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中風3年とは聞くが、私の場合は中風4年のような気がする。 本日の朝で丸4年が経った。4年前の16時頃はようやく気が付いたときだ、家内が側で声を掛けてくれたので気が付いた。あれから丸4年が経った、当時は、これで自分の人生が終わったと嘆いた。意識はしっかりしているが体が言うことを利かない。 あれから家内と闘病が始まり、今日まで来た。家内がいなかったら絶対にここまではならなかったと思う。家内に感謝です。 中風になって再発の可能性は、発病後5年間が高いと言われている。あと1年は大事に行こうと思う。 3月で年金受給が始まる。少ないが最低の生活は出来そうだ。これまでの会社はとりあえず続けるつもりだ。これまでよりも楽になりそうだ。会社の定年は65歳だが、それまで続けられるかどうかは不安だ。来年からは週3日制で働くよう要請してみようかな。 いずれにしても元気で過ごせるよう気をつけよう。 皆様も良いお年をお迎えください。
2008.12.31
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倒れる前の年まで12月14日には泉岳寺か赤穂を訪れていた。 泉岳寺と赤穂は同じ赤穂浪士を奉っているが、それぞれに趣がある。 淺野家の家紋と我が家の家紋が同じであることを泉岳寺で発見して以来、親しみを持った歴史事象である。 赤穂に最後に訪れたのは4年前の12月14日である。今思うと、14日に訪れても人ばかりでじっくり探索や説明が受けられないことが解った。 今年は、前日から泊まりで行った。これまでは知らなかった前夜祭なるものがあった。花岳寺と言う赤穂浪士の菩提寺で普通は入場料を取られるのが無料になり、更に説明が付き今まで知らなかったことが解った。 道にはペットボトルで作った即席の灯籠があり綺麗だった。花岳寺からお城までの途中には、ニラ雑炊が振る舞われ暖まった。大石神社もこの夜だけは即席灯籠でライトアップされて綺麗だった。 忠臣蔵に出てくる名前が多いので覚えられないが、前夜祭での説明等で少しだけ解った。一度に覚えるのは至難の業と、ガイドさんも話してた。 今回は、身分の低さで身元引き受けもならず、切腹も出来なかった足軽の「寺坂吉右衛門」を覚えた。 忠臣蔵のDVDを借りてみているが、登場人物の背景が解ると、格段におもしろさが違う。 これからも毎年前夜祭から行こうと家内と話している。 それにしても、赤穂の名物であるカキ弁当のカキが少なくなっているのは残念だった。4年前はご飯よりカキが多かったことを覚えている。今回もカキが多いカキ弁当を楽しみに行ったのに、ちょこんと2個しかなかった。
2008.12.14
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俗に言う全体会議である。渋谷の本社で行われ、その後忘年会の予定である。 ここ2年程、2ヶ月毎ある全体会議に呼ばれない。 社長は、それ程大きな問題はないし、毎日報告があるから来なくても良いと言う。それは、私が障害者であるから、上京するのに大変だと言うのか、経費を掛ける必要がないと言うのか、はたまたお前が出席すると発言が厳しいからかは不明である。呼ばれないことは寂しいことであるがこんな自分を雇ってくれている社長には大変感謝しています。 皆は会議だが、これから商談に行ってきます。
2008.12.05
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先日近くの神社(と言っても片道1時間ほど掛かる)まで歩いた。とても紅葉が綺麗だった。京都に行かなくても綺麗なところがあちこちにある。 神社の境内に12月だと言うのに、まだ冬眠出来ない蛇が数匹いた。さすがに動作がのろかった。来年の春には大きくなって出てくるのだろうと思うと、今のうちに殺した方が良いのかなと思ったが、さすがに出来なかった。 多分来年からは、あの神社にはもう行かないだろう。家内はゴキブリが嫌いと言うが、私は世の中で1番嫌いな生き物である。背筋が凍ってしまう。 往復の歩きで、今まで使用してない、と言うか使用できなかった筋肉を使って歩いた。健常な歩きでは全然気が付かない筋肉の使い方だ。 2~3日筋肉痛があったが、今ではかなり普通に歩くようになった。 障害は半年で固定もしくは1年半で固定しそれ以上の回復は見込めない、と言うのが医者では通説になってるそうだが、そんなことはないと思う。 これも個人差が大きい。長島さんはお金をかけても右手は回復しそうがないが歩行は以前より良いみたいだ。私のようなお金のない人間は自力で頑張らなければ回復はない。 私の場合、目標が出来たからここまでこれたような気がする。
2008.12.03
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