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父が退院することになったんです。だけど・・・良くなっての退院ではなくて・・・もう余命3ヶ月くらいの状態だからせめてまだ余力のあるうちに家で好きなことをさせてあげられる期間をってことでの退院。セザリー症候群なんて聞いたこともない名前の病気だってわかってからまだ3ヶ月くらいしか経ってないのにね。あっという間にがん細胞に体を乗っ取られてしまった父は徐々に覚悟を決めつつ残された時間を一生懸命充実させていて。入院中も熱や吐き気と戦いながらも、売店で新聞を買ってもらっては気になる記事を切り抜きノートに貼り付けて何度も読み返したり窓から見える景色や幼いころに育った村の景色を思い出してスケッチしたり小さな文字で写経したり思いついたこと文章に残してみたり。私の知らなかった父の面がたくさん見えました。入院当初は全身うろこ状になって傷口だらけだった皮膚はもう足の裏に少しうろこ状の部分が残るだけ。背中は一面水ぶくれが出たり引いたりしながらだったんだけど今はでこぼこはなくなり全体的に赤い皮膚になりました。病気が治っているわけではなく抗がん剤で症状が変わっただけ。血液検査の数値で見ると何十倍もがん細胞が増えていて結局抗がん剤でつらい思いしても効き目がなかったようで。まだ69歳だからもっともっと長生きしてほしいんだけどねぇ・・・退院したら父の田舎のお墓参りに連れていってあげるつもりだった。でもね・・・母に断られちゃって。父が自分で運転して母と二人で行ってくるからって。運転させるのが心配だから私と彼で連れていってあげたかったのに・・・結局ね、田舎の親戚たちに対してうちの両親にとって私は「体裁の悪い娘」で。何しろバツが二つも付いてるからね。田舎には近寄られたくないみたいで。今までも散々そういう厭味を言われてきたけど・・・そんなねぇ・・・私の人生なんだから田舎の親戚に養ってもらうわけじゃなし自分自身が幸せでいるためにした決断の結果バツが二つになったんだし。最初は夫の暴力から子供たちを守ることが優先だったし2度目は義父の介護を終えて看取ったあと居場所が感じられなかったからそんな生活では自分は幸せではいられなかったし。実際にいま私は結構充実してるし貧乏ではあっても不幸ではないよ。毎日笑顔でいられる生活を精一杯送ってるつもり。それなのに・・・・そんな恥に思われるほど親不孝なことだったのかな・・・年賀状で私の苗字が嫁ぎ先のままってことに気づいた親戚からなんか言われたとか母にはなぜ苗字を戻さなかったのかと前にも責められた。子供たちに学校で嫌な想いさせたくなかったし保険だ何だと手続きも大変だし。今の世の中、母子家庭になることも嫁ぎ先の苗字のままってことも珍しくはない。そんな責められるようなことなのかな・・・別に苗字を戻さなくても親と子のつながりを切るつもりはないし迷惑かけることでもないと思ってたんだけどな。いつまでもそういう見方をされていることがストレスの素なんだよねぇ・・・。母には先日も子供に対する叱り方がきついとか言われてね。「もっと優しく諭すように言えないのかと思ってた」って。それも彼にわざわざ言いつけるみたいに言うから腹が立っちゃって。確かに言うこときかないとめちゃくちゃ怒ることもあったよ。それでも義父の介護しながらだったり義姉たちや姑に気を遣いながら何も手伝わず見方にすらなってくれない夫とも闘いながら子どもたちを必死で育ててきたんだもん。関わらないことを選択し寄り付いてもくれなかった母にいまさらそんな子育てのことまで文句言われるなんてさ。いろいろあっても何とか長男は独立し、次男は高校で娘はもうすぐ中学でそれぞれ友達にも恵まれてちゃんと育ってるよ。28歳にもなってニートしてる弟を生み育てていまだ甘いこという母に言われても・・・叱らなきゃいけないときにちゃんと叱れなかったから、父が病気で働けなくなってもまだニートしてるんじゃないの?って思うもん。私が弟に何を言おうと結局は弟を庇ってしまうんだから・・・。このまま父が亡くなって母ひとり息子ひとりの生活になったらいったいどうなってしまうんだろう。いろいろ嫌なこと言われても母のことはずっと大事に思うけど母を引き取っていっしょに暮らしていきたいと思ってもそこに弟が居たら・・・それは許せない自分がいて。働けるのに働かない、本人からこれといった理由はきけてない。が、一度母が職探しをすすめたら「わかってるけど面倒くさい」と言ったとか。誰だって仕事するのは大変なんだよ。体がしんどい日もある、面倒くさい時だってあるさ。それでも生きていくためには働いてお金を稼いでこなきゃいけないんだよ。うちの長男だって生活するために必死で働いてるやん。面倒くさいってなんだよ!!ってめちゃくちゃ腹が立ってさ。そんな弟が許せないし、そんな弟をいつまでも庇う両親に対しても気持ちはすごく複雑でね・・・・。父の病気を通してほんとにいろいろ考えるきっかけにはなったけどまだまだこれからいっぱい悩むんだと思う。おかげで今年に入ってからずーっと胃が痛くって。職場で胃薬もらってはお粥をすすって、それでも私はがむしゃらに働くぞ!!父との思い出つくりにどこかに旅行だけでも行けたらいいんだけどなぁ・・・。
2012年01月22日
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今年も仕事が始まってますが…毎年、この年明けの出勤ってドキドキします。休み中に具合が悪くなる人もいれば亡くなってる場合もあるからね(-o-;)高齢者ばかりで独居の方が多いからいつ何が起こっても不思議ではないです。デイケアに居る間でも意識消失する人や血圧や心拍の急低下で救急搬送することもあるし。常に覚悟しながら安全に、少しでもリハビリで生活能力があげられるように今年も頑張って働きたいと思います(*´∇`*)今年の玄関ロビー壁紙は新聞紙の貼り絵で富士山、龍には鱗のようにスパンコールを全面貼り付けました。細かい作業でなかなか進まなかったし貼りながらもポロポロ落ちて大変でした。が、出来上がるとなかなかの迫力です。1月の壁紙は竜の宝船に乗る七福神です。初の試みで服のところは布地を貼り絵に取り入れ宝船の帆も天井を使って立体的に飾り付けました。帆がうまいこと空気清浄器の風を受けてそよそよと揺れるんです(笑)年末はこの壁紙製作で連日のサービス残業でした。やり出すとどんどん凝ってしまうんでね(;^_^Aでもなかなかステキなのができて良かった♪今年も頑張りまーす!
