草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2024年11月26日
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小萬は両手を合わせて、忝なく存じます、早くに言って下されば恨まないで済むものを、堪忍して下さん

せ、父(とつ)様の訴訟事も、夏の着物などを売り、朋輩にも無心して百三十匁を調え、あと少し足りない

ところは賃麻も大分に績み貯めましたよ、これをご覧なさいな、と麻小笥(をごけ)から銀を取り出して、

父様の命乞いだけはこれで間に合います、落ち着いて下さいな、日が暮れてから大分経つ、よもや八も来

ないでしょう、泊り客はないので私は暇です、馬は向こうに繋いで、中の間で休んでい行きなさいな、お

互いの気の憂さを晴らしましょうと、草鞋の紐を解いているところに石部の八蔵がきょろきょろと目を光

らせながらやってきたのだが、やあ、與作か、人の馬を断りもなしに、美濃路まで隠れもない米糠よりも

目が荒いので有名な乾いた麦糠と異名を取っている八蔵様、目が荒くてどんなことでも見逃さないぞ、そ

れを忘れたか。十六貫を踏み倒す気かい、この性悪掏摸目、と言いながら馬の綱を解く手に飛びかかり、



が欲しいのか、遣ったら機嫌がよかろうな、三百目の釣りを持って来い、五十三次に汁を掛けて噛みこな

す與作だぞ、よしゃあがれ馬鹿野郎め、畜生め、と振りちぎる。やい、一人前な男の口をきくのじゃない

よ、男が立てたければ銭を済ましてからにしてくれ、腕ずくで勝負ならばさあ来い、ぶってかかれば小萬

が飛びつき、ねえ八蔵殿、あなたは物の道理が分かった方なはずですが、らしくもないですよ、そちらも

こちらも親方持ち、馬をやってよかろうか、取って貰ってあなたが褒められますか、そのように喧嘩腰で

声高に言わなくとも、お互いに堪忍するのがよいではありませんか、情けがありませんよと言って泣き出

したので、やい、此処な引き裂かれ女め、その涙は與作に泣いているのだな、俺は忝ないわいや、本来な

らば銭を取るところを代わりに馬を取ってやるのがこっちのぎりぎりの堪忍なのだ、いや、それはなりま

せんよ、この門に繋いだ馬はこの小萬が許しませんよ、この関の小萬が許しませんよ、いやいや、この死

にぞこないの女郎め、ふんばり女め、竹の鞭でも喰らえ、おお、女を相手に乱暴狼藉を働くならやりなさ

いよ、やあ、し損なうものか、と言って鞭をもってはっしと打(ぶ)つ。与作は小萬を押しのけて、あれは



喰らわしたな、それでは女房殿の返礼にと拳を固めて目と鼻の間めがけて、欠けてしまえとばかりに強打

した。向かってこい、やるならやろう、互いに頭上の髷を取り合って投げたり、投げられたり。ぶったり

ぶたれたり。激しく掴み合う。誠に馬子同士の喧嘩ということで、馬が踏み合う様な有様だ。

 八蔵は力ばかり、與作は相撲や柔などの心得が有る者、摺り違いに小腕を取り、ふくらはぎを蹴返した

りこりゃあと叫んで取って投げる。門柱に腰骨を打ち付けて、よろめきながらも相手を睨みつけて、どう



上げという目に合わせて、乞食の身に追い落としてやろう。身を捩じ振り虚勢をはって立ち帰る。

 小萬が追いつき、これ八蔵殿、お上の御用を勤める公用馬方が馬差し問屋で断られて何処で暮らしを立

てられましょうか、この小萬が両手を合わせて拝んでお願いいたします、男は心をいつもさっぱりとさせ

ているもの、いつまでも根に持たないで下さいな。ここはひとつ堪忍して下さいませ、と詫びれば相手は

なお付け上がって、十六貫という銭を貸して、その上に投げ飛ばされて、勘弁したならばそっちは良いだ

ろうが俺が悪い、気が済まないぞ、與作めの博徒打ち盗人と此処の門から喚いて行ってやるぞ。のう、こ

れこれ、此処に百三十匁、命に代える銀ではあるが男の為です、惜しくはありませんよ、これで済ませて

くださいなと取り出したのを引ったくり、必ず跡も済ませろよと、銭の値段はどうしようか、はあて、そ

こらは構わないぞ、そなたの勝手にしてたもれ、と言う。そんならこれで十貫分にしておこう、銭の一貫

文を銀の十三匁に換算しておこう、と木綿の巾着に捩じ込んで帰るのだった。

