2006年07月28日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
聖書の中で、たった2節だけ登場する人物にヤベツという人がいます。この人の祈りは、本音で実に素晴らしいのでみなさんにご紹介します。

まず、ヤベツという意味は「悲しみ」です。名は体を現すと言いますが、この人は運命的に悲しみを背負って生きていくような人です。

しかしヤベツは、「だから仕方ない」とあきらめたり、人生を呪ったりもしませんでした。むしろ神に次のような祈りをささげました。

「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私と共にあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。

1、私を大いに祝福して下さい。
普通の祝福ではありません。めちゃくちゃ祝福して下さいという祈りです。あなたもこんな祈りをささげてみませんか?

2、私の地境を広げて下さい。
私の地境が広がるということは、所有する土地が広くなるということです。これは、単に土地だけのことではなく、自分のテリトリー、自分の影響を与えられる領域を拡大してほしいという祈りでもあります。あなたはどういう地境を広げてほしいですか?

3、御手が共にありますように。


4、わざわいから遠ざけて私が苦しまないようにして下さい。
私たちは、未来においてわざわいが私から遠ざかるように祈りましょう。しかし、同時に言えることは、現在あるわざわいに対しては、感謝して受け止めてることです。それは、神の許しがあって起こっていることですから。でも、未来にはそういうわざわいを私から遠ざけて下さいという祈りが大切です。

5、神はその祈りに答えられます。
最後の一行では、「そこで神は彼の願ったことをかなえられた。」しめくくられています。ですから、祈りとは、漠然とした存在に祈るのではなく、天地を創造し、私たちを造り、唯一であり、全知全能の神に対してささげられるものです。ですから、祈りは答えられるのです。

神は目には見えません。しかし、確かに存在します。私たちは、この神の中に生き、動き、存在しているのです。それは、魚が水の中に存在するようにです。おそらく魚は、水がどいうものであるかを認識出来ないだろうと思います。私たちも、神の全容は把握出来なくても、その神を信じ、祈ることは出来ます。

そして、実は、聖書にはっきりと書かれています。聖書は、人間のありのままの弱さを赤裸々に綴っています。責任転換、ねたみ、殺人、強姦、姦淫、偽り、強盗、犯罪、不正等。現在と少しも変りません。それはなぜでしょうか?

聖書とは、
1、宣教文書ではないからです。ありのままの事実が書かれています。

2、ありのままの人間の姿が書かれています。それは、神は、人間の全てを知り尽くした上でなおも、愛しておられるということを伝えます。

3、そして、起こった出来事のありのままが書かれています。ヤベツという「悲しみ」という名前が付けられた人が祈ったら、神は、その運命を大きく変えて、願ったことをかなえられました。それは、私たちの本音の祈りも答えられることを教えます。

どうぞ、本音で、ありのままの心からの祈りを神にささげましょう。神は、その祈りに答えて下さいます。祝福を祈ります。God bless you!






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年07月28日 16時34分20秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: