「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
2340906
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
灯台
< 新しい記事
新着記事一覧(全9702件)
過去の記事 >
2026年07月19日
都市型映像詩
テーマ:
★つ・ぶ・や・き★(576118)
カテゴリ:
カテゴリ未分類
いつかの思いがけない契機で、
失われたはずの歳月、
脳の奥底で固着していた樹脂のように、
ひび割れて剥がれ落ちる。
時間は連続しているはずなのに、
その瞬間だけは層をなして逆流し、
かつて頓挫し、
暗礁に乗り上げたと思い込んでいた感情が、
再び粘性を帯びて立ち上がる。
そしてこの感情は伸びてゆく。
古い机の引き出しのいちばん奥から、
埃を被った日記帳が、
他の何かを探そうとした手のはずみで転がり出てくるように。
しかし、この感情はもっと緩慢に、もっと広範に、
台風一過の、洗い流された高気圧の空へ、
上層の風に乗ってゆっくりと薄く広がっていく巻雲のように、
絹の繊維をほどいたように、伸びてゆく。
張り詰めたような澄心の一針、
しかしそれも人間性の特異化。
錆びたネジのように軋みながら、
ぐるりと半回転して戻ってきたら、
誰しもが内包する狂気のスペクトラム上で、
ただその座標が滅茶苦茶に、
ズレていたことに思い当たるだけさ。
踊り場の壁は、
一九八〇年代のビニールクロスが剥がれ、
下地のモルタルが露出し、
その隙間から、
湿気で膨張した新聞紙の切れ端がはみ出す。
死体の口から覗く舌のように、
だらしなくはみ出していたのさ。
女性の悲鳴が聞こえ、
「もう、アンタとはおしまいよ」
と泣き叫ぶ声が、
雨粒のように階段の踊り場に散る。
五月雨でも降ったかと思うほど、
皿が割れる音が連続し、
窓を金属バッ!
小皿は高音の「キィーン」で、
スープ皿は中音の「ガシャッ」で、
大皿は低音の「ドゴォン」だ。
三拍子の不協和音が、
暴力を音楽的な表現に錯覚させる。
人間の聴覚野は、意味を拒む音の連なりにすら、
律動を、拍節を、勝手に見出してしまう。
ストラヴィンスキーなら譜面に起こしたかもしれない。
いいか、女は黙って後ろからついてこい、
しょうがないから抱いてやるって、
いつの時代だ?
昭和のテレビドラマから抜け落ちてきた台詞だ。
心臓の鼓動が耳鳴りに変わり、
世界が遠ざかっていく感覚。
これは現実なのか、
それとも俺の脳が作り出した幻聴なのか。
都市の片隅で、
人間の尊厳が紙のように薄くなり、
そしてその言葉は文化の化石だ。
時代遅れのフレーズほど、
未分解のまま残存する。
ここは、家畜の餌場じゃない。
イオソでやれ。
時々、屠殺場だと考える。
スターバッコソでやれ。
DV防止法(2001年制定)の精神からしても、
明らかな逸脱行為だが、
暴力が世界からなくなることはなく、
暴力とはスーパーマーケットで繰り広げられる、
死体の山と認識できないもののことでもある。
スーパーマーケットの精肉コーナーで、
均一なプラスチックトレイにパッキングされたのが、
もし人間だったらと考えたような連中は、
SF作家になるのかも知れない。
いや、DV防止法が制定されようが、
刑法が改正されようが、
ジェンダー論が積み重ねられようが、
人間の脳幹は数十万年前の設計図を引きずっている。
新皮質は文明を学ぶ。
しかし視床下部は、それを知らない。
人間は同時に二つの時代を生きている。
石器時代と情報社会を。
その矛盾が、ときどき壁一枚向こうで爆発する。
まだ続くようなら警察に電話かけてやろう、
んもう内臓が丸出しのレベルで。
なんだったら、
んもうストリートキング気取りだけど、
内臓がはみ出してはみ出して、
これでもかと露悪的にはみ出しているレベルで。
だが、暴力を振るう男なんて、
ロクなもんじゃない、
そして知り合いは風俗で性病をもらい、
借金大魔王へと身持ちを格上げした。
消費者金融の金利計算式に絡め取られ、
気づけば返済総額が元本の三倍を超えていた。
そんな奴、別に珍しいわけじゃない。
そんな個体は、統計学上の外れ値ではなく、
正規分布のボリュームゾーンに過ぎない。
ただ、時々、
自分のことだってきちんと考えられないことを、
優しいって言うんだなと思ったりする。
裏通り、ネオンが反射する湿ったアスファルトで、
小さな鼠を見た。
ああやって生きる生き物がいる、
一体自分とどう違うんだろう?