 小萬は小首を傾げて溜息ついて立ち戻り、先の銀を渡したのでやっとのことで行かせることができまし

たよ、ああいう人との付き合いは重ねて止めていただきたい、と呟けば、與作は肝を潰して、あの金を渡

してしまったて構わない筈はない、取り返そうと立ち上がるのを、こりゃ待ちなさいな、他人に物を借り

ながらそのままでいてよいはずがありません。昔と違って今日では道中一体で吟味が厳しく、馬借(ばしゃ

く、宿駅で人馬の指図をする役人)や問屋(といや、宿次の伝馬宿)に断られたりして悪名が立ったりしたら

忽ちにだめになって、何処へも出入りが出来なくなります。そしたら自然に会うことも出来なくなり、万

一にもお国の旧主家に評判が聞こえたりしたらその恥辱は二度とは取り返しがつかないでしょうよ。父様

の未進の件は言い延べるだけ延ばして、叶わなかった時は代わりに私が水牢に入る覚悟です。差し当たっ

ての男の難儀を救えばわしの本望です、と言うのだが與作は聞き入れず、馬方風情に何で恥辱があるか、

お前がこうして苦労を重ねているのもみんな親の為ではないか。その金をどうして遣れるものか、と駆け

出したのだが、南無三宝、こりゃダメだわい、困ったぞ、この宿白子屋の主人の左次殿が何事が起きたの

やら問屋の五人組中が連れ立って、それそこへ戻って来られるぞ、何のかのと言われてはやかましいぞ、

ちょっとそこへ隠れて会いたくないぞ、馬も何処かに引いてくれと隣の店の幕の陰に乗り物があったのを

幸いに戸を開けて片足を踏み込むと、内側から、あ痛、あ、痛い、横腹を踏み腐ったぞ、何者だと小丁稚

が大欠伸びしながらひょいと姿を現した。

 やあ、石部の自然薯か、與作殿ではないか、そちは此処で何をしているのです、俺は江戸までの通しの

馬を追って本陣(宿駅で大名などが泊まる宿屋)に泊まるのだが、夕飯過ぎから眠たくなって此処でぐっと

やったのだが、お前様は一体どうしたのじゃ、いや、気遣いしないでくれ、隣の旦那に会いたくないので

ここ隠してくれと言えば、三吉は辺りを透かして見て、そこにいるのは小萬か、ええ、うまいな、うまい

な、俺は前から二人の仲を知っているぞ、外の人ならだめだが與作という名で愛しい、與作の事なら後に

は引かない、良いとも隠しやろう、さあ入りなさいよ、と與作と三吉が膝を押しあった志、事情を深くは

知らないけれども親への孝行の念が通じての行為が哀れでもある。

 程もなく亭主は門口から、内外の者たち皆起きよ、問屋殿庄屋殿組中の前員いらっしゃったぞ、嬶(か

か)起きて出て来い、出て来い、と喚く声で出女(私娼の一種で、各地の宿駅の旅籠にいて客を引く女であ

るが売春もした)ども、主婦と一緒に表に出て来た

 庄屋や問屋が口を揃えて、御内儀、お聞きなさいな、今日の寄り合いはここの小萬について代官所から

のお差し紙(代官所からの日を決めての呼び出し状)で、小萬の父親の横田の彦兵衛は四年この方二石二斗

の御未進であり、水牢に入れられたが小萬が請負い願ったので出牢を仰せ付けられた。宿駅の係り役人の

責任としてきっと取り立てて収め参らせるようにとのお達しじゃ、則ち、小萬はお預けじゃぞ、よく聞き

なさいよと言い渡した。

 小萬は俯いて涙ぐむ。女房も驚いて、本当に困ったことを仕出かしおって、主人に厄介をかけることじ

ゃな、と言えば亭主は尖った声で、何が主の厄介だ、わしは一文の損も引きうけないぞ、上り下りの旅人

衆も関の小萬と言う名を愛でて、百やる人も二百やる、一匁の貰いも鴎尻(かもめじり、水上のカモメの尾

が跳ね上がっているように天秤竿の端がはねがるほどに目方をたっぷりと取ること)に取おるよ、百目や

二両は半年にも貯まるだろうが、與作と言う博徒打ちの盗人めに有りっ丈の財産をつぎ込んで、夏の物は

半がい(着物を入れる葛籠の一種)に襦袢が一枚あるかないか、與作への掛売金が相当にあるぞ、みんな自

分で請け負っているのだ、帳面に記した與作への掛売りは一食付きの泊まりが六回分、酒が四升五合に盛

切り十文の一膳飯が七十杯、芋と鯨の煮売りが八十五杯、喰らいも喰らった蒟蒻の田楽を百五十串じゃ

が、蒟蒻が腹の砂を吸い取るからと言って蒟蒻代金を砂にされてたまるものか、諺の盗人におい、ではな

