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こうして、つい昨日まで閑古鳥が鳴いていた桜川解久のシークレット探偵事務所にも仕事が舞い込んで、閑古鳥の鳴き声はやんだ。下田に言づてを頼んでいいか迷ったが、仲村は、やはり野原すみれに頼むことにした。探偵事務所も営利であるからには、着手金もないでは、身動きは取れない。 警察の捜査費には、一般捜査費と捜査諸雑費があり、一般捜査費とは、協力者に情報提供謝礼等を交付するなどの場合に、捜査員が都度所属長に捜査費の交付を申請し、所属長の決裁を受けたのち執行するものとされる。太平洋戦前戦中、特高警察がスパイに支払った機密費の名残だというものもいる。国の費用の中には、この「機密費」が今も存在している。 捜査諸雑費とは、捜査員が日常の捜査活動、情報収集や聞き込み、張り込み等において使用する少額の経費について、あらかじめ一定の現金を各捜査員に交付し、必要の都度、捜査員の判断で、柔軟かつ機動的に捜査費が執行できるよう、平成一三年度から導入したもの。捜査費の予算額は、ある県警の場合、令和四年度は一五〇〇万円とされている。警視庁は当然のことながらもっと多い。 一般捜査費とは、協力者に情報提供謝礼等を交付するなどの場合に、捜査員が都度所属長に捜査費の交付を申請し、所属長の決裁を受けたのち執行するものとされている。(高知県警察のHPより。)誤解を生む説明になるかもしれないが、刑事や捜査員がポケットマネー的に使えるのが捜査諸雑費、申請して交付されるのが一般捜査費と言える。 先日の新宿、青空横丁の居酒屋での会食費は、「捜査諸雑費」で処理が可能なのだが、仲村教授と山座一課長の私費で支払った。 仲村は、このことの趣旨を野原すみれに説明したうえで、資料を託してシークレット探偵事務所へ向かわせた。各種の領収証は電子データでとる様に付け加えた。聡明な野原すみれは適役だった。 警視庁の捜査会議室。山座順次捜査一課長は、担当の女性刑事、科野百合と若い新入りの刑事たちを前に、事件の要点を書き込んだホワイトボードを見ながら説明した。山座一課長は、この事件の担当を、あえて若い科野百合に任せることにした。 いくつかの未解決事件を抱えている山座一課長は、今回の事件が、殺人事件ではなく、未遂事件に落ち着いたことで、楽観視していた。被害者の回復を待てば事件は解明できる。渋谷の業務ビルの屋上に他殺体が放置された殺人事件を、何としても解明しなければならなかったが、手がかりはないに等しかった。 科野百合は、インターポール、国際刑事警察機構ICPOへ転身する夢があり、山座は彼女の技量と能力を見込んで、教育投資をする方針でいた。近年INTAPOLと連携する事件が増えてきた。犯罪捜査も国際化してきた。ホワイトボードには、次のように書かれている。 ・事件発生日時:二〇二三年五月一日(月)午後二時・被害者:住所 横浜市鶴見区 年齢二一歳 職業 アイドルグループ(ブリリアント・スターズ所属)・場所:竹下通りわき道(通称エリーゼの小径)のアクセサリー・ショップ(デヴィル)前・zimmerの謎・目撃者数名:tel、snsあり。・事件時刻:午後四時半、肺に達した散弾銃と思われる弾丸による失血にもかかわらず一命を留めた。・所持品に逸失なし。被害者のスマホは履歴を解析中。Youtubeの使用歴あり。財布の所持金は、三万円ほど。クレジットカード、交通系のカードが一枚。・母親の身元確認済 科野百合は、現場検証と鑑識、傷の所見から得られた捜査資料を読み上げた。のち、質疑応答へ移った。そのポイントを示すと、以下のようだ。捜査は一〇名ほどの人数に絞った。Q:解剖の結果、弾丸の角度はどうでしたか? 水平でしたかそれとも上下左右角度はありましたか? A:全部で三発が胸を中心に命中、被害者の右上方からの角度のようです。角度は被害者の胸を水平に、上方向四五度との結果が示されています。Q:被害者がメーンストリートから歩いてきたとすると、歩いて行こうとする方向の高い位置から、散弾銃が発射されたことになりますか?A:そう推測されます。科野百合は、ホワイトボードに、YUARIが倒れていた路上と周辺の建物を表す図を書いて説明した。Q:メーンストリートから歩いてきた場合と、戻る場合とでは銃弾の発射位置が違いますね。 質問者はいいところを突いた。A:今後の現場検証によって明らかにしたいと思います。 科野百合は山座一課長を見た。山座は大きく相槌を打った。
2025.03.21
桜川解久が経営する探偵事務所は、西教大学からさほど遠くない商店街の裏通りにあった。この商店街が、「青山通り」であることは、たいていの日本人なら知っている。通りに面した、古い商業ビルの一角に「シークレット探偵事務所」の看板を掛けていた。取ってつけたような名前の事務所だが、ちゃんと免許を取って開業している事務所だ。 この桜川解久なる人物については、追って説明していくことになるが、ここでは風変わりな若者とだけ記しておこう。年のころは三〇前後、髪の毛はぼさぼさ、いたって正気なのだが、年中、和服姿に袴を身に着けている。こう言えばこの男、古き小説家「横溝正史」に入れ込んで、とんだ時代錯誤症に陥っている、文明不適応症候群を病んでいる若者とだけ説明しておこう。この若者もまた、西教大学出身なのだ。下田健は同じ大学の後輩にあたる。今日は、下田健の先輩でミステリーファンの野原すみれが事務所に来ている。「コロナ禍は、暇で死にそうだった」 桜川解久は頭を搔きながら言った。「なんで、私を呼んでくれなかったのよ」 すみれは不満たっぷりに言った。「だって、先生は、大事なお嬢様をあんな汚い居酒屋に呼ぶなんて、そんな非常識じゃないよ」 下田健は、にやにやしながら言った。実際、野原すみれは、世田谷区で会社経営をしている実業家の娘で、母親は大学の保護者懇談会で、ゼミ担当の仲村に厳しく指導するよう懇願している。野原すみれは、それが気に入らなかった。「馬鹿にしないでよ、坊や。私はあんたと違って、立派な成人なんですから」「はいはい、お姉さま」 下田は真顔になって、桜川を見た。「すみれさん。実は、昨日、仲村先生と警視庁から調査依頼を受けたんだ」「まあ、私がいると邪魔だったのね」 野原すみれは、下田を睨んだ。「下田の言ったことは本当です。先生は、すみれさんにも伝えてくれ、だけど絶対に度を超すようなことはしないでくれと、しっかりくぎを刺されました」 桜川は、営業の顔になって言った。「まあ、そうだったの。じゃ、許してあげる。それで、どういう依頼なの?」「別に契約書や覚書もないし、着手金もあるわけじゃない。ただ、事務所に閑古鳥が鳴いていて、寂しいだろうから、あまり無理をしない範囲で情報を集めてくれと言うんだ」「まあ、あなたも親のすねをかじって、事務所を持たせてもらってるのだから、仕事がないよりあったほうがいいわね。協力させていただきますわ」 すみれは、大人びたことを言った。「初仕事は、銃で撃たれたアイドルの身辺調査なんだが、彼女は西教大のOBなんだ。と言っても、この三月に卒業したばかりで、在学中からアイドル活動をしていた。将来を嘱望された金の卵で、今人気急上昇中なんだ。すみれさんは、ゼミ生をあたってもらえませんか。仲村先生は、ゼミの先生をあたるといっている」 桜川解久は、アンティークな椅子に深々と身をうずめて言った。執務をとる机は高級なもので、高級そうな花瓶には花が活けてある。桜川の母親が、三日に一度掃除をしに来る。近くの和菓子店で買った箱が置いてある。「いいわ。先輩の事務所は閑古鳥が鳴いていて寂しいものね」「オレは何をしたらいいのかな」 下田が先輩に聞いた。「大学には、被害者の仲間がいる可能性がある。その中には、犯人につながりのある者もいるかもしれない。怪しまれてもまずいので、うまくお茶を濁すような雰囲気の中で、情報収集にあたってくれ。それから、すみれさんのボディーガードだ。いざというときは、身を挺して守ってくれ。いざというときは、俺が駆けつける」 桜川は探偵の片鱗を見せた。桜川は、探偵の修行中に合気道をマスターした。 「ところで、昨日の報道番組で言ってたけど、被害者のブレスレットは、実は彼女の手のひらに、しっかりと握られていたそうだ。彼女は、何らかの理由で、腕から外して握りしめたということになる。これが何を意味するかだが、このブレスレットには、留め金の部分に小さくブリリアント・スターズと刻まれているそうだ。いま、鑑識に回っているそうだが」「よほど大事なものだったんだね」 下田が言った。「それもそうだけど、何かのメッセージだったのかも」「どういう?」 桜川が聞いた。「さあ、女性にとって身に着けているものは、体の一部と同じくらい大切だから」「ふんふん」と下田が言うと、すみれは、「あなたみたいな薄っぺらには、わからないでしょうけど」と、下田をにらんだ。「その辺も考慮に入れて、学内調査をお願いします。撃たれてとっさに手に取って握りしめた。ダイイング・メッセージかもしれない」 桜川が間に入った。シークレット探偵事務所に活気がみなぎってきた。当分は、閑古鳥も鳴かない。
2025.03.06
ウクライナは、独立以来、自国の鉱物資源を有効活用し、経済発展を目指してきました。しかし、以下のような要因により、資源ナショナリズムの実現は困難な状況にあります。第1に、ウクライナの鉱物資源開発は、外国資本に大きく依存しています。これにより、資源開発による利益が国外に流出しやすい状況にあります。 第二に、2022年以降のロシアによる侵攻は、ウクライナの鉱物資源開発に深刻な影響を与えています。多くの鉱山が戦闘地域に位置し、生産が停止しています。ここをトランプが狙ってきたと解されます。また、ロシアによる資源の略奪なども発生しています。ウクライナの鉱物資源は、欧米諸国や中国など、多くの国々にとって重要な戦略的資源です。そのため、ウクライナの資源政策は、国際的な政治情勢に大きく左右されます。ウクライナは、戦後の復興において、鉱物資源の有効活用を重要な課題としています。資源ナショナリズムの実現に向けては、以下のような取り組みが考えられます。 まず、国内企業による資源開発を促進し、外国資本への依存度を下げる。次に、法制度の整備で、資源開発に関する法制度を整備し、外国企業の活動を適切に規制する。第三に国際協力の強化で、欧米諸国などとの協力を強化し、資源開発に必要な資金や技術を導入する。ウクライナの鉱物資源は、同国の経済発展だけでなく、世界の資源市場にも大きな影響を与える可能性があります。今後のウクライナの資源政策の動向が注目されます。ウクライナの鉱物資源、レアアースに関心を持つ企業は、地政学的な状況や市場の変動により変化する可能性がありますが、主要な関心を持つ主体として、以下の企業や国が挙げられます。 まず、アメリカ合衆国は、中国へのレアアース依存を減らすため、ウクライナの資源に関心を寄せています。特に、トランプ大統領がウクライナのレアアース資源に強い関心を示していると報道されています。アメリカ政府は、ウクライナの鉱山プロジェクトへの投資機会を米企業に促すための覚書を作成するなど、具体的な動きを見せています。また欧州連合(EU)も、レアアースの供給源の多様化を目指しており、ウクライナとの協力関係を構築しています。レアアース関連の事業を行う日本の企業も、ウクライナの資源に関心を持つ可能性があります。レアアースのリサイクル事業を展開する企業や、レアアースを使用した製品を製造する企業などが挙げられます。 ウクライナは、レアアースを含む重要な鉱物資源を豊富に保有しており、これらの資源は、電気自動車、風力タービン、電子機器など、現代の技術に不可欠です。ロシアによる侵攻により、ウクライナの資源開発は困難な状況にありますが、戦後の復興においては、これらの資源が重要な役割を果たすと期待されています。ウクライナの資源開発には、地雷や不発弾の除去、インフラの整備など、多くの課題があります。資源開発による環境への影響にも注意が必要です。ウクライナのレアアース資源は、今後の世界の資源市場において重要な役割を果たす可能性があります。(2025年3月2日) 注)本稿はgoogle Gemini による対話型検索の結果を租借し、筆者(瀬川)が加筆修正のうえ掲載したものであることをお断りします。
2025.03.02
下田健と野原すみれは、ゼミが始まるまで、まだ時間があったので教師の研究室に行った。「いやに早いね」 教師の仲村輝彦は、二人を座るように勧めて言った。「先生大変ですよ」「何が?」「先生、原宿で殺人事件ですよ」「まだ死んではいないよ」「え、先生、もう知っているんですか? さすがに早い」「警視庁に知り合いがいるのさ」「そうだったんですか、すみれが、いや、すみれさんが、報告しようっていうもんですから」「下田健は照れ笑いしながら答えた」「ところで、下田。君は、最近探偵事務所に出入りしているそうだね。何を企んでいるんだ?」「ええー! 先生、もうバレてるんですか?」「甘く見るなよ。僕には警察庁の諜報部員がついている」「あなた、悪事を白状しなさい。先生はお見通しよ」「ええー、怖いなー。諜報部員ってすみれ先輩ですか?」「まあ、そんなところだ」 三人は笑った。次の時限のチャイムが鳴った。 諜報部員というのは、まんざら嘘ではなく、仲村輝彦の教え子で警視庁へ就職したものがおり、最初は交番勤務から出世して、今は捜査一課長をしている。時々呼び出されるのだが、愚痴を聞いてやっている。「先生、もうやってられませんよ。未解決事件が山ほどあるというのに、また事件ですよ。政治絡みの事件ならまだしも刑事魂の血が騒ぐってもんですが、竹下通りの、アイドル通りの事件ときちゃ、子どもじみてやる気がおきません」 一課長はまくし立てた。そういうわけで、仲村は新宿の赤提灯に行く羽目になった。 新宿は青空横丁。仲村輝彦は学生時代、この横丁の近くの居酒屋でアルバイトをしていた。若いころのことを思い出すと、仕事の疲れが癒されるので、たまに料理とアルコールをたしなみにやってくる。警視庁の山座一課長も、この横丁の雰囲気が気に入っている。歌舞伎町には少し距離があるが、情報が入りやすい。聞き耳を立てているといろんな情報が入る。江戸時代の岡っ引きではないが、「大目に見る」かわりに情報提供を求めるといった裏技は、大座一課長の得意技だ。 事件の事情聴取で参考人を呼び出すこともある。この事情聴取に、仲村教授を「刑事」として同席してもらい、意見を聞くこともある。ある意味、閉鎖的な警察の世界では、事件解明の手掛かりがつかめないということもある。アイドルの世界に関連した事件とあっては、中年おじさんの刑事たちにはまるで分らない。 「結局、銃で撃たれた女性は、幸運にも一命を取り留めました。しかし絶対安静です。持ち物から自宅に連絡がつき、家族の身元確認ができました。二十一歳の女性で、近くのプロダクションに所属しています。現場には一人で来ていたようです。独身で同居の母親には、原宿へ行くと言って、午前一〇頃家を出たようです。腕につけていたブレスレットは、現場付近のショップに見せたところ、その店で扱っているものだそうです。銃弾は今鑑識に回して、銃の特定を急いでいますが、前の総理大臣を殺害したものと同じタイプの手作りの散弾銃ではないかと踏んでいます」 山座一課長は、仲村に取り敢えずわかったことを教えた。明らかに協力依頼をしている。小声で喋っているのは、そういう意図があるからだ。「被害女性の名前は、何と言いますか?」 仲村は聞いた。「YUARI、本名は湯沢有恵です。出身大学は東京の西教大学」「え!」 と言った仲村の眼が輝いた。「活動はブリリアント・スターズというアイドルグループで、これは任意のグループのようです。ブレスレットに、刻んであります。どうも芸能事務所のファンクラブ向けに、芸能事務所が作っているもので、タレントの予備軍みたいなものでしょう」 山座一課長は、部下からの報告を教えた。「年齢から言うと、うちの大学の四年生ですね。明日にでも、担当ゼミの教授に聞いてみましょう」 山座はにっこりと笑った。 ちょうどその時、居酒屋の引き戸が開き、若者が二人入ってきた。「ああ、先生、遅くなってすみません」 下田健が入ってきて頭を下げた。もう一人の若者は、下田よりも年上のようだが、小柄な下田の後ろに隠れるように入ってきた。「山座さん、こちらはうちの学生の下田君です・・・えーと、もう一人は・・・」自己紹介を求めた。「桜川解久探偵事務所を経営しています。仲村先生にはお世話になっています」と如才なく答えた。 この風変わりな若者に、山座は瞬間身構えた。芸能人が入ってきたのかと思ったくらい、異様な風采を放っていた。なんと旅芸人と見まがう羽織袴姿なのだ。二人を山座に紹介して、少し世間話をしてから、仲村は遠回しに事件のことに触れた。下田健は、事件の概要を仲村の研究室で聞いていたので、私立探偵の桜川には伝えてある。桜川は、すすめられたビールを口にしながら、真剣に聞いている。下田健は少し不満げにコーラを飲んでいる。
2025.03.02
第二話 西教大学のキャンパス 竹下通りの、わき道にそれた路地、エリーゼの小径に位置するアクセサリー店の前に、パトカーが到着した。続いて、救急車が狭い道をふさぐように停車し、路上にうずくまるように倒れている若い女性に近づいた。白いシースルーのロングドレスの上半身が赤く染まっている。救急隊員は、脈があることを期待して、女性の腕をとった。右手にはブレスレットが握りしめられていた。脈はわずかながらあった。ADでの心肺蘇生は必要なかった。 女性の白い横顔は、苦痛に歪んでいた。止血の応急処置をしたうえで、救急車は、女性を乗せて救急病院へ向かった。群衆が救急車を心配そうに見送った。一足遅れて、警視庁の捜査一課刑事数名が到着した。所轄の交番の警官たちが、刑事たちに敬礼をした。鑑識課員も到着し、あたりは騒然となった。救急病院では緊急オペが始まった。 山座刑事が陣頭指揮をとって非常線を張った。部下の刑事数名が、通行人、正確には野次馬だが、聞き込みを始めた。防犯カメラのリレー捜査も手配した。犯人は犯行後、原宿駅へ向かった可能性がある。 第一発見者は、アクセサリー店の店主で、ほかに通行人の数名が、女性が倒れるところを目撃していた。アクセサリー店には、数名が座れる商談用のコーナーがあり、店主と路上の目撃者が椅子に座った。店主は君浦堂後といった。壁には、芸能人やスポーツ選手のサイン付き写真が、べたべたと貼ってある。午後二時三〇分、女性が倒れてから二〇分が経過していた。「申し訳ございませんが、あとでまたお話を聞くことがあるかもしれません。連絡先の電話番号かメールアドレスをお教えいただけますでしょうか? 捜査以外に使用することはございません」 丁寧な口調で、山座刑事は警察手帳を見せ、自分が警視庁捜査一課長である旨を告げて、目撃者に言った。山座は刑事という職業に似合わず、物腰の低い銀行員の風貌があった。しかし、銀縁眼鏡の奥の眼光は鋭かった。目撃者数名は、店長を含めてスマホの電話番号を山座刑事に見せた。科野百合という女性の捜査一課員が、電話番号と名前を手帳に控えた。 「私は、ちょうど店頭でお客様のお相手をしておりまして、突然、道路であのお方がお倒れになり、びっくりして駆け寄ったのです。うつぶせで倒れておりまして、赤い血が胸とお腹あたりを染めていました。大変だと思い、携帯を持っていたので一一〇番と一一九番に連絡した次第です」 七〇歳代と思われる、かなり高齢の店主は、落ち着いてはいるが、興奮冷めやらぬ表情で答えた。その風貌は、アクセサリーを扱っている店の煌びやかさと対照的だ。「不審者は目撃しませんでしたか? 挙動不審なものです。」「いいえ、とくには」と君浦堂後は答えた。「ご存知の方ですか?」「いえ、あの」 曖昧な返事が返った。「銃声のような音はしませんでしたか」 山座一課長が、全員に聞いた。女性を救急病院へ運んだ救急隊員から、「拳銃で撃たれたようです」と聞いていた一課長は、犯行は拳銃だと確信していた。 店主は首を横に振ったが、かわりに若い男性が証言した。髪の毛をグレーに染めている。「鈍い衝撃音が聞こえました。雑踏の中なので、見たわけではありませんが」 と恐る恐る答えた。他の数名も首を縦に振った。「消音銃だな。白昼堂々大胆な手口だ」 一課長の山座順次はつぶやいた。と同時に、この事件の根深さを直感した。「鈍い音はどこからでしょうか?」 山座はすかさず聞いた。「狭い路地で音が反射したのでしょうか、方角はわからないです。この路地全体に響き渡った、共鳴したような感じです。この前、総理大臣が大阪の漁港で模造ガンのようなもので狙われたじゃないですか。テレビで見たのですが、漁協の建物全体に響いていたような、あんな感じでした。反響音というか・・・」 別の女性が答えた。この現場の路地は、二階建ての建物や店舗がひしめき合っていた。目撃者の答えは、なるほどと思われた。「このブレスレットは、お店のものですか?」 倒れた女性が右手に握っていたブレスレットを、上司山座の指示で、白いハンカチに包んだ女性刑事科野は、このブレスレットを店主に見せて聞いた。あとで指紋の採取があるので、白い布にくるまれた金色の華奢なブレスレットを見せた。 「はい、うちで扱っている商品でございます」 店主は答えた。山座一課長は、この店主が昔テレビなどで活躍していたタレントだということを知っていた。しかし、そのことには、この場では触れなかった。警戒されても困る。山座一課長は、このアクセサリー店の店頭付近をロープで封鎖して、鑑識課に現場検証をするように命じた。すでに、どこから聞きつけてきたか、報道各社、メディア関係者が大勢集まってきた。それぞれ、ハイエナみたいに、独自に聞き込みをやっている。山座は、あえてハイエナたちの取材を規制しなかった。メディア関係には「事情通」が多い。彼らを利用しない手はなかった。 渋谷駅では、駅周辺の懸案の再開発事業が着々と進み、東京の新しい求心地域への発展を期待する声が、日に日に高まっている。計画されているリニア中央新幹線の始発駅、品川にも近い。すでに、二つのプロジェクトが完成し、七つの事業も進行している。渋谷スクランブルスクエア、渋谷フクラス(二〇一九年十一月開業済)、渋谷駅桜丘口地区( 二〇二三年度竣工予定)、渋谷二丁目十七地区(二〇二四年度竣工・開業予定)、渋谷ソラスタ(二〇一九年三月竣工)、渋谷ストリーム(二〇一八年九月開業済)がそれだ。一連の開発事業の受注に関連して、激しい競争が行われたが、オリンピックやコロナ禍の雑音の中で、あまり表ざたにはなっていない。原宿・竹下通りで起きた血なまぐさい事件と、大手ゼネコンによる再開発事業とが関連していようなど、誰も知る由もない。 昔から、青山通り、道玄坂で東京の商業空間をリードしてきた地域だけに、そこへ再開発の効果が加われば、周辺に位置する大学としては、学生の獲得の好機になるはずで、西教大学とても、大学当局の期待感は大きくなってきた。進学先の大学とアルバイト、遊びとは密接に関連している。今から二〇年ほど前に、この地に開学した西教大学も、後進の大学につきものの低評価(BF ボーダーフリー)を克服し、一流大学とまではいかないにしても、相応の地位を確実にする好機であるに違いはなかった。 この大学は、もともとエンタメ系の専門学校が大学に昇格したもので、学長がかつて一世を風靡したアクションスターであり、今も二足の草鞋とはいえ、映画と大学教育を兼ねた有名芸能人であった。しかし、新参者の経営する大学は、好立地条件にもかかわらず、定員割れ寸前、今後失地挽回が望まれる瀬戸際にあった。 野原すみれも、他の仲間と同じように、アイドルスターを目指して西教大学のエンタテーメント・ビジネス学部に入学したのだが、 大学三年にもなると、「現実と理想の狭間」がわかるようになり、アイドルスターの目標が 、しだいに遠のいて行くのを感じ始めていた。オーディションに応募はしてみるのだが、いつも書類選考で落とされる。 「すみれ、何やっているんだ?」 同じゼミの男子学生が、校舎の裏にある池のほとりのベンチに腰かけているすみれの背中に呼び掛けた。「原宿で殺人事件があったみたい」 すみれは、振り返りゼミ生に憂鬱そうに言った。「なんだ、またミステリーに凝ってるのか?」 下田健は、野原すみれをからかうように言った。すみれは、最近、将来の目標を失いかけていて、推理小説に凝っていた。「何だとは何よ? それが先輩に言う言葉? 最近の若い者は、これだからしょうがない。すみれさんと言いなさい!」と、すみれは言い返した。「それって、先生の口癖だろ。すみれさんも更けたな」 下田健は、先輩に言い返した。「竹下通りで、殺人未遂事件があったみたい。いやだわ」「僕も、探偵事務所の先輩から聞いて知ってる。先生に報告しよう」 下田健は、すみれのスマホの画面を見て言った。下田健もまたミステリー好きだった。
2025.03.01
アイドルスター殺人事件 ―欲望のスポーツ・エンタメ資本主義(仮題)- 瀬川 久志 主な登場人物 山座順次:警視庁捜査一課長科野百合:同刑事仲村輝彦:西教大学教授野原すみれ:学生下田健:学生桜川解久:私立探偵Yuari(湯沢亜里沙):ブリリアント・スターズ所属、アイドル、Akiko:同アイドル、アクセサリー店主:君浦堂後ほか 第一話 雑踏の中の静寂 この小説はフィクションであり、登場人物および場所、地名、固有名詞などが実在するものであっても、それらとは何ら関係がないことをお断りします。また生成AIの助けを借りて作成しています。どのような利用をしているのかについては、物語が完結した段階でお話しします。前置きが長くなりますが、この推理小説は、将来エンタメ系ビジネスの書籍化を目指しており、その加減で小説としての風味が多少硬くなっています。この点もご了解ください。 また劇場やテレビでのドラマ化も目指しますが、それはかなわぬ夢でしょう。なおこのブログは完成次、紙の書籍化を計画しています。書籍は縦書きを予定しているので、数字が漢数字になっています。これも了解ください。では始まります。 東京は原宿二〇二〇年正月明けに始まったコロナ・パンデミックが、およそ二年半の大流行を経て、二〇二三年の五月になり、五類相当のインフルエンザ並みの感染症に格下げされた。オリンピックムードに沸いていた三年前に戻ったのだ。世界中の人々と同じく、この時を待ちに待っていた日本の群衆は、この時とばかり、観光地を目指して動き始めた。芸能界は東京都知事の「stay home」の掛け声の影響を受けて、ライブやコンサートが相次いでキャンセル、ほとんどの芸能人が仕事を失い、露頭に迷い始めた。感染初期に、お笑いの志村けんが、ガールズバーで感染し、命を落としたことのショックが大きかった。スターを夢見て、活動中のアイドルたちも行き場を失い、夢をあきらめるものも続出した。足の引っ張り合い、誹謗中傷、離婚、ドラッグに逃避する者も続出した。そして2024年夏、新型コロナの脅威をほぼ脱した世界は、インバウンド、アウトバウンド双方入り乱れて、オーバーツーリズムの渦の中にある。日本はい言えば、旧統一教会との腐れ縁をなんとか乗り切ったかと思いきや、またぞろパーティー券販売収入を裏金として蓄え、野党と国民の追及にあって、のらりくらりとかわすさまは、新型コロナの嵐が過ぎ去った日本列島に降りかかる悪魔の影と映る。アメリカでは、大谷翔平の通訳兼付き人の水原一平が、とばくですった借金二十八億円を、大谷の口座から無断で引き出し、借金の返済に充てた事件が発覚した。この間、我が国のスポーツ・エンタメ業界では、ジャニーズ事件に始まり、吉本興業の松本人志、サッカー界のスターの女性芸能人に対する強制わいせつ疑惑、映画監督による超破廉恥芸能人志望女性に対する、野獣とも思わせるわいせつ、まあよくもこれほどまでとため息が出る事件が続出している。この小説は、こうしたスポーツエンタメ業界に深くしみ込んだ事件を取り扱ったものだ。 韓国では、今年になってから、群衆が細い路地の商店街に押し寄せ、大勢の若者が圧死するという痛ましい事故が起きた。梨泰院(イテウオン)158人圧死事件は、まだ記憶に新しい。その悪夢から冷めやらぬ二〇二三年五月の大型連休は竹下通り。ここには、芸能人が経営する「タレントショップ」が点在する。出店は、平成初期に集中したように記憶している。一九八〇年代から九〇年代にかけて、タレントのオリジナルグッズが大量に売られていた。 お目当てのタレントショップを目指す若者で、文字通り立錐の余地もないのがメイン・ストリートだが、一つ脇道へ入ると、やや閑散としている。この通りは「エリーゼの小径」と呼ばれている。どこからともなく、絹布を引き裂くような女性の叫び声が上がった。有名芸能人に出会えるのではとやって来る来訪者も多く、この叫びは歓喜の叫びともとれる奇妙なものだった。実際、竹下通りでは芸能事務所のマネジャーが、素人をスカウトする習慣が古くからあり、いまだにその習慣は残っている。 渋谷もそうだが、ここ原宿でスカウトされて、有名になったタレントには、横浜流星、本田翼、佐藤健、山﨑賢人などの男性から、吉高由里子、小松菜奈といった女性がいる。そういうことから、竹下通りには、スカウトされる機会をうかがっている通行人も多いと聞く。タレントの卵や売り出したばかりの新人も大勢集まってくる異色の空間なのだ。中には事務所の力不足で、芽が出ないことから事務所替えを目的に、通りを彷徨っている者もいる。 とはいえ、オーディションが盛んにおこなわれる今、スカウトは減りつつあるのが現実だ。しかし、オーディションに出てくる「色」のついた素材にない、未知の魅力を秘めた生の「物件」を求めて、スカウトマンが目を光らせているのも現実だ。エンタテーメント業界は、既存の業界の省力化、海外進出、IT化によって雇用の受け皿が減っており、他方、大卒人口の増加によって、人員の吸収力を増加させており、多様なスポーツ産業の活況によって、若者が好む魅力の仕事として急成長を見ている。これは世界的な流れだ。エンタテーメント産業は、スポーツ産業も含めて日本でも急成長産業なのだ。 そういうことだから、若い女性の黄色い声が上がったとしても、不思議ではない。通行人は、さして驚いてはいないようだった。駅前から幹線道路の明治通りへ続くメインの通りが動脈だとすると、この動脈から分かれた細い静脈を少し進んだ、小さなアクセサリー・ショップの前に、血を流した一人の若い女性がうずくまっていた。 このアクセサリー・ショップは、芸能人が経営する人気のショップだった。経営者の男性は、時々テレビに出演していた。コロナ禍の中で、人通りが少なくなり、一時店を閉めていたが、最近開店した。血染めの白いスカートが、凄惨なミステリー事件の始まりを告げていた。この奇妙な静寂は、コロナ感染での蜜圧と対照的に、妙に静まり返っていた。アクセサリー・ショップの店主の連絡から、パトカーの到着まで一〇分とかからなかった。複雑怪奇かつミステリアスな事件は、こうして始まった。 (注)この推理小説は、著者が著した『芸能界の黙示録 三密を巣食う新型コロナの呪い』(Amazon、ペーパーバック、 2022年)と『スポーツ・エンタテーメントの経済学』(Amazonペーパーバック、2022年)の二冊の書籍にもとづいて、推理小説として企画したものです。 著者が、この推理小説の冒頭に「竹下通り」を設定した理由は、以上のようなエンタメ空間だという理由からだけではない。余計なことを書くようだが、筆者は大学卒業後この竹下通りにある京都西陣の帯問屋・三京に勤めた経験があり、歯医者にも通った懐かしい場所であり、その帯問屋は環状七号線沿道に引っ越したのちも、懐かしさから、竹下通りにはよく遊びに行った経緯があるからだ。そういうことから、この推理小説は原宿竹下通りから始まる。
2025.02.28
ZEN大学が新たに通信制課程の大学設置に許可が出て、この4月から開学とのことです。定員は最初5000人と言っていたのですが、3500人になり、それでも3000人の志願者が、1月末の時点で合格になったようです。我が大学のことはあまり詳しくは言えないのですが、志願者は全く低調です。 私は、通信制課程で経済学をはじめ、マクロ・ミクロ経済学、環境経済学、地域経済論の5科目を受け持ちます。教材は動画が中心ですが、紙の教科書も準備しており、これがなかなか大変です。しかし、ミクロ経済学では「ゲーム理論」を詳しく盛り込む予定で、囚人のジレンマのビジネスや経済・政治への応用はなかなか面白いです。 Rakuten Blog はしばらく離れていましたが、まだサービスを続けているようなので、暇を見つけて書き込みをしますね。感想やご意見をいただければ幸いです。民間企業ではリスキリングのための研修が盛んで、政府の補助金もついて、AIの力を借りたメニューづくりが活発のようです。我われ大学関係者も民間向けに豊富な知識と経験を生かして、頑張らなければならないと思います。何かお手伝いできることがあればお気軽にお尋ねください。(2025年2月27日)
2025.02.27
Today I would like to talk about Japan's surrender memorial day. In the United States, it seems that the war ended in September 1945 when Japan accepted the Potsdam Declaration and the Allied Forces came to Tokyo Bay in September. Many foreigners may not know that August 15th is the anniversary of the end of the war, the day when His Majesty the Emperor of Japan declared the end of the war to the Japanese people on August 15th. Even though the formal surrender document had not yet been signed, the emperor declared that Japan had lost the war. I was born after the Pacific War ended, so I don't know the details, but the war must have been with the Emperor. Therefore, many people broke down in tears when they heard the words of His Majesty the Emperor. On the battlefield, many soldiers shouted, "Hurray for His Majesty the Emperor," and died in the battle field. In order to protect his family and the emperor system, soldiers who were not yet 20 years old flew into the enemy fleet in planes called Zero fighters. This is called a special attack, as you all know it. General MacArthur, who came to Japan, took into consideration the Japanese emperor system and did not make the emperor a war criminal.The end of the war was signed on the battleship Missouri on 2 September. I think this day is the anniversary of the end of the war.
2022.08.13
How do you do. Nice to meet you, my name is Hisashi Segawa, and I teach economics at a Japanese university. From the perspective of social contribution, I sometimes speak to Youtube about various topics. Today I would like to talk about the dropping of atomic bomb in Nagasaki in Kyusyu Japan. It is said that the reason why the atomic bomb was dropped in Nagasaki Japan next to Hiroshima was that it was originally planned to be dropped on Kokura city Kyusyu, but the munitions factory in Kokura was covered with artificial smoke screen, so the drop point was not visible from the windows of airplane.The B-29 suddenly changed plans and headed south, and when it went over Nagasaki, I don't know if it was the second candidate site, but an atomic bomb was dropped over Nagasaki city.The skies over Nagasaki were covered in clouds, just like Kokura. And the fuel of b-29 is barely getting back to the base in Okinawa, so if they don't drop the atomic bomb there, it's an lose of atack opportunity. There would have been no damage to Nagasaki if atomic-bomb atack had been given up and the b-29 returned, but the nueclear bomb atack was probably the priority goal.The atomic bomb was dropped on Hiroshima on August 6 and Nagasaki on August 9. What was the Japanese military doing during that time? It was a national policy from the standpoint of maintaining the emperor system that the coming decisive battle on the mainland was unavoidable. It can only be said that it is reckless. Wouldn't things have been different if the de facto declaration of defeat had somehow been delivered to the American Pacific Military? The atomic bombing of Nagasaki could have been avoided. The defeat of Pacific War had already begun when the U.S. Pacific Fleet took control of the Philippines. So it can be said that the victory or defeat was already decided. After that, it was to buy time. I guess they were hoping that the Soviet Union would intervene by buying time. But this is my personal opinion. In any way, Russia is now using the nuclear threat to blackmail not only Ukraine, but all of the Western countries that support Ukraine. In any way, the droppings of the atomic bombs on Japan help avert and end the war on the Japanese mainland. In addition to the Ukraine crisis that could lead to the use of atomic bomb, the Taiwan Strait is in danger. A nuclear bomb that has not been used for nearly 80 years may possibly be used in the near future. Such a situation must be avoided at all costs. I hope that this video will be of some help. Thank you.
2022.08.07
安倍元首相が、7月8日、参院選挙の応援演説中に、奈良県の駅前演説会場で、個人的に恨みを抱いているとみられる、山上容疑者(41、無職)の凶弾に倒れ死亡した。容疑者は、母親が宗教団体によって破産に追い込まれたとして恨みを抱いていたと伝えられている。 この宗教団体が、あの統一教会だとする報道もあり、この宗教団体に安倍元首相が関与していると思い込んで犯行に及んだようではあるが、事の真偽のほどは定かではない。山上の自宅マンションでは、3月ころには散弾銃を3丁作っており、試し打ちも行っていたようである。6発を同時に発射できる散弾銃だったようである。安倍元首相を血祭りにあげて、さらに別の人間を狙うつもりだったのか、これも定かではないが、可能性としてはないではない。 この件をいち早く取り上げたのが「現代ビジネス」なのだが、まだ全体的に推測の域に過ぎない。統一教会との関連については、同誌は「統一教会と安倍が親しいので狙った。殺してやると銃を持ち出した。ネットで毎日、参院選の予定を調べていて、奈良にきたのでチャンスだと思った」「政治的な意味合いで狙ったのではない」「自宅でこれまで、拳銃、爆発物など複数作っていた。インターネットなどから、調べて作った」と紹介している。 動機についてはまだまだ不明な点が多いが、輪郭は見えてきた感じだ。本稿執筆は参院選投票日の夕方に行っており、詳細については、投票行動に影響を与えるかもしれない。出てくる情報も限られているのかもしれないし、ここではこの程度にとどめておくことにしたい。しかし、事件の評価は、森友問題、加計問題、桜を見る会の問題とのかかわりでの指摘も行わざるを得ないだろう。参院選の結果を待ってから言及したい。(2022年7月10日)
2022.07.10
母 青い空 西の空にも お月様母は父が亡くなったあと、気持ちの整理が着いたのか、俳句を始めました。この本の題名は「続母 青い空 西の空にも お月様」となっているのですが、「続母」というメインタイトルは、以前に「母」というメインタイトルの続編です。続編ということは、もうお分かりかと思いますが、「母」を書いたのが2016年の秋、それから6年が経過し、残念ながら母は93歳で永眠しました。私は、いま悲しみの極みにいますが、この6年間のことを思い出しながら、筆を執っています。命日は2022年2月17日、朝早く私の両手の中のやせ衰えた温もりのある手で、わずかに握り返しながら、息を引き取りました。午前9時45分頃のことでした。病院の窓の外には、春まぢかの空から白いものがちらほらと舞い落ちていました。 その日の夜、何気なしに空を見上げると、月あかりを遮った鉛色の雲が裂け、一匹の竜が現れたかと思うと、雲の合間を縫うようにかき分けて、体をくねらせ、天へ向かって登っていくではありませんか。あっけにとられてみていると、巨大な竜は雲の合間に消え、その間から月が現れ煌々と照り始めました。垂れこめていた暗雲も半分くらいは消え去り、安置された寺院の上を照らしました。目の錯覚かな? とは思いましたが、このことについてはまたあとで触れたいと思います。2月20日、私は母のお骨を抱き、供養をするために、静岡県藤枝市の自宅に戻ってきました。母は、93年間住み慣れた故郷を出て、私のもとへ引越ししたのでした。この本「続 母ーー青い空 西の空にも お月様」は、こういうエピローグから始まります。 なぜ楽天ブログを使うというかというと、このブログは定置されたパソコンでも、タブレットでも、またスマホでも、気軽にアクセスして書き続けることができるからです。また、母のことを知っている人に見てもらえるかもしれません。スマホのgoogleには音声認識入力装置があり、またyoutubeで文字起こし機能を使って文章に変換することもできます。 私は、大学教授、今は愛知県の名古屋産業大学で経済学を教えています。別に、母と追悼の書を書くなどと約束したわけではありませんが、母は生前私の書いた本をよく読んでくれました。この本ももちろん母に読んでもらうために書きます。もちろん暇つぶしにです。いや、天国には父が待っているので、父と一緒に読んでくれるかもしれません。ですから、父の悪口は書けませんね。(2022年2月20日 続く) 西の空にもお月様さて、「青い空 西の空にも お月様」という句なのですが、これは母が詠んだ俳句です。確か、父がなくなってから間もないころ、まだ母が寺院にいた頃のことです。住職の父が亡くなったのは、平成二四年一月二十七日でした。その数年後でした。妹から、母が俳句を発表するので選んでやってくれないかという連絡があり、母のもとを訪れた時のことでした。 色々見せてもらって、ふと目に留まったのがこの句でした。私は俳句や川柳は素養がないのですが、何とはなしにこの句に惹かれるものがありました。時々テレビで俳句や和歌の番組を見るのですが、そこで披露される「良し悪し」の評価ではなく、「直観」で「アッ」と思ったのがこの句でした。「月」といえばふつうは夜空に浮かぶ「まん丸お月様」「三日月」「下弦の月」などです。私も詞と曲の創作をやるので、月は素材によく使いました。色は黄色、青い、などをイメージします。白い月は使ったことがありません。 母の句を見た時、ああ昼間に空が青いころ月は出ているんだと、まずハッとしました。昼間はふつう私たちは仕事や遊びで空は見上げません。中秋の名月のように月は夜空にあるものなのです。母はどこでこの月を見たのでしょうか? それはわかりませんが、普段お寺にいることが多い母ですから、境内か墓地かもしれません。でも、どこかへ出かけた時かもしれませんし、過去の記憶にある月かもしれません。母は農家の出身なので、畑でかもしれませんし、若いころの高校への通学・下校の途中かもしれません。それはともあれ、私は「この句がいいね」と母に告げて、「西の空にもではなくて、空にはのほうがいいのではないか」といったところ。「ああそうか」となにか感心したようでした。私はその後、この句のことが気になっていて、つい最近のことですが、俳句をやっているという人に、「空にはと空にも」のどちらがいいのかと聞いたことがあります。そうしたら、句を詠んだ人の心の動きが「も」になったのだからそれでいい、というようなことを言っていました。なるほどと思いました。 母は、きっと私たちと同じように、毎日忙しい思いで仕事をして、昼間に空を見上げる余裕などなかったに違いありません。いや、昼間にも月が空にあることは知っていたに違いありません。夫が亡くなり、花や、俳句、習字などの趣味に生きがいを見つけて暮らすようになって、このように月をめでる心のゆとりができたのでしょう。方言ですが、「ああ、お月様は昼間も出とるんじゃな、なんで白い色なんじゃろうか。変じゃなあ」などと感じ入ったのではないでしょうか。標準語では「ああ、お月様は昼間も出ているんですね。なぜ白い色なのだろう。変だね」となります。母は、この時、もう八十を過ぎていました。 私は、2月19日に母の葬儀と骨拾いが終わり20日の日曜日に藤枝市へ帰ってきましたが、遺骨を居間に安置しました。22日の朝、何気なしに空を見上げると青い空の西のほうに、上ってきた太陽に照らされて浮かぶ月がありました。母はきっとこのような情景の月を見たのだと思います。時間は様々でしょうが、私も母を私の自宅に安置できた安ど感からしばし月を愛でました。 こうした月を残月、残り月、有明の月というのだそうです。有明の月を読んだ和歌は多いのですが、私は百人一緒にも残されている「ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば ただ有明の月ぞのこれる」という歌が好きです。有名な和歌なので解説は必要ないと思いますが、母もこのような情景で月を眺めたのでしょう。「青い空 西の空にも お月様」私は今、母の一周忌に母の本を出そうと思っていますが、その本の副題にこの和歌をつけようと思っています。(二月二三日 続く) 孫の弔辞 母には「陽平」という孫がおり、もう四〇代のおじさんになるのですが、葬儀で弔辞を読み上げてくれました。まず、それを記しましょう。「皆様、本日は大変寒い中、祖母、瀬川冨美子の葬儀に足をお運びいただき誠にありがとうございます。2月17日に亡くなり、通夜、葬儀とつつがなく執り行うことができ、故人も喜んでいると思います。 祖母は二〇二一年の八月ころに体調が悪くなり、ほぼ半年にわたる入院生活の末に亡くなりました。 最初は冗談も言えるくらいではありましたが、次第に全身が衰え、喋れなくなり、享年95歳、大往生かとは思いますが、半年の入院は恐らく本人も初めてであったろうし、何より喋れませんから、人知れず辛いこともあったのではないかと思います。皆様におかれましては、どうか故人の冥福を祈っていただきたいと思います。 祖母は昭和3年生まれ、1928年、世界恐慌から日中戦争、大東亜戦争、そして終戦と大変厳しい時代に育った人間です。物資の不足は身に沁みついていたと思われますし、また農家の生まれであるため、私は幼いころから食べ物に関して非常に厳しく躾けられました。そして倹約家であり、料理に使う油も真っ黒になるまで再利用していました。それを使ってよく作ってくれた、黒ずんだコロッケが懐かしく思います。 一方、祖父との仲は残念ながら、傍らから見てハラハラするものがあり、私が成人してからですが、祖父についての愚痴をよく聞かされました。祖父はねずみ年で、祖母は辰年だったのですが、干支を引き合いに出して「ひねりつぶしてやる」とおっしゃっていたのはおかしかった。ひょうきんな性格でもありました。 しかし、祖父が亡くなるときは大変悲しんで、それからは良い夫であった、早く祖父に会いたいというのですからおかしなものです。祖父はやや偏屈な人間でしたが、あれで祖母に構って欲しかったのです。 私は故人の孫で本年45歳になりますが、これほど長くお付き合いできるとは思いませんでした。大変寂しいですが、あの世で祖父と仲良く過ごしてください。また会いましょう。」 葬儀の司会者は、「お棺のほうを向いてお願いします」と促したのですが、陽平君は「弔辞ということですが失礼します」と断って、参列者のほうを向いて原稿を見ながら喋ってくれました。多分母へというよりも参列者へ聞いてもらいたいという意図なのでしょうが、真意はわかりません。何度も言葉に詰まりながら一生懸命に原稿を読み上げてくれました。 私は、言葉の一つ一つに頷きながら聞きました。そして、葬儀が終わってから「一周忌の弔いに本を出すので原稿が欲しい」と言うと快く渡してくれました。上の引用文がそれです。私は、納骨の時に、この弔文を一緒に入れてやろうと思います。天国の父と一緒にきっと喜ぶと思います。陽平君のことは前著の『母』に詳しく書いているので、ここでは繰り返しませんが、とても面白い子です。母にとっては初孫と会って大変かわいがり、私もよくあちこちへ連れて行ったものです。おばあちゃんも、お棺の中でさぞかし嬉しかったでしょう。(二月二五日 続く) 母の臨終 昔から臨終のとき、死に際、最後のときのことを「今際の際」といい、それに立ち会うことを「看取る」といって、残されたものへの勤めのように言い伝えてきました。母の臨終は2022年2月17日でしたが、15日の火曜日の昼ごろ、「血圧が低下しているので、家族に知らせなさい」というドクターの指示で、妹から電話がありました。 即座に車で駆けつけることもできたのですが、翌日16日の火曜日に病院へ直行しました。母はベッドで大変息苦しく、「ハーハー」と大きな息をついて、唇をぬらしてやると、なめるようなしぐさを繰り返し、小康状態になるという繰り返しでしたが、だんだんと呼吸の力が落ちてきました。時折眉間にしわを寄せて苦しがるのが、かわいそうでした。 翌日17日、私は朝早く病院へ行き、母の顔をベッドのそばから覗き込むと、昨日よりも呼吸の力が弱くなっているのがわかりました。昨晩は、母の手を握り締め「僕だよ、分かるか、がんばれ」と声をかけると、必死になって目を開けようとして、私のほうへ顔を傾けて「どこだ」と探しているようでしたが、9時45分ごろ、自然に呼吸が止まりました。それでもその後2,3回、かすかな呼吸をし、ついに吸う力が途絶えました。 何の苦しみもなく、あとには穏やかな表情が残っていました。両目の目じりに小さな涙が浮かんでおり、私の人差し指で涙をぬぐうと、また後から小さな真珠のような涙がにじみました。また拭いてやりました。「いままでありがとう」と言っているようでした。私は「あとから行くからね」と言いました。母は、私が枕辺に来たことに安堵して旅立ったのでしょうか? それは母に聞かないとわからないのですが、母はもう口を利くことができません。母の臨終は、2022年2月17日午前9時51分、死因は老衰でした。母の最期を看取ることができたのが、何よりもの親孝行だったと思います。(二月二八日 研究室にて) 母が急に衰え始めたのは、三年くらい前からだ。一週間ほど入院していた母が退院した。白血球が減少していたということで、生理食塩水の点滴で様子を見ていたが、どうやら風邪だったようだ。何月だったか、23日から26日まで津山駅前のアルファワンに滞在し、史跡の訪問の合間に病院へ行っては、話し相手になってやる。「お寺に帰りたい」「○○は優しい」「○○はどうした?」「大学が忙しいのか?」等が口癖で、記憶が堂々巡りをする。思考に一貫性がなくまだら模様で堂々巡りをする。 私の息子夫婦に子どもがいないことを気に掛けもする。私が二〇一九年度末で定年を迎えたことは知らせており、4月以降も出身校の東海学園大学と名古屋産業大学の非常勤で、たくさん授業を持っていることも母には話してある。それでも「小遣いはあるか?」などと気を使う。本音を言うと、定年退職のあとは働くつもりはなかった。もううんざりというのが正直なところだ。しかし母親の手前、ぶらぶらして「小遣い」を貰う身にやつしたくはないから働いているのが本音だ。母親の前では、いつもかっこをつけていたいのだ。高倉健がやはり『あなたに褒められたくて』(集英社、一九九一年)という母親の追悼本を出版しているが、その中で、自分の俳優業は、母親から褒められるためにあったと述懐している。ただただ褒められたくて、一生懸命にやくざ映画で主演を演じたが、褒められるどころか「お前は切られる役ばかり、たまにいい格好としたかと思えば人を切る、そんな男に生んだ覚えはない。監督にもっといい役をもらうように言いなさい」とおしかりを受けたと、笑い話を載せている。でも、私の母親は息子の私のことを周りに自慢していたようで、デイサービスに入ったときも、車いすに座ってスタッフに「私の息子です。神戸大学に勤めているんです」と言っていました。これは何かの間違いで、私は静岡大学法経短期大学部から、愛知県の東海学園大学へ移り、今は名古屋産業大学にいるのですが、いつの間にか神戸大学になってしまい、思わず笑ってしまいました。私のキャリアは、母の頭の中でごちゃごちゃになっていたのでしょう。それで、ついよく知っている神戸大学になったのでしょうか、それとも、へぼ大学よりも一流大学教授として格上げしてくれたのでしょうか? 母にはこういうひょうきんなところがありました。 二〇一九年のブログはこう綴っています。私の声も加齢でだんだんしわがれてだみ声になっていく。母には聴こえずらい低周波で、大声を出せば聞こえるというものではない。少しオクターブを上げると聞こえるようだ。だから大事なことは筆談にする。米とソーメンを送るというから、紙に米とうどんを送るように書いておいた。(二〇一九年八月二七日、二〇二二年三月加筆) 私と母に残る思い出の歌 母は二〇二二年二月一七日、帰らぬ人となりました。ちょっと余計な話になるのですが、私は母が歌を歌うのを聞いた記憶があまりないのです。周りの者に聞くと、でも、結構歌は歌っていたよと振り返ってくれるのですが、私の記憶の中には、あまりその場面が焼きついていません。ただ、いつだったか、カラオケをみんなでやった記憶があって、マイクを握って歌っていたことは、微かに記憶があります。でも、歌った曲までは覚えていません。 私が小学校の低学年のころ、春日八郎の「お富さん」という歌がはやっていて、母の冨美子のお富さんということで、私はラジオから流れてくるその歌声に合わせて歌っていました。そんな時、母も一緒に歌っていたように記憶しています。「久しぶりだなお富さん」という歌詞が途中にあります。それで、お客さんが玄関で母に「お久しぶり」とあいさつすると、私はよく「久しぶりじゃない、おばあやんぶりじゃ」と口答えしたそうです。なぜなら、私は「久志」という名前だからです。 高学年のころには島倉千代子の「からたち日記」がはやっていて、台所のラジオから流れる歌声に合わせてよく歌っていたように思います。「こころで好きと叫んでも・・・・・・」という歌詞です。小学生の私にはちょっと成熟な歌詞なので、これを歌う母が大人だという実感を持ったものです。私も、島倉千代子の歌の中には好きなナンバーがいくつかあるので、今も彼女のCDを車の中で聞いては、母のことを思い出します。 私が高校一年生になったころ、橋幸夫、舟木一夫に続いて西郷輝彦が「君だけを」でデビューし、大ヒットしました。台所のラジオからよく流れていたので、母も覚えたらしく、私とよく歌ったものです。「いつでもいつでも君だけを・・・・・・」という曲です。すでにご存じかと思いますが、西郷輝彦さんは10年ほど前に前立腺がんを患い、長らく闘病生活を続けていましたが、母の死の三日後、二月二〇日に再発でなくなりました。何か因縁めいたものを感じるのですが、考えすぎでしょうか。私はこの世で最愛の人・母と好きだった西郷さんを同時に亡くしてしまいました。でもこれは致し方ないことですね。 私も八年前前立腺がんと診断され、ダビンチによる全摘手術を受けました。病院では、抗がん剤や、放射線治療、重粒子線治療も提案されていて迷っていたのですが、たまたま母のもとへ帰ったときに、「悪いところは切ってしまいんちゃい=しまいなさい」と一刀両断のアドバイス。それで私は全摘手術を受けたのですが、甲斐あってか八年経過して再発は見られません。 西郷輝彦さんの場合は、十年後に数値が急上昇、死に至りましたが、全摘手術を受けてよかったと思います。西郷さんの場合は、確か腹腔鏡手術だったと思いますが、私の場合はダビンチできれいに切除できたのがよかったのだと思います。腹腔鏡手術を受けた間寛平も旧天皇陛下もまだ健在です。西郷輝彦さんは本当に気の毒でした。ご冥福を祈りたいと思います。 話はもとに戻りますが、私は母が西郷さんの「君だけを」をよく口ずさんでいるのを記憶しています。今も、時々この歌をYoutubeで聞くのですが、母のことを思い出します。私は中学生のころからギターに興味を持ち、小遣いをためてギターを買い、ギターに合わせてよく歌を歌いました。もちろん七十歳を過ぎた今でも歌は歌い続けています。詩を書いてソフトで作曲編曲ができるので、これを動画に合わせてYoutubeにアップできます。「君だけを」はカラオケ曲があるので、母と西郷さんの供養に、君だけををアップしたいと思っています。天国で母は聞いてくれるでしょうか?(二〇二二年三月二日)母が九一歳の時、今から三年前の時のことです。私はブログに次のように記しました。私の母は九一才。私の年の七一を足すと一六二。昭和と平成を生き、令和の時代も悠々と生きている。血圧を下げるクスリを飲んでいるらしいが、それ以外はとくに健康不安はない。ただ、ちょっと足が悪いので、移動の時は車いすに頼っている。 私の父は他界したので、足し算の仲間には入れない。私の妹の七十を足すと二三二。実は母には育ての娘がおり、彼女は私の従姉なのだが、その年七五才を足すと三〇七歳となる。西村正子といい、嫁いだ先の倉敷に住んでいる。 私は母を題材にして二冊の本を書いた。『青空が輝くとき』と『母』の2冊だ。電子出版でも書いた。それらの本を書き終り、もう思い残すことはない、母について書いておかなければならないことはすべて書い、と自分に言い聞かせ、安心しきっていた。 ところが。妹の延子が言うには、一年前に生まれたひ孫が「大学へ入るまで生きる」、と言っているそうだ。九一に大学入学の一九を足すと一一〇、私は九〇になっているー果たして私は生きているだろうか? でも九〇まで生きたとしたら、あと二〇年はゆうにある。二〇年は長い。 将来のことは一寸先は闇、あれこれ思案してもしょうがない。