住処を探し、食料を探し。
危険を避け、朝まで生き延びる。
その生存関数の変数が、俺のそれと、
根本的にどれだけ違うというのか。
人間だけがそこに「意味」や「価値」や「尊厳」を持ち込んで、
生きる事自体を難しくしている。
そして、セクロスは悲しい、
岡田斗司夫とかいう犯罪者の手口が漫画で暴露された。
サイコパスじゃなくて、
最後のバスだな、こりゃ。
引導だな、一巻の終わりだな。
生殖行為が本来持つべき親密さが、
資本主義の商品化システムに回収された結果かもしれない。
頭の中が貨幣経済、腰から下は原始時代だったか、
そいつはすごいな。
権力者がいかにして弱者を搾取するかが、
図解付きで描かれている本がある。
しかし、今読み返すと、
あまりにも単純化されているように感じる。
現実は、もっと複雑で、もっと粘っこい。
被害者も加害者も、
同じ人間の皮膚の下に同居している。
進化心理学者ポール・マクリーンが提唱した、
三位一体脳モデルは、
現在では単純化されすぎているという批判もある。
それでも比喩としては実によくできている。
理性は最新型。
欲望は数百万年前。
この時間差が、人間という動物を滑稽にしている。
なんでこいつ生きてるんだろうって思うような人も、
息ぐらいはしてもいいんじゃないって言う人もいる、
まあ我々の祖先、縄文人達は夜中に、
乱 交パーティーをしていたそうですからな、
本当かよって思うけど、国立歴史民俗博物館の研究によれば、
縄文時代の集落遺跡からは、
祭祀的な性 行為を示唆する土偶や装飾品が多数出土している。
まあ学術的にはアウトもアウト、
ミクロネシアの環礁で原始の人々が巨大な石貨を転がしていただろう、
という程度の、ロマンチックで検証不能な、
ナンセンスの一種にすぎないのだが。
駅前の中古レコード店から漏れてきた、
一九七〇年代のジャズピアノだったり、
真夏のアスファルトから立ち上るビチューメンの匂いだったり、
あるいは薬局でアルコール消毒液を手に取った瞬間、
揮発したエタノールが鼻腔の奥に触れた、
その程度の出来事だろう。
Uber Eatsの緑のジャンパーが、
夕闇の中で蛍のように光る。
ああ、乱痴気騒ぎ、
まったくもって猥褻、
まったくもって卑猥、
深く考えちゃいけないのかも知れぬ。
馬鹿だよ、この人は。
こりゃこりゃ。
少子化という人口動態の縮小も、
ホモ・サピエンスの集団的アポトーシスなのかも知れぬ。
エイズとか避妊など子供に伝えたいことはあるけど、
まず、自分がうすっぺらくて、
どれだけつまらない人間か思い知るべきなのかも知れぬ。
こりゃこりゃ。
昨日までの自分を壊して、今日の自分を作る。
そうやって生きられないものかなって思うことがある。
エジソンは発明の功績を奪い、
マルクスは家庭的に破綻し、
ニーチェは人間関係が壊滅し、
トルストイは家庭内で暴君で、
ピカソは倫理的に最悪だった。
偉人列伝は、功績だけを額縁に入れる。
しかし、その額縁の裏には、
嫉妬も、執着も、家庭崩壊も、金銭問題も、
性的逸脱も、友情の破綻も、
数え切れないほど貼り付いている。
人類史は、人格者によって作られたわけではない。
欠陥を抱えた人間が、偶然、
巨大な仕事を成し遂げた歴史でもある。
だから学ぶべきなのは偶像ではない。
構造だ。
何が、その仕事を可能にしたのか。
何が、その人を壊したのか。
その両方を見なければ、歴史はただの英雄譚になる
こんな奴等から学ぶことなんか一つもないって、
たった一秒でもそう思えたら、
俺がよく出来ましたって手放しで褒めてやるよ、
糞くだらん奴から学ぶことなんか一つもない。
女を一人や二人愛人にしたいって言うから、
物事の考えが甘くなるんだ、
十人、百人愛人にしたいと言え、
そうすれば、それが自分の可処分時間をどれだけ食い潰し、
どれだけの人生を無駄に費やすことになるか、
需給の均衡が崩れた瞬間にすぐわかる。
俺にはどう見繕って、髪の毛逆立てても、
これは無理だ―、
