2006年08月04日
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昔から、「人類みな兄弟」というような言葉が言われてきましたし、最近では、「地球村」というような言葉もよく耳にします。

それは、私たちの本来の姿でありあり方です。ある宇宙飛行士は、「地球は青かった。そして、そこには国境線が引かれていなかった。」と語ってくれましたが、本当にそうだろうなーと思います。

日本のような島国ですと、国境というものの存在はなかなか理解出来ないと思いますが、地続きの国々がある外国に行きますと国境の存在を感じます。特に、朝鮮半島の韓国と北朝鮮の国境付近の緊張感はただならぬものがありました。

実際、人類みな兄弟ですし、地球は1つの村です。もちろん、国の違い、言葉の違い、価値観や文化の違いは尊重し合うことが必要です。しかし、白人・黄色人・黒人の違いは、多少のメラニン色素の違いでしょう。そこに優劣はないはずです。また、文化には違いがあっても、一切の優劣はありません。

しかし、実際に世界の国々はお互いに優劣を付け合っています。例えば、劣等国と思っている国があるとして見下していて、その国が悪いと感じた時には、無条件で戦争をはじめてしまうでしょう。しかも、それが正義であるかのように感じます。正義のために殺し合うなんて悲し過ぎます。

また、身近な人間関係でも、傷つけ合い、憎しみ合い、殺し合っています。家族がバラバラになり、夫婦が離婚をし、利害関係のゆえに裁判沙汰になります。

それは、人類が兄弟であることを忘れ、地球が1つの村であることを知らないのでしょうか? 私は、悪魔に騙され、同士討ちさせられていると感じます。私たちの本当の敵は悪魔です。人間同士は愛し合い、赦し合い、助け合い、支え合って行くべき関係です。

インターネットの世界で誹謗中傷をし合い、争い、傷を負い合うのも悪魔の陰謀に乗せられています。昨日の親友が今日の敵になることもあります。また、断絶や絶交、陰口やうわさ話等をあちらこちらで見聞きします。

私たちは、人類がみな兄弟であることに気付き、もう一度その点に目を向けて行かなくてはならないのではないでしょうか? 聖書を生きるとは、互いに愛し合うという一言で表現できます。それは、少なくても、目の前にいる人を否定しないところからはじめ、相手の祝福を願い、相手の喜びのために仕えて行きたいものです。そうしたら、ねたみは起きっこありませんし、争いも止み、敵対していた人間関係に和解がもたらせられると思います。



そして、どんな人も敵ではありません。人間に敵はないのです。敵は悪魔です。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますが、人は弱い存在です。許し、愛して、家族として受け入れ合って、地球村を美しく建てて行きたいですね。みなさんに祝福がありますように。

God bless you!






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最終更新日  2006年08月04日 23時56分02秒
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