環に必須な「原材料」としての生産手段、厳密に言うと、「不変資本」として利用、消耗されるということである。ここが重要なので、繰り返し読んでいただきたい。労働力商品として雇用されるのは、芸能プロダクションの社員、テレビ局のアナウンサーたちだ。
 この芸能資本主義の資本によって原材料商品となるのは、雇用形態従って契約形態(専属マネジメント契約か専属エイジェント契約か)によって内容規定は異なるが、現状で、固有の芸能人、タレント、ジャーナリスト、タレント議員、アスリート(現役か退役かを問わない)たちだ。芸能資本主義に必要なパソコンや消耗品と同じ位置付けの原材料商品だ。インターネットで、アメリカで活躍しているアーチスト(アクター)が自らのことを商品として位置づけ、自ら輝くことを使命としているといっていたが、まさに核心を付いていると思った。

 一方、芸能資本に位置付けられるのは、いわゆる芸能プロダクション、映画会社、テレビ局、インターネットTV及びこれら芸能資本と取引関係にある関連会社、サプライチェーンである。
 資本主義は実体経済での譲与価値生産が行き詰まり、相対的な縮小を余儀なくされるに従って、「芸能資本主義化」せざるを得ないというのが、ここでのエッセンスだ。芸能資本主義には、前夜すなわち歴史があり、「芸能資本主義に先行する諸形態」が考察されなければならない。静御前、河原芸人、小屋掛け、興業ヤクザの世界だ。しかし、この検証のためには人生がもうひとつ必要になる。あるいは「芸能経済学会」が必要なのかもしれない。
 芸能資本主義「商品」の性格特性に関する試論は、このブログですでに示した。お笑いに関しては、いわゆる反社会的勢力との黒い癒着が取りざたされているが、以上にのべたようなことが解明されて、初めて浄化の道が開けるのではないか。
 私はお笑いが好きだ。アホの坂田ややすしのようなお笑いさんが現れないことを寂しい思いでテレビを見ている。議論が健全な方向に進み、そして笑いながら死にたいと思っている。





















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最終更新日  2019.08.29 08:05:56


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