「ディ-オ・ドラゴ-ネの恩恵を我が手に宿し、癒しの光を放ちたまえ・・・」
ヴェルジェはシュヴァ-リエを運ぶ道中、呪文を唱えた。
その呪文を口にしたのはまったく初めてで無意識だ。
封印されている筈のヴェルジェの力。
なのにシュヴァ-リエへの想いの深さ故か、彼の胸元に翳すヴェルジェの手が、
癒しの光りを放ち始めた。
「ヴェルジェ姫・・・そんな馬鹿な。封印されていると言うのに・・」
アポストロは、シュヴァーリエを運ぶのを手伝いながらその様子に驚いていた。
ヴェルジェは精一杯、自分の手に意識を集中させた。
そうしながらベッドへシュヴァ-リエを横たえ、傷の手当をする為に血の色に染まる
隊長の装束を脱がせた。
シュヴァ-リエの上半身は幾重にも刻み込まれた鞭の跡。
その傷跡に皆が怪訝な顔付きをした。
それに加え、何で切り裂かれたのか検討もつかないような深く身を裂かれた
傷口は内蔵も損傷しているようだった。
その傷口からまだまだ鮮血が溢れ出てくる。
ヴェルジェは尚も、呪文を続け止血に努めた。
意識を集中させるヴェルジェは、封印された力を無理に使っている為か、
少しでも気をぬくと目眩が襲ってくる。
「ヴェルジェ姫、お止め下さい!宝珠も持たずこんな無理をしたら、
姫の命が危なくなります!!」
アポストロがシュヴァ-リエの傷口に翳すヴェルジェの手を握り止めた。
「放して!」
「姫!いい加減にして下され。このような者に、姫が無理をされては姫の御身がもたん。
ライアン殿にも逢えなくなってしまわれたら、どうするおつもりじゃ?」
「ライアン?・・アポストロ、いい加減にして!!私は彼に三度も、ううん。
四度も命を救われているのよ!・・・それにライアンなんて関係ないわ!
私はクラウトの巫女姫、ヴェルジェ・ファタリ-タよ!・・ノ-ヴァの・・
ノ-ヴァのヴェルジェ姫なんかじゃないわ!・・・私は・・私よ」
勢いよく叫んだ言葉がだんだん涙声になった。
それでもアポストロを強く睨み返すと、その手を振り解いた。
ヴェルジェのそんな厳しい眼差しを誰しもが初めて目にした。
それからヴェルジェは自分の薬草袋から止血剤の役目を果たす彼女独自の
薬を幾つか取り出し、シュヴァ-リエの口に入れ込んだ。
そして以前、彼がしてくれたように自分の口に水を含むと、
彼の首もとに手を回して持ち上げ、シュヴァ-リエの血色の抜けた唇に自分の唇を重ねた。
既に意識のないシュヴァ-リエはなかなか飲み込もうとはしない。
『お願い。飲み込んで・・例え私の命が果てたとしても貴方の為なら構わない。
貴方を無くしたくない・・』
ヴェルジェは心の中で懸命に願いながら、彼の冷たくなった唇に気を送り込むかの如く、
唇を離そうとはしなかった。
見兼ねたアポストロは目を覆うと部屋を出た。
自分の図り知るヴェルジェ姫ではんない彼女の、厳しい表情と言葉。
全てがアポストロには耐えられなかった。
『姫は記憶が戻っておられないから、あの様な事を平気で申されるのじゃ・・
どれだけの想いを・・・姫とライアン殿にノ-ヴァの民は託しておったか・・
どれだけ姫がライアン殿を愛しておられてか・・』
アポストロは頭を両手で覆うと、首を左右に振った。
ア-ロンもレックスの事が気になり、その後に続いて部屋を出た。
ア-ロンは、ほん先日との光景のあまりにも違いすぎる惨たらしい
屍の山の前で座り込んだ。
そして漠然と生死とは何なのかと心に問いかけた。
そしてヴェルジェが自分の身を投げ捨て、シュヴァ-リエを庇った姿を思い浮かべた。
ヴェルジェの心があの無口なシュヴァ-リエに向いていたとは、どう考えても理解出来ない。
『何故、レックスじゃないんだ?・・あんなにヴェルジェ様の事、心から愛してくれているのに・・』
ア-ロンは心の中でそう呟いた。
ソシエには彼の鞭の傷跡が誰の仕業か検討がついていた。
彼女がシュッドの精鋭隊に入隊して五年程たつが、王妃の、
彼に対する行為が尋常でないのは直ぐに気づいていた。
隊の上の者なら皆気づいていた筈だ。
知らないのは、優しき母と、信じきっていたレオン王子だけだっただろう。
『シュヴァ-リエは頑なで、くそ真面目で、律儀で何一つ文句を言わない。
レオン王子を立てる為、彼は産まれてからずっとレオン王子の陰に徹して来たんだ』
ソシエはそんな彼の事を考えながら、ヴェルジェの懸命な姿を見、
『奴の今までの行為は報われたのだろうか?・・・』
と、心の中で問いかけ、涙を頬に伝わせた。
随分長い間、彼の唇を塞いでいたヴェルジェがふっと唇を離した。
シュヴァ-リエがやっと飲み込んだのだ。
ヴェルジェの口元に彼の紅の血がついた。
それを何度も繰り返し、また癒しの呪文を唱え、彼の胸元に光を注いだ。
随分長い間そうしていると、ようやく出血も止まり、
彼の土気色の唇が微かだが少しずつ血色を取り戻し、穏やかな息遣いになり始めた。
どうやら三途の川を渡るのを止めてくれたようだ。
ヴェルジェが安堵の溜め息をついた。
「姫、良かったね。後は見てるから・・・姫は身体を休めて。
アポストロじゃないけど、姫の身体が心配だよ」
ソシエは目眩を起こしているヴェルジェの両肩を支えるように手をかけた。
ヴェルジェはそっとその手に触れ、首を振った。
「有り難う・・だけど少しでも側に居たいの・・・たとえ・・今だけでも・・」
ヴェルジェの言葉に、ソシエは軽く溜め息をついた。
「判った・・じゃぁ私はレオン王子を見てくる。そこでちゃんと休んでよ」
ソシエは労るようにヴェルジェの背を撫で、部屋を出た。
ヴェルジェはシュヴァ-リエが横たわるベッドの脇に腰を下ろし、
彼の右手を握り締めた。
レックスの剣が振り下ろされた時、一心に飛び込んだ自分にも驚いたが、
意識が遠のくシュヴァ-リエが自分を庇い、ア-トル・ディ-オの力を使い、
守ってくれた事が嬉しく、また申し訳無く思えた。
だがあの時、ヴェルジェが庇わなければ間違いなく、
シュヴァ-リエはあの瞬間で生を諦めただろう。
安らかな彼の呼吸を聞くと自分の心まで癒される気がする。
そしてヴェルジェは命を留めたシュヴァ-リエの左腕に宿る
ア-トル・ディ-オに心から感謝した。
『カオス45』へ・・・・To be continued
このお話は私が作成したものなので、勝手に他へ流したり、使用するのは絶対止めてね。
★ めから読むなら1 朱鷺色の章 1 Prologue の扉へどうぞ★★続きを読むなら 『カオス45』 9琥珀の章(葛藤 1) へどう ぞ★
連載小説『カオス』に登場するLOVELYTOYの… October 8, 2006
『カオス46』 9琥珀の章(葛藤)2 September 9, 2006
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