ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2019.11.13
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カテゴリ: 社会時評
ジャニーズの小宮君が結婚電撃発表した。といっても「電撃」というのは、テレビ局が使っている表現なので、小宮君が電撃的を意図したわけではない。結婚はめでたいことであり、何も他人の幸せにクレームをつけようというのではない。私は、芸能人の結婚がテレビや雑誌でニュースネタになるのかどうかは、また結婚報道することに何の意味があるのか、その理由についてつぶさには知らないが、おそらく次のような背景があるからだろう。
 芸能人は「社会」の中では特別な存在であり、「結婚」をファン層や、雇用主であるテレビ局等に告知する必要がある。結婚は芸能人の活動に制約(裏を返せば新たなビジネスチャンス)をもたらすものであり、仁義を切っておく必要がある。結婚はニュースであるのみならず、役者として新しい境地を開くものであるから、仕事確保のためにPRする必要があること。
 小宮山君の場合、所属ジャニーズから独立する(活動を停止する)ことになっており、新しい仕事を確保するために、新しい境地を開いておく必要があったのではないか。芸人、仕事確保に陰りが出たときには、新しいニュースネタを作って露出を増やすことで、プロモーション活動の良いネタになることがあげられるのではないか。病気と闘病生活の告知も芸人の露出を増やし、ある意味美化するのに役立つ。
 おそらく対極の「離婚」や「不祥事」ですら、出番の減った芸人には、いわゆる「露出」によって、テレビで話題にされる機会が増え、仕事オファーにつながることが考えられる。あるいはちょっとしたスキャンダルですら、出番の減った芸人には、ありがたい出演のきっかけになることは否めない。そうしたスキャンダルを意図的に作っている節がある。
 ともあれ、誰それが一般男性と、あるいは一般女性と結婚する、した、という表現は、芸能人を「一般」と区別される「特別」な存在とみているからであるが、では、さて何をもって特別な存在に該当すると考えられているのだろうか。天皇陛下や皇族方を特別な人と呼ぶのは、その当否は別として、雲の上に存在するかのような存在という表現ができるからであり、違和感は感じられない。
 この事例からの類推として、有名芸能人を単なるアイドルや人気者を超えた超俗的なベールに包まれた、偶像化された存在=商品とみる向きもないではないであろう。こう考えて来ると芸能人が、ある種の偶像崇拝の世界に崇められたアイドル=特権階級として大きな集団をなすことに気付く。「一般人」と結婚する芸人の「特別な存在」は、日本が古来より受け継いできた、様々な形の偶像崇拝=アミニズムの大衆版だとは言えないだろうか。
 日本の大衆芸能が、アイドル主義を根強く温存し、そのことが大衆の政治に対する不満の吸収装置として機能し、国家体制の安定装置になっているというのも一つの仮説として成り立つと思う。毎年の「桜を見る会」に大勢の芸人が招待されるのも故なしとはしないのだ。芸能人志向は経済や生活がIoT、AI化するにしたがって、就業人口が製造業や農林水産、商業や物流から「遊離」し、芸能・スポーツビジネスに移動するにしたがって、このような構造を持つ芸能資本主義が幅を利かせて来るのだろう。その限りで「芸能人」は「一般人」ではなく特権階級でなければならず、かかる意味での「商品」でなければならないのだろう。





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最終更新日  2020.01.07 09:48:40


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