無理ゲー。
スマホ握って四角い画面を見るだけで、
人生数年分の無駄が確定するらしい。
親指でのスクロール動作は、
報酬系を刺激する可変報酬スケジュールに最適化されている。
脳科学の論文によれば、
スクロール動作が前頭前野の血流を著しく低下させるという。
これが文明の利器か。
現代人必須のアイテムとやらか。
昔観たショート動画のアメリカ人らしい子供とその親みたいに、
プールへ向かってスマホを投げ込みたい。
それだったらよいベットや、安眠枕について、
研究してみる方がまだマシって思えたらいいが、
ああいうのは脳のトリガーなんだろう、
そしてそんなことをする奴は、
コンプレックスまみれなんだろうな。
それなら結婚しなきゃいいのに、
結婚して一日後の早まったかなという苦悩を、
世界中全部に響くほどスピーカーしてやりたい。
社会学者アンソニー・ギデンズが『近代家族の変容』で論じた、
「純粋な関係性」の不可能性を地で行く事例だ。
あるいは、哲学者ジャン=ポール・サルトルの、
「他者は地獄である」という命題を想起させる。
ふと重く響く。
誰かと一緒に生きるということは、
常に自分の自由を削り取られることでもあるのだ。
アンソニー・ギデンズが論じた「純粋な関係性」は、
互いの満足を基盤とする関係だという。
だが、人間はそんなに純粋ではない。
疲労も持ち込む、仕事も持ち込む。
嫉妬も持ち込む。
親の介護も、子供の教育も、病気も、借金も持ち込む。
生活とは、不純物の総和なのだ。
だから続く関係は、美しい関係ではなく、
修理を続けられる関係なのかもしれない。
かつての友人の結婚式を思い出した。
三年前のことだ。
式場は都内のホテルで、披露宴はフランス料理のコースだった。
友人は白いドレスを着て、幸せそうに笑っていた。
しかし、その笑顔は、写真に撮るための笑顔だった。
目の奥には、何か別の感情が宿っていた。
不安か、後悔か、あるいは両方か。
乾杯の音頭を取り、シャンパンの泡がグラスから溢れるのを見た。
泡は、テーブルクロスに落ち、小さな染みを作った。
それが、次第に広がり、白い布を黄色く変色させていく。
ああしかし、
心理学なんていうものを真面目に語る時点で、
ちゃんと本を読んでいない証拠だ。
いらっしゃいますとも、患者様達が、わんさか。
おそろしい憂鬱の孤独だ。
フォントは大きく、行間は広く、図解が多い。
読みやすい。しかし、中身は水のように薄い。
そして何もない。
そういう本を読んで馬鹿にならないわけがない。
分かり易さを馬鹿と呼ばれたくない人もいるだろう、
均質化、空洞化と呼ぶべきだろうか。
けれど、これだけは言える。
心理学を口にする時点で、
人間がないんだということを証明する。
人生に苦労をしたことのない人間ほど、
失敗を恐れる。
人生は暇潰しだ、ああはやく自殺したい、
そんな声もちらほら聞こえる。
ネットの掲示板で見た書き込みの呪詛のような文言も、
何度か目撃したことがある。
「生きてる意味がない」
「死にたい」
「誰も私を必要としない」
どれも、匿名の、誰かの叫び。
しかし、画面の向こうには、本当の人間がいる。
血が流れ、心臓が鼓動し、涙を流す人間が。
それらの書き込みに、いいねを押したことがある。
それが、正しかったのか、間違っていたのか、
今でもわからない。
鬱陶しいその長い髪を切って、
海で服のまま泳いでくればいい、
人生の難易度を上げてから兜を締めることだって、
それはあるでしょうよ。
声は、返事を求めてなどいない。
ただ、そこに漂っているだけだ。
シオランなら笑うだろう。
カミュなら「それでも生きる」と書くだろう。
ヴィクトール・フランクルなら、
「意味は与えられるものではなく見出すものだ」
と応じるかもしれない。
哲学者は答えをくれない。
問いを長持ちさせる技術だけを教えてくれる。
それで十分なのだ。
問いが残っている限り、人間はまだ思考している。
猫がこっちを見る、
どう、うちの家で一緒に暮らさない?
