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人は誰でも自分を高めたい、向上したいという欲求を持っています。この欲求を満たすためには、「学ぶ」「教わる」ことを欠かすことはできません。いい仕事をするには、先輩や上司に教えてもらいながら、自分でも努力を重ねることが大切ですが、教わるときのコツがあります。それは自分の心を空にして、相手のすべてをそのまま受け入れることです。これが「学びの道」であり敬の心だと思います。仕事、スポーツ、習い事など全て、無になって上司や先輩や師を尊敬することで、そのよさ全部が自分のものとなり上達しまた向上することだとおもいます。
Jul 29, 2006
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「不透明とか」「混迷」の時代とかいわれる今勝海舟は「氷川清和」のなかでつぎのように語ってます。「いわゆる心を明鏡止水のごとく磨ぎ澄ましておきさえすれば、いついかなる事態が襲うてきても、それに処する方法は、自然と胸に浮かんでくる。」つまり難局を処理するには、研ぎ澄まされた心が必要だというのです。では、その心を養うにはどうすればよいのでしょうかそれについて勝海舟は、「それ故に人生は平生の修業さえ積んでおけば、ことに臨んで決して不覚を取るものではない」と日常の実践の大切さを述べています。
Jul 28, 2006
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「隣の花は赤い」ということわざがあります。他人のものは何故かよく見えてしまうものです。実際に、他人の恵まれた才能や境遇を見聞きすると、つい羨ましく思い、時には自分を卑下してしまうことさえあります。しかしこれはその人間のある一面だけを見ているに過ぎず、全人格を評価しているわけではありません。人にはそれぞれ先祖から受継いだものがあり、容姿:性格:能力など、みな異なっているわけで、自分がきずかなくても他人から見れば羨ましく思えるものを、それぞれ持っているはずです。そして、個々の人間の特質を活かした働きが、世の中全体をあらゆる方面で豊かにしていくのですそれ故に、私達はそ社会全体をの活動に添い、自分に与えられた能力を持って、精一杯尽くしていけば、自然な結果として、全体も自分自身も共に栄えていくことできるのです他人にない自分の特質を活かし、日々、努力精進していきたいものです。
Jul 27, 2006
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何かを始めようとする時に、時機というものは、非常に大切です。それは、必要最小限の努力で、さいだいの成果をもたらす、絶好の機会のことです。煩雑な日常生活のなかにあって、その時機をうまく捉える。ことができれば、多くの物事を楽に、スムーズに進められます。反対に、折角の好機を逃せば、その分だけ余計な苦労をしなければならず、周囲に迷惑をかけることも生じてくるでしょう。このように時機を的確に捉えることはたいへん重要なことですが、それがなかなか思うようにいかない原因の一つに、怠け心があげられます。たとえば折角優れた能力もっていても、「あんなことはいつでもできる、造作もないことだ」などと侮って油断をしていると、つい、その時機を逸してしまいます。人からの忠告や助言もなくなんの拘束もない状態こそ、自分の怠け心を試されている機会であるとうけとめて欲しいものです。
Jul 26, 2006
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大阪に行く途中の景色
Jul 25, 2006
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今日は講習会の為、スタッフと大阪に車で高速にて、四国から淡路島を通り来ています、その沿線の写真です。
Jul 25, 2006
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Jul 25, 2006
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Jul 25, 2006
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今日はじめての挑戦をしてみるケイタイから我がブログに書き込みやら外での写真をおくることを試してみるドコモの、担当者のヘルプをうけてのことです。
Jul 25, 2006
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先日から新着履歴がおかしくなり、気にしながら日曜日のダンスレッスン場のお祝いに駆けつける。東温市まで行くために朝6時に起きて、途中に用事を済ませて、10時ごろ到着して、さっそく式次第をつくる。わが愛媛県ダンススポーツ連盟の会長宅のレッスン場なので早めの体制をとり駆けつけた。司会、進行のほうも副会長のほうでお願いしますとの事、急なことでしかたなく引き受ける。受付やら、ミニデモの順番やら、スタッフとの打ち合わせやら、いろいろあってたいへんでした。お祝いのミニデモも、13組仲間たちが参加してくれて花をそえていただき、とても助かりました。昼1時から夜10時までで,約300人来ていただき大成功にて無事おわり、感謝、感謝。の一日でした。
Jul 24, 2006