ただ、はっきりしていることは、母については、もっともっと書いておかなければならないということだ。書いておかなければならないことが山ほどあるということだ。 その母が、延子と延子の次女、その長男と一緒に、私の住む静岡県の藤枝へやってきた。母は何度か私の自宅へ来たことがある。それなりに思い出もある。その思い出のアルバムに、二〇一九年八月のことを記すことができてとてもうれしい。私の自宅は狭いので、駅前のホテルに泊まってもらった。翌日、静岡市の浅間神社を案内して、静岡駅から新幹線で、岡山県の津山市へ帰っていった。母親と、もう一緒に歩くことは無理だが、たとえ車いすでも、連れ添って歩けることに無上の喜びを感じた。(2019年8月18日 二〇二二年三月三日追記) 母の家柄は小庄屋 母の葬儀は、二月十九日に妙勝寺で行われました。この妙勝寺が母が十九歳の若さで嫁いできた寺院です。宗派は日蓮宗です。母の出自や太平洋戦争のころの生活、そして嫁いでからの波乱万丈の生活ぶりと人生については前著『母』(ヴイツーソリューション)で詳しく述べました。ここでは、葬儀に来てくれた母の実家の後継の甥にあたる人・喜一君に聞いた話で紹介します。母は、寺院の至近距離にある農家・江見家に長女として生まれ、妙勝寺の次男で満州から帰って来たばかりの瀬川一行と、昭和二十二年六月に結婚しました。翌二十三年八月に生まれたのが私です。 母の実家は太平洋戦争前、自作農でしたが、遡ると江戸時代津山松平藩の下級家臣だったようです。これは家計に詳しい江見喜一君の言葉です。津山藩の下級武士で名字帯刀を許され、農地を所有する自作農として、太平洋戦争後も営農を続けてきました。母親の祖父は、そういう家柄であったため太平洋戦争前は、市会議員に立候補、短期間ではありましたが、市会議員の身分であったようです。従って、妙勝寺は決して格の高い寺院ではなかったものの、仲人を介して嫁ぐに十分な家柄であったわけです。江見喜一君は自慢げに家柄を私に語ります。 母には小庄屋としての家柄であり、その血が流れていました。私は、この話を母からよく聞かされており、母の実家が至近距離にあったため、子どものころからごく自然に受け入れて育ちました。母は先祖代々百姓としての血筋を引いていたのでした。この農家の出自ということが、私の人生の初期を彩る性格規定要因でした。それは、私にも農耕人の血が受け継がれているのではないかということです。 このことはまた後で触れるとして、母はよく私に、「私は物心ついたころから、百姓家へ嫁に行くことに決めていた」と言っていました。妙勝寺へ見合い結婚というより政略結婚という形で嫁いだことが不本意であったのか、嫌だったのか、仕方なかったのか、そこまで具体的に教えてくれはしませんでしたが、太平洋戦争が終結して、男たちは戦地で死んで内地で女があふれていた時代に、もらってやると言うところがあったら、いやいやながらも行くのが得策であったようです。母は、たまたま妙勝寺の檀家から誘われたことがきっかけで、この需要と供給の不均衡の中で嫁ぐことを決めたわけです。私と妹は、そのような社会背景の中で生まれました。(二〇二二年三月三日) 父の時もそうでしたが、母が亡くなってから、残された子どもがしなければならないことは、母の遺産相続に関する法的手続きです。死亡届、住民票上の除籍、土地、預金、その他権利の相続・分割手続です。私の住んでいる土地には、母の名義が一部ありますので、相続人(者)の戸籍、住民票、印鑑証明、戸籍を取り寄せ、司法書士に依頼して手続きをしなければなりません。 詳細は人それぞれに違うのでい一概には言えませんが、大変な作業が必要です。母が亡くなったのが、二月十七日、それから約三週間をかけて書類を取りそろえ、残務整理を行いました。母が亡くなって悲しいはずが、悲しみどころか煩雑な手続きに忙殺され、疲労困憊します。涙など流している暇はありません。しかし、人が一生を生きたということは多かれ少なかれ、そのような経済的な痕跡を残すわけで、故人に代わって、抹消・相続する手続きをしてあげる必要があります。でないと、故人は浮かばれません。 ですから、故人の供養のためと思って、打ちひしがれた思いを必死でこらえて頑張るのです。 私は、妹が母が亡くなるまで面倒を見てくれたので、遠く離れた岡山県の津山市の寺院に納骨をすることは、ごく自然の成り行きなのですが、私が藤枝市に求めた墓地に分骨をして埋葬することにし、妹の同意のもとに、分骨証明書を作成してもらい、いま、私の部屋に祭壇を設けて、母の遺骨を安置しています。四十九日が来たら、寺院のほうへ出向いて納骨をする手はずになっています。 この寺院は大樹寺と言いますが、四月六日に納骨をすることになっています。寺院の境内には日蓮上人お手植えの松の大木があり、天然記念物になっています。いま、母の遺骨(分骨)はこの寺院での納骨を待っています。私は、母には藤枝市の寺院に墓地を求めたことは知らせていますが、分骨することは一切知らせておりません。いつだったか、母には、私が「がん」の手術を終わったときに、「再発して死ぬようなことがあったら、藤枝の寺院の墓地に入る」と言いましたところ、「馬鹿を言うな」と怒られたことがあります。 墓地を求めたのは、はっきり言って、大学に行くために母のもとを離れてから、母の人生の七十年間を離れ離れに暮らしたことの悔いを償うために、せめて死後は一緒に暮らそうと、私の自宅と生活の拠点である藤枝市に墓地を求めていたのです。それは、八年前のことでした。父の遺骨は、全部岡山県の津山市の寺院に安置されています。父は、僧侶でしたから、それでいいと考え、分骨はしませんでした。父母の遺骨を変則的に安置したことになりますが、このことに関しては、私の父、母に対する思いとともに、また後で述べたいと思います。 母の子どもは、私と妹の二人ですが、前著『母 昭和と平成の残像』に書いたように、実はもう二人の「子ども」がいた(る)のです。一人は、私が中学校まで一緒に暮らした西村正子(旧姓瀬川)、もう一人は、小島稔(故人)です。四人は幼少時代を一緒に暮らした事実上の兄弟(姉妹)です。このことは追って触れたいと思っています。(二〇二二年三月十三日 続く)江見冨美子と命名写真は母が生まれた岡山県津山市の昭和の初期のものと思われる市街地の写真です。向こうに見える山並みは中国山地、川は吉井川左(西)から右(東)へ流れます。写真中央部からやや東、こんもりとした山が津山(鶴山)城です。母が生まれた小田中は写真の左の方向、農村地帯です。出典:https://www.city.tsuyama.lg.jp/common/photo/free/files/8233/742_27(1).JPG津山郷土博物館 ここで、初めて私の母親のことに触れる読者のために、母親の故郷と名前の由来を記しておきましょう。母親は昭和三年、昭和恐慌のさなかに、岡山県津山市の農家に生まれました。このことは前著『母 昭和・平成の残像』と『青空が輝くとき』に書いたのですが、江見角一という父と という母の長女としてこの世に生を受けました。助産婦(産婆)さんが元気な女の子を取り上げたのですが、それから母は九三年間という長い人生をこの地で送りました。父角一は津山市から北西方向の農山村に生まれた人で、男の子のいない江見家に養子としてやってきたのでした。こうして待望の長女ができました。これが私の母です。昭和三年六月一五日のことでした。満州事変が始まる前のことです。 名前は冨美子(とみこ)とつけられて、市役所へ届けられました。ところで、私が小学生のころだったか、冨美子の「冨」に点がないことを不思議に思い、父親に聞いたことがあります。そうしたら、父親は役場に届けた時に、うっかりウ冠の点を忘れたのだろう、と言っていたのを覚えています。祖父は駒十郎、祖母はつると言います。この駒十郎さんは市会議員をしていた人で、地域でも有名な酒飲みだったと聞いています。外で飲んだ時に、飲み足りなくて、お寺(のちに母が嫁ぐことになる寺院の妙勝寺)に行けば酒があるということで、飲んでは大通りを闊歩していたと母から聞いています。「わしは津山一の大酒のみの江見駒十郎じゃ」といって虚勢を張っていたそうです。母の実家は妙勝寺の檀家です。角一さんはお酒はやらなかったようです。ですから、駒十郎さんが酔って役場で届けたら、うっかり点を忘れたかもしれません。「冨美子」を含む著名人の名字、名前や地名の読み方を調べてみると、作詞家の岡田冨美子さんは「おかだふみこ」、ちびまる子ちゃんの小島冨美子さんは「こじまとみこ」となっています。「とみこ」と「ふみこ」の二通りの読み方があるのですね。ということは、後者のちびまる子ちゃんの小島さんのように、’とみこ’と読ませる冨美子を登録したのでしょう。これは私の思い違いで、今に至りました。私が小学生のころに春日八郎の「お富さん」という歌が流行っていて、私もこの唄をよく歌ったものでした。そういうわけで「富」と「冨」の違いにこだわっていたのかもしれません。 母は自分の名前のことについて「私には名前が良すぎる」とたびたび申しておりました。母は、自己主張することはめったになく、どちらかというと遜った物言いと、謙遜とまではいかないにしても、地味な性格でした。それでいて冗談はよく言いました。本人は冗談で言ったつもりはなくても、そう聞こえるような冗談です。 私は、小学校から高校にかけて、母と二人で撮った写真を今もとっていて、時々眺めるのですが、顔や体つきがとてもよく似ています。当たり前のことですが、性格も似ていると思います。母は、親の言う通り旦那寺に嫁ぎ、親孝行をしたのに対し、私は親を顧みずに東京の大学から大学教師になり、親不孝を通してきました。ここを除けば、本当によく似ていると思います。自己を見せびらかすことを好まない、謙虚さと謙遜は、私が母から受け継いだ遺伝的形質だと思い、いつまでも謙虚に生きたいと思います。それが母に対する恩返しになると思います。(二〇二二年三月一七日) 私は、誰から聞かされたのか、記憶は定かではないのですが、母は、私を寺院の跡継ぎにしたくなかったそうです。確か、小学校の一年か二年の時だったと思います。正月になって「正月の棚経を始めるから一緒に行くか」と父に誘われて、正月で家でぶらぶらしていてもしょうがないと思い、三が、父親と一緒に、いや住職と一緒に、近くの檀家まわりをやったのです。お宅に上がり込んで仏壇にお経を唱えるのではなく、札を配って回るのです。 私に小さなお年玉をくれるお宅もあり、それはそれで新鮮な正月には違いなかったのでしたが、お札と引き換えにおカネをいただきに回る棚経が、ある種の「物乞い」のように感じられて、複雑な気持ちになったものでした。私は、何か母親に不満か愚痴のようなことを言ったのかもしれません。正月の棚経はこの年限りでした。 私は爾来、分別のつく年になるまで、自分がお寺の息子だということが苦痛に感じられるようになって、別にこのことが原因でいじめにあうとか、コンプレックスを抱くと言うところまでではなかったのですが、普通のサラリーマンや自営の家の生まれではないことに、何かいびつな感情を持つようになり、学校の友人に、父の職業を聞かれることに嫌悪感を抱くようになりました。 私が寺院の跡を継ぐことに反対したのは、たぶん「まだ小さいので正月の檀家周りはさせないで」と母が父に言ったのでしょう。母の葬式に離れずに私と行動を共にしてくれた正子がこんなことを教えてくれました。「お母ちゃんは、私が結婚して長男が生まれたころ、私のところを訪ねてきて、長男を寺院の跡継ぎに出来ないかと相談を持ち掛けられた」と。「もちろん断ったけど」と、懐かしそうに思い出して話してくれました。 正子に子どもができて成長しているころというと、私が大学院に入学し研究の道を歩み始めたころだと思います。母が、私が後を継ぐのに反対したというのは、たぶん父から聞いたのだと思います。私このことを何十年もの間考え続けてきました。正子の長男に跡を継がせれば、私を自由にできると考えたのでしょうか。それとも、住職の意向だったのでしょうか。多分両方だったのでしょう。「母は、なぜ私が住職になるのに反対したのだろうか?「なぜ別の道を選ばせたかったのだろうか?」「大学院に進んで、気持ちが吹っ切れたのかもしれない」「半ば政略結婚のような形で嫁いだ自分の道の轍を踏ませたくなかった、せめて息子には自由な将来を与えたかったのかもしれない」と、一方的なことを考えるようになったのはつい最近のことです。このことについては、まだまだ書かなければならないことがあるのですが、割と早い時期から、母は寺院の後継について心を痛めていたことがわかり、葬式が終わってから、あれやこれやと考えることが多くなりました。 4月になって、四十九日が終わり大学の授業も始まりました。春学期も半分経過し、うっとうしい梅雨空のもと、私は毎日母のことを思いつづけています。週に一度、庭に咲いている花を持って、歩いて十分くらいのところにある日蓮宗の寺院に墓参りに行くのが仕事になりました。(六月二十二日) 西に向かう研究 と言っても、私の研究テーマがもともと西にあったというわけではない。最初に教壇に立ったのが静岡大学、その次にわけあって代わった大学が、愛知県の三好町に新設された東海学園大学の経営学部。三好町はのちに「みよし市」になる。この大学に移籍することが決まった年に、以前の本にも書いたことだが、島根県が浜田に新設する県立大学から、赴任以来があった。それまで私は島根県が行う中間管理職研修を一〇年間担当して、表彰もされていたことから依頼があったのだろう。東海学園大学に決まっていなかったら承諾したに違いない。しかし、依頼があってどちらにしようか、天秤にかけるとなると迷うものだ。海のあるところでのんびり釣りでもしながらと、迷いは募った。母のいる津山にも近い。中国自動車道を使えば至近距離だ。県立大なので自由度も高い。定年退職は六五歳、父もその頃になると住職の後継者が必要だ。ちょうど良いタイミングで寺院の跡を継ぎ、母親の孝行もできる。迷った。アパートを用意するから、「週末には津山へ帰ってもよい」とまで条件を示してくれた。浜田一円の優秀な学生が集まって来るから、教えがいもある。新設が一段落して、大学への採用がなかなか難しくなってきているときに、贅沢な話ではあった。東海学園大学には、辞退の届けを出し、島根県庁に電話を入れればよい。人生で一番迷ったのは、おそらくこの時だっただろう。まだ四〇代の半ばだった。今になって思えば、島根県立大学に赴任していたら、おそらくずいぶん違った人生になっていただろう。しかし、私はやはり最初に誘ってくれた、愛知県の東海学園大学に勤めることにした。このことについてはまた触れることがあるだろうが、ここでは、東海学園大学が浄土宗の経営する大学だということだけを記しておこう。そして、このことが母のもとへたびたび帰らせる「縁」になったことを記しておこう。(二〇二二年六月二四日)
2022.02.18
四十四 曽根信也の所属するアジア・エンタメは大変な騒ぎになった。新企画「天国の黙示録」が始まろうというときに、内部抗争と思える第三の殺人事件が起きた。目下警察による現場検証が行われており、夏は警視庁に任せることとして、アジア・エンタメを出て、いったん神奈川県警へ戻った。事件を聞きつけた蜜柑が夏の帰りを出迎えた。「アジア・エンタメ系の芸人さんが殺害されたということは、対立抗争グループがどこか別の事務所にあるということかしら」応接室で、父親を迎えた蜜柑が言った。「内部抗争かもしれないが、皆目わからなくなったな」夏がコーヒーをすすりながら言った。「アジア・エンタメは、力づくで新企画を大坂のワールド・エンタメから奪い取ったのではないかしら。君川敏夫社長が殺されたのも、この新企画の利権の奪い合いに端を発しているとしか考えられないわ」「君川敏夫は、アジア・エンタメの社長の弱みを握っていたのだろう」「ええ、そう思うわ。じゃ何をつかんでいたのかしら」蜜柑が聞いた。「アジア・エンタメ、当時のワールド・エンタメは、カネで新企画を大坂のドリーム・エンタメから買おうとしたのではないだろうか。大阪府警の調査では、ドリーム・エンタメは、当時多額の借金を抱えており、倒産のうわさも流れていたという。山城は、傾きかけた事務所に見切りをつけ、かねてから東京の大学へ移り、女性タレントとしても一世を風靡したいという願望があったという。大坂にいたのでは、研究者としても、タレントとしても限界は見えているわけで、手土産を持って、東京の大学へ移籍され、タレントとしてトップに立ちたいという野望にとりつかれていた。何らかの機会をとらえて、天国の黙示録という土産持参で東京に一気に地盤を創ろうとしたのかもしれないな。あるいは、政界へ足を踏み入れたいという野望もあったのかもしれない。これはさる野党の筋から聞いた話なんだが。彼女は何でも極左とまではいかないにしても、常軌を逸した思想の持ち主だという噂がある。」夏は、自分が仲村教授だったら、こう推理するだろうという筋書きを言った。「あら、パパ、その推理当たっているかもよ。最近の政治家を見ていると、その辺の芸能事務所のタレントと少しも変わらないものね」蜜柑が茶化していう。「おい、俺は刑事だぞ」二人は、声高らかに笑った。 真佐子は、山口県湯玉の自宅でテレビを見ていた。母親は、このところ体調を崩して寝たり起きたりを繰り返している。とくにこれと言って悪いところはないのだが、喉に痰が絡んで息苦しく、流動食を取るのがやっとで、介護ヘルパーの手助けで、何とか生を支えている。嫁が母親の面倒を見てくれるので、真佐子が家事の一部を負担し、老々介護の重圧を何とか跳ね除けながら、母親を支えていた。東京でずいぶん遊んできたという負い目があって、しばらくは仲村のことは考えないようにしていた。真佐子は、犬の散歩の係を受け持っており、夕暮れ時、昔元気だった亭主と仕事に励んだ漁港を歩いていた。この日は夕焼けがきれいに海を染めて、元気だったころの亭主と魚の荷揚げに励んだことを、つい昨日のように思い出していた。しかし、亭主は天国に召され、真佐子の心の隙間に秋風が吹くようになった。その時、仲村と出会った。何か不思議な「運命のいたずら」のようなものを感じる。亭主が元気で生きていたら、傷心を海で癒すため、島根の海へ出かけることもなかっただろう。そこで仲村を見つけることもなかっただろう。亭主の死が仲村との出会いへ導いた。愛犬もだいぶ年取ってきた。孫がすくすくと成長していることがせめてもの慰めだった。埠頭の先に犬をつなぎ、真佐子は、今日届いた仲村からの手紙を取り出した。仲村は、よくこうして手紙を書いてよこしてくれる。最初は、家のものが不審に思うことを避けるために、道の駅のほうへ送るように、中村に頼んでそうしてもらっていたが、何もやましいことをしているわけではない、堂々と付きあえばいいと思い、強く心に言い聞かせて、自宅へ手紙を送ってもらうことにした。仲村も同意してくれた。差出の住所は大学の研究室になっている。「真佐子さん、寒い冬がやってきます。くれぐれも体に気をつけてください。コロナもまた感染拡大の危険があります。南アフリカで、また新種の変異体が表れて北半球のベルギーや香港で感染者が出ています。ところで、この秋の東京での探偵ごっこ、とても面白かったです。目まぐるしく事態が進展して、山口県の萩まで犯人の痕跡を追うことになるなんて、思いもかけないプレゼントでした。夏警部から、近いうちに会いたいと言ってきました。芸能界のことは苦手で、僕に大胆な推理を頼むというのです。それに、蜜柑さんがあなたにぜひ会いたいそうです。嬉しいニュースがありますよ。瑠偉さんがライブを開くらしいです。横浜の高級ホテルで、なんと『よみがえる黙示録―お笑い芸人より愛をこめて―』というライブです。歌手の藤堂麻里矢さんがよくやる同じホテルです。藤堂さんの友情出演もあるかもしれませんよ。なんでも、横浜市のウイズ・コロナ実験事業との協賛ということで、ワクチン接種、PCR検査などが条件になっています。チケット二枚がsyowa-entertainment事務所から僕のところに届いています。アジア・エンタメが天国の黙示録の権利を手に入れて、企画が動き出そうというところへぶつけてきていますね。なんだか風雲急を告げる事態になってきました。一気に捜査が進展しそうな気配がして、僕はライブにどうしても行きます。真佐子さんにも、やりくりをつけて、ぜひ来てくれるようにお願いします」 仲村にしては事務的な内容だった。真佐子は胸がどきどきしてきた。日本では、現在は感染者が下火になり消えてなくなりそうな気配だ。しかし、この不気味さは、新たな感染拡大の序曲なのかもしれない。今行かないとまた感染拡大で移動禁止にもなりかねない。真佐子の気持ちは勝手な理屈を作っている。「また、東京へ行かなくちゃならなくなったの」真佐子は、息子の嫁の啓子に相談した。「仲村さんでしょ。この界隈じゃ有名よ。行ってらっしゃいよ」啓子は笑いながら言った。「悪いわね。でもそんなんじゃないの」真佐子は照れながら言った。「分かってますよ。お母さんを信じていますよ」テレビを見ていた息子が言った。真佐子は、嫁の啓子には一切を隠さずに話していた。「でも、東京や横浜は怖いところよ。気をつけてくださいね。私ついていこうかしら」 嫁は笑いながら言った。「おいおい、それって野暮なおせっかいだよ」 息子夫婦の気の使いように、真佐子は涙が出る思いだった。
2021.11.27
四十三 第三の殺人「大丈夫かしら?」 山城愛子はいつもの横浜のラウンジで、曽根信也の肩にもたれかかって言った。「面倒なことになったな」 曽根信也は、ハイボールを口に運んで、気だるそうにつぶやいた。二人の関係はもう五年になる。曽根信也は、芸能事務所に山城を引き抜いてから、テレビ大阪の新企画については「凍結」を装って、慎重に事を運んできた。新型コロナの感染拡大ということもあったが、事務所始まって以来の大きな仕事に、勝負を賭けたのだった。彼はこれまで芸能界では辛酸をなめる経験を幾たびかしてきた。もともとは歌手を目指していたが、芽が出ず、タレント、お笑いへ転向し夜の仕事をしながら芽が出るのをじっと待った。 才能がないではなかったが、有名になりたい貪欲なピラニアみたいな芸人の誹謗中傷やら、妨害工作、さらにはスキャンダルの捏造など、あらゆる卑劣な行為によってその芽は摘まれていった。元来が他人を蹴落としてまで自分の保身・出世を組み立てるほど器用な人間ではなかったのがかかる運命をたどらせたのかもしれないと、彼は思っている。そうして中年の域に達し一握りの金の卵をスカウトし、デビューさせたことで、事務所は活気づき、中堅どころの芸能事務所にまでのし上がった。リーマンショック以降の不況が収束し、経済がエンタメ化の方向へ舵を切ったことも後押しになったのだろう。曽根信也の事務所を支えたのが、横浜港で殺害された澤田研一、瑠偉など恵まれた才能の持ち主だった。ここに強力なタレント、山城愛子を獲得したことで、山城の古巣のドリームエンタメに来た仕事が濡れ手に粟で手中に出来た。 黙示録はもともと大阪のドリームエンタメへ発注された企画ではあったが、芸人の派遣で協力関係にあったドリーム側から、協力して進めたい旨の提案があり、潮の流れは変わってきた。山城愛子はこの新企画に絡んで、曽根自らがドリームエンタメから強引に引き抜いたものだった。 しかし引き続く足の引っ張り合いに、ワールド・エンタテーメントを解散して、アジア・エンタメに改称し、できるだけこれまでの痕跡を抹消することに成功した。警察の影はいまだ彼のもとには及んでいない。曽根信也の胸中には、業界でのどん底の地位に甘んじてきたことへの、限りない屈辱を晴らしたい執念があった。怨念と言ってもよいこの感情が今の彼のレゾン・デトルになっていた。芸人たちの不祥事とマスコミ・メディアの業界を小ばかにした、さげすんだ目で見る屈辱に甘んじることと決別するべく、この大仕事にかけていた。「蛍雪大学の鮫島はどうしてる?」「どうしてるって? まだしつこくなんだかんだと言い寄って来るけど、相手にしてないわ」山城は、長い脚を組んで残りのワインを一気に干した。「倉橋はいいんだろうな?」「ええ、あのおばさんは、私の言いなりよ。あなたのアジア・エンタメさんの仕事に満足しているから、心配ないわ、逃げはしないわよ」 山城は、曽根からワインを受けてから言った。「それにしても、瑠偉を引き逃げしたのは誰だろうな。俺たちがやろうとした矢先にひき逃げをするなんて、だれかは知らんが本当に渡りに船だぜ」「そうね。瑠偉を蹴落としたい奴のしわざね。おおむね推測はできるけど」「黙示録の利権が絡んでいるからな。大坂の君川敏雄が死んでから、実質第一テレビと俺たちとの独占で企画が進んでいる。君も気をつけるんだな」 曽根信也は、山城の胸をまさぐりながら言った。横浜駅西口からさほど遠くない位置にあるホテルが、山城と曽根信也の逢引の場所だった。曽根信也は一人でホテルを出て、自宅に向かった。山城は眠い眼を閉じて眠りに入った。明日はこのホテルから、大学へ向かう。山城には後に引けないミッションがあった。 夏警部は娘の蜜柑とともに、アジアエンタテーメントの社屋の前に立った。「急な用件で申し訳ありませんが、社長さんにちょっとお伺いしたいことがあります」蜜柑は警察手帳を見せて用件を伝えた。寝込みを襲うのは、証拠が不十分な場合の捜査の定石だった。対応に出た女子事務員は、顔色を変えて奥に消え、しばらくして社長の曽根とともに現れ、二人を応接に通した。曽根の動きは明らかにぎこちない。蜜柑はその挙動を観察した。横浜港での水死体殺人事件以来、早いもので1年半近くが経過している。事件直後に、殺害された澤田研一のことで話を聞きに来て以来だ。「その節は、十分なことをお話しできなくて・・・事件解明は進んでいますか?」と曽根社長は探りを入れてきた。「まったく霧の中に入ったような状態で、コロナが追い打ちをかけて捜査は全く進展しておりません、ところで」と、夏は本題に入った。「黙示録のお仕事は、もうそろそろ動き出すのでしょうね」いきなり核心を突いた。曽根信也の目線が動揺し始めた。「よくご存じですね。コロナの患者数が急減しており、ワクチン接種も一巡し、ブースターへ移ってきているので、ご案内の通り活動を開始する予定です。このことが何か」曽根は落ち着きを取り戻していった。警察がどこまで知っているか、把握したいのだろう。 この時、夏の携帯が鳴った。「失礼」と言って、質問を蜜柑に譲って、夏は席を外した。「もしもし」夏は部屋の外で電話を受けた。通話は殺人事件の連絡だった。「分かりました。いまアジアエンタメにいるんです。詳細はここが終わった後に聞きます」警視庁からだった。夏はいったん電話を切った。アジアエンタメ所属のタレント芸人阿部慎之助が自宅で殺害されたということであった。同居の芸人が帰宅して発見し警察に通報したという。警視庁からの連絡だ。さっそく現場検証が始まっており、一連の芸能界をめぐる事件との関連があるようなら、詳細を連絡するとのことであった。「アジアエンタメさんの阿部慎之助さんが、自宅で殺害されました」曽根信也のところへはまだ連絡がないらしく、曽根が大声を上げた。「安倍君が・・・殺された、本当ですか」声になっていなかった。社内に動揺が広がった。そして大騒ぎになった。「捜査の都合で詳細は話せませんが」と言って、夏は社員を椅子に座らせ、反応をうかがった。続く
2021.11.21
四十二 アナログへ DVDは最後まで見たが、山城教授と同伴の男が写った個所は一か所しかなかった。二人はカメラに気付いただろうか。気づいていれば瞬時に顔を隠すだろう。サーチライトが観客を照らし、そこをカメラが捉えたのなら、逆光になってカメラには気づかなかったに違いない。道の駅ではカメラを避けた。萩のビジネスホテルでも、偽名を使っているし、部屋も別々に取っている。おそらくどちらかがサングラスをかけていただろう。お忍びは周到に計画されたもののようだ。しかし、イベント会場で一台のカメラにとらえられてしまった。不用意なことではあったが、言い逃れはできる。 二人の写真は、DVDの画像を写真に撮ったもので、不鮮明ではあったが、受け取った夏警部は、藤堂麻里矢が所属する芸能事務所のかぐや姫の社長と、藤堂麻里矢、そして彼女のマネジャーである幸田友里恵宛てに画像を転送した。反応は早かった。「アジア・エンターテーメントの社長さんじゃないかしら?」と返信が返ってきたのは、幸田友里恵のメールだった。幸田友里恵は山城は知らない。堂々麻里矢からも、よく似ているとの返信が、またかぐや姫の社長も、「山城さんと一緒ならアジアエンタメの社長さんでしょう。曽根信也さんに間違いないです」と、三人の証言が一致した。 夏警部は、DVDとの照合はDVDの到着を待って行うことにして、さっそくアジア・エンタメ、旧ワールドプロダクションへ乗り込むことにした。しかし、一連の事件との関連が全くない、任意の事情調書、「参考までに」という訪問でしかない。夏警部は迷った。下手に動くとガードを固められてしまう。「山城さんとなら、仕事で行っただけです。それがどうかしましたか」と言われると、どうしようもない。所属事務所の社長とタレントが仕事の下調べで現地調査をすることはよくある。ほかにも同行者があったのかもしれない。蜜柑にも相談したかった。蜜柑は、今日は休暇を取って自宅にいる。 時計の針は昼前を指している。仲村は今日中にいったん自宅にかえらなければならなかった。週明けの月曜日には東京へ戻り、秋学期の第一回目の授業がある。人数の多少と教室の収容人数によって対面、遠隔の区別が行われて、仲村の授業は80名収容の教室で30名の受講者であったから、対面ということになった。 仲村は、オンライン授業はあまり得意ではなかったから、ありがたい授業形式だった。考えるところがあって、仲村は今年からプロジェクタやインターネット接続、メール配信などのデジタル環境の授業から、昔懐かしい古風な授業方式へ戻ことを考えていた。いわばアナログ形式への復帰であった。春学期に学生に断り、意見も聞いたうえで、教科書を中心に、チョークを使っての板書、手書きのレポート提出という、50年以上前の仲村が大学で受けた授業そのままのやり方で授業の成果を出す方法へ復帰した。 学生の評判もまずまずで、何よりも教科書に焦点を絞って、重点的な教授を行うことが、教授内容の習得、今風に言えば授業の到達目標が向上したと判断した。秋学期もこの方式で行くこととした。そういうわけで、自家製の教科書の手配や半年間の進行スケジュールなど、あらかじめ考えておく必要があった。「山城とアジア・エンタメの社長のその後の足取りを捜査します。ここからは山口県警との協力になりますので、私に任せてください」瀧川刑事は、別れ際に仲村と真佐子に言った。「またお会いできるといいですね」 仲村は瀧川に言った。「今度お会いできる時は、中華街も接種証明書を見せれば、きっと自由に食事ができるでしょうね」 真佐子は瀧川の車に手を振りながら言った。事実新型コロナは、接種率の増大と若年者への接種、ブースター接種への以降ともに、沈静化の兆しを見せていた。第6波は懸念されてはいるものの、波の高さは小さいと、人工知能を駆使した専門家の分析結果が出されている。新幹線山口駅で、真佐子は駐車場へ車を預け、ホームまで仲村を見送った。「体に気をつけてね。私のことを忘れちゃだめよ」「真佐子さんも」 車両が入線するのを見ながら仲村は言った。「奥さんの家事を手伝うのよ。それと、私が標準語をしゃべる理由が知りたいのでしょ」「ええ、知りたいです。でもまた今度でいいです」「そうね、きっと早く呼んでくださいね」「ええ、今度会ったら世田谷の歌謡酒場で、一緒に歌を歌いませんか」「いいわ。コロナが収まれば、瑠偉さんのコンサートにも行きたいし」「約束します」「きっとよ、待ってるわね」「ええ」 振り返りざまに言った言葉を遮るように新幹線のドアが閉まった。その頃、東京では血なまぐさい事件が起きていた。続く
2021.11.18
四十一 同伴の男 仲村、真佐子そして瀧川刑事の三人は、観光協会の応接室に通された。ここへ来る道すがら、瀧川刑事には、これまでの事態の推移について概略話しておいた。状況証拠に過ぎないが、以前、ドリーム・エンタテーメントに所属していた山城教授とそのグループが、大阪第一テレビが打ち出したテレビ番組構想の利権をめぐって、内部抗争に発展していることが背景にあるのではないかと、仲村は瀧川に告げた。瀧川は同意した。観光協会では、この推理に間接的に絡む情報が得られるのではないかと、二年前のイベントについて聞こうということになった。事務局員が応対に出た。ほかに、女子事務員が二年前のことを覚えているというので同席している。「あの時のイベントは、海その愛と試練という題で企画し、大阪のドリーム・エンタテーメントに世話になったものです。趣旨は日本海と環境をテーマに、歌、踊り、芝居などを織り交ぜた三時間ちょっとの企画でした。すでにご案内のように、ドリームを通じて東京の歌手の風吹翔馬さんと瑠偉さん、それにタレントのマリン・スターズ7、お笑いの立川健吾など、文化庁の補助金もあって、豪華キャストで、地元テレビ局と大阪第一テレビの協力で行ったものです。人気スターの登場とあって、大盛況でPR効果抜群でした。ご覧になりたければ、DVDをお貸しします」と、事務局長は自慢げに話した。「ありがとうございます」と言って、瀧川が受け取った。仲村はこのDVDに何か手掛かりになるものが写っていることを期待した。「今、少し再生していただけませんか」仲村が注文した。「そうよ、私この辺に詳しいから、DVDの中に何か見つかると思うわ」と、真佐子が援護した。イベントの開会式に続いて、まずダンスが始まる。マリンスターズ7が海をイメージさせる青の基調の衣装で登場して派手に踊る。そこへ会場の中に風吹翔馬が立ち上がり、万雷の拍手喝さいを浴びて、舞台へ駆けあがる。司会者は観光協会のスタッフらしく、ぎこちないが翔馬がうまくエスコートしている。カメラは三台あるらしく、プロ並みの技を見せる。テレビ局専属のスタッフだろう。 イベントは淡々と進行していく。客席も時折写し出されるが、逆光で鮮明には判別できない。「ちょっとストップ、ここをもう一度巻き戻してください」仲村が言葉を挟んだ。「はい、この辺ですか?」事務局員が反応した。「そうですその辺、ハイストップ」仲村は食い入るように画面を見た。「どうしたの、あなた」真佐子も顔を大型液晶画面に近づける。「この女性は山城教授ですね。彼女の大学のホームページで見ているのですが、間違いないと思います」仲村の発見に、「横にいるのは誰かしら」真佐子は反応早く画面に指さした。しかし誰も知る者はいなかったが、道の駅で目撃され、後ろ姿ではあるが、中年男女の男性であることは間違いない。「仲村さん、ついに見つけたわね」真佐子が仲村の肩をたたいた。「このDVDと一緒にさっそく手配しましょう。芸能関係をあたればわかるのではないでしょうか」瀧川が言った。「いやまだそうと決まったわけでは、他人かもしれないし・・・確か、山城教授は独身だったような・・・」と、仲村が言った。「ここのホテルで、偽名を使っているのよ、怪しいわ」真佐子が好奇心に満ちた目をしていった。瀧川が、山城と同伴で写っている男性の写真を撮り、神奈川県警へ送った。「芸能・事務所関係、大学関係をあたればわかりますよ」瀧川刑事は自信たっぷりに言った。続く続く
2021.11.16
四十 海のカンバス 翌朝、真佐子はいつもより目が覚めるのが遅かった。時計を引き寄せて針を見ると、7時を指していた。仲村との楽しい会話に、どこか、もやもやした気持ちが吹っ切れるところがあったのか、ぐっすりと眠った。年のせいか夜中に必ず一度は目が覚めるのに、布団にもぐりこんだまでの記憶はあるのに、眠りに入るまでの記憶がない。熟睡とはこういうことなのか、自宅での母の世話や家事、孫の世話に近所づきあい、仕事、どれをとってもストレスのたまることばかり。調子に乗ってはいけないと自制するのだが、仲村の寛容さにかまけて甘えると、つい日頃のストレスを忘れてしまう。カーテンを開けると、まだ明けやらぬ夜の静寂が、ひんやりとした空気の中に漂っている。「これから観光協会へ乗り込む」 昨晩の仲村の言葉が、窓の外の木々の梢の間を駆け抜ける。 真佐子は、いつものようにタオルを首にかけ、水道の蛇口をひねって、じゃぶじゃぶと顔を洗った、空腹で目が覚めたのだと分かった。仲村は起きただろうか。窓を開けると、秋のすがすがしい空気が部屋に入り込んできた。名もない小鳥が、つがいでやってきて仲良く餌をついばんでいる。軽い嫉妬の気持ちが真佐子の感情の片隅を駆け抜けた。「いいなあ、小鳥は自由で・・・」真佐子は、独り言を言った。遠くに朝日を受けて白く輝く海があった。亡くなった亭主と漁に出て見る海は職場だった。今日見る海は、仲村と見る海、海のカンバスに自分がいると感じる。仲村は、青谷という海水浴場で子供たちと遊んだことを、昔の記憶を手繰り寄せて話してくれる。「真佐子さんは体調が悪かったのか、海に入れず、宿泊した寺院の本堂の縁に腰かけて、つまらなそうにしていましたよ」 仲村が嘘を言うはずはない。真佐子は、一人で何度も青谷海水浴場を訪ねた。しかし記憶は蘇らない。 松林の間にゆっくり動く人の影が見える。真佐子には、すぐに仲村だと分かった。真佐子は大急ぎでパジャマを脱ぎ捨て、着替えてホテルの表に飛び出た。フロントのスタッフが不思議そうな顔をしている。小走りに走って、あっという間に仲村の前に出た。「早起きね」の言葉に、仲村は、「真佐子さんこそ、よく眠れましたか」と笑う。「いよいよ、今日は勝負ね。一気に犯人を突きとめましょ」「真佐子さんは若いなあ」仲村は笑っている。「瑠偉さんは、何か言ってたかしら」 真佐子は、仲村の背中をつつきながら言った。「ええ、瑠偉さんも気になるところがあって、新しい事務所で聞いてくれたらしいです。風吹翔馬は、どうも何かよからぬやり方で、黙示録の配役を手中に収めたらしいのです。瑠偉さんと風吹は、この萩で行われたイベントで、偶然、山城教授を見かけました。ということは、瑠偉さんと風吹翔馬は、山城がこのイベントに来ることを知らなかったのでしょうね。むこうは気付かなかったようですが、山城教授と一緒だった男性は、見られてはまずい人だったのでしょうね。これはあくまでも推測ですが、その辺が瑠偉さんがひき逃げされ、そして、今度は風吹が銃で殺害されたことにつながったのではないのでしょうか」 仲村は、回りくどい言い方をした。「私も、あなたと同じことを考えていたわ。でも、見られたことが、ひき逃げや銃で殺害しなければならないほど重大なことだったのかしら」と言って、真佐子は両手を後ろ手に組んで、仲村の前に出て振り返った。「そうですね、例えば不倫相手の男性といるところを見られて、山城教授が彼らの口を封じなければならないほど重大なことだったのはなぜか、また同伴の男性にとっても重大なことだったのか、その辺がよく分かりませんね」「瑠偉さんは、私の勘ですけど、人を脅すような人じゃないですね。あの人は純粋でいい人よ。風吹翔馬という人は全然知らないけど、何か企んでいたとして、それが原因だったような気もするのよ」「僕も今それを考えていたのです。どうでしょうか、風吹の身辺を詳しく洗ってもらうよう夏警部に頼みましょう」仲村が言うと、「あら私たちじゃダメなの? 推理をしたのは私たちよ。追及する権利は私たちにあるわ」 真佐子は不満げだ。「そう思いますけど、ここはいったん警察を立てたほうがいいのではありませんか」 仲村がなだめると、「そうね、警察にもメンツがあるものね。一応メンツを立てたことにして、その先を行くのね」「どういうことですか?」「コロナも収まる気配が見えてきたし。あなたも大学で忙しくなるでしょうから、しばらく様子を見て攻撃開始っていうわけでしょ、ね、そうでしょ」 真佐子は仲村の腕をつかんで詰め寄る。散歩の若い人が珍しそうに二人を見ている。「まいったなア、真佐子さんにも。朝ごはんにしましょうか」 真佐子は仲村のシャツの裾をつかんであとをついていく。 萩の観光協会は市役所の近くにあった。昨日の電話で、午前九時に行くことになっていた。朝食をとり、二人は一階のロビーでテレビを見ていた。真佐子の携帯が鳴った。しばらく話し込んでいたが、携帯をたたむと真佐子は言った。「蜜柑さんからだわ。私たちの推理を話すと、向こうも同じだって。さすが警察ね。それで、観光協会への聞き込みは鳥取県警も同伴するのでよろしくだって。瀧川刑事一人だけど、九時前に来るって。それで、風吹翔馬の身辺を、怪しい人たちを中心に洗ってほしいというと、了解ですって。それから・・・えーっと、終わり」真佐子がもったいぶって携帯をしまうと、「なんですかその、それからっていうのは」と、仲村が読んでいた新聞を置いていった。「女だけの秘密」と、真佐子は悪戯っぽい目をして答えた。「そうですか、まあいいでしょう。それでは着替えて八時四十分にここへ集合ということでどうでしょうか」「いいわ」続く
2021.11.11
吉本興業など 芸人の不祥事 大阪VS東京戦争 みなさん方、今回の反社会的勢力と関係した不運で不幸なお笑いさんと吉本との確執は、どたばた劇にすぎないのか、はたまた熟考すべき社会問題なのか、確かに反社会的勢力と芸人との結合関係は暴対法強化以降の社会的問題だ。FRIDAYのスクープもこの延長上にある。芸人二人の落ち度は明らかだ。嘘をついたことも、5年前の曖昧な記憶が災いしているとはいえ、責められてしかるべきだ。 とは言え、果たして吉本から契約解除されるべきかいなかは難しいところだ。マスコミはその後の吉本の対応(23日の5時間の社長記者会見)に非難ごうごうの質問を浴びせかけた。「冗談で言っただと、ふざけるな」「今の時代にパワハラを冗談で済ませるのか、アホちゃうか」「よれよれ会見だ」とういう訳だ。実はこの問題の背景には、芸人と事務所、テレビ局、暴力団の「社会=分散化」を繋ぐ構造変化があるように思える。この構造変化は、スポーツ界にも言える資本主義の構造変化だ。公取委はスポーツ界の競争制限行為についても軽く指摘した。この問題について暫く考察を加えよう。 その前に、吉本社長の5時間に及ぶ7月23日の「ぐだぐだ」記者会見をじっと見た後、翌日のテレビ報道を見ると、まず23日ののっけから東京系の羽鳥慎一率いる報道番組に続いて、「ひるおび」はこぞって激しい、かつもっともらしい吉本批判をエアコンの効いたスタジオから繰り出した。 私は、22日はちょうど横浜のマッカーサーの「ニューグランドホテル」へ仕事で泊まって、帰宅途中、夕方まで車の中でテレビを見ることができたので、「ごごすま」をはさんで、「ミヤネ屋」まで4大報道番組を見ることができた。一見して分かるように、前2社が激しい、根拠に乏しい吉本社長攻撃を繰り出したのに対して、ミヤネ屋は吉本それ自体の擁護論を展開した。「競争制限行為を公取委に取り上げさせろという」バカなコメンテーターもいる。そんなことをしたら、ジャニーズも無傷ではいられないよ。元ジャニーズの若いタレントの中にも、公取委や局ががジャニーズに忖度しているという人がいる。 もともと、吉本や阪神タイガースの人気は、東京の権威主義への反抗であり、議論がかみ合わない。桂三枝が巨人ファンから阪神ファンに変わるのに、10年かかったという。反社にまみれた横山やすしが関西お笑い文化に受け入れられる理由は、東京の頭でっかちのコンプライアンス主義者には理解不能だ。わずか数年六法全書をかじっただけの司法人の屁理屈では、今回の問題は到底理解できない。いわれのない吉本批判は、ギャラ欲しさの「ギャラ飲み」とレベルにおいてたいして変わらない。 かと言って、やすしやノックのお笑い文化が踏襲されてよいわけではないが。時代は明らかに変わっている。文中指摘したように、スポーツ、芸能関係の不祥事の多くの問題は、現代の資本主義の構造変化の問題なのだ。この点は、小出しではありが追って説明してゆく。 今日のところはここまで。 地獄の双六 吉本興業の不祥事 7月24日段階での報道番組が伝える、吉本芸人二人の反社会的勢力との金銭授受疑惑に対する吉本興業代表のパワハラまがいの不適切対応に関して、エアコンの利いたスタジオでの芸人タレントを含む吉本興業関係の芸人たちの反応を彼らの言葉を借りてまとめると以下のようになる。「地獄の双六」芸人「加藤の乱」民法TV局 極楽とんぼの加藤が吉本に直訴したことを表現。「売れてるから言える 自主路線」吉本興業教育関係者「吉本牧場」吉本興業教育関係者「契約解除は死刑宣告」吉本興業売れっ子芸人「下請け法違反だ」民法TV局「自称吉本」Nスポーツ「寝不足芸人いっぱいやろな」HM吉本興業芸人「5990人の芸人はファミリーと思ってない」吉本興業芸人「黄金の方程式の副作用」大崎会長が当時25才の若さで、東京事務所開設後、ダウンタウンを師匠なしで有名にしたビジネスモデル。ワイドスクランブルコメンテーター「タレントの倍働けでやって来た」「退職高齢者を再雇用せよ」吉本もとマネジャー「アメリカの職種別の組合を作る」評論家「吉本が誰のために何のためにあるのか」をはっきりさせる 評論家「研修講師になりたいから吉本の看板がほしいと言う人もいる。6000人の中にいる」元吉本マネジャー(羽鳥のモーニングショー、ワイドスクランブル、ミヤネ屋等7月24日を参考にした) 今回の事案は、不謹慎だがまるで吉本新喜劇を見ているようで面白い。反社会的勢力との疑惑は論外だが、起承転結の最後は笑いと涙のハッピーエンドであってほしいと願っている。 吉本興業失態事件に群がるピラニア芸人たち 一国の首相が吉本新喜劇に登場して人気を博する時代だ。政治がお笑い化しているが、この事については別の機会にゆずります。ヒョーロン家や売れない弁護士、事務所に籍を置くキャスター崩れのコメンテーターたちが、ピラニアの如く「闇営業」のエサに群がっている。これに各省庁が入り乱れて、新喜劇を演じている。 これに特任○❌なる冠をかぶったお笑い教師が加わって、まことしやかな他人批判や自己弁護劇を演じている。特任○❌にとってはお笑いの世界はうってつけのアルバイト先なのだ。 そう言えば、2011年の東日本大震災直後にも、売名行為見え見えの売れない芸人や消費期限切れのタレントが、被災者の不幸にかこつけて出てきたが、良くできたもので、このピラニアたちの中で生き残ったものは一人もいない。震災ただ乗り一発屋だったのだ。 バカの一つ覚えのように「ガバナンス、コンプライアンス」「契約」をおうむ返しする落ち目のヒョーロン家の言葉をよく聞けば、口約束で自分の仕事がなくなるのが心配なだけだ。また「契約解除は死刑宣告に等しい」というキャスターは、自分の仕事がなくなる夢に魘されるのだろう。また胸に手を当てると「過去に反社会的勢力と関係があったかもしれない」「捏造された写真で脅されるかも知れない」、はたまた「現に付き合いがあるかもしれない」ギャラ飲みのお笑いさんにとって、このお笑い騒動の裏で眠れぬ毎日を送っていることだろう。火の手はジャニーズの領域をなめ尽くすかもしれない。 そしてこのような世界とは全く縁遠い世界にいるサラリーマンや一般庶民はTVや週刊紙を見て笑い転げていることだろう。新喜劇は終わることのない儚い夢なのかも知れない。 芸人商品の属性研究序説 ここでいう「芸人」とは、「芸」を生計の資として売って生きるあらゆる階層の人びと、誤解を恐れずに言うと、資本主義の発展によって、実体経済に機械や、さらにはコンピューターが導入され、それらがAIと結びつくようになると、サービス経済化が進み、「笑い」や「芸」「感動」「躍動」「美」「情動」等を自らの身体表現の結果としての「商品」を売ることを使命とする、資本の自己増殖の結果としてのあらゆる形態の利潤、その派生形態の税収によって養われる、自営的存在の不生産的階層としての人びとー芸能人的職種、タレント、ライター、クリエイター、弁護士、タレント議員、首長、コメンテーター、フリーアナウンサー、大学に寄生するエセ教員等が「芸人」資本主義の担い手として登場し、行き場所を失った資本は、更なる増殖を求めて芸能プロダクションやスポーツクラブ、養成学校などへ流れていく。資本主義のこのような発展段階を芸能資本主義と規定し、グローバルな角度から分析する経済学の分野を「グローバル情動資本主義」と呼ぶ。。 既存の経済学は、近年急速に拡大し影響力増している、これら社会集団に関する分析を著しく欠いている。 これらの階層は、テレビ、雑誌等のマスメディア、小屋掛け、ライブ会場、劇場等で芸を披露し、ギャラという対価を得るのみならず、番組等の制作者の意図を満たすべく、芸を磨き、反転化した自己を観客(聴衆)に提供する。それは一見して「美」を売るビジネスに見える。しかしその「美」は性フェロモンが充満する、「官能」産業とも言える。 私は大学教員だが、このような舞台芸術を日々大学の教室の教壇で演じている芸人(役者)である。私の友人で、今有名私立大学の学長をしているM教授は「大学教授は役者だ」を口癖にしていたが、別な意味でまったくその通りになった。以下は「芸人」全般に当てはまるわけではないが、少なくともいくつかは当てはまる性格特性だ。1 自虐的人生観 笑を売る 媚を売る 脱羞恥心 ↔ ポジティブ2 自己顕示欲 ↔ 内省的 ニヒリズム3 オプティミズム ↔ 厭世観(悲観主義)3 虚栄心 ↔ ブランド志向 ↔ 高級マンション 外車4 義理人情 ↔ 宵越しのカネは持たず5 センセイションシンキング ↔6 自己愛性パーソナリティー障害 ↔7 ナルシズム(自己愛) ↔ 8 マザーコンプレックス ↔9 積極的 ↔ 消極的10 攻撃的 ↔ 防衛的11 開放的 ↔ 閉鎖的↔の右側には対義語が入る。共生、清貧、自他一如、勤倹誠実、虚心たんかい、といった性格特性は今後検討する。 8を除いて、すべての芸人(商品)に当てはまる性格特性だ。芸人は「商品」だということは誰も否定しないだろう。芸人商品は資本家によって原料として仕入れられ(オーディションやエントリー、昔は路上での引き抜き)、訓練とPRによって商品としてテレビ局や劇場に売られていく。芸人商品は会社に所属しない「モノ」としての商品であり、彼らが人間であるのは「専属マネジメント契約」と「専属エイジェント契約」の文言の中においてである。真に人的でありたいなら、インディーズであるしかない。(以上の性格特性は検証中であり詳細は上書きして公開します) これらの性格特性は、最近高速道路等で危険な煽り運転を繰り返し暴行に及んだ犯人の性格特性に通じるほか、煽られたとして、隣国に煽りをかけ、煽り合戦を演じている某国の官邸政治に似ている。この煽り政治家の周辺には煽りを煽る「同乗者」がおり、上に挙げた芸人的役割を果たしている。(2019年8月22日)「商品」としての芸能人 タレント(政治家)、芸人、アスリート 経済学として芸能資本主義を扱うさいに基本的視点となるのは、彼、彼女らが芸能「資本」によって、労働力「商品」として雇用されるのではなく、資本の循環に必須な「原材料」としての生産手段、厳密に言うと、「不変資本」として利用、消耗されるということである。ここが重要なので、繰り返し読んでいただきたい。労働力商品として雇用されるのは、芸能プロダクションの社員、テレビ局のアナウンサーたちだ。 この芸能資本主義の資本によって原材料商品となるのは、雇用形態従って契約形態(専属マネジメント契約か専属エイジェント契約か)によって内容規定は異なるが、現状で、固有の芸能人、タレント、ジャーナリスト、タレント議員、アスリート(現役か退役かを問わない)たちだ。芸能資本主義に必要なパソコンや消耗品と同じ位置付けの原材料商品だ。インターネットで、アメリカで活躍しているアーチスト(アクター)が自らのことを商品として位置づけ、自ら輝くことを使命としているといっていたが、まさに核心を付いていると思った。 一方、芸能資本に位置付けられるのは、いわゆる芸能プロダクション、映画会社、テレビ局、インターネットTV及びこれら芸能資本と取引関係にある関連会社、サプライチェーンである。 資本主義は実体経済での譲与価値生産が行き詰まり、相対的な縮小を余儀なくされるに従って、「芸能資本主義化」せざるを得ないというのが、ここでのエッセンスだ。芸能資本主義には、前夜すなわち歴史があり、「芸能資本主義に先行する諸形態」が考察されなければならない。静御前、河原芸人、小屋掛け、興業ヤクザの世界だ。しかし、この検証のためには人生がもうひとつ必要になる。あるいは「芸能経済学会」が必要なのかもしれない。 芸能資本主義「商品」の性格特性に関する試論は、このブログですでに示した。お笑いに関しては、いわゆる反社会的勢力との黒い癒着が取りざたされているが、以上にのべたようなことが解明されて、初めて浄化の道が開けるのではないか。 私はお笑いが好きだ。アホの坂田ややすしのようなお笑いさんが現れないことを寂しい思いでテレビを見ている。議論が健全な方向に進み、そして笑いながら死にたいと思っている。演歌に挑戦したい これまでPOPsを中心に作曲してきましたが、これからは演歌にも挑戦したいと考えています。演歌と言えば、「義理」「人情」「酒場」「失恋」「恋」「兄弟」「母」「別れ」「出会い」「旅」など、人と人の心の触れ合いの、奥深い部分を表現してきた歴史があります。 しかしその歴史は古く、 最初は、19世紀末の自由民権運動の時代に遡り、藩閥政府に反発する公開演説会に対する当局の監視が強くなった時、圧力をかわすために政治を風刺する歌(プロテストソング)として「演説歌」が生まれたとされています。(wikipedhia 以下wikipedhiaによります) 有名なものに、ダイナマイト節や川上音二郎のオッペケペー節があり、オッペケペーは私も小さいころに聞いた記憶があります。やがて、20世紀に入るころには、自由民権運動も一段落し、演説歌の内容にも変化が訪れ、題材が政治に対するプロテストから社会問題に関する風刺に代わってゆくとともに、ヴァイオリンでの伴奏が導入されるなど、芸人の要素を強めていきました。 また、担い手も政治運動を生業とする壮氏から書生によるアルバイトに移行するなど、より商業的な存在にもなってゆきます。大衆娯楽として変質したということでしょうか。この時期の作品としては、しののめ節、ラッパ節、ハイカラ節などがあげられますが、私は聞いたことがありません。 やがて、昭和初期にレコード歌謡の市場が完備されると、演歌師の活動も打撃を受け、盛り場で「流し」をして生計を立てるのが一般的になるとされ、私がはじめて出会った演歌は、酒場演歌でした。私は東京の大学生だったころに、新宿の酒場でアルバイトをしていたのですが、その酒場横丁でよく流しのギター弾きを見かけました。また、そのカッコよさに憧れたものでした。 この昭和初期の演歌については、実証的な研究は少ないと言われ、同時代の演歌師であった添田唖蝉坊とその息子、添田知道の著作が、主要な情報源として用いられているとされています。一方でその政治的な態度についての証言に対しては、倉田喜弘や西沢爽が実証的な批判的研究を行っているとされ、これは今後の課題としたいと思います。 演歌は艶歌とも言い、独特の節回しとギターや三味線による心の銀線にふれる日本的な曲と歌い方が特徴です。演歌には、ビールやワインよりも日本酒や焼酎が似合うと言われ、それはいわゆる「酒場」の「流し」によって奏でられる曲をイメージするからでしょう。 J-POPがどちらかというと、ひとの感情を控えめに表現するのに対し、艶(演)歌は、極限まで人の感情を背景となる風景描写に投げかける日本独特の曲の構成と歌唱方法ではないでしょうか。 以上をまとめると、演歌はもともと政治・社会的な主張を「歌」に乗せて届ける、日本的なコミュニケーション手段で、それがJ-POPなどの洋楽と棲み分けを求める中で、今のような歌謡曲になったということでしょう。「演歌」はいつも「何か」を主張し続けてきたと言う点で洋楽に卓越した存在だということはできないでしょうか。今に求められる「何か」とは一体何なんでしょうか? 芸人は労働者か? 子供タレントの合法性に関連して 近年、子どもがCMをはじめ、古くからある「子役」に加えて、様々な場で芸能者として活躍する機会が増えている。同じことは、アマチュアスポーツにおいても、早くから芸能事務所に所属し、メディア等への「露出」を通じて、ファンを獲得し、スポーツを盛り上げる手段として、「少年少女」の起用が増えている。このことは、好ましいことではあるに違いないのだが、加熱しすぎると、社会問題にもなりかねない。そこで、ここでは「芸能人」が労基法上の労働者であるのか、労働者でないとすると、いかなる働き手なのか、根源的な問いかけを行ってみたい。 まず、労働基準法第9条では「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義されている。使用者の指揮命令を受けて労働力を提供し、その労働の対価として賃金を支払われる者は、本条でいう「労働者」に当てはまる。契約の形や名称にかかわらず、実態としての雇用契約(民法第623条)が締結されていると認められるかどうかが基準となる。私は、長年大学教授であったが、引用した雇用契約の下で働いてきたわけで、まぎれもなく労働者として働いてきたわけである。だから、この小論の問いかけは、芸能人は「サラリーマン」と、労働法とは別に、経済学的にどう異なるかということになる。 したがって、小中学校の児童・生徒としての子どもが芸能活動を行う場合、「労働者」と認められる場合、それは労基法によって深夜労働が禁止されることになる。「労働者」でない場合は、禁止されないことになる。しかし、ここでは、まず「子供タレント」が労働者かどうかは一応置いておき、芸能人が労働者かどうかを考えよう。 労働省(現在の厚生労働省)が、1988年(昭和63年)に発した通達「昭和63年7月30日基収355号」の一般的な呼称で、芸能人が、うえにみた労働基準法第9条でいう「労働者」に該当するかどうか(芸能人の労働者性)の判断基準を示した「芸能タレント通達」をwikipedhiaからの引用を交えながら考察しよう。当時の人気アイドルグループ・光GENJIの活動が時代背景としてあったことから「光GENJI通達」とも俗称されたようである。 1988年当時、光GENJIは、たびたび夜の生放送番組に出演していたが、当時の光GENJIには、中学生のメンバーが2人いたため、15歳未満の者の深夜業を禁止した労働基準法第61条5項に照らし合わせると、彼らの活動は、同法に抵触するのではないかと疑義が出された。こうして、労働基準監督署が、同年6月に光GENJIの所属するジャニーズ事務所へ調査に入った結果、「報酬面」「税法上の取り扱い」「事業所所得として課税されている」などの実態があり、光GENJIのメンバーは「(労働基準法上の)労働者とは認められない」(=労働基準法は適用されない)という判断を下したのであった。つまり、個人事業主としての契約実態が示されたということであろう。 実は、それもそのはず、これに先立ち、1985年(昭和60年)には、労働省内の「労働基準法研究会」が「労働基準法の「労働者」の判断基準について」という報告書を出しており、これによれば、「労働者性」の有無は「使用される=指揮監督下の労働」という労務提供の形態及び「賃金支払」という報酬の労務に対する対償性、すなわち報酬が提供された労務に対するものであるかどうかということによって判断され、そのうえで「専属度」、「収入額」等の4つの要素をも考慮して、総合判断することによって「労働者性」の有無を判断することとなっていた。経済学的に言えば、資本によって雇用される「労働力商品」の販売者としての労働者である。 この報告は芸能タレントに限ったものではないが、「労働者性」について包括的な判断基準を示したものだった。現在においても、芸能タレントの芸能プロダクションとの間における労働者性についての判断基準は基本的にこの報告に拠っている。繰り返しになるが、芸能人は芸能プロダクションによって雇用される「労働者」ではなく、芸能という労務を提供する個人事業主であり、芸能プロダクションサイドから言えば、テレビ等に「芸能商品」として販売する「商品」である。芸能プロダクションにとって「労働者」は、同プロダクションの社員である。この「芸能商品」を考察するのが『資本論』の未開拓の仕事であると、筆者は考えている。 こうした背景があって、労働省は都道府県労働基準局からの問いに答える形で1988年7月30日に上述の「芸能タレント通達」をだしたとされる。内容は1985年の「労働基準法研究会報告」を受けて、以下の4要件を全て満たす者は、労働基準法第9条の「労働者」に該当しないとするものであった。①当人の提供する歌唱・演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性・人気等当人の個性が重要な要素となっていること。②当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。③リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。④契約形態が雇用契約でないこと、以上である。 以上の4要件によって、労働基準法第9条の「労働者」に該当しないとなれば、労働基準法で定める種々の規制(労働時間、深夜業を含む年少者保護等)は適用されないことになる。したがって、これらの条項にとらわれずに活動することができる。ジャニーズの少年2人は労働者ではなく、深夜労働も違法では二ということになった。 ところで、実際の運用は上の判断に示されたような芸能人としての「人気」や「個性」といった属性は画一的な基準で測れるものではなく、通達発出後も実際の芸能タレントが「労働者」に該当するか否かは、その都度個々の事情に応じてケースバイケースで判断するしかないとされたようである。 こうしているところへ、1999年(平成11年)12月に当時15歳の女性タレントが深夜の生放送ラジオ番組に出演したところ、所属事務所と放送局の関係者が書類送検されるという事案が発生した。所属事務所と放送局の関係者は当該タレントを「表現者に該当する」と考えていたが、労働基準監督署は労働者であると判断した。この判断については国会でも取り上げられ、当該タレントについて「余り売り出しがまだできていないような方」「労働基準法上の問題に抵触する可能性がございました」とした。 こうしたことが契機となり、現在では各放送局ともに概ね「たとえ“表現者に該当する人”であっても、15歳未満の芸能人は21時以降に生出演させない」という自主規制を定めている。