「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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2024年03月22日
イラスト詩「夢を見る生き物」
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それはまるで手探りで、
暗闇の中を歩いていくような気分なんだ。
賑やかな街区を飴の中に閉じ込めて、
商店街、歓楽街、人通りが割れた柘榴のように開く。
口が開いている。それが、未だ見ぬ遠い彼方の別世界へ、
これから分けのぼる途中の険しさを想わせる。
光と熱と歓語で充たされた列車。
地獄に毛が生えたような気分が道を淋しく狭くする。
行く先の目的もなく方角もなく、
失神者のようにうろうろと歩き廻っている。
ふとした拍子に、
幼い頃の自分の後ろ姿を追いかけているような錯覚に陥るほどに、
嘗ての、ひだるい、悲しい、怒りに似た感情がかえりみられた。
曇りだった月が不意に、足元にスポットライトのように射し込む。
何の変哲もない夜が、天国と地獄の間を行く、
エレベーターに乗っているような気持ちにさせる。
白ペンキでマークしたトラックが一台道を塞いで止まっているのが見えた。
「消したい過去はありませんか?」
「・・・・・・」
いつのまにか、人が後ろに立っている。
夜のエキストラ。
夜の無言の人物。
夜中だというのに帽子を目深にかむって顔が見えない。
作業服を着ている女性だった。
モップを持っていたので、清掃員かと思う。
作業着に、清掃会社という刺繍が読み取れた。
会社名は読めなかった。
前に出るタイミングが難しい。
見計らっている間に物事を前に進められてしまう。
どう考えているか、どう動いてほしいか、
互いに言語化しながらチューニングしていく時間を取ってくれたら、と思う。
シンプルに判断材料を共有してくれるだけでもシンクロさせやすくなる。
一番に自分の眼に映じた美しい見物は―――。
頭上に檸檬と、明るい銀灰色の条痕を成しながら、
複雑なニュアンスをもって彩どられ、
懐疑者、煩悶者をも、諄々として教え導くにつとめる存在。
そのせいか、ふっと僕は自分のことをこう思った。
心の落着きを得られない不幸な停車場の待合室にいるような男、と。
「街というのは磁場を動き回る鉄のやすり屑のようなもの、
くっつき合い、散らばり、また集まる。
その電子のスピンのようなものが、あなたです。
いいえ、この街にいる、沢山のあなた。
果てしないその繰り返しのような毎日の中で、
夢に見る竜宮城のように雑沓している。
ふっと、後ろ暗いことや、嫌なこと、消したい過去が、
人生を重くする」
「・・・・・・唐突ですね、でも、それなら、
あの月を消してほしい」
「承りました」
次の瞬間、真っ暗闇の場所にいた。
冗談だった。
前言撤回しようにも、言い訳しようにも、何もすることが出来ない。
それ以来、僕は人というものに遭ったことがない。
話し相手もおらず、するべきこともなく、蹲ったりしながら、
寄り掛かることもなく、眼がどんよりと陥ち込んで、
ちからのない弛みを帯びている、
真っ暗闇の中をとぼとぼと歩き続けている。
多様で特異な個々の遠近法の生成を肯定する。
限りもない平坦な鉄路の上を歩いているような気分だったし、
あるいは、空気穴を開いてそこに絶えず吸い込まれている。
断末魔の腸がねじれたように時間という概念が旋廻したか消失するかして、
生きているのか死んでいるのかの認識も捲れたように、
皆目わからなくなった頃、
おそらく数百日、飯も食わず水も飲まず、
初めて、言葉というのを口にした。
或る視点からの対象の見え方、その物の見える姿は、
つねに不完全であり、主観的とも無視点ともいえるものだろう。
個人の心理状態のうちに隠された私秘性、あるいは偶有性。
それは舌にさわり、引っ掛かり、痛み、自分の存在を主張していた。
頭の中に風のようにイメージが唸り、眼の奥が熱く沸いた。
裏と表とを透かして見ていた。
「月が消えたんじゃなくて、これでは世界が消えたことになる」
ふっと後ろから声がした。
「・・・・・・キャンセルしますか?」
「―――もちろん」
次の瞬間、曇りだった月が不意に、
足元にスポットライトのように射し込む。
何の変哲もない夜が、帰って来た。
いよいよ森閑として、
思わずこの世の暮らしの侘びしさに身ぶるいをする。
夜はきらきらと戯れて、
黒いまだら模様を織り成していた。
不意に思い出したように一陣の風がどうっと吹きつけてきた。
思量の端緒を失って暫くの間は、茫然として、顔を赤くしていたと思うが、
やがて清掃員の姿をした女性を探したが、周囲の何処にもいなかった。
夢でも見ていたような格好だ。
狐に化かされたのかも知れない。
一歩目を歩きだしながら、
仕事を辞めようと初めて思った。
二歩目を歩きながら、
コンビニへ行こう、腹が減った、
借りていたアパートは何処だろう、と思った。
三歩目を踏み出した時に、
キャンセル料はいらないのだろうか、と思った。
頭上には皓皓たる月が昇っていた。
それは何か残酷な無機物の集合のように感じられたが、
磁石のように、いや、貪欲な蛸のように、
餌になりそうなものの方向へ、好奇心一杯に、
触手を伸ばしているような気がした。
しかしこんなことをしているのはそれがはじめてでもあるかのように、
いかにも期待に充ちながら、死と反対のもの、
死によって考えが生きんとする欲望を暗くしているような気持ちにさせる。
住宅街は影絵のような風情で、ふっと死にたくなった。
範囲も、雰囲気も、多くの人間の動きも、都会の夜のしづけさも、
