灯台

灯台

2024年06月03日
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病院に入院していた。
はず―――だ。

奇病だった。
パンドラの函の最後に残った希望のような、奇病。
死は差し迫っていた。
釣り糸を垂れて月を釣り上げるような構図。
けれど周囲の人間は自分の身体が死に侵蝕されてゆくのを、
痛くない、大丈夫、と言いながらその実、嬉しそうにしていた。
皮膚細胞の張りつめた繊条。
奉仕的行為の裏には無意識の条件づけられた反射がある。

、、、、、、、、
ポーカーフェイス。
両親にも多額の報酬が支払われると聞く。
そして両親は来なくなった。
友達はちらほら来てくれていたが、
面会謝絶の病室から、
アクアリウムという最終患者のための施設へ移動すると、
人間関係はシャットダウンされた。
鼠一匹入れやしない。
近付けば近づくほど電気抵抗のように警告する。
磁界は強くなる。
自分の死と引き換えにウィルスの特効薬が作られ―――る。
まるで謎の暗黒物質の中を、光の速さで膨張しているみたいだ。

高速道路の下の何もないジメジメした場所を歩き続けるような日々が、
どれぐらい経過していたのかはわからない。
玄関出入り口のロビーを患者衣を着ながら、歩いてきた時、
発作に襲われた。
誰にも見えないんだ、進んでいるつもりで戻っている、
そして透明なんだ、楽に信じれば、
唇の端ぐらいは痙攣った笑いできるかも知れない。
手に不思議な紋様が浮かんだ。
死ぬのがわかった。

「―――おい、あれを見ろ」
おかしなことを言う。
UFOでも来たのだろう―――か。
声が聞こえた。
次の瞬間には、見知らぬ廃墟にいた。
いま確かに玄関出入り口のロビーにいたのに。
座席が見え、液晶テレビが見え、
マガジンラックがあり、公衆電話があり、

ナースセンターないしは受付の窓口のようなものが、
あったはずなのに。
倒れかかった場所は、全然違う場所だった。
夕陽が見えていた。
光の中に淡褐色の靄が増してゆく。
周囲には爆撃機のあとのように無残に破壊された格好の、
建物があった。
それを何と言うのだろう―――“廃墟”だ。
廃墟に少女がいた。
十代とおぼしき、幼い顔立ち、身長。
銀色なのか白髪なのか見分けのつかない赤眼の少女が、いた。
ぼろぼろの服を着ていたが、そのイメージはすぐに忘れ去られる。

少女はいきなりロングソードのようなものを振りかざしてきた。
バタフライナイフではない。
西洋剣のようなものが、すちゃっ、と音を立てた。
一〇〇センチ。大振り。
甲冑が進化した戦場でも万能に使える武器。
ブレードアーマーも貫く。
暗褐色の啓示の言葉が浮かび上がって来る。
明敏な心をもってしても見ることができない、本能の合図。

殺す。
、、、
だから。
仕方なかったのだ。
何故か手に持っている少女と同じロングソードを構えて、
えいやっ、と突き出した。
肩甲骨のところへ、胸へ、どくっと、溢れた。
しかしその瞬間。
少女はロングソードを落として攻撃を受けた。
刺さった。
肉に剣を突き刺す感触がした。
蛙を裸足で踏み潰した時の嫌な感触を思い出した。
切れ味がよいのか、それともそんな勢いがあったのか。
ぽたぽたと血が滴り落ちるのがわかった。
ぐさっと引き抜くと、げぼげぼと血を吐きながら少女が倒れていた。
腹話術師が悪戯をしているような気分だった。
地獄絵図だった。
あらゆる人間の運命があらかじめ完璧に決定されている、

という考えに突如襲われる。
だが、そこから少女は「またか」と言い、
血が生き物のように動くのを認めた。歪んだ感覚だ。
、、、、、、、
まともじゃない。
少女の元へと血液という名の水はしゅるしゅると戻り始めた。
不死身とか、自己再生、高速回復というファンタジー語を紐解いた。
逆再生映像でも見ているようだった。
血を呑み込み終わると傷口も塞がった。
三日月ほどの傷すらも見えない。
ジグソーパズルほどのひび割れすら見えない。
少女はそして復活した。
傷ひとつない、水平。

