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2004年09月19日
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テーマ: 中国&台湾(3342)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 広州の西漢南越王墓博物館に行ってきました。西漢と最初に書いてあるのが憎いですね。南越は西漢の一部であったような印象を与えます。昨日の日記に南越の首都が番禺であったと書きましたが、首都は番禺ですが古代広州の名が番禺でした。今滞在している番禺は博物館の当時の地図では海でした。ちょっと残念。このお墓1983年にマンション工事の際に発見されました。中国にはまだまだいろんなものが埋まっていそう。
 墓は意外と小さかったのですが夫人二人と十数人が埋葬され、副葬品が1000点で中は満員だったのでは。
 気になった副葬品は青銅の鋸、紀元前2世紀から在ったとは想像外。しゃぶしゃぶのポット。ポットの真ん中には煙突も付きます。
pot
 宮古から来たかも分からない子安貝も装飾品の中にありました。一番大きな玉片の展示道具としてなぜか鳥居を使っています。
torii
玉片はこれを使った衣装で身をくるむと腐らないと言われるもので、上下に乗せる(布団)が丸い玉片で石で出来てます。衣装にしたものは玉衣と言われる。
 鉄剣も数多く在りました。秦の始皇帝の兵馬俑は鉄剣がまだ少なく屋根は木と藁と土でした。ここの屋根は50kmほど離れた蓮花山から切り出された大きな平らに削った石が使われています。
南越の人口がどれだけか分かりませんが、それでもこれだけの物をBC2世紀に作れる職人が数多くいたのはすごいことです。

 帰りに広州東駅に寄りました。コンコースに日本の蒸気機関車の大きな写真がありました。D51です。蒸気機関車には先輪、動輪、従輪の数で形式が決められています。D51は1+4+1、この形式はミカドと呼ばれています。日本からアメリカに注文した蒸気機関車が初めての形式でミカドという名になりました。鳥居もそうだが、よく反日家の標的にならずにいるものです。
d51
 晩御飯はJUSCOで下のスーパーでお惣菜を買いレジを出たところにあるベンチで食べました。ベンチには電子レンジもあります。ひざの先を人が行き来するので食欲もなくなってしまいます。食を大事にする中国人の不思議な風習です。初めてのJUSCOでの経験。





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最終更新日  2004年09月20日 16時50分53秒
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