その瞳は、琥珀色の奥に千年の倦怠を宿している。
万里の長城を一緒に歩いてみない?
その問いは風に消え、
ただ尻尾がゆっくりと一回揺れるだけだ。
炎上した。
ネットのニュース番組なのか、
討論番組なのか分からないが、
過程を楽しむ要素がまったくない。
政治評論家、経済アナリスト、芸能リポーター。
みんな、スーツを着て、真剣な顔をしている。
しかし、目は、画面の向こうの視聴者数を気にしている。
近頃のコメンテーターはつまらない、
ひろゆきとかいう馬鹿が、
へらへら笑っているのも段々うすら寒い。
ホリエモンは怒り芸をしている。
いつからだろう、二時間くれれば、
その一千倍マシな内容の文章を書けると思ったのは。
昔はそうじゃなかった。
頭が悪いとか、知識がないとかそういうことではない。
その内容に関する切実さのなさが、
俺にそう思わせた。
発言はいちいちもっともらしいが、
まるでエコーチェンバー内で反響するだけの空砲だ。
エンターテイメントなのだろう。
大学生だって、ジャーナリストだってきっとそうだ。
頭の良さとか、知識のあるなしではない。
僕は毎日自分に、
こんなんでいいのかって問い掛けた、
だからもっと成長しようと思った、
そうしたら見えてきたのは、
こんなんでいいのかっていう奴等の、
ひねもすさみしげなシメジのような、
大安売りのオンパレードの、
程度の低さ。
鏡の自分に問いかけた。
「お前は、何を信じているんだ」
答えは、返ってこなかった。
部屋は静かで、時計の音だけが響いている。
カチ、カチ、カチ。
秒針は、容赦なく、未来へと進んでいく。
パソコンを閉じると部屋は暗くなり、
窓の外の光だけが、部屋を照らす。
椅子に座ったまま、夜景を見た。
車のヘッドライトが、赤と白の流れ星のように動く。
ビルの窓から漏れる光は、まるで地上に降り注ぐ星の海だ。
そこに、自分の姿を重ねた。
小さな、光の一つとして。
こちらが街を歩いているつもりで、
街のほうがこちらの歩き方を学習している。
駅の改札、監視カメラ。
交通系ICカード、ポイントカード。
位置情報、検索履歴、購買履歴。
都市は巨大な記憶装置になった。
ボルヘスの『記憶の人フネス』は、
一切を忘れられない青年を描いた。
現代都市は、
忘れられない社会そのものになろうとしている。
でもおそらく普通に話してみたら、
普通な人なんだろうと近頃思う。
五十パーセントはネタだったらいいな、
テレビで普通に話せるのはすごいことだ。
でも、普通に話せること自体が、
もう、普通じゃないっていう証明だ。
何の参考にもならない。
テレビとかネットっていうのが、
一時期のTwitterで馬鹿が大量に現れる現象ともリンクして、
動物化だなと思う。
それだったらハーブティーの知識を披露したい、
ハーブティーの、
カモミールとレモングラスのブレンド比の知識を、
披露していたい。
擬人化したきのこ図鑑について話したい、
誰も興味がないことでも、
まだそれよりマシかって思えることを、
一つでも多く所有していることを喜びたい。
自己啓発セミナーに参加したことがある。
会場は、某ホールで、参加者は五百人ほど。
ステージには、講師が立ち、マイクを持って叫んでいる。
「あなたは、もっとできるはずだ!」
「今すぐ行動しろ!」
「失敗は成功のもとだ!」
参加者は、メモを取り、頷き、時折立ち上がって拍手する。
笑いを堪えるのに苦労した。
高級クラブにいた。会員制の店だ。
入り口には、黒服の男が立ち、会員証を確認する。
僕は会員ではない。しかし、同伴者として、入店した。
店内は、薄暗く、テーブルごとに、
小さなシャンデリアが吊り下がっている。
光は、琥珀色で、客の顔を、暖かく照らす。