少女は腰が抜けている自分の傍らに、
犬猫にでもそうするように屈んで、

「人を殺すのは初めて?」と言った。
何だかまるで、コンビニでバイトは初めて、
と先輩から言われているような感じだった。
もしかしたらそのまま、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
ビール広告を始めるべきなのかも知れない。
剥き出しの丘の中腹あたりで綿菓子になろうとする、
耳の長い、もこもこの羊のように夢を見ている。
、、
はっ、とした。

「殺して、な、い」
「いま殺したよ、生き返ったの見たでしょ?」
「手品だ!」
「じゃあ、手品でもいいよ、人類の頽廃のエッセンスを、
巨大な噴霧器さながらの効果を与えし剣によって、
あなたはわたしを殺す手品をした」
「その殺すとかいう物騒な言葉がいらない、
俎板の上のキュウリやタマネギじゃないんだ、
いや違う、色々いらない」
「でもそれが一番重要な部分だからしょうがないよ、
傷つける行為と傷つけられる行為がある、

殺人には殺害者と死者がいる。
さあ、落ち着いたでしょ―――来て」
「・・・・・・頭がおかしくなりそうだ、君はゾンビなんだ」
「大丈夫よ、そんなことぐらいで、
頭がおかしくなる人なんて稀よ。処刑場の壁のフックを見続けて、
気が狂れる人はいるかも知れないけど、
蜂蜜を入れて蟻を入れたトロイの木馬風、
考えてるから頭がおかしくなるのよ、動きなさい」

立ち上がった。
立ち上がって、ふと気付いた。
発作がおさまっていた。いや、違うと冷静に振り返った。
二人はきっと絵に描かれた犬のような顔をしていた。

「―――僕は死んだのか?」
「ニーチェならそう言うかも知れない、
ハイデッカーなら哲学で説き伏せられるか考える。
けど、死んでないわよ、だってわたしは、

あなたを生きてると見なしてる。
条件づけられた反射や反応の研究を迷路というにせよ、ね。

というか、そんなシリアスな顔をしてるから、
頭がおかしくなるなる詐欺をするのよ」

、、
黙れ、と言いたかった。
言葉は塩付きピーナッツみたいだ。

「ここは―――死後の世界か? 煉獄か?」
「死後の世界? 煉獄? 
何言ってるかさっぱりわからないけど、
早くしないと色々まずいのよ。
動かないなら殺すけど、それでいい?
墓碑銘に骨ぐらいたててあげるから、
名前だけは教えて」

考えている暇はなかった。
少女は多分、さっき死のうとしたのだ。
それについては悪臭を放つ汚水のように理解した。
だって、少女の眼は少しばかし前の自分の死を達観し、
諦観した、無防備で無気力なその瞳そのものだった。
けれど、あんなものを持ち歩くのだ。
気持ち悪いほどねばねばべとべとした、
納豆のような殺しの道具。
確かに人を殺したことがあるのだろう。
少女はベッドのある暗いムショ部屋ないしは、
三畳間のようなところへ案内し、冷蔵庫のようなところから、

パンとおにぎりを出してきた。
ハムサンドとタマゴサンド。ならびに、鮭とおかかだった。
ソーセージパンが好きなんだよな、あと梅。
、、、、、、、、、、、、、
贅沢を言える立場ではないが。

「喰え」
どうも、人間扱いされてない気がする。
―――賞味期限とか、色々ツッコミたい。
いや、拾ってきた犬や猫にでも、
もうちょっと優しいような気がする。
馬鹿になりたくない、それは長所だ。
噛まれたら本気で怒る、それが短所だ。
人間に対する命令は偉大な進歩と不毛の関係である。


「いや、喰えじゃなくて、きちんと説明してくれよ」
「じゃあ、言い方を変える。これ後十分で食べないと、
とんでもなくまずいことにする」

子供同士の会話みたいだった。
今日の商品はこのパンとおにぎりです、
あー、冷や汗出てきたな、

こんな国宝級のシロモノ出しちゃっていいのかなー、
あの、視聴者の皆さますごいんですよ、
これは意味ありげに盛り上がりますよ、
これはスーッと消えて、何処までも続く、
あのね、ここだけの話ですよ、
、、、、、、、、、、、、、、
とんでもなくまずいことになる。