2012年01月07日
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セザリー症候群なんていう かなり珍しい病気になった父は 年末前にキツイ抗がん剤の点滴があり 大晦日から副作用がひどく出て 69年の人生で初めての病院で過ごす正月が 何より苦しい状態になりました((T_T)) 熱が出て血圧が一気に下がって 吐き気もあり身体は怠く 脱毛も始まり動けなくなり… ご飯も食べられなくてね たまにアイスやプリンを少しだけ食べ… 今日は娘と一緒にお見舞いに行ったけど 歯茎が腫れて入れ歯が入らず 明日は残った歯を抜かれるようで 解熱の点滴されて調子悪かったの。 歯がないといっぺんに老人の顔になるよね 自分の父がこんなに年老いたのかって 哀しくなってしまいました。 血が止まりにくくなってるから 抜歯も簡単にはいかないみたいだし しんどそうで見てるのも辛いほど(-_-;) それでもふらつきが治まって やっとのことで身体が起こせたので 着替えついでに足湯をしてあげました。 足の裏はまだ分厚い鱗状の皮膚が固まっていて デコボコして痛みがあるみたいで お湯でふやかしながら手袋で泡石鹸つけて そーっと撫でるように洗います。 その後は全身に薬を塗るんだけど 場所や症状の度合いによって 5種類くらい使い分けるから大仕事です(-o-;) きれいになって気持ち良かったのか ちょっと元気が出て話せるようになりました。 七つのお寺を巡る「七幸巡り」が満願できたことを報告。 四天王寺というお寺に満願者の名前札を 2年間あげてもらえるので父の名前で出したこと 退院したら一緒に見に御参りに行こうって言うと すごく嬉しそうに笑ってくれました。 娘が「歯のないじぃちゃんは可愛いなぁ」と言うと 照れながら嬉し泣きしちゃってました。 窓から見える景色や生まれ育った町の景色を ノートに描いて見せてくれて。 私が小さいころの父は出張の多い仕事で 平日はほとんど居なかった。 そのかわり日曜は朝から晩まで 草野球やハイキングに連れて行ってくれたり たこ焼きやお好み焼きを作ってくれたり ほんとに家族サービスの上手な人でした。 だけど絵を描いたのを見たのは初めてで。 きっとそんなゆったりと時間を過ごせたことが ないままこの年まできたんだろうな。 涙脆くなった歯のない可愛い老人の父が なんだかとても愛しくて。 余命1年とは言われたけれど 父という人を改めて愛しく思える時間を 持てて幸せだなと思います(*´∇`*)
2012年01月03日
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子どもたちが大きくなってくると カウントダウンだ初詣だと 出掛けて行ってしまうので 寂しいもんですねぇ(-o-;) 普段は仕事に追われてゆっくりするヒマないんで 私はのんびり朝寝坊して 年賀状書いたりビデオ観たり。 他にもいっぱいやりたいことはあるんですよ まとまった時間ができたらぜひ! って思っていつもは頭の隅っこに追いやってて。 だけどいざ時間ができると ひたすらのんびりグダグダしてるのが なんとも言えず幸せだったりして。 正月用にお酒も買い込んでたから(笑) 朝っぱらからおせちつまみながら こたつで映画観てグースカうたた寝して(;^_^A とっても呑気なお正月です(o^・^o)
2012年01月02日
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2012年の幕開けですね。 大晦日は例年通りに巻き寿司とおせちをつくり 年越し蕎麦と巻き寿司を食べながら 娘とガキ使観てケラケラ笑って 0時と同時に「おめでとう!今年もよろしくね」 って娘と抱き合いました。 いつまでこんな風にしてくれるのかなぁ… 次男は友達と初詣(カウントダウン)に行くって 夕方に巻き寿司と蕎麦を食べて出たきり。 長男は音沙汰なし。今日も仕事かなぁ… こんな風に一人減り二人減り なんだか寂しいです。 娘もそのうち友達との方が主になるだろな(-_-;) そのときには彼と一緒に過ごせたらいいなぁ。 今年も1年よろしくお願いいたします。m(__)m
2012年01月01日
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