こうして、規制改革の流れの中で、2004年(平成16年)に通達が発出され、「演劇の事業に使用される児童」については、労働基準法第61条5項の「厚生労働大臣が必要と認める場合」として、当分の間「午後8時から午前5時まで」を「午後9時から午前6時」とすることとなった(平成16年11月22日基発1122001号)。つまり、午後9時から午前6時までの深夜労働は禁止されたのである。 以上をまとめると、現行法規においては芸能人は上述の4要件を満たす限り労働者ではなく「表現者」、つまり、筆者の規定では芸能プロダクションがテレビ等メディアに販売、提供する「芸能商品」であり、子ども芸能人も「21時から翌朝6時まで」の時間制限を設けて労基法の例外とする、つまり大人と同様に「芸能商品」となり得るというものである。子役タレントの活躍は社会を映す鏡?最近、テレビなどを見ていると、「子役」が活躍する場が増えていることがわかります。子役のメディアへの登場は、今に始まったことはないが、子どもが「鑑賞」や「CM」の主体(対象)として登場したのは、古い時代からのことであり、その意味を歴史にさかのぼって考察する必要はあるが、現時点での「児童労働」としての現状や問題点を、考えてみる必要があると思う。 児童労働が禁止されてから久しいが、今なお一定の条件の下で許されているのが「芸能」の世界だ。芸能の世界は、果たして前近代的な世界なのだろうか。それとも社会の進化をリードする先進的な世界なのだろうか。筆者は、今、だれも考えたことのない世界へ踏み出して考えてみたいと思う。 人間の欲望には限りがない。一度味わった快感は忘れることができず、次なる、さらなる快感を求めて、快感源を探し求める。このニーズを満たすために新たなサービスがうまれ、提供されていく。そのようなところへ「カネ」と「情報」そして「モノ」と「ヒト」が流れていく。児童労働はなくならないばかりか、資本のさらなる剰余価値の源泉として、搾取対象となっていく。「搾取」という言葉が適切でないなら「人的資源」でよい。この「芸能資本主義」連載では、この仮説を検証していきたい。 芸能人をめぐるいわゆる「不祥事」が後を絶たず、かなりステレオタイプ化されて続いているところをみると、組織的に仕組まれているか、あるいは業界全体にビルトインされている、発生メカニズムが温存されているのではないかとさえ疑いたくなるのは、私だけだろうか。「反社との付き合い」「不倫」「覚せい剤等危険ドラッグの使用」など、枚挙にいとまがない。 引用したサイトを一読すればわかるように、適切な契約のもとに行われる子役の活躍は、何ら問題ではないし、親子のきずなを深め、社会の見本にすらなり得る存在だ。しかし、、、である。https://www.bengo4.com/c_18/n_115/東出の不倫発覚を一人個人のせいにしてよいのか?東出昌大、不倫発覚で相当落ち込んでいることが伝えられている。(下記サイト)莫大な損害賠償を抱える可能性がが報じられ、芸能界をあまりよく知らないものにも、ちょっと行き過ぎではないかとさえ感じられる。スポンサーから言わせれば、事務所からとんだ欠陥「商品」を押し付けられたと言うことになり、倍返しに近い賠償を請求することになるだろうが、それは契約に明記されているのなら致し方ないことではあるだろう。でも「カネ」の問題ではない。しかし、問題なのは、人間だれしもあるこのようなまちがいが、繰り返し繰り返し芸能界では「再生産」されており、過剰に反応することだ。うまくできすぎた不倫ストーリーとして、どこかで台本ができていたのではないかとすら疑ってしまう。また「影の役者」が存在していたのではないかとも考える。実に迂回タイミングで出てくるものだ。「不祥事」がまるで順番を待っているかのようだ。覚せい剤しかり、反社との付き合いしかりである。これは、公正取引委員会が指摘するように業界の古さゆえの反作用なのか、したがって克服されるべき課題なのか、それとも業界の内部構造に深く根を下ろした構造的な問題なのか。筆者は、いわゆる「芸能資本主義」を資本主義的生産関係の新しい展開として、腰を落ち着けて考察していくつもりだ。筆者は、新喜劇を見て育ち、チャンバラ映画や月光仮面から「正義」の尊さを教えられて育ち、旧御三家の歌声には散々励まされて、大人に成長してきた。優しい「兄貴」がいつもそばにいた。性フェロモンの塊ような今の操り人間とは違う「芸能人」がそこにはいた。「愛と死を見つめて」からは愛の尊さを教えられた。かつでの「夢」と「愛」と「正義」に育まれてきた芸能界は一体どこへ行ったのか。https://news.livedoor.com/article/detail/17838158/新型コロナは芸能界を直撃する4月になってからとはいえ、ジャニーズ所属の人気グループ・嵐の予定されていた北京公演が中止の運びになった。実に早い決断だ。このところ、コンサートなど芸能人が活躍するコンサートやライブの中止や延期が相次いでいる。 こんどの新型コロナウイルスは、とにかく閉鎖空間で「抜群の」感染力を持っている。そのように改造されたウイルスであって、誰かが意図的に遺伝子組み換えを行ってばらまいたのではないかとさえ疑ってみたくもなる。現にそのような情報もネット上で散見される。 デモンこと閣下も、熊本でのライブが中止になったとテレビで漏らしていた。2月25日、厚労省が新型コロナ対策の「基本方針」を発表し、「イベントの自粛」を盛り込んだものだから、この流れはさらに加速すると思われる。この基本方針、内閣の支持率の低下に気をもんでの「苦し紛れの思い付き」との憶測が乱れ飛んでいる。 これに対し、芸能プロダクションや、イベント会社などの経済的ダメジは測りがたいものになるだろう。インバウウンド=観光業界では、ホテルの倒産に追い込まれたケースも出ている。そうなってくると、イベントやライブに関係する芸人さんたちの経済的なダメジも懸念される。「コロナウイルス禍」はスポーツ・芸能界においても深刻な影響が予想され、休業補償など「基本的」対策が求められよう。https://www.asahi.com/articles/ASN2K5VTRN2KUCVL031.html 新型コロナウイルスの攻撃対象は、もはやスポーツビジネスから芸能界へと向けられてきている。厚労省のウイルス撃滅作戦は「ウイルスの巣になるクラスターをつぶす」だが、まるでこの作戦を読んだかのように、次から次へと新たなクラスターを見つけては襲い掛かっている。IQレベルで、新型ウイルスのほうが官邸よりもはるかに勝っている。 私は、芸人さんが利用するスタジオを何度か訪問したことがあるが、そこはまるで密室そのものだ。当たり前の話で、防音のためだ。そこには、コロナウイルスが好むマイクやアンプ、ドアやロッカー、各種機材などがあり、空気の流通がない密室なのだ。テレビ局での生番組や収録にも何度か行ったことがあり、そこは風通しの良い大学の教室とは違いやはり密室空間だ。すでにギャラリーなしの放映や収録を実施した番組もある。ギャラリーなしの開催はゴルフからプロ野球にも及んでいる。昨日、駅前の居酒屋に行ったが、駅前は閑散としており、居酒屋には私しかいなかった。 アーチストのダイゴは、なかなかしっかりしているし、よく観察している。無能な政治家や御用学者より、よっぽどしっかりしている。あ、彼はそういえば有名な総理大臣の孫だったか。政治資金集めのパーティーは予定通り開き、「同僚の政治家だってやったじゃないか」と、責任転嫁。生活のかかっている芸人さんには自粛をなかば強要し、休業補償すら払わない。 こんな政治を何とかするように、芸人さんたちもユニオンを作って戦ってほしい。どうせ仕事がなくなるんなら、反対運動をイベントで展開してファンを繋ぎとめよう。下手するとテレビの制作局、芸能プロダクション、キャスティング、日銭稼ぎの芸人、タレント、モデルさん共倒れになっちゃうよ。司会は、「桜を見る会」を断った千原ジュニアがいい。彼はなかなかしっかりしている。これから気候が良くなって屋外で大規模コンサートもできる、ギリギリ対策をして、corona撃滅一大コンサートを開いたらどうか。 いや、やっぱり小規模な集会が良い。場所はいくらでもある。賞味期限の切れた歌手や、アーティスト、タレントさんを集合させ、「コロナ不況ぶっ飛ばせコンサート」を開く。尾藤イサオやチェリッシュさんたち、公演にかける費用が200~300万円だって。一人当たり2,3万じゃないの。裏方さんも同じ程度のギャラしかもらっていないというじゃないか。政治資金パーティーはよくて芸人のファンサービスはやめろなんて、ウイルス対策はどうかしてる。https://www.excite.co.jp/…/article/SportsHochi_20200227_OH…/トランプ劇場とコロナ過で芸人化した大学教師私はウイルス学者でもなければ、感染症学、公衆衛生や特定の医学分野に精通した医者でもない、あえて言わせていただければ、長い間大学で経済学を教えてきた一介の教師に過ぎません。いや、もっと遜って言えば、生活のための給与を受け取るために、諸規則に従順に従うことを生業としてきた、いち給与所得者に過ぎません。 長い間学生相手やや講演・研修での聴衆を前にして話をしてくると、上から目線で知識を見せびらかし、多少あやふやなことでも「見てきたようなうそを言い」、自分を尊大に見せるいかさま詐欺師に近いと、自虐的に思うことがある。 学生や聴衆を前にして話をする商売は、落語家や講談師に近い習性を身に着けており、舞台の上やカメラの前で気取って演技をする役者と言えば聞こえがいいが、見世物小屋の芸人に近い。昔の私の友人で、いま私立大学の学長をやっているA君は、退学教師は芸人だと常々言っていた。毎回の授業で、何回学生を笑わせるかが生きがいだと言っていた。 とすれば、皿回しの皿と棒を「本」に変えただけだ。現役の大学教授にはすまないが、本質的に大学教師は「芸人」に近い。テレビに出ることを生きがいとしている大学教授はごまんといるが、その目的はギャラと、自己顕示欲の自己満足的充足だ。また大学の管理者も、大学のPRになる教師を競って雇う。 2020年1月末から、自宅のテレビで、嫌というほどこれらの見世物小屋=大学教師の演じる舞台劇を見てきた。それでも、テレビは手っ取り早くコロナ情報を提供してくれるから、自分と家族の身を守るために、嘘と真実を問わず、メディアの情報を頼りに1年を過ごしてきた。 今から30年近く前に、中央アフリカで人類を席巻したエボラ出血熱感染を、経済学的視点から研究したことがあるので、今次の新型コロナウイルスに関しては、2020年初頭の武漢ウイルスの蔓延からの事態の推移を、ある程度系統的に追うことができ、山師的報道に惑わされることなく、自分の防護だけでなく、ワクチンの接種から集団免疫、経済の再建の課題を冷静に分析することが出たように思う。『新型コロナウイルスの影響を考える』を昨年4月、緊急事態宣言が発令されたのと同時に出版して、黙々と情報収集と分析を行ってきた。いかんせん、この道の専門家ではないので、とんだ間違いや早とちりがあったかもしれない。年が明けて2021年の年初、「ゆるい」緊急事態宣言が8日に発令された。解除の条件は東京都の場合500人を下回ること、医療施設のひっ迫状況などだ。 第2次緊急事態宣言が発令されて、1月23日(土)、東京に限れば、新規感染者数ではやや落ち着きを見せ始めた。政府は新規感染者が500人を切ったら「緊急事態」は解除すると言っている。 しかし、医療提供体制はひっ迫から崩壊への兆候を見せ始めている。命の選別(トリアージ)さえ行われていると言って過言ではない。いや筆者の目には「命の選別」どころか「命の切り捨て」が始まっていると映っている。 徹底したPCR検査と封じ込め(ロックダウン)で対応した諸国は再感染の波に対しても、多少暴力的だが、即座に減少に転じさせるすべを心得たように思えるが、日本ではいまだに、初動対応の失敗から何も学んでいないばかりか、だだらとした「感染対策と経済の両立の」予定調和世界から脱出できていない。犯罪の捜査に「初動捜査」が重要であることは誰もが認めることだ。しかし、現政権はこの初動対応の遅れを認めたがらないばかりか、打つ手を心得てさえいない。 太平洋戦争勃発直前、真珠湾攻撃の情報を察知され、ミッドウエー攻撃では暗号を解読され、南雲中将の空母を失ってからは、「飛び石作戦」によって、マッカーサーのフィリピン奪還を許し、フィリピン、沖縄と負け戦、それでもソ連の仲介によって講和へ持っていけるという判断ミスによって、広島と長崎への原爆投下を許してしまった、あの失敗を今も繰り返しているのが、今次、新型コロナへの対応だ。 ①情報戦・リスクマネジメントにおける失敗=科学的思考の欠落、②巨艦大砲主義の失敗=積極的疫学調査(クラスターへの執着)、③言論弾圧と④情報隠蔽改竄(コロナムラの利権構造)が太平洋戦争の失敗であり、敗戦へ導いた要因であるとすれば、カッコの中が新型コロナに勝てない日本的要因である。with corvid2019 というウイルスとの「講和」が可能であるかのごとく、能天気に感染沈潜化を期待しているのが現状だ。 一方、アメリカでは大統領選挙に敗北したトランプの挑発で、議会制民主主義のシンボル・ホワイトハウスに暴徒が乱入し、上院の17名が反旗を翻した場合、トランプは弾劾訴追を受け、公民権をはく奪されかねない事態になっている。この期に及んでもなおトランプを擁護する大学教授が多数いることは、コロナ禍の中で、限りなく芸人化する大学教授の、もう一つの一団を見ることができる。この場合の大学教授には、非常勤・客員講師等さまざまなタレント的肩書を持った大学教師を含む。一昔前のタレント教授とは性格特性が異なる、劣化した大学教員のクラスターを、いま画面の中に見ることができる。 特任、客員、特別招聘、非常勤などの肩書の教師は、弁護士や公認会計士と同じく、教師としての収入では食っていくことができないから、芸能事務所に所属し、メディアに登場する。「この世界で生き残っていくには、このはげー」くらいのことは言えないとだめだとMCに言われ、転落していった元政治家もいる。政治家がタレント・芸人化しているのは周知の事実だ。弁護士に国際の冠がついても、弁護士業務で食っていけるのはごく一握りの弁護士に過ぎない。こうして弁護士の芸人化が進む。(2021年1月25日)エージェント契約は芸人の質を向上させるか 森七奈さんのケースYahoo知恵袋に投稿された「今はやりのエージェント契約とは何ですか?」の質問に対するベストアンサーはこうなっている。「メリット:やりたい仕事や仕事量を自分で決めることができる。ギャラが増える。デメリット:事務室(所)が勝手に仕事を持ってくるこれまでの契約とは違うので、自分自身でしっかりとしたビジョンがないと、仕事を継続的に続けられない。また人気・知名度がないと仕事が得られない。基本的にエージェント契約にする人は、自分がどんなビジョンを持って仕事をやるのかが分かっている、かつ自分自身の力で仕事をとってこれる能力がある人が結ぶと思います。」 契約の形式は、当該芸人さんと事務所との間で交わされるので、ケースバイケース異なるだろうが、伝統的な「専属マネジメント契約」とは違って、主体的に芸能活動をしたいという芸人さんにとっては、自主性を伸ばす契約形式だろう。これまでの、ベテラン芸人さんの独立事例を見た限りそう思える。「SMAの発表は、エージェント業務提携ということですが、どこまでの業務を行う契約になっているのか外部からは詳しくわかりません」と言っている人もいるようだ(THE PAGE 1月25日)。 しかし、仕事を選り好みできるほどマーケットは大きくはないので、コロナ禍の中でどれだけ有効かは、定かではないが、吉本興業が2019年に始めたこの選択的エイジェント契約は、極端に仕事量が減少した現在は、言われるほど芸人さん主導で進めるための切り札とは必ずしも思えない。下手をすると独立したものの、仕事が来なくなって干上がってしまうことになるかもしれない。 筆者は、芸能界全体のためには、エージェント化が望ましいと考えるが、旧来の専属マネジメントへ時計の針が戻るのか、ウイズ・コロナの時代にふさわしい方式として今後も増え続けるのか、しばらく見守らなければならないかもしれないと考えている。 芸能界で長きにわたり仕事を重ね、裏も表も熟知しているベテラン芸能人にとっては、実効性のある望ましい契約形態ではあろうが、2-3年マネジメント契約で仕事をもらって有名になり、給料が安いからと言って、エイジェントに切り替えても、事はそう簡単にはいかないだろう。大分県で中学時代にスカウトされ、高校時代は東京へ通う形で芸能活動を行い、有名になって「さあエイジェント」と、母子ともども上京してきたタレントの森七奈さんのケースでは、FRIDAYの1月22日号(森七菜 移籍の裏にあった「仁義なき争奪戦」の深層)がこのケースを取り上げてから、様々な意見が寄せられているようだ。日刊スポーツは、おおむね好意的に受け止めた記事を出している。 SMAの公式ホームページでは次のように掲載されている。「平素より大変お世話になっております。この度、株式会社ソニー・ミュージックアーティスツは、森七菜さんに関しましてエージェント業務提携を行う事となりました。今後とも、変わらぬご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 この度はファンの皆様、関係者の皆様にご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。感謝の気持ちを忘れず、皆様に笑顔を届けられるよう努力してまいりますので引き続き応援頂ければ幸いです。 今後ともよろしくお願いいたします。森七菜」 零細事務所から大手事務所(SMA)への移籍であるので、とりあえずは「おめでとう」と言いたいところだが、この業界については素人の私にも、この新たな船出が七奈さんの輝かしい未来を必ずしも保証していないことだけはわかる。サイゾーウーマンでは、七奈の母親が旧事務所から出演料を搾取されていたことなどの事情があって、様子見のエージェント契約になったという関係者の言葉を紹介している。 どうやら、母親がエージェント機能を担うのだろうが、コロナでパイが縮小している現下の状況の中、仕事を選り好みし、しかもお付きのマナジャーが離れることになれば、糸の切れた凧になりかねない。逆風の中、切れた凧が、試練に耐えて新たな境地を切り開き成長することを願う。(2021年1月26日 記)京都八坂神社の小屋掛け・見世物小屋 ノスタルジア筆者が静岡大学から東海学園大学へ移籍して間もないころ・・・1996年ころのことだったと思う。東海学園大学は、愛知県で女子短期大学を創設、この短期大学を母体にして東海学園大学経営学部を開学したのが1995年のことだった。その後、経営学部大学院修士課程、文学部、人間健康学部、教育学部を矢継ぎ早に創設し、中堅総合大学に成長した大学だ。京都の浄土宗・知恩院が経営するこの学園では、創設以来、入学者を新入学オリエンテーションの一環で知恩院へ連れて行き、入学報告をする日帰り恒例行事があった。 バスを何台も連ねて知恩院詣でをするこの行事は大変なことでもあり、大変意義深いものでもあった。爾来、私は定年退職する2019年まで23年間、この知恩院詣でを皆勤した。今回の「芸能資本主義」のタイトルは、「京都八坂神社の小屋掛け・見世物小屋 ノスタルジア」だが、この小論を書くことにしたいきさつを少し披露したい。ノスタルジアというのは、もう身近には見ることができなくなった、過去の日本芸能文化に対する郷愁といった意味で使う。 大学を挙げての知恩院参拝は、年によっても違ったが、だいたい4月の第1週の平日であったと記憶している。1995年ころは、まだ、そんなに地球温暖化の猛烈な影響が顕在化していなくて、桜の咲き始めるのが、京都では第1週過ぎたころではなかったかと思う。それが現在では、年によって異なるが、3月の下旬には咲き始める。円山公園中央の満開の枝垂れ桜に彩られた知恩院界隈は、平日ではあっても、人でごった返し、コロナ禍の今では考えられないような賑わいだった。 知恩院参拝が始まって間もないころのことだった。参拝終了後自由散策の時間があって、私は仲のいい教授仲間を連れて、周辺を散策するのが常だった。円山公園の枝垂桜、清水寺、少し遠出して四条河原町方面へと、散策範囲を広げては自由時間を楽しんだものだ。 そんな、知恩院詣での中で絶対に忘れることのできない光景があり、それが知恩院下の「見世物小屋」なのだ。何気なしに、下の大通りのほうに向かっていた時に目に入ったのが、小屋掛けの見世物小屋で、隙間から垣間見えたのが猟奇性のある見世物の風景で、木戸銭を払わなければ見ることはできないが、垂れ下がった筵の隙間から見えたのが、それらしき見世物の実態だった。「名だたる寺院や仏閣が並ぶこのような聖地になぜ」という素朴な疑問と違和感が脳裏をかすめるのだが、学生を引率しての年度初めの緊張に、そのような不協和音はすぐに打ち消された。寺院や神社が参道や境内でこのような興行を行っていたことは、よく承知していることではあったが、猟奇性のある見世物の堂々たる興行には違和感よりも、蔑視の念のほうが勝っていた。見世物小屋と縁日をごちゃまぜにすることはできないし、縁日はフーテンの寅さんの営業の場所であり、どこでもやっている日本の風物詩である。しかし猟奇性のある見世物の興行となるとちょっと話が違う。 最初は知恩院の地続きで知恩院の経営かなと思い、あまり気にせずに数年が過ぎたころ、知恩院の土地で見世物小屋をやっていることが気になって調べ始めたところ、実は知恩院ではなくて、もっと西の八坂神社の境内(土地)での見世物小屋だと分かった。同じような記憶を持っている人が、何人かブログやsnsで投稿しており、八坂神社の興行だと分かった。 それならば合点が行くはずで、東海学園大学を定年退職して、自分が八坂神社の見世物小屋を見ていたことを確認することになった。それが、いつ頃廃止になったのかは定かではないが、最後に知恩院へ行ったのが2018年、その時には見世物小屋はなかったと思う。でも、つい最近まで見世物小屋はあったのだ。見世物小屋は、私の故郷の津山市が江戸時代の森・松平藩だったころ、今の翁橋付近、たぶん泰安寺付近で小屋掛けが立ったことは、歴史に刻まれている。寺院や神社と見世物興業とが密接につながっていたことは、我われから親の時代の記憶を遡ってみれば鮮やかに蘇るだろう。 私はここで、現代の様々な芸能活動、芸能ビジネス、さらにスポーツビジネスも、中世のこの見世物小屋にルーツを持っているのではないかとの仮説のもとに、分析を始めた。移動を経営形態とする見世物小屋とは異なり、能、歌舞伎など継続性を特徴とする芸能は、江戸では、常設子屋での営業だったようである。相撲も縁日形態で行われていたとされる。岡山県の津山市の西部に、相撲の土俵を備えた寺院がある。 とすれば、現代資本主義の最高の発展段階の特徴として描き出すことのできる「芸能・スポーツ資本主義」と、そのグローバルな展開こそ現代の経済学が分析を深めなければならない分野だと言っても過言ではない。京都八坂神社の見世物小屋ノスタルジーから、趣旨がそれてしまった。中世の芸能に関する文献を多数買い込んだので、少しずつ分析を深めて後日披露したいと思う。(2021年5月14日)
2021.11.05
この推理小説は、これから出版するもので、未完成(草稿)で予告なしに修正することがあることをお断りします。数字は漢数字、ルビは( )になっています。出版はnextPublishing を予定しています。この前編は四十へ続きます 令和元年七月一日、藤堂麻里矢は、横浜のホテルの窓から、パノラマのようにひろがる横浜港を眺めていた。「ディナーショーのお客様は、満足してくれたかしら」いつものように、湧き出てくる何気ない不安を鎮めようと、乾いた喉を赤ワインで潤わせながら自問自答した。午後からの二部構成のディナーショーは、隔月でこのホテルで催されており、一〇年にわたって開催されている。馴染みの客が多く、彼らは藤堂麻里矢の父親の藤堂輝彦のファンなので、娘の麻里矢を自然に贔屓(ひいき)に思うファンが多かった。でも、麻里矢にとっては、親の七光りは迷惑な存在でもあった。 自分自身の歌唱力を磨いてきたつもりではあったが、声帯が似ているのであろうか、ファンからはよく「お父さんを女性にしたみたい」と評価され、そのたびに複雑な心境になるのだった。こうなったら、親の歌唱の世界を引き継ぎたいと思うようになっていた。そんな素直な気持ちになれたのも、父親が癌を患ってからのことだった。レコード会社に所属している父親は、がん治療のために、しばらく一線から退いている。「皆さん、今晩はどうもありがとうございました。父の経過はとてもよくて、幸い転移もなく、体力がついたら、再び皆様方へご挨拶したいと申しております」麻里矢の報告に、こぢんまりとしたライブ会場の一同、「おーっ」と、感嘆のため息をついた。「親子のデュエットを待っているよ」 フロアから声が飛んだ。そして午後九時半、ディナーショーは盛況のうちに終わった。 九階の部屋から見える横浜港は、薄い霧のベールに包まれているようだった。はるか遠くに、風力発電機の赤い警告灯が見えた。真下に見える氷川丸のマストの赤い照明が煙って見えた。太平洋戦争の終了間近、ポツダム宣言受諾後、マッカーサー元帥が厚木飛行場へ到着し、飛行機のタラップを降りて投宿したホテル・ニューグランドの新館から、藤堂麻里矢は、充実した歌手生活の感動の余韻に浸っていた。 自宅へ帰ってもよいのだが、横浜でディナーショーがある時は、ここへ泊まることにしている。藤堂麻里矢テルが気に入っている。日頃迷惑をかけているマネジャーともゆっくり話がしたい。長い梅雨空のもと、滅入った空気も、このすばらしい夜景で一気に晴れていった。梅雨明けは間近だった。 眼下の山下公園には、ところどころ照明があり、ピンクや赤のバラの花がぼんやりと見えたが、人通りはなかった。湾内の波は、幻想的な絨毯のように泡立ってはいるが、静かだった。「こんな時刻に、変だな……」と、麻里矢は傘をさして歩く人影を見て思った。傘は二つのようだった。確か、黒と赤。向こう側の海のほうの人が黒の、こちら側の人が赤の様だった。麻里矢は、グラスに眠るワインを口にした。 二 赤い傘の女 藤堂麻里矢は、ホテル・ニューグランドの自室で、軽くシャワーを浴びて、テレビのリモコンに手を伸ばした。バラエティ番組をやっている。何か事件があったようだ。あまり見かけないお笑い芸人が、カメラの前で何か釈明している。興味がなかったので、旅番組に切り替えた。 若いレポーターが、住民にインタビューをしている。麻里矢の所属事務所にも、お笑い系の芸人が何人かいたが、あまり付き合いはなかった。そして、窓のカーテンの自動開閉ボタンを押すと、厚手のグレーのカーテンが、ゆっくりと閉じ始めた。何度か泊まるうちに、このカーテンの自動開閉ボタンの違和感が消え、開くとき昔の映画館の幕開きのように思えるようになった。しかし、期待通りにはいかなかった。グレーのカーテンの下地の白いレースのカーテンが、薄く赤色に染まっているのに気がついて、麻里矢はボタンから指を離して窓に近づいた。赤く染まって見えたのは、予想通り、車のランプの点滅だった。 下を覗き込むと、数台のパトカーが、赤色灯を点滅させて、道路の海側に停まっていた。車のテールランプの赤色かと思ったのだが、パトカーの警告灯だったのには驚いた。救急車、消防車までが来ている。麻里矢は、まさかと思って、岸壁の方に視線を移すと、懐中電灯を持った複数の黒い人影が蠢(うごめ)くのを認めた。麻里矢は、心細くなって、同じホテルの階下に宿泊しているマネジャーに電話をかけた。「まだおきているかしら」 相手はすぐに出た。「ああ麻里矢さん、起きてらっしゃったのですか? 大変ですよ」 幸田友里恵というそのマネジャーは、興奮して上ずった口調で答えた。麻里矢は、下の道路の歩道から上を見上げているのが幸田友里恵だと分かった。手を振っている。さっそく野次馬をやっているようだ。二〇代の彼女は、好奇心に満ちている。よく仕事のできる優秀なマネジャーだ。東京池袋の私立大学を出ている。 神奈川県警の夏光一郎警部は、現場検証をあらかた終えて、付近に集まっている数人に目撃情報を尋ねた。といっても、住宅のない地域なので、ホテルのフロント業務関係のスタッフたちだ。「男性の水死体が発見されました。通りかかったあの方が第一発見者なのですが、あなた方は何か見ませんでしたか? 背中をナイフで一突きにされています」発見者はホテルの宿泊者で、酔い醒ましに仲間と散歩をしていたところ、死体が浮かんでいるのを見つけてすぐに通報した。辺りには誰もいなかったという。夏警部は、近くにいた幸田友里恵にも尋ねた。「私は部屋でテレビを見ていたので、何も分かりません。窓から騒ぎを見つけて降りてきたのです」 そう答えたところで、ロビーのエレベーターから藤堂麻里矢が出てきた。「あ、麻里矢さん」と言って、幸田は麻里矢の耳元へ囁いた。「つい今しがた、岸壁で男性の水死体が上がったそうです」 夏警部は、見覚えのある藤堂麻里矢に驚いた様子を見せたが、早速質問に入った。「持っていた名刺から、仏さんは東京の芸能プロダクション関係のマネジャーをしています」夏警部は、芸能人である藤堂麻里矢が、偶然近くに居合わせたことに、因縁めいたものを感じた。藤堂麻里矢は、以前、ある事件で夏警部に世話になったことがあった。殺人現場で昔話は出来ないので、麻里矢は軽く会釈をして、早速見たことを答えた。「ディナーショーが終わって、今から三〇分か四〇分前ですが、九階の私の部屋から下を見ると、傘を挿した二人連れが歩いていました。それで、少したってからもう一度下を見たら、傘は一人だけになって、何か急いだ様子で消えていきました。それで変だなとは思ったのですが、そのあとは、シャワーを浴びました。まさかこんなことが起きていたなんて、想像もしませんでした」「二度目に見るまでの時間はどれくらいだったでしょうか」「ワインが空になったので継ぎに行きました。三〇秒くらいだったと思います」「傘の色は覚えていますか」 警部の問いに、「ええ、海側にいた人が黒っぽい傘で、こちら側の人が赤だったように記憶しています」「どんな様子でしたか。何か争っていたようなとか」「いいえ。ゆっくり前へ進んでいたような」「付近に人影はありましたか」「いえ、ありませんでした」 麻里矢は答えた。被害者の持ち物は、ビジネスバッグ一つで、スマホとスケジュール帳が見つからない他は、持ち去られた形跡はなかった。現金も少しばかりだが残っていた。スマホとスケジュール帳に、付き合いの形跡が残されているのだろうと、警部は考えた。「赤い傘の方は、何か特徴はありませんでしたか?」「真上から見ていたので、ただ、傘が動くのしか見えませんでした。背丈は、傘の位置からすると同じくらいだったと思います」 夏警部は、翌日、被害者の芸能プロダクションを訪ねることにして、家族に連絡を取り、現状を保存して引き上げた。被害者の芸能プロダクションは、ユニバーサル・プロダクションといった。家族は、神奈川県警の遺体安置所で死体が本人であることを認めた。 三 神奈川県警 翌朝、藤堂麻里矢は、朝食の時間になって、マネジャーの幸田友里恵に電話した。「お早う、よく寝られたかしら。昨日は大変でしたね」「お早うございます。ディナーショーの肩の荷がおりて、たっぷり寝ましたわ。麻里矢さんこそ、わたし余計なことをお知らせしたのではと」「そんなことないわ。県警の夏警部にしばらくぶりにお会いできて、亡くなったかたには気の毒ですけど、目撃提供できてよかった。また話しますけど、刑事さんとは知り合いなんですよ」 二人は、これからの打ち合わせをするために、階下の食事会場で落ち合った。バンドのメンバーたちは、別のホテルに投宿していた。高級ホテルに泊まれるほど余裕はない。「ところで幸田さん、わたし、昨日の事件のことで気になることがあるの」 麻里矢は、食事のあとのコーヒーに手を伸ばしながら言った。早朝のテレビニュースは、昨晩の事件について次のように報じていた。「昨晩一〇時半頃、横浜の山下公園岸壁で男性の水死体が発見され、神奈川県警は、背中の刺し傷から殺人事件とみて捜査を開始しました。死体は、持ち物から東京の芸能プロダクションに勤務するマネジャーの澤田研一氏、四一歳で、死体は登山ナイフにより一突きされ、海へ落とされたことによる溺死と見られています。第一発見者で、近くのホテルの宿泊者は、「散歩中に、岸壁下の海水に浮かんでいるのを見つけて、すぐに通報した。辺りには誰もいなかった。黒い傘が開いたまま逆さまに転がっていた」と、言っているとのことです。「幸田さん、あなたは先に事務所に帰ってちょうだい。私は、時間があるから、これから警察へ寄って昨日のことを少し話して帰るから」 藤堂真理矢の事務所は「かぐや姫」といい、横浜駅の近くにあった。幸田友里恵は、何か言いたげに麻里矢を見たが、「分かりました。事務所でお待ちしています」と言って、食事会場を出た。麻里矢は、携帯の夏警部の電話番号を探した。もう一年近く音信不通だが、番号を発信した。「もしもし、藤堂さんですね。昨晩はありがとうございました」の返事に、番号をとっておいてくれたことが分かった。「昨日のことで、何か思い出していただけましたか」と、昔ながらの丁寧な言葉が返ってきた。刑事らしくない話し方をする。「思い出したというほどのことではないのですが、ちょっと気になることがあって、これからお話にうかがいますが、よろしいでしょうか」 麻里矢は、単刀直入に切り出した。夏警部は、神奈川県警の玄関で待つと言って電話を切った。 捜査一課のソファーに案内されて、麻里矢は一課長の挨拶を受けたが、早速本題に入った。「実は、赤い傘のことが気になるのです」「と言いますと?」 夏警部は身を乗り出した。 四 赤の疑惑 藤堂麻里矢は、ホテル・ニューグランドで見たことを話した。「実は、わたくし、昨晩、警部さんにお話した赤い傘の人なんですが、ホテルで見たような気がするんです」「気がするとは?」 夏警部は興味を示した。「はい、赤い傘を持った女性が、ホテルのロビーにいたのを思い出したのです。ほんの一瞬だったので、自信がないのですが。傘はたたんでいました」「何時ごろでしたか」「ディナーショーの夕方の部が始まる前でしたから、午後四時前だったと思います」「その女性の特徴は?」「バンドのメンバーと話をしていたので、ちらっと見ただけですが、濃い色のジーンズに、上着は白っぽかったと思います。身長は高かったと思います。一七〇センチくらいはあったでしょうか」「ジーンズはズボンですね。一人でしたか?」「はい、その時は一人でした」「その女性を見たのは、その時限りですか?」「はい。傘が印象的だったので、そのあとで見ても、分からないと思います」「傘の目撃ですね」「そうですね。お役にたちませんね」「そんなことはありません。早速ホテルに問い合わせします。藤堂さんがその傘の女性を見かけたときには、まだ雨は降っていませんでした。天気予報は、夜は雨となっていましたから、傘を用意していたと言えばその通りでしょうが、折り畳みの傘ではなく、蛇の目の傘をわざわざ持っていたところに、不自然さを感じますね」と言って、警部は同席していた女性警部補に合図をした。女性警部補は、夏蜜柑といった。夏警部の娘だ。蜜柑警部補は席を立った。「ところで藤堂さん、その節はお世話になりました」「わたしの方こそ。警部のおかげで歌が歌えるようになりました」「山梨玲子さんは、お元気ですか?」 夏警部は、犯人逮捕に協力した私立探偵を思い出した。事件は、芸能界をめぐる利権争いのすえの殺人事件だった。 二年前のこと、藤堂麻里矢は、歌手生活に行き詰まりを感じ、極度のスランプに陥っていた。活動拠点である東京を飛び出し、まるでドサ回りの旅芸人のように徘徊し、「歌」の原点を求めてさ迷った。芸能界をめぐる犯罪に巻き込まれた藤堂を救ったのが夏警部と山梨玲子だった。その事件を通じて、藤堂麻里矢は、歌手としての新しい生命を獲得した。「警部、分かりました」と言って、部下であり娘の蜜柑が戻ってきた。「ホテルのフロントで、赤い傘の泊まり客があったのを覚えています。赤い傘が印象的だったそうです。でも、背の高い女性という以外は、記憶がないそうです。部屋へ案内した男性スタッフと、朝食会場のスタッフに当たってくれていますので、追って連絡が来ると思います」その時、蜜柑の携帯が鳴った。「はい、そうです」しばらく話し込んで、蜜柑は次のように言った。「予約は電話で申し込まれています。係りのスタッフも、背の高い女性という以外は記憶がないということでした。昨晩の事件の時刻に、鍵をフロントに預けた記録はないそうです。ということは、外に出なかったということになりますが。今日のチェックアウトは、午前八時となっています。その時は赤い傘は持っていなかったそうです。以上です」と、蜜柑は報告した。「ありがとう。赤い傘の女性は、鍵を預けなかった。つまり外に出なかった。外に出なかったはずの赤い女性が、黒い傘の男性、つまり被害者と岸壁を散歩している。変だな。鍵を持って出たということも考えられる。何か捜査を赤い傘に誘導しているように見えますね。犯行に、赤い傘を用意したのかもしれません。では、早速防犯カメラのリレー捜査を始めてくれ」警部は、部下の蜜柑に命じた。「おかげで犯人像に一歩近づきました。赤い傘の女性が鍵を握っています。鍵を預けないで、外へ出た可能性があります」と言って、警部は藤堂にお茶をすすめた。「ところで麻里矢さん、久しぶりにお会いできたのが、こんな物騒な事件と重なって申し訳ないのですが、今晩お時間がおありでしたら、お食事でもいかがですか? 蜜柑が喜ぶと思うのです」 警部はある算段を胸に言った。麻里矢は次のコンサートまでしばらく暇なので、申し出を受けて神奈川県警を出た。実際のところ、コンサートやディナーショーは、過飽和状態で、所属事務所としては頭が痛い。麻里矢の事務所は横浜駅の北にあった。約束の時間に、麻里矢と私立探偵の山梨玲子が、レストランに入ってきた。警部と蜜柑は、立ち上がって「ここです」と合図した。 五 お笑い芸人 山梨玲子は、スタッフ数人と探偵事務所を営んでいた。最初は自分とアルバイトの二人でやっていたが、信用を得ながら依頼件数を増やしていった。浮気、素行調査は極力減らしている。依頼主は芸能界が多い。山梨は、今この時点では、昨晩の事件の関係で、仕事の依頼が来るなど考えてもみなかった。「警部、その節はお世話になりました」と、山梨は挨拶した。「こちらこそ」と、娘の蜜柑が挨拶した。 被害者は、東京恵比寿のユニバーサル・プロダクションの社員で、澤田研一さんといいます。反社会的勢力との付き合いについては、厳しく対処しており、澤田研一さんについても、そのような事実は会社としては承知していないということでした」と、夏警部が切り出した。藤堂麻里矢は、警部が食事に誘った意味を解して言った。「聞いたことのあるような名前ですわ」と、藤堂は言った。「防犯カメラのリレー捜査を始めたのですが、原場付近のカメラ一台に、確かに傘をさした人物が写っているのですが、そのあとの追跡がまだできていません。傘を持った人物は、巧妙に防犯カメラをかいくぐったのかもしれません。周到な準備を感じます。引き続き映像の分析はします」夏警部は、運ばれてきたワインを手にとって乾杯の仕草をした。蜜柑もお気に入りのワイングラスを持っている。警察の捜査情報を、どこまで一般人に話題にできるかは難しいところだが、藤堂麻里矢は芸能関係者だ。夏警部は、何かヒントが得られないか期待している。意外と、藤堂の近くにいるかもしれない。刑事の勘だ。「澤田研一というかたですが、芸能雑誌で一度読んだことがあります」 藤堂麻里矢は、微かな記憶を辿りながら言った。「確か、芸人さんの発掘や育て方の上手なかたで、雑誌に顔写真入りで紹介されていました。その点は、うちのスタッフも話題にしていたことがあります、ただ、噂では反社会的勢力とのつきあいもあるみたいです。詳しいことは知りませんが」 麻里矢は、伏し目がちに言った。「ユニバーサル・プロダクションへ行ってきたのですが、澤田は、昨日は休暇をとっていて、会社では、トラブルや殺人に繋がることは、何も知らないということでした」と、蜜柑が言った。「赤い傘の女性と芸能プロダクションの社員、この二つの情報しかないのが現状です」と、夏は言った。「ネットではよほど注意しているらしく、悪い情報はとくに見られません」「麻里矢さんが見た赤い傘の女性は、果たして女性なのでしょうか」 山梨が、当然のことながら、男性の可能性を指摘した。夏警部と蜜柑が、顔を見合せた。 ホールの隅においてあるテレビが、お笑い芸人のトークショーを映している。昨晩の事件のことで、何か話しているようだ。四人は耳を済ました。「芸能プロダクションのマネジャーさんの事件なんて稀有ですね」と、男か女かわからないような芸人が言うと、「そうやね、わても聞いたことありまへんわ」「キョンさんはどう思いますか」 司会役のフリーアナウンサーが振ると、「マネジャーさんは、それこそタレントや芸人さんと一心同体のマネジメントをやっていますからね、いろいろプライベートな関係が充満していますよね。警察は、何を調べているかわかりませんが、芸人の不祥事続きの延長でなければいいと思います」と、キョンは薄笑いを浮かべて言う。「我々の業界は、仲良くやっているように見えて、仕事の奪い合い、足の引っ張り合いはざらで、日常茶飯事ですからね。警察は何を捜査しているのか知りませんけど、早く敵を討ってほしいと思います」 司会が引き取った。 六 白兎海岸の殺人 それから二週間後、鳥取県の白兎海岸を、若い男女が散歩していた。登りはじめた真夏の太陽を背に受けて、国道沿いのコンビニで買ったパンを、朝食がわりに食べながら、波打ち際を歩いていった。空は抜けるように青い。海鳥が大きな弧を描いて飛んでいる。遠い沖には、貨物船とみられる船が浮かんでいる。白い砂浜には、どこから流れてきたのか、朽ち果てるような流木が点在している。目に映るものはそれだけだった。「因幡の白兎のはなし、本当かしら」女性が、男性の右腕にぶら下がって言った。「神話だしね。でもロマンがあって楽しい」大阪の大学で、日本史を専攻している若い男が答えた。夏休みを利用して、鳥取県へ遊びに来ていた。山陰の空は抜けるように青い。「あら、何かしら、あれ」と言って、女性が目の前の岩肌のところを指差して言った。岩肌に大きな布切れが付着しているように見える。「なんだろう。行ってみよう」女性は、男性の後に従った。大きな円錐形の岩が三つ、波打ち際に聳え立つように浮かんでいるのだが、そのうちの一番沖の一つに、男性の死体らしきものが打ち上げられていた。死体を確かめた二人は、腰を抜かすほど驚いて、手に手をとって、何度も転びそうになりながら、コンビニに駆け込んだ。鳥取県警察のパトカーが到着したのは、一一〇番通報から三〇分くらいたってからだった。先に来ていた地元の派出所員が、県警の三村警部に発見者の学生を紹介した。死体は浜辺の砂の上へ降ろされていた。鑑識も数名やって来て、写真を撮っている。鳥取県では、めったに殺人事件など起きることはない。三村警部は興奮を隠せない。「あの大きな岩の途中に引っ掛かっていたんです」仰向けにされた死体の顔に、大きなアザができていた。着衣は乱れ、露出した肌は、ごつごつした岩の鋭利な刃によって切り刻まれていた。顔の判別もつかないほどに、死体は損傷が激しかった。押し寄せる波で、何度も岩にぶつけられたのだろう。背中に鋭利な刃物によるとみられる刺し傷が認められた。昨晩は風が強かった。死体はかろうじて男だと分かった。まだ、殺人事件と決まったわけではないが、三村警部は、部下に付近の住宅ーといっても国道沿いに数軒しかなかったがーへの聞き込みを命じた。道の駅と白兎神社があるのだが、収穫はなかった。道の駅は日が暮れると営業をやめてしまう。三村警部は、コンビニの従業員に聞き取りを始めた。深夜から早朝にシフトで入っていた学生アルバイトへ電話で聞くと、一一時半ころに駐車場の外れに一台の車が入り、夜食を買って出ていった二人連れがあったことを覚えていた。一二時以降は店を閉めるので、深夜の情報はそれしかなかった。学生アルバイトがシフトで入ったのは、午後八時で、数人の客は女性と高齢者ばかりであった。アルバイトの学生は、死体を確認しに来ると言って電話を切った。「確かにこのひとでした。焼き鳥を五本買って行きました。」学生は、変形した顔を直視しながら答えた。「だいぶ酔っていた様子で、焼酎を買って、もう一人の男性と店を出ていきました」「連れの男性はどんな風でしたか」「それが、確か男の人でしたが、自動ドアの外で待っていたので、よくわかりません」「すぐに車で出て行ったのですね」「それは分かりませんが、二〇分くらいして戸締りの準備で外へ出たときには、車はありませんでしたから、一二時までには、車はなくなっていたことになります」「何か喋りませんでしたか? どんなことでもいいんです」「ええ、酔っていたので、大丈夫ですか、と言ったら、あの、聞き間違いかも知れませんが、ハクトがどうとか、言っていたようでした」と、アルバイトの男は答えた。「ハクトって言ったのですね」「はい、確か。そう聞こえました」「その少しの時間の間に、連れの男が犯人だとすると、酔った男を殺害して、男は海で岩にたたきつけられた。そんな感じですか」三村警部の部下が言った。「この先に崖がある。そこから突き落とされたのかも知れない。とにかく、死因と死亡推定時刻の判定を待とう」鳥取県警は、明日の捜査を期して現場を引き上げた。翌朝、徹夜で科学捜査を担当した所員から、報告がきた。死因は溺死、死亡推定時刻は前夜の未明の一時前後。胃の内容物は夜食の肉類と未分解のアルコール、からだの傷は岩に打ち付けられた時に出来た傷と判明した。頭に固い棒状のもので殴られた痕が認められた。おそらくこれが致命傷だと考えられた。死体は持っていた免許証から、大阪のコンサルタント会社兼芸能プロダクション、君川俊夫、年齢は六五才。会社はドリームリサーチといった。大阪府警察の協力を得て、犯人割り出しに繋がる情報収集に全力を投入することとなった。七 山梨玲子は、依頼の女性にお茶を薦めてから言った。「ご依頼の向きは、お電話で概ね分かりましたが、お引き受けする前に、詳細をお聞かせください」 横浜、山下公園の殺人事件から一ヶ月が経過した。神奈川県警の捜査は進んでいるのだろうが、山梨玲子のもとへは、情報は一切ない。山梨は不安に包まれた思いで、依頼者の澤田淳子を迎えた。「主人の死について不審なことがあるのですが、警察ではなかなか言えなくて。それで内々に調べていただきたいと思って」「神奈川県警では、聞いてもらえないということですか」と、山梨は夏警部を思い浮かべながら聞いた。「いいえ、そういうわけではないのですが、非常にプライベートなことなので、なかなか言い出せなくて。捜査に協力しなければならないことは分かっているのですが、新聞や週刊誌に公になっても困りますから、内々、相談に来たのです」「何なりとおっしゃってください。私たちには、厳格な守秘義務がございますから、どうぞ安心なさってください」 山梨は、お茶を薦めてから言った。「主人は最近急に帰りが遅くなり、私に内緒のお金を、しかも、かなりの金額を持ち歩くようになって。以前はそういうことはなかったのですが」澤田淳子は、悔しそうな表情に涙を浮かべて言った。なるほど、と山梨は思った。「ご主人に、そういう変化が出たのはいつ頃でしょうか」「半年ほど前からです。それに」と、澤田諄子は続けた。「帰りが遅いときに限って、シャツに香水の臭いがするのです」「問い詰められたのですね」「ええ、女の勘で。でも、所属の芸人やタレントさんたちの世話をする機会が増えて、何もやましいところはない、芸人は濃い香水をつけるから移るんだろう、というので、それ以上追求することはできないし、うやむやになっていたのです」「香水の匂いは、今回が初めてですか」「いえ。主人が言うように、タレントさんを車に乗せて撮影現場へ行くこともありますから、たまにはありましたけど」「それで、奥さんはそのことが事件と関係があると考えていらっしゃるのですね」「はい、そうです」「ご主人のパソコンは、どうなさいましたか」「ええ、県警の警部さんからも同じことを聞かれたので、主人は、スマホで何でもやっているので、パソコンをやっているのは、あまり見たことがありません、とお答えしておきました」「では、まだ誰もパソコンは見ていないのですね」「はい、私は、パソコンは使えませんし。そのままになっています」山梨は、まだまだ聞きたいことはあったが、とりあえずパソコンを手がかりにして進めることにした。契約は、生前の澤田研一の素行で、人から殺意を抱かれるほどの理由があったかどうかの調査であった。ポイントは女性関係だ。非常に変則的な依頼内容だった。期限は特に設定しなかった。「ではこれから契約書を作成して、明日にでもお持ちしますから、パソコンを拝見させて下さい」と言って、澤田淳子を見送った。 翌朝一〇時に、山梨玲子は澤田淳子のマンションを訪ねた。マンションは、山手線の恵比寿駅の近くにあった。芸能プロダクションは、渋谷や恵比寿、それに青山に集中している。遺影に手を合わせてから、ノートパソコンの電源を入れた。ログインにパスワードは設定していなかった。保存用のホルダも作ってなく、最新版のウインドウズが、あまり使われた形跡はなかったが、インターネットでは、観光地やグルメなどのサイトがブックマークされていた。クロームchromeがインストールされていた。気になるサイトもあったが、あとでゆっくり見ることにして、スルーした。 メールはchromeで共有されており、フリーメールが使われていた。ざっと送受信メールを見ると、会社の仕事関係のものが多かった。個人的な連絡には、スマホのメールを使っていたのだろう。芸能事務所のマネジャーが仕事だったと分かった。メールと閲覧されていたサイトは、一括して、持参したUSBに保存して、持ち帰ることとした。なくなっていたスマホは、家中を探したが出てこなかった。犯人が犯行後に持ち帰ったに違いなかった。山梨は、犯人が沢田のスマホを処分せずに持っていることを期待した。山梨は、夏警部の娘の蜜柑との待ち合わせ場所へ向かった。藤堂麻里矢も来ることになっていた。山梨は二人が来るまで、USBをノートパソコンに差し込んで、送受信メールを見ていた。メールのアカウントとパスワードは、ワードに記録してあった。山梨のノートパソコンは、通信衛星に対応できた。八 ドリームリサーチ・プロダクション コンサルタント会社のドリームリサーチは、大阪の道頓堀にあった。三村警部は部下の瀧川を伴って、社長の死について、息子の君川翔に悔やみの言葉を述べた。「ご面倒とご心配をかけました」 若い息子は気落ちした面持ちで、社長室の父親の写真に目をやった。「ご心中、お察しします。早速ですが、今度のことについて何か心当たりはありませんか?」 三村警部は、鳥取訛りの言葉で聞いた。「ずっと考えてはいるのですが、皆目見当がつかないのです。おやじ、君川俊夫は人から恨みを買うような人物ではないのです。息子の私が言うのも変ですが、実に良くできた経営者でした」息子で、経営コンサルタントの資格を持つ君川翔は答えた。「お父さんは、白兎海岸で殺害されたようなのですが、白兎海岸については、何かお心当たりはありませんか」「従業員といっても、三人しかいないのですが、聞いてみても、白兎海岸に行った理由が分からないのです。仕事の関係は、ほとんどが大阪とその周辺で、鳥取県の仕事は、最近はなかったです」「お父さんの仕事のマネジはどなたが?」「僕がやっていました。事件のあった日は体調が悪くて、自宅にいたはずなんですが。なぜ鳥取なんかに行ったのか」「心当たりは?」「ありません」「お車は?」「普通車を持っていますが、自宅に置いています。普段からあまり乗りません」「鳥取へは電車で行かれたのですね」「はい、確か第三セクターの急行で行ったはずです」「男性の従業員は」「二人ですが、二人とも会社にいました」三村警部は、何とか手がかりを得ようと質問を続けたが、とりあえずここまでとして、ドリームリサーチ社をあとにした。 平日だが、道頓堀は賑わっていた。「おい瀧川、大阪は久しぶりだな。お日様はまだ高いが、一杯やって行くか」「いいですね。先輩」 よれよれのズボンにワイシャツの二人は、居酒屋の暖簾をくぐった。「あの息子の君川翔、先輩はどう思いますか? なんか歯切れがよすぎますね」 瀧川は生ビールの三分の一くらいを一気に飲んで言った。「俺もだ。答えを用意していたみたいだな」「先輩もですか。これからどうしますか」「予定通りビジネスホテル泊、明日は君川俊夫の周辺を当たろう」「先ずは君川の妻ですね」「明日は忙しくなるぞ。あ、おねえさん、生ビールのおかわり」 三村警部は手を高く上げた。これ幸いとばかり、出張を楽しんでいる。九 細君へのメール 鳥取県警の二人は大阪府警へ寄ってから、君川俊夫の自宅を訪問した。息子の君川翔は会社へ出かけていたが、細君は在宅していた。三村と瀧川は遺影の前に線香をあげ、手を会わせてから用件を告げた。「主人も息子も、会社や仕事のことは、家ではめったに話しませんから、いったいどうなっているのか全然分かりませんし、息子に聞いても同じことで、ただただ、途方にくれています」「ご主人は、ご自宅でパソコンはなさいますか」 瀧川が聞いた。「いえ、主人はタブレット端末を持っていて、それで何でもやっていました。パソコンはご覧の通りで、埃をかぶっています。私が時々使うくらいです。」 妻は、応接間の片隅にあるノートパソコンを指さした。「息子さんは使いますか?」「いえ、パスワードが違うとかで。私は使えるようになっています」「ちょっと開いていいですか」 若い滝川が腰を浮かした。「どうぞ、検索をして買い物の情報を得ているくらいですが」 滝川は慣れた手つきで、電源を入れインターネットを立ち上げ、履歴を一瞥し、ダウンロードやホルダをチェックしてみた。メールはフリーメールを使っており、いくつかの受発信履歴を見た。「ご主人は、鳥取市内のビジネスホテルに宿泊なさっていましたが、何か心当たりはありませんか」 三村が続けた。「仕事関係のことは一切口にしませんでしたし、でも、ビジネスホテルに泊まるとは申しておりました」 ご主人は、以前に鳥取へ行かれたことがあるとか、ご自宅で鳥取のことを話題にされたことはありませんか」 君川敏夫の妻は、しばらく考えてから、「鳥取市で人に会って、それからいい機会だから松江の方を回って帰る、と申しておりました。それでお泊まりはと聞くと、松江市内だと申しておりました」と答えた。「鳥取と松江のホテルは分かりますか?」「いえ、主人はいつもネット予約で取っていましたから」「奥さんは、ご主人とはメールのやり取りはなさっていましたか」「はい、ショートメールですが」「差し支えなければ、見せていただけませんか」 妻は訝しげな表情をしたが、いったん下がってケータイを持参して、「どうぞここをクリックしてください」と言って、ケータイを三村に渡した。メールは専用のホルダに保存されており、若い瀧川が操作した。二人の目線が、あるメールに釘付けになった。滝川は、パソコンをもう一度ゆっくり見る必要があると感じた。十 神奈川県警へドリームリサーチ代表、君川俊夫が鳥取の白兎海岸で殺害され発見された日の前日に、妻あてに送ったメールには、次のように記されていた。君川が白兎海岸の岩場へ打ち上げられた格好で発見されたのは、梅雨明けが間近に迫った七月二〇日の朝、ユニバーサル・プロダクションの澤田研一が、山下ふ頭の氷川丸の近くの海で、水死体で発見された七月一日から二〇日たってからのことだった。メールの日付は、七月一九日、時間は午後四時となっている。「昨日は、鳥取市内のホテルに一泊した。久しぶりの旅行で、鋭気を養っている。こんど、一緒に山陰を旅行したいね。ところで、うちでとっている関西新聞の七月二日の朝刊に、横浜で起きた芸能プロダクション関係者の殺人事件の記事が載っているはずなので、探して切り抜きを作っておいてくれないか。そのあとの新聞も見ておいてください。明後日は遅くならないうちに帰るつもり。土産は何がいいかな」 滝川刑事は声を出してメールの全文を読んだ。「奥さんは、この旦那さんのメールにある新聞記事をご存知ですか」 三村刑事が聞いた。「はい、メールを受け取ってすぐに新聞を探しましたら、三面に出ていましたので、切り抜いておきました」 と言って、ファイルを取りに行った。「横浜の事件のことは新聞で読んだが、まさか君川俊夫が、何で、鳥取からわざわざ奥さんに知らせたのか」 三村は、部下の滝川に小声でしゃべった。「鳥取へ行ってから、横浜の事件について、何らかの事情で、詳細を知る必要ができたのだろう」 ここで、君川の妻が記事の切り抜きを持ってきた。「この記事が、うちの主人の件と何か関係があるのでしょうか」 君川の妻は、落胆した表情で聞いた。記事に一通り目を通した三村が言った。「同じ業界関係の事件なので興味を持ったのか、それとも特別に事件の内容を知る必要があったのか、何とも言えませんが。ご主人は、横浜の事件のことについて何か話しておられませんでしたか」 気落ちした妻に、気を使いながら聞いた。「いえ。何も話しておりませんでしたし、切り抜きを作るまで、事件のことはちっとも知らなかったのです。あの、そのことが、うちの主人のことと何か関係でも?」 妻は、何か、ただならぬものを感じたように聞いた。「私どもも、実は、横浜事件のことは詳しくは知りませんので、少し状況を把握してから、もう一度出直してくることにします」 と言って、鳥取県警の二人は、君川宅を後にした。「東京の芸能プロダクションのマネジャー殺人事件と、君川俊夫社長の鳥取への旅行と何か関係があるかもしれないな。どうだ、これから急きょ予定を変更して、神奈川県警へ行かないか」 三村は、滝川に打診した。「そうですね。一気に核心に迫りましょう。その代わり、中華街へ連れて行ってくださいよ」 若い滝川は、笑いながら言った。実際、今回の捜査出張は、あまり鳥取から外へ出る機会のない若い滝川にとって、仕事以上の楽しみであった。君川宅のパソコンのメールに、気になるものがいくつかあったが、また後でゆっくり考えようという誘惑が勝っていた。中華街が目に浮かぶのも無理はない。三村は鳥取県警の刑事課宛連絡を入れ、許可を得てから、神奈川県警へ電話で面会を求めた。新大阪から、のぞみで名古屋まで行き、ひかりに乗り換えて新横浜につくと夕方になっていた。なれない地下鉄に乗って県警に到着した二人を、夏警部が出迎えた。十一 論争・反社勢力 神奈川県警の夏警部と蜜柑は、県警の食堂で昼食をとりながらテレビを見ていた。ちょうど昼の報道番組が始まったばかりで、あまり興味はなかったが、最近、ニュース番組などで話題になっている、お笑い芸人の反社勢力との癒着問題を扱っていたので、肩を並べて見ることにした。蜜柑は横で食後の紅茶を飲んでいる。 山下公園岸壁の殺人事件の被害者が、芸能プロダクションのマネジャーであったので、自然とテレビにひかれたのだった。刑事課では、芸能人の刑事事件というのは、なぜだかほとんど案件がない。それだけ、芸能プロダクションの人材管理が徹底しているということだろう。芸能プロダクションにとって、タレントはドル箱であり、「金のなる木」、商品であるから、商品管理は徹底的に行わなければならない。恋愛が禁止という事務所もある。それにしては、世間をお騒がせする痴情関係の事件は絶えない。夏警部には、芸能界の知識はほとんどなかった。 数年前に、歌手の藤堂麻里矢が、歌に行き詰まりを感じ、ある殺人事件に巻き込まれて、失意のうちに放浪の旅を繰り返すうちに、事件の真相を知る麻里矢が、あわや犯人の手にかかりそうになったのを、間一髪で救出したことがあった。夏警部にとって、これが初めての芸能界の絡んだ事件の解明であった。 今回の殺人事件は、正直なところ、何が手掛かりになるのかすらつかめずにいる。利権争いか、事情のもつれか、もっと派手な縄張り争いか、はては政治が絡んだ一大スキャンダルか、捜査勘が働かないのだ。被害者が所属していたユニバーサル・プロダクションと、交友関係への聞き込みによって、澤田が人に恨まれるような事実は一切出てこないのだ。捜査は難航していた。その点、藤堂麻里矢は芸能界そのもののひとである。もう一度会って、参考になることを聞きたいとは思っていた。そんなもやもやとした頭の中に、番組の声が入ってきた。「反社勢力との交遊がもとで、彼らと一緒にうっかり写真を撮ってしまったことで、Yさんはついに芸能事務所の逆鱗に触れ、謹慎処分となってしまったのですが、Aさんいかがですか」と、司会者が男か女かわからないようなタレントに振った。「そりゃ自業自得いうもんちゃいますか。いくら面識がない言うたかて、腕の入れ墨や目つきを見りゃわかるでしょうが。謹慎処分で済むわけないんとちゃいますか」とまくし立てた。「ちょっと待ってください。あなたも経験があると思いますけど、我われ芸人は、街を歩いているときだって、ちょっと写真いいですかと言って頼まれれば、ファンサービスなんで、断れないですよ。その人がたまたま反社勢力のひとだったからと言って、咎めるのはかわいそうですよ。穏便に扱うべきですよ」と別のコメンテーターBが弁護した。「しかしですね。Yさんはその席で多額の現金を受け取ったというじゃありませんか。最初はこれを否定していたのですが、どうも受け取ったらしい。これ、どう思いますか」 司会者が、また別のコメンテーターHに振った。H女性弁護士は、最近この昼の報道番組によく出演するようになった。「この芸能プロダクションでは、専属マネジメント契約が結ばれているだけで、芸人さんの権利義務関係があいまいなんですね。それに、闇営業、闇営業って言いますが、正確には事務所を通さない直営業なんですね。契約で事務所を通さない仕事は禁止されているだろうから、それは契約違反なんで、それで『闇営業』っていう。芸人さんを丸抱えにしている建前上、勝手なことをするなと言うのが本音で、契約違反に腹を立てているというのが現実ではないですか。直営業が悪いという法はない」と言えば、「では、反社勢力との直営業は違法じゃないとおっしゃるのですか。暴対法がありますよ」司会者が反論する。「そうは言いません。芸人さんの人権を無視した、あいまいな契約なので、こういうことが起きると言っているだけです。