「持っていくことは?」
「わたしみたいに剣を振りかざしてくる、
機械の化け物がいる。後十分でタイムリミット」
「・・・・・・なんで?」
「知らない。ただ、時間は知ってる。
だから食事はした方がいい」

もそもそと食べた。
最後の晩餐のようなものかも知れないと思いながら食べたが、
正直あまり美味しいものではなかった。
そんなのうんざりするほど長い病院生活でも同じだった。
食欲をそそるものでも身体がそれを受け付けない。
けれど、食べ物を生きるために食べているというのは、
不思議な感触だった。
少女も一緒に食べた。
時々変な眼でこちらを見、

見たこともないほど邪悪な笑みを浮かべていた。
、、、 、、、、

えーと、それから。
ふと何か思い出したように、
ベッドの下からペットボトルのお茶を出してきた。
見たことがないメーカーだった。
紅蓮茶、と書かれてあった。
中二病が黙っていないぞ、という気がした。


「名前ぐらい、聞いてもいい?」
「生けるしかばね」
「呼びづらい、ね」
「じゃあ、魔の刻の不思議な花」
「もっと普通のがいいかな」
「シリア」

その瞬間、眼を射抜かれて、
急速に咽喉が渇くような感じを覚えた。

「偽名じゃなくて―――」
「本当の名前よ」

―――そしてサイレンが鳴った、窓をシリアが開けた、
窓の向こうには荒野があった。
表示エリアが拡大したような気がした。
その遠くからヘッドライトのようなものが見え、
破壊的なモザイク、

なるほど、いくつものバギーカーのようなものが見えた。
正規の音程から外れた音符、
そこに乗った、機械体が数百、数千かも知れない。
砂埃をあげながら津波のように迫って来る。
ドリルのような振動音が迫って来る。
特別に訓練された、腹をすかした犬のことを考えた。
人間を見ると無条件に飛び掛かって殺すのだ。
感覚の彼方に死の確率が跳ね上がる。
、、、、、、、、、、、、、、、

もう死んだって思っていたくせに。
三六〇度、愚連隊するのに適した、何ら障害物なき、荒野。
バズ―カ砲をぶっぱなしてくる、
退歩と堕落と暴力の光景が不意に見えているニュース速報。
消灯時刻に入りたい。
、、
はっ、と我にかえった。
シリアが指さした。
、、
それ、は自分にもわかった。
「じゃ、行くわよ」
襲い掛かってきている、正確ではないにせよ、
建物まで五分とかからないだろう。
血気盛んな連中だ。

稲妻が炸裂する。
数千匹の蟻に囲まれた蟷螂のような気分で。
シリアは、部屋から右へと出て、階下へと降りる。
階段の手すりを滑り台する、
カーヴに対して向きを変えるたびにスナップショットになる、

時折、中国曲技団へスカウトしたい軽業を見せながら。
「地下道へでも逃げるの?」
そう言いながら真似してやってみたが、普通に壁にぶつかった。
どんくさい、とシリアの声が聞こえた。
政治家は? 情報局は? 仲間は?

「いいから、急いで」
そうだ、先のことは考えないことにする、
ガラガラヘビのように妄想を逞しくすることはない。
見回して隠れるところを探す。
遅れあそばせ辿り着いた建物の下は駐車場だった。
「そしてこれがわたし達の運命共同体」

―――ママチャリだった。
よもやまさかの、ママチャリ一択。
デーンとして、一瞬光沢を放っているような気さえした。
手入れされている、ワックスもかけているような、愛車だ。
なんて素晴らしいんだ、やっぱりこれだって最初から思ってました、
文化の極みですよね、流行の最前線ですよね、
弁当食べながら通学する自転車乗りの高校生ですよね、
舐められる便器と同じぐらい大切に磨き上げられている。
俺は一匹の修羅なのだ。