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特別に良い待遇を受けたり、あるいは、大変困っている時に助けてもらったりすると、誰もが、「感謝」の気持ちをもつものです。しかし私達は、そんな特別なことではない、平凡な日常生活における出来事からも、それを見出したいものです。人が花を見て美しいと思うのは、その花の本来の美しさに加えて、その人の、花を美しいと思える心の働きがあるからです。その証拠に同じ花を見ても、美しいともなんとも感じない人も存在するのですから、これと同様に、「感謝」の気持ちの深い人は、どんな小さな恵みにも、心からお礼をしたい、という思いにかられ、反対に、その気持ちが乏しい人は、自分がどれほど恵まれようと、少しも有難いとは思わず、当たり前のことのように感じてしまいます。私たちは、日々の平凡な生活の中に、大自然の恩恵や周囲の人々の「お陰」を感じ、それに感謝してこそ豊かな深みのある人生がおくれるように、努力したいと思います????。
Jul 21, 2006
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親が子供の教育に熱心な風潮は、年々、その度合いを増しているようです。子供を育てていくときに、様々な知識を与えようとする事が大切なのは、言うまでもありません。しかし、これと平行して、社会生活に必要なルールや仕来たり、けじめ、礼儀、他人にたいする思いやりの心などを身につけさせることも是非、是非、必要です。実社会にでれば,種種の苦しみや困難に出会いますが、それに耐ええるだけの強靭な精神力を養わせるのも親の大事な務めだと思います。これらは学校を卒業し、社会に出てからすぐに体得できるものではなく、その基礎は、親が子供の年齢におおじて段階を踏みながら躾けることによって作られていきます。せっかく勉強ができて、知識が豊富であっても、道徳にはずれる子供に育てては、本人にとっても不幸です。周囲の人たちにとっても大きな損失になることにきずいて欲しいものです。
Jul 20, 2006
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なかなか本を読む時間がないのだが、ほんとうに自分が読みたいのか、読みたくないのか分からないとき、自分の意思が強く働かないと、読めませんね。読書をするということは。大切なことですが、余り力を入れると難しく、気楽に読める工夫が必要かもしれません。時間があり、暇な、と逆に読めないのかもしれませんね。本を読んで、その真意を語るためには「読書三到」といって南宋の朱熹が唱えた読書の三法がある。(1)口到(口で読む)(2)眼到(目でよく見る)(3)心到(心で読む)つまり、心、目、口を本に集中して,他のものを願みずに、一心に熟読することが関心だというのである。なんだか分かりませんが、まず読む機会をつくることですかね?
Jul 17, 2006
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私達は簡単だと思うことは気軽に約束をしますが、自分の心の中に「たいしたことではない」とか「何時でも出来ることだ」というような安易な気持ちがあると、ついその実行を忘れがちになります。しかし自分では小さな事だと思っていたことが実は相手にとっては大きな問題だった、ということはよくあることで、一つの約束を守らなかったことがきっかけで、いつの間にか大きな信用を失うことにもなるのです。このように、約束する事柄の大小やその相手によって、実行の使い分けをするようでは、いつの間にか、自分に都合のよい約束は尊重するが、あまり特にもならないようなことはつい軽視してしまう、といった自分勝手な気持ちが、心に染み付いて、おのずと、人との接し方にもそれが表れてくるものです。約束を守る事の尊さはその内容にあるのではなく、どんなちいさな約束でも、まず相手のことを思って確実に守っていくという心を持ちたいものです。
Jul 16, 2006
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「傍目八目」なんとユーモアのある諺ですね。他人の囲碁を傍で見ていると、打っている人よりも八目も先が読める、ということから、無関係の人のほうが、当事者よりも物事の損得が的確に判断できる。ということのたとえです。他人に対する批判はたやすく出来ます。ところが、それが自分事となると、そう簡単にはいきません。程度の差こそあれ、誰もが持っている自尊心や自惚れといったものが邪魔をし、自分に何か欠点があると気付いても言い訳がましい気持ちが働いたり、割引して考えすぎです。しかし、自分のことは、じつは他人のほうが余程良く知っているのですから、他人からの批判や忠告こそ、謙虚な気持ちでうけとめなければ、なりません。他人を批判するとき以上にきびしい心の目を自分に向け、自分の真価をしっかり見極めていきたいもです。できるかな?????。
Jul 15, 2006
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私たちの日常生活において、自分がどんな心の状態でいるかで、その時の生き方が決まり、その時の行動に現れてきます。例えば、心が希望に満ち溢れているときは、なにをするにも積極的で、生き生きと元気に活動し、心が暗く沈んでいる状態のときは、行動も消極的で生気がないように映るものです。このように、心と行動とは密接な関係であり、物事を行う場合には、心をいかに保つかということが、その成否を大きく左右する要因になります。心に迷いがあれば、行動にも曖昧さが現れ、一貫性がないまま事に当たるので、その成果も多くは期待できません。反対に、心に迷いがなく、その決意が固ければ固いほど、行動にも自身があふれ、目標に対して純粋に打ち込みますから、自ずから良い結果が期待できるものと思います。このように、実際に行動に現れてくるもこそが、本当に信頼すべき。価値あるものであることにきずき、静かに自分自身を振り返っているところです。
Jul 14, 2006