アメリカのようにエージェント契約にもっていくべきだと言っているのです」そこへ、「無契約の芸人さんが、すべてエージェント契約を結ぶとなると、六千人、七千人のタレントを抱えている大手のプロダクションだと、契約にかかる費用も莫大になり、必要な弁護士さんもおびただしい数になります。現実的に無理ですよ」と、CMで稼いでいる男性の芸人Dが割って入った。このお笑い芸人は、某政治家に取り入っており、その妻とも懇意にして、その豪遊ぶりはたびたび物議を醸しだしている。「アメリカでは、ハリウッドのあるカリフォルニア州で、アーチストの人権擁護のために法律を制定しているところもあります」と、女性コメンテーターが論戦に参加した。夏警部は、この女性タレントをどこかで見たと思ったが、すぐには浮かんでこなかった。「彼女は、最近売り出し中の評論家で、確か東京の令和大学の先生じゃなかったかしら」と、蜜柑が助け舟を出した。そういえば、いつだったか、ある政治討論番組に出ていたのを思い出したが、急に鳴った携帯電話の音で記憶はかき消された。夏警部は、電話に出た。面識のない鳥取県警の刑事からだった。「はい、あの事件ですね。承知しています。たしか、白兎海岸で発見された死体の件。大阪の芸能プロダクションの社長でしたね」 夏警部は、新聞で得た知識をもとに応答した。神奈川県警には何も照会は来ていなかった。「はい、夕方の四時半に。結構です。お待ちしています」 夏は、電話を切った。 鳥取県警の二人の刑事は約束の時間に神奈川県警に到着した。三村と滝川刑事は、白兎海岸殺人事件の概要を伝えたうえで、社長の君川俊夫が妻の携帯に送ったメッセージに、山下公園殺人事件の記事の切り抜き依頼があったことを伝えた。「すると、ドリーム・リサーチ・プロダクションですね。そこの社長さんは、誰かと鳥取県の白兎海岸で会うことになって、山下公園事件のことを知る必要が出てきた、そういうことですね」 夏警部は単刀直入に聞いた。「その通りですが、鳥取県の事件と横浜の事件との間には何かつながりがあるような気がして、それでやってきたと言うわけです」 若い滝川刑事が言った。蜜柑も興味を示して身を乗り出した。十三 推理の進展「会う約束した場所は白兎海岸でしょうか」「君川社長の携帯は奪われているし、判断ができないのですが、社長の車は自宅に置いてあることからすると、鉄道で鳥取方面へ向かったと思われます。岡山から津山線、因美線で鳥取です。奥さんには、ホテルでくつろいでいるというメールを送っていることから、さっそく署のほうで、鳥取市近辺のホテルを当たらせています」 三村が答えた。「目撃情報があるということでしたね」「はい、その通りです。夜中近くですが、白兎海岸のコンビニで、君川社長が焼き鳥と焼酎を買っているんです。君川社長は酒が好きだったようです。アルバイトの店員の証言です。外に男を待たせていたようなのですが、残念ながら顔は見ていません。顔を隠したのでしょう」「その男が犯人だとすると、警戒して暗闇に潜んでいたのでしょうね」「それ以外には、全く目撃情報がないのです」「君川さんの会社、ドリーム・リサーチでしたか、会社では何か?」 夏が聞いた。「君川俊夫社長の息子の翔さんが、会社でマネジャーをしているのですが、何もわからないと言っているのです。何か隠しているような雰囲気ではあるのですが。奥さんも、急に鳥取に行く用事ができたということだけで、あとは、横浜の事件の切り抜きを作っておくように、メールが来ただけだというのです。鳥取に親せきがあるわけでもありません」 若い滝川が答えた。「君川社長が鳥取から切り抜きを作るように奥さんにメールをしたということは、鳥取で犯人から横浜の事件のことを聞かされて、大阪に帰ってからゆっくり横浜の事件のことを考えようということで、まさか殺されようなどとは考えなかったのでしょうね」 蜜柑が割って入った。「私の娘ですが、一課の刑事を勤めています」と、夏警部は改めて紹介した。「蜜柑さん、犯人のプロファイルはいかがでしょうか」 若い滝川が聞いた。「いえ、そういうつもりでお聞きしたのではないのですが、横浜と大阪の同じ芸能プロダクションの関係者が殺害された。横浜では東京のユニバーサル・プロダクション、大阪はドリームリサーチ・プロダクション、何か見えない関係性があるような気がしたのです」 滝川刑事が相槌を打った。夏警部と三村警部は、他人事のような表情になっている。「ずばり、横浜の事件の犯人が、大阪の君川俊夫社長を呼び出した。殺害目的で」 滝川刑事が、蜜柑刑事の推理に同調していった。「おい、滝川」と、三村が制したのを見て、「横浜のマネジャー殺しの犯人が、なぜ、大阪の君川さんを呼び出す必要があったのでしょうか。あるいは逆かもしれませんが」と、推理を一歩進めた。「その辺を伺いにやってきたのですが」と、滝川が頭を掻きながら弁解した。すると、夏が、「君川俊夫社長には、犯人にとって何か都合の悪いことを握られていたか、あるいは……横浜の事件と鳥取での殺害事件は別の事件で、君川社長が横浜の事件に関心を示したのは偶然だったかもしれませんね」と、蜜柑と滝川の推理に水を差した。「横浜の事件では、赤い傘の女性が、被害者の澤田研一の背中を一突きにしたうえで、海へ突き落したという手口です。近くのホテルの窓から、この様子を目撃した人がいます。この赤い傘の女性は、同じホテルに宿泊していたのです。目撃した女性は、私と面識のあるシンガーソングライターの藤堂麻里矢さんです。それから、この事件の被害者の澤田さんの奥さんが、内々探偵社に事件解明の依頼をしています。山梨という女性です。どうでしょう三村さん、せっかく横浜までおいでになったのですから、藤堂さん、山梨さんと食事でもご一緒にいかがでしょうか」と言って、蜜柑に目配せをした。蜜柑が笑うと、若い滝川刑事の目が輝いた。滝川にとって都会の神奈川県警の若手女性刑事は、アイドルか女優に映ったに違いない。 携帯で連絡を取っていた蜜柑が、携帯を折りたたんで言った。「藤堂さんはオーケーです。山梨さんはメッセージを入れておきました。藤堂さんからも誘っていただけるそうです。それから、もしかしたら事務所のマネジャーを連れていくとのことでした。所属のかぐや姫という事務所です」 夏警部は、遠方の刑事をもてなす軽い気持ちで夕食を誘ったのだが、ここから推理が進むなど考えてもみなかった。しかし、予期せぬ第三の殺人事件が着々と準備されていたなど、刑事たちは知る由もなかった。若い滝川刑事と蜜柑が、何やらこそこそ話をしている。 十四 横浜中華街の料理店 三村と滝川刑事は、慣れない場所へ来たせいか、何ともぎこちなくそわそわとした様子で、約束した中華料理屋へ入ってきた。ホテルは中華街の近くに取った。先に来ていた夏と蜜柑が、手招きをすると、鳥取県慶の二人は、「やあ」と手を挙げて、人懐こい顔で予約された席へ来た。個室が用意されていた。店長は神奈川県警の夏と知って、一番奥の個室を用意した。「どうぞお座りください」 夏が勧めると、二人は恐縮した表情で、「ありがとうございます」と言って、神奈川県警の二人の対面に座った。「遅れて来る人は待たない主義で」と言って、夏が瓶ビールを勧めると、「それじゃ」と言って、鳥取県警の二人は、受けたグラスをかざして、遠慮がちにビールを口にした。「早速ですが、鳥取から電話が入り、君川社長は鳥取駅前のステーションホテルへ泊まっていたことがわかりました」「ほう、で、どんな具合でしたか」 夏は、やんわりと聞いた。「はい、君川社長は殺害される日の前日、一八時にステーションホテルへチェックインしています。八月一日ですね。殺害されたのは翌日二日の深夜です」「翌日はどうしたのでしょうか」「それがどうしたことか、翌二日にチェックアウトしているのです。時間は午前九時です」「その後の足取りは」「わかりません」と、三村刑事が答えたところで、藤堂麻里矢と山梨玲子、それに中年の男性が入ってきた。藤堂麻里矢が私立探偵の山梨と、事務所のマネジャーを紹介して席についた。夏が娘と鳥取県警の二人を紹介して、飲み物のオーダーを取った。コースの料理が来るまでの間、夏が中華街やミナトミライのことなどを鳥取県警の二人に案内して、これまで横浜と鳥取で起きた事件の概要を説明して言った。「なかなか話せないこともあるのですが、今度のことに関して、業界筋のことを教えていただければ幸いです」と、話を切り出した。藤堂麻里矢の所属事務所はかぐや姫と言ったが、麻里矢のマネジャーを勤めてもう一〇年にもなる谷田敬一郎が、「ご紹介いただいたばかりで僭越ですが、ユニバーサル・プロダクションの澤田さんは、私もお付き合いをさせていただいておりまして、仕事上のことに過ぎないのですが、仕事熱心でまじめな方でして、人から恨みを買うということは考えられないのです。しかしながら、芸能界というのはルールがあって無きに等しい業界でして、ご存じのとおり、世間の常識が通らない、いわば別世界のようなところがあります。藤堂から事件のことは聞きましたが、澤田さんの交友関係は調べましたか」と、いきなり突っ込みを入れてきた。おそらく麻里矢のプッシュが入っているのだろう。「それが、澤田さんは仕事一筋というか、友人関係はあまりないようで、事務所で二、三尋ねてはみたのですが、手掛かりになるような情報は得られませんでした」と、夏が答えた。 谷田敬一郎が続けた。「この業界は、芸人さんやタレントさんの関係もさることながら、芸能プロダクション同士の関係もありまして、横の関係が密なのです」「タレントさんの融通みたいなことですか」 夏が、乏しい知識で聞いた。「その通りです。ほかにもありますが」「大阪のドリームリサーチと、東京のユニバーサル・プロダクションに、仕事上の関係があったと」「はい。うちのスタッフに聞いてみたのですが、とくに濃密な関係というほどではないのですが、いくつか、共同で仕事をしているということでした」「君川社長は、鳥取の白兎海岸でユニバーサル・プロダクションの関係者と会っていた可能性が……」と、滝川が返した。「その絞り込みは、早すぎるかもしれませんが、可能性はないとは言えませんね」と、夏が引き取った。「そういえば」と、山梨玲子が思い出したように言った。「澤田さんの使っていたノートパソコンを調べているのですが、いくつか仕事に関係するメールが残っていて、今話のあったドリーム・リサーチ・プロダクションの代表メールと思われるメールが受信されているのです。私の事務所にノートパソコンがあるので、帰ったらもう一度確認しますが、確か「例の件ではお世話になりました」というようなメールを受信しています。info-dream_researchというメールでした」「やはり」と、夏が納得した。「そうすると、横浜港殺人事件の犯人かまたはその関係者が、君川社長を亡き者にしなければならない事情があって、それは君川社長が犯人を脅したか、口止め料を要求したような何かが」と、鳥取の三村が推測した。「それは、赤い傘の女に違いはないのですが、この赤い傘の女が女性だとして、君川社長を殺害したのは男だと思われますが、この男と赤い傘の女との関係はどうでしょうか?」 蜜柑が核心に迫る疑問を投げかけた。「愛人関係にある男」と、若い滝川がズバリ指摘した。「絞られてきましたね」と山梨玲子が言った。「澤田さんはなぜ殺されなければならなかったのでしょうか」 藤堂麻里矢が疑問を挟んだ。やり取りが進んでいるうちにも、第三の殺人計画が密やかに進行していた。十五 居酒屋の歌手 タレントとして最近売れてきた光岡瑠偉は、自宅近くの場末の居酒屋で焼酎をやりながら、昼間の疲れをいやしていた。この二、三日、忙しくて、ろくな睡眠時間が取れず、食べるものもワンパターン化して食傷気味であったが、時間に余裕ができて食欲が出てきた。この店はたまに来るのだが、メニューが豊富なので、食欲に任せて口に合うものなら何でも注文した。暴飲暴食はマネジャーからきつく注意されているので、アルコールは控えめにした。 光岡瑠偉はもともとバンド出身で、大学のころから組んでいたロックバンドで、今のプロダクションに売り込んで活動していたのだが、芽が出ずに、バンドは解散しソロの歌手兼タレントに転向した。売れてきたとはいえ、ライブハウスでの前座やCMの引き立て役、クイズ番組のその他大勢のような、目立たない起用ばかりでは、知名度は知れたものだ。それでも、懐具合は依然と比べれば格段に豊かになり、時たま預金通帳を見て驚くほど残高が増えて、仕事を実感することがある。 ラジオ番組の収録を終えて、電車で自宅のある郊外の私鉄の駅に着いたのが、午後十時だった。自宅は、新宿から私鉄で至近距離の八幡平にある。時たま、生まれ故郷が恋しくなることもあったが、このままでは帰るに帰れない、大げさだが死んでも死にきれないという思いで、必死に夢にしがみついている。都落ちは絶対にしたくなかった。 専属マネジャーもいるにはいるが、別の売れっ子タレントにつきっきりで、光岡瑠偉にはお構いなしだ。そのほうがありがたい面もあったが、連絡はほとんどメールで送られてくる。居酒屋の店内は結構混んでいて、大きな笑い声がところどころに聞こえる。光岡は、最近自由になるカネが増えたこともあって、売れない芸人の友だちを連れて、ちょくちょくこの店にやってくる。かと言って、光岡に気付くものはほとんどいない。女友だちはいなかった。所属事務所は、東京のユニバーサル・プロダクションで、澤田研一がマネジャーについていたが、事件に巻き込まれた澤田が死亡したことで、別の女性マネジャーに世話になるようになった。ほろ酔い気分で、光岡は澤田マネジャーが殺された件を思案していた。「いい人だったのに。俺が有名になったのも、あの人のおかげと言っていい。小さな仕事でも、手抜きをしないように頑張れば、きっといい仕事が来る…」 光岡は葬儀に参列した時の無念さを思い出して、グラスを高くかざした。「澤田さん、天国で見ていてくださいよ。オレ、きっとあなたの描いたような立派なアーチストになりますから。それにしても、一体誰だろうな、あんないい人を殺すなんて。きっと人に言えない事情があったに違いない…」 そこへ、若い女性が入ってきた。光岡も顔なじみの常連客だ。「あら瑠偉さん」 と、年上らしい女性が声をかけた。「こんばんは、久しぶりですね。お元気そうで」と、ファンサービスというわけではないが、光岡は愛想を言った。「瑠偉さん、あの歌お願いしますよ」と言って、年上の女性が壁にかけてあるギターを指さして言った。マスターが、「やりますか」と言って、クラシックギターを光岡に手渡した。「ギャラ、お支払いできませんけど」と言って笑う女性ファンに、「今作っている歌でいいですか。ちょうど聞いてくれる人を探していたんです。歌詞を間違うかもしれませんけど。自信がなくて、変なところがあったら言って下さい。直しますから」と言って、絃を調整した。「えー、素敵。私たちが初めて聞けるのね。記念に写真いいですか」 二人の女性ははしゃいだ。 これを聞いていた客の中に、光岡に気づくものがいて、「やあ、光岡さん。しばらくだね」と言って、拍手をしている。この店は、音楽好きが集まる店で、カラオケはないが、カウンターの横に小さなステージが用意してあり、シンセサイザーとギターの伴奏で歌が歌えるようになっている。Youtubeのカラオケで歌う客もいる。これは、店のオーナーが、もともとミュージシャン志望であったことからの発案で、客の希望で、たまにマスターが歌を披露する。マスターの喉は、もう賞味期限が切れてはいるが、聞かせるものを持っている。昭和の曲のファンは多い。光岡が、この店の贔屓になったのも、そういういきさつからだった。 光岡の歌唱が始まると、客は私語をやめ、光岡の歌に聞き入った。女性ファンはうっとりして聞いている。光岡は、ソロミュージシャンの夢を捨ててはいなかった。 歌い終わると、拍手が店内に響いた。光岡は照れながら頭を下げ自分の席に戻った。「光岡さんの歌声、切なくなっちゃうわ」と二人連れの女性の年下のほうが言うと、「うちのマネージャがどう言うか。次のライブでお披露目にできるかどうか」と言って、光岡は頭を掻いた。「あらもう絶対決まりよ。だめなんて言わせるもんですか。没にしたら、あたし、事務所に押しかけていくから」 年上のほうが、光岡からギターを奪って弾き語りを始めた。古い演歌だった。光岡は、その歌が好きだった。 光岡はマスターに礼を言って、帰ることにした。明日も朝早くから仕事の打ち合わせがある。光岡は居酒屋を出た。エンターテインメント業界は活況を呈していた。 自宅の賃貸マンションに帰るには、大きな通りの信号を渡らなければならない。光岡は、いつものように横断歩道を渡ろうとして、押しボタン式の信号が青に変わるのを待った。家に着いたら、作りかけの曲の続きをやらなければならなかった。居酒屋で歌っていて、ちょっと気になるところがあった。少しアルコールが入ったほうが、スムーズにメロディーが湧いて流れてくる。ライブで発表する予定の曲だった。 信号の右手の方向に、一台の車が、ハザードランプもつけずに停車していた。反対の信号が黄色に変わると、その車は勢いよく発信し、加速していった。ライトはつけていない。電気自動車だろう、音はほとんどしない。光岡はあまり気にすることなく、横断歩道を渡り始めた。右手に異変を感じた光岡が、車の急接近に気付いた時はすでに遅かった。 かろうじて体をかわすことができたのが、不幸中の幸いだったが、光岡は車のボンネットに乗り上げ地面に叩きつけられて意識を失った。後続車がこれを発見し緊急停車し、一一〇番通報した。すぐにパトカーと救急車が現場に到着して、光岡瑠偉の応急処置をして、猛スピードで救急病院へ向かった。時刻は、横浜の中華街で、神奈川県警と鳥取県警の民間人を交えた情報交換会がお開きになったころだった。 十六 仲村輝彦 仲村輝彦が東京の西教大学に赴任して二年が経過した。新しい大学に慣れるのには苦労したが、常勤の教授職を辞して、特任という雇用形態に切り替えてもらうことで、自由な時間も増え、研究室での研究と授業に専念することができるようになった。原則週二日の勤務で済むことから、学外で過ごす時間が増え、考える時間が増えて、心身健康な毎日を送っていた。「特任」という雇用形態は、裁量労働制をベースに、ノルマの授業は、従来どおりこなさなければならないが、教授会へ出席する必要もなく、オープンキャンパスや、各種委員会などへのかかわりもなくなり、報酬はほぼ半減するものの、黄昏時を迎えた仲村のようなものにとっては、理想的な働き方だった。 仲村の妻は、この働き方に変わったのを喜んだ。原則、週二日から三日は、自宅の静岡にたびたび帰ることができ、妻もこれを喜んでくれた。健康上そのほうが良いに決まっている。 仲村が大学二年生、真佐子が中学二年生の時に知り合い、しばらくつきあった後に、悲惨な交通事故で記憶を失い、仲村のことを忘れてしまった真佐子も、仲村が東京にいるほうが、遊びに来やすいと言って、この二年間に、山口県の湯玉から数回東京へ来て、買い物や食事をして楽しむようになった。 真佐子の記憶は、いまだに戻ってきてはいないが、彼女が若いころに残した日記と、姉の記憶を復元して、消化不良の青春を取り戻すのに忙しかった。私たちは、過去の記憶を手掛かりにして生きている。苦い記憶は、二度同じ過ちを繰り返さないためのシグナル、良い思い出はそう生きるべきだという教訓だ。過去の記憶がガイダンスとなって、未来の道が作られていく。 真佐子には二十歳になるまでの記憶がない。青春の記憶がないということは、その時代特有の愛や情緒、情念や失望、怒りの感情の蓄積がなく、大人になってからの分別のある平凡な記憶が真佐子の生活の道しるべとなっている。真佐子は、知人からあなたの言葉には感情がないとよく言われる。 なぜ、真佐子が中学を卒業した後、自分に背を向けたのかわからないまま、彼女が記憶を失い、永遠の闇の中に埋もれた青春の一コマを求めて、これまで、仲村は真佐子と付き合ってきた。出会いは偶然だった。島根県の鳴砂の浜辺で、真佐子が話しかけてきたのが始まりだった。二人の仲を切り裂いた事件は、どうやら真佐子が大阪へいた頃にさかのぼることが分かったが、次の記憶探しの旅は、お預けとなっていた。 真佐子も、今では孫の世話をする年になっていた。でも、仲村の記憶の中に住む真佐子の天真爛漫さは、今も変わらなかった。今、二人を結びつけるものは、何が二人を引き裂いたかを突き止める執念だった。その思いは、いまだに記憶が戻らない、青春を失った真佐子のほうが強かった。真佐子が交通事故で記憶を失ったのは、彼女が二一歳の時だった。仲村とて、真佐子が自分のもとを去った真の原因を突き止めたかった。記憶のない真佐子の口から聞けない以上、過去を探る旅を通じて確かめるしかない。過去を失い今を不安定に生きる女と、その失われた過去に明日の生きる希望を見つけたい男の葛藤だ。 仲村は、東京勤務の時に利用するビジネスホテルの一室で、近くの居酒屋の店頭で買ってきた弁当をつつきながら、ビールを飲んでいた。二五年間勤めた名古屋から東京の大学へ移籍した時には、小さなマンションを購入したのだが、今年から週二、三日の勤務になったので、マンションを売って、授業のある日は、ホテルに投宿することにした。 時計の針が午後七時を指し、つけていたテレビがニュースに切り替わった。見慣れたアナウンサーが、神妙な顔つきで、次のように話し始めた。 「昨晩、歌手でタレントの光岡瑠偉さんが、自宅近くの甲州街道の路上で乗用車にはねられ、怪我をした模様です。すぐに病院へ運ばれ、処置も早かったので、足と腕の打撲で済み、大事には至らなかったようです。はねた乗用車は、その場を立ち去り、後続の乗用車の運転手が一一〇番通報、救急車を呼び、対応が早かったのが幸いだったと、警察では言っています。ほかに目撃者はおらず、悪質なひき逃げ事件として、捜査を開始したようです。 ところで被害者は、今人気のミュージシャンでタレントの光岡瑠偉さんで、所属事務所のユニバーサル・プロダクションでは、「今回のことに関しては、誠に残念なことではありますが、不幸中の幸い、大事には至らず安堵しております。関係者の皆様方にはご心配をおかけし、誠に申し分けございません。回復まで、時間の猶予をお願いしたく申し上げます」という談話を発表しました」 ニュースはコマーシャルに切り替わった。仲村は、「ひき逃げ」というのが気になって、神奈川県警の夏光一郎を思い出した。この七時のテレビニュースは、夏光一郎親子も横浜のレストランで見ていた。夏警部は、最近テレビに時々顔を出すようになった光岡瑠偉のことは知っていた。好感の持てる歌手だと思っていた。娘の蜜柑も、時々歌を口にしていた。十七 夏警部の素性 早朝、夏の携帯電話が勢い良く鳴った。神奈川県警本部からだ。嫌な予感がしたが、夏は飛び起きて電話に出た。「警視庁に問い合わせた結果だが、昨晩ユニバーサル・プロダクション所属の光岡瑠偉というタレントが、世田谷八幡平の自宅付近で、ひき逃げにあったらしい。生命に別常はないようだが、うちの所管の殺人事件と同じプロダクションなので、詳しく問い合わせたんだ。まだ面会謝絶だそうだが、目立った外傷もなく意識もはっきりしているらしい。でも、脳への障害を心配しているようだ。 目撃者の事情聴取では、先行車がライトをつけず急発進し、横断歩道を通行中の光岡さんをはね、ブレーキも踏まずに走り去ったという。目下、目撃者の社内カメラを解析中だが、先行車がライトを消していたので、バックナンバーが写っておらず、車の詳細がわからないが、目撃者の証言では黒っぽい車で、セダン、大きな車だったそうだ。事故現場から先の防犯カメラを解析中なので、追って何かわかるかもしれない。警視庁は横浜港の事件の関連もあるので、合同捜査を提案しているようだ。さっそく病院へ行ってくれないか。ことが大きくなったのでというわけではないが、捜査一課から一人捜査員を増員する。西尾刑事がいいだろう。蜜柑さんと三人で捜査に当たってくれ。追って増員を検討する。いいか」と、一課の刑事部長、寺島逸郎がまくしたてた。「了解しました」と、夏が答えると、「県警のメンツがかかっている、心して当たってくれ」と、いつものことながら、大声で叱咤した。このやり取りを聞いていた蜜柑が、軽い朝食を準備しながら、「世田谷区のひき逃げでしょう?」と、冷静な顔つきで言った。「早いな」「snsで情報が流れているわ。警察学校の同期生で作っているグループじゃ、もう犯人のプロファイル予想までやっているわよ」と、父親をせかした。「まあ、ゆっくり食事くらいとらせてくれよ」 夏が、タオルを肩に掛けて洗面所から出てきた。 ここで、神奈川県警、夏光一郎警部の殺人事件シリーズをはじめてお読みの方に、警部の紹介をしておこう。夏警部は大学卒業後、理科系の大学院修士課程まで行った秀才なのだが、ある事件がきっかけで刑事の道に足を踏み入れた。最初は生まれ故郷の静岡県警に入ったのだが、これまたわけあって、人事交換制度で、神奈川県警に移動した。 結婚相手の妻との間に娘が誕生し、蜜柑王国の静岡にあやかって「蜜柑」という名前にしたのだが、蜜柑が小さいころに、妻を病気で亡くしてしまった。もっと早く処置すれば「死」をまぬかれたはずなのだが、凶悪犯罪の捜査でろくに家庭を顧みることのなかった亭主を気遣いながら、妻は天国に召された。 夏は、そんな苦い思い出の詰まった静岡を後にして、横浜に来たのだった。一人娘の蜜柑は、父親のうしろ姿を追いかけて成長し、横浜の私立大学を卒業後、神奈川県警に入り、刑事課に移籍し、父親と二人三脚、犯罪捜査の道を歩み始めた。将来、国際刑事警察機構で活躍できることを夢見ている。 十八 真佐子の憂鬱 仲村から手紙を受け取ったのが、真佐子には、ついこの前のように思い出されるのだが、もうかれこれ、一年も手紙が来ていなかった。真佐子は、机の引き出しを引いて、一年前に受け取った手紙を取り出した。白い洋型の封筒から取り出した、白い三つ折りにたたまれた便箋を開くと、何か懐かしい、ふんわりとしたものを感じる。仲村は、いつも洋型の二号の封筒を使って手紙を送ってくる。理由はわからないが、今度聞いてみようと思っている。 いつものように季節の挨拶から始まって、自分と家族そして周囲の者を気遣う文章から始まる。真佐子が中学生で仲村が大学生のころ、月に二、三度は手紙のやり取りをしていたと、仲村から聞かされて、失われた記憶の数年に育んだ、仲村との心の通いがよみがえってくるかのような錯覚を覚える。「早いときは四-五日で返事が来たこともあるよ」と教えてくれた。いくら何でもと、頬が染まる思いがするが、実際にそうだったのだと信じるようになった。仲村は、真佐子の失われた記憶が戻ってくるようにと、仲村の記憶に残っている、四〇年以上も前の出来事を再現するように、手紙を書いてくれるのだった。「僕が、今、ホテルを借りているのは、君が手紙を送ってくれた、僕の学生時分の住所―世田谷区上北沢―に最近出来たビジネスホテルです。東京都世田谷区上北沢〇〇××と君は書いたはずです。二、三日たって返事を書いたので、一週間くらいで、君は僕からの返事を受け取って読んだはずです・・・」 真佐子は仲村の優しい心遣いにため息をついた。それらの手紙は、もう真佐子の手元にはない。真佐子の姉の景子が、記憶の攪乱を気遣って、交通事故の直後に燃やしてしまった。しかし、一通だけは保存してあって、姉から真佐子へ手渡され、大事にしまってある。仲村の筆跡は、姉の景子から渡された手紙の筆跡と同じだった。大学生のころの筆跡と、いまの仲村の筆跡は少しも変わっていなかった。真佐子は、仲村が何か邪悪な意図をもって、自分に近づいてきたのではないことに安堵した。仲村は決して字はうまいほうではないが、丸みを帯びたふっくらとした感じの字を書く。真佐子はその字体に何か親しみを覚えるのだった。「新しい大学の仕事は、だいぶ慣れてきました。もう大学の中で迷子になり、学生に場所を聞くこともなくなりました」 真佐子はくすっと笑った。「いやな話ですが、大学の授業は、またまた遠隔(オンライン)授業になり、これで三回目です。ハイブリッド授業というのもあります。学生も教職員もうんざりしています。緊急事態宣言だの蔓延防止等○○××だの言葉の遊びばかりです。真佐子さんの町は、きれいな空気と、人もまばらで安全ですが、くれぐれも注意してください。ウイルスの運び屋がいますからね。下関は要注意ですね。二年前に東京へ来てくれた時は、コロナの感染前で、居酒屋で大騒ぎをして楽しみましたが、まだ、ちょっとだめですね」「どうですか。完全武装で東京へ来ますか?」ここで手紙は終わっていた。真佐子は迷っていた。春は瞬く間に往き、梅雨がやってきた。新型コロナウイルスは、いくつかの変種を生みながら、いまだに世界中で猛威を振るっていた。会いたさが、感染に対する恐怖を打ち負かすことはわかりきっていた。母親は東京行きに反対するだろう。でも、「島根の姉のところへ行ってくる」と言えば心配させないですむ。嘘をつくのは心苦しいし、もし何かあったら「村八分」に合うかもしれない。「飛行機で行けば大丈夫だわ。きっと何かあるに違いない」真佐子は、鏡の中の自分につぶやいた。十九 芸能プロダクションの倒産 夏警部は、膠着状態に入った「横浜港殺人事件」を、今なお執拗に追いかけていたが、それは気持ちの焦りばかりで、犯人のプロファイルすら描けていない状況に、長期戦を覚悟していた。二〇一九年の年の夏に起きた事件が、すでに2年近くが経過し、殺害された澤田研一がマネジャーをしていたワールド・プロダクションの経営が、コロナ不況の影響で行き詰まり、会社は解散してしまった。捜査はますます困難になっていた。 一方、鳥取県の白兎海岸で、死体で波打ち際の岩に打ち上げられた、大坂の芸能プロダクション兼コンサルタント会社ドリームリサーチ・プロダクションの社長殺人事件の捜査も、進展がなかった。確かに、この二つの事件は、芸能プロダクションという点で共通性はあった。もしも、この二つの事件に、何らかの関連があるならば、それは芸能界に関連した何かということになる。 しかし、この「何か」がわからない。そして、手がかりらしき事件が、コロナ感染が起きる前の、二〇一九年の暮れに、東京の世田谷で起きた。交通事故のひき逃げ事件で被害者となった光岡瑠偉が、澤田研一のプロダクションに所属していたことだ。事故後の光岡瑠偉への聞き取りでは、澤田研一が殺害されたことに関しては、何も心当たりはないということだった。光岡瑠偉の口からは、模範的マネジャーとしての澤田の人物像しか浮かんでこなかった。 澤田の残された妻からも、手掛かりになることは何も出てこなかった。もしも、横浜港殺人事件と白兎海岸殺人事件の間に関連があるとすれば、それは芸能界特有の関係だろう。夏光一郎は、何度もその命題から推理を巡らせてみた。そして、殺害されたマネジャーの澤田研一が可愛がっていた歌手の光岡瑠偉が、夜遅く甲州街道を渡ろうとして、黒っぽいセダンによってひき逃げされた。では、なぜ光岡瑠偉は狙われたのだろうか。しかし、その前に、光岡は狙われたのだろうか。このひき逃げ事件の捜査も進展していなかった。横浜港殺人事件が起き、そして、その後を追うように白兎海岸殺人事件が起き、ひき逃げ事件が起きてから二年が経過していた。 部下の蜜柑とも、次第に事件に関して捜査方針が出ないまま、別の事件に駆り出されることが多くなり、先行き迷宮入りかと懸念される雰囲気が漂っていた。 自宅に戻りテレビを見ていると、蜜柑がエコバッグを抱えて玄関のドアを開けた。今日の夕食はテイクアウトにしようと相談していた。 五階にある夏のマンションの部屋からは、横浜港がよく見渡せる。つい最近、観光用のロープウエーができ、まだ営業をやっているようで、タワーの明かりが宵闇の向こうにかすんで見える。「パパ、おなかすいたでしょう。遅くなってごめんね。買ってきたわよ」自宅に戻ると、蜜柑は警部、ではなく「パパ」と呼んだ。「例の件どうだった?」 夏は恐る恐る聞いた。「私は対象から外れたわ」 まもなく始まる東京オリンピック・パラリンピックの警護に当たる人選の件だった。おおむね決まってはいたが、神奈川県警から出す人員の最終選考結果が発表されることになっていた。殺人事件が未解決であることにかんがみて、刑事課長からは蜜柑を外すよう調整してもらっていたが、案の定、すんなりと外された。 オリンピック開催に関しては、反対を唱える集団の中で不穏な動きもあり、危機管理を強化する方向で対策班が組織されてきた。膠着した事件解明に何も妙案もなく、オリンピックと新型コロナワクチン接種の強引な進行の狭間で、横浜港殺人事件と白兎海岸殺人事件は、もうすでに記憶もほとんど風化しようとしていた。国策としての感染対策とそれと矛盾する超高密オリパラの強行とが、あたかもどす黒いスモッグとなって首都圏の上空を覆っていた。 夏警部にとっては、過去の事件で何かと世話になり、犯人逮捕の現場にまで 来てもらったことのある仲村教授の顔が眼前に浮かんだ。蜜柑も同じことを考えていたらしく、「仲村先生はどうしていらっしゃるかしら? 真佐子のおばさまも」「僕も同じことを考えていたところだ。東京の大学へ変わったことは、挨拶状が来たけど、とにかくコロナで会うこともままならずだ」「そうね、私も、おばさまのことが気になって、一度、山口県のほうへ電話をかけてみたけど、収まったら会いましょうね、ということで、もう一年以上もたったわ。この前の事件からもう三年もお会いしてないわね」とため息交じりに行った。蜜柑は茶箪笥にキープしてあるワインをグラスに注ぎ、テイクアウトしてきた中華料理をつつきながら、懐かしんだ。夏はビールをやっている。「電話をかけてみようか?」と言って、夏はスマホに指をかけた。(続く)二十 青いミニスカート 仲村は浅い眠りから目覚めようとしていたが、もうすこし夢の成り行きが知りたかった。セピア色をした風景と木造の建物の中に真佐子が正座をして座っている。建物の懐かしいたたずまいから、真佐子が中学生のころにいた中学校の校舎だと分かった。男子生徒も数名いるのがわかる。仲村は真佐子に声をかけたかったが、中学生に大学生の仲村が声をかけるのは風紀上許されない。仲村は真佐子の挙動を見つめるしかなかった。真佐子は横顔をこちらに見せて、凍り付いていて拒否反応を示しているように見えた。 やがて、真佐子は田んぼのあぜ道を歩いていき、川の土手まで来ると振り返り、仲村に手招きしている。川は、吉井川という。河原には数人の真佐子の友だちが遊んでいて、手を振っている。仲村は、真佐子がこれからどうするか尋ねようと思い、近づいていったが、急に真佐子は「だめよ」と言い、土手の坂を駆け上がり、橋を渡って逃げていった。振り返りざま「東京に会いに行くわ」と叫んだように聞こえた。「飛行機でおいで、迎えに行くから」と、仲村は大声でかえしたが、もう真佐子は見えなくなっていた。 ホテルの仲村の部屋の窓からは、カーテン越しに早朝の明るい日差しが入り始めていた。天気予報では、まもなく梅雨が明けるといい、その兆しかと思った。二日前に受けたワクチンの左肩が痛かったが、倦怠感も消え、さわやかな目覚めだった。明るい未来が待っているような感じもあった。 枕元に置いたスマホが軽快なメロディーを奏で、起床の時間を告げた。火曜日は二限と三限が授業で、月曜と火曜の授業の出席や提出レポートの採点などをするために、もう1日水曜日に勤務する。 仲村はスマホのメールを開いた。画面には小さな字で、「羽田に一七時に着く便で行きます。昨日、あなたが、昔、私との約束を破って、別の女性とデートに行ってしまった夢を見たわ。悔しいからとっちめに行きます」という文字が見えた。開くと、続きに「ごめんなさい。何か胸騒ぎがするのよ。東京で何か良くないことが起きて、あなたが危なくなる夢を見たの。わたし、助けに行きますからね。一七時二〇分着です。いつもの国内線出口でお願いします」相も変わらぬ、一方的な約束取り付けメールだ。これで、都合が悪いなどというと仕打ちが怖い。「はい、はい。わかりましたよ。実は僕も相談したいことがあります」と、真佐子の独断をたたえる返事を返した。「とてもよい心がけです。でもハイは一回です」 と返事が来た。仲村は笑った。 羽田空港で、真佐子の姿をとらえた仲村は、驚いたというよりびっくりした。水色のショルダーバッグを肩にかけ、手提げかばんをぶら下げているのはいつもの通りだが、何と、濃い青色のミニスカートに、中ヒール、白のブラウスに真っ黒なサングラス、水色のハンカチーフで長い髪を覆っている。スカートは新しいものではない、太い革のベルトが巻き付けられている。仲村は動じないふりをして、「やあ真佐子さん、マスクがお似合いですね」と言って、重そうなバッグを取った。「来てくださって嬉しいわ。何か用事があって来てくれないかと心配したのよ」と言って、サングラスを外した。「お元気そうで何よりです。急に暑くなりましたね。ちょっと冷たいものでもいかがですか」と言って、仲村はレストランを指さした。東京は四たび緊急事態宣言が出され、空港は閑散としている。 パーティションで仕切られた席が一つあった。まだ日は高く、ビールの注文は可能だった。中ジョッキを軽く合わせ、のどを潤わせた。真佐子は青色のマスクをしている。青色で統一しているところが、何かのメッセージなのだがよくわからない。夕食はホテルの部屋でゆっくり取るというので、飲み物の注文だけにした。そこへ、仲村のスマホがなった。神奈川県警の夏警部からだった。出たのは若い女性だった。よく通る声だ。「はい、仲村です」 真佐子が強い目線で仲村をにらんだ。「横浜の事件ですか? ええ、知っています。世田谷のひき逃げ事件、ええ。ずっと気になっていました」 真佐子が会話に聞き耳を立てている。二十一 羽田空港「ああ、蜜柑さん。ご無沙汰しています。お元気ですか」 神奈川県警の蜜柑からと分かって、真佐子の怖い顔がほころんだ。「ええ。元気ですよ。実は、今一緒にいるんですよ。はい。警部はお元気ですか?」 仲村は、真佐子に目配せしながら、警部にかわる様に言った。用件はわかっていた。「ええ、真佐子さんと羽田空港にいます。事件の件は私も気になっていて、こちらから連絡しようと思っていたのですが、新型コロナ騒動で、なかなか出る気になれず・・・ええ、もう二年になりますね。光岡瑠偉さんがひき逃げされた件はいち早く知りましたが、現場は私が住んでいたマンションから至近距離のところなんです。そうです、見通しのよいところで、夜といっても横断している人に気が付かないということは考えられませんよ。光岡さんは駅前の居酒屋に時々寄るようです。私も見かけたことがあります。・・・鳥取県の事件も知っています。ええ、存じています。三つの事件の共通項は芸能界ですね。僕もそう思います。・・・・・・ご覧になりましたか。ええ、お恥ずかしい話ですが、興味半分でやっている研究で、お役に立ちますかどうか」 真佐子は無視されていると思い、割りばしで仲村の腕をつついている。真佐子は、よくこんないたずらをする。中学生の頃もそうだった。「明日ですか? とくに用事はないのですが、真佐子さんを連れて氷川丸でも見学に行こうかなと。ロープウエーができたみたいですね。彼女はもう二回目のワクチンをうっていますので、マスクは外せませんが。はい、彼女はまだ横浜を知りません」 真佐子の機嫌がよさそうになった。電話を渡せというしぐさをしている。「あの、真佐子さんが蜜柑さんと話がしたいと」 仲村は、スマホを真佐子に渡した。「おばさま、しばらくです。いつぞやの事件では、本当にお世話になりました。アガサクリスティ顔負けの推理でしたわ」 蜜柑も真佐子の扱い方を覚えてきたようだ。「寂しい漁師町にいるとすることもないし、人のうわさがとりえのいなかにいると、本当に知的レベルが低下して、仲村さんを頼って出てくるんですよ。この人、私のリサイクル工場なんです。今度の事件、なかなか進展しませんね。私、女の勘で、今度の事件の陰には女がいると思うんです」と、勝手なことをまくしたてているが、仲村は笑いながら、女の影がいるという点には、なるほどと思った。犯罪の陰に女ありだ。電話の向こうでやはり笑っていた蜜柑が、「おばさま、明日横浜港の見学が終わったら、どこかで待ち合わせしませんか。県警も暇だし、コロナの暑気払いということで、おばさまの名推理をお聞きしたいわ」 蜜柑も真佐子の扱い方がうまくなった。というよりも、母親を早くに亡くした蜜柑にとって、真佐子は母親のような存在なのだ。蜜柑は、夏警部を見た。警部は大きくうなづいている。遊びと食べる話はすぐにまとまる。最近エンタテーメント産業を研究しているという仲村から、何かヒントが得られるのではないかと、夏は期待した。 夏は、ある経済雑誌の中で、仲村がこのようなことを書いていたのを思い出した。雑誌は、県警で定期購入している。「梅雨のさなか、横浜の山下公園の桟橋付近で、殺人事件と思われる事件が起きた。深夜に同海岸を散歩していた人が発見した。偶然近くのホテルに投宿していた人が、目撃しており、赤い傘をさした人が、現場を立ち去っていくのを見ていたそうだ。殺害されたのは、東京の芸能プロダクションのマネジャーで、聞き込み捜査では、殺されるような理由は見当たらないということだった。 それから一〇日くらいたって、今度は鳥取県の白兎海岸で、大坂の芸能プロダクションの社長(六五)が背中を一つきにされ、海に突き落とされて、岩に打ち上げられたところを、大坂から遊びに来ていた大学生によって発見された。殺人の手口は似ている。 鳥取県警の捜査では、こちらも手掛かりがつかめないという。この後しばらくして、山下公園のふ頭で殺害されたS氏と同じユニバーサル・プロダクションに所属する歌手の光岡瑠偉さんが、自宅へ帰る途中、甲州街道を渡ろうとして、乗用車にはねられ大けがをした。光岡さんはすでに回復し、近く歌手活動を再開するが、この三件の事件に共通するのは、言うまでもなく最近世間を騒がせている芸能界だ」二十二 記憶の撹乱「芸能界の浮沈が激しいことは、誰でも知ってのことと思うが、今回の事件もそのような離合集散、弱肉強食、競争激化の業界事情に加えて、事件後、世界を恐怖の坩堝に陥れたコロナ禍が災いして、当該事件の被害者のSさんが所属していた芸能プロダクションも倒産の危機にさらされ、最近閉鎖に追いやられた。 会社は個人経営の事務所で、多少の清算があっただけで、今は事務所の跡形もないという。マネジャーのSさんが欠けたことと、事務所閉鎖との関係は推測でしかないが、売れっ子タレントを育ててきたSさんがいないでは、タレントの他の事務所への移籍や引き抜きが大きな要因だろう。突然の閉鎖は、今回の事件と何か関係があるかもしれない。 私の大学での経済分析は、芸能・スポーツ分野の分析へ軸足を移しており、今後も検討を続けるが、今度の事件との関連では、同事務所の関係者を徹底して洗うことが必要だろうと考えている。所属タレントは五〇名を数えたが、ざっと調べたところでは、他の事務所へ転籍したものがほとんどだ。 マネジャー、アシスタント、それから当の会社代表者の動静がどうなっているのか、捜査当局は十分承知していることだろうが、その解明の中に事件解決の手がかりがあるように思えてならない。大阪のドリーム・リサーチ・プロダクションとの関係もそうだ」(西教大学 教授 仲村) おそらく神奈川県警の夏警部は、この線での捜査に方針を切り替えようと考えているのだろう。真佐子は、「それでは、明日を楽しみにしていますね。今夜は、仲村さんのホテルに泊まりたいのですが、彼、だめだというので、ちょっと離れた原宿にとってもらいました。そう、嫌な人でしょ。別々の部屋なのにね。ははは」と勝手なことを言っている。こういう純真さは昔とちっとも変っていないと仲村は思っている。「それでは明日の夕方ね。時間が決まったら連絡ください。中華街はまだ駄目ですけど、安全・安心なレストランを予約しておきます」と言って、蜜柑は電話を切った。「それでは、原宿まで送っていきます。1時間くらいで着きます」と言って、仲村は伝票をつかんだ。外国のメディア関係者らしい一行が、大きな荷物を引いて通り過ぎた。オリンピックの開幕も目前に迫った。スポーツ・芸能界の動きも活発になってきた。どこかで不安が付きまとう。中国はゼロコロナを原則として、徹底したPCRで隔離封鎖を行い、制御できた地域で緩めるウイズ・コロナへ切り替える。日本ではこうした縛りをかける法が整備されてないからできないと、無能な政治家たちは繰り返す。 緊急事態下の原宿は、さすがに人通りは少なかった。といっても一回目から三回目の波の時のような効き目はないらしく、肩がぶつかり合うほどでもなく、かといって閑古鳥が鳴いているという寂しさでもなかった。テレビでよく言う「慣れ」や「緩み」が出てきたのだろう。ワクチン接種も急速に進んできている。周りに抗体を持った人が増えてくると、「まあ大丈夫だろう」という雰囲気になってくるのもうなずける。明治通りを右に曲がると、つい今しがた予約したホテルがあった。「無断外出はだめですよ。朝食が終わったころ迎えに来ますが、それでいいですか?」 仲村はバッグを真佐子に渡した。「あなた、私が中学生の頃も、こんなに冷たい扱いをしたのね」と、いつもの攻撃を仕掛けてくる。いくつかの背の高いビルの合間から白い月がこちらを見ている。世界がコロナで割れそうなのに、月はいつも同じ顔をしている。「気のない素振りのあなたの気を引こうと思って、わざとそうしたかもしれません」「嘘おっしゃい。ほかにいい女がいて、わたしになど気が回らなかったんでしょ」ビジネスホテルの前で、言い争いをしている男女を、通行人がいぶかしげに見て通り過ぎる。「あなたに首ったけで、気持ちをうまく伝えられなかっただけだと思います」 学会での答弁のようなことを言っている。「そう、ならいいけど。今回はそういうことにしておきます。おやすみなさい」と言うだけ言って、真佐子は手を振った。パトロールの警官が二人、新しくなった駅のほうへ歩いて行った。時計の針は午後八時を指していた。 翌朝、遅い梅雨明け宣言が出て三日目。真佐子は、旅の疲れからか、久しぶりに熟睡し、枕もとの腕時計を見ると六時半を指していた。昨日の仲村の言葉を思い出していた。中学生のころ、仲村が実際にどのような姿でどのような言葉で、どのような会話をしたか、記憶を失った真佐子には、思い出すすべはなかった。しかし、たびたび仲村に会い、仲村の癖に接することで、若かった仲村のイメージを自分の脳裏に刻むことができ、それを実際にあった記憶として、積み重ねていくことが、とても楽しくて、失われた記憶の空虚な空間を埋めていくのだった。この「記憶の復元」が真佐子の生きがいになっていた。亭主を亡くした後の空虚な心のうちに入り込んできたある種の「誘惑」ではあったが、仲村の心遣いがうれしかった。満ち足りた心は、真佐子に空腹感を満たした。ご飯のお代わりをして、デザートもしっかり食べた。真佐子の携帯が鳴った。 二十三 弱肉強食 神奈川県警では、蜜柑が同僚の婦人警官と食堂で昼ご飯を食べていた。「横浜港の殺人事件、進展がないみたいね」 婦人警官は言った。「コロナ騒動に入って、自由な捜査が出来にくくなったのが大きいかしら。言い訳になるけど」「不要不急の捜査以外は控えるようにって、訳の分からない方針が出たしね。オンライン捜査ってのも流行ってるわ」「コロナ不況で、芸能界がアップアップしていることもあるわね。実際、渋谷のワールド・プロダクションもタレントや芸人の自宅待機が続いていて、マネジャーの死について関心を払う人なんか皆無だわ。それで、結局、事務所は閉鎖になったけど」「確か芸能界のマネジャーが殺害された事件って、はじめてじゃないかしら?」「薬や痴情がらみの事件は山ほどあるけど、殺人事件となると先例がなくてどこから手を付けていいのか、パパもわからないのが本心よ」 蜜柑がテレビを見ながら言った。食堂のテレビが次のような報道を始めた。「いよいよ東京オリンピックの開会式が行われ、一部、すでに競技が始まっていましたが、昨晩の開会式によって、正式に30日間のオリンピックが始まりました。8月23日の閉会式まで熱戦が繰り広げられます。ところで、昨晩の開会式では、IOCバッハ会長のあいさつに続いて、天皇陛下が開会宣言を行いましたが、真後ろに座っていた菅総理大臣と東京都知事が座ったままで、大変な失礼があったと、各メディアが一斉に報じました。JOCによると、台本では天皇陛下の宣言の前に『ご起立ください』の進行アナウンスがある予定だったのが、バッハ会長が『次に天皇陛下の開会宣言です』と、早とちった発言をしてしまったので、東京都知事の目配せで、慌てて起立するという不手際になったものです。昔なら不敬罪だ、などとする厳しい見方もあるようですが、それにしても知事から促されるまで、椅子にふんぞり返っていた総理大臣は一体何を考えていたのでしょうね」と、キャスターが嫌みたらしく言った。「例の、横浜港殺人事件だけど、赤い傘の女、芸能関係の可能性が大きいという噂で持ちっきりよ。女の細腕じゃ、もみ合いになったら、逆襲されるから、赤い傘をさした男じゃないかって。歌手の藤堂麻里矢さんがホテル内で目撃した赤い傘の女も女装していたんじゃないかって」 婦人警官は、興味半分で言った。「あなた、芸能通だったわね。芸能マネジャーが殺害されたということになると、動機はどんなことが考えられるかしら?」 蜜柑は、警察に入る前に芸能プロダクションに所属していたことのある婦人警官に聞いた。婦人警官は向坂といったが、今でも暇を見ては、オーディションに出ている。「これは私の考えだけど、芸能界って足の引っ張り合いが多いのよ。まあ、どの世界にもあるでしょうけど、芸能界はジャンルにもよるけど、テレビ、映画、ライブ会場、劇場、寄席、ネットなど軒並みオンラインでやっとこさ息をつないでいるわけ。まあ、パイが極端に小さくなって、競争が激化しているようよ。足の引っ張り合いと言えばかっこいいけど、実は血で血を洗う生き残り戦が繰り広げられているのよ。表に出ないだけよ」 向坂は、芸能界通の知識で推理して見せた。「売れっ子タレントを押しのけて、のし上がるための権力闘争っていうと、大げさかしら。マネジャーの仕事は芸人さんのスケジュール管理、私生活にも踏み込むことがあるって聞いたけど」「そうね、最近はあまり私生活の面倒まで見るというのは聞かないけど、あるわね。殺人犯が赤い傘の女だとすると、殺された澤田マネジャーの担当芸人かタレントかもしれないわね。問題は直接的な動機だけど」 婦人警官の向坂は言った。「ひき逃げされた歌手の光岡瑠偉さんも、確か澤田さんがマネジしていたわね。光岡さんは何かを知っているのではないかしら」「パパの聞き取りでは、光岡さんはまったく思いもよらないということだったの。ただ、事件直後光岡さんも気が動転していたことのことなので、何かを思い出してくれるのではないかと、期待はしているんだけど。もう少し焦点を絞って聞いてみる必要がありそうね」 蜜柑がため息をつきながら言った。 原宿のホテルでのさわやかな目覚めに、真佐子は電話の相手を確信して、「はい、真佐子です」と言って、仲村の声を期待した。ところが出たのは蜜柑だった。「今夜、横浜のレストランでお食事する件ですが」と言って、蜜柑はその場所と名前を告げた。「仲村先生がよく知っていると思うので、ご一緒にいらしてくださいね」 用件だけ告げて、蜜柑は電話を切った。すると今度は仲村から電話が入った。真佐子は気を取り直して、原宿の駅前で待つという仲村の言葉を事務的に聞いた。仲村の声のトーンが妙に事務的だった。二十四 アガサ・クリスティ― 仲村は、真佐子と会う時間を利用して、ミュージシャンの光岡瑠偉と会うことを考えた。と言っても光岡とは面識がなく、いわば、いちファンに過ぎなかった。しかし用件を正しく伝え、誠実に申し出れば、面会を拒否するようなことはないと確信した。事件の直後に、光岡のフェイスブックにアクセスし、フォローして友達申請をしたら、礼儀正しく「よろしくお願いします。新曲を聞いてくださいね」といった返事が来ていたから、いまとなって時間が経過しているけれども、思い切ってメッセンジャーにメッセージを送ってみることにした。メッセンジャーは、会話内容を他人に知られることはない。「個人的な会話ですみません。私、西教大学の仲村と申します。単刀直入にご用件を申します。甲州街道でのあなたの事故のことです。心配していましたが、復帰できて何よりです。新曲も気に入っています。ところで、神奈川県警の夏警部と娘さんの蜜柑さんは親友です。少々伺いたいことがあるのです。あなたや事務所に決して迷惑がかかるようなことではありません。もう一人の女性のファンとお目にかかりたいのですがいかがでしょうか。東京都内におります。」 仲村は率直に用件を告げた。すると、すぐにメッセンジャーに返事がきた。「仲村先生のことは存じ上げております。エンタメ関係の研究をされているということで、雑誌記事を拝見し恐縮しております。こちらこそお会いして、ご指導賜りたいと思います。最近、事故のことで思い出すことがあります。時間と場所を指定ください。」 誠実な人柄が出ている。仲村はさっそく会うことにした。「お忙しい中、ありがとうございます。それでは新宿京王線の改札口でいかがでしょうか。午前11時では」善は急げと返信した。「はい、事務所の打ち合わせで渋谷へ行きますので、ご指定の場所と時間で承知しました。何なりとお尋ねください。」 若者らしい屈託のないメッセージだ。夏は、このミュージシャンは伸びると確信した。 真佐子に電話を入れた。「はい、よく寝れたわ。あなたの夢も見なかったわ。ぐっすりよ」と、相変わらず減らず口を聞いている。若いころからそうだったが、言葉に棘はない。「十一口駅前で光岡瑠偉さんと会います・・・その通りです。夏警部にはお世話になっていますから。ひと肌脱ごうかと思って。真佐子さんにも知恵を絞ってもらいたいと・・・」「そんな予感がして、母にうそをついて東京へ来たのよ。いよいよ私の出番ね」 蜜柑の、アガサクリスティ―顔負けというお世辞が利いている。「アポは十一時なので、十ルへ行きます。チェックアウトを済ませておいてください。」 仲村は電話を切った。「いよいよ事件解明の方向へ舵が切られたわ」 真佐子は満足げに微笑んで電話をしまった。二十五 赤いイヤリングの夢 真佐子は何を着て行こうか迷った。昭和レトロな感じで仲村の前に現れたのには理由があったが、今のところ仲村には分かっていない。事件の捜査に関心が向いてしまったので致し方ないが、昭和四〇年代の初め、自分がまだ一五、六歳の頃に流行った服装を着れば、何か記憶が戻ってきはしないか、仲村が何か思い出しはしないか、過去の事実に向かう何かのきっかけになりはしないかと、古いファッション雑誌を古本で調べてしつらえたいでたちに、今のところ仲村は反応しない。というよりも何か好奇心の目で見ている。真佐子は苛立たしかった。しかし、ここは事件の方を優先することにした。しかし、「真佐子さん、お似合いですよ」 つり革を一つ空けてつかまり、仲村は新宿へ向かう山の手線の中で言った。真佐子は黙っていた。「あの頃流行っていた服装ですね。なんだか懐かしいです。あなたも制服じゃない時は、ちょうど今くらいの丈のギャザースカートでした。上はいつも白色のブラウスだったと思います。でもこれまで何度も話したように、あなたが就職してからは知りません。会社へ行っても会ってもらえなかったので」 仲村は真佐子と距離を取って言った。「気づいてくれたのね。嬉しいわ」 真佐子は景色を見ながら答えた。男はすぐには反応はしないが必ず見ていてくれる。亡くなった亭主もそうだったが、仲村もそうだだと分かって安心した。田舎の漁港で日々を送っている真佐子の目には、首都の見るもののすべてが珍しい。東京は人の住むところではないと日頃思ってはみても、こうして大都市の人たちと一体になってみると、不思議なもので、住んでいる人たちの目線になる。 仲村は、新宿駅へ着くと見慣れた京王線の改札口の方へ真佐子を案内した。光岡瑠偉との約束は十一時だった。少し時間があったが、改札口で待つことにした。「やあ、仲村先生ですね」と、長身の若い男性が声をかけてきた。やや長めの髪に、ラフなカジュアルに身を包み、軽快なスニーカーを履いている。テレビで見る光岡瑠偉その人だった。感染対策がしっかりした喫茶店があるというので、真佐子と仲村はしたがった。「夏警部から事故のあとに事情聴取を受けて、特に思い当たることはないとお答えしたのですが、実は僕も気になっていて、あれから事故の、いやひき逃げの夢を見るようになって、運転手の顔がぼんやり浮かび上がって来るのです。もちろん夢の中のことです」 光岡は、注文したアイスコーヒーをストローで吸って言った。「そうなんですか? 夢とはいえ、光岡さんはぶつかった瞬間に運転手か助手席にいた人を見たのかもしれませんね」 仲村が先を促した。「ええ、そうかも知れませんね。あの横断歩道はいつも通るのですが、割と明るい照明があって、新宿方向つまりセダンが急発進して向かって来た方向を照らしていたのです。僕はボンネットにはね上げられ、車の屋根の上を転がり、後ろへ落ちたのです。着地がちょうど柔道の受け身のような格好になったので、比較的軽症で済んだのですが、打ちどころが悪かったらと思うとゾッとします。」「人の顔に何か特徴は?」 仲村は手がかりを引き出そうとした。「残念ながらどういう顔とか、男か女かとかそういうのではなくて、ただ夢の中の冷たく凍りついたようで、薄気味の悪い顔が夢に出て来るのです。赤いイヤリングが揺れているのです。夢なんですが」「このことは警部に話しましたか?」「いえ、夢のことなんで、捜査を撹乱してもと思い、しかし、今になって気になってきて、それで仲村先生からメールをいただいたというわけです」 光岡は、不安げな表情を浮かべて言った。「それからもう一つ、ワールド・プロダクションが事件の直後に倒産したことはご存じでしょうが、僕は実はそのことを察知していて、前から声をかけてくれていたSyouwa-retro プロダクションへ移籍したのです」「ええ、存じています」「で、その新しい事務所で聞いた話なんですが、閉鎖したワールド・プロダクションは、新装オープンしているのです。アジア・エンタテーメントという名前です。社長以下事務スタッフはそのままで、所属芸人・タレントは大幅に入れ替わっているのです。これだけならよくある話なのですが、大坂のドリーム・リサーチプロダクション、社長さんが確か鳥取の海岸で殺害された、ここから数名移籍したタレントがいるようなのです。誰なのか、確認はしていないのですが、聞けばわかると思います」「そうですか、いや驚きました。ドリームの社長は殺害される前、横浜港の事件を気にしていて、奥さんに新聞の切り抜きを作るように、鳥取からメールを送っています。」「やはりそうですか」 光岡は宙を見るようにして言った。「これだけなんですが、なにか参考になるでしょうか」 光岡は真剣な表情で言った。「私も、実は若いころにバスの事故で大けがをして、人の顔が浮かんでは消え、悪夢にうなされていたのですが、その夢が手掛かりになって、バス事故を引き起こした過激派の犯人が、三〇年以上も経過して逮捕されたのですよ。赤いイヤリングはきっと手掛かりになると思いますわ」 と言う真佐子のほうを気にしていた光岡が微笑んで、「ああ、自己紹介が遅れてすみません。光岡です。ええ、僕もそう思います。何か手掛かりになるようなことがわかったらすぐに連絡します」と頭を下げた。返す返すも、律儀な青年だ。「私こそご無礼を、私は仲村の幼馴染の真佐子と申します。コロナが終わったらライブを聞きに行きますから、招待状をくださいね。本物のライブですよ、四角い箱の中じゃなくて。」と、言いにくいことを平気で言う。「ええ、きっとご招待します。今新曲を作っていて、こじんまりとした発表会をやろうと思います」光岡は、はははと笑った。仲村は苦笑いをしている。「花束を持っていきますからね」と、真佐子は調子に乗っている。二十六 ヨハネの黙示録 横浜中華街の個室のある店に全員が集合したのは、午後六時半だった。外はまだ明るい。相次ぐ緊急事態宣言の影響で、シャッターを下ろしている店もある。夏警部と蜜柑、仲村と真佐子は、二回のワクチンを接種していた。歌手の藤堂麻里矢と私立探偵の山梨玲子、それに麻里矢のマネジャーの幸田友里恵は、まだ一回の接種だった。この中華料理店では、検温と簡易検査を行っており、まず先に食事をして、マスクをつけてから会話に入る。油断は禁物だ。 真佐子は、私立探偵の山梨玲子と藤堂麻里矢、マネジャーの幸田友里恵を知らない。飲み物が来るまで簡単な自己紹介をした。真佐子は、都会の人間ばかりが集まった会合に、気が引ける思いがした。仲村をちらちらと見ている。 仲村が新宿で、今しがた会ったばかりの歌手の光岡瑠偉の近況と、彼が最近夢に見るという、彼をはねた車の中の赤いネックレスの女性のこと、光岡の移転先の事務所の情報で、被害者の澤田研一マネジャーがいたワールド・プロダクションが、名前をアジア・エンタテーメントと変えて再出発したこと、そこには、大阪のドリームリサーチ・プロダクションから、数人の移転があることを紹介した。そして、その三人が山城、倉橋という女性タレントと江島という男性芸人だと分かったという、光岡からの情報を紹介した。 山城は大学教授でありながら、テレビ出演も行ういわゆる「タレント教授」、倉橋はモデル出身のタレントで、転籍のいきさつについては、調査中なので、いましばらく待ってほしいということだった。夏警部からは、特に捜査の進展はないが、ワールド・プロダクションからの移転者について調べている旨の説明があった。捜査情報の詳細は、つまびらかにはできない。 鳥取県警からは、その後の捜査で、殺害された大阪のドリーム・リサーチプロダクションの社長の君川敏夫が泊まったビジネスホテルで、品川ナンバーの車が目撃されており、中年の男女が目撃されていた連絡があり、殺人事件と関係がないか調べているとのことであった。白兎海岸の近くのコンビニに、ドリーム・プロダクションの社長が酒に酔って立ち寄った時に、目撃されたのは男性だということであったから、品川ナンバーの車の二人が事件にかかわっていたとしたら、重要参考人ということになるが、慎重に痕跡を隠している。 この車は、ナンバーが防犯カメラには写らない位置に止めてあった。チェックイン・アウトでのホテル側の記憶はあまり定かでなく、背は高かったというくらいだ。電話予約で、チェックイン時の住所氏名はおそらく架空のものだろうということであった。 山梨玲子は、被害者の澤田研一マネジャーの妻・淳子からの依頼で、彼が使っていたノートパソコンを調べていて、手がかりになるような痕跡はなかったが、澤田の妻からの連絡で、彼の遺品の本の間から、ボールペンで「黙示録 人形」と書かれたメモが見つかり、つい先日預かってきたと言うことだ。