しかし、目の奥は、冷たい。
そんなことを思い出した。
セミナーの休憩時間、隣の男性と話した。
彼は、小さな会社の社長で、社員は五人だという。
「最近、調子が悪くて」と彼は言った。
「注文が減って、銀行の借金が増えて。
でも、こういうセミナーに来ると、元気が出るんですよ」
彼の目は、充血していて、下瞼が腫れている。
しかし、笑顔は、作り物のように整っていた。
これが宗教かと思った。
あるいはお金の力というやつなのかと皮肉に思ったりした。
あんなの糞みたいなことだ。
フンコロガシの方がまだ文化的な気がする。
太陽の偏光を頼りに、球を真っ直ぐ転がすあの甲虫は、
古代エジプトでは太陽神スカラベとして神格化さえされた。
いや、もういっそ、
僕は世を諦めて、儚んで、
スカラベの糞球形成と定位行動を生涯かけて研究する、
隠遁の、
フンコロガシ研究家にでもなってしまおうか。
フンコロガシから見た現代社会。
スカラベと政治。
心躍るようなフレーズだ、
目に飛び込んでくるインパクトだけで、
ただ者ではない感が伝わってしまう。
必殺仕事人だ。
コピーライターくたばれ。
NHKの番組で、南アフリカのフンコロガシが、
動物の糞を丸めて、巣穴に運ぶ様子を見た。
糞は、丸く、大きく、彼等の体の数倍もある。
しかし、彼等は、後ろ足で押し、前足で方向を変え、
坂を登り、障害物を避け、巣穴まで運ぶ。
それは、まるで、芸術のように見えた。
精密な計算、完璧な協力、美しい軌道。
見て見て、すごいすごい、
あれが当代随一のフンコロガシの権威よー。
馬鹿が、五月蠅い、黙れ。
「フンコロガシが、
フンに潰されてしまうではないか?」
文明など、感覚器官を一つ捨てて手に入れた、
不完全な進化なのではないかという気さえしてくる。
湿ったアスファルトに映る信号機の赤が、
風に揺れた街路樹の葉でわずかに歪む。
夜は静かだ。
政治の世界ではまさか、
日本へ核兵器を運んではいないだろうね。
国会議事堂の前に立っていた。
正面の大階段は、花崗岩でできていて、
太陽の光を反射して、白く輝いている。
柱は、コリント式で、天を衝くようにそびえている。
屋根は、緑青銅で覆われ、緑色に変色している。
それは、権力の象徴だ。
しかし、僕には巨大な墓標のように見えた。
誰の墓か。民主主義の墓か、
それとも、国民の信頼の墓か。
どうなんだ、総理大臣。
総理大臣、と国会議事堂のやりとりが聞こえる。
そして議員の華だかのシュプレヒコールをし、
ネトゲ三昧だったかのおっさんが居眠りをする。
どうなんだ、総理大臣。
総理大臣、と国会議事堂のやりとりが聞こえる。
議員達が、自分の利益のために、
国民の声を無視する姿。
マニフェストはいつも立派だ、
一つ守れたらえらいって何だそりゃ。
政治は、
いつだって滑稽で、
いつだって危うい。
そのくせ、
人間の時間の中心のふりをする。
自分自身が「見えない存在」であることを実感する、
そんな奴等の心理だって分からないんだ。
何が邪魔しているんだろう、何が弊害なんだろう、
本音と建て前はいつまで続くんだろう。
塾へ行っているから、
学校では眠っていい、
だってつまらない。
じゃあ学校に来るな、
もし本当にそう思うなら、
友達作るためって言え。
頭がいいのを証明したいなら、
外堀を埋めるイメージ作りの重要性だって、
わかるだろうって言ってやりたい。
ありとあらゆること、
優れてるように見える人はいても、
みんな底上げしてるもんだ、
演出された、加工された、
フェイクの高さに騙されちゃいけない。
同調圧力は人生を壊すほどのものだ、
そう思われちゃいけない、
そう思われてもいいように、
いまからちょっと筋トレにいこっか。
どしたん、握力は百超えた?