いが、今度の訴訟事に俺は面倒は見ないよ。與作めが身ぐるみ剥いでも二石二斗の金は出ないぞ、馬を質

に取ってでも彼奴にきっと済まさせようぞ、小萬を家に入れておけよ、皆御大義で御座ったと辞儀もそこ

そこに戸を閉めて、錠を差す音が厳しく響く。

 庄屋・問屋・組頭、さてさて與作と言う奴は存じないほどの大食漢であるな、旅籠から盛切り(ひと皿売

りの副食物)まで、蒟蒻を喰らい、煮売り物を喰らい、その間に小萬とい飯盛女を夜食に食っているのだ

な、と口々に噂しながら我が家へと帰ったのだ。

 與作は肌に冷や汗を流し、ほうほうの体で這い出した開きの板戸の節穴、蔀(日除け、又は風雨を防ぐ横

戸)の隙間から覗けど覗けと見えはしない、竹櫺子(竹の格子をつけた張り出し窓)の出格子に首を伸ばして

取り付けば、内側から顔がニョっと出た、與作も首をひょっとひっこめると、ああ、大事無い、大事な

い、これ、私じゃ、小萬か、與作様か、さっきの話を聞いてくださったでしょう、悲しい事に成り果てて

しまい、わしはとうとう籠の鳥になってしまいましたよ、私がこうなったからには父様への難儀はもうか

からないでしょう、こなた様に逢う事は出来るのか、出来ないのか、これが長の別れになってしまうの

か、お上の御意向は我々下々には推測できません、與作の手を取り泣きつけば、いや、これ、雲に汁が出

来てきたぞ、雲に湿気が生じるようにどうやら形成が変わってきたぞ、どうした縁やら三吉めが與作とい

う名に惚れて、常に俺を大事にする、乗り物の内側で誑しこみ、隣に泊まった大名の金を盗んでくれまい

か、お前を男と見込んで頼むと、おだてると此奴がお立てに乗って如何にも盗んでやろうと言う。成功す

れば上首尾だし、失敗してももともと、と言い切らない内に小萬、いやいやいや、人まで罪に落とすこと

は辞めにして下さんせ、さても気の細いことだな、露見しても彼奴が打たれるだけのことだぞ、三吉よ、

ますます頼んだぞ、もう嫌とは言わせない、と口にしたところ、はれやれやれ、はれやれやれ、しちクド

イぞ、盗んでから要らないとなれば捨てるだけだ、この自然薯が人から物を頼まれて引いたりはしない

ぞ、親はなし、一門もいない、ひとつが五文の餅・拳固取りよりも小さい首だ、男同士の義理を立て抜く

為なら取られても構わない首さ、盗みをして露見して首を取られるのは当然のことだ、それを怖がってな

どいられるか、と義を立て抜く気の侍魂、侍と黄金は朽ちないとか、血筋はさすがに争われないのが哀れ

でもある。

 おお、頼もしいぞ、命を賭けて頼んだぞと、散々におだてられて、はてな、味方があれば却って気後れ

がするから何処かへとっとと退いていてくれ、やあ、小萬女郎さんや、この守り袋を預けたい、はてな、

お守りならば身につけていなさいよ、いやいや、これには俺の本名が書いてる、もしも見つけられて捕縛

された時には人に見られて恥辱となる、解いて預けた神妙さ、裾を絡げあげて忍び入る、坂の下の彌六の

所で待機している、夜中時分には戻るだろう、小萬ももう奥の間に入ったほうがいいぞ、わしゃ心配でひ

やひやする、南無お地蔵様、お地蔵様、ええ、今更になっての願立てがきくものか、声が高いぞ、密かに

密かにひそひそと、胸はだくだくでこぼこの、坂の下へと別れたのだった。

 武家は道中の掟で旅中宿泊の時の決まりで、半時(約一時間)替りの拍子木の音、九つの数や十に余った

折の真夜中に、子供心の愚かさは首尾よく盗みおおせた嬉しさに拍子木を避けもせずに金襴の財布を下げ

ながら門口にずっと姿を現した。夜回りはちらりと気をつけて、追いすがると狼狽えて乗物に逃げ入り内

部から戸を閉めたのだ。夜回りは追いすがって飛びつき、乗物の戸をしっかりと抑えたのだ。簾をあげ

て、やあ、貴様か、これは御前のお金袋、やあ、馬方の三吉がめがお金袋を盗んだぞ、出合え、出合えと

大声で呼ばわったが、これぞこの世の地獄落とし、仕掛けにかかったネズミの様である。





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最終更新日  2024年11月26日 20時12分27秒
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