一同、山梨がファイルから取り出した小さなメモに注目した。蜜柑が、克明にメモを取っている。 ここで、食事が出されはじめ、一同食事に専念することにした。食前に示された様々な情報を各自が各様の推理を働かせ、相互の関連をつかむために質問を考えていた。その核心は、言うまでもなく山梨が、故人の妻から差し出された「メモ」で、「黙示録、人形」だった。 長い沈黙の時間が流れた。その静けさは「黙示録 人形」という、とりようによっては怪奇、スリラーの世界を彷彿とさせるもので、鳥肌が立つ感触を掻き立てるものであった。黙示録がこの世の終わりに際して、キリストの弟子のヨハネによって書かれた警告の書であるくらいは、全員に分かっていた。それと人形がどうかかわっているのか? 長い沈黙を破って仲村が発言した。全員がマスクを着用している。「このメモが挟んであった本のタイトルはわかりますか?」山梨が答えた。「はいこの本です。お回しします。奥様にお断りして借りてきました」と言って隣の蜜柑へ差し出した。「ヨハネの黙示録」と蜜柑が言って、順に閲覧に回った。メモは挟んである。四六版のハードカバーで、読んだ形跡が認められる。「澤田さんはなぜこんな本を読んでいたのでしょうか? それと、黙示録と人形は何かつながりがありましたか?」 夏警部が自問自答したように言った。「ええ、私も奥様に何かこのメモのことで心当たりはないかとお聞きしたところ、そういえば事件の直前のことで、仕事で使うかもしれないというようなことを言っていたということでした。人形については皆目見当がつきませんと言われました」と、山梨玲子が答えた。「事件の直前というと、昨年の7月以前のことですね」 夏警部が過去を振り返る様に言った。「唐突なようですが、澤田さんの仕事の関係で、なにか新しい企画が出て、それをメモに書いておいたのではないでしょうか。本を買っているところから、澤田さんは進んでこの企画を理解するとか、進めるために読んでいたとは考えられないでしょうか?」 藤堂麻里矢が思い付きで言った。「マネジャー仲間に聞いてみましょうか?」と幸田友里恵が言って、スマホを取り出し席を外した。この会話の中断したすきに、真佐子が、「人形って、鳥取県に人形峠という山があるわね。関係あるかしら」と、仲村の耳元にささやいた。「僕も同じことを考えていたんだ。でも、なんで黙示録なんだろう?」と、周りに聞こえないようにささやいた。この時、仲村の電話が鳴り、光岡からと分かって席を立たずに電話に出た。「いま、横浜に関係者が集まって話をしています。はい、ドリーム・リサーチ・プロダクションから、アジア・エンタテーメントへの移籍組についてどうでしたか? はい・・・はいそうなんですか・・・それで・・・そうですか。では詳しいことがわかりましたら。警察の捜査に任せたほうがいいかもしれませんね・・・ありがとうございました」 仲村はスマホをしまい、要点を伝えた。「失礼しました。光岡さんからなんですが、大坂のドリームから、東京の再起出発したアジア・エンタテーメントへの移籍3人は、江島という男性タレントと倉橋というモデル上がりのタレントは、以前から待遇面でドリームに不満があり、移籍を希望していたが、ちょうど山城が転籍するときに誘われるようにして、そろってアジア・エンタテーメントへ移籍したそうです。山城はフランス留学から帰国し、大坂の大学へ学位論文を出して、それが評価されて大学へ収まったらしいのですが、中央の晴れ舞台を目指していろいろ運動をやっていたらしく、どういう縁があったのかはわからないらしいのですが、新規再出発のアジア・エンタテーメントへ移籍ということになったらしいのです。光岡君は自分にも責任があるので、もう少し調べてみるとのことでした」 一同は、思い思いの推理を巡らしている。 メモを取っていた蜜柑が口を開いた。「とにかくこのコロナ禍で芸能界は仕事が減って困っていると聞いています。あらぬスキャンダルを捏造して売れっ子タレントを貶めると言ったこともあると聞いています。根拠はないのですが、今回の事件にもそういう影が見え隠れするのですが、飛躍でしょうか?」 蜜柑が控えめな発言をした。二十七 仮説の仮説 会食の席を離れて、電話で「黙示録 人形」のことを業界通に聞いていた幸田友里恵が、テーブルに戻ってきて言った。「黙示録というのは、大坂のテレビ局が、3年ほど前に動かそうとしていたバラエティ番組の企画で、何と当時のワールド・プロダクションに声掛けが行われていたそうなのです。ワールドプロダクションでは、正式に社の方針として、この企画の具体化のため、人選も含めた検討をしていたというのです。詳細はテレビ局とワールド・プロダクションの企業秘密ということですから、部外者にはわからないのですが、こういう話はどうしても漏れてしまうのですね。 うちの事務所のかぐや姫の社長の話ですが、なんでも予算は破格で、惜しみなくつぎ込むといった景気のいい話だったそうです。よほど有力なスポンサーがついたのでしょう。コロナ感染の前の話ですから。だった、というのは、何らかの原因で、この企画がとん挫してしまったからだろうと社長は言うのですが、詳しいことは再出発したアジアエンタテーメントの社長に聞けばわかるのではないかということでした。」 幸田友里恵が緊張した面持ちで言った。「ありがとうございました。ひとつ聞きたいのですが、一つは大阪の何というテレビ局か、もう一つは、そういう場合、企画を検討していけるとなると、人材を募集したり、他社からの応援を依頼するといったようなことはあるのですか?」 夏警部が聞いた。よい質問だった。幸田友里恵はちょっとためらったが、「大阪第一テレビです。人材の募集のことは、一般論ですが、具体的になるとオーディションの開催などで、発掘することもありますし、お尋ねのように他社への協力依頼ということも考えられます」と答えた。藤堂真理矢が相槌を打っている。「ワールドプロダクションが大阪のドリームプロダクションへ協力依頼の話を持っていった可能性はありますか?」 夏警部がさらに聞いた。しかし、これはあまり良い質問ではなかった。根拠のない仮定のうえの質問だからだ。幸田友里恵は、「何か依頼しなければならない理由があれば、考えられると思います」という答えを引き出してしまった。しかし、夏警部の脳裏にはある仮説の仮説がよぎった。娘の蜜柑も同じことを考えていた。「光岡瑠偉さんの夢に出るという女性の赤いイヤリングですが……」と言って、真佐子は途中でやめてしまった。「田舎者」という引け目を感じる。「真佐子さんは若いころに交通事故にあって、回復してからよく夢を見たそうなんですが、その夢に出てくる人が、交通事故の相手だったんです。一時的な記憶喪失になって、でも脳裏のどこかに残っているんですね。その夢の中に出てくる人相などが手掛かりになって、警察が協力して犯人が見つかったのですよ」と、仲村は少しぼかして、真佐子の言おうとしたことを一同に伝えた。真佐子はほっとした。「私も同じことを考えていたのです。女性で赤いイヤリング、何か手掛かりになるかもしれませんね。横浜のホテルの前の海岸で事件が起きた時にいた女性は、赤い傘をさしていましたし、この人が女性だとしたら、車の中にいた人も女性で、好みの赤のイアリングをしていたと考えることはできます。一致していますね」と、二人をフォローした。「赤色の傘、女性、赤のイアリング。この女性がカギを握っていることは間違いないと思います。ただしこの女性が本物の女性だとして」 夏は、事件の解明に薄日が差した思いがした。「それにしても、澤田研一さん、光岡瑠偉君と、ドリームの君川俊夫さんはなぜ狙われたのでしょうか?」 夏は、深いため息をついた。誰もが同じことを考えていた。 二十八 巨大な陰謀 夏と蜜柑は、仲村と真佐子をJR石川町の駅まで送っていった。時計は8時を回っていた。「今日はいろいろ収穫がありました。私たちもコロナ感染にかまけてさぼっていないで、一気に攻めようと思います」と夏が言い、「黙示録、赤いイヤリングの女、タレントさんたちの移籍、鳥取のホテルに品川ナンバーの謎の中年男女、移籍組は名前まで判明しました。いろいろ糸口が見えてきました。鳥取県警にもはっぱをかけます」 蜜柑が言った。「そうですね。ヨハネの黙示録は私も持っているので、さっそく読んで見ます。私のつたない知識では、黙示録は、西暦95年ごろですか、ローマの迫害下にある小アジアの教会のキリスト教徒に激励と警告を与えるために書かれた文書というか、小説みたいなものではなかったかと記憶しています。確か、大学の授業で習ったように記憶しています。この世の終末と最後の審判、キリストの再臨と神の国の到来、信仰者の勝利といった、預言的内容が象徴的表現で描かれていると。破滅的な状況や世界の終末などを示したものでした。本にも出てくるハルマゲドンは、地下鉄サリン事件を起こした麻原彰晃がでっち上げた終末論でしたね。でも、なぜこんなものが芸能界で取りざたされるんでしょうね」 仲村は、真佐子のほうを見ながら言った。「大阪のテレビ局に聞くと分かるわ。私、大坂に行きたいわ」と真佐子が言った。「これは警察の仕事ですよね」 仲村が制すると、真佐子は仲村の脇腹をつねった。「もう、せっかく大阪を案内してあげようと思ったのに」 真佐子の機嫌が傾いた。「真佐子さん。ここは私たちに任せてください。危険が及ばないとも限らない。蜜柑をさっそく大阪府警に行かせますよ」と、夏警部が仲村の顔を伺うように言った。「僕は、しばらく黙示録をじっくり読んで見たい。いまインターネットで検索したら、ヨハネの黙示録の主要舞台のバビロンについてこのような説明がありました。事件に関係はないかもしれませんが、読んでみます。バビロンは、イラクにおけるユダヤ人コミュニティーの起源ともなったが、このように、ユダヤ教の成立過程に深く関わったバビロンは、ユダヤ教やその系譜を引くキリスト教において正義の対抗概念のイメージであり、さらにイザヤ書とエレミヤ書の預言と新約聖書のヨハネの黙示録(ヨハネへの啓示、啓示の書)の故事から、ヨーロッパなどのキリスト教文化圏においては、退廃した都市の象徴(大淫婦バビロン、大娼婦バビロン)、さらには、富と悪徳で栄える資本主義、偶像崇拝の象徴として扱われることが多い。以上ですが、大変なことですね。まさか、東京が現代のバビロンだというのではないでしょうね。テレビ局の企画がわかったら、何か、澤田さんがなぜわざわざ本を買って、メモを挟んでおいたかわかるような気がします」「意外とそんな世界が背景にあるのかもしれませんね。だとすると危険が伴います。くれぐれも慎重にお願いします」と夏が言うと、真佐子は、「あら、あなた方私たち女をばかにしているのね。漁船で日本海の荒波と戦ってきた女の底力を見せてくれるわ」と、不満をあらわにする。 仲村が、JRの乗車用のプリペイドカードを取り出した。真佐子が蜜柑の耳元へ何かをささやいている。真佐子と仲村は階段を上りホームのほうへ消えていった。手を振っている。 原宿の昨晩と同じホテルが取れたので、仲村はホテルまで送っていった。「私明日帰るわね。あなたに迷惑がかかってもいけないし。今回はたまたま軽い気持ちできたし・・・」 真佐子は別れ際に言った。「せっかく来てもらって、どこか楽しいところを案内できればよかったのですが、つまらないことに巻きこんでしまって、申し訳ないです」 仲村は腕時計を見ながら言った。「そんなことないわ。私とっても楽しいの。蜜柑ちゃんが大阪へ連れて行ってくれるっていうし、大坂じゃきっと有力な手掛かりがつかめると思うわ」「まさか、大阪府警へ?」「そうよ。明日品川駅で待ち合わせになってるから、見送って頂戴ね」「え、もうそんな約束まで?」「そうよ、女同士、遊ぶ計画はすぐにまとまるのよ」「遊びじゃないですよ」「わかってるわ。その足で湯玉へ帰るから安心して頂戴」「真佐子さんにはまいるなあ」「一人にしてごめんね。私がいないと寂しいでしょうけど、お利巧しててくださいね」 また勝手なことを言っている。しかし、仲村はいつか真佐子が中学校の3年を終わるころ、どこかできっとこんなことを言っていたような気がした。一つ一つの会話や場所を思い出せるほど、記憶は明瞭さをとどめてはいなかった。流れた時間の川は、一つ一つの記憶のシーンを大海へと流していったのだ。そんな薄れた記憶の集積に、何か見えない楔のようなものが、強引に撃ち込まれたのだとも思ってみたりした。自分も真佐子もその楔が何であったか知りたいのだと思った。 二十九 愛の遊びごっこ 翌日、仲村は真佐子を品川まで送ったが、仲村もまた静岡へ帰ることにした。『ヨハネの黙示録』は、静岡の自宅に置いてあった。大学は夏休みに入り、少し骨休めをしたいとも考えた。静岡に停車する新幹線が来たので、蜜柑と3人で自由席に乗り込んだ。満席とまではいかないが、大勢の人が乗っている。 前日、真佐子に知らせておいたので、蜜柑も承知で、真佐子と仲村を窓側に座らせ、蜜柑は通路側に座った。ワクチン接種を二回終わったものでも感染するケースが増えており、外国では3回目の接種が行われるようになってきていた。ブレクスルー感染にブースター接種というらしい。 新型コロナがはやりだしてから、感染症対策の後進性からくるのだろうか、やたら英語が出てくる。パンデミック、ステイ・ホーム、ウィズ・コロナ、ロックダウン、アナキラーゼ、ブースター、コバックス、ブレイクスルーなどなどだ。パラオキシメーターに至っては舌をかむ。ファイザー、モデルナ、シノバック、ジョンソン&ジョンソン、スプートニクVなどのワクチンに至っては、覚えきれない。敵国語を使ってはいけないという太平洋戦争時の国策が嘘のようだ。 二回打っても重症化はしないものの、感染したら人に移す可能性もある。未接種の若年者への感染が急速に広がっている。病院もひっ迫してきており、東京には酸素ステーションも設置され、医療体制を必死で防衛しているかに見えるが、明らかに「命の選別」が行われている。ある往診専門のクリニックの医師に言わせれば、高齢者は回転が速いから、看取りのために優先して入院でき、酸素濃度が低下した若い人が後回しになる。 三人とも不織布のマスクをして、必要なこと以外は会話はしない。蜜柑が携帯のメモ帳に用件を入力している。すかさず真佐子もメモで答えている。犯人と戦うには、こちらがまず健常でなければならない。うとうとしている仲村の耳元に真佐子がささやいた。「あなたと道頓堀りを散歩したいけど緊急事態じゃ無理ね。今度つれてってね」「収まったらね」と、仲村が面倒くさそうに答えると、またわき腹をつねっている。「君が中学生のころ、よく腕や腹をつねった。すね毛を引っ張ったこともあったよ」と言うと、調子に乗ってやる。蜜柑が笑っている。蜜柑は幼いころ母親を亡くし、父親の手ひとつで育てられたものだから、夫婦仲というものを実感としては知らない。結婚願望がないのも、過去の記憶のせいかもしれない。目の前の二人は、いろいろわけあって「幼馴染」だという。とはいえ、恋人同士のような二人を見ていると、なぜか心をくすぐられる。 蜜柑にもつき合っている男性はいるのだが、こういう時、なぜかその男性のことを思い出す。優柔不断なところは仲村に似ている。真佐子とて、二十歳までのもっとも多感で波乱に満ちた青春時代の思い出が事故で消えていることが口惜しい。「愛」に対する応答と「愛」の発露の所作が記憶から消えているから、ぎこちない遊びごっこのような触れ合いになる。仲村が快く受け入れてくれるから、これでよいとは思うが、本当は違うのだと思う。 新幹線は、静岡駅のホームで、列車追い越しのためしばらく停車していた。真佐子が、列車から降りて何か世話を焼いている。ミニスカートと、髪の毛を束ねたイスラム教徒の女性のようなスカーフと、太いベルトにタイトな白いブラウスは、まるで昭和のストリートガールのようだ。 ドアが閉まるといけないからと、仲村が真佐子を列車に押し込む。座席に戻り、子どものように大げさに手を振っている。周りの人たちは、この二人を一体どういう関係だと思うだろうか。蜜柑は手を振りながらそう思った。 大阪府警に出向いた蜜柑は、刑事課であいさつをした。真佐子を県警の資料課アシスタントと紹介した。神奈川県警からとあって、刑事課長が応対し、捜査のあらましを説明した。鳥取県警とは連絡を取っているとのこと。鳥取県警の若い滝川刑事が、ドリーム・プロダクションの君川俊夫社長が投宿した鳥取市内のホテルに、君川が殺害された日の次の日に停まっていた、品川ナンバーの車の目撃があり、足取りを追っているとのことだった。 ナンバーがわからず、白いセダンだということだけで、今まで情報は限られてはいたが、山口県と島根県との県境辺りのコンビニに、品川ナンバーの白い車が停まっていたという情報を得たという。乗っていた人物はわかないが、「コロナ禍で移動が自粛されている中、遠くからきている」と記憶にとどめている人がいたというのだ。それ以外のことはわからないという。ちょうどその駐車場で撮った記念写真の日付から、7月12日だと分かり、この日は白兎海岸の事件の翌日にあたる。滝川刑事はこの車だと確信したという。 島根県警の手を煩わせるのもはばかられるので、目下、滝川刑事が捜査範囲を拡大して、更なる情報がないか調べているということであった。社長が殺害されたあとは、息子の君川翔がプロダクションを切り盛りし、コロナ禍の中、経営は厳しいものの、何とか回しているということだった。ドリーム・プロダクションから、三人が東京のワールド・プロダクション改め、アジア・エンタテーメントへ移籍した件は、府警としても承知しており、ドリーム側へ捜査の攻勢をかけたが、明確な手掛かりはないということであった。「横浜港で殺害されたマネジャーの澤田さんの黙示録という本から、黙示録、人形と記したメモが出てきたのですが、何か手掛かりはないでしょうか」 蜜柑が訪ねたが、「初耳です」という答えだった。「山口県と島根県の県境のコンビニですが、道の駅 ゆとりパークたまがわではないでしょうか? 県境と言っても、だいぶ山口県に入ったところですが」と、真佐子が聞いた。真佐子は山口県の湯玉に住んでおり、県境の日本海側は自分の庭のように知っている。亡くなった漁師の夫と、遊びでよく行ったところで、海は漁で連れて行ってもらったことがある。「おっしゃる通りです。申し訳ございません。駐車場に品川ナンバーの車があるので珍しく思い、スタッフが覚えていたらしいのです。滝川刑事の調べでは、防犯カメラからは距離がありすぎて、ナンバーは確認できないということでした」「横浜の殺人現場もそうなんですが、犯人はカメラには注意しています」 蜜柑が言った。 大阪府警は、大阪城の西にあった。二人は確かな手ごたえを感じて府警を後にして、ドリームプロダクションへ向かった。アポは取ってあった。府警の女性警官が車で案内してくれた。感染に神経を使っている。「デルタ株は怖いですね。マスクをしていても、電車の中では簡単に感染してしまいますから」と、婦警は大げさに言ったが、蜜柑も真佐子もその通りだと思った。 三十 視線の乱れ ドリーム・プロダクションは、大阪府警から車で15分くらいのところにあった。近くにはテレビ局があり、ほかでもない大阪第一テレビだった。情報を固めてからテレビ局を攻める作戦だ。蜜柑は胸が高鳴るのを覚えた。黙示録のことを知っている仲村教授がいればいいのにと思ったが、いざとなったら真佐子に連絡を取らせればよい。「鳥取県警と同じことを聞くかもしれませんが、お父様が殺害されるに至った理由に、本当にお心当たりはありませんか。どんな些細なことでもいいのです。この間、新型コロナの感染拡大で、エンタテ―メント業界が苦境に立たされている中で、東京のドリームプロダクションは、社名をアジア・エンタテーメントに変更し、御社から3人のスタッフを受け入れて再出発しました」 ここで、新社長の君川翔の表情がやや変わった。「3人の移籍に関しては、かねてより移籍の希望があり、話し合いにより円満に移籍手続きか終わりました」と、社長は平静を装って言った。「理由はどういうことでしたか」と聞くと、「前々から東京で活躍したいと思っていた、ということだったので、こちらも引き留めもせず退職になったと、先代の社長から聞いています」と、やや動揺した感じで答えた。蜜柑は何かあると思った。「ところで」と、蜜柑が詰め寄った。「ヨハネの黙示録に関して、何かご存じではないですか」 社長は明らかに動揺しているが、「ええ、テレビの企画で、確かコロナ感染の前の年に、地元のテレビ局から、当時のワールド・プロダクションへ持ち込まれた企画と承知しています」と、平静を装った。「どうしてご存じなんですか?」と、蜜柑が聞くと、「先代の社長から聞いたのですが、何かわけのわからない企画らしい、終末の世の中でもないだろうと、こんなに景気がいいのにと笑っていました」 移籍した山城さん、倉橋さん、それと江島さんはどんな方でしたか?」「どんなと言いますと?」 新社長は、わざとらしく聞き返した。「質問がよくなかったですね。素人なので、得意な分野とか将来めざしていたような役柄と言いますか」「山城さんは大学教授なので、政治・社会時評を主に担当していただきましたが、大阪にいるとやはり生の情報が入手しずらいので、本業の研究もそうで、霞が関の生の情報を取材したいのだと、つねづね言っていました。倉橋さんは月並みなのですが、モデル出身なので役柄が自分の体に集中して、もっと幅広い演技力を身に着けるためには、仕事の幅を広げなければいけないということでした。歌手の江島さんは、雰囲気が昭和を連想させるものを持っており、所属する事務所に心当たりがあるというようなことを言っていました。移籍先のアジア・エアンタメのホームページに紹介がありますが、だいたい同じようなことです」 と淡々として、意外に丁寧な説明をした。引き抜きに関しては、あまり、わだかまりはないのだろう。落ち着きのなさは、ほかに原因があるのだろう。「先代社長さんの殺害は、ご存じだと思いますが、横浜港での澤田研一さんの殺害と関係はないでしょうか?」と、ズバリ核心を突いた。案の定、新社長の目線が左右に揺れた。刑事はそのような瞬間的な心の動きを見逃さない。しかし、相手の脳裏を走る実像までは覗けない。虚像から推測するしかない。横浜港殺人事件について何か知っている、と蜜柑は思った。鳥取県警の聞き取りに対しては「何も思い当たるところはない」と答えている。先代社長の妻も同じように答えている。しかし、鳥取の白兎海岸で犯人と車で一緒にいたことが、横浜港殺人事件と何らかの関係があることは、妻にこの事件の新聞の切り抜きを作らせているところから明らかだ。「お父様は、横浜港の事件の関係者をご存じだったのではないでしょうか。あるいは何か重要な事実をご存じだった?」 蜜柑は吹っ掛けてみた。「私もその点はずいぶん考えて、社内のスタッフや母親に聞いてみたり、遺品の整理で何かないか注意したのですが、何もないのです」と答えるが、視線が微妙に乱れている。蜜柑は、鳥取県警の滝川刑事と同様、何か隠していると確信した。「先代の社長さんは、横浜港の犯人に心当たりがあって、・・・それでその犯人はお父さまを呼び出した。そしてお父さまは何かを要求した。犯人は困りますよね」と、真佐子が思いつきを言った。若社長の表情が変わった。「いったい何を根拠に。わが社は、ドリームプロダクションとは何の関係もありませんよ」 新社長は怒った。蜜柑は、真佐子が言い返そうとするのを制した。「いえ、警察はあらゆる可能性を考え、その背景を探るのが仕事なんです。これまで、御社とドリームは一緒に仕事をしたりということはありませんでしたか?」と質問を変えた。「ええ、その点はご指摘の通りで、このパンフレットに共同作品が載っていますからご覧ください」と言って、蜜柑に分厚いカラーのパンフレットを差し出した。 三十一 Nホテル「すごいですね、真佐子さん」「え、何が?」「若社長、たじたじでしたね。両芸能プロダクションの間には何か関係があって、殺された社長と東京のワールドとの間には、今回の企画の件では、何か争いがあった。マネジャーの澤田さんの殺害に関しても、君川社長なりの推理で、ワールドが怪しいとにらんでいた。社長が奥さんに切り抜きを作るようメールで頼んだのは、事件の確認だったのではないかしら。白兎海岸へ呼び出したのがワールド・プロダクションだとして、では、なぜ君川社長を殺害しなければならなかったのか。真佐子さんの推理のように、何か法外な要求を突きつけるなり、殺されねばならない何かを仕掛けたのか、この辺が焦点になりそうですね」 蜜柑は、真佐子の推理に肉付けをして言った。「あら、私の推理は三文推理小説の受け売りで、思いつきですよ」と、真佐子は照れた。「そんなことはないですよ、真佐子さん。神奈川県警の採用試験を受けて、私たちと一緒に悪を懲らしめませんか」と、蜜柑は笑いながら言った。「あら年齢制限をはるかに超えてます」「特別枠というのはどうでしょう」と、蜜柑が言えば、「特命刑事というのはどうでしょう」 運転手の大阪府警の女性警察官が笑いながら言った。 車は、大阪第一テレビ局の玄関前についた。パトカーに気が付いて、受付の女性が飛び出てきた。三人は応接に通された。応対に出たのは報道局長と番組制作室担当者だ。「確かに当時黙示録という企画があって、ドリームプロダクションに相談した経緯があります。当時私は番組制作を担当していなくて、局内で共有されていたことの範囲を出ないのですが、確か、ここ大阪のドリームへもっていったと思います」「ドリームでは知らないということでしたが。もちろん息子さんの話です」「そうですね、先代の社長ならよく知っていたはずですが、いまとなっては・・・」と、一つ一つ思い出すように言った。「ドリームで検討する中で、この企画はなかなか重いところがあり、東京のワールド・プロダクションと共同企画になったというところまで私どもは承知しています」 当時の報道局長は言った。現在は参与の閑職にあるという。「なぜ、東京と共同になったのでしょうか」真佐子が訪ねると、「なんでも、企画が企画だけにドリームのスタッフでは限界があるというようなことだったと思います。そして、2020年に入り、新型コロナが流行し始め、企画は一時凍結されたといういきさつになっています」 番組制作担当者が言った。「この企画は、まだ生きているのですか?」 蜜柑が聞いた。「警察がお見えになるというので、当時の担当のものに聞いたのですが、企画の進行にやむを得ない理由で支障が生じた場合は、両者協議のうえ中止または継続を協議するとなっており、継続扱いになっているということです」と番組制作担当者が言った。「それでは再開ということになると、あなたのもとで共同企画が動き出すということですね」「その通りです。しかし、目下、東京も大阪も新型コロナの緊急事態宣言が出ていて、すぐにでも動かせる状態にはありません。今後の感染者数の動向次第だとは思いますが」 担当者は慎重に言った。「どのような企画内容なんですか?」 真佐子が思い切って聞いてみた。「ええ、こちらの意向としては、ヨハネの黙示録にある終末観、あるいは仏教の末世に照らして、現代日本をどのように見るかという、たいそれた企画となっておりました」 真佐子は、仲村がいてくれればと思い、ため息をついた。「お恥ずかしい話なのですが、いま申し上げた企画内容で、正直なところ突っ込んだ企画は、両プロダクションと詰めていく中で具体化しようということでした」 番組担当者は、頭を掻きながら言った。「この企画の発案は、前任の番組制作担当者ですが、実はある大学の文学部教授と懇意にしており、その大学教授、鮫島と言いますが、その方に聞くと何かわかるかもしれません。蛍雪大学の文学部で、まだ教授職にあると思います」 蜜柑と真佐子が立ち上げってから、部屋を出る間際に言った。「ありがとうございます。ワールド・プロダクションは、今、アジア・エンタテーメントに社名変更していますが、まず、ここをあたってから、鮫島ですね、教授からも話を伺います。我々のことを話しておいていただけると助かるのですが」 蜜柑は礼を言って、二人はテレビ局を出た。 大坂へ宿泊することは、総務課の許可を取っていた。「もしもし、パパ、大阪第一テレビの話では、やはり黙示録の話は、最初ドリームへもっていき、話し合いでワールド・プロダクションとの共同企画になって、そのあと感染症が急拡大したので、企画は事態収束まで延期ということになったみたい。山城、倉橋、江島の三人は、前々から移籍の希望があり、円満移籍となったそうです。はい、それと、この企画が第一テレビで出来た時に、担当者は同席していなかったのですが、蛍雪大学文学部の鮫島教授からいろいろとアドバイスを受けたようです。ええ、調べてください。仲村先生にも聞いてみます。ええ、真佐子さんにも質問してもらって、ドリームプロダクションは大慌てでした。ええ、何かを隠していると思います。……はい、ありがとう。こんばんは息抜きさせてもらうわ。真佐子さんは新幹線の駅の近くにホテルを取ってあるので、これから送っていきます。大丈夫よ食事はお部屋でするから。パパもね。はい、また連絡します」 蜜柑は、婦人警官にNホテルまで送ってもらうことにした。時計の針はもう6時を指していた。緊急事態宣言下とはいえ、新大阪駅前の人通りは帰宅通勤者で多かった。ワクチンを二回接種しているとはいえ、二回目から日がたつにつれて免疫力が低下することはわかっていた。また感染しても症状は重篤化しないとはいえ、他人に感染させる可能性がある。 真佐子は、山口県の湯玉で年老いた母親と息子夫婦、それに二人の孫と同居している。孫は小学生と保育園児だ。新型コロナウイルスのアルファ株は、もうほとんどデルタ株に置き換わっており、若年者への感染率が高く、症状も重篤化しやすい。新型コロナウイルスの感染は、高齢者や基礎疾患のある人たちから、若年者のステージへと変化した。 大阪の雑踏の中で、ウイルスを拾うわけにはいかない。予約したホテルでは、近所のレストランからテイクアウトの夕食を取ってくれるサービスがあり、蜜柑と真佐子は、チェックイン時に夕食を受け取って、ツインの部屋に入った。シャワーを浴びて遅い夕食をさあ、という頃はすでに午後7時半を回っていた。その頃仲村は自宅で「ヨハネの黙示録」に目を通していた。真佐子からメールが入った。「蛍雪大学文学部の鮫島教授が、ドリーム・プロダクションが大阪第一テレビから受けた黙示録の企画を手伝うように依頼されています。この企画は、感染拡大前にワールドへ委託されましたけど、ドリームと共同企画ということになって、いまは凍結状態で、感染が収まれば再開されるとのこと。山城以下二名の、ワールド・プロダクションへの移籍は、合意のうえということでした。ワールド・プロダクションとドリームプロダクションは、何か悪しき関係で結ばれていたか、ドリームプロダクションの社長が、ワールド・プロダクションの弱みを握っていたかもしれないです。女二人で、成果がありましたよ。私、刑事になろうかしら。真佐子さんと、これからお食事して事件のなぞ解きをするのよ。あなたも頑張ってね」と、いつもの調子で、仲村を苦笑いさせる。しかし、真佐子は母親の味を知らない蜜柑を思い、また蜜柑は仲村に代わって、昔の話を聞くことで、真佐子の記憶を手繰り寄せようという、やさしい思いやりがあった。一口の缶ビールは二人を母子にした。 三十二 恋愛談義「羨ましいわ」 缶ビールを、部屋に備え付けのグラスに移し替えて、蜜柑は真佐子に言った。「何が?」と、真佐子は一応聞き返して、グラスの半分を空けた。蜜柑は、あまりアルコールを嗜まない父親にはにずに、瓶ビールなら中瓶2本は軽く空ける。コロナ禍の中、アルコールを出す飲食店は皆無で、ここは捜査に便乗して、ストレスを発散させようと企んだところだ。「だって、真佐子さん、仲村先生と仲がいいんですもん」 眠くなったら、ベッドに潜り込めばいいし、明日の朝食は定食だけど、自炊をする必要もない。「私ってわがままでしょ、あの人、私に合わせてくれるんですよ。私っていい気になっているかしら?」 真佐子は、テイクアウトで取った餃子を、大事そうにつついている。「蜜柑さんも、いい人いるんでしょ?」 真佐子は、宿泊に誘ってくれた蜜柑の真意を察して聞いた。「ええ、まあ、いるにはいるんですけど、本気かどうかもわからないし」「どちらが?」「もちろん」「わたし」「当たり」 二人はどちらからともなく笑い出し、大声で笑った。「わたしも同じよ」 真佐子が続けた。もう、缶ビールの大瓶が空になっている。冷蔵庫から2本目を取り出して、並々と注いだ。「でもね、蜜柑さんと違うのは、ごめんなさいね、私たちの間には、明日がないの」 蜜柑には、この真佐子の「明日がない」という言葉が理解できなかった。でも理解できないままにした。「わたしには、仲村さんの家庭に踏み込む権利もないし、その資格もないの。そのつもりもないわ。でも、わたしが失った過去の一部を知っているのは、仲村さんだけなの。わたしにしつこく付き纏って、勤めていた会社の社員旅行のバスを爆破した犯人を突き止めてくれたのは、仲村さんです。わたしが14から15歳まで、恋人ごっこみたいなことをしていた頃のことを、彼は包み隠さず教えてくれるのよ。もしかして、記憶を取り戻すのではないかと。その度に、わたし人間らしくなっていくの。女らしくも・・・「羨ましいわ、それでみずみずしいのね」 蜜柑は口を挟んだ。「でもね、仲村さんは、大袈裟ですけど、なぜ、私たちが別れなければならなくなったのか、言ってくれないの」「真佐子さん、その秘密をわからないままにしておきたいのでしょ」「図星かもね」「分かってしまうと、お二人は会う必然性がなくなりますものね」「仲村さん、私の弱みを握っているのかしら」 真佐子は不安げな表情をした。「仲村先生は、そんな人ではないと思います。きっと真佐子さんの幸せを考えて」 蜜柑は、ふと脳裏に優柔不断な彼氏の顔がかすめた。「島根の海辺で偶然再会されて、鳥取砂丘でお互いを確認されたとか、パパから聞きました」「ええ、それはもう、半信半疑というか、心臓が飛び出るようでした」「でも、記憶は失われていたのでは。よくわかりましたね」「仲村さんのことは、姉から聞いていましたので。もしやと思い、私のイニシャルの編んであるハンカチを渡したのです」「再開する運命だった?」「そうかもしれませんね」「蜜柑さんも、出会いは神様がくれたものと思って、大事にしてくださいね」「はい、私もハンカチを渡します」「ハハハ」 真佐子と蜜柑が、酔いに任せて、おのろけを言っている間に、第三の殺人事件が実行に移されようとしていた。真佐子と蜜柑の会話は、深夜まで続いた。 三十三 路上殺人 風吹翔馬はCMの収録を終えて、自宅への帰路を急いでいた。マネジャーの車で、近くのコンビニまで送ってもらい、夜食を買い込み、自宅のマンションへ向かった。NHK放送センターの入り口が近くにある。コロナ禍のこういうご時世、途中、道草を食わないように、マネジャーからきつく言われている。感染でもしようものなら、契約によって進められているドラマの収録も中断し、放映予定のテレビ局に迷惑をかけてしまう。 半年連載のこのドラマには、風吹翔馬のこれからの俳優人生がかかっていると言っても過言ではない。大学在籍中から芸能界に首を突っ込み、いろんなことをやってきたが、目指すは俳優としての道だ。一時的な快楽よりも、長い人生の成功の道を選んだほうが良いに決まっている。コロナ禍に突入して1年半、中年の域に差し掛かった彼の年輪は、慎重な行動をとらせるに十分だった。 彼はダイヤモンド・エンタテーメントに所属していたが、近く、今の倍もある企画の話が舞い込んでおり、余計に慎重な行動が求められていた。彼はフリーエージェント宣言をしており、自分で仕事を取ってくることも可能だった。 コロナが、ワクチンの普及もあって、やや下火になってきたこともあって、近く新企画を動かすチーム会合が開かれることになっていた。苦労して手に入れたこの新企画へのチャンスを、逃すことはできなかった。中心はタレント、俳優、アーチスト総勢10数名で、毎週金曜夜のゴールデンタイムに、1時間のテレビドラマの企画が動き出す。「新黙示録 天国から愛をこめて」 というのが、企画段階の名称だった。この企画を我が物にしようと、もともとは関西のテレビ会社・大阪第一テレビ会社の企画なのだが、これを取り込もうと、地下でタレントの猛烈な売り込みが行われていた。その中に風吹翔馬がおり、強引な手口で主演の座を得るところまで食い込んでいたのだった。 風吹はこれから『黙示録』を読まなければならなかった。目の前の角を曲がり細い道を少し進むと、風吹のマンションがある。風吹はそのマンションの5階に住んでいた。細い道に入りかけた瞬間、濃い色のセダンが彼の背後から近づき、パワーウインドーを開けたかと思うと、拳銃の鈍い発射音がした。消音ピストルの弾丸が、風吹翔馬の心臓を貫通した。彼は路上に倒れ、抱えていた食料品などがあたりに散乱した。車は音もなく走り去った。 あたりに人影はなかったが、角の一軒家の二階の暗い窓に明かりがつき、住人が窓を開けて、鈍い音の方向を見た。街路灯の下に、人がうずくまっているのに気づいて、その住人は恐る恐る玄関を出て街路灯の下の物体に近づき、そして大声を上げた。 偶然通りかかった乗用車を止め、「人が銃で撃たれた」と叫んだ。運転手は車を降り、状況を飲み込むと、驚いてスマホを取り出した。五分もたたないうちにパトカーが駆け付けた。 渋谷道玄坂上の殺人事件は、朝刊で報じられた。蜜柑と真佐子は、新大阪駅前の、ビジネスホテルの朝食会場のテレビを見て、食事の手がとまった。「大変な事件です。詳細は分かりませんが、芸能人が殺害されたことと、テレビの字幕に出た黙示録の意味するところは、私たちが捜査している横浜港と白兎海岸の殺人事件との関連は明らかですね」 蜜柑は刑事の顔に戻った。仲村に会いに来たところが、素人探偵になりきり、捜査の一翼を担うことになり、真佐子は心ときめく思いがして嬉しかった。 今日は思い切って、第一テレビに「黙示録」の進言・助言をしたという、蛍雪大学・人文学教授の鮫島研究室を訪ねる決意を固めた。もしかしたら、第一テレビから連絡が入っているかもしれない。「寝込みを襲う」のが有効なことは、父親から「捜査の常道」と教えられたことであった。「真佐子さん、ここは一度ご自宅に戻って、また機会があったら仲村さんと一緒に横浜においでください」 真佐子と蜜柑は朝食を切り上げ、ビジネスホテルを出る準備に取り掛かった。真佐子には大胆な算段があった。新大阪の駅には徒歩で向かった。コロナ騒動どころではない、何かが動き出したと蜜柑は直感した。「この事件は、どうも大阪第一テレビが発案した黙示録が絡んでいて、最初にこの企画が持ち込まれた大阪のドリーム・プロダクションの社長が、白兎海岸で殺害された。どちらも神話や伝説めいた世界で、何か得体のしれないものを感じるわ。島根へ行くと鳴き砂伝説があって、平家と源氏の壇ノ浦の合戦で、危うく難を逃れた平家方のお姫様が、小舟で流れ着いた鳴き砂海岸があります。白兎海岸も因幡の白兎の伝承ですが、社長を殺害した男女は、島根県から山口県の県境まで足を延ばしています。私その場所に行ってみます。中年の男女が立ち寄ったとされる道の駅には、私の知り合いがいますから、何かわかるかもしれません」 真佐子の独り言のような言葉に、「おひとりでは危険が伴いますね」と、蜜柑が案じると、「大丈夫よ。仲村私立探偵を呼ぶから。どうせあの人は、大学は夏休みだし、静岡から飛行機で出雲空港へ飛んで、私が車で待ち受けるという方法があるわ。いつももったいぶって偉そうなことを言っているけど、私がいないと何もできないんだから」 真佐子は、自分に言い聞かせるように言った。蜜柑は吹き出しそうになった。蜜柑は遠い空を眺めるような目つきで言った。「捜査のほうは無理をなさらないでくださいね」 引き留めてもやめるような真佐子ではないことが、だんだんわかってきた蜜柑は、新大阪の改札口で手を振った。 三十四 捜査協力 渋谷道玄坂では、翌朝、本格的な現場検証が行われた。警視庁の刑事は、当然のことながら第一発見者の男性に対して事情を聴いた。わかったことはと言えば、午後10時過ぎ、消音銃のような鈍い音とともに、道路で人が倒れる音に気付き、もしやと思い外に出て、通りかかった車を止めて警察へ連絡してもらったということだけだった。ただ、その通りかかった車の運転手は、この上り坂の上からやってきた関係で、犯行後と思われる黒っぽい乗用車とすれ違ったというのだ。その乗用車はかなりスピードを出していたと答えた。 付近には防犯カメラはなく、幹線道路に設置されているカメラをリレー解析するしかなかった。担当者はさっそく作業に通りかかったが、深夜でもあり、バックナンバーの映像には期待できなかった。 被害者の心臓を貫いた拳銃の弾丸の特定を急いだ。警視庁では、この殺人事件が芸能人であるので、横浜港の殺人事件と関係があるのではないかと判断し、急拠、神奈川県警の夏警部を呼び、広域捜査の提案をした。アジア・エンタテーメントの光岡瑠偉のひき逃げ事件との関連もあった。 現場検証を終えて、警視庁に入った夏警部は、これまでの事件の展開と捜査のあらましを担当刑事に披露した。警視庁の刑事の関心を引いたのは、当然のことながら社名変更前のワールド・プロダクションのマネジャーで、殺害された澤田研一が黙示録のメモを書き残し、本まで買っていたことと、この黙示録が、大阪第一テレビから最初ドリーム・プロダクションに提示され、さらにさかのぼると、蛍雪大学の鮫島教授から提案があったという経緯であった。 ワールド・エンタテーメントの澤田のひき逃げと、大阪のドリームプロダクションの社長・君川が殺害されたのは、おそらくこのテレビ企画をめぐる何かが原因になったためであろうという夏警部の推理だった。さらに、夏は、この間、大阪のドリーム・プロダクションから、東京のアジア・エンタテーメントへ、タレント3人が突然移籍したことを付け加えた。今回、ダイヤモンド・エンタテーメントの風吹が拳銃で殺害された件に関して、夏の見方はこうであった。「おそらく、黙示録の企画が再浮上する中で何らかの利権が絡み、その主導権争いのようなものが、犯行への引き金になったのではないか?」 夏警部は、警視庁の刑事たちに説明し、さらに続けた。「目下、鳥取白兎海岸での殺人に関して、お隣の島根県で中年男女の目撃情報があり、民間人の協力で当たっているところです。拳銃の出どころと、風吹の身辺をあたるところで操作願えれば幸いです」 警視庁の刑事部長はこれを了承した。 三十五 鮫島研究室 蜜柑は真佐子を見送った後、蛍雪大学へ電話を入れ、鮫島教授への面会を申し入れた。総務課の職員は、警視庁からの面談と聞いて驚いたが、緊張した声で、「鮫島先生なら、今日は2限に授業があり、授業終了後昼休みに研究室にいらっしゃいます。ご案内しますから、総務課にお立ち寄りください」と答えた。構えられると困るので、「先生の専門的なお知恵を拝借したい」と、申し入れた。夏からは、「思い切って核心をつけ」と指示があった。ただ、総務課を通したのは、神奈川県警から教授に面会申し入れがあったことが大学側に知られるわけで、波紋が広がることを読んだからであった。その波紋の中から思わぬ手掛かりが出てくることがある。 蜜柑の頭の中には、ドリーム・プロダクションから東京のワールド・エンタテーメントへの3人の移籍者、山城、倉橋、江島の三人の中の、教授をしている山城に注目した。山城は中東の歴史が専門で、イスラム教に関する歴史的考察で、パリの大学から博士号を授与されている。イスラム教と言えば、その極端な思想にイスラム原理主義があり、アメリカニューヨーク貿易センタービルの爆破テロを企てた、オサマ・ビン・ラディンの背景思想だ。 蜜柑は、まさかとは思うが、山城に関してはその思想的背景も調べる必要があると思った。これは、仲村教授に頼んだほうがよい。いや、もう調べているだろう。当面は山城教授と鮫島教授との関係なのだが、ここは鮫島教授を直撃することで、明らかになると読んだ。「山城さんならよく知っていますよ」 鮫島教授は、銀縁の眼鏡をはずして蜜柑の質問に答えた。平然としている。「黙示録の企画については、別に私が提案したのではなく、人類学的な観点から感想を申し上げたくらいです。山城教授と大阪第一テレビのスタッフが、よく私の研究室に来て雑談をしたものです。ドリーム・プロダクションでしたか、社長さんが殺害されたことは、私も新聞で読みましたが、何も心当たりがありません。ただ・・・」と言って、鮫島教授は難しい顔になった。「社長さんが、一度研究室に来たことがあります。名刺を置いて行かれて、私は受け取った日付を書いておく習慣があるので、これですが、2019年3月となっています」蜜柑が身を乗り出した。「山城さんと二人で来たと記憶しています。彼女から紹介があったので、黙示録について私が知っている限りで、詳しく話してあげました。」 鮫島教授は、窓の外の木の葉を眺めながら言った。「山城先生が、元のドリーム・プロダクションから、東京のワールド・エンタテーメントへ移籍されましたが、ご存じでしたか?」と、蜜柑は意表をついて聞いた。鮫島教授の目線が一瞬乱れたが、平静を装って答えた。「いえ、その点は知りません。大学の教師と芸能プロダクションとの関係は、私にはよくわかりません」と、先手を打って答えた。「彼女は、東京の大学から招聘されて移ったと聞いています。優秀な方ですから」と付け加えた。「山城先生は中東の大学へは行かれていたでしょうか?」「はい、名前は忘れましたがイスラエルの大学に遊学されていたと聞いています。直接本人に聞いてください」「山城先生は赤色の傘をもっていませんでしたか?」「そこまではちょっと」「では、赤色のイアリングをしていませんでしたか?」 蜜柑は、歌手の光岡瑠偉が、彼をはねた車に赤色のイアリングをしている女性が乗っている夢を見ると言っていたのを、ぶつけてみた。「いえ、そのようなものは見たことはありません」と、鮫島は落ち着いて答えた。大学の女性教師が、授業や研究関係で、イアリングを飾ることはまずないだろう。鮫島は、私生活での付き合いを疑われたと思い、早々に否定したのだろう。蜜柑は、仮説ではあるが、鮫島と山城が私生活でつながっているのではないかという想定で聞いた。案の定、鮫島は否定した。それは、山城教授が赤い傘、赤いイアリングやネックレスを身に着けることがあることを警察が知っていると、鮫島に知らしめることになったであろう。だとすれば、警察が赤い傘、イアリングなどの着用に気づいていることを、山城に伝えることになるとの読みであった。警察が疑っていると、山城に必ず連絡がいくだろうと、蜜柑は確信した。それは、山城に会ってからの楽しみだ。 一方、真佐子は山口県の湯玉に戻り、勤務先の道の駅に顔を出し、秋野菜、果物までの端境期なので、引き続き休暇を取ることにして、仕入れの仕事もかねて、島根県境にある道の駅の友人を訪ねることにした。中年の男女が現れたこの道の駅周辺で、きっと情報が得られると考えた。大学は秋の授業が始まるまで、あと1週間ほどがある。感染が下火になってきたのでで、仲村を呼べばきっと来るだろう。いつか、仲村がこのあたりの海を眺めてみたいと言っていたのを思い出した。「もしもし仲村さん。蜜柑さんからの連絡で、大阪のドリーム・プロダクションと蛍雪大学の鮫島教授との関係が分かったし、山城教授との接点も見えてきたようなの。私、県境の道の駅に現れた中年男女の女性は山城教授ではないかと…」 真佐子は、仲村を誘い出そうと言葉を選びながら言った。まだ静岡にいた仲村は、「真佐子さん、僕も黙示録を読みながらいろいろ考えましたよ。実は、個人的な研究で出雲へ行くので、用事がすんだら、山陰本線で道の駅の最寄りの駅まで行きます。真佐子さんは車ですか?」「嬉しいわ。もちろん車よ。小さい車ですけど」「それでは、急な話ですが、明後日、出雲で用事をしますから、その次の日でどうですか?」「ええ、いいわ」と答えて、真佐子は胸がどきどきしてきた。 三十六 見えない絆 仲村もまた真佐子に会いたい気持ちになっていた。でもそれは、愛とか恋とかいう青いものではなかった。枯れたものでもなかった。むしろ色で例えるなら赤ーしかし恋の炎の赤ではなく、青春時代の燃える赤だった。誰にも青春はある。青春の血潮は青春時代に燃えて炎となり、完全燃焼をすれば、やがて加齢とともに沈下し、降り注ぐ加齢と年輪の雨によって鎮火し、炎は消えるか燃えてはいても、かつてのような輝きを失う。 燃え盛る炎の中で研究という仕事を見つけたのは、当時の社会状況もあったが、真佐子と付き合ったほんの2年間の出来事がそうさせたのだったが、いったん燃え始めた炎は、消えることはなかった。当時の社会状況を背景に、真佐子との出会いが上塗りをされて、その中で芽生えたものだった。 しかし運命のなせるいたずらとはだれが言ったか、言い得て妙なる表現だ。数年前、島根県馬路の海岸で偶然真佐子を見つけ、仲村が真佐子だと、また真佐子が大学生のころの仲村だと分からないまま、次の日に鳥取砂丘で会う約束をして、再開したその時、馬路の海岸で会った女性から渡されたハンカチに、真佐子という刺繡が縫ってあったことから、仲村は真佐子であると確信した。そして、真佐子も姉から聞かされていた仲村であると確信した。仲村が馬路の砂浜で鳴き砂の場所を探していると、背後から、「あっち、こっち」 と声をかけ、砂を踏んで鳴き砂の音を聞かせてくれた。仲村は、親切な人だなという以上のことを感じ、真佐子は何か懐かしいものを感じた。仲村は、その女性が乗っていた車のナンバーを頼りに山口県を必死になって探し、ようやく真佐子を見つけた。 その日からかれこれ3年が経過した。真佐子と仲村は鳥取、そして真佐子の生まれ故郷の島根の海岸で何度か会っていた。真佐子が中学3年、仲村が大学3年の頃であった。 島根と山口の県境にある海岸や道の駅は、仲村の記憶にない土地ではあったが、この見知らぬ土地で、もう一度過去を眺めてみることが、青春の灯を絶やさないように燃やし続け、真佐子の記憶を取り戻す機会になるのではないかと考えた。 真佐子は、二十歳までの記憶を失ったまま、早くに結婚し亭主と死別し、亭主の母親と子供、孫とともに暮らしているのだ。真佐子と別れなければならなくなった真の原因は何だったのか、真佐子にとってもそのことが命の炎を燃やしつづける証になるのだった。二人は別べつの理由から、秘密の解明に心血を注いでいるのだった。それが二人の絆だった。 三十七 背を向けた男女 仲村は、山陰本線を乗り継いで、JR江崎をめざした。まるで、異国の海岸線のように見える途中の初秋の風景は、その中に、過去をセピア色の記憶にとどめているパノラマが、車窓に流れていった。飯浦という名の小さな漁港から景色は海と別れ、しばらく走っていくと、右側の車窓に青色の小さな乗用車が見えた。仲村は進行方向左側に座っていたが、もしやと思い右に移動し、その車を見ると、運転席に青いブラウスを着た女性が見え、手を振っている。「まさか」とは思ったが、窓を開けて手を振ると、その人は左手で白いハンカチを振っている。真佐子はこういうことが得意だった。まるで失われた青春を楽しんでいるようだ。列車と乗用車はしばらく並行して走ったが、やがて山の陰に隠れて見えなくなった。すると再び乗用車が現れ、列車のすぐ右の至近距離を走っている。「よそ見をしたらだめだよー」と仲村は叫んだ。列車にはわずかな客しかいなかったが、われ関せずで、江崎での下車を待っていた。山陰本線とは名ばかりで、というと失礼だが、列車は江崎の駅に滑り込んだ。ジーゼルの焦げ臭いにおいが鼻を突いた。「道の駅'ゆとり′に私の知り合いがいるの。中年男女の目撃情報のことは、会ってから話すと言ってるわ」と、真佐子はきれいな標準語で話す。真佐子は就職してから、一度短期間だが、大阪の母親のところへ行っていたらしく、しかし、すぐに島根の実家に戻って働き大事故にあった。結婚後は湯玉の漁師の亭主と暮らしており、標準語を話すことが、仲村には不思議なことだった。一度聞こうとは思っていたのだが、今日までその機会がなかった。 道の駅で軽い昼食をとった。そこへ真佐子の知り合いで、この道の駅で東京ナンバーのセダンを見たというスタッフがやってきた。鳥取の白兎海岸の事件をテレビで見ていて、もしやと思い警察に電話をかけるとさっそく刑事がやってきた。ここらあたりでは、めったに東京ナンバーの車は見かけない。彼女は真佐子と楽しそうに話をしていたが、ひと喋りして満足したのか、仲村に会釈をした。「真佐子がお世話になります。この子はわがままでしょ、叱ってやってくださいね」と、少しなまりのある標準語でしゃべる。「二人の人物については、背格好、服装など何か特徴はありませんでしたか」 仲村は質問した。「鳥取県警の若い刑事さんがやってきて、確か瀧川さんと言いましたか、お話ししたのですが、遠くから見ただけなので、中年の男女としか記憶がないのです。背は、二人とも高かったです。服装はフォーマルな余所行きな感じでした。売り場のスタッフも、この二人連れのことは覚えていましたが、やはり中年の二人連れで、背が高かったとの記憶だけでした。」 道の駅のスタッフが答えた。「例の写真は?」と、真佐子はせかした。「ええ、その日は、白兎海岸の事件の翌日でしたが、私は出勤していて、訪ねてきた知り合いの写真を撮ってあげたのです。いとこがちょうど遊びに来ていて、記念の写真を何枚か取ってあげて、メール添付で送ってあげたのです。真佐子から連絡があって、恋人を連れて行くから話してあげて、というので、写真を見ていたら、偶然その中年の男女が写っていたのです。背中が写っているのですね。もうしかしたら、わざと背を向けたのかもしれませんね」 仲村が咳ばらいをすると、真佐子は、「余計なこと言わないで、スマホを見せなさいよ」とせかした。仲村はその写真の画面を指で拡大した。なるほど白い乗用車のそばに男女が立ち、談笑している。しかし距離があり、長身の男女で女性のほうが白っぽい服装、男性のほうが黒い服装としか判別がつかない。カメラに対して背を向けている。しかし、背格好の特徴は判別できる。女性は姿勢がよい。髪は肩までかかるくらいだ。男性は普通の背広姿で高温の夏なのに上着を着ている。写真を真佐子のスマホに転送してもらい、仲村は真佐子から転送してもらった。 写真のプロパティから、2020年の7月15日、午後4時過ぎと分かった。「ここから車で東京方面へ帰るのは無理だから、萩あたりへ泊ったのではないかしら。翌日山陽自動車道を走り、東名、新東名と走ればその日のうちには東京へ着く。行楽ならどこかへもう一泊するのかもしれない。行って調べましょ」と、真佐子は楽しそうに言う。道の駅の知り合いは、「それがいいわ。秘密にしておくから」と、笑っている。仲村は冷や汗が出る思いだ。しかし、白兎海岸の事件に関係する人物だとしたら、距離が狭まってきたと感じた。 三十八 コロナ感染の虚構 萩には、観光地だけあって多くの旅館とビジネスホテルがあった。地元の強みで、ここは真佐子に宿泊の予約を任せた。新型コロナ感染も、ここ山口県にあっては蔓延等防止に準じる扱いで、大都市のような緊張感は感じられない。出雲から山陰の海辺をJRで初めて旅をしてみて、コロナ感染の虚構のようなものを感じた。大騒ぎをしているのは、大都市だ。いつかテレビで見たが、頑固に感染が居座っているロシアでは、感染はサンクトベルグを中心とした、ロシア西部に限られている。山陰はとにかく人がまばらなのだ。でも、出会う人はすべてマスクをしている。 山口県へ来る前に、仲村は神奈川県警の夏警部に、中年の男女が萩へ宿泊した可能性があると伝え、鳥取県警の了解を得て、2019年夏の白兎海岸の事件の直後に、中年の男女が萩の旅館かビジネスホテルを利用していないか、紹介を求めていた。 いわゆる宿帳の記録から、中年男女を探そうという試みなのだが、推測通り萩の旅館から、品川ナンバーの男女が宿泊していた事実が浮かび上がり、仲村に電話が入った。「A旅館で多分偽名とは思うが、品川ナンバーの男女が利用しています。2年も前のことなので、人相や服装については記憶がないと言っており、ただ駐車場の利用記録にはナンバーは記載されておらず、宿帳には達筆で二人の名前と電話番号が記入されているということでした。男性の字で、達筆だと言っています。筆跡の写真を送るように頼んでおきました。」 夏警部は少し興奮気味に話した。「品川ナンバーというだけで、数字がわからないので、車の所有者と人物の特定は難しいのと、宿帳の記載事項はでたらめでしょう。営業記録に品川からの2名の書き込みが残されているので、道の駅で目撃された中年の二人づれが投宿したとみてほぼ間違いないでしょう」と続けた。「僕もそう思います。白兎海岸で、深夜、ドリーム・プロダクションの社長とコンビニに現れた男が、社長を殺害し、どこかで待っていた女と待ち合わせ、そのまま西へ逃走、萩で一泊、途中真佐子さんの友人に道の駅で目撃された。推測ですが」 仲村は答えた。そばでは、真佐子がうんうんと相槌を打っている。電話を切ると、「その品川から来たという男女が泊まった旅館へ行ってみましょうよ」と、真佐子が誘った。まだ夕食までには時間があった。「そうですね、その男女について何か手掛かりが残っているといいのですが」と、仲村は同意した。品川ナンバーの男女が泊まった旅館は、真佐子たちのビジネスホテルから歩いて10分くらいの海辺にあった。「少し冷えるわね。日本海の海辺は冬が早く来るのよ」 真佐子は、彼女の癖である後ろで手を組んで言った。仲村は腕組みをして歩きながら、「あなたが中学生のころ、友達と一緒でしたが、僕が前を歩き、あなたがこうして後ろ手に指を組んで散歩して歩いたことがありますよ」 仲村は遠くを見るような目つきで言った。「二人だけじゃないの?」 真佐子はつまらなそうに言った。「いつも複数でしたよ。そんなんじゃないもの」「……」 真佐子も遠くを見る目つきになった。「そんなことがあったのね。記憶にはないけど、わたし信じるわ、こうして歩いたのね」「真佐子さん、ひとつ聞いていいですか?」「ええ、何でも聞いてちょうだい」 仲村はためらったが、以前から不思議だった、真佐子の言葉遣いについて聞いた。「きれいな標準語を話しますね?」「ええ、でも気になりますか?」「ええ、島根県の鳴き砂の浜で、あなたと口をきいてからずっと不思議に思っていたのです」「そうですか、いつかお話ししなければならないとは思っていたのです」「ぜひ聞かせてください」「でもお仕事が済んでから」 真佐子は肩をすぼめて笑った。「そうですね」 二人は、中年男女が泊まったという旅館の前についた。高級そうな旅館だった。フロントで話すと、鳥取県警から連絡が入っており、話はすぐに通った。「予約記録と宿帳を見たのですが、確かに品川から御越しの二人連れの方です。もう二年も前のことで、記憶はないのですが、記録からしてお尋ねの通りです」とフロント係の男性は言った。仲村は、宿帳に記載した氏名の筆跡を見たいと言い、確認すると、この旅館の筆跡はあらかじめ連絡があった男性の筆跡だった。筆跡は意図的に変えた可能性がある。そうならば身元を隠すためで、作為が濃厚ということになる。仲村はこの筆跡の写真を夏警部に送るために撮らせてもらった。「ところで、芸能界に関係する事件をお探しのようなので、念のため、ほかの宿泊者を見てみましたら、やはり芸能関係の方が二人、同じ日に宿泊されていましたが、いかがでしょうか?」 フロント係は宿泊名簿を見ながら答えた。真佐子と仲村はびっくりした。「え、そうなんですか。警察には許可をもらっていないのですが、あとで了承を取ります。見せていただけますか」 今度は、真佐子が私立探偵にでもなった素振りで言った。眼鏡を取り出している。「はい」と言って、フロント係は付箋の貼ってある箇所を開いた。二人は、「えっ」と驚きの声を上げた。「光岡瑠偉さんと風吹翔馬だわ。二人は二年前に萩へ来ていたのね」 真佐子は興奮したのか、仲村の腕をつかんでいった。驚いた様子に担当者は、「その頃、ちょうど萩では観光協会主催のライブがあり、その関係で見えたはずです。有名人とあって、うちの女性スタッフもキャーキャー言って、サインをせがんでいたと思います。今日は非番ですが、呼べば来ると思います。すぐ近くですから」「お手数ですが、お願いします」と夏が言うと、すぐに携帯で連絡してくれた。「色紙を持ってすぐに来るそうです。瑠偉さんが、交通事故でけがをしたことを知っていますよ」 男性スタッフは笑った。真佐子は心臓がどきどきしてきた。光岡瑠偉がやってきていたとは知らなかった。以前に東京で会った時も、そのことは言っていなかった。また、風吹翔馬のことも言わなかった。隠していたのか、それとも言う必要がなかったのか。おそらく後者だろう。観光協会にはまだ人がいて、明日、午前中にライブのことで行くと、ホテルのスタッフから告げてもらった。 光岡は、二年前は、澤田がマネジャーをしていたワールドプロダクションにいた。澤田が横浜港で殺害されてから、アジアエンタテーメントへ移った。風吹翔馬はダイアモンドエンタテーメントにいたが、天国の黙示録の切符を、何らかの経由で手に入れ、「本」を読み、準備に余念がなかったが、道玄坂上の自宅近くで、つい最近銃で殺害された。蜜柑の聞き込みで、蛍雪大学の鮫島教授と山城教授の関係にも一定のメスが入っていた。 山陰の辺境の地に、車を使って悠長に旅などしていた男女は、一体誰なんだろうか。真佐子は、ホテルの女性従業員を待ちながら考えた。中年男女の女性が山城教授だとしたら、男性は一体誰なんだろう? 夏は山城教授についてもっと情報が必要だと感じた。念のため、ネットで山城を検索すると、顔写真が出ていた。大学教授なら大抵出ている。これをブックマークした。「お待たせしました」と言って、女性従業員が入ってきた。真佐子と仲村は立ち上がり、「わざわざすみません。翔馬君は残念なことになりました。瑠偉君と二人で来た時のことを教えてください」と仲村が切り出した。「真佐子さんには、いつもお世話になっています」と挨拶して、女性スタッフは話し始めた。真佐子は、このあたりでは顔が広いようだ。「翔馬さんのことは本当に残念です。刑事さんには、何としても敵を討ってほしいです。私はただ色紙にサインをもらっただけなのですが、翌日の文化会館のライブにいって、またお話しする機会があったのです。観光協会の仲間と談笑する形で、話の輪に入れてもらいました」 女性スタッフは一つ一つ記憶をたどりながら話した。「こんなことを言ってました。明瞭には聞き取れなかったのですが、瑠偉さんのほうが、教授もお見えなんですね、ほらあそこに。でも、なぜ来ているんだろうって。翔馬さんが、あれ本当にって、じっと見ておられました。なぜ覚えているかというと、後日の観光協会の会報の中に、大阪の蛍雪大学の山城教授の紹介が出ていたので、ああ、翔馬さんはその教授のことを言ったのだなって、これがその会報です」と言って、女性スタッフは仲村に会報を渡した。仲村と真佐子はその会報を食い入るように見た。山城教授は、萩のライブに来ていたのだ。「これが山城教授の写真です」と言って、仲村は今しがたダウンロードした山城教授の写真を見せた。一同、観光協会の会報の写真と見比べて、「間違いないですね。山城教授ですね」と言った。 三十九 山城教授「山城教授は蛍雪大学にいたんだ。ということは鮫島教授とは旧知の仲……」自分たちのビジネスホテルへの帰り道、仲村は真佐子に言った。山城が、現在は横浜の五条大学に在籍していることは、先ほどの検索ですぐに分かった。「でも、なぜ翔馬さんは殺されたのかしら。黙示録の役をもらったことと、何か関係があるのかしら」 真佐子が、当然ながら疑問に思ったことを言った。あたりは急に薄暗くなり、秋の到来を告げていた。季節は初秋から中秋へと移ろっていた。真佐子は口数が急に少なくなった。事件に深入りしてきたことを悔いているのだろうか。真佐子がそのような性格でないことはわかっていたが、仲村は聞いた。「真佐子さん、ここらあたりで少し事件とは距離を置いて、日常に戻ったほうがよろしいのでは」と、仲村はぎこちない言葉で言った。真佐子は意外にも、あっさり「そうね」とうなずいた。「あなたも授業が始まるわね。私淋しいわ」 弱気な言葉が口をついた。濃青色の日本海には、いつしか秋の風が吹き抜けるようになっていた。遠くに見える海の白波が心を揺さぶる。真佐子は自分がなぜここにいるのか、不思議に思った。この一週間、事件の捜査へと突っ込み、仲村と会える日が思いがけなくも長くなって、ぜいたくな旅行までさせてもらった。 仲村は迷惑をしているのではないだろうか? 見慣れたはずの沖に並ぶ漁火が、真佐子の心を動揺させた。亭主が亡くなってから漁に出たことはない。もうかれこれ3年になる。小さな漁船のエンジン音が懐かしい。「私は、なぜこうも仲村に付きまとうのだろうか? 自分の失った記憶を取り戻すためと割り切って、仲村に甘えてきた。仲村の本心が知りたくなった。仲村は何かを隠しているかもしれない。その何かを言い出す機会を探っているのかもしれない。仲村は真佐子にいつかこのようなことを言った。「あなたは、僕が就職先に面会を求めた時に、もう会いたくないと、受付を通じで回答しました。会いたくないという返事は、本心だとは思うのですが、会うことを禁じられたのではないかと思うのです。でも、あなたには記憶がないのだから、それが分かりません」 しかし、それを聞き、自分もまた心の内を開くことで、いまの関係が崩れることが怖かった。そのためらいが、いったん実家へ帰るように誘った。仲村は、会うことを禁じられたいきさつを、推測にしろ、分かっているのではないかーー真佐子はそう考えたが、それより先へは進まなかった。「なぜ、会わなかったのだろうか。会って結局、破局が来たとしても、納得がいくはずなのに」真佐子は自問自答した。「腹ペコペコよ。コンビニのでいいから買って部屋で食べましょうよ」 真佐子は悟られまいと、陽気な自分をつくろった。「萩の駅まで行ってみましょう。適当なレストランがあったら、そこで食事をしましょう」仲村の誘いに、「ええ、いいわ。お酒が飲みたいわ」と、いつもの真佐子に戻った。 駅の右手に、明るい照明を灯したレストランがあった。店内はすいていた。アクリル板で隣席と仕切ってある。入り口で消毒、検温をして、4人掛けのテーブルについた。軽食を注文して、「山陰は冷えますね」と、仲村は当り障りのないことを言った。大陸の冷たい空気が一時的に下りてきていた。注文したワインとフライドポテトが来たのでグラスを高くかざした。「明日は、途中あなたの湯玉へ寄りたいな」「山口まで送っていただけると、新幹線で帰りますから」「あら、もう帰ること考えてるの? 嫌な人、そんなに私が嫌なの?」 真佐子は酔ったふりをした。「いえ、あまり長居をすると、未練が残るから」「あら、女みたいなことを言うのね」 真佐子は、また箸で仲村の腕をつついた。「未練が残るほど、わたしに魅力があるのね?」「そうなんです。未練が張り付いて取れなくなっちゃう」「まあ、そんな言葉どこで覚えたの。奥さんに叱られますよ。どうせ、よその女に不渡り手形を乱発してるんでしょ」 真佐子は、今度はフォークの先で仲村の指をつついた。「僕は嘘は言いませんよ」「怪しいもんだわ」 真佐子は、ワインを一気に空けた。 スタッフが、注文したステーキを持ってきた。真佐子はステーキをほおばって、「でも許してあげる」と言って、ワインのおかわりを求めた。「何か恐ろしい組織があるような気がするわ」と、真佐子は話題を変えた。「僕も実はそう感じていたんです」「黙示録って、ただの興味本位のテレビ番組の企画じゃないような気がして」 真佐子は、ほろ酔いを感じてきた。 二人は飲食店を出てホテルへ向かった。明日は観光協会へ行かねばならなかった。二人の殺人事件と瑠偉のひき逃げ事件、これらの事件の背後に、「黙示録」の影がちらついてきた。仲村は、『黙示録』に一応目を通してきた。キリスト教者でイエスの弟子である作者が書いた本ではあるが、内容はバビロニアの崩壊に際して、痛烈な批判を書いている。バビロニアに蓄積された富によって、一部の富裕なものが贅沢三昧、淫行に更けるさまを描いては、これを痛烈に批判し、神の裁きによって神の王国が築かれることを切々と論じているのであるが、この神の黙示は、いま世界中へ警告として発せられているかのようであった。コロナのパンデミックに入ってから中断していた「黙示録」のプロジェクトが、だれの指示からはわからないが、動き出したようだ。でも、このことと殺人事件とは果たして関係があるのだろうか? 旅先でいろいろと話していると時間がたつのが速い。時計の針は九時を回って、眠気もさしてきた。「明日、目が覚めたら、あなたは隣の部屋にいるのね」と、真佐子は眠気眼をこらえて言った。仲村は、「早く休んでください。僕は瑠偉君に電話をかけてから寝ます。明日は観光協会へ乗り込みますよ」と言って、隣の部屋のキーを真佐子に渡した。仲村は自分の部屋に戻り、風呂に入ってから瑠偉に電話をかけた。「すみませんね、こんな時間に電話をして」と仲村が言うと、「とんでもない、実は僕も電話をかけようと思っていたところです」瑠偉は、あの歌う時の澄んだ声で言った。「風吹翔馬のことは本当にびっくりしました」「何かあったのでしょうか、その、命を狙われるほどのことが」 仲村は、明日萩の観光協会へ行くことを告げてから言った。「もうそこまでお分かりなんですね。仰せの通り、翔馬君と僕は二年前、仕事で萩の観光協会にお世話になりました。二人で歌を歌ったんですよ。もう観光協会へは行きましたか?」「いえ、明日午前中に行こうと思っています」「先生がお帰りになったら、詳しくお話ししますが、実は山城という大学の教授が来ていたと、翔馬君が言っていたのです。僕は山城さんは知らないので、ああそう、くらいでしかなかったのです。でも、翔馬君がああいうことになって、黙示録の企画のことをうちの社長に聞くと、山城教授が実質的に動かしているらしいと聞いて、先生に電話をしようと思っていたのです」瑠偉は、興奮して言った。 四十へ続く