それに、上には上がいる。
井の中の蛙大海を知らずだ。
一番上になったらルールだって作れる、
一番上からなら世界は君のものだ、
何だって好きなことを言ったらいい、
クーデターには気を付けて。
謀反はよくあること。
そしておべっかを使う奴等ほど、
裏では結構きわどいことを言ってるものだ。
ああしかし、
金を稼ぐという行為は、現代における最も汎用的なカードだ。
しかしそれだけでは、内的な蓄積は保証されない。
金を稼ぐ連中の湿気た面、
見れば見るほど何もない奴等だ、
ジッと部屋で本の一つでも読んでいられないのか、
音楽のCDでも映画の一本でも、
心の中に蓄えておこうという考えに至らないのか。
外界の情報を内面の構造へと変換するプロセスは、
時間をかけて沈殿する。
だが都市の速度は、それを待たない。
この街は病んでる。
承認欲求とかいう四文字熟語風の言葉が五月蠅い。
本屋で絵本を買っている女性は気持ち悪い。
メルヘンチックなものが悪いわけじゃない、
そういう本を買う時点で、
そういう本を買う自分のキャラクターを、
成立させているからだ。
まあ、ピーターラビットの像を部屋に飾っていたら、
いい趣味だって言ってやらないこともない。
俺なら本屋のカウンターに、
エログロの本を持って行っても、
雑誌で隠す。
それはそうだよ、
何言ってるの、頭大丈夫?
いつだって自己演出だ。
完全無欠の天才詩人様のお通りで―い。
自分に問いかけた。何をしようとしているのか。
雑誌を買うのか、それとも、ただ見ているのか。
雑誌を棚に戻した。すると、店員が近づいてきた。
二十代後半の男性で、眼鏡をかけている。
「何かお探しですか?」
彼の声は、丁寧だが、目は、警戒している。
首を横に振り、文庫本コーナーに向かった。
いつだって自己演出だ。
コンビニの隅で異国のタバコを求めたはずみに、
レジの青年の手元が震え、
小銭をばらまいたその瞬間みたいだよ。
ごめんなさいって言わなくていい、
ゆっくりやってもいい、
いつから俺達は、
人を傷つけてもいいっていうのを承認したんだろう、
なめくさりやがって。
どんな社会なんだ?
甘い紅茶の缶を飲みながら思う、
心が汚いのだ、ロックは不良だ、
クラシックこそスタンダードだ。
いつだって始まりは偶然だ。
偶然という言葉は便利すぎる。
スーパーの総菜売り場で流れていた八〇年代の歌謡曲。
改札口ですれ違った女の香水。
地下街の排水溝から立ち上る湿った鉄の匂い。
ホームセンターの木材売り場に積まれた杉板の樹脂。
それだけでいい。
海馬は仕事を始める。
神経細胞は嘘つきだ。
それでも想起のトリガーが始まる。
ああ、いい陽射しだ、
循環せよ、
世界中全部が美しいのだ。
僕は表情を消して能面のようになりながら、
真っ直ぐに、
命の芽生えのなかを、精華を。
「給食費だって払えないのよ」
何処かで聞こえる、声。
母子家庭の台所で、冷蔵庫の電磁音に溶ける嘆きだ。
人のことを悪く言える人は一定数いる、
相手の事情を配慮しない人も一定数いる、
自分の考えとか常識とかワンセットの奴も一定数いる、
みんなお金持っているわけじゃない、
棚には、安物のインスタントラーメンが、
あと数袋あるくらいで、
冷蔵庫の中には、賞味期限を三日過ぎた牛乳だけが、
ぽつんと入っているのかもしれない。
路上ライブ時代に兄が、
千円ぐらい誰でも出せると言ったものだが、
いやいや、千円すら出せない人がいる、
そんな人が都市の中に何百人といる可能性がある。
児童扶養手当や、
ひとり親家庭医療費助成制度なんかも必要だ。
さらに申請のハードルや、
情報格差が実際の利用を阻むこともある。
市役所のホームページを思い出した。
児童扶養手当、医療費助成、就学援助。
様々な制度がある。しかし、それらを知らない人、
申請の仕方がわからない人、恥ずかしくて申請できない人。
制度はあっても、届かない人がいる。
そしてそんな人々を何の考慮もせず、
えらそうな講釈を垂れている連中がわんさかいる。
してやっているという気持ちが消えない。
人間を乞食や奴隷だとでも思っているのか。
人と人同士に対する理想なんて俺には一ミリもない、
ただ、普通でいたいだけだ。
貧困という病理の根本原因は、貨幣の欠乏であると同時に、
社会資本とコミュニケーションの、
決定的な欠落のせいなのかもしれない。
生きていくことが、
貧しさに呑まれないようにするにはどうしたらいいかって、
自分の賤しさと毎日戦っているような日々さ。
ランドセルなんか本当に必要なのか、
学習机なんて本当に必要なのか、
揺り籠って本当に必要なのか、
がらがらって本当に必要なのか。
マウンティングがどうした?