ぴったり把握している。大きくて空しい時代の感銘、
あわただしく過ぎ去ってゆく日々のなかの夢を、
極めて静かな虚空に映写しているような気がした。
可笑しい性質、美しい性質、懐疑、悟性、愚蒙、経験、無知のなせる業。
それでも静かだけれど洗濯機や、
エアコンの音、換気扇の回る音、人の話し声がする町は、
不思議と懐しかった。
そういう軽い物思いへいざなうほどの圧倒する感情が、
内側に潜伏していたのだ。
それ以来、仕事を変えた、戦争が始まった。
カタストロフという名の枯れ葉の煙が真っ直ぐ立ち上っていた。
目的なしにただ強靭に吹きまくる数百種類の風が、
複雑にからみ合っていた。
もうすぐラピュタが見えるよって言っている間に終わった。
星の光がぼやけるということはない。
支配層の入れ替えが行なわれた。
それでも統率力や民衆を治める力がそこにはあった。
その後の筋書を忘れてしまったが、政治家同士が宇宙人を紹介した。
やがて地球に隕石が落ちて人口が十分の一になった、
人類はそれまでに月や火星へ移住した。
賑やかな、しかし寂しい一行は歩み出した。
―――新しい歴史の方へ。
気が付くと、周囲の動物は日本語ぺらぺらだった。
ある物は崩れていく。色々の物が崩れていく。
それならば崩れていってついに滅茶苦茶になってしまうかというと、
これがそうではない。住めば都、案ずるより産むがやすし。
火を点けようと思うと灰になっているが、それでいいのだろう。
肉体を持たない宇宙人と仕事仲間にだってなる。
そして何となくよくわからないまま生きている。
あの夜中だというのに帽子を目深にかむって顔が見えない。
作業服を着ている女性。
モップを持っていて、清掃員かと思う女性、
作業着に、清掃会社という刺繍が読み取れた女性を見た時のことを、
僕はもつれた糸のように思い出すことがある。
もう一度、キャンセルというのをキャンセルしたいと、
言いたい気持ちになることがある。
でも、効力はなくなってしまっただろうという気もする。
が、結局のところそれは、切れない鋏なんだろう。
それはまるで手探りで、
暗闇の中を歩いていくような気分なんだ。
うちの娘は、地球の清掃服の格好が好きで、
悲観論者で厭世論者の自分に、
VRの良さについて語る。
彼女が一番好きなのは地球の終わりという世紀末物だ。
ゲームには詳しくないが、テラフォーミングについては詳しい、
当時の最新技術と一緒に培った人生をかけた知識だ。
色んな偶然が重なった。
彼女は他にも、タイムマシンや量子もつれにも詳しい。
どこかピントがズレてしまっていそうで、少し怖い。
精緻化、構造化したいと考えながら、
その実、ぜんぜん的外れになっている可能性がありそうで怖い。
娘は十歳で大学教授になった。
鳶が鷹を産み、下水によどむ水溜まりのような父親を濾過した。
しかし我が娘ながら、頭のネジが百本は飛んでいる、
少女の好みそうなものを選ぶと、ことごとく、
こんな頭の悪そうなものはいらないと駄目出しされ、
お金の無駄遣いといわれた。
人としての教養の準則を説いた本は排泄物の臭いがすると言い、
日本の神話伝説、仏典の説話、民間説話などを詐欺師の論理と述べた。
下剋上の現象である。
やさしい交流が遠くに感じられた。
三歳の時にプレゼントした百科事典は大切にしているらしい。
育て方がよかったのだろう、死にそうな父親の枕元に、
喋るあらいぐまと、レッサーパンダと、狸を入れてくれる。
「よければさし上げます、さあ」とか言った。
玩具か、ぬいぐるみかと言ったら、
いまになって頭がファンタジアしたかと言ったら、
彼等は小さな前脚で、ジジイといって殴られた。
(オヤジといったら、ぶたれたこともないのにと絶対言った、)
ボグシッ、とちゃんと言ってくれた。
ウーイ。ウフッ、ウウ、どうもうまいもんだ。
ありがたいことだ。
唯一の娯楽でもあり、消閑法でもあるのだろう。
生きていると色々面白いことがある。
後、時々マットレスと間違えて踏んでごめん。
忠実な利口な犬をかわいがったことのある人には、
そのような愉快さの性質や強さをわざわざ説明する必要はない。
言うことは?
亜剌比亜とか波斯絨毯かと思った。
じゃあ、許す。
彼等は娘ともどもVRが大好きで一緒に遊ぶ、
たった一瞬で世界を真っ暗闇にして、そこでぼんやりするらしい。
何にもないことが最高の贅沢らしい。
なんでそんなことをしたいのかさっぱりわからない。
経験上、ただただ、途方に暮れるだけだ。
あと、そんなのはゲームじゃない。
そしてベッドで寝た切りになった自分に、
十九になった娘が訳知り顔で言う。
お父さんみたいな人って、
追い込まれないと結果を出せない人よね。
窓には月の光ではなく、人工の街あかりが美しく照らしている。
眼を瞠った。どうしたのだ。まるで覚えがない。何という縞目だ。
一篇の詩句のように笑い声をあげ、肩を聳やかし、
極まりの悪いような微笑をし、
世界が遠ざかり、消えてゆくのを感じた。
ああ、音がない、まったくのサイレントだ。
そして、いきなり娘にモップで顔を攻撃された。
「いっとくけど、死ぬ前にロボットに改造するからね」
死さえ許してくれないらしい。
なんて親孝行な娘だ、そのモップは掃除するものだよと教えた。
しかし不可思議なことが、いつまでも残って、
未鍛練の心を揺すり続ける。
さて、締まらないが、そろそろ、お迎えの時間だ。
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最終更新日 2024年03月22日 22時28分07秒
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