2021.10.18
「山城教授は蛍雪大学にいたんだ。ということは鮫島教授とは旧知の仲……」自分たちのビジネスホテルへの帰り道、仲村は真佐子に言った。山城が、現在は横浜の五条大学に在籍していることは、先ほどの検索ですぐに分かった。「でも、なぜ翔馬さんは殺されたのかしら。黙示録の役をもらったことと、何か関係があるのかしら」 真佐子が、当然ながら疑問に思ったことを言った。あたりは急に薄暗くなり、秋の到来を告げていた。季節は初秋から中秋へと移ろっていた。真佐子は口数が急に少なくなった。事件に深入りしてきたことを悔いているのだろうか。真佐子がそのような性格でないことはわかっていたが、仲村は聞いた。「真佐子さん、ここらあたりで少し事件とは距離を置いて、日常に戻ったほうがよろしいのでは」と、仲村はぎこちない言葉で言った。真佐子は意外にも、あっさり「そうね」とうなずいた。「あなたも授業が始まるわね。私淋しいわ」 弱気な言葉が口をついた。濃青色の日本海には、いつしか秋の風が吹き抜けるようになっていた。遠くに見える海の白波が心を揺さぶる。真佐子はなぜここにいるのか、不思議に思った。この一週間、事件の捜査へと突っ込み、仲村と会える日が思いがけなくも長くなって、ぜいたくな旅行までさせてもらった。 仲村は迷惑をしているのではないだろうか? 見慣れたはずの沖に並ぶ漁火が、真佐子の心を動揺させた。亭主が亡くなってから漁に出たことはない。もうかれこれ3年になる。小さな漁船のエンジン音が懐かしい。 私は、なぜこうも仲村に付きまとうのだろうか? 自分の失った記憶を取り戻すためと割り切って、仲村に甘えてきた。仲村の本心が知りたくなった。仲村は何かを隠しているかもしれない。その何かを言い出す機会を探っているのかもしれない。仲村は真佐子にいつかこのようなことを言った。「あなたは、僕が就職先に面会を求めた時に、もう会いたくないと、受付を通じで回答しました。会いたくないという返事は、本心だとは思うのですが、会うことを禁じられたのではないかと思うのです。でも、あなたには記憶がないのだから、それが分かりません」 しかし、それを聞き、自分もまた心の内を開くことで、いまの関係が崩れることが怖かった。そのためらいが、いったん実家へ帰るように誘った。仲村は、会うことを禁じられたいきさつを、推測にしろ、分かっているのではないかーー真佐子はそう考えたが、それより先へは進まなかった。「なぜ、会わなかったのだろうか。会って結局、破局が来たとしても、納得がいくはずなのに」真佐子は自問自答した。「腹ペコペコよ。コンビニのでいいから買って部屋で食べましょうよ」 真佐子は悟られまいと、陽気な自分をつくろった。「萩の駅まで行ってみましょう。適当なレストランがあったら、そこで食事をしましょう」仲村の誘いに、「ええ、いいわ。お酒が飲みたいわ」と、いつもの真佐子に戻った。 駅の右手に、明るい照明を灯したレストランがあった。店内はすいていた。アクリル板で隣席と仕切ってある。入り口で消毒、検温をして、4人掛けのテーブルについた。軽食を注文して、「山陰は冷えますね」と、仲村は当り障りのないことを言った。大陸の冷たい空気が一時的に下りてきていた。注文したワインとフライドポテトが来たのでグラスを高くかざした。「明日は、途中あなたの湯玉へ寄りたいな」「山口まで送っていただけると、新幹線で帰りますから」「あら、もう帰ること考えてるの? 嫌な人、そんなに私が嫌なの?」 真佐子は酔ったふりをした。「いえ、あまり長居をすると、未練が残るから」「あら、女みたいなことを言うのね」 真佐子は、また箸で仲村の腕をつついた。「未練が残るほど、わたしに魅力があるのね?」「そうなんです。未練が張り付いて取れなくなっちゃう」「まあ、そんな言葉どこで覚えたの。奥さんに叱られますよ。どうせ、よその女に不渡り手形を乱発してるんでしょ」 真佐子は、今度はフォークの先で仲村の指をつついた。「僕は嘘は言いませんよ」「怪しいもんだわ」 真佐子は、ワインを一気に空けた。 スタッフが、注文したステーキを持ってきた。真佐子はステーキをほおばって、「でも許してあげる」と言って、ワインのおかわりを求めた。「何か恐ろしい組織があるような気がするわ」と、真佐子は話題を変えた。「僕も実はそう感じていたんです」「ただの興味本位のテレビ番組の企画じゃないような気がして」 真佐子は、ほろ酔いを感じてきた。 二人は飲食店を出てホテルへ向かった。明日は観光協会へ行かねばならなかった。二人の殺人事件と瑠偉のひき逃げ事件、これらの事件の背後に、「黙示録」の影がちらついてきた。仲村は、『黙示録』に一応目を通してきた。キリスト教者でイエスの弟子である作者が書いた本ではあるが、内容はバビロニアの崩壊に際して、痛烈な批判を書いている。バビロニアに蓄積された富によって、一部の富裕なものが贅沢三昧、淫行に更けるさまを描いては、これを痛烈に批判し、神の裁きによって神の王国が築かれることを切々と論じているのであるが、この神の黙示は、いま世界中へ警告として発せられているかのようであった。コロナのパンデミックに入ってから中断していた「黙示録」のプロジェクトが、だれの指示からはわからないが、動き出したようだ。でも、このことと殺人事件とは果たして関係があるのだろうか? 旅先でいろいろと話していると時間がたつのが速い。時計の針は九時を回って、眠気もさしてきた。「明日、目が覚めたら、あなたは隣の部屋にいるのね」と、真佐子は眠気眼をこらえて言った。仲村は、「早く休んでください。僕は瑠偉君に電話をかけてから寝ます。明日は観光協会へ乗り込みますよ」と言って、隣の部屋のキーを真佐子に渡した。仲村は自分の部屋に戻り、風呂に入ってから瑠偉に電話をかけた。「すみませんね、こんな時間に電話をして」と仲村が言うと、「とんでもない、実は僕も電話をかけようと思っていたところです」瑠偉は、あの歌う時の澄んだ声で言った。「風吹翔馬のことは本当にびっくりしました」「何かあったのでしょうか、その、命を狙われるほどのことが」 仲村は、明日萩の観光協会へ行くことを告げてから言った。「もうそこまでお分かりなんですね。仰せの通り、翔馬君と僕は二年前、仕事で萩の観光協会にお世話になりました。二人で歌を歌ったんですよ。もう観光協会へは行きましたか?」「いえ、明日午前中に行こうと思っています」「先生がお帰りになったら、詳しくお話ししますが、実は山城という大学の教授が来ていたと、翔馬君が言っていたのです。僕は山城さんは知らないので、ああそう、くらいでしかなかったのです。でも、翔馬君がああいうことになって、黙示録の企画のことをうちの社長に聞くと、山城教授が実質的に動かしているらしいと聞いて、先生に電話をしようと思っていたのです」瑠偉は、興奮して言った。続く
2021.10.14
萩には、観光地だけあって多くの旅館とビジネスホテルがあった。地元の強みで、ここは真佐子に宿泊の予約を任せた。新型コロナ感染も、ここ山口県にあっては蔓延等防止に準じる扱いで、大都市のような緊張感は感じられない。出雲から山陰の海辺をJRで初めて旅をしてみて、コロナ感染の虚構のようなものを感じた。大騒ぎをしているのは、大都市だ。いつかテレビで見たが、頑固に感染が居座っているロシアでは、感染はサンクトベルグを中心とした、ロシア西部に限られている。山陰はとにかく人がまばらなのだ。でも、出会う人はすべてマスクをしている。 山口県へ来る前に、仲村は神奈川県警の夏警部に、中年の男女が萩へ宿泊した可能性があると伝え、鳥取県警の了解を得て、2019年夏の白兎海岸の事件の直後に、中年の男女が萩の旅館かビジネスホテルを利用していないか、紹介を求めていた。 いわゆる宿帳の記録から、中年男女を探そうという試みなのだが、推測通り萩の旅館から、品川ナンバーの男女が宿泊していた事実が浮かび上がり、仲村に電話が入った。「A旅館で多分偽名とは思うが、品川ナンバーの男女が利用しています。2年も前のことなので、人相や服装については記憶がないと言っており、ただ駐車場の利用記録にはナンバーは記載されておらず、宿帳には達筆で二人の名前と電話番号が記入されているということでした。男性の字で、達筆だと言っています。筆跡の写真を送るように頼んでおきました。」 夏警部は少し興奮気味に話した。「品川ナンバーというだけで、数字がわからないので、車の所有者と人物の特定は難しいのと、宿帳の記載事項はでたらめでしょう。営業記録に品川からの2名の書き込みが残されているので、道の駅で目撃された中年の二人づれが投宿したとみてほぼ間違いないでしょう」と続けた。「僕もそう思います。白兎海岸で、深夜、ドリーム・プロダクションの社長とコンビニに現れた男が、社長を殺害し、どこかで待っていた女と待ち合わせ、そのまま西へ逃走、萩で一泊、途中真佐子さんの友人に道の駅で目撃された。推測ですが」 仲村は答えた。そばでは、真佐子がうんうんと相槌を打っている。電話を切ると、「その品川から来たという男女が泊まった旅館へ行ってみましょうよ」と、真佐子が誘った。まだ夕食までには時間があった。「そうですね、その男女について何か手掛かりが残っているといいのですが」と、仲村は同意した。品川ナンバーの男女が泊まった旅館は、真佐子たちのビジネスホテルから歩いて10分くらいの海辺にあった。「少し冷えるわね。日本海の海辺は冬が早く来るのよ」 真佐子は、彼女の癖である後ろで手を組んで言った。仲村は腕組みをして歩きながら、「あなたが中学生のころ、友達と一緒でしたが、僕が前を歩き、あなたがこうして後ろ手に指を組んで散歩して歩いたことがありますよ」 仲村は遠くを見るような目つきで言った。「二人だけじゃないの?」 真佐子はつまらなそうに言った。「いつも複数でしたよ。そんなんじゃないもの」「……」 真佐子も遠くを見る目つきになった。「そんなことがあったのね。記憶にはないけど、わたし信じるわ、こうして歩いたのね」「真佐子さん、ひとつ聞いていいですか?」「ええ、何でも聞いてちょうだい」 仲村はためらったが、以前から不思議だった、真佐子の言葉遣いについて聞いた。「きれいな標準語を話しますね?」「ええ、でも気になりますか?」「ええ、島根県の鳴き砂の浜で、あなたと口をきいてからずっと不思議に思っていたのです」「そうですか、いつかお話ししなければならないとは思っていたのです」「ぜひ聞かせてください」「でもお仕事が済んでから」 真佐子は肩をすぼめて笑った。「そうですね」 二人は、中年男女が泊まったという旅館の前についた。高級そうな旅館だった。フロントで話すと、鳥取県警から連絡が入っており、話はすぐに通った。「予約記録と宿帳を見たのですが、確かに品川から御越しの二人連れの方です。もう二年も前のことで、記憶はないのですが、記録からしてお尋ねの通りです」とフロント係の男性は言った。仲村は、宿帳に記載した氏名の筆跡を見たいと言い、確認すると、この旅館の筆跡はあらかじめ連絡があった男性の筆跡だった。筆跡は意図的に変えた可能性がある。そうならば身元を隠すためで、作為が濃厚ということになる。仲村はこの筆跡の写真を夏警部に送るために撮らせてもらった。「ところで、芸能界に関係する事件をお探しのようなので、念のため、ほかの宿泊者を見てみましたら、やはり芸能関係の方が二人、同じ日に宿泊されていましたが、いかがでしょうか?」 フロント係は宿泊名簿を見ながら答えた。真佐子と仲村はびっくりした。「え、そうなんですか。警察には許可をもらっていないのですが、あとで了承を取ります。見せていただけますか」 今度は、真佐子が私立探偵にでもなった素振りで言った。眼鏡を取り出している。「はい」と言って、フロント係は付箋の貼ってある箇所を開いた。二人は、「えっ」と驚きの声を上げた。「光岡瑠偉さんと風吹翔馬だわ。二人は二年前に萩へ来ていたのね」 真佐子は興奮したのか、仲村の腕をつかんでいった。驚いた様子に担当者は、「その頃、ちょうど萩では観光協会主催のライブがあり、その関係で見えたはずです。有名人とあって、うちの女性スタッフもキャーキャー言って、サインをせがんでいたと思います。今日は非番ですが、呼べば来ると思います。すぐ近くですから」「お手数ですが、お願いします」と仲村が言うと、すぐに携帯で連絡してくれた。「色紙を持ってすぐに来るそうです。瑠偉さんが、交通事故でけがをしたことを知っていますよ」 男性スタッフは笑った。真佐子は心臓がどきどきしてきた。光岡瑠偉がやってきていたとは知らなかった。以前に東京で会った時も、そのことは言っていなかった。また、風吹翔馬のことも言わなかった。隠していたのか、それとも言う必要がなかったのか。おそらく後者だろう。観光協会にはまだ人がいて、明日、午前中にライブのことで行くと、ホテルのスタッフから告げてもらった。 光岡は、二年前は、澤田がマネジャーをしていたワールドプロダクションにいた。澤田が横浜港で殺害されてから、アジアエンタテーメントへ移った。風吹翔馬はダイアモンドエンタテーメントにいたが、天国の黙示録の切符を、何らかの経由で手に入れ、「本」を読み、準備に余念がなかったが、道玄坂上の自宅近くで、つい最近銃で殺害された。蜜柑の聞き込みで、蛍雪大学の鮫島教授と山城教授の関係にも一定のメスが入っていた。 山陰の辺境の地に、車を使って悠長に旅などしていた男女は、一体誰なんだろうか。真佐子は、ホテルの女性従業員を待ちながら考えた。中年男女の女性が山城教授だとしたら、男性は一体誰なんだろう? 仲村は山城教授についてもっと情報が必要だと感じた。念のため、ネットで山城を検索すると、顔写真が出ていた。大学教授なら大抵出ている。これをブックマークした。「お待たせしました」と言って、女性従業員が入ってきた。真佐子と仲村は立ち上がり、「わざわざすみません。翔馬君は残念なことになりました。瑠偉君と二人で来た時のことを教えてください」と仲村が切り出した。「真佐子さんには、いつもお世話になっています」と挨拶して、女性スタッフは話し始めた。真佐子は、このあたりでは顔が広いようだ。「翔馬さんのことは本当に残念です。刑事さんには、何としても敵を討ってほしいです。私はただ色紙にサインをもらっただけなのですが、翌日の文化会館のライブにいって、またお話しする機会があったのです。観光協会の仲間と談笑する形で、話の輪に入れてもらいました」女性スタッフは一つ一つ記憶をたどりながら話した。「こんなことを言ってました。明瞭には聞き取れなかったのですが、瑠偉さんのほうが、教授もお見えなんですね、ほらあそこに。でも、なぜ来ているんだろうって。翔馬さんが、あれ本当にって、じっと見ておられました。なぜ覚えているかというと、後日の観光協会の会報の中に、大阪の蛍雪大学の山城教授の紹介が出ていたので、ああ、翔馬さんはその教授のことを言ったのだなって、これがその会報です」と言って、女性スタッフは仲村に会報を渡した。仲村と真佐子はその会報を食い入るように見た。山城教授は、萩のライブに来ていた。「これが山城教授の写真です」と言って、仲村は今しがたダウンロードした山城教授の写真を見せた。一同、観光協会の会報の写真と見比べて、「間違いないですね。山城教授ですね」と言った。(続く)
2021.10.10
仲村は、山陰本線を乗り継いで、JR江崎をめざした。まるで、異国の海岸線のように見える途中の初秋の風景は、その中に、過去をセピア色の記憶にとどめているパノラマが、車窓に流れていった。飯浦という名の小さな漁港から景色は海と別れ、しばらく走っていくと、右側の車窓に青色の小さな乗用車が見えた。仲村は進行方向左側に座っていたが、もしやと思い右に移動し、その車を見ると、運転席に青いブラウスを着た女性が見え、手を振っている。「まさか」とは思ったが、窓を開けて手を振ると、その人は左手で白いハンカチを振っている。真佐子はこういうことが得意だった。まるで失われた青春を楽しんでいるようだ。列車と乗用車はしばらく並行して走ったが、やがて山の陰に隠れて見えなくなった。すると再び乗用車が現れ、列車のすぐ右の至近距離を走っている。「よそ見をしたらだめだよー」と仲村は叫んだ。列車にはわずかな客しかいなかったが、われ関せずで、江崎での下車を待っていた。山陰本線とは名ばかりで、というと失礼だが、列車は江崎の駅に滑り込んだ。ジーゼルの焦げ臭いにおいが鼻を突いた。「道の駅'ゆとり′に私の知り合いがいるの。中年男女の目撃情報のことは、会ってから話すと言ってるわ」と、真佐子はきれいな標準語で話す。真佐子は就職してから、一度短期間だが、大阪の母親のところへ行っていたらしく、しかしすぐに島根の実家に戻って働き大事故にあった。結婚後は湯玉の漁師の亭主と暮らしており、標準語を話すことが、仲村には不思議なことだった。一度聞こうとは思っていたのだが、今日までその機会がなかった。 道の駅で軽い昼食をとった。そこへ真佐子の知り合いで、この道の駅で東京ナンバーのセダンを見たというスタッフがやってきた。鳥取の白兎海岸の事件をテレビで見ていて、もしやと思い警察に電話をかけるとさっそく刑事がやってきた。ここらあたりでは、めったに東京ナンバーの車は見かけない。彼女は真佐子と楽しそうに話をしていたが、ひと喋りして満足したのか、仲村に会釈をした。「真佐子がお世話になります。この子はわがままでしょ、叱ってやってくださいね」と、少しなまりのある標準語でしゃべる。「二人の人物については、背格好、服装など何か特徴はありませんでしたか」仲村は質問した。「鳥取県警の若い刑事さんがやってきて、確か瀧川さんと言いましたか、お話ししたのですが、遠くから見ただけなので、中年の男女としか記憶がないのです。背は、二人とも高かったです。服装はフォーマルな余所行きな感じでした。売り場のスタッフも、この二人連れのことは覚えていましたが、やはり中年の二人連れで、背が高かったとの記憶だけでした。」 道の駅のスタッフが答えた。「例の写真は?」と、真佐子はせかした。「ええ、その日は、白兎海岸の事件の翌日でしたが、私は出勤していて、訪ねてきた知り合いの写真を撮ってあげたのです。いとこがちょうど遊びに来ていて、記念の写真を何枚か取ってあげて、メール添付で送ってあげたのです。真佐子から連絡があって、恋人を連れて行くから話してあげて、というもので、写真を見ていたら、偶然その中年の男女が写っていたのです。背中が写っているのですね。もうしかしたら、わざと背を向けたのかもしれませんね」 仲村が咳ばらいをすると、真佐子は、「余計なこと言わないで、スマホを見せなさいよ」とせかした。仲村はその写真の画面を指で拡大した。なるほど白い乗用車のそばに男女が立ち、談笑している。しかし距離があり、長身の男女で女性のほうが白っぽい服装、男性のほうが黒い服装としか判別がつかない。カメラに対して背を向けている。しかし、背格好の特徴は判別できる。女性は姿勢がよい。髪は肩までかかるくらいだ。男性は普通の背広姿で高温の夏なのに上着を着ている。写真を真佐子のスマホに転送してもらい、仲村は真佐子から転送してもらった。 写真のプロパティから、2020年の7月15日、午後4時過ぎと分かった。「ここから車で東京方面へ帰るのは無理だから、萩あたりへ泊ったのではないかしら。翌日山陽自動車道を走り、東名、新東名と走ればその日のうちには東京へ着く。行楽ならどこかへもう一泊するのかもしれない。行って調べましょ」と、真佐子は楽しそうに言う。道の駅の知り合いは、「それがいいわ。秘密にしておくから」と、笑っている。仲村は冷や汗が出る思いだ。しかし、白兎海岸の事件に関係する人物だとしたら、距離が狭まってきたと感じた。目次へ
2021.10.06
仲村もまた真佐子に会いたい気持ちになっていた。でもそれは、愛とか恋とかいう青いものではなかった。枯れたものでもなかった。むしろ色で例えるなら赤ーしかし恋の炎の赤ではなく、青春時代の燃える赤だった。誰にも青春はある。青春の血潮は青春時代に燃えて炎となり、完全燃焼をすれば、やがて加齢とともに沈下し、降り注ぐ加齢と年輪の雨によって鎮火し、炎は消えるか燃えてはいても、かつてのような輝きを失う。 燃え盛る炎の中で研究という仕事を見つけたのは、当時の社会状況もあったが、真佐子と付き合ったほんの2年間の出来事がそうさせたのだったが、いったん燃え始めた炎は、消えることはなかった。当時の社会状況を背景に、真佐子との出会いが上塗りをされて、その中で芽生えたものだった。 しかし運命のなせるいたずらとはだれが言ったか、言い得て妙なる表現だ。数年前、島根県馬路の海岸で偶然真佐子を見つけ、仲村が真佐子だと、また真佐子が大学生のころの仲村だと分からないまま、次の日に鳥取砂丘で会う約束をして、再開したその時、馬路の海岸で会った女性から渡されたハンカチに真佐子という刺繡が縫ってあったことから、仲村は真佐子であると確信した。そして、真佐子も姉から聞かされていた仲村であると確信した。私が馬路の砂浜で鳴き砂の場所を探していると、背後から「あっちこっち」と声をかけ、砂を踏んで鳴き砂の音を聞かせてくれた。仲村は、親切な人だなという以上のことを感じ、真佐子は何か懐かしいものを感じたと言った。仲村は、車のナンバーを頼りに山口県を必死になって探し、ようやく真佐子を見つけた。 その日からかれこれ3年が経過した。真佐子と仲村は鳥取、そして真佐子の生まれ故郷の島根の海岸で何度か会っていた。真佐子が中学3年、仲村が大学3年の頃であった。 島根と山口の県境にある海岸や道の駅は、仲村の記憶にない土地ではあったが、この見知らぬ土地で、もう一度過去を眺めてみることが、青春の灯を絶やさないように燃やし続け、真佐子の記憶を取り戻す機会になるのではないかと考えた。 真佐子は、二十歳までの記憶を失ったまま、早くに結婚し亭主と死別し、亭主の母親と子供、孫とともに暮らしているのだ。真佐子と別れなければならなくなった真の原因は何だったのか、真佐子にとってもそのことが命の炎を燃やしつづける証になるのだった。二人は別べつの理由から、秘密の解明に心血を注いでいるのだった。それが二人の絆だった。目次へ
2021.10.03
蜜柑は真佐子を見送った後、蛍雪大学へ電話を入れ、鮫島教授への面会を申し入れた。総務課の職員は、警視庁からの面談と聞いて驚いたが、緊張した声で、「鮫島先生なら、今日は2限に授業があり、授業終了後昼休みに研究室にいらっしゃいます。ご案内しますから、総務課にお立ち寄りください」と答えた。構えられると困るので、「先生の専門的なお知恵を拝借したい」と、申し入れた。夏からは、「思い切って核心をつけ」と指示があった。ただ、総務課を通したのは、神奈川県警から教授に面会申し入れがあったことが大学側に知られるわけで、波紋が広がることを読んだからであった。その波紋の中から思わぬ手掛かりが出てくることがある。 蜜柑の頭の中には、ドリーム・プロダクションから東京のワールド・エンタテーメントへの3人の移籍者、山城、倉橋、江島の三人の中の、教授をしている山城に注目した。山城は中東の歴史が専門で、イスラム教に関する歴史的考察で、パリの大学から博士号を授与されている。イスラム教と言えば、その極端な思想にイスラム原理主義があり、アメリカニューヨーク貿易センタービルの爆破テロを企てた、オサマ・ビン・ラディンの背景思想だ。 蜜柑は、まさかとは思うが、山城に関してはその思想的背景も調べる必要があると思った。これは、仲村教授に頼んだほうがよい。いやもう調べているだろう。当面は山城教授と鮫島教授との関係なのだが、ここは鮫島教授を直撃することで、明らかになると読んだ。「山城さんならよく知っていますよ」 鮫島教授は、銀縁の眼鏡をはずして蜜柑の質問に答えた。平然としている。「黙示録の企画については、別に私が提案したのではなく、人類学的な観点から感想を申し上げたくらいです。山城教授と大阪第一テレビのスタッフが、よく私の研究室に来て雑談をしたものです。ドリーム・プロダクションでしたか、社長さんが殺害されたことは、私も新聞で読みましたが、何も心当たりがありません。ただ・・・」と言って、鮫島教授は難しい顔になった。「社長さんが、一度研究室に来たことがあります。名刺を置いて行かれて、私は受け取った日付を書いておく習慣があるので、これですが、2019年3月となっています」蜜柑が身を乗り出した。「山城さんと二人で来たと記憶しています。彼女から紹介があったので、黙示録について私が知っている限りで、詳しく話してあげました。」 鮫島教授は、窓の外の木の葉を眺めながら言った。「山城先生が、元のドリーム・プロダクションから、東京のワールド・エンタテーメントへ移籍されましたが、ご存じでしたか?」と、蜜柑は意表をついて聞いた。鮫島教授の目線が一瞬乱れたが、平静を装って答えた。「いえ、その点は知りません。大学の教師と芸能プロダクションとの関係は、私にはよくわかりません」と、先手を打って答えた。「彼女は、東京の大学から招聘されて移ったと聞いています。優秀な方ですから」と付け加えた。「山城先生は中東の大学へは行かれていたでしょうか?」「はい、名前は忘れましたがイスラエルの大学に遊学されていたと聞いています。直接本人に聞いてください」「山城先生は赤色の傘をもっていませんでしたか?」「そこまではちょっと」「では、赤色のイアリングをしていませんでしたか?」 蜜柑は、歌手の光岡瑠偉が、彼をはねた車に赤色のイアリングをしている女性が乗っている夢を見ると言っていたのを、ぶつけてみた。「いえ、そのようなものは見たことはありません」と、鮫島は落ち着いて答えた。大学の女性教師が、授業や研究関係で、イアリングを飾ることはまずないだろう。鮫島は、私生活での付き合いを疑われたと思い、早々に否定したのだろう。蜜柑は、仮説ではあるが、鮫島と山城が私生活でつながっているのではないかという想定で聞いた。案の定、鮫島は否定した。それは、山城教授が赤い傘、赤いイアリングやネックレスを身に着けることがあることを警察が知っていると、鮫島に知らしめることになったであろう。だとすれば、警察が赤い傘、イアリングなどの着用に気づいていることを、山城に伝えることになるとの読みであった。警察が疑っていると、山城に必ず連絡がいくだろうと、蜜柑は確信した。それは、山城に会ってからの楽しみだ。 一方、真佐子は山口県の湯玉に戻り、勤務先の道の駅に顔を出し、秋野菜、果物までの端境期なので、引き続き休暇を取ることにして、仕入れの仕事もかねて、島根県境にある道の駅の友人を訪ねることにした。中年の男女が現れたこの道の駅周辺で、きっと情報が得られると考えた。大学は秋の授業が始まるまで、あと1週間ほどがある。感染が下火になってきたのでで、仲村を呼べばきっと来るだろう。いつか、仲村がこのあたりの海を眺めてみたいと言っていたのを思い出した。「もしもし仲村さん。蜜柑さんからの連絡で、大阪のドリーム・プロダクションと蛍雪大学の鮫島教授との関係が分かったし、山城教授との接点も見えてきたようなの。私、県境の道の駅に現れた中年男女の女性は山城教授ではないかと…」 真佐子は、仲村を誘い出そうと言葉を選びながら言った。まだ静岡にいた仲村は、「真佐子さん、僕も黙示録を読みながらいろいろ考えましたよ。実は、個人的な研究で出雲へ行くので、用事がすんだら、山陰本線で道の駅の最寄りの駅まで行きます。真佐子さんは車ですか?」「嬉しいわ。もちろん車よ。小さい車ですけど」「それでは、急な話ですが、明後日、出雲で用事をしますから、その次の日でどうですか?」「ええ、いいわ」と答えて、真佐子は胸がどきどきしてきた。続く
2021.09.26
渋谷道玄坂では、翌朝、本格的な現場検証が行われた。警視庁の刑事は、当然のことながら第一発見者の男性に対して事情を聴いた。わかったことはと言えば、午後10時過ぎ、消音銃のような鈍い音とともに、道路で人が倒れる音に気付き、もしやと思い外に出て、通りかかった車を止めて警察へ連絡してもらったということだけだった。ただ、その通りかかった車の運転手は、この上り坂の上からやってきた関係で、犯行後と思われる黒っぽい乗用車とすれ違ったというのだ。その乗用車はかなりスピードを出していたと答えた。 付近には防犯カメラはなく、幹線道路に設置されているカメラをリレー解析するしかなかった。担当者はさっそく作業に通りかかったが、深夜でもあり、バックナンバーの映像には期待できなかった。 被害者の心臓を貫いた拳銃の弾丸の特定を急いだ。警視庁では、この殺人事件が芸能人であるので、横浜港の殺人事件と関係があるのではないかと判断し、急拠、神奈川県警の夏警部を呼び、広域捜査の提案をした。アジア・エンタテーメントの光岡瑠偉のひき逃げ事件との関連もあった。 現場検証を終えて、警視庁に入った夏警部は、これまでの事件の展開と捜査のあらましを担当刑事に披露した。警視庁の刑事の関心を引いたのは、当然のことながら社名変更前のワールド・エンタテーメントのマネジャーで、殺害された澤田研一が黙示録のメモを書き残し、本まで買っていたことと、この黙示録が、大阪第一テレビから最初ドリーム・プロダクションに提示され、さらにさかのぼると、蛍雪大学の鮫島教授から提案があったという経緯であった。 ワールド・エンタテーメントの澤田と大阪のドリームプロダクションの社長・君川が殺害されたのは、おそらくこのテレビ企画をめぐる何かが殺人の原因になったためであろうという夏警部の推理だった。さらに、夏は、この間、大阪のドリーム・プロダクションから、東京のアジア・エンタテーメントへ、タレント3人が突然移籍したことを付け加えた。今回、ダイヤモンド・エンタテーメントの風吹が拳銃で殺害された件に関して、夏の見方はこうであった。「おそらく、黙示録の企画が再浮上する中で何らかの利権が絡み、その主導権争いのようなものが、犯行への引き金になったのではないか?」 夏警部は、警視庁の刑事たちに説明し、さらに続けた。「目下、鳥取白兎海岸での殺人に関して、お隣の島根県で中年男女の目撃情報があり、民間人の協力で当たっているところです。拳銃の出どころと、風吹の身辺をあたるところで操作願えれば幸いです」 警視庁の刑事部長はこれを了承した。続く 目次へ
2021.09.21
お断り:この推理小説は予告なしに加筆修正することがあります。あしからず。目次へ 風吹翔馬はCMの収録を終えて、自宅への帰路を急いでいた。マネジャーの車で、近くのコンビニまで送ってもらい、夜食を買い込み、自宅のマンションへ向かった。NHK放送センターの入り口が近くにある。コロナ禍のこういうご時世、途中、道草を食わないように、マネジャーからきつく言われている。感染でもしようものなら、契約によって進められているドラマの収録も中断し、放映予定のテレビ局に迷惑をかけてしまう。 半年連載のこのドラマには、風吹翔馬のこれからの俳優人生がかかっていると言っても過言ではない。大学在籍中から芸能界に首を突っ込み、いろんなことをやってきたが、目指すは俳優としての道だ。一時的な快楽よりも、長い人生の成功の道を選んだほうが良いに決まっている。コロナ禍に突入して1年半、中年の域に差し掛かった彼の年輪は、慎重な行動をとらせるに十分だった。 彼はダイヤモンド・エンタテーメントに所属していたが、近く、今の倍もある企画の話が舞い込んでおり、余計に慎重な行動が求められていた。彼はフリーエージェント宣言をしており、自分で仕事を取ってくることも可能だった。 コロナが、ワクチンの普及もあって、やや下火になってきたこともあって、近く新企画を動かすチーム会合が開かれることになっていた。苦労して手に入れたこの新企画へのチャンスを、逃すことはできなかった。中心はタレント、俳優、アーチスト総勢10数名で、毎週金曜夜のゴールデンタイムに、1時間のテレビドラマの企画が動き出す。「新黙示録 天国から愛をこめて」というのが、企画段階の名称だった。この企画を我が物にしようと、もともとは関西のテレビ会社・大阪第一テレビ会社の企画なのだが、これを取り込もうと、地下でタレントの猛烈な売り込みが行われていた。その中に風吹翔馬がおり、強引な手口で主演の座を得るところまで食い込んでいたのだった。 風吹はこれから『黙示録』を読まなければならなかった。目の前の角を曲がり細い道を少し進むと、風吹のマンションがある。風吹はそのマンションの5階に住んでいた。細い道に入りかけた瞬間、濃い色のセダンが彼の背後から近づき、パワーウインドーを開けたかと思うと、拳銃の鈍い発射音がした。消音ピストルの弾丸が、風吹翔馬の心臓を貫通した。彼は路上に倒れ、抱えていた食料品などがあたりに散乱した。車は音もなく走り去った。 あたりに人影はなかったが、角の一軒家の二階の暗い窓に明かりがつき、住人が窓を開けて、鈍い音の方向を見た。街路灯の下に、人がうずくまっているのに気づいて、その住人は恐る恐る玄関を出て街路灯の下の物体に近づき、そして大声を上げた。 偶然通りかかった乗用車を止め、「人が銃で撃たれた」と叫んだ。運転手は車を降り、状況を飲み込むと、驚いてスマホを取り出した。五分もたたないうちにパトカーが駆け付けた。 渋谷道玄坂上の殺人事件は、朝刊で報じられた。蜜柑と真佐子は、新大阪駅前の、ビジネスホテルの朝食会場のテレビを見て、食事の手がとまった。「大変な事件です。詳細は分かりませんが、芸能人が殺害されたことと、テレビの字幕に出た黙示録の意味するところは、私たちが捜査している横浜港と白兎海岸の殺人事件との関連は明らかですね」 蜜柑は刑事の顔に戻った。仲村に会いに来たところが、素人探偵になりきり、捜査の一翼を担うことになり、真佐子は心ときめく思いがして嬉しかった。 今日は思い切って、第一テレビに「黙示録」の進言・助言をしたという、蛍雪大学・人文学教授の鮫島研究室を訪ねる決意を固めた。もしかしたら、第一テレビから連絡が入っているかもしれない。「寝込みを襲う」のが有効なことは、父親から「捜査の常道」と教えられたことであった。「真佐子さん、ここは一度ご自宅に戻って、また機会があったら仲村さんと一緒に横浜においでください」 真佐子と蜜柑は朝食を切り上げ、ビジネスホテルを出る準備に取り掛かった。真佐子には大胆な算段があった。新大阪の駅には徒歩で向かった。コロナ騒動どころではない、何かが動き出したと蜜柑は直感した。「この事件は、どうも大阪第一テレビが発案した黙示録が絡んでいて、最初にこの企画が持ち込まれた大阪のドリーム・プロダクションの社長が、白兎海岸で殺害された。どちらも神話や伝説めいた世界で、何か得体のしれないものを感じるわ。島根へ行くと鳴き砂伝説があって、平家と源氏の壇ノ浦の合戦で危うく難を逃れた平家方のお姫様が、小舟で流れ着いた鳴き砂海岸があります。白兎海岸も因幡の白兎の伝承ですが、社長を殺害した男女は、島根県から山口県の県境まで足を延ばしています。私その場所に行ってみます。中年の男女が立ち寄ったとされる道の駅には、私の知り合いがいますから、何かわかるかもしれません」 真佐子の独り言のような言葉に、「おひとりでは危険が伴いますね」と、蜜柑が案じると、「大丈夫よ。仲村私立探偵を呼ぶから。どうせあの人は、大学は夏休みだし、静岡から飛行機で出雲空港へ飛んで、私が車で待ち受けるという方法があるわ。いつももったいぶって偉そうなことを言っているけど、私がいないと何もできないんだから」 真佐子は、自分に言い聞かせるように言った。蜜柑は吹き出しそうになった。蜜柑は遠い空を眺めるような目つきで言った。「捜査のほうは無理をなさらないでくださいね」 引き留めてもやめるような真佐子ではないことが、だんだんわかってきた蜜柑は、新大阪の改札口で手を振った。続く目次へ
2021.09.18
お断り:この推理小説は予告なく加筆修正することがあります。「羨ましいわ」 缶ビールを、部屋に備え付けのグラスに移し替えて、蜜柑は真佐子に言った。「何が?」と、真佐子は一応聞き返して、グラスの半分を空けた。蜜柑は、あまりアルコールを嗜まない父親にはにずに、瓶ビールなら中瓶2本は軽く空ける。コロナ禍の中、アルコールを出す飲食店は皆無で、ここは捜査に便乗して、ストレスを発散させようと企んだところだ。「だって、真佐子さん、仲村先生と仲がいいんですもん」 眠くなったら、ベッドに潜り込めばいいし、明日の朝食は定食だけど、自炊をする必要もない。「私ってわがままでしょ、あの人、私に合わせてくれるんですよ。私っていい気になっているかしら?」 真佐子は、テイクアウトで取った餃子を、大事そうにつついている。「蜜柑さんも、いい人いるんでしょ?」 真佐子は、宿泊に誘ってくれた蜜柑の真意を察して聞いた。「ええ、まあ、いるにはいるんですけど、本気かどうかもわからないし」「どちらが?」「もちろん」「わたし」「当たり」 二人はどちらからともなく笑い出し、大声で笑った。「わたしも同じよ」 真佐子が続けた。もう、缶ビールの大瓶が空になっている。冷蔵庫から2本目を取り出して、並々と注いだ。「でもね、蜜柑さんと違うのは、ごめんなさいね、私たちの間には、明日がないの」蜜柑には、この真佐子の言葉が理解できなかった。でも理解できないままにした。「わたしには、仲村さんの家庭に踏み込む権利もないし、その資格もないの。そのつもりもないわ。でも、わたしが失った過去の一部を知っているのは、仲村さんだけなの。わたしにしつこく付き纏って、勤めていた会社の社員旅行のバスを爆破した犯人を突き止めてくれたのは、仲村さんです。わたしが14から15歳まで、恋人ごっこみたいなことをしていた頃のことを、彼は包み隠さず教えてくれるのよ。もしかして、記憶を取り戻すのではないかと。その度に、わたし人間らしくなっていくの。「羨ましいわ」 蜜柑は口を挟んだ。「でもね、仲村さんは、大袈裟ですけど、なぜ、私たちが別れなければならなくなったのか、言ってくれないの」「真佐子さん、その秘密をわからないままにしておきたいのでしょ」「図星」「分かってしまうと、お二人は会う必然性がなくなります」「仲村さん、私の弱みを握っているのかしら」「仲村先生は、そんな人ではないと思います。きっと真佐子さんの幸せを考えて」 蜜柑は、ふと脳裏に優柔不断な彼氏の顔がかすめた。「島根の海辺で偶然再会されて、鳥取砂丘でお互いを確認されたとか、パパから聞きました」「ええ、それはもう、半信半疑というか、心臓が飛び出るようでした」「でも、記憶は失われていたのでは。よくわかりましたね」「仲村さんのことは、姉から聞いていましたので。もしやと思い、イニシャルの編んであるハンカチを渡したのです」「再開する運命だった?」「そうかもしれませんね」「蜜柑さんも、出会いは神様がくれたものと思って、大事にしてくださいね」「はい、私もハンカチを渡します」「ハハハ」 真佐子と蜜柑が、酔いに任せて、おのろけを言っている間に、第三の殺人事件が実行に移されようとしていた。真佐子と蜜柑の会話は、深夜まで続いた。(続く) 目次へ
2021.09.17
お断り 本稿は予告なしに加筆修正することがあります。9月3日、午後1時過ぎ、菅総理は9月で任期切れになる自民党総裁選に出ないことを、ぶら下がり会見で明らかにした。1年間よく頑張ったとは思うが、一国一城の主としては、いささか心許ない面ばかりが目だった宰相であった。菅さんとは同い年、出身も同じ法政大学なので、その挙動には同窓(期)生として注目してきた。「コロナ対策に専任(念?)する」ためだとも言い、また「総裁立候補と感染対策が耐えがたい」とも洩らした。 (ちなみにこの「専任」するは、ある職種に専任するという風に使い、たとえば名詞では専任教員、国語として間違いではないが、専念するが正しい。そこであるテレビ局は字幕でわざわざ専念に訂正した。菅にはこの種のケアレスミス、読み間違い、読み飛ばしなどのミスが多い。ついでに言わしていただくと、〇〇××こうしたことをという表現をよく使うが、国語の簡潔性からいうと「こうしたこと」は不要だ。「こうした」と言うことで、言いたいことの明瞭性がぼやける。「聞く者の耳に響かない」といわれることの一端は国語表現の拙劣さにある。) 学術会議6名の承認を拒否できるような器ではない。午前中の臨時役員会で急きょ出ない旨を、となりに二階幹事長を置いて発表した。皆は驚いたという。つい先日まで、総裁選に立候補することが当たり前であるかのようなことを言っていたのが、一夜明けて臨時役員会に遭遇して一転、次期総理をあきらめるに至ったのはなぜか。これに先立って、若手議員から「菅では総選挙を戦えない」と、求心力の低下した菅は、二階を呼びつけ幹事長を降りるように伝えていた。横浜市長選では法政大学卒業後、就職課から紹介され師事した小此木彦三郎の子息、小此木八郎の惨敗は菅の責任だとする新聞記事もある。前年持病が悪化した安倍退任のあとを、二階(敬称略) の後押しを受けて総理になった恩人の二階を切るという行為は、人事で恐怖政治を得意としてきた、菅の常套手段が効を奏するかと、一瞬思えたがそうはならなかった。また最初、衆議員を解散してその後総裁選を行うとの方針を表明していたが、総裁選を先延ばしにすることへの批判が高まり、役員人事を先行して行うとしたら、総選挙を行ってから役員人事を行なうのが筋、と批判に批判が重なって人事権もがはぎ落とされてしまった。「人事権と解散権が奪われたら政権トップは終わり」との厳しい見方もある。私は、それよりも「絶対の権力は崩壊する」というシュムペーターの言葉を思い出す。こうして解散権と人事権を奪われてしまった菅は、頼みの綱、小泉進次郎を4日連続で呼び、何を話したかは伝えられていないが、進次郎にスガるという、私に言わせれば、みっともない終末劇を演じ始め出した。進次郎は、会見で涙を流していたが、それは丸裸になった仲人の菅を見て、その哀れさに感極まったのだろう。進次郎は「このまま突っ込むとぼろぼろになりますよ」と言ったと伝えられるが、その胸の内は定かではない。しかし、小泉の脳裏には一瞬、地元横浜の選挙区での惨敗が二重写しになったのではないだろうか。 政治評論家の田崎氏は、このような厳しい見方に対して、「コロナ対策を進め、オリンピックを成功させた」と菅を擁護する。しかし、オリンピックをやるのはIOCだと菅も言っていたように、おリンピック・パラリンピックをやったのは、IOCと選手であり、コロナ・ワクチンを開発・製造配送したのはメーカーである。 菅の敗北によって、菅の忖度評論家も敗北した。(続く)
2021.09.04
「すごいですね、真佐子さん」「え、何が?」「若社長、たじたじでしたね。両芸能プロダクションの間には何か関係があって、殺された社長と東京のワールドの間には、今回の企画の件では、何か争いがあった。マネジャーの澤田さんの殺害に関しても、君川社長なりの推理で、ワールドが怪しいとにらんでいた。社長が奥さんに切り抜きを作るようメールで頼んだのは、事件の確認だったのではないかしら。白兎海岸へ呼び出したのがワールドプロダクションだとして、では、なぜ君川社長を殺害しなければならなかったのか。真佐子さんの推理のように、何か法外な要求を突きつけるなり、殺されねばならない何かを仕掛けたのか、この辺が焦点になりそうですね」 蜜柑は、真佐子の推理に肉付けをして言った。「あら、私の推理は三文推理小説の受け売りで、思いつきですよ」と、真佐子は照れた。「そんなことはないですよ、真佐子さん。神奈川県警の採用試験を受けて、私たちと一緒に悪を懲らしめませんか」と、蜜柑は笑いながら言った。「あら年齢制限をはるかに超えてます」「特別枠というのはどうでしょう」と、蜜柑が言えば、「特命刑事というのはどうでしょう」 運転手の大阪府警の女性警察官が笑いながら言った。大阪第一テレビ局の玄関前についた。パトカーに気が付いて、受付の女性が飛び出てきた。三人は応接に通された。応対に出たのは報道局長と番組制作室担当者だ。「確かに当時黙示録という企画があって、ドリームプロダクションに相談した経緯があります。当時私は番組制作を担当していなくて、局内で共有されていたことの範囲を出ないのですが、確か、ここ大阪のドリームへもっていったと思います」「ドリームでは知らないということでしたが。もちろん息子さんの話です」「そうですね、先代の社長ならよく知っていたはずですが、いまとなっては」と、一つ一つ思い出すように言った。「ドリームで検討する中で、この企画はなかなか重いところがあり、東京のワールド・プロダクションと共同企画になったというところまで私どもは承知しています」当時の報道局長は言った。現在は参与の閑職にあるという。「なぜ、東京と共同になったのでしょうか」真佐子が訪ねると、「なんでも、企画が企画だけにドリームのスタッフでは限界があるというようなことだったと思います。そして、2020年に入り、新型コロナが流行し始め、企画は一時凍結されたといういきさつになっています」 番組制作担当者が言った。「この企画は、まだ生きているのですか?」 蜜柑が聞いた。「警察がお見えになるというので、当時の担当のものに聞いたのですが、企画の進行にやむを得ない理由で支障が生じた場合は、両者協議のうえ中止または継続を協議するとなっており、継続扱いになっているということです」と番組制作担当者が言った。「それでは再開ということになると、あなたのもとで共同企画が動き出すということですね」「その通りです。しかし、目下、東京も大阪も緊急事態宣言が出ていて、すぐにでも動かせる状態にはありません。今後の感染者数の動向次第だとは思いますが」 担当者は慎重に言った。「どのような企画内容なんですか?」 真佐子が思い切って聞いてみた。「ええ、こちらの意向としては、ヨハネの黙示録にある終末観、あるいは仏教の末世に照らして、現代日本をどのように見るかという、たいそれた企画となっておりました」 真佐子は、仲村がいてくれればと思いため息をついた。「お恥ずかしい話なのですが、いま申し上げた企画内容で、正直なところ突っ込んだ企画は、両プロダクションと詰めていく中で具体化しようということでした」 番組担当者は、頭を掻きながら言った。「この企画の発案は、前任の番組制作担当者ですが、実はある大学の文学部教授と懇意にしており、その大学教授、鮫島と言いますが、その方に聞くと何かわかるかもしれません。蛍雪大学の文学部で、まだ教授職にあると思います」 蜜柑と真佐子が立ち上がってから、部屋を出る間際に言った。「ありがとうございます。ワールド・プロダクションは、今、アジア・エンタテーメントに社名変更していますが、まず、ここをあたってから、鮫島ですね、教授からも話を伺います。我々のことを話しておいていただけると助かるのですが」 蜜柑は礼を言って、二人はテレビ局を出た。 大坂へ宿泊することは、総務課の許可を取っていた。「もしもし、パパ、大阪第一テレビの話では、やはり黙示録の話は、最初ドリームへもっていき、話し合いでワールド・プロダクションとの共同企画になって、そのあと感染症急拡大で、企画は事態収束まで延期ということになったみたい。山城、倉橋、江島の三人は、前々から移籍の希望があり、円満移籍となったそうです。はい、それと、この企画が第一テレビで出来た時に、担当者は同席していなかったのですが、蛍雪大学文学部の鮫島教授からいろいろとアドバイスを受けたようです。ええ、調べてください。仲村先生にも聞いてみます。ええ、真佐子さんにも質問してもらって、ドリームプロダクションは大慌てでした。ええ、何かを隠していると思います。……はい、ありがとう。こんばんは息抜きさせてもらうわ。真佐子さんは新幹線の駅の近くにホテルを取ってあるので、これから送っていきます。大丈夫よ食事はお部屋でするから。パパもね。はい、また連絡します」 蜜柑は、婦人警官にNホテルまで送ってもらうことにした。時計の針はもう6時を指していた。緊急事態宣言下とはいえ、新大阪駅前の人通りは帰宅通勤者で多かった。ワクチンを二回接種しているとはいえ、二回目から日がたつにつれて免疫力が低下することはわかっていた。また感染しても症状は重篤化しないとはいえ、他人に感染させる可能性がある。 真佐子は、山口県の湯玉で年老いた母親と息子夫婦、それに二人の孫と同居している。孫は小学生と保育園児だ。新型コロナウイルスのアルファ株は、もうほとんどデルタ株に置き換わっており、若年者への感染率が高く、症状も重篤化しやすい。新型コロナウイルスの感染は、高齢者や基礎疾患のある人たちから、若年者のステージへと変化した。 大坂の雑踏の中でウイルスを拾うわけにはいかない。予約したホテルでは、近所のレストランからテイクアウトの夕食を取ってくれるサービスがあり、蜜柑と真佐子は、チェックイン時に夕食を受け取って、ツインの部屋に入った。シャワーを浴びて遅い夕食をさあ、という頃はすでに午後7時半を回っていた。その頃仲村は自宅で「ヨハネの黙示録」に目を通していた。真佐子からメールが入った。「蛍雪大学文学部の鮫島教授が、ワールド・プロダクションが大阪第一テレビから黙示録の企画を手伝うように依頼されています。この企画は、感染流行前にワールドへ委託されましたけど、ドリームと共同企画ということになって、いまは凍結状態で、感染が収まれば再開されるとのこと。山城以下三名の、ドリームプロダクションへの移籍は、合意のうえということでした。ワールド・プロダクションとドリームプロダクションは、何か悪しき関係で結ばれていたか、ドリームプロダクションの社長が、ワールド・プロダクションの弱みを握っていたかもしれないです。女二人で、成果がありましたよ。私、刑事になろうかしら。真佐子さんと、これからお食事して、事件のなぞ解きをするのよ。あなたも頑張ってね」と、いつもの調子で、仲村を苦笑いさせる。しかし、真佐子は母親の味を知らない蜜柑を思い、また蜜柑は昔の話を聞くことで真佐子の記憶を手繰り寄せようという、やさしい思いやりがあった。一口の缶ビールは二人を母子にした。続く (目次へ)
2021.08.27
ドリーム・プロダクションは、大阪府警から車で15分くらいのところにあった。近くにはテレビ局があり、ほかでもない大阪第一テレビだった。情報を固めてからテレビ局を攻める作戦だ。蜜柑は胸が高鳴るのを覚えた。黙示録のことを知っている仲村教授がいればいいのにと思ったが、いざとなったら真佐子に連絡を取らせればよい。「鳥取県警と同じことを聞くかもしれませんが、お父様が殺害されるに至った理由に、本当にお心当たりはありませんか。どんな些細なことでもいいのです。この間、新型コロナの感染拡大で、エンタテ―メント業界が苦境に立たされている中で、東京のドリームプロダクションは、社名をアジア・エンタテーメントに変更し、御社から3人のスタッフを受け入れて再出発しました」ここで、新社長の君川翔の表情がやや変わった。「3人の移籍に関しては、かねてより移籍の希望があり、話し合いにより円満に移籍手続きか終わりました」と、社長は平静を装って言った。「理由はどういうことでしたか」と聞くと、「前々から東京で活躍したいと思っていた、ということだったので、こちらも引き留めもせず退職になったと、先代の社長から聞いています」と、やや動揺した感じで答えた。蜜柑は何かあると思った。「ところで」と、蜜柑が詰め寄った。「ヨハネの黙示録に関して、何かご存じではないですか」 社長は明らかに動揺しているが、「ええ、テレビの企画で、確かコロナ感染の前の年に、地元のテレビ局から、当時のワールド・プロダクションへ持ち込まれた企画と承知しています」と、平静を装った。「2019年ですね。どうしてご存じなんですか?」と、蜜柑が聞くと、「先代の社長から聞いたのですが、何かわけのわからない企画らしい、終末の世の中でもないだろうにと、こんなに景気がいいのにと笑っていました」 移籍した山城さん、倉橋さん、それと江島さんはどんな方でしたか?」「どんなと言いますと?」 新社長は、わざとらしく聞き返した。「質問がよくなかったですね。素人なので、得意な分野とか将来めざしていたような役柄と言いますか」「山城さんは大学教授なので、政治・社会時評を主に担当していただきましたが、大阪にいるとやはり生の情報が入手しずらいので、本業の研究もそうで、霞が関の生の情報を取材したいのだと、つねづね言っていました。倉橋さんは月並みなのですが、モデル出身なので、役柄が自分の体に集中して、もっと幅広い演技力を身に着けるためには、仕事の幅を広げなければいけないということでした。江島さんは、雰囲気が昭和を連想させるものを持っており、所属する事務所に心当たりがあるというようなことを言っていました。移籍先のアジア・エアンタメのホームページに紹介がありますが、だいたい同じようなことです」 と淡々として、意外に丁寧な説明をした。引き抜きに関しては、あまりわだかまりはないのだろう。落ち着きのなさは、ほかに原因があるのだろう。「先代社長さんの殺害は、ご存じだと思いますが、横浜港での澤田研一さんの殺害と関係はないでしょうか?」と、ズバリ核心を突いた。案の定、新社長の目線が左右に揺れた。刑事はそのような瞬間的な心の動きを見逃さない。しかし、相手の脳裏を走る実像までは覗けない。横浜港殺人事件について何か知っている、と蜜柑は思った。鳥取県警の聞き取りに対しては「何も思い当たるところはない」と答えている。先代社長の妻も同じように答えている。しかし、鳥取の白兎海岸で犯人と車で一緒にいたことが、横浜港殺人事件と何らかの関係があることは、妻にこの事件の新聞の切り抜きを作らせているところから明らかだ。「お父様は、横浜港の事件の関係者をご存じだったのではないでしょうか。あるいは何か重要な事実をご存じだった。」 蜜柑は吹っ掛けてみた。「私もその点はずいぶん考えて、社内のスタッフや母親に聞いてみたり、遺品の整理で何かないか注意したのですが、何もないのです」と答えるが、視線が微妙に乱れている。蜜柑は、鳥取県警の瀧川刑事と同様、何か隠していると確信した。「先代の社長さんは、横浜港の犯人に心当たりがあって、・・・それでその犯人はお父さまを呼び出した。そしてお父さまは何かを要求した。犯人は困りますよね」と、真佐子が思いつきを言った。若社長の表情が変わった。「いったい何を根拠に。わが社は、ドリームプロダクションとは何の関係もありませんよ」新社長は怒った。蜜柑は、真佐子が言い返そうとするのを制した。「いえ、警察はあらゆる可能性を考え、その背景を探るのが仕事なんです。これまで、御社とドリームは一緒に仕事をしたりということはありませんでしたか?」と質問を変えた。「ええ、その点はご指摘の通りで、このパンフレットに共同作品が載っていますからご覧ください」と言って、蜜柑に分厚いカラーのパンフレットを差し出した。(続く)(目次へ)
2021.08.25