顔面が昼ドラ化し、
過剰演技性顔面筋の女がオペラする。
中身のないことをだらだらだらだらと、
喋るな!
耳が腐る、もう存在する時点で空気が腐る、
何で生きているんだ、
ゾンビなのか、
どうして感情があるふりなんかしてるんだ。
汚い言葉など、豚の言葉と思え。
犬畜生どもの戯言になど、
蓋をしちまえ。
言葉の切れ端は、深夜のファミレスで、
プラスチックのコップに映る蛍光灯の光に溶け、
やがて誰の記憶からも消えていく。
部屋で吸った煙草の煙が天井に輪を描き、
時計の針だけが静かに進む。
都市の鼓動は止まらず、
また明日も同じような声が、どこかで響くだろう。
意味なんかない。
生きてる価値なんかない。
そもそもこいつら人間じゃない。
だからこそ戦争を終わらせたいって言いたい、
だからこそ平和を実現したいって言いたい。
電車が来る方を見た。
先頭車両のライトが、トンネルの暗闇から現れ、
次第に大きくなる。
白い光が、ホームを照らし影を、長く、後ろに伸ばす。
電車は、停止し、ドアが開く。
それに乗り込んだ。
車内は、空いていて、座席は、どこでも選べる。
入り口から少し離れた席に座り、
カバンを膝の上に置いた。
電車は、動き出し、加速する。
窓の外では、都市の景色が、後ろに流れていく。
ビル、公園、川、橋。
すべてが、朝の光に照らされ、
新しく、美しく見える。
それを見た。
そして、目を閉じた。
電車の揺れに身を委ね、眠りに落ちる。
うららかな春に酩酊し、
桜の木に凭れて白昼夢をしていた、
あの少年は何処へ行ったか、
小鳥よ、
まだ愉快な夢を見よう、
野原よ、並木道よ、
ほっぽってたって、
うだつが上がらなくたって、
青空にだって手が届くさ。
それを意味がないと断じることもできるし、
意味を仮定することもできる。
残るのは、わずかな温度差と、
聞き手の内側に生じた微細なざらつき。
俺達のゲノムには数万年前の危機回避本能、
集団維持のための攻撃性、
生殖競争の衝動がコードとして書き込まれており、
それらが現代社会の規範と衝突するたびに、
狂気というレッテルで矛盾を封じ込めようとする。
「―――セフレがさ、」
何処かで聞こえる、声、
、、、、、、、 、、、、、、
うるせえんだよ、ごちゃごちゃ。
都市という名の迷宮を彷徨う一人の語り手の、
意識の流れを写し取りながら、
それは、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』における、
ダブリンの街を一日かけて歩くレオポルド・ブルームの、
あの、句読点すら溶けていく内的独白を想起させるが、
より断片的で、より暴力的で、
より現代的なノイズに、飽和するほど満ちている。
、、、、、、、
―――蝉は青い証拠だ。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
いいね!
0
シェアする
最終更新日 2026年07月19日 14時12分51秒
< 新しい記事
新着記事一覧(全9702件)
過去の記事 >
ホーム
フォローする
過去の記事
新しい記事
新着記事
上に戻る
【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね!
--
/
--
次の日記を探す
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
広告を見てポイントを獲得する
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
エラーにより、アクションを達成できませんでした。下記より再度ログインの上、改めてミッションに参加してください。
ログインする
x
X
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: