レックスは父王の亡骸から、しばらく離れる事が出来なかった。
城にいた兵は全滅。
一度に両親を無くした自分には、もう誰一人とて身内もいない。
まったく予期しえなかったこの事実を全て受け入れるのに、
まだ時間がかかりそうだ。
アリスが愕然と膝を床についたままのレックスの背に
そっと手を置いた。
『もしも・・自分に彼を安らがせる事の出来る、
母性溢れる包容力と言う翼があればどんなにいいだろう。
せめて、せめて彼の顔が自分の膝に埋くまれる事が出来る程の背丈があれば、
どんなにいいだろう』
長い間、ただ独り佇むレックスの傍らで、アリスも同じ様に佇んだ。
今のレックスには自分の存在すらないようだ。
堪らない面持ちでレックスが少し落ち着くのをずっとアリスは待っていた。
「レックス・・私の耳が良い事は知ってるでしょ?・・・音を聞きつけてここに来る途中、
王がシュヴァ-リエに言ったの。
『苦しいから留めをさしてくれ』って・・シュヴァ-リエはそれでも王を救おうとしたのよ。
自分の怪我も顧みず。懸命に止血しようとしたわ。
でも王はそんなシュヴァ-リエの手を握って
『王として最後の命令を聞いてくれ。シュヴァ-リエの手で死にたい』って・・
彼はとても迷っていたわ。
だけど苦しむ王を思えばこそ、彼はその願いを聞き入れたのよ。
ほら、愛馬が怪我して、もう駄目な時、苦しむ姿が可愛そうで一思いに殺すじゃない・・・
レックス、貴方と同じくらい彼は辛かったのよ。判って・・」
あの時、シュヴァ-リエは悪魔の様な男が口にした言葉が脳裏を掠めたのだ。
『俺の手で死んだ者の魂は永劫に彷徨う』その言葉が、王の息の根を、
我が手で奪おうと決断させていたのだ。
決断させた理由はシュヴァーリエしか知らないだろう。
「・・・・・」
アリスの言う事は判る。
だがレックスには彼の判断を理解出来なかった。
もし自分がその立場で、父王が自分に介錯を懇願したとて、
自分なら父王に刃を向ける事はまず出来ない。
『それは自分のエゴなのか?』
レックスは心の中で問いかけた。
「この城の兵や、貴方の御両親を殺したのはアポストロの話では、
間違いなく魔族の仕業だって。肝をえぐり取って殺すやり方は、
以前、ノ-ヴァを襲った魔族と同じ残忍なやり方だって・・」
「では奴は何をしていたんだ?・・・自分の大切な部下を全滅させ、
王達を守らず・・何故奴は生きている?・・・何故、奴は・・・」
レックスは床に両手を付いて怒りを堪えながら、拳でその床を鋭く叩いた。
大理石の床がその勢いで崩れ土煙が舞った。
「シュヴァ-リエは・・」
王妃に捕えられていた事をコトラに聞いたアリスは、
その事を言うべきか否か躊躇し、言葉を詰まらせた。
今のレックスにこれ以上、過酷な事実を自分の口からはとんでもないが言えない。
「シュヴァ-リエ隊長は、地下の牢獄で王妃殿に捕えられておりました」
アリスが躊躇していた時、単刀直入に話に割って入ったのはソシエだ。
彼女の言葉にレックスは怪訝な顔をし、俯いていた顔を上げるとソシエを睨み付けた。
「どう言う事だ?・・奴はいったい何をした?」
レックスの言葉に、ソシエは一呼吸おいた。
傍らにいるアリスの表情が硬直する。
「ヴェルジェ姫の命を救われました」
淡々と言うソシエ。
「何を言ってる?・・俺は奴が何をして捕えられたと聞いたんだ!」
くってかかるレックス。
「ですから姫の命を救われたので捕えられたのです。
コトラの話では、私達がアポストロの所に向かった日からずっと捕えられ、
飲まず食わずで・・・シュヴァ-リエ隊長の身体には数え切れない程の鞭の後がありました」
ソシエの言葉が少し震えた。
「・・・」
レックスはソシエの説明が理解出来なかった。
「あのね・・ヴェルジェが彼の部屋に朝早く居た時の事よ。
あの晩、王妃はヴェルジェを御自分の部屋へ呼びだし、ヴェルジェに、
『付き人ならいいけど、レオンの妃にはさせない』って、言ったの。
付き人の条件は、子供を産ませない身体にするって言って・・・
ヴェルジェが反論したら・・そしたら・・彼女をバルコニ-から突き落としたの。
私は一部始終をこの耳で聞いていたわ。
ごめんなさい・・全てを知っていたのに・・一緒に探すふりまでしてしまって・・・
あの時貴方に・・事実をどうしても言えなかったの。
それで・・バルコニ-から落ちたヴェルジェを受けとめて救ったのは
シュヴァ-リエだったの。毒のナイフをヴェルジェの手に負わせたのも王妃よ。
死んだ筈のヴェルジェが彼の手によって救われた事が王妃には許せなかったみたい・・
それで地下の牢獄にずっと捕えられていたらしいの。
でも王妃は貴方の事が可愛くてやった事で・・・
それに貴方の大切な、一の部下であるシュヴァーリエの命までは
奪えなかったんでしょうね。
妃候補なら沢山いても、腹心の部下はそういないからね」
『嘘だ・・?』
レックスはその言葉が声にならない。
「この際だから申し上げますが、シュヴァ-リエ隊長が王妃に鞭を
受けていたのはこれが初めてじゃありません。
王子の目を盗んでは・・」
「何故だ?!・・何故、母上が奴にそんな事をするんだ?
そんな事をする理由など母上にはない・・
どう言うつもりなんだ?・・・この俺を悲劇のどん底からさらに、
奈落の底にでも突き落としたいのか?何を企んでいる?」
レックスがソシエに突っ掛かった。
「レックス・・ソシエはそんなつもりで言ってるんじゃない事くらい、
判るでしょ?・・ね、レックス・・・気をしっかり持って」
アリスが労るような口調で、小さな身体で、レックスの身体にしがみついた。
「もういい。俺はもう誰も信じない。何も信じられない。
何も・・何もかも無くした・・・その話が真ならば、
その事を今まで知りえなかった俺に、王子としても・・
次期王としての資格もない・・・もう・・何もかも無くしたんだ
・・判るか?・・・・独りにしてくれ・・」
レックスは顔を覆いながら立ち竦んだ。
「それがレオン王子の命令ならばそうします。
でもこのままの王子ならば、私は精鋭隊長として貴方にはもう従いません。
今後、貴方がどうされるかで私の今後も決まります」
ソシエは突き放した言い方をすると、レックスの前から姿を消した。
レックスは彼女の言葉を自分の背で聞いた。
「これだけは信じて・・私はいつも貴方の見方よ。だけど真実は受けとめてほしい・・
レックス、貴方ならこの苦しみからきっと立ち直れるわ」
アリスがフォロ-するかのような言葉を言い、彼の背に少し触れると、その場を後にした。
アリスは自分の事以上に心が辛く、痛かった。
『カオス46』へ・・・・To be continued
このお話は私が作成したものなので、勝手に他へ流したり、使用するのは絶対止めてね。
★ めから読むなら1 朱鷺色の章 1 Prologue の扉へどうぞ★★続きを読むなら 『カオス46』 9琥珀の章(葛藤 2) へどう ぞ★
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