ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙

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2021.08.21
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カテゴリ: 推理小説
翌日、仲村は真佐子を品川まで送ったが、仲村もまた静岡へ帰ることにした。『ヨハネの黙示録』は、静岡の自宅に置いてあった。大学は夏休みに入り、少し骨休めをしたいとも考えた。静岡に停車する新幹線が来たので、蜜柑と3人で自由席に乗り込んだ。満席とまではいかないが、大勢の人が乗っている。
 前日、真佐子に知らせておいたので、蜜柑も承知で、真佐子と仲村を窓側に座らせ、蜜柑は通路側に座った。ワクチン接種を二回終わったものでも感染するケースが増えており、外国では3回目の接種が行われるようになってきていた。ブースター接種というらしい。
 新型コロナがはやりだしてから、感染症対策の後進性からくるのだろうか、やたら英語が出てくる。パンデミック、ステイ・ホーム、ウィズ・コロナ、ロックダウン、アナキラーゼ、ブースター、コバックス、ブレイクスルーなどなどだ。パラオキシメーターに至っては舌をかむ。ファイザー、モデルナ、シノバック、ジョンソン&ジョンソン、スプートニクVなどのワクチンに至っては、覚えきれない。敵国語を使ってはいけないという太平洋戦争時の国策が嘘のようだ。
 二回打っても重症化はしないものの、感染したら人に移す可能性もある。未接種の若年者への感染が急速に広がっている。病院もひっ迫してきており、東京には酸素ステーションも設置され、医療体制を必死で防衛しているかに見えるが、明らかに「命の選別」が行われている。ある往診専門のクリニックの医師に言わせれば、高齢者は回転が速いから、看取りのために優先して入院でき、酸素濃度が低下した若い人が後回しになる。
 三人とも不織布のマスクをして、必要なこと以外は会話はしない。蜜柑が携帯のメモ帳に用件を入力している。すかさず真佐子もメモで答えている。犯人と戦うには、こちらがまず健常でなければならない。うとうとしている仲村の耳元に真佐子がささやいた。
「あなたと道頓堀りを散歩したいけど緊急事態じゃ無理ね。今度つれてってね」
「収まったらね」
と、仲村が面倒くさそうに答えると、またわき腹をつねっている。「君が中学生のころ、よく腕や腹をつねった。すね毛を引っ張ったこともあったよ」と言うと、調子に乗ってやる。蜜柑が笑っている。蜜柑は幼いころ母親を亡くし、父親の手ひとつで育てられたものだから、夫婦仲というものを実感としては知らない。結婚願望がないのも、過去の記憶のせいかもしれない。目の前の二人は、いろいろわけあって「幼馴染」だという。とはいえ、恋人同士のような二人を見ていると、なぜか心をくすぐられる。
 蜜柑にもつき合っている男性はいるのだが、こういう時、なぜかその男性のことを思い出す。優柔不断なところは仲村に似ている。真佐子とて、二十歳までのもっとも多感で波乱に満ちた青春時代の思い出が事故で消えていることが口惜しい。「愛」に対する応答と「愛」の発露の所作が記憶から消えているから、ぎこちない遊びごっこのような触れ合いになる。仲村が快く受け入れてくれるから、これでよいとは思うが、本当は違うのだと思う。


 ドアが閉まるといけないからと、仲村が真佐子を列車に押し込む。座席に戻り、子どものように大げさに手を振っている。周りの人たちは、この二人を一体どういう関係だと思うだろうか。蜜柑は手を振りながらそう思った。

 大阪府警に出向いた蜜柑は、刑事課であいさつをした。真佐子を県警の資料課アシスタントと紹介した。神奈川県警からとあって、刑事課長が応対し、捜査のあらましを説明した。鳥取県警とは連絡を取っているとのこと。鳥取県警の若い滝川刑事が、ドリーム・プロダクションの君川俊夫社長が投宿した鳥取市内のホテルに、君川が殺害された日の次の日に停まっていた、品川ナンバーの車の目撃があり、足取りを追っているとのことだった。
 ナンバーがわからず、白いセダンだということだけで、今まで情報は限られてはいたが、山口県と島根県との県境辺りのコンビニに、品川ナンバーの白い車が停まっていたという情報を得たという。乗っていた人物はわかないが、「コロナ禍で移動が自粛されている中、遠くからきている」と記憶にとどめている人がいたというのだ。それ以外のことはわからないという。ちょうどその駐車場で撮った記念写真の日付から、7月12日だと分かり、この日は白兎海岸の事件の翌日にあたる。滝川刑事はこの車だと確信したという。
 島根県警の手を煩わせるのもはばかられるので、目下、滝川刑事が捜査範囲を拡大して、更なる情報がないか調べているということであった。社長が殺害されたあとは、息子の君川翔がプロダクションを切り盛りし、コロナ禍の中、経営は厳しいものの、何とか回しているということだった。ドリーム・プロダクションから、三人が東京のワールド・プロダクション改め、アジア・エンタテーメントへ移籍した件は、府警としても承知しており、ドリーム側へ捜査の攻勢をかけたが、明確な手掛かりはないということであった。
「横浜港で殺害されたマネジャーの澤田さんの黙示録という本から、黙示録、人形と記したメモが出てきたのですが、何か手掛かりはないでしょうか」
 蜜柑が訪ねたが、
「初耳です」
という答えだった。
「山口県と島根県の県境のコンビニですが、道の駅 ゆとりパークたまがわではないでしょうか? 県境と言っても、だいぶ山口県に入ったところですが」
と、真佐子が聞いた。真佐子は山口県の湯玉に住んでおり、県境の日本海側は自分の庭のように知っている。亡くなった漁師の夫と、遊びでよく行ったところで、海は漁で連れて行ってもらったことがある。
「おっしゃる通りです。申し訳ございません。駐車場に品川ナンバーの車があるので珍しく思い、スタッフが覚えていたらしいのです。滝川刑事の調べでは、防犯カメラからは距離がありすぎて、ナンバーは確認できないということでした」

 蜜柑が言った。
 大阪府警は、大阪城の西にあった。二人は確かな手ごたえを感じて府警を後にして、ドリームプロダクションへ向かった。アポは取ってあった。府警の女性警官が車で案内してくれた。感染に神経を使っている。
「デルタ株は怖いですね。マスクをしていても、電車の中では簡単に感染してしまいますから」
と、婦警は大げさに言ったが、蜜柑も真佐子もその通りだと思った。
(続く)
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最終更新日  2021.08.24 17:10:01


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