、、、、、
ふざけるな。
遠くから砂埃を巻き上げた光景を思い出し、
大脳皮質にまで反響する。

クラクション鳴らす、変な笑い声する、邪悪な大地の使者。
猛烈な集中砲火。絶体絶命の四面楚歌。

血の気が引く。
大地を削るような騒音が聞こえてくる。
周囲にあった建物をローラブレードのようなもので蹴散らし、来る。
超高速振動という漫画風のイメージがそっくりそのまま使用される。
ぽっかりと下に空洞が開いて、あっという間に切り株だ、月面着陸だ。
車のようなものを叩き払いながら、来る。
車が独楽のようにくるくる回転していた。
とんでもない力だ。
そしてこれ冗談じゃない。
馬鹿げていると思った。
車だ、せめてバイクだ、
あるいは戦車や戦闘機のようなものが欲しい。
パーン、と窓ガラスが割れる音が聞こえた。
火炎壜のようなものが入って来るのが見えた。
躊躇している時間はない。
歩くより早い。
感覚と記憶を傷つけない素早さで新しく明るい、

サドルを手に入れる。
その一齣が停止して真新しい刹那へと変色する、

微細な壁、繊細なカテゴリー、無防備なまでに無数の時の連続へ。
自転車に乗りこんだ。
そしてシリアが後部座席風の荷物籠へ、
くるくるスタンと謎の曲芸を披露しながら、荷物籠に立った。
がたんとバウンドしながら、着地ポーズを決めている。
「点数は?」
馬鹿か、と言っている時間もなかった。
甘美な希望はいつもカリスマや先導者、

預言者という恐ろしい病気の生ずる温床だ。

「あ、違う違う、スイッチ押して、
そこのグリップのところにあるボタン」
「これか」
と、言いながらボタンを押すと、
自転車がゴゴゴ、と浮かび上がった。
そしてきらりん、とコンクリートの下から眼のようなものが見えた。
シュルカチャッ、と足元が下がり、頭部のコックピットへ移動した。
途端にママチャリにまたがっている自分が異様に恥ずかしくなる。
、、
言え。

「これが秘密兵器、大仏君なのだ、アッハッハッハ!
さあ行くぞ、大仏君、敵を蹴散らせええええ!」
シリアのテンションがおかしい。
クールキャラかと思っていたら、
マッドサイエンティスト風になっている。
無職のアメリカ人が、
ストッキングをかぶって銀行強盗の出来上がり。
どっちが敵で、どっちが味方なんだ。
イメージはあらゆる角度から口を開けている。

立場はついた側によって見え方が異なる、
それも一つのエクストラ・ディメンション。
何世紀も修理されなかった雨樋のように、
国同士のいがいみあいというのは、
正義の名の下に行われる秘密なのだ。

大仏君はその言葉通り、
奈良の大仏などのそれに近しい身体をしているようだった。
戯画的な争闘。

まるで誰も見ない、ミッドナイト・アニメだ。喜劇映画だ。
いや、もう無声映画だ。
大仏君は鬼が島の鬼が使っていそうな棍棒で、
ズチャズチャ、と機械を潰してゆく。
もちろん敗走しなが―――ら。
、、、、、、、、、、、
秘密兵器じゃないじゃん。
逃げてるじゃん、もうツッコムことさえできなかった。
やれーとか、うりゃーとか言っているシリアに、
、、、、、、、、、、、、、
パイをぶつけたくなるほどに、
頭が麻痺していた。
メトロノームの速さを知りたい、
鎮静剤の投薬量を知りたい。
これは夢なんですよねって叫びたい。

「さあ行こう、我らの世界へ!」
―――ごめん、最初から最後まで、
何一つ呑み込めていないんだけど、
尋問文書、手引書、ガイドブック、攻略本が欲しい、
マスタープランないしはこみこみプランでどうか一つ、
という僕の言葉など遠い日の花火だ、
世界にはずっと最初から僕の言葉しかない。
あと、食料どこから? あの機械の目的は?
対立関係の理由は?
知らぬ間に世界の行く末を決めるような事態は、
とどまることなくどんどん進行し、
ゴングが鳴った瞬間からカウントダウンが始まってる。

慈愛に満ちた神は、時に優しく見守り、折檻し、
虐待し、時には殺すことさえあるものです、
と、聖書風に喋ってみたい衝動に駆られる五秒前。
シリアは馬のかぶりものをしてギターを弾いていた。


「ごちゃごちゃ細かいことはいいんだよ、馬鹿だな、
これが―――物語だああああああ!」








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最終更新日  2024年06月03日 23時15分31秒


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