灯台

灯台

2021年04月10日
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監視カメラに映る―――睨んでいる女の顔・・・・・・。


警備室が一階の正面玄関脇にあり、
各階のエレベーター前に監視カメラが付いている。
会社の警備業務。
警備室の集中モニターで監視するシステム。
異常発生時、切り替え時のパネル操作をし、ZOOMで確認する。
主な仕事の内容は、モニターの監視と定時の各階の見回り。

ロッカーで警備服に着替え、椅子に座る。
いつもと変わらない溶けた鉛のような退屈な画面。
そこに、女が映っていた。
深夜の作業に入って、欠伸がふわふわ出てきながら、
それでも画面を見つめ、珈琲を飲んでいた頃だった。

「何だ、これ・・・・・・」
六階のエレベーターの監視カメラに映っている。
同僚のCさんにも見てもらうと、本当だな、と言う。
「でもさ、これ―――」
「・・・・・・一応見てきます」
「いやでも、これ―――」

その存在は透明な粘着力で、僕の中にあるレコードのような深い溝を辷る。
粘り、滞り、ねじれ、同じ表情、同じ声、同じ妄執、同じ動揺。
警報は作動していない。
どんな手品だろう、とその時は思った。
暴漢などに対する対策、警報装置の作動後の速やかな警察への通報。
けれども、このような場合のレクチャーは受けていなかった。

「監視業務お願いします」

自分は警棒を握りながら、階段で向かう。
エレベーターで行ったら相手が逃げてしまうかもしれないからだ。
翳りが多く、光の戯れの少ない、非常階段。
特異な連続性と切断。
六階まで足音を殺しながら、向かう。
非常扉からエレベーター前へ。

死に脅かされ、死と闘い、
ほとんど死に脅かされるようにして消えていく人々のぎりぎりの時間。

スウッ...ゴゴゴ.......
スウッ...ゴゴゴ......
ああ―――熱帯魚が泳いでいる水槽のポンプみたいな呼吸音が聞こえる。
怖いけれど、しかし、暗い虚ろな空洞の中にも人間の心はあるのだろう。
眩暈が―――した。

  *

眼を開けると、Cさんが心配そうに覗き込んでいた。

「君は、多分憑依されたんだ。会社の中を夢遊病者のように歩いた」
―――生の亀裂。
「あるいは、眼をつけられたのかもしれない」
―――得体の知れない言葉。

「あと、監視カメラの映像で、奴が映ってる―――と思う、
見るかい?」

見るかと聞かれると尻込みするが、
一度ぐらいちゃんと見ておくべきかもしれない。

それは僕が六階に行ったあの時刻。
熟れすぎた女の眼がいまにもどろどろに流れだしそうだ―――。
両眼がおかしな方向を向いているのは―――。
一度、眼球が飛び出たからなのかも知れない。
媚薬の痺れにも似た薄暗い中での青白い燐光。
女性用のスーツ姿なのはわかる。
でも、それが有り得ないほど汚れている・・・・・・。
、、、、、、、、
生きた者ではない―――。

   *

よだれた感覚が残っていた。自転車に乗りアパートへ帰る時も、
車も、通行客にも、何か見ている像を失ってしまったような気がする。
それは生の義務や、欲望なのかもしれない。

「疲れている―――」

家に帰ると、その女が、玄関の前に立っていた。

夜は、悲劇を喜劇にするように忍び足で這い寄っている。
階段を降りながら、
うつろにどよめく真っ黒な塊のような夜の街にいることを思いだす。
カターン...カターン...
カターン...カターン...

非常階段。
憂鬱で、救いがなくて、泣きそうなほど怖いのは、
けして、幽霊なんかではない―――。

   *

「成仏したいなら神社へ行ってやる」
「・・・・・・」
「心残りがあるというのならそこまで連れて行ってやる」
「・・・・・・・」


   *


スウッ...ゴゴゴ.......
スウッ...ゴゴゴ......



   *

眼を開けると、Cさんが心配そうに覗き込んでいた。
周囲を見回すと、警備室である。
脳がヒリヒリする・・。
まるで、体験を繰り返しているようだが―――微妙に違う・・。
「ねえ、あの女の映った映像があったろ、
主任と見てみたんだ、そうしたら全部消えていた。
君と見た時には確かに見えたのにね、
何でなんだろう―――」

それは、と僕は考える。

虚構めいた特権的な高さの中にある、
意識的現前の中で共有される神の忘却にも似た現象・・・・。

   *

会話は続いている。
「それでも、あの女さ、主任が言うには結構前からいるみたいだ」
それが何なのだろう、と思った。
僕は自分の偏執と思索に驚く。
それはどんな原理にも辿り着かないし、
どんな救済に達するわけでもな―――い。
ただ繰返し目覚め、眠るだけだ。

「・・・・・・」

だって、やっぱり監視カメラで僕の方を見ている。
ものすごい眼のアップをしている。
いよいよ、魅せられている、ああいよいよ、湿ってくる。
彼女の後ろには、宇宙の悲しみのような廊下がある。
僕はその情報量に、麻酔をかけられた患者のようでいる。
Cさん、あなたの後ろにいる。
Cさん、僕をいま、俯瞰ろしている。


「・・・・・・・・・」

   *

スウッ...ゴゴゴ.......
スウッ...ゴゴゴ......

ああ、また眩暈がする―――。


   *

眼を開けると、海岸が見えた。
晒しぬかれた骨の白さのような雲が、灰色の泥土の中に見えた。

ふと足元に棒で十字架が作られているのが見えた。
ビー玉が転がっていた。
それから、雑誌と潰れた弁当箱と吸いがらが見えた。
ここは草叢だった。
五〇メートルぐらいの距離がある高台から、その海岸の光景を見ていた。
しかしそれが単なる事実ではなく、記憶や幻想や様々なモティーフによって、
よじりあわせたはてに生まれてるある種の感覚だと奇妙に明示されていた。

あの女は何だったのだろう、僕にはわからない。
そもそもどうしてそんな所にいたのだかわからない。
それは、会社付近にある駅からもっとも遠くへ行ける場所だった。
日常であるような次元に形成される無数の選択肢があり、
その選択肢にも様々な虚実が潜んでいる。

時空の連続性はもはや断たれている―――。

絶え間ない色彩の光や模様。波の打ち寄せる音。
その陰惨な合唱。自然の垣間見せる交響曲・・。

―――祈りのように立ちあがり、僕は名前の知らない町で、
忘れていた記憶を探す・・・・・・。


   *

Cさんが首吊りをしたという話を、
電話で辞めさせてほしいと言った時に、教えられた。





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最終更新日  2021年04月10日 20時34分22秒


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