2021年8月22日 舛添さんが次のようにツイート。当たっているような気がしますが。「竹下登元首相は、無能な政治家について、私に「君、それはIQの問題だわね」とよく言っていた。いまご存命ならば、あまりにも無様な政府や東京都の対策について、同じ事を言うのではないか。大衆は、所詮は、自分のIQレベルの政治家しか持てないということだろう。これがポピュリズムの怖さである。」 昨今の菅内閣の支持率は30%前後というのが相場だ。私の大学のある学生が、「あんなしょうもない内閣が30%も支持されているんですか?」と私に聞いた。「出発当初80%近く支持があったのだから、良識のある国民の大部分は、やはり期待感があったんだよね。でも、息子の問題、学術会議の問題、コロナの無策、答弁書の読み間違いなどで、やっぱりあいつもダメかとなったんだね」と答えると、「だいたい、先生、あの目は腐ってますよ、舌も回っていないし。それに喋る国語がおかしい」とずげずげとまくし立てる。」「わたしも同じ意見だ」と答えると、「政治家の中に誰かはっきり物事を言う人はいないんですか」と聞くので、「いないなあ」と答えて、もやもやしていたところへ、舛添さんが上のようなツイートを出した。「東京都の対応」も含んでいるところが私情に近いが、まあいいとして、同じようなことは確か静岡県知事も言っていた。「あの人は学問がない」と。 そしたら静岡県議会でひんしゅくを買った。でも、舛添さんはフリーだからいいのだろう。こういう私も、一応現役の大学教授なので、IQが低い、学歴がどうの、学問がないなど、言える立場にない。このブログの別なところで言ったが、彼は法政大学の第1法学部の出身だ。これは同大の公式HPで認めている。しかし彼を同大夜間の出身だとした週刊誌が二つあった。これを嘘だでっち上げだとする気持ちもない。公平でなければならない。両方が正しいとすると、彼は高卒後二年遅れで同大夜間部へ入り途中転部をして、第1法学部卒となったとするのが正しい推測だろう。私は、彼と同じ昭和23年生まれで、昭和42年に同大の経営学部に入学した。 当時の第1法学部は中央の法学部並みに難関だったと記憶しており(友だちがそういっていた)、二部を経由して一部へ転入するなど、何の引け目でもない。誰でも自分の経歴には責任を持たねばならない。菅氏も、法大1部卒だとは言っているがが、1部入学だとは言っていない。1部入学だという成績証明書を示して、経歴のロンダリング(洗浄)をすべきだろう。IQの問題だという舛添(竹下)さんよりも穏便な意見とは思いませんか?(この投稿は予告なしに書き換えることがあります。ご了解ください。)
2021.08.22
翌日、仲村は真佐子を品川まで送ったが、仲村もまた静岡へ帰ることにした。『ヨハネの黙示録』は、静岡の自宅に置いてあった。大学は夏休みに入り、少し骨休めをしたいとも考えた。静岡に停車する新幹線が来たので、蜜柑と3人で自由席に乗り込んだ。満席とまではいかないが、大勢の人が乗っている。 前日、真佐子に知らせておいたので、蜜柑も承知で、真佐子と仲村を窓側に座らせ、蜜柑は通路側に座った。ワクチン接種を二回終わったものでも感染するケースが増えており、外国では3回目の接種が行われるようになってきていた。ブースター接種というらしい。 新型コロナがはやりだしてから、感染症対策の後進性からくるのだろうか、やたら英語が出てくる。パンデミック、ステイ・ホーム、ウィズ・コロナ、ロックダウン、アナキラーゼ、ブースター、コバックス、ブレイクスルーなどなどだ。パラオキシメーターに至っては舌をかむ。ファイザー、モデルナ、シノバック、ジョンソン&ジョンソン、スプートニクVなどのワクチンに至っては、覚えきれない。敵国語を使ってはいけないという太平洋戦争時の国策が嘘のようだ。 二回打っても重症化はしないものの、感染したら人に移す可能性もある。未接種の若年者への感染が急速に広がっている。病院もひっ迫してきており、東京には酸素ステーションも設置され、医療体制を必死で防衛しているかに見えるが、明らかに「命の選別」が行われている。ある往診専門のクリニックの医師に言わせれば、高齢者は回転が速いから、看取りのために優先して入院でき、酸素濃度が低下した若い人が後回しになる。 三人とも不織布のマスクをして、必要なこと以外は会話はしない。蜜柑が携帯のメモ帳に用件を入力している。すかさず真佐子もメモで答えている。犯人と戦うには、こちらがまず健常でなければならない。うとうとしている仲村の耳元に真佐子がささやいた。「あなたと道頓堀りを散歩したいけど緊急事態じゃ無理ね。今度つれてってね」「収まったらね」と、仲村が面倒くさそうに答えると、またわき腹をつねっている。「君が中学生のころ、よく腕や腹をつねった。すね毛を引っ張ったこともあったよ」と言うと、調子に乗ってやる。蜜柑が笑っている。蜜柑は幼いころ母親を亡くし、父親の手ひとつで育てられたものだから、夫婦仲というものを実感としては知らない。結婚願望がないのも、過去の記憶のせいかもしれない。目の前の二人は、いろいろわけあって「幼馴染」だという。とはいえ、恋人同士のような二人を見ていると、なぜか心をくすぐられる。 蜜柑にもつき合っている男性はいるのだが、こういう時、なぜかその男性のことを思い出す。優柔不断なところは仲村に似ている。真佐子とて、二十歳までのもっとも多感で波乱に満ちた青春時代の思い出が事故で消えていることが口惜しい。「愛」に対する応答と「愛」の発露の所作が記憶から消えているから、ぎこちない遊びごっこのような触れ合いになる。仲村が快く受け入れてくれるから、これでよいとは思うが、本当は違うのだと思う。 新幹線は、静岡駅のホームで、列車追い越しのためしばらく停車していた。真佐子が、列車から降りて何か世話を焼いている。ミニスカートと、髪の毛を束ねたイスラム教徒の女性のようなスカーフと、太いベルトにタイトな白いブラウスは、まるで昭和のストリートガールのようだ。 ドアが閉まるといけないからと、仲村が真佐子を列車に押し込む。座席に戻り、子どものように大げさに手を振っている。周りの人たちは、この二人を一体どういう関係だと思うだろうか。蜜柑は手を振りながらそう思った。 大阪府警に出向いた蜜柑は、刑事課であいさつをした。真佐子を県警の資料課アシスタントと紹介した。神奈川県警からとあって、刑事課長が応対し、捜査のあらましを説明した。鳥取県警とは連絡を取っているとのこと。鳥取県警の若い滝川刑事が、ドリーム・プロダクションの君川俊夫社長が投宿した鳥取市内のホテルに、君川が殺害された日の次の日に停まっていた、品川ナンバーの車の目撃があり、足取りを追っているとのことだった。 ナンバーがわからず、白いセダンだということだけで、今まで情報は限られてはいたが、山口県と島根県との県境辺りのコンビニに、品川ナンバーの白い車が停まっていたという情報を得たという。乗っていた人物はわかないが、「コロナ禍で移動が自粛されている中、遠くからきている」と記憶にとどめている人がいたというのだ。それ以外のことはわからないという。ちょうどその駐車場で撮った記念写真の日付から、7月12日だと分かり、この日は白兎海岸の事件の翌日にあたる。滝川刑事はこの車だと確信したという。 島根県警の手を煩わせるのもはばかられるので、目下、滝川刑事が捜査範囲を拡大して、更なる情報がないか調べているということであった。社長が殺害されたあとは、息子の君川翔がプロダクションを切り盛りし、コロナ禍の中、経営は厳しいものの、何とか回しているということだった。ドリーム・プロダクションから、三人が東京のワールド・プロダクション改め、アジア・エンタテーメントへ移籍した件は、府警としても承知しており、ドリーム側へ捜査の攻勢をかけたが、明確な手掛かりはないということであった。「横浜港で殺害されたマネジャーの澤田さんの黙示録という本から、黙示録、人形と記したメモが出てきたのですが、何か手掛かりはないでしょうか」 蜜柑が訪ねたが、「初耳です」という答えだった。「山口県と島根県の県境のコンビニですが、道の駅 ゆとりパークたまがわではないでしょうか? 県境と言っても、だいぶ山口県に入ったところですが」と、真佐子が聞いた。真佐子は山口県の湯玉に住んでおり、県境の日本海側は自分の庭のように知っている。亡くなった漁師の夫と、遊びでよく行ったところで、海は漁で連れて行ってもらったことがある。「おっしゃる通りです。申し訳ございません。駐車場に品川ナンバーの車があるので珍しく思い、スタッフが覚えていたらしいのです。滝川刑事の調べでは、防犯カメラからは距離がありすぎて、ナンバーは確認できないということでした」「横浜の殺人現場もそうなんですが、犯人はカメラには注意しています」 蜜柑が言った。 大阪府警は、大阪城の西にあった。二人は確かな手ごたえを感じて府警を後にして、ドリームプロダクションへ向かった。アポは取ってあった。府警の女性警官が車で案内してくれた。感染に神経を使っている。「デルタ株は怖いですね。マスクをしていても、電車の中では簡単に感染してしまいますから」と、婦警は大げさに言ったが、蜜柑も真佐子もその通りだと思った。(続く)(目次へ)
2021.08.21
夏と蜜柑は、仲村と真佐子を石川町の駅まで送っていった。時計は8時を回っていた。「今日はいろいろ収穫がありました。私たちもコロナ感染にかまけてさぼっていないで、一気に攻めようと思います」と夏が言い、「黙示録、赤いイヤリングの女、タレントさんたちの移籍、鳥取のホテルに品川ナンバーの謎の中年男女、移籍組は名前まで判明しました。いろいろ糸口が見えてきました。鳥取県警にもはっぱをかけます」 蜜柑が言った。「そうですね。ヨハネの黙示録は私も持っているので、さっそく読んで見ます。私のつたない知識では、黙示録は、西暦95年ごろですか、ローマの迫害下にある小アジアの教会のキリスト教徒に激励と警告を与えるために書かれた文書というか、小説みたいなものではなかったかと記憶しています。確か、大学の授業で習ったように記憶しています。この世の終末と最後の審判、キリストの再臨と神の国の到来、信仰者の勝利といった、預言的内容が象徴的表現で描かれていると。破滅的な状況や世界の終末などを示したものでした。本にも出てくるハルマゲドンは、地下鉄サリン事件を起こした麻原彰晃がでっち上げた終末論でしたね。でも、なぜこんなものが芸能界で取りざたされるんでしょうね」 仲村は、真佐子のほうを見ながら言った。「大阪のテレビ局に聞くと分かるわ。私、大坂に行きたいわ」と真佐子が言った。「これは警察の仕事ですよね」 夏が制すると、真佐子は仲村の脇腹をつねった。「もう、せっかく大阪を案内してあげようと思ったのに」真佐子の機嫌が傾いた。「真佐子さん。ここは私たちに任せてください。危険が及ばないとも限らない。蜜柑をさっそく大阪府警に行かせますよ」と、夏警部が仲村の顔を伺うように言った。「僕は、しばらく黙示録をじっくり読んで見たい。いまインターネットで検索したら、ヨハネの黙示録の主要舞台のバビロンについてこのような説明がありました。事件に関係はないかもしれませんが、読んでみます。バビロンは、イラクにおけるユダヤ人コミュニティーの起源ともなったが、このように、ユダヤ教の成立過程に深く関わったバビロンは、ユダヤ教やその系譜を引くキリスト教において正義の対抗概念のイメージであり、さらにイザヤ書とエレミヤ書の預言と新約聖書のヨハネの黙示録(ヨハネへの啓示、啓示の書)の故事から、ヨーロッパなどのキリスト教文化圏においては、退廃した都市の象徴(大淫婦バビロン、大娼婦バビロン)、さらには、富と悪徳で栄える資本主義、偶像崇拝の象徴として扱われることが多い。以上ですが、大変なことですね。まさか東京が現代のバビロンだというのではないでしょうね。テレビ局の企画がわかったら、何か、澤田さんがなぜわざわざ本を買って、メモを挟んでおいたかわかるような気がします」 夏がJRの乗車用のプリペイドカードを取り出した。真佐子が蜜柑の耳元へ何かをささやいている。真佐子と仲村は階段を上りホームのほうへ消えていった。手を振っている。 原宿の昨晩と同じホテルが取れたので、仲村はホテルまで送っていった。「私明日帰るわね。あなたに迷惑がかかってもいけないし。今回はたまたま軽い気持ちできたし・・・」 真佐子は別れ際に言った。「せっかく来てもらって、どこか楽しいところを案内できればよかったのですが、つまらないことに巻きこんでしまって、申し訳ないです」 仲村は腕時計を見ながら言った。「そんなことないわ。私とっても楽しいの。蜜柑ちゃんが大阪へ連れて行ってくれるっていうし、大坂じゃきっと有力な手掛かりがつかめると思うわ」「まさか、大阪府警へ?」「そうよ。明日品川駅で待ち合わせになってるから、見送って頂戴ね」「え、もうそんな約束まで?」「そうよ、女同士、遊ぶ計画はすぐにまとまるのよ」「遊びじゃないですよ」「わかってるわ。その足で湯玉へ帰るから安心して頂戴」「真佐子さんにはまいるなあ」「一人にしてごめんね。私がいないと寂しいでしょうけど、お利巧しててくださいね」 また勝手なことを言っている。しかし、仲村はいつか真佐子が中学校の3年を終わるころ、どこかできっとこんなことを言っていたような気がした。一つ一つの会話や場所を思い出せるほど記憶は明瞭さをとどめてはいなかった。流れた時間の川は、一つ一つの記憶のシーンを大海へと流していったのだ。そんな薄れた記憶の集積に、何か見えない楔のようなものが強引に撃ち込まれたのだとも思ってみたりした。自分も真佐子もその楔が何であったか知りたいのだと思った。(続く)
2021.08.20
会食の席を離れて、電話で「黙示録 人形」のことを業界通に聞いていた幸田友里恵が、テーブルに戻ってきて言った。「黙示録というのは、大坂のテレビ局が、3年ほど前に動かそうとしていたバラエティ番組の企画で、何と当時のワールド・プロダクションに声掛けが行われていたそうなのです。ワールドプロダクションでは、正式に社の方針として、この企画の具体化のため、人選も含めた検討をしていたというのです。詳細はテレビ局とワールドプロダクションの企業秘密ということですから、部外者にはわからないのですが、こういう話はどうしても漏れてしまうのですね。 うちの事務所のかぐや姫の社長の話ですが、なんでも予算は破格で、惜しみなくつぎ込むといった景気のいい話だったそうです。よほど有力なスポンサーがついたのでしょう。コロナ感染の前の話ですから。だった、というのは、何らかの原因で、この企画がとん挫してしまったからだろうと社長は言うのですが、詳しいことは再出発したアジアエンタテーメントの社長に聞けばわかるのではないかということでした。」 幸田友里恵が緊張した面持ちで言った。「ありがとうございました。ひとつ聞きたいのですが、一つは大阪の何というテレビ局か、もう一つは、そういう場合、企画を検討していけるとなると、人材を募集したり、他社からの応援を依頼するといったようなことはあるのですか?」 夏警部が聞いた。よい質問だった。幸田友里恵はちょっとためらったが、「大阪第一テレビです。人材の募集のことは、一般論ですが、具体的になるとオーディションの開催などで、発掘することもありますし、お尋ねのように他社への協力依頼ということも考えられます」と答えた。藤堂真理矢が相槌を打っている。「ワールドプロダクションが大阪のドリームプロダクションへ協力依頼の話を持っていった可能性はありますか?」 夏警部がさらに聞いた。しかし、これはあまり良い質問ではなかった。根拠のない仮定のうえの質問だからだ。幸田友里恵は、「何か依頼しなければならない理由があれば、考えられると思います」という答えを引き出してしまった。しかし、夏警部の脳裏にはある仮説の仮説がよぎった。娘の蜜柑も同じことを考えていた。「光岡瑠偉さんの夢に出るという女性の赤いイヤリングですが……」と言って、真佐子は途中でやめてしまった。「田舎者」という引け目を感じる。「真佐子さんは若いころに交通事故にあって、回復してからよく夢を見たそうなんですが、その夢に出てくる人が、交通事故の相手だったんです。一時的な記憶喪失になって、でも脳裏のどこかに残っているんですね。その夢の中に出てくる人相などが手掛かりになって、警察が協力して犯人が見つかったのですよ」と、仲村は少しぼかして、真佐子の言おうとしたことを一同に伝えた。真佐子はほっとした。「私も同じことを考えていたのです。女性で赤いイヤリング、何か手掛かりになるかもしれませんね。横浜のホテルの前の海岸で事件が起きた時にいた女性は、赤い傘をさしていましたし、この人が女性だとしたら、車の中にいた人も女性で、好みの赤のイアリングをしていたと考えることはできます。一致していますね」と、二人をフォローした。「赤色の傘、女性、赤のイアリング。この女性がカギを握っていることは間違いないと思います。ただしこの女性が本物の女性だとして」 夏は、事件の解明に薄日が差した思いがした。「それにしても、澤田研一さん、光岡瑠偉君と、ドリームの君川俊夫さんはなぜ狙われたのでしょうか?」夏は、深いため息をついた。誰もが同じことを考えていた。(続く)(目次へ)
2021.08.18
横浜中華街の個室のある店に全員が集合したのは、午後6時半だった。外はまだ明るいとはいえ、夏至を過ぎると暗くなるのが早くなってくる。暮れなずむ中華街を行きかう人は少ない。首都圏の感染者数は、デルタ株に置き換わってからうなぎ上りだ。テレビでは制御不能と言っている。 相次ぐ緊急事態宣言の影響で、シャッターを下ろしている店もある。資金力に乏しい零細店舗は体力に限界がある。緊急事態宣言にしろ蔓延等防止にしろ、アルコールにターゲットを絞った自粛要請は零細店舗を淘汰し、規模の寡占化を進めようとする政策と映る。業界は違うがコロナを機に「寡占化を進める」と公言して憚らないホテルチェーンもある。 夏警部と蜜柑、仲村と真佐子は、もう2回のワクチンを接種していた。歌手の藤堂麻里矢と私立探偵の山梨玲子、それに麻里矢のマネジャーの幸田友里恵は、まだ1回の接種だった。この中華料理店では、検温と簡易検査を行っており、まず先に食事をして、マスクをつけてから会話に入る。油断は禁物だ。 真佐子は、私立探偵の山梨玲子と藤堂麻里矢、幸田友里恵を知らない。飲み物が来るまで簡単な自己紹介をした。真佐子は、都会の人間ばかりが集まった会合に、気が引ける思いがした。仲村をちらちらと見ている。 仲村が、新宿で今しがた会ったばかりの歌手の光岡瑠偉の近況と、彼が最近夢に見るという、彼をはねた車の中の赤いネックレスの女性のこと、光岡の移転先の事務所の情報で、被害者の澤田研一マネジャーがいたワールド・プロダクションが、名前をアジア・エンタテーメントと名前を変えて再出発したこと、そこには、大阪のドリーム・プロダクションから、数人の移転があることを紹介した。アジアという冠があるようにアジアに業容を拡大するという。 そして、その三人が、山城、倉橋という女性タレントと江島という男性芸人だと分かったという光岡からの情報を紹介した。仲村は、この三人のうち、倉橋というモデル出身の女性タレントは知っていた。最近、自然環境保護を売りにして、時々バラエティ番組に出ている。長身の魅力的な女性だ。 山城は大学教授でありながらテレビ出演も行ういわゆる「タレント教授」、倉橋はモデル出身のタレントで、転籍のいきさつについては、調査中なので、いましばらく待ってほしいということだった。夏警部からは、特に捜査の進展はないが、ワールド・プロダクションからの移転者について調べている旨の説明があった。捜査情報の詳細は、つまびらかにはできない。 鳥取県警からは、その後の捜査で、殺害された大阪のドリーム・プロダクションの社長の君川敏夫が泊まったビジネスホテルで、品川ナンバーの車が目撃されており、中年の男女が目撃されていた連絡があり、殺人事件と関係がないか調べているとのことであった。白兎海岸の近くのコンビニに、ドリームプロダクションの社長が酒に酔って立ち寄った時に、目撃されたのは男性だということであったから、品川ナンバーの車の二人が事件にかかわっていたとしたら、重要参考人ということになるが、慎重に痕跡を隠している。 この車は、ナンバーが防犯カメラには写らない位置に止めてあった。チェックイン・アウトでのホテル側の記憶はあまり定かでなく、背は高く中年だったというくらいだ。電話予約で、チェックイン時の住所氏名はおそらく架空のものだろうということであった。今どき電話予約などないし、横浜のホテルも電話予約だったので気にかかる。 山梨玲子は、被害者の澤田研一マネジャーの妻・淳子からの依頼で、彼が使っていたノートパソコンを調べていて、手がかりになるような痕跡はなかったが、澤田の妻からの連絡で、彼の遺品の本の間から、ボールペンで「黙示録 人形」と書かれたメモが見つかり、つい先日預かってきたという。一同、山梨がファイルから取り出した小さなメモに注目した。蜜柑が、克明にメモを取っている。 ここで、食事が出されはじめ、一同食事に専念することにした。食前に示された様々な情報を各自が各様の推理を働かせ、相互の関連をつかむために質問を考えていた。その核心は、言うまでもなく山梨が、故人の妻から差し出された「メモ」で、「黙示録、人形」だった。鳥取のホテルでの謎の二人連れについても想像を巡らせた。事件には関係がないかもしれない。 長い沈黙の時間が流れた。その静けさは「黙示録 人形」という、とりようによっては怪奇、スリラーの世界を彷彿とさせるもので、鳥肌が立つ感触を掻き立てた。黙示録がこの世の終わりに際して、キリストの弟子のヨハネによって書かれた警告の書であるくらいは、全員に分かっていた。それと人形がどうかかわっているのか? 長い沈黙を破って仲村が発言した。全員がマスクを着用している。「このメモが挟んであった本のタイトルはわかりますか?」 山梨が答えた。「はいこの本です。お回しします。奥様にお断りして借りてきました」と言って隣の蜜柑へ差し出した。「メモと同じヨハネの黙示録」と蜜柑が言って、順に閲覧に回った。メモは挟んである。本は四六版のハードカバーで、読んだ形跡が認められる。「文字は澤田さんの字ですね?」「そうです」と、山梨が答えた。「澤田さんは、なぜこんな本を読んでいたのでしょうか? それと、黙示録と人形は何かつながりがありましたか?」 夏警部が自問自答したように言った。「ええ、私も奥様に何かこのメモのことで心当たりはないかとお聞きしたところ、そういえば事件の直前のことで、仕事で使うかもしれないというようなことを言っていたということでした。人形については、皆目見当がつきませんと言われました」と、山梨玲子が答えた。「事件の直前というと、一昨年の7月以前のことですね」 夏警部が過去を振り返る様に言った。「唐突なようですが、澤田さんの仕事の関係で、なにか新しい企画が出て、それをメモに書いておいたのではないでしょうか。本を買っているところから、澤田さんは進んでこの企画を理解するとか、進めるために読んでいたとは考えられないでしょうか? あるいは発案者だったとか」 藤堂麻里矢が思い付きで言った。「マネジャー仲間に聞いてみましょうか?」と幸田友里恵が言ってスマホを取り出し、席を外した。この会話の中断したすきに、真佐子が、「人形って、鳥取県に人形峠という山があるわね。関係あるかしら」と、仲村の耳元にささやいた。「僕も同じことを考えていたんだ。でも、なんで黙示録なんだろう?」と、周りに聞こえないようにささやいた。この時、仲村の電話が鳴り、光岡からと分かって席を立たずに電話に出た。「いま、横浜に関係者が集まって話をしています。はい、ドリームプロダクションから、アジア・エンタテーメントへの移籍組についてどうでしたか? はい・・・はいそうなんですか・・・それで・・・そうですか。では詳しいことがわかりましたら。警察の捜査に任せたほうがいいかもしれませんね・・・ありがとうございました」 仲村はスマホをしまい、要点を伝えた。「失礼しました。光岡さんからなんですが、大坂のドリームから再起出発したアジア・エンタテーメントへの移籍3人は、江島卓という男性タレントと倉橋美玲というモデル上がりのタレントは、以前から待遇面でドリームに不満があり、移籍を希望していたが、ちょうど山城美雪が転籍するときに誘われるようにして、そろってアジア・エンタテーメントへ移籍したそうです。 山城は関西の大学を出てフランス留学から帰国し、大坂の大学へ学位論文を出して、それが評価されて関西の2流大学へ収まったらしいのですが、その大学が不満で、中央の晴れ舞台を目指して、いろいろ運動をやっていたらしく、どういう縁があったのかはわからないらしいのですが、新規再出発のアジア・エンタテーメントへ移籍ということになったらしいのです。光岡君は自分にも責任があるので、もう少し調べてみるとのことでした」 一同は思い思いの推理を巡らしている。メモを取っていた蜜柑が口を開いた。「とにかく、このコロナ禍で芸能界は仕事が減って困っていると聞いています。あらぬスキャンダルを捏造して誹謗中傷し、売れっ子タレントを貶めるといったこともあると聞いています。自殺に追い込まれるケースもあります。根拠はないのですが、今回の事件にもそういう影が見え隠れするのですが、飛躍でしょうか?」 蜜柑が控えめな発言をした。「そういう話はよく聞きます。芸能週刊誌をご覧になっているファンのかたのほうがよくご存じだとは思いますが。残念なことです」藤堂真理矢が言った。幸田友里恵が席に戻ってきて言った。(続く)
2021.08.09
真佐子は何を着て行こうか迷った。昭和のレトロな感じで仲村の前に現れたのには、理由があったが、今のところ仲村は分かっている素振りがない。事件の捜査に関心が向いてしまったので致し方ないが、昭和40年代の初め、自分がまだ15、6歳の頃に流行った服装を着れば、何か記憶が戻ってきはしないか、仲村が何か思い出しはしないか、何か過去の隠された事実に向かう、何かのきっかけになりはしないかと、古いファッション雑誌を調べてしつらえたいでたちに、今のところ仲村は反応しない。というよりも何か好奇心の目で見ているようだ。真佐子は苛立たしかった。しかし、ここは事件の方を優先することにした。しかし、「真佐子さん、お似合いですよ」つり革を一つ空けてつかまり、仲村は新宿へ向かう山の手線の中で言った。真佐子は黙っていた。「あの頃流行っていた服装ですね。なんだか懐かしいです。あなたも制服じゃない時は、ちょうど今くらいの丈のギャザースカートでした。上はいつも白色のブラウスだったと思います。でも、これまで何度も話したように、あなたが就職してからどのような服装をしていたかは知りません。会社へ行っても会ってもらえなかったので」 仲村は、真佐子と距離を取って言った。「気づいてくれたのね。嬉しいわ」 真佐子は景色を見ながら答えた。山口県の田舎の漁港で日々を送っている真佐子の目には、見るもののすべてが珍しい。仲村は、新宿駅へ着くと、見慣れた京王線の改札口の方へ真佐子を案内した。光岡瑠偉との約束は11時だった。少し時間があったが改札口で待つことにした。「やあ、仲村先生ですね」と長身の若い男性が声をかけてきた。やや長めの髪にラフなカジュアルに身を包み、軽快なスニーカーを履いている。テレビで見る光岡瑠偉その人だった。感染対策がしっかりした喫茶店があるというので、真佐子と仲村はしたがった。「夏警部から事故のあとに事情聴取を受けて、特に思い当たることはないとお答えしたのですが、実は僕も気になっていて、あれから事故の、いやひき逃げの夢を見るようになって、運転手の顔がぼんやり浮かび上がって来るのです。助手席かもしれません。もちろん夢の中のことです」 光岡は、注文したアイスコーヒーをストローで吸って言った。「そうなんですか? 夢とはいえ光岡さんはぶつかった瞬間に運転手か助手席にいた人を見たのかもしれませんね」 仲村が先を促した。「ええ、そうかも知れませんね。あの横断歩道はいつも通るのですが、割と明るい照明があって、新宿方向つまりセダンが急発進して向かって来た方向を照らしていたのです。僕はボンネットにはね上げられ車の屋根の上を転がり、後ろへ落ちたのです。着地がちょうど柔道の受け身のような格好になったので、比較的軽症で済んだのですが、打ちどころが悪かったらと思うとゾッとします。」「人の顔に何か特徴は?」 仲村は手がかりを引き出そうとした。「残念ながらどういう顔とか、男か女かとかそういうのではなくて、ただ、夢の中の冷たく凍りついたようで薄気味の悪い顔が夢に出て来るのです。赤いイヤリングが揺れているのです。夢なんですが」「赤いイヤリング、このことは警部に話しましたか?」「いえ、夢のことなんで、捜査を撹乱してもと思い、しかし今になって気になってきて、それで仲村先生からメールをいただいたというわけです」 光岡は不安げな表情を浮かべて言った。「それからもう一つ、ワールドプロダクションが事件の直後に倒産したことはご存じでしょうが、僕は実はそのことを察知していて、前から声をかけてくれていたSyouwa-retro プロダクションへ移籍したのです。本業の歌に専念させるというので承諾しました。」「ええ、存じています」「で、その新しい事務所で聞いた話なんですが、閉鎖したワールドプロダクションは、新装オープンしているのです。アジア・エンタテーメントという名前です。社長以下事務スタッフはそのままで、所属芸人・タレントは大幅に入れ替わっているのです。これだけならよくある話なのですが、大坂のドリーム・プロダクション、社長さんが確か鳥取の海岸で殺害された、ここから数名移籍したタレントがいるようなのです。誰なのかは確認はしていないのですが、聞けばわかると思います」「そうですか、いや驚きました。ドリームの社長は殺害される前、横浜港の事件を気にしていて、奥さんに新聞の切り抜きを作るように、鳥取からメールを送っています。」「やはりそうですか」 光岡は宙を見るようにして言った。「それだけなんですが、なにか参考になるでしょうか」 光岡は真剣な表情で言った。「私も実は若いころにバスの事故で大けがをして、人の顔が浮かんでは消え、悪夢にうなされていたのですが、その夢が手掛かりになって、バス事故を引き起こした過激派の犯人が、30年以上も経過して逮捕されたのですよ。赤いイヤリングはきっと手掛かりになると思いますわ」 真佐子のほうを気にしていた光岡が微笑んで、「ああ、自己紹介が遅れてすみません。光岡です。ええ、僕もそう思います。何か手掛かりになるようなことがわかったらすぐに連絡します」と頭を下げた。返す返すも、律儀な青年だ。「私こそご無礼を、私は仲村の幼馴染の真佐子と申します。コロナが終わったらライブを聞きに行きますから招待状をくださいね。本物のライブですよ」と、言いにくいことを平気で言う。「ええ、きっとご招待します」光岡は、はははと笑った。仲村は苦笑いをしている。(続く)
2021.08.03
仲村は、真佐子と会う時間を利用して、ミュージシャンの光岡瑠偉と会うことを考えた。と言っても光岡とは面識がなく、いわば、いちファンに過ぎなかった。しかし用件を正しく伝え、誠実に申し出れば、面会を拒否するようなことはないと確信した。事件の直後に、光岡のフェイスブックにアクセスし、フォローして友達申請をしたら、礼儀正しく「よろしくお願いします。新曲を聞いてくださいね」といった返事が来ていたから、いまとなって時間が経過しているけれども、思い切ってメッセンジャーにメッセージを送ってみることにした。メッセンジャーは会話内容を他人に知られることはない。「個人的な会話ですみません。私、西教大学の仲村と申します。単刀直入にご用件を申します。甲州街道でのあなたの事故のことです。復帰できて何よりです。新曲も気に入っています。ところで、神奈川県警の夏警部と娘さんの蜜柑さんは親友です。少々伺いたいことがあるのです。あなたや事務所に決して迷惑がかかるようなことではありません。もう一人の女性のファンとお目にかかりたいのですがいかがでしょうか。東京都内におります。」 仲村は率直に用件を告げた。するとすぐにメッセンジャーに返事がきた。「仲村先生のことは存じ上げております。エンタメ関係の研究をされているということで、雑誌記事を拝見し恐縮しております。こちらこそお会いして、ご教示賜りたいと思います。最近、事故のことで思い出すことがあります。時間と場所を指定ください。」 誠実な人柄が出ている。仲村はさっそく会うことにした。「お忙しい中、ありがとうございます。それでは新宿京王線の改札口でいかがでしょうか。午前11時では」善は急げと返信した。「はい、事務所の打ち合わせで渋谷へ行きますので、ご指定の場所と時間で承知しました。何なりとお尋ねください。」 若者らしい屈託のないメッセージだ。 真佐子に電話を入れた。「はい、よく寝れたわ。あなたの夢も見なかったわ。ぐっすりよ」と、相変わらず減らず口を聞いている。若いころからそうだったが、言葉に棘はない。「11時に原口駅前で光岡瑠偉さんと会います・・・その通りです。夏警部にはお世話になっていますから。一肌脱ごうかと思って。真佐子さんにも知恵を絞ってもらいたいと・・・」「そんな予感がして、母にうそをついて東京へ来たのよ。いよいよ私の出番ね」 蜜柑の、アガサクリスティ―顔負けというお世辞が利いている。「アポは11時なので、10時にホテルへ行きます。チェックアウトを済ませておいてください。」 仲村は電話を切った。「いよいよ事件解明の方向へ舵が切られたわ」 真佐子は満足げに微笑んで電話をしまった。(続く)
2021.08.01
神奈川県警では、蜜柑が同僚の婦人警官と食堂で昼ご飯を食べていた。「横浜港の殺人事件、進展がないみたいね」 婦人警官は言った。「コロナ騒動に入って、自由な捜査が出来にくくなったのが大きいかしら。言い訳になるけど」「不要不急の捜査以外は控えるようにって、訳の分からない方針が出たしね。オンライン捜査ってのも流行ってるわ」「コロナ不況で、芸能界がアップアップしていることもあるわね。実際、渋谷のワールド・プロダクションもタレントや芸人の自宅待機が続いていて、マネジャーの死について関心を払う人なんか皆無だわ。それで、結局、事務所は閉鎖になったけど」「確か芸能界のマネジャーが殺害された事件って、はじめてじゃないかしら?」「薬や痴情がらみの事件は山ほどあるけど、殺人事件となると先例がなくてどこから手を付けていいのか、パパもわからないのが本心よ」 蜜柑がテレビを見ながら言った。食堂のテレビが次のような報道を始めた。「いよいよ東京オリンピックの開会式が行われ、一部、すでに競技が始まっていましたが、昨晩の開会式によって、正式に30日間のオリンピックが始まりました。8月23日の閉会式まで熱戦が繰り広げられます。ところで、昨晩の開会式では、IOCバッハ会長のあいさつに続いて、天皇陛下が開会宣言を行いましたが、真後ろに座っていた総理大臣と東京都知事が座ったままで、大変な失礼があったと、各メディアが一斉に報じました。JOCによると、台本では天皇陛下の宣言の前に『ご起立ください』の進行アナウンスがある予定だったのが、バッハ会長が『次に天皇陛下の開会宣言です』と、早とちった発言をしてしまったので、東京都知事の目配せで、慌てて起立するという不手際になったものです。昔なら不敬罪だ、などとする厳しい見方もあるようですが、それにしても知事から促されるまで、椅子にふんぞり返っていた総理大臣は一体何を考えていたのでしょうね」と、キャスターが嫌みたらしく言った。「例の、横浜港殺人事件だけど、赤い傘の女、芸能関係の可能性が大きいという噂で持ちっきりよ。女の細腕じゃ、もみ合いになったら、逆襲されるから、赤い傘をさした男じゃないかって。歌手の藤堂麻里矢さんがホテル内で目撃した赤い傘の女も女装していたんじゃないかって」 婦人警官は、興味半分で言った。「あなた、芸能通だったわね。芸能マネジャーが殺害されたということになると、動機はどんなことが考えられるかしら?」 蜜柑は、警察に入る前に芸能プロダクションに所属していたことのある婦人警官に聞いた。婦人警官は向坂といったが、今でも暇を見てはオーディションに出ている。「これは私の考えだけど、芸能界って結構足の引っ張り合いが多いのよ。まあ、どの世界にもあるでしょうけど、芸能界はジャンルにもよるけど、テレビ、映画、ライブ会場、劇場、寄席、ネットなど軒並みオンラインでやっとこさ息をつないでいるわけ。まあ、パイが極端に小さくなって、競争が激化しているようよ。足の引っ張り合いと言えばかっこいいけど、実は血で血を洗う生き残り戦が繰り広げられているのよ」 向坂は、芸能界通の知識で推理して見せた。「売れっ子タレントを押しのけて、のし上がるための権力闘争っていうと、大げさかしら。マネジャーの仕事は芸人さんのスケジュール管理、私生活にも踏み込むことがあるって聞いたけど」「そうね、最近はあまり私生活の面倒まで見るというのは聞かないけど、あるわね。殺人犯が赤い傘の女だとすると、殺された澤田マネジャーの担当芸人かタレントかもしれないわね。問題は直接的な動機だけど」 婦人警官の向坂は言った。「ひき逃げされた歌手の光岡瑠偉さんも、確か澤田さんがマネジしていたわね。光岡さんは何かを知っているのではないかしら」「パパの聞き取りでは、まったく思いもよらないということだったの。ただ、事件直後光岡さんも気が動転していたことのことなので、何かを思い出してくれるのではないかと、期待はしているんだけど。もう少し焦点を絞って聞いてみる必要がありそうね」蜜柑がため息をつきながら言った。 原宿のホテルでのさわやかな目覚めに、真佐子は電話の相手を確信して、「はい、真佐子です」と言って、仲村の声を期待した。ところが出たのは蜜柑だった。「今夜、横浜のレストランでお食事する件ですが」と言って、蜜柑はその場所と名前を告げた。「仲村先生がよく知っていると思うので、ご一緒にいらしてくださいね」用件だけ告げて、蜜柑は電話を切った。すると今度は仲村から電話が入った。真佐子は気を取り直して、原宿の駅前で待つという仲村の言葉を事務的に聞いた。仲村の声のトーンが妙に事務的だった。(続く)
2021.07.25
お断り:このブログは予告なしに加筆修正を行うことがあります。ご了解ください。 東京五輪・パラ2020開催があと2日後に迫りました。2021年7月23日、約1か月にわたる五輪の幕が切って落とされる。2020とされていることは皆さんもご存じでしょう。東京オリンピック東京招致が決まった時の関係者の溢れる歓喜がまだ瞼に焼き付いていますが、いったい誰が新型コロナのパンデミックによって、延期を余儀なくされるなど、想像だに出来なかったでしょう。 昨年(2020)春、新型コロナ感染拡大で、1年間延長することに決まったので、そのまま2020としているようです。私は小学校でソフトボールを始め、中学校で軟式野球、高校で野球は中断しましたが、大学を出てから大学院に進み、就職後静岡で軟式野球を再開、フルマラソンにも挑戦しました。名古屋の東海学園大学に移籍して硬式野球部を立ち上げ、名古屋産業大学に移籍するまで野球とかかわってきました。小学校から中学にかけて柔道をやり、中学校では野球をやりながら長距離走にも参加しました。 そういうわけで、スポーツに関しては、ある程度分かるつもりでいるし、スポーツが人間力形成にとって大事だということも心得ています。ここ30年くらいの間は、大学のゼミで、スポーツ社会学みたいなことも教えてきたし、一般教養のスポーツの教師として十分通じると自負しています。でも、まあそんなことはどうでもよいですね。 日本での先のオリンピックは、昭和39年、マラソンや女子バレーの健闘に興奮したことを、つい昨日のように覚えています。歌手三波春夫の「東京オリンピック音頭」(あっているかな)は、半世紀以上が経過した今でも、ついつい口ずさんでしまいます。その数年後には、確か大阪で万国博覧会が開かれ、オリンピックの勢いが日本の高度成長をけん引したことを実感したことも、つい昨日のように思い出します。 もちろん、良いことばかりではなかった。経済成長が先走り、日本列島改造のような環境破壊を誘発したことも事実です。スポーツは人間の肉体と競技の限りない「美」の追及であり、自然界の頂点に人間を置きます。オリンピックを契機に、公害列島が出現したと言ってもよいのではないのでしょうか。 世界のオリンピックに目をやると、オリンピックの過熱は、すなわちオリンピックマネーの暗躍でもあり、オリンピック投資は、反動としてオリンピック不況を招来し、雑草が生え放題で、「兵どもが夢の跡」的情景を呈した競技場もあります。五輪を正当化する手法の一つに、経済波及効果という統計手法による効果算出があります。しかし、それが所詮はケインズの言う人為的「有効需要」である限り、大会終了後はそのバブルが消え、元の状態へ戻ることは言うまでもありません。 オリンピック投資は、金融バブルを生み出し、1年でそれがはじけて反動不況をもたらします。例外は、アトランタオリンピックだけだったようです。この点は、オリンピックと不況に関するいくつかの論文や資料を読めばわかるので参照してください。 今回の東京オリンピックが反動不況をもたらすかどうかは、コロナ不況との関連、無観客開催に代表される投資のシュリンクがどう影響するかによって、リバウンド不況は性格が複雑になるだろうと予測できます。しかし、反動不況が来るとしても、数年で元の経済水準に戻るので、それをもってしてオリンピックの功罪を語るのは適当ではないかもしれません。それよりも、いわゆるオリンピックマネー(OM)が誰を豊かにし、だれを貧しくするかの、経済分断効果が重要でしょう。読者はこの答えを知っているでしょう。ざっくりと言って、独占的放映権を持つメディア、メディアのスポンサー、誘致国の広告会社、アミューズメント関連業界、観光資本などがそうです。入国制限、観客の制限によって、絵にかいた経済波及効果は十分でないにしても、「落ちる」金は莫大な金額になります。アメリカNBCが受け取る放映権料は、たとえ無観客でも数兆円規模です。NBCは7000時間に及ぶ放映を予定していると言われます。 私は、オリンピック「村」(IOCを頂点とした各国OC、推進政権、メディアや協賛企業と各種スポーツ競技連盟の共同体)の利権集団が、各国政府の財政資金や民間資金、ボランティアを食い物にしながら自己増殖を遂げていく構造(スポーツ独占資本主義)自体に本質があるように思います。IOCバッハ会長を「ぼったくり男爵」と評価したワシントンポストの記事は、あながち間違いとは言えません。電通は米テレビ局の放映権を香港メディアに、確か売っていると思います。過日のworld newsが報道していました。(つづく)
2021.07.20
「芸能界の浮沈が激しいことは、誰でも知ってのことと思うが、今回の事件もそのような離合集散、競争激化の業界事情に加えて、事件後、世界を恐怖の坩堝に陥れたコロナ禍が災いして、当該事件の被害者のSさんが所属していた芸能プロダクションも倒産の危機にさらされ、最近閉鎖に追いやられた。 会社は個人経営の事務所で、多少の清算があっただけで、今は事務所の跡形もないという。マネジャーのSさんが欠けたことと、事務所閉鎖との関係は推測でしかないが、売れっ子タレントを育ててきたSさんがいないでは、他の事務所への移籍や引き抜きが大きな要因だろう。突然の閉鎖は、今回の事件と何か関係があるかもしれない。 私の大学での経済分析は、芸能・スポーツ分野の分析へ軸足を移しており、今後も検討を続けるが、今度の事件との関連では、同事務所の関係者を徹底して洗うことが必要だろうと考えている。所属タレントは50名を数えたが、ざっと調べたところでは、他の事務所へ転籍したものがほとんどだ。 マネジャー、アシスタント、それから当の会社代表者の動静がどうなっているのか、捜査当局は十分承知していることだろうが、その解明の中に事件解決の手がかりがあるように思えてならない。大阪のドリームプロダクションとの関係もそうだ」 おそらく神奈川県警の夏警部は、この線での捜査に方針を切り替えようと考えているのだろう。真佐子は、「それでは明日を楽しみにしていますね。今夜は、仲村さんのホテルに泊まりたいのですが、彼、だめだというので、ちょっと離れた原宿にとってもらいました。そう、嫌な人でしょ。別々の部屋なのにね。ははは」と勝手なことを言っている。こういう純真さは昔とちっとも変っていないと仲村は思っている。「それでは明日の夕方ね。時間が決まったら連絡ください。中華街はまだ駄目ですけど、安心なレストランを予約しておきます」と言って、蜜柑は電話を切った。「それでは、原宿まで送っていきます。1時間くらいで着きます」と言って、仲村は伝票をつかんだ。外国のメディア関係者らしい一行が大きな荷物を引いて通り過ぎた。オリンピックの開幕も目前に迫った。スポーツ・芸能界の動きも活発になってきた。 緊急事態下の原宿は、さすがに人通りは少なかった。といっても1回目から3回目のような効き目はないらしく、肩がぶつかり合うほどでもなく、かといって閑古鳥が鳴いているという寂しさでもなかった。テレビでよく言う「慣れ」や「緩み」が出てきたのだろう。ワクチン接種も急速に進んできている。周りに抗体を持った人が増えてくると、「まあ大丈夫だろう」という雰囲気になってくるのもうなづける。 明治通りを右に曲がると、つい今しがた予約したホテルがあった。「無断外出はだめですよ。朝食が終わったころ迎えに来ますが、それでいいですか?」 仲村はバッグを真佐子に渡した。 「あなた、私が中学生の頃も、こんなに冷たい扱いをしたのね」と、いつもの攻撃を仕掛けてくる。いくつかの背の高いビルの合間から白い月がこちらを見ている。世界がコロナで割れそうなのに、月はいつも同じ顔をしている。「気のない素振りのあなたの気を引こうと思って、わざとそうしたかもしれません」「嘘おっしゃい。ほかにいい女がいて、わたしになど気が回らなかったんでしょ」 ビジネスホテルの前で、言い争いをしている男女を、通行人がいぶかしげに見て通り過ぎる。「あなたに首ったけで、気持ちをうまく伝えられなかっただけだと思います」「そう、ならいいけど。今回はそういうことにしておきます。おやすみなさい」と言うだけ言って、真佐子は手を振った。パトロールの警官が2人、新しくなった駅のほうへ歩いて行った。時計の針は午後8時を指していた。 翌朝、梅雨明け宣言が出て3日目。真佐子は、旅の疲れからか、久しぶりに熟睡し枕もとの腕時計を見ると6時半を指していた。昨日の仲村の言葉を思い出していた。中学生のころ、仲村が実際にどのような姿でどのような言葉で、どのような会話をしたか、記憶を失った真佐子には思い出すすべはなかった。しかし、たびたび仲村に会い、仲村の癖に接することで、若かった仲村のイメージを自分の脳裏に刻むことができ、それを実際にあった記憶として、積み重ねていくことが、2度青春を送っているようで、とても楽しくて、失われた記憶の空虚な空間を埋めていくのだった。この「記憶の復元」が真佐子の生きがいになっていた。仲村の心遣いがうれしかった。満ち足りた心は、真佐子に空腹感をもたらした。ご飯のお代わりをして、デザートもしっかり食べた。真佐子の携帯が鳴った。(続く)
2021.07.20
「全国の原子力発電所の毎月の排熱量について」(内閣府原子力委員会のHP内に意見として投稿されたもののようです。によれば、世界の原発の1時間当たりの温排水排熱量は、1時間あたり約6.0×10の14乗カロリーだそうです。1か月に換算すると、6×24×30×10の14乗カロリー、4.14E+18カロリーとなります。簡略化すると、432×10の16乗カロリー。1年では、432×12×10の16乗カロリー。 問題なのは、このサイトが依拠している上記のサイトのリンクが途切れてることですが、別の根拠を探すまでは、この計算は単なるお遊びにすぎません。遊びを続けましょう。 さて、エネルギー保存則によれば、この熱量は、海水全体に保存され、冷たい海域へ移動し、不可逆性によって海洋全体を温めます。太陽からの入射熱量の影響、地球温暖化による永久凍土の融解、氷山の融解の影響を無視して、原発廃温水が海水温度を何度上昇させるかに挑戦してみます。 全海水体積と平均海水温を所与とすれば、計算可能のように思えますが、ここでは計算の仮説としておきます。水1gの温度を1℃上げるのに必要な熱量が1カロリーだから、地球上の海水の全体積(グラムg)を432×12×10の16乗カロリーで割れば、温度上昇値が得られることになります。では、地球の海洋の重量はいくらでしょうか? 13億5,000万km3すなわち、1350000000km3、1350000000000000000g。1.4×10の21乗キログラムという試算もあります。割り算は、結果は1年で0.007986111℃。式は6×23×30×1000000000000000/(432×12×100000000000000000)。現在の原発総量を前提に計算した結果が、1年に0.008℃、10年で0.08℃ということになります。これは大したことではないかもしれない。いかに海が大きいかという証でもあります。 しかし、我われは別の角度から原発の拡大傾向を指摘しなければなりません。さらに次のサイトが指摘するように、原発立地周辺海域では温度が上昇し、その水を再び、三度、四たびと使っていくので、原発の発電効率は落ちていかざるを得ない。こうして世界中の海岸は原発で埋め尽くされ、悪循環の末に、上に計算した海水温度上昇をはるかに超える日は遠からずやってくると言えるのでしょう。今回はここまでにとどめておきたいと思いますがこのようなことが言えるのではないでしょうか。中国の原発は内陸部にもありますが、東シナ海沿岸にずらりと並んでいます。ですからこれら原発からの温排水は黒潮に交じって北上します。黒潮は九州南端で対馬海流を分岐させ日本海を北上します。日本近海の海水温は上昇し、日本海沿岸での大雪と、列島全体の線状降水帯となって大雨の原因を作っていると。(このブログ内容は予告なしに変更・加筆修正することがあります。ご了解ください。)
2021.07.17
羽田空港「ああ、蜜柑さん。ご無沙汰しています。お元気ですか」神奈川県警の蜜柑からと分かって、真佐子の怖い顔がほころんだ。「ええ。元気ですよ。実は、今一緒にいるんですよ。はい。警部はお元気ですか?」仲村は、真佐子に目配せしながら、警部にかわる様に言った。用件は大体わかっていた。「ええ、真佐子さんと羽田空港にいます。事件の件は私も気になっていて、こちらから連絡しようと思っていたのですが、新型コロナ騒動で、なかなか出る気になれず・・・ええ、もう2年になりますね。光岡瑠偉さんがひき逃げされた件はいち早く知りましたが、現場は私が住んでいたマンションから至近距離のところなんです。そうです、見通しのよいところで、夜と言っても横断している人に気が付かないということは考えられませんよ。・・・鳥取県の事件も知っています。ええ、存じています。三つの事件の共通項は芸能界ですね。僕もそう思います。・・・・・・ご覧になりましたか。ええ、お恥ずかしい話ですが、興味半分でやっている研究で、お役に立ちますかどうか」 真佐子は無視されていると思い、割りばしで仲村の腕をつついている。真佐子は、よくこんないたずらをする。中学生の頃もそうだった。「明日ですか? とくに用事はないのですが、真佐子さんを連れて氷川丸でも見学に行こうかなと。ロープウエーができたみたいですね。彼女はもう二回目のワクチンをうっていますので、マスクは外せませんが。はい、彼女はまだ横浜を知りません」 真佐子の機嫌がよさそうになった。電話を渡せというしぐさをしている。「あの、真佐子さんが蜜柑さんと話がしたいと」 仲村は、スマホを真佐子に渡した。「おばさま、しばらくです。いつぞやの事件では、本当にお世話になりました。アガサクリスティ顔負けの推理でしたわ」 蜜柑も真佐子の扱い方を覚えてきたようだ。「寂しい漁師町にいるとすることもないし、人のうわさがとりえのいなかにいると、本当に知的レベルが低下して、仲村さんを頼って出てくるんですよ。今度の事件、なかなか進展しませんね。私、女の勘で、今度の事件の陰には女がいると思うんです」と、勝手なことをまくしたてているが、仲村は笑いながら、女の影がいるという点には、なるほどと思った。犯罪の陰に女ありだ。「おばさま、明日横浜港の見学が終わったら、どこかで待ち合わせしませんか。県警も暇だし、コロナの暑気払いということで、おばさまの名推理をお聞きしたいわ」 蜜柑も真佐子の扱い方がうまくなった。というよりも、母親を早くに亡くした蜜柑にとって、真佐子は母親のような存在なのだ。蜜柑は、夏警部を見た。警部は大きくうなづいている。遊びと食べる話はすぐにまとまる。最近エンタテインメント産業を研究しているという仲村から、何かヒントが得られるのではないかと、夏は期待した。 夏は、ある経済雑誌の中で、仲村がこのようなことを書いていたのを思い出した。雑誌は、県警で定期購入している。「梅雨のさなか、横浜の山下公園の桟橋付近で、殺人事件と思われる事件が起きた。深夜に同海岸を散歩していた人が発見した。偶然近くのホテルに投宿していた人が目撃しており、赤い傘をさした人が現場を立ち去っていくのを見ていたそうだ。殺害されたのは、東京の芸能プロダクションのマネジャーで、聞き込み捜査では、殺されるような理由は見当たらないということだった。 それから10日くらいたって、今度は鳥取県の白兎海岸で、大坂の芸能プロダクションの社長(65)が背中を一つきにされ、海に突き落とされて、岩に打ち上げられたところを、大坂から遊びに来ていた大学生によって発見された。殺害の手口は似ている。 鳥取県警の捜査では、こちらも手掛かりがつかめないという。この後しばらくして、山下公園のふ頭で殺害されたS氏と同じプロダクションに所属する歌手の光岡瑠偉さんが、自宅へ帰る途中、甲州街道を渡ろうとして、乗用車にはねられ大けがをした。光岡さんはすでに回復し、近く歌手活動を再開するが、この3件の事件に共通するのは、言うまでもなく最近世間を騒がせている芸能界だ」(つづく)
2021.07.15
仲村は浅い眠りから目覚めようとしていたが、もうすこし夢の成り行きが知りたかった。セピア色でちりばめられた風景と大きな木造の建物の中に真佐子が正座をして座っている。建物の懐かしいたたずまいから、真佐子が中学生のころにいた中学校の校舎だと分かった。男子生徒も数名いるのがわかる。仲村は真佐子に声をかけたかったが、中学生に大学生の仲村が声をかけるのは風紀上許されない。それに真佐子はなぜだかまっすぐ横を向て何かに聞き入っている。その横顔が見えるだけだ。仲村は真佐子の挙動を見つめるしかなかった。真佐子は横顔をこちらに見せて、凍り付いていて拒否反応を示しているように見えた。仲村に対して、何かを抗議しているのかもしれない。 やがて、真佐子は田んぼのあぜ道を歩いていき、川の土手まで来ると振り返り、仲村に手招きしている。川は、吉井川という。河原には数人の真佐子の友だちが遊んでいて、手を振っている。仲村は、真佐子がこれからどうするか尋ねようと思い、近づいていったが、急に真佐子は「だめよ」と言い、土手の坂を駆け上がり、橋を渡って逃げていった。振り返りざま「東京に会いに行くわ」と叫んだように聞こえた。「飛行機でおいで、迎えに行くから」と、仲村は大声でかえしたが、もう真佐子は見えなくなっていた。 仲村の部屋の窓からは、カーテン越しに、早朝の明るい日差しが入り始めていた。天気予報では、まもなく梅雨が明けるといい、その兆しかと思った。2日前に受けたワクチンの左肩が痛かったが、倦怠感も消え、さわやかな目覚めだった。明るい未来が待っているような感じもあった。 枕元に置いたスマホが軽快なメロディーを奏で、起床の時間を告げた。火曜日は2限と3限が授業で、月曜と火曜の授業の出席や提出レポートの採点などをするために、もう1日水曜日に勤務する。学生のお話のお相手もあった。 仲村はスマホのメールを開いた。画面には小さな字で、「羽田に17時に着く便で行きます。昨日、あなたが、昔、私との約束を破って、別の女性とデートに行ってしまった夢を見たわ。悔しいからとっちめに行きます」という文字が見えた。開くと、続きに「ごめんなさい。何か胸騒ぎがするのよ。東京で何か良くないことが起きて、あなたが危なくなる夢を見たの。わたし、助けに行きますからね。17時20分着です。いつもの国内線出口でお願いします。ワクチン打ったから大丈夫よ。フフフ」 相も変わらぬ、一方的な約束取り付けメールだ。これで、都合が悪いなどというと仕打ちが怖い。「はい、はい。わかりましたよ。実は僕も相談したいことがあります」と、真佐子の独断をたたえる返事を返した。「とてもよい心がけです」と返事が来た。仲村は笑った。 羽田空港で、真佐子の姿をとらえた仲村は、驚いたというよりびっくりした。水色のショルダーバッグを肩にかけ、手提げかばんをぶら下げているのはいつもの通りだが、何と、濃い青色のミニスカートに、中ヒール、白のブラウスに真っ黒なサングラス、水色のハンカチーフで長い髪を覆っている。スカートには太い革のベルトが巻き付けられている。確か、昭和40年代にこういう格好が流行ったような気がする。仲村は動じないふりをして、「やあ真佐子さん、マスクがお似合いですね」と言って、重そうなバッグを取った。「来てくださって嬉しいわ。何か用事があって、来てくれないかと心配したのよ」と言って、サングラスを外した。 「お元気そうで何よりです。急に暑くなりましたね。ちょっと冷たいものでもいかがですか」と言って、仲村はレストランを指さした。東京は4たび緊急事態宣言が出され、空港は閑散としている。宣言が出るたびに、仰々しく内容のない、うつろな文章を読み上げるものだから、国民はもううんざりしていた。緊張感などありはしない。新規感染者数は、首都圏も地方もうなぎ上りだ。 パーティションで仕切られた席が一つあった。まだ日は高く、ビールの注文は可能だった。中ジョッキを軽く合わせ、のどを潤わせた。真佐子は青色のマスクをしている。青色で統一しているところが、何かのメッセージなのだがよくわからない。夕食はホテルの部屋でゆっくり取るというので、飲み物の注文だけにした。そこへ、仲村のスマホがなった。神奈川県警の夏警部からだった。出たのは若い女性だった。よく通る声だ。「はい、仲村です」 真佐子が強い目線で仲村をにらんだ。「横浜の事件ですか? ええ、知っています。世田谷のひき逃げ事件、ええ。ずっと気になっていました」 真佐子が会話に聞き耳を立てている。(つづく)
2021.07.11
2021年7月3日午前10時過ぎ、熱海市伊豆山付近の不動産会社所有地で、産廃の投棄に使用されていたとされる、急傾斜地から、突然土砂が流れ出し、同地を水源とする相逢川流域の谷間の住宅地を押しつぶした。 これまでに報道された内容などを総合的に判断して、2010年ころ神奈川県小田原の業者が宅地開発目的で急傾斜地を購入し、許可された10倍に当たる土砂を搬入、ひな壇状に廃棄した。その高さも15メートルの計画を上回る50メートルを廃棄したものだった。木くずなどが搬入されていたことは、当時目撃があり相模ナンバーのトラックが頻繁に搬入していたようだ。また、所有者の関係者が撮影したとされる動画も公開された。この小田原の不動産管理会社は「清算」というらしいが、これまでにも大雨はあったが、何も起こらなかった。責任はいないなどと言っている(日刊スポーツ)。 違法な土砂の投入に対して県は是正を勧告、業者は従わず、熱海市の不動産業者に販売したとされる。この業者は違法投棄のことは知らずに購入したとされ、法的手段に訴えるようである。静岡県が、川勝県知事が最初「天災」と言っていたが、技術者である難波副知事の見解として、廃土の投棄が崩落を引き起こしたとし、因果関係の解明を目指すという。 すでに報道されているとおり、犠牲者が多数出ており、行方不明者は絶望に近いものの、必(決)死の警察・消防・警視庁などにより救出活動が続けられている。被災者は地元のホテルに一時的に避難し、救出を見守っている。ドローンの画像を見る限りでは、崩落現場にはまだ2か所くらいの未崩落の個所が認められ、今後の降雨の状況によっては再崩落の可能性がある。県ではビニールシートでの被覆や土嚢での応急対策をするという。 崩落地の東側の尾根に細長い形状の風力発電所が設置されているが、ソーラーパネルに降った雨が崩落の引き金になったとする専門家(サングラスをかけてリモートで参加)の意見を報道したが、雨水は西側に流す構造になっているとの修正報道が行われた。しかし、ソーラー発電所の東側の道路に、ドローンからの撮影と思われるが、南北に小さな亀裂が走っており、崩落の影響かどうか、あるいは以前から亀裂が入っていたのか、今後の検証が待たれる。途中ですがyoutubeにもアップしているのでご覧ください。開発行為に対する防災監視システムの必要性を述べています。 いずれにしても、今回の災害は線状降水帯による自然災害ではあるが「開発行為による天災」であることは明らかであり。因果関係の徹底した解明と責任の追及が必至である。ないがしろに済まされることは絶対にあってはならない。 今回の報道の一部に「ハザードマップや避難指示などあてにできないことに頼らず、自助で逃げるしかない」とか「ソーラーパネルが引き起こした」、「山地の崩落はよくあること」、「開発行為の具体と崩落の因果関係は多方面の検証が必要」など、もっともな見解ではあるが、クーラーのきいたスタジオや自宅の部屋からいい加減なことを言う評論家の放言が目に付くのも付言しておきたい。 特に、自助を強調し、聞くものの耳には「逃げなかった住民が悪い」とも受け取られかねない評論家の発言は、お詫びと訂正が求められる。メディアは慎重を期してもらいたい。同日の別のメディアでは、この発言に批判が出ていた。またオリンピックに向けてナショナリズムが高揚する中で、過少に扱うことは絶対に許されない。(2021年7月8日 本稿は一部に不正確な事実表現や記述があるかもしれません。追って信頼できるニュースソースやエビデンスによって加筆修正し、訂正することがあります。ご了解ください。)
2021.07.08