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人は大切な人を失って初めて事の重大さに気ずく者です。友人・知人・家族などは其の典型といえるでしょう。信頼関係が崩壊したとき、人は静かに離れていきます。若いころには時間的な余裕もあり、一日一日を大切にして、誠実に相手と関わっていけば信頼を取り戻すことは可能ですが、人生も半ばを過ぎると気ばかり焦ってことは進まず、悩んだり苦しむことが多くなります。他人の信頼を得るためには、まず相手を信頼することです。自分の考えを押し付けず相手の考えを受け入れる。そして相手との約束はどんなに些細なことでも守り通すことが、やがては大きな信頼関係をきずいていきます。人と人との関わりなくしては、一日たりとも生きられないのが私たちです。人生をより豊かに生きるためにも、相手との信頼関係を堅固にして、日々を誠実に生きて生きたいものです。
Jul 13, 2006
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皆さんこの言葉ご存知でしたか?まだはっきりした原因は解明されていないそうですですが最近の研究で脳の前頭葉の中にある「四十六野」という部分が、関係しているとことです。四十六野は記憶を引き出す働きを持っており、電卓やワープロなど便利な機器に頼りすぎたり、他人とのコミュニケーションが少ないと、その機能が低下するのではないかと、専門家は指摘してます。予防法として1)一日最低三人、家族以外の人とはなす。2)一日十分間、文章を自分の手で書く。3)一日二十分間、なるべく知らない道を歩く、があげられています。周囲の変化を敏感に感じ取る、緊張感のある生活がたいせつなようです。脳の活性化を図るためにも、まず行動することを心がけたらいいそうです。「物忘れ」が最近出てきた私も大丈夫かな。。。。不安です。
Jul 12, 2006
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毎朝、目が覚めたら「今日もがんばるぞ」と張り切った気持ちでおきられますか?自分の生活や仕事が順調にいっているときは、就寝のときも明日が楽しみになり、朝が来れば、新しい一日への喜びと期待に心が弾みます、ところが、いったん不遇や困難に出会ってしまうと、気分は一変し、何かと気が滅入り、床についてもなかなか眠れず、また、朝目覚めてからも憂鬱な気分がつずいたりするものです。でも「今日」という日は自分の生涯にもう二度とは訪れない貴重な一日であります。先々をどう生きるかといたずらに心配するよりも、「今日」という掛がいのない日を喜んで立派に生きていくことの方が、より重要な問題いです。その日の活動や仕事の一つ一つの結果が、良くても悪くても、一日を全うできたことに心から感謝し、 「今日から始まり」だと思い「明日からもやるぞ」の意気込みを持って、がんばりたいと思います。感謝+感謝。
Jul 11, 2006
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日曜日の夜に、せせらぎダンスパーティーに一時間かけていってきました。田舎町で年1~2回程あります。 だいたい夕方5時半から9時までです。たくさんの人で約120人ほどこられてました。もうひとつの楽しみは手作りの軽食コーナーがあり地元の野菜や、くだものや、工夫を凝らした食べ物がたくさんあります。まちの特産品を景品にしたお楽しみ抽選会もあり大変盛り上がりました。残念ながらくじは、はずれでした。
Jul 10, 2006
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「面白いとか」「つまらない」とかよくつかいますよね?「おもしろい」という言葉は、神話時代から使われてきた古い歴史を持っているそうです。知ってました???「おも」は「面」で、顔のことですね。「しろ」は「白」で、明るくてはっきりしていることです。目の前がぱっと明るくなった、顔が明るくなった、いうのが、語源だといわれています。私たちも、困難を「おもしろい」と明るく前向きに受け取ることで、好結果をよびこみたいもです。
Jul 9, 2006
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「骨を折らないで成功する方法や、出世の近道などはない」。 「一日一日を一歩一歩、平凡にやっていき、小さな努力を積み重ねることが成功へのみちである」。 「自分は偉くなろうとか、金持ちになろうと思ったことはない。そのときその時を、精一杯に生きてきた」これらの言葉の意味を考えてみると、ごく平凡に自分の目の前にある仕事に対して全努力を集中し、それを積み上げていくうちに、知らず知らず成功してしまった。ということで、無一文から成功した偉大なひとです。。。すごい。
Jul 8, 2006
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集中とは、すべての力を一点にしぼり、中心に集めることである。なぜそうするかといえば、それがもっとも効率のよい方法だからです。それが、一番弱いものを一番強くするための、もっとも合理的なやり方だからである。集中力を高めるために1.道を歩くときは歩くことのみに集中する。2.話をするときは話をすることのみに 精神を集中させる。3.食事を作るときなども、間違ってもテレビを見ながら 作るなどという拡散した精神状態で作ることはよくありません。日頃から集中力を養う訓練を積んでおきたいものです。簡単なことですが、なかなかうまくいきません。
Jul 7, 2006
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本当は失敗などしないほうがいいことなんですが、でも失敗は貴重な体験だと思います。失敗をした時、私達は悲観し、悔やみ、意気消沈してしまいます。それが、一生懸命にやった結果であればなおさらです。しかし、失敗したことは元には戻りません。いくら悔やんでもどうにもならