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「違います」
真崎がすっと顔色をなくした。
「京介は、私のものじゃありません」
「っ、違っ」
はっきりと顔を強張らせて迫ろうとする相手に指を伸ばして、シャツの下で膨らみかけた胸に触れた。
「み…」
切ない声が響く。
「京介?」
「……は…い…」
掠れた声が蠱惑を宿す。
「ここで、抱かれたいの?」
ごくり、と真崎が唾を呑んだ。揺れる視線が廊下を彷徨い、周囲に誰かの視線を探すように揺らめき、やがてもう一度唾を呑み込んで唇を開いた。小さく舌が覗く。
「誰が来るかわからないんですよ?」
「……そう…だね」
舌がそっと唇に触れる。
「京介はそれでもここで抱かれたい?」
「……み…なみが…」
細めた瞳の奥に蕩けるような光が滲んだ。
命じれば、今ここで立ったまま、美並に見られながら自分を自分で慰めることさえ厭わないような、濡れた光。
『抱かれていないとコワレルだけなの』
美並が開いた真崎の扉は、快楽のためになら誰にでも自らを明け渡してしまうようなものだったのか。
「嫌です。私は京介を抱きたくありません」
気がつくと言い放っていた。
それは望んだものではない。そんな満たし方を教えたわけではない。
「ということで、タクシーを捕まえて帰りますね」
それでは同じだ、恵子と、大輔と、だがしかし。
美並は他にどうやって真崎を満たしてやれる?
「どうして、美並が恵子さんと同じなの?」
絶妙なタイミングで尋ね返されて、ぎくりと体が震えた。
見上げる。真崎は今にも崩れてきそうだ。美並の望むままに、全てを晒して、甘やかに。
そうだ、なぜ今、美並はここにいるのか。
「私も」
恵子と同じ。
「ふ…」
真崎が吐息をついた、ベッドでの喘ぎに繋がる、誘うように密やかな声で。
「私も、京介を、抱きに来たから」
大輔が、この街へ現れたのと同じ意図。
「う…ん」
真崎が唇を綻ばせた。
瞳が宣言している、自分の勝利を。
真崎の体に誰もが溺れる。それを貪るために誰もが夜を這い回る。
堕ちておいで。
真崎がそう誘っている。
僕に、堕ちて。
そうして自分の欲望を、その非情さを、その虚ろさを、支配の歓びを味わい尽くそうとする自分の驕りを知るがいい。
ふいに美並は理解した。
自分の能力の先に、この門はいつも出現するに違いない。
人の範囲に踏み込む傲慢の代償を、どう支払うのかと迫られるに違いない。
ならば。
「だから抱きません」
「……は?」
真崎の顔が惚けた。
「もう一度聞きます。京介は誰のものですか?」
美並のもの、と応えさせるような応え方ではだめだ。献身ではこの先一緒に歩けない。美並はいつか疲れ切るだろう、恵子のように、手に入らない幻の重荷に。その幻を消してしまいたくなるだろう。
けれど今、美並には、それ以外の応え方がわからない。
それ以外の方法が見つからなければ、美並は真崎を隷属させるか、殺すしかない。
大輔にも恵子にもならない方法を、美並はまだ見つけられていない。
「その答えが見つかるまで、ここへは泊まりに来ません」
でなければ、美並は真崎を抱くためだけに生きる羽目になる。
そして、その先に待っているのは、難波孝、ただ一人。
「み…」
真崎が細かく震えている。美並も細かく震えている。
自分ではやっぱりだめだったのか。
真崎を満たすには足りなさすぎたのか。
「おやすみなさい」
背中を向けて立ち去りながら、美並は絶望を抱えた。
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