バイオマスエネルギーには、リサイクル、発電、熱供給など様々な種類があり、種類ごとのその利用方法も多様である。この中で、畜産系の糞尿と食品系のバイオガスの利用とくに発電に関して、普及しない原因そして普及の条件、成功の事例をネット上の資料を中心に考えてみる。糞尿に関しては、メタンや一酸化二窒素の発生源となり、ここで扱うバイオガス利用とは異なる角度からの対策が必要であり、別途考察している。 筆者は2007年4月、東海学園大学で教授を勤めながら、名古屋産業大学大学院、環境マネジメント研究科博士後期課程に入学し、風力発電に関して、清水幸丸工学博士の指導を仰ぐこととなった。成果は博士論文として発表した(「躍進する風力発電」大学教育出版)。 在学2年目であったか、教授の前任校・三重大学に作ったバイオガス施設、太陽光・風力発電所の見学に連れて行ってくださった。その時が、私とバイオガスの出会いということで、のちにバイオガス発電所の課題は、残滓をいかに効率よく収集できるか、そのネットワーク作りだと教えられた(記憶は定かではないが、伊豆では、ホテルの残滓は海に捨てているということをおっしゃっていた)。この課題は今日まで引き継がれている課題だ。船舶からの廃棄物は、海洋投入処分という形で、いまも行われているようだ。 さて、①バイオ燃料がバイオマス由来のガスで、FITで39円と優遇されているにもかかわらず、普及していない理由は、ア)国のバイオエタノールの導入目標が小さいこと、イ)バイオ燃料の使用義務がないこと、ウ)国内に製造業者がほぼないことが挙げられる。(出典:ベストカー)三重県が計算した、全バイオマスの石油換算発電目標はわずか34万klに過ぎない。 ②バイオマス発電が普及しない理由や、これからの市場について。まず、PREGRIPエナジーによれば、バイオマス発電が他の再生可能エネルギーと比較して普及されていない理由は、発電効率が悪いからといった点が挙げられるとしている。発電効率は20%程度と言われており、発電効率が40%程度である石炭火力発電と比較すると、さらなる技術革新が必要。しかし、発電だけでなく熱も有効活用すると、エネルギー変換効率は75%程度まで上がるため、暖房などの熱利用も考えていくことも一つの方法だという。 2030年には市場が3倍になるというが、収集運搬コストが高いことも、バイオマス発電が普及しない理由の一つとしてあげられる。家畜の糞尿や生ごみなどを集めるためには、コストがかかる。効率的に収集運搬できるシステムが構築されると、バイオマス発電はさらに普及していく。 また、バイオマス発電の需要が高まると、競合の用途の供給に影響を及ぼす可能性がある。例えば、食料供給です。食料供給と両立ができる稲わらを燃料とすると、トウモロコシや大豆などの穀物価格が上昇する可能性がある。このような課題が解決することで、バイオマス発電の市場はさらに拡大していくのではないか。 現在の市場規模は小さいが、2030年度には3倍以上に拡大すると予測されている。その理由は、食料供給と競合しない第二世代のセルロース系バイオマス原燃料や工業的に量産が可能な微細藻類などの新しいバイオマス原燃料の技術開発が進められているから。さらに、2020年の東京オリンピック、パラリンピックに向けてバイオジェット燃料の導入プロジェクトも進められている。こうした状況があるため、これからのバイオマス発電の市場は拡大していくことが期待できる。(PREGRIPエナジ―) ③ (富士通経済研究所「日本におけるバイオガス利用の課題とチャンス 2014年」)では、普及が進んでいるドイツの経験(仕組み、技術、現場ノウハウの蓄積によって一つの産業として確立しているドイツに事例)に学び、「地域の資産としてのバイオガス事業」という構想を上げており示唆に富む内容となっている。 ④ バイオガス発電は地域の資源循環に貢献できる。(日経BP総合研究所) ⑤ 以下の資料の4.3にコストダウン要素があげられている。(一般社団法人日本有機資源協会 バイオマス発電事業の持続的普及に向けてPDF 経済産業省) ⑥ フジテックスエネルギー バイオガス発電の課題があげられている。「バイオガス発電は、原料の確保と輸送、残渣物の活用をするというサイクルの構築が欠かせません。・・・輸送コストを減らすため、バイオガス発電所の近隣で家畜ふん尿、食品残さを収集するのが望ましい。また、発電後に残る残渣物は優良な液体肥料として活用できる。液肥を農家で消費するという循環が理想的。近隣の食品工場や農家、畜産家とネットワークを作り、互いにwin=winの関係を創ることが安定的なバイオガス発電所の運営につながる。さらに原料調達のネットワーク、バイオガス発電のワンストップサービス」があげられている。 内容は以下の通り。「事業計画の立案、原料の確保から、プラントの選定・設置、売電手続きまでワンストップで対応します。十分な情報共有がなく、原料と相性の悪いプラントを選定してしまう。プラント設計と売電手続きがばらばらで課題整理とスケジュール管理ができていない。ステップに合わせて様々な協力会社に依頼すると情報共有と各社の調整に一苦労することがあります。我々はプランニングから売電手続きまでワンストップで対応します。信頼できる専門家と協力したチームを作り、バイオガス発電のプラントを実現します。」⑦ 日本有機資源協会『バイオガス発電事業の現状と課題』に具体的な課題と要望があげられている。バイオガス発電の事例・YANMER・資源エネルギー庁バイオマス発電Q&A 利用できる補助金、工法などについて関係法令の解説や留意点が説明されている。・全国のメタン化施設一覧はこちら。対象バイオマスごとの施設が掲載されている。ほとんどが家庭系、事業所系の生ごみを対象としており、42を数える。 ・シンガポールでは産業排水と食料廃棄物をガス化した発電を官民で開始した。・またシンガポール国立大学は、食品廃棄から発電する小型発電プラントを開発した。・月島機械はFITを利用した下水処理場での消化ガス発電を全国で展開している(民設民営方式)。 西日本中心に17か所設備容量14600kW。・アメリカワシントン州で稼働しているThe Horseの紹介がある。一部を引用する。「エネルギーの地産地消を目指す取り組みが世界各地で始まっています。ここ日本でも、これまでにgreenz.jpでも紹介した、「中之条電力」や「片浦電力」など、エネルギーの地産地消を実現させることで、地域内でのお金の循環が生みだし、経済効果につなげようとしているのです。アメリカ・ワシントン州に住むJan Allenさんも、そんなエネルギーの地産地消を目指し活動しているひとり。ジャンさんは、食糧廃棄物などの有機物を電力に変換することができる移動式バイオガス発電機「the HORSE」を開発。そしてこの発電機を広めていくことで、世界中の地域でエネルギーの地産地消を進めようと考えています。」なんと移動式だそうだ。食品残滓のネットワーク化と効率的な収集が課題だが、「移動式」でこの課題を克服しようとしているのだろうか。移動式バイオガス発電機は小型のものはamazonですでに販売しているし、少し大きなもの(中型)は大原鉄工所が販売している。同社のHPには、「本機器は食品工場、一般家庭生ごみ、家畜糞尿等から得られるバイオガスを燃料として発電を行うものです。また、各自治体の下水道施設から発生する未利用な消化ガスにも適応可能であり、クリーンエネルギーを得ることを目的としています」とある。もちろん大型発電機も扱っている。バイオガスの前処理に使用する機械(セパレーションサイザー)もイニシャルランニングコスト低減に役立つとしている。・P&G バイオガスプラントの計画段階(2015年)の報道。・最新の情報では「食品廃棄物や紙ごみなどの一般廃棄物(バイオマス)をメタン菌により発酵させることでバイオガスを生成させ、このバイオガスを発電用燃料として利用する再生可能エネルギー発電施設」が、オリックス資源循環株式会社によって建設されることが発表された。(2021年6月)・柏崎自然環境浄化センターでは、施設内使用電力の35%と熱を賄っている。また発電機からの排熱でメタン発酵施設の加温を行っている。・コンビニエンスストアでは、例えばローソンでは堆肥化、廃油のリサイクルを中心に行っているが、富山県ではバイオマス発電への食品路ロスの供給を行っている。・ファミリーマートでは、油のバイオ燃料化はやっているが、バイオガスはやっていないようだ。・セブンイレブンも検索した限りではバイオガスには取り組んでいないようだ。スーパーマーケット各社はどうだろうか?・御影バイオガス発電所(御影バイオエナジー 北海道十勝)、FIT対象事業。2系統750kw、1000世帯分の電力を売電。牛の糞尿、近隣農家に液肥を提供。・土谷特殊農機具製作所の家畜糞尿バイオガスプラント。・養豚農家(豊橋市)のバイオマスプラント。・南オーストラリア州で、コロナで余ったビールを使い、汚泥を温めると発生するメタンが飛躍的に増加し、発電量が増えたという。(2020年8月)資料・文献① 国内のバイオガス発電事業(日揮)PDF② バイオガス発電事業Q&A(経産省)(畜産系バイオガスと食品系バイオガスに分けて進め方を解説している)③ 発電事業を行う際のデューデリジェンス ④「フランスのバイオガス発電企業Naskeoが北海道に進出」Naskeoは従業員40人、17億円の年商を誇るフランスの事業リーダー。 設立した会社の概要はここをクリック。設立実務はJETROビジネスサポートセンターが協力した。 NASKEOはこちらから。⑤ 『ドイツ農業とエネルギー転換』(岩波ブックレット)⑥ 『バイオマス・ガス事業計画の立て方』環境ビジネス2017夏⑦ 『家畜排せつ物のメタン発酵によるバイオガスエネルギー利用』(農林水産省)は畜産業と農山村の振興の角度から興味深い。各地の事例が紹介されており、FIT価格39円が維持されるかどうかは不透明として、FITに頼らない取り組み(JA阿寒)を紹介しており、参考になる。⑧「再生可能エネルギーによる農業経営の多角化ー畜産バイオマス発電の可能性ー」バイオマス発電機の事例①Yanmerが提供するマイクロ・バイオガス発電機。原料は下水汚泥、家畜の糞尿、生ごみから生成するメタンから電気と熱を作り出す、コジェネレーションシステム。ひとつのコントローラで14台(400KW )まで設置可能。Yanmerがユーザーに代わって遠隔監視サービスを行う。製品の詳細はここ。②シンガポール国立大学の自立型小型バイオガスプラント。農業園芸用の飼料を生成。センサーが携帯のスマホにデータを送って来る移動型(20フィートコンテナに格納。)。熱はプラントの加温装置に供給1tの生ごみで200-400kw電力を作り、余剰電力は蓄え、小規模電力供給。公営住宅での運用可能性。2017年のシンガポールの生ごみは年間81万トン。③大原電機(小型バイオガス発電機)。食品工場、家庭ごみ、家畜糞尿等から出るバイオガス(メタンガス)を原料。下水道施設からでる消化ガスで発電。系統連系盤、排熱回収装置。(本稿は予告なしに加筆修正することがあります)
2021.07.03
お断り この小論は「今次新型コロナ感染症拡大の経済学的背景と共生の基本的視点」と題する論考の準備段階のアイデアであり、追って加筆修正、充実していく予定論考です。このことをご了解の上お読みください。改変は予告なしに行いますので、この点もご了解ください。 2021年8月18日、新型コロナウイルスは、ラムダ株へ置き換わり、過密空間東京から首都圏へ、さらに大阪、名古屋から周辺の中規模過密空間へ浸潤し、全国へと拡大、政府の無策無能をしり目に一日2万人の人体へと入り込み、まさに列島を震撼させている。 今回(2020年2月初頭のダイアモンド・プリンセス号クラスター)の感染症の大流行の当初から「三密(密集、密接、密閉)を避ける」ということがしきりに叫ばれた。この「三密」は東京都知事の小池百合子氏によって造語され、対応する英語も登場した。 ′Three Cs’がそれで、Closed spaces with poor ventilation(密室で換気がされていない場所:密閉)、Crowded places with many people nearby(混雑していてたくさんの人がいる場所:密集)、Close-contact setting such as close-range conversations(近づいて会話をする場所:密集)と紹介される。 日常化したインフルエンザにしろエボラ出血熱にしろ、人に感染したら、その人と接触することは極めて危険で、病原体が見えない存在である以上、感染者と接触を避けることが重要であることは、子供にでもわかることだ。 もっとわかりやすく言えば、感染者は額に「感染しています」というワッペンをつけているわけでも、ほっぺが特殊な色をしているわけでもない。また重症化して、ひどく咳き込んだり、発疹が出たり、ふらついて倒れるなど、外形的特徴を示せば、近づかないで感染を防ぐこともできる。感染者は発症・無症状のいかんにかかわらずsilentなので、ワクチンによる抗体がない以上、3密が避けられない場合、社会的距離(social distance)をとるしか、防御方法は基本的にない。 また、症状が出て入院とか隔離されてしまえば、その人と「三密」を避ける必要もないわけだ。「三密」を形成する大都市ではなく、「ぽつんと一軒家」、「チューネンの孤立国」(外に対して閉ざされた仮想上の閉鎖空間を特徴とする中世的な都市であれば、たとえ感染が流行しても、孤立国の中で7割が感染し、不幸にして死者が出たとしても、やがて集団免疫が形成されて、実効再生産数は1を下回り、ワクチンはなくても、ウイルスは孤立国の中で暫時自然消滅する。イギリス・ジョンソンは、感染の初期にこれを信じて、伝統的なレセ・フェール(laissez-faire)にこだわり失敗した。孤立国同士の人の移動は遮断しやすく、中世の感染爆発は地域的な流行で終わることとなる。 感染症の大流行を資本主義の発展段階で、あるいはそれとの関連でとらえるという試みがあるのかどうか、私は感染症の専門家ではないので知らないが、また、そのような研究を行う能力もないが、例えば感染症の大流行の時期的な特徴を、入門書を見て気づくことは、産業革命が近づくころから増大し始めていることに気づく。 Wikipediaによれば「病原体(病原微生物)について、それを人類が初めて見たのは、形態的にはオランダのアントニ・ファン・レーウェンフック" の"顕微鏡" の改良により、細菌を肉眼で容易に観察できるようになったことに始まり、フランスのルイ・パスツール、ロベルト・コッホに負うところが大きいとされている。 これは、産業革命以降の出来事であり、ここに紹介した仮説を裏付けているように見える。産業革命は資本主義的生産様式のブースター(エンジン)であり、そして、主要な感染症は、1875年のハンセン病を皮切りに、数年の間隔で人類に襲い掛かっている。このころ、資本主義的生産様式を経済学として完成させたK.マルクスの『資本論』が現れた。しかし、マルクスはのちに厚生経済学のピグーやカップが分析したような「社会的費用」を感染症に適用して分析はしなかった。 また、ここで提唱しているような三密「空間と時間」の観点から、社会的費用を分析する視点を持ちえなかった。資本論によれば、感染症は児童労働や婦人労働の過度な就労環境がもたらす労働災害と同じ次元の「社会的費用」だ。この費用は、カップによれば資本の費用概念には入らず、政府と他の社会階層に転化される(kapp,『私的企業と社会的費用』)。なんとなれば、三密空間と高速時間移動は「資本」の蓄積欲からくる必然的な傾向だからだ。海外との投資案件を進めるのに、のんびりクルーザーで行く資本家はいない。一刻を争う場合は、自社の飛行機かチャーター便を使う。ウイルスは、こうして早く別の宿主のもとへ運んでくれるほうがありがたい。 感染症学や顕微鏡の発展ももちろんあるだろうが、ここで問題提起しようとしている、資本主義的生産様式の発展に伴う3密空間の重層的拡大と、人・物の移動の高速化が関連しているのではないか。この仮説をチューネンの孤立国と比較してみると、仮説からの展開が容易になると思う。時間概念が必要だということはこういうことだ。だから、感染症が蔓延し長引くと想定される場合、密空間と高速移動手段をたたみ、今次新型コロナウイルスの場合、検査で網をかぶせて隔離し、隔離網をすり抜けた発症者・重篤者を大規模専用病棟で治療することが基本となる。これがとりえない場合は、密空間は患者であふれかえり、多くの国で目の当たりにする地獄絵巻となる。2021年8月18日、法制度の不備から徹底した感染症対策をとりえない日本は地獄の入り口に差し掛かっている。まさに地獄絵巻だ。 ウイルスが人間にとりついたとして、その人が中世の時代に東京(江戸)から名古屋(尾張)まで、てくてく歩いていくとしよう。ウイルスはやがてその旅人の体を蝕み、箱根あたりで、旅人の細胞を破壊して旅人は死に至り、旅人とともに繁殖の機会を失われる。しかし、旅人が今日新幹線で移動すると、その日のうちに名古屋へ到着し、微熱の出た旅人はスナックか酒場で知り合いと接触して、病原体を振りまき、感染機会を拡大する。東京から沖縄まで行くのに数時間しかかからない。ウイルスは、容易に沖縄の住民に乗り移ることができる。対策は「沖縄旅行禁止」で沖縄観光業者への給付金給付だ。グローバリズムは地球上の人間の移動を高速回転し、ウイルスに感染機会を提供する。パンデミックの折に、スポーツ・グローバリズムであるオリンピックを開催することが、いかにウイルスの喜ぶことかお分かりかと思う。感染症と経済学の分析に「時」が必要で「時空」の経済学が必要な所以だ。 私は、実は三密と言われてもピンとこないし、想像することすら難しい時代に生まれた。昭和23年、戦災による焼け野原からようやく立ち上がり、復興と講和独立を目指して日本国民が立ち上がった時期、地方都市に生まれた。 その当時「密」な空間と言えば、ようやく賑わいを取り戻した夏祭り、中心商店街の大売り出し、納涼花火大会、たまに連れて行ってもらえた映画館や行楽地へ行き帰りの汽車や連絡船にバスの車中。母親に並んで受付をしてもらってようやくは入れた幼稚園と小学校の教室。 私は地方都市で生まれたが、当時は大都市でも高密空間はそんなもので、歌舞伎町は混んで密であったが、全体的に居住空間はのんびりとしていた。しかし、高度成長以降の地域・都市の空間構造は、資本の論理に従う過密都市の形成と対極に過疎空間を作りだした。世界のどこを見ても、過疎空間では、密となる生産工場や鉱山以外ではクラスターは発生していない。感染症は高速稠密経済空間を好む。ウイルスとの和解を申し出るならば、この高速稠密生活経済空間の再配置が必要だ。 過密都市と工業地帯の間を高速道路と鉄道、飛行機の高速交通ネットワークが結合し、過密と高速の時空構造を作った。この構造はグローバルに展開している。この「時空」構造は物理のアナロジーとして語ることができるかもしれない。 生産構造は、「粗密」な農林漁業は言うに及ばず、製造業は空爆によって壊滅状態にあり、ようやく臨海型のだだっ広い素材型の工業地帯が地域開発政策として構想された頃であった。「日本列島改造論」は過密都市・密高速空間への序曲となった。物流は蒸気機関の貨物、人流も客車とバスが中心で、トラックはまだ主流になってはいなかった。物と人の「低速」移動は「密」な空間を作ることはなかった。「粗密」が社会経済地域構造の基本的な構造だった。それが一変した。現代資本主義の下では、小舟で観光客を往復させる風光明媚な一大観光リゾート地は成立しないのだ。 これが、高度成長の資本の蓄積過程を経て、上述の過密で高速移動が可能な時空構造に変異したことは先ほど述べた。空港の水際を抑えないと、ウイルスは容易にすり抜けてくる。船でのんびりと移動していた時期には、水際に着くまでにウイルスは宿主を殺してしまい、感染を広げることができない。ダイアモンドプリンセスは、高速クルーザーだ。大型クルーザーでは、ウイルスは急速な蔓延を果しえない。2021年8月16日(続く) 上に仮説的に導入した社会的費用としての感染症は、私的企業がその流行を加速させるのかについての原理的考察は欠いているが、「医療費や介護費」にも言われている。地球温暖化という社会全体に転化される社会的費用に似て、その構造は複雑極まりない。「病気にかかると医療費や介護費といった経済的負担が発生するが、特に後遺症が残った場合には、患者本人のみならず介護を行う家族の労働機会が損失し、本来得られたはずの収入も減ってしまう可能性がある。さらに企業においても、患者やその家族のパフォーマンス低下や退職等によって、本来得られたはずの生産性(利益)が低下する事も考えられる。これらの患者・家族・企業にかかる経済的負担は『社会的費用』と呼ばれ、今後高齢化が進む中で益々増加する事が懸念されている」とされている。(「病気の早期発見による社会的費用の削減効果」)「社会的費用」は、私的企業の費用概念に入らない費用で、社会や政府に転化される費用であるから、医療費や介護費用、関係者の所得機会の減少を社会的費用というなら、「三密と高速移動を経営資源として利潤をあげる企業及びその集合体ないしは過密都市構造」という注釈が必要となる。カップの「社会的費用」は拡張されなければならないだろう。 このような方法論によってはいないが、次の論文に「社会的費用」のカバーされる問題群が扱われている。追って紹介したい。(Background paper 9 by Paola Pereznieto & Ilse Oehler Commissioned by The Independent Panel for Pandemic Preparedness and Response | May 2021)この報告書では、パンデミックの影響として、①所得と貧困、②労働市場、③教育④ジェンダー・性差別があげられている。2021年8月17日(続く)
2021.07.01
十九 芸能プロダクションの倒産 夏警部は、膠着状態に入った「横浜港殺人事件」を、今なお執拗に追いかけていたが、それは気持ちの焦りばかりで、犯人のプロファイルすら描けていない状況に長期戦を覚悟していた。2019年の夏に起きた事件が、すでに2年近くが経過し、殺害された澤田謙一がマネジャーをしていた芸能プロダクションの経営が、コロナ不況の影響で行き詰まり、会社は解散してしまった。捜査はますます困難になっていた。一方、鳥取県の白兎海岸で、死体で波打ち際の岩に打ち上げられた、大坂の芸能プロダクション兼コンサルタント会社の社長殺人事件の捜査も、進展がなかった。確かに、この二つの事件は、芸能プロダクションという点で共通性はあった。もしも、この二つの事件に、何らかの関連があるならば、それは芸能界に関連した何かということになる。しかし、この「何か」がわからない。そして、手がかりらしき事件が、コロナ感染が起きる前の、2019年の暮れに、東京の世田谷で起きた。交通事故のひき逃げ事件で被害者となった光岡瑠偉が、澤田謙一のプロダクションに所属していることだ。事故後の光岡瑠偉への聞き取りでは、澤田謙一が殺害されたことに関しては、何も心当たりはないということだった。光岡瑠偉の口からは、模範的マネジャーとしての澤田の人物像しか浮かんでこなかった。澤田の残された妻からも、手掛かりになることは何も出てこなかった。もしも、横浜港殺人事件と白兎海岸殺人事件の間に関連があるとすれば、それは芸能界特有の関係であるだろう。夏光一郎は、何度もその命題から推理を巡らせてみた。そして、殺害されたマネジャーの澤田謙一が可愛がっていた歌手の光岡瑠偉が、夜遅く甲州街道を渡ろうとして、黒っぽいセダンによってひき逃げされた。では、なぜ光岡瑠偉は狙われたのだろうか。しかし、その前に、光岡は狙われたのだろうか。このひき逃げ事件の捜査も進展していなかった。横浜港殺人事件が起き、そしてその後を追うように白兎海岸殺人事件が起き、ひき逃げ事件が起きてから二年が経過していた。部下の蜜柑とも、次第に事件に関して捜査方針が出ないまま、別の事件に駆り出されることが多くなり、先行き迷宮入りかと懸念される雰囲気が漂っていた。 神奈川県警とは目と鼻の距離にあるマンションの自宅に戻りテレビを見ていると、蜜柑がエコバッグを抱えて玄関のドアを開けた。今日の夕食はテイクアウトにしようと相談していた。五階にある夏のマンションの部屋からは、横浜港がよく見渡せる。つい最近、観光用のロープウエーができ、まだ営業をやっとぃるようで、タワーの明かりが宵闇の向こうにかすんで見える。「パパ、おなかすいたでしょう。遅くなってごめんね。買ってきたわよ」自宅に戻ると、蜜柑は警部、ではなく「パパ」と呼んだ。「例の件どうだった?」夏は恐る恐る聞いた。「私は対象から外れたわ」まもなく始まる東京オリンピックの警護に当たる人選の件だった。おおむね決まってはいたが、神奈川県警から出す人員の最終選考結果が発表されることになっていた。殺人事件が未解決であることにかんがみて、刑事課長からは蜜柑を外すよう調整してもらっていたが、案の定、すんなりと外された。オリンピック開催に関しては、反対を唱える集団の中で不穏な動きもあり、危機管理を強化する方向で対策班が組織されてきた。膠着した事件解明に何も妙案もなく、オリンピックと新型コロナワクチン接種の強引な進行の狭間で、横浜港殺人事件と白兎海岸殺人事件は、もうすでに記憶もほとんど風化しようとしていた。夏警部にとっては、過去の事件で何かと世話になり、犯人逮捕の現場にまで来てもらったことのある仲村教授の顔が眼前に浮かんだ。蜜柑も同じことを考えていたらしく、「仲村先生はどうしていらっしゃるかしら? 真佐子のおばさまも」「僕も同じことを考えていたところだ。東京の大学へ移ったことは挨拶状が来たけど、とにかくコロナで会うこともままならず」「そうね、私も、おばさまのことが気になって、一度山口県のほうへ電話をかけてみたけど、収まったら会いましょうね、ということで、もう二年もたったわ。この前の事件からもう三年もお会いしてないわね」蜜柑は茶箪笥にキープしてあるワインをグラスに注ぎ、テイクアウトしてきた中華料理をつつきながら、懐かしんだ。夏はビールをやっている。「電話をかけてみようか?」と言って、夏はスマホに指をかけた。(続く)夏光一郎警部シリーズ(既刊)(既刊)『野獣の美学殺人事件』文芸社、2011年 『リオの蝶殺人事件』文芸社、2011年 『磯の香りの謎殺人事件 夏光一郎警部巨大地震と戦う』文藝書房、2011年『夏光一郎警部 猫の一分 美人博士とブッチーの活躍』Kindle版『夏光一郎警部 夏光一郎警部 湯河原発量子力学の女』Kindle版『連続僧侶殺人事件(上)夏光一郎の試練』Kindle 版『連続僧侶殺人事件(下)』Kindle版『夏警部 ブラック企業を追え 中国塩城に舞う鶴の化身』Kindle版『夢を売る女』Kindle版
2021.06.30
カギケノリに対して、世界中の牛の畜産業者から関心が寄せられているという。この毎日新聞は有料となっており、全文を読んでいないが、発信源はオーストラリアの研究機関とベンチャー企業だ。メタンを80%抑えるというから、画期的な対策というべきだ。 カギケノリは暖かい亜熱帯海域で生育すると聞いていたが、別のサイトによると温帯の日本近海にも生育しているという。事実、沖縄の伊計島での標本が、ネット上に掲載されている。沖縄への観光客誘致に好材料になると思う。 ハワイのレストランでは食用としても使われているから、今後の研究開発に魅力を感じる。昨年の春学期に授業で学生に教えた時には、文字通り「海のものとも山のもの」とも判断できなかったが、1年たってこの勢いだ。Youtubeで動画をアップすれば、もっと広まるかもしれない。 北海道の企業・エコニクスがこの問題に関心を寄せており、前向きに取り組みそうだ。この会社は環境志向企業であり、サイトには関連参考文献・資料が多数掲げられている。アメリカでの取り組みの紹介が書かれているが、食用としての風味もよいようだ。筆者は、食用と地球温暖化対策の二足のわらじで研究するとよいと思い、学生に紹介している。「カラパイア」というサイトには、ハワイで食用として利用されていることが紹介されているが、そういえば、筆者はハワイで食べたことがある。また、次のサイトでも簡単な紹介がある。BBCニューズが今年の2月27日に、この問題を取り上げており(「気候変動を逆転させる食料とは」)、示唆に富む内容を掘り下げている。ここではサイトの紹介にとどめ、近日中に改定して検討する予定だ。また、日本では英虞湾でのカギケノリの生体培養実験が行われているが、商業化を目指したものかどうかはわからない。(このブログ内容は予告なしに改定することがあります。どうぞあしからず)著者の既刊(学術)書一覧『森友加計疑惑はこうして始まった』Kindle版、2018年『地域と自治の50年 高度成長から失われた20年へ』Kindle版、2015年『昭和平成史研究所説 時代の連続と非連続』Kindle版、2014年『地域福祉の源流を築いた仏教者たち』Kindle版、2014年『森友加計疑惑 全容解明は本丸へ迫る』Kindle版、2018年『戦後議会制民主主義の破壊 森友加計問題』Kindle版、2017年『新型コロナウイルスの影響を考える』Kindle版、2020年『太平洋戦争終結69年 フィリピン・ルソン島の激戦地を行く』Kindle版、2014年『環境と経済 経済学をガイア理論によって構成する初めての試み』Kindle版、2015年『はじめての環境経済学』Kindle版、2019年『エボラ出血熱 史上最強の殺人ウイルス』Kindle版、2014年『花開く水素社会 変わる産業構造と国民生活』Kindle・オンデマンド版、2020年『はじめての環境経済学』Kindle版・オンデマンド、2019年『自給自足ガーデン』Kindle版、2013年年『地球温暖化と戦う 再生可能エネルギー&環境技術ビジネス』Kindle版・オンデマンド、2020年『現代公共部門と地域の理論』Kindle版、2013年『我レルソン島プンカンニテ玉砕ス 日本兵の物語』Kindle版、2019年『法然上人生誕の地 美作国に関する研究』Kindle版、2017年『環境と人にやさしい地域経済の構想』Kindle版・オンデマンド、2021年『大学50年の軌跡 英知と正義の巨塔を求めて』Kindle版、2018年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦』Kindle版、2017年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦 Ⅱ』Kindle版、2017年『就活入門 豊かな人生を切り拓くために』Kindle版、2014年『明治大正昭和 社会事業に命を懸けた宗教家たち』Kindle版、2017年『漂流する豊洲人工島 Ⅲ 誤魔化しの環境アセスメント』Kindle版、2017年『津波列島 海と人の共存を求めて』Kindle版、2014年『青空が輝くとき 太平洋戦争を生きた人びとの物語』2013年『法然上人 赤気の果てに 誕生の地に吹く朱色の風』2018年『躍進する風力発電』大学教育出版、2011年『世の中が透けて見える方程式』セルバ出版、2012年
2021.06.26
天候陛下が、オリンピック開催に当たり、ご心配している旨を「拝察」として伝えた宮内庁長官に対し、関係者・内閣主要ポストにあるものが、軒並みそれは長官の意見を述べたものとして、解釈を表明している。 こういう発言だ。「オリンピックをめぐる情勢につきまして、天皇陛下は現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を、大変ご心配されておられます」。長官の正確な言葉は新聞等で確認してほしいが、自然に意を汲めば、天皇陛下が現下のコロナの感染状況にかんがみ、非常に心配しておられることを側近として「拝察」して伝えたということは、まさに天皇陛下の国民に対して「寄り添う」姿勢を伝えたものであり、ごくごく自然なことではないか。 TBSはさっそく、米ワシントンポスト紙が、東京オリンピック開催に伴う新型コロナウイルスの感染拡大の恐れをめぐり、宮内庁長官が「天皇陛下の懸念」について発言したことを受け、東京オリンピックは天皇の不信任決議を受けたと報道した。天皇陛下が政治に口を挟むような発言をしてはいけないということを、10歩譲って認めたとしても、国民の安全安心を気遣うことがなぜ政治的発言になるのか、小学生でも疑問に思うだろう。 6月27日の時事通信もこの問題に触れている。政府関係者は、天王陛下のお気持ちを代弁しているのは明らかで、そんなことはだれにもわかっていると言っている。ならば、「長官の個人意見説」で糊塗せんとする輩は嘘つきである。天皇の国民に寄り添う気持ちを捻じ曲げて強引に推し進める五輪・パラは、そのように歴史に記載されるしかない。 コロナという、本来は純粋に感染症対策という非政治的課題を政治的次元に押し上げ利用しているのが政治であり、現実ではないか。検疫、防疫、検査、医療、ワクチン接種という一連の防疫体制は政治ではなく免疫学的、医学的、その他科学的プロセスだ。 オリンピックはスポーツの祭典ではあるが、それ自体またそれへ至る過程は政治とは無縁のはずで、それを政治利用しているのは、大国主義的覇権や、関係当事国の政治家等ではないのか。 天皇陛下は、日々、オリンピック・パラリンピック開催への準備状況や感染状況を日々注視しているに違いない。陛下は水問題の専門家であり、サイエンスの視点から感染を的確に判断していることだろう。また陛下を支える雅子さんは、外交経験もあり世界の動きを的確にとらえていることだろう。 愛子さんは大学生であり、もうオリンピックや世界の動き、感染拡大の持つ意味、オリンピックに求められる役割について無能な政治家よりも真髄を理解しているだろう。 そうした家庭での会話や語らいの中から、国民を思う言葉として意思表示されたことが、宮内庁長官を通じて国民に伝えられたのだろう。天皇陛下が心配しておられるということが、ご本人の「声」だとして伝わることによって困るのは大会推進関係者なのだ。いち早く口裏を合わせ、長官の個人的「拝察」とすり替えたのは、かかる事情があるからなのだろう。 天皇陛下御心配報道に関して、一番詳しく伝えているのが、25日夕方のnews everyで、誤解のないように参照してください。太平洋戦争開戦から終結まで、開戦と戦局に影響を与える「政治的」発言を一切せず、「懸念」のみを表明した昭和天皇と比べれば、極めてヒューマニズムに富むご配慮であり拝察だ。もっと踏み込んで「無観客がよろしいのでは」くらいの拝察であっても、何ら政治的発言ではないと筆者は思う。太平洋戦争で腹の内を見せたのは「竹やり事件」毎日新聞だけだった。天皇陛下夫妻はこのことに関して、ご両親とも真摯に相談されたに違いない。一官僚の長官のスタンドプレーでなく(スタンドプレーでもよいが)、陛下自身の真意であってほしいと願っている。でなければ「象徴天皇」の意味がないではないか。昨年からYoutubeで動画を配信しています。昨年の夏、経済恐慌の懸念についてアップした動画を紹介します。よろしければご覧ください。(2021年6月18日 この投稿は現時点での情報に基づくものであり、予告なしに加筆修正があることをご了解ください。)著者の既刊(学術)書一覧『森友加計疑惑はこうして始まった』Kindle版、2018年『地域と自治の50年 高度成長から失われた20年へ』Kindle版、2015年『昭和平成史研究所説 時代の連続と非連続』Kindle版、2014年『地域福祉の源流を築いた仏教者たち』Kindle版、2014年『森友加計疑惑 全容解明は本丸へ迫る』Kindle版、2018年『戦後議会制民主主義の破壊 森友加計問題』Kindle版、2017年『新型コロナウイルスの影響を考える』Kindle版、2020年『太平洋戦争終結69年 フィリピン・ルソン島の激戦地を行く』Kindle版、2014年『環境と経済 経済学をガイア理論によって構成する初めての試み』Kindle版、2015年『はじめての環境経済学』Kindle版、2019年『エボラ出血熱 史上最強の殺人ウイルス』Kindle版、2014年『花開く水素社会 変わる産業構造と国民生活』Kindle・オンデマンド版、2020年『はじめての環境経済学』Kindle版・オンデマンド、2019年『自給自足ガーデン』Kindle版、2013年年『地球温暖化と戦う 再生可能エネルギー&環境技術ビジネス』Kindle版・オンデマンド、2020年『現代公共部門と地域の理論』Kindle版、2013年『我レルソン島プンカンニテ玉砕ス 日本兵の物語』Kindle版、2019年『法然上人生誕の地 美作国に関する研究』Kindle版、2017年『環境と人にやさしい地域経済の構想』Kindle版・オンデマンド、2021年『大学50年の軌跡 英知と正義の巨塔を求めて』Kindle版、2018年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦』Kindle版、2017年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦 Ⅱ』Kindle版、2017年『就活入門 豊かな人生を切り拓くために』Kindle版、2014年『明治大正昭和 社会事業に命を懸けた宗教家たち』Kindle版、2017年『漂流する豊洲人工島 Ⅲ 誤魔化しの環境アセスメント』Kindle版、2017年『津波列島 海と人の共存を求めて』Kindle版、2014年『青空が輝くとき 太平洋戦争を生きた人びとの物語』2013年『法然上人 赤気の果てに 誕生の地に吹く朱色の風』2018年『躍進する風力発電』大学教育出版、2011年『世の中が透けて見える方程式』セルバ出版、2012年
2021.06.25
タレント、芸人、モデルさん、スポーツ選手などを「商品」だとする人がいます。私も実は、この意見に賛成で、同じ趣旨からブログで何回か書きました。近いうちに、本を出そうと思っています。商品というのは「商品」や「サービス」を買ってもらうために、テレビやネットで演技をする「商品」であり、芸人さんがCMのために役柄を演じている限り「商品」であって、同時に感情を持った人間でもある特殊な商品だーと明確には言ってはいないがーという主張です。「商品」でもあり「人間」でもある、ここが芸能・スポーツ資本主義を経済学的に展開するときに重要になるポイントです。 私もこの考え方には賛成で、「芸人・スポーツ選手商品論」を唱える経済学者です。ただ、引用した芸能人商品説の主張者は、自らが芸人さんを使う立場にはあるが、芸人商品を所有して舞台に立たせたりする立場にはないようです。芸人商品を所有しているのは、芸能プロダクション・事務所であり、契約によって芸能事務所は芸人を「所有」してはいるが、それはメーカーが完成商品を所有しているのとは異なり、契約によって芸能人をテレビ局等に「売る」所有者であり、この関係において、芸能人は自らを商品としてエンタメ業界に売られる商品であり自営業者であると言えます。しかし、自営業者としての位置づけから、一般会社の労働者が雇用契約を結び、会社に労働力商品を売り、必要労働時間に相当する給料を受け取る労働者ではないことは明らかです。芸能人は、もし嫌になったらエージェント契約を破棄してやめればいいだけの話ですから。 自営業者としての側面において、芸能人は自らを商品として磨きをかけ、舞台やテレビや映画画面や舞台に自らを売る商品所有者であり、契約によって縛られ、売買される商品としての二重の人格を演じるわけです。そう主張する俳優さんもいます。 現役プロスポーツ選手を商品として販売するのは、野球の場合は紛れもなく球団です。サッカー選手も球団です。プロ野球選手は球団に属し、毎年契約(更新)して、個人事業主として年間のペナントレースをこなし、契約年俸を受け取ります。 スポーツと芸能人は、商品として観客なりテレビ局に売られる価値基準は異なりますが、観客によって喜ばれ、夢を与える価値を持っている点において共通した商品であり、繰り返しになりますが、演技やプレーに商品性を具現する生きた主体であるとともに、ファンやメディアが購入するサービスとしての商品そのものです。サービス商品としての価値を消失し、契約が解除されれば、一個の人間としての存在であり「一般人」に過ぎなくなります。 スポーツ選手が現役在籍中、または引退後、第二の人生を築くキャリア形成を提供するのが、アスリート・マネジメント会社であり、スポーツ・マネジメント会社ともいいます。この会社はスポーツ選手の移籍という点で、すでに商品化が行われている選手の移籍と言えば聞こえがいいですが、要するに再商品化を手助けする会社です。 そして商品としての寿命が尽きた場合には、芸能界・メディア等へ再商品化するためのサービス提供を行います。今、テレビCM等で大活躍の松岡修造や真央さんが代表です。ただしこのお二人がどこの会社に所属しているかは、今のところ調べてはいません。事務所に所属し、メディアで熱弁をふるう元アスリートも大勢います。政治家の中にも芸能事務所に所属している人はかなりおり、これを扱ったサイトもあります。片山さつきなどがそうですね。 芸能事務所などに所属する棋士も、かなりの数が存在しており、ほとんどはタレントとしてのマネージメント契約だと言われています。政治家がタレントやコメンテーターに転身する場合がありますが、その場合も同じ理屈になるはずです。むかし、「このはげー」といって、秘書の運転手を殴ったりどついたりで議員辞職し、タレントに転身した女性がいます。それがこのケースです。 ここでは、ざっとこの仮説を先に進めるために、アスリートマネジメント会社を調べてみましょう。「スポーツマネジメントの会社一覧(全国)」というサイトがあり、https://baseconnect.in/companies/keyword/554e999e-e85d-4f7f-b654-3df2de8bfb8a134社が掲載されています。しかし、よく見ると、単にスポーツジムなどを経営していたり球団の運営をしていたりする会社がほとんどで、いま上に見たマネジメント業をうたっているものは、一握りに過ぎません。そこで、この小論の趣旨に合致するマネジメント会社を、業務とともにピックアップすると以下のようになります。・マックスインターナショナル株式会社 広告業界の会社 未上場テレビ番組「あすゴル!ゴルフ部」の番組企画制作ならびに、広告の企画や制作を請け負う。また、所属プロゴルファーのスポンサー契約やマスコミ対応、...本社住所: 東京都港区西新橋2丁目23番1号・株式会社スポーツビズ エンタメ業界の会社 未上場アスリートやその指導者において、競技からライフプランまでのマネジメントや活動、プロモーションなどを総合的にサポートする。また、スポーツ大会やイ...本社住所: 東京都中央区銀座7丁目10番6号・Footbank株式会社 エンタメ業界の会社 未上場フットボールの国内外クラブのマネジメントやITシステム導入を行う会社主に国内外のフットボールクラブや球団など企業間と取引し、契約や移籍交渉を行う。また、サッカーを中心に広告な...本社住所: 東京都中央区築地3丁目12番3号WELL2ビル5F・株式会社ジェイロック エンタメ業界の会社 未上場スポーツ選手やアーティスト・タレントのマネージメント業務を行う会社様々なタレントやスポーツ選手が在籍しているマネージメントを行う。所属芸能人のCM・広告の企画制作やイベントの運営、...本社住所: 東京都渋谷区渋谷3丁目26番15号・株式会社昭和プロダクション エンタメ業界の会社 未上場芸能事務所「昭和プロダクション」を運営する会社「昭和プロダクション」を運営しており、タレントやフリーアナウンサーおよび司会者のマネジメントを行う。主な取引先はテレビ...本社住所: 大阪府大阪市北区堂山町15番4-402号・株式会社トラロック エンタメ業界の会社 未上場アスリートやタレントのマネジメント及びイベントの企画運営を手掛ける会社織田信成や井岡一翔、内藤大助などをはじめとするアスリートやタレントの代理人およびマネジメント業務を手掛ける。主に契約交渉やトレーニング...本社住所: 東京都渋谷区神宮前3丁目15番11号・株式会社オフィスS.I.C エンタメ業界の会社 未上場プロスポーツ選手等のマネジメントおよびイベントの企画を行う会社プロ野球選手を中心としたマネジメント業務やイベントの企画等を行う。また、テレビ番組等の企画...本社住所: 兵庫県芦屋市公光町10番10号・イーマ株式会社 エンタメ業界の会社 未上場プロスポーツ選手のエージェントやマネジメントなどを行っている会社アスリートのアドバイザーとしてサポートを行うエージェント事業を行っている。選手契約や移籍交渉などのマネジメント事業も取り扱う。また、スポーツの...本社住所: 東京都渋谷区桜丘町30番15号・株式会社サイン エンタメ業界の会社 未上場スポーツ選手やアーティストのマネジメントを行っている会社タレントやスポーツ選手のマネジメントに力を入れてた芸能事務所を運営している。また、映画監督やプロデュー...本社住所: 東京都世田谷区玉川台1丁目6番5号・株式会社Sports・anA エンタメ業界の会社 未上場スポーツイベントの企画や運営およびアスリートのマネジメントを行う会社スポーツイベントの企画や運営をはじめ、講演やセミナーの企画を手掛け...本社住所: 千葉県山武郡九十九里町粟生2133番地・株式会社テロワール エンタメ業界の会社 未上場俳優などのマネージメントを行う会社 芸能人、及びスポーツ選手や作家などのマネージメントを行っている。所属俳優のキャスティングや、ファッション...本社住所: 東京都台東区柳橋1丁目13番8号宮下ビル2階・ムーングロー合同会社 エンタメ業界の会社 未上場芸能プロダクション業務を行う会社アスリート、アーティスト、俳優、芸人など多くの芸能人が所属する芸能プロダクショ...本社住所: 東京都目黒区碑文谷2丁目7-23-204・トラロックエンターテインメント株式会社 エンタメ業界の会社 未上場アスリートなどのマネジメントおよびイベント開催などを行う会社アスリートやタレントのメディア戦略およびトレーニング環境の選定などのマネジメントを行う。また、フィギュアスケートやボクシングなどスポーツ...本社住所: 東京都渋谷区神宮前3丁目15番11号・株式会社エフ・オー・エルスポーツトウキョウ エンタメ業界の会社 未上場スポーツ選手の所属チームの交渉やマネジメントを行う会社 プロスポーツ選手に代わってチームと契約や移籍の交渉を行うエージェント業務を手掛ける。また、ス...本社住所: 東京都港区西新橋2丁目23-1・株式会社アスリートプラス エンタメ業界の会社 未上場サッカー選手の契約交渉や移籍交渉などを行う会社サッカー選手の契約および、移籍交渉やマネジメントを行っている会社。また、CM契約や番組出演等の支援および、...本社住所: 東京都渋谷区元代々木町8番7号・株式会社Linkplus コンサルティング業界の会社 未上場外国人のキャリアコンサルティングやアスリートのマネジメントなどを行う会社外国人を対象としたキャリアコンサルティングを手掛ける。その他に、プロアスリートやスポーツチームのマ...本社住所: 東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目1番3号千駄ヶ谷パークMS201号室・株式会社エターナルプロモーション エンタメ業界の会社 未上場主にアーティストやタレントなどのマネジメントを行う会社アーティストやタレントおよび芸人やモデルなどのマネジメントやプロモートを行う。また、スポーツ選手の...本社住所: 東京都渋谷区広尾5丁目4番11号・有限会社エクステンション エンタメ業界の会社 未上場文化人やスポーツ選手のマネージメントを手掛ける会社弁護士である八代英輝や女医の友利新をはじめとする弁護士や医者、スポーツ選手及びアナウンサー等の文化...本社住所: 東京都港区赤坂6丁目3番1号・株式会社ピージーインターナショナル エンタメ業界の会社 未上場プロのアスリートおよびフローリストのマネージメントを行う会社野球選手等のプロアスリートやフローリストのマネジメントを手掛ける。また、プロのフローリストに対し百貨店でのイベントの提供や仕事の紹介、花材や...本社住所: 東京都中央区銀座1丁目27番10号ザ・アソシエイトビル3F・株式会社パスインターナショナル マスコミ業界の会社 未上場スポーツ選手のマネジメントやスポーツイベントの企画などを行う会社サッカーを中心としたスポーツ選手や指導者、コメンテーターのトータルマネジメントサービスを行っている。その他にテレビやラジオ番組、出版の企画および制作...本社住所: 東京都千代田区九段南3丁目2番4号アシスト麹町ビル・グローバルアスリート株式会社 エンタメ業界の会社 未上場アスリートのマネジメントやプロモーションなどを行う会社アスリートの食事やトレーニング、生活全般のサポートを請け負っており、現役選手に限らず、引退後選手や指導者のサポートも行う。他に、CMの...本社住所: 東京都中央区日本橋3丁目3番3号・株式会社クロスブレイス エンタメ業界の会社 未上場スポーツ選手などの総合サポート事業を行う会社トータルスポーツ事業およびエチオピア選手エージェント事業を行っている。スポーツ選手等のマネジメントや代理交渉業、...本社住所: 東京都港区赤坂3丁目21番15号東都赤坂ビル4階A号室・FPC株式会社 小売業界の会社 未上場卓球用品の販売およびスポーツ選手のマネジメント等を行う会社卓球をはじめとしたスポーツ用品の販売および、会社に所属する卓球選手のマネジメントやプロモーションを手掛ける。また、...本社住所: 静岡県焼津市駅北4丁目4番20号・侍athlete株式会社 エンタメ業界の会社 未上場スポーツ選手のマネジメントやイベントの企画などを行う会社スポーツ選手の契約交渉およびトレーナーサポート、税務管理などを請け負う。また、選手のメディア対応や...本社住所: 神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎南2丁目5番21号・有限会社ランブラス エンタメ業界の会社 未上場モータースポーツのマネジメント業務を行っている会社レーシングでの内外のドライバーに対する個別指導のほか、ドライバーのメディア対応やフィジカルトレーニングなどのマネジメントを行う...本社住所: 東京都港区南青山2丁目2番15号ウィン青山ビルUCF9F・株式会社Cloud9 エンタメ業界の会社 未上場アスリートのマネジメント業務を手掛ける会社バスケットボールの富樫勇樹選手などのアスリートのマネジメントを行い、メディアやイベントへの出演およびスクール事業などのサポートを請け負...本社住所: 新潟県新潟市中央区米山2丁目7番地4・株式会社m-Gather 広告業界の会社 未上場タレントのマネージメントなどを行う会社芸能タレントやスポーツ選手の育成マネジメントなどを手掛ける。また、所属タレントの関わるイベントの...本社住所: 東京都品川区上大崎2丁目8番18号・株式会社プラミン 教育業界 未上場アスリートによる指導などのスポーツイベントの企画および運営を手掛ける会社学校などを対象として、オリンピックやパラリンピックアスリートによる指導などのスポーツイベントの企画を行う。マット運動や新体操などのスポ...本社住所: 東京都世田谷区用賀1丁目20番24号・株式会社プレイヤーズファースト 人材業界の会社 未上場スポーツ選手の代理人を請け負う会社サッカー選手のエージェントを行う会社。JFA認定選手エージェントとして、契約更改や移籍交渉を業務...本社住所: 東京都目黒区中目黒2丁目7番14号・ポリバレント株式会社 エンタメ業界の会社 未上場サッカーやスキーなどの現役プロスポーツ選手のマネジメントを行う会社現役スポーツ選手のメディア露出、管理などを請け負うマネジメント業を行っている。メディア露出によるスポーツの知名度向上や選手のセ...本社住所: 東京都渋谷区神宮前6丁目34番3号・株式会社アニモ 広告業界の会社 未上場スポーツ選手を中心にマネジメント業務およびイベントの企画運営を行う会社スポーツ選手や文化人を中心にマネジメント業務を行う。また、スポーツ大会や講演会などのイベント企画および運営...本社住所: 東京都千代田区丸の内3丁目2番2号・株式会社ARS エンタメ業界の会社 未上場スポーツ選手のマネジメントなどを行う芸能プロダクション会社スポーツ選手の代理人業務やスポーツコンサルティング業務を行う。高橋尚子や大山加奈および川崎憲次郎、入江陵介が所属しており、中山雅史とは...本社住所: 東京都千代田区紀尾井町3番30号・ステラリアン・バスケットボール株式会社 エンタメ業界の会社 未上場スポーツマネジメントやアスリートの就職支援を行う会社スポンサー契約や企業所属の交渉など、スポーツ選手のマネジメントを手掛ける。また、試合のサポートをはじめ、メディ...本社住所: 福岡県福岡市博多区博多駅前1丁目15-20-2階・株式会社ジェブエンターテイメント エンタメ業界の会社 未上場アスリートのサポートやマネジメント業務などを手掛ける会社アスリートの契約交渉や移籍業務、肖像権の管理などのマネジメント業務を行う。また、スポーツ興行のコン...本社住所: 東京都世田谷区池尻3丁目22番4号・株式会社ユニバーサルスポーツマーケティング エンタメ業界の会社 未上場アスリートのマネジメント業務やイベントの企画などを行う会社フィギュアスケートや競泳、陸上競技のアスリートのCM出演契約やメディアへの対応、イベントへの出演交渉などマネジメント業務を行っている。また、アイ...本社住所: 東京都港区北青山3丁目5番12号 以上、結構な数があります。 上に引用したサイトは次の4社をアスリート・マネジメント会社として例示していましたが、それをはるかに凌駕する数の会社があるのには実は驚きました。 株式会社スポーツビズ Footbank株式会社 株式会社ジェイロック イーマ株式会社 そして、マネジメント契約を結ぶ際の注意点として、①マネジメントの範囲を決めておく、②報酬の配分を決めておく、③肖像権・パプリシティ権の範囲を確認の三つを上げています。 さあ、読者の皆さんどうでしょうか、現役スポーツ選手が「商品」であるかどうかという経済学的な問題は置いて、おびただしい数のプロ、アマ選手が明確なキャリアの方向性もないまま、商品としての「使用価値」をすり減らし、「交換価値」を消耗して、スポーツで培った「芸」を活かし続けていける場を見つける手助けをしてくれるマネジメント会社の存在は重要です。しかし、それはコンビニに並んでいる商品と同じく、買い手がつかない限り使用価値を交換価値に転化できない特殊な商品です。売れない場合は賞味期限切れ、消費期限切れで棚から消えるしかないという商品です。 よくマネジメント契約のことを「奴隷契約」と表現して芸人さんのことを卑下してきましたが、「芸能人商品説」は「商品」である限りにおいて、デパートの商品陳列棚の商品と同じく「商品」ではありますが、自分自身を商品として、購入者の求めに応じて、自からを磨き最終消費者に感動と夢を与えて商品価値を高め、芸能・スポーツ文化を創造していく二面性を持った特殊な商品であることを暗に明記した契約なのではないでしょうか。 いかがでしたか? かなり強引な主張ですが、間違ってはいないはずです。これまでに10回にわたる連載をYoutubeに発表しているので、聞いていただけると幸いです。著者の既刊(学術)書一覧『森友加計疑惑はこうして始まった』Kindle版、2018年『地域と自治の50年 高度成長から失われた20年へ』Kindle版、2015年『昭和平成史研究所説 時代の連続と非連続』Kindle版、2014年『地域福祉の源流を築いた仏教者たち』Kindle版、2014年『森友加計疑惑 全容解明は本丸へ迫る』Kindle版、2018年『戦後議会制民主主義の破壊 森友加計問題』Kindle版、2017年『新型コロナウイルスの影響を考える』Kindle版、2020年『太平洋戦争終結69年 フィリピン・ルソン島の激戦地を行く』Kindle版、2014年『環境と経済 経済学をガイア理論によって構成する初めての試み』Kindle版、2015年『はじめての環境経済学』Kindle版、2019年『エボラ出血熱 史上最強の殺人ウイルス』Kindle版、2014年『花開く水素社会 変わる産業構造と国民生活』Kindle・オンデマンド版、2020年『はじめての環境経済学』Kindle版・オンデマンド、2019年『自給自足ガーデン』Kindle版、2013年年『地球温暖化と戦う 再生可能エネルギー&環境技術ビジネス』Kindle版・オンデマンド、2020年『現代公共部門と地域の理論』Kindle版、2013年『我レルソン島プンカンニテ玉砕ス 日本兵の物語』Kindle版、2019年『法然上人生誕の地 美作国に関する研究』Kindle版、2017年『環境と人にやさしい地域経済の構想』Kindle版・オンデマンド、2021年『大学50年の軌跡 英知と正義の巨塔を求めて』Kindle版、2018年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦』Kindle版、2017年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦 Ⅱ』Kindle版、2017年『就活入門 豊かな人生を切り拓くために』Kindle版、2014年『明治大正昭和 社会事業に命を懸けた宗教家たち』Kindle版、2017年『漂流する豊洲人工島 Ⅲ 誤魔化しの環境アセスメント』Kindle版、2017年『津波列島 海と人の共存を求めて』Kindle版、2014年『青空が輝くとき 太平洋戦争を生きた人びとの物語』2013年『法然上人 赤気の果てに 誕生の地に吹く朱色の風』2018年『躍進する風力発電』大学教育出版、2011年『世の中が透けて見える方程式』セルバ出版、2012年
2021.06.19
昨年9月、菅義偉さんが自民党二階幹事長の多大な贔屓を背景に首相になったころ、法政大学は「2020年09月16日 お知らせ本学第一部法学部政治学科を1973年3月に卒業された菅義偉さんが、第99代内閣総理大臣に選出されました。ご活躍を祈念いたします。」と題するメッセージを、同大のホームページに掲載した。このメッセージの日付は菅内閣発足の日だから、上記「祈念」は祝辞以外の何物でもない。私はこの菅総理の空白の4年間に関して、すでに疑念を表明している。「菅義偉さんは法政大学法学部卒なのか第2法学部(夜間)卒なのか?」https://plaza.rakuten.co.jp/segabooks/diary/202009080000/「菅さんを法政大学夜間出身としたメディア・週刊誌」https://plaza.rakuten.co.jp/segabooks/diary/202009100000/ ここでは、過去の二稿に関する整合性ははかっていないが、この法政大学公式見解に対する補足的意見を述べてみたい。 折から菅さんのキャリアに関しては、2-3の週刊誌が夜間学部卒という記事を掲載していたことに対し、菅さん本人及び忖度ジャーナリストから、法政大学昼間法学部卒との訂正が行われ、これはこれで事実なのではあろうが、夜間入学(確か昭和44年=1969年)で1973年に卒業ということであれば、菅さんの法政大学での在学は、①夜間に入学し途中転部試験を受けて昼間学部制となり卒業したか、②昼間法学部政治学科に入学し最短で卒業か、③法政大学の掲載が、菅さんに忖度して第1部法学部政治学科卒とだけ掲載した。法政大学の掲載は、①であっても②であっても掲載可能で、間違いではない。筆者は大学事務の経験がないので100%明確ではないが、卒業証書は大学学部名のみ記載だから、夜間学部入学で昼間へ転部しても卒業は法政大学卒となる。ただし、成績証明書は夜間学部が明記されるから、当時の成績原本があれば夜間orノットが判明する。菅総理が、「二、三の週刊誌が夜間卒業と書いているが昼間だ」としているのは、そういう経緯があるからなのかもしれない。当時の法政大学1部法学部は難関とまではいかないまでもかなり難しく、比較的はいりやすい夜間へ入り昼間へ目指した学生も多かったように記憶している。(続く)著者の既刊(学術)書一覧『森友加計疑惑はこうして始まった』Kindle版、2018年『地域と自治の50年 高度成長から失われた20年へ』Kindle版、2015年『昭和平成史研究所説 時代の連続と非連続』Kindle版、2014年『地域福祉の源流を築いた仏教者たち』Kindle版、2014年『森友加計疑惑 全容解明は本丸へ迫る』Kindle版、2018年『戦後議会制民主主義の破壊 森友加計問題』Kindle版、2017年『新型コロナウイルスの影響を考える』Kindle版、2020年『太平洋戦争終結69年 フィリピン・ルソン島の激戦地を行く』Kindle版、2014年『環境と経済 経済学をガイア理論によって構成する初めての試み』Kindle版、2015年『はじめての環境経済学』Kindle版、2019年『エボラ出血熱 史上最強の殺人ウイルス』Kindle版、2014年『花開く水素社会 変わる産業構造と国民生活』Kindle・オンデマンド版、2020年『はじめての環境経済学』Kindle版・オンデマンド、2019年『自給自足ガーデン』Kindle版、2013年年『地球温暖化と戦う 再生可能エネルギー&環境技術ビジネス』Kindle版・オンデマンド、2020年『現代公共部門と地域の理論』Kindle版、2013年『我レルソン島プンカンニテ玉砕ス 日本兵の物語』Kindle版、2019年『法然上人生誕の地 美作国に関する研究』Kindle版、2017年『環境と人にやさしい地域経済の構想』Kindle版・オンデマンド、2021年『大学50年の軌跡 英知と正義の巨塔を求めて』Kindle版、2018年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦』Kindle版、2017年『漂流する人工島 小池百合子の挑戦 Ⅱ』Kindle版、2017年『就活入門 豊かな人生を切り拓くために』Kindle版、2014年『明治大正昭和 社会事業に命を懸けた宗教家たち』Kindle版、2017年『漂流する豊洲人工島 Ⅲ 誤魔化しの環境アセスメント』Kindle版、2017年『津波列島 海と人の共存を求めて』Kindle版、2014年『青空が輝くとき 太平洋戦争を生きた人びとの物語』2013年『法然上人 赤気の果てに 誕生の地に吹く朱色の風』2018年『躍進する風力発電』大学教育出版、2011年『世の中が透けて見える方程式』セルバ出版、2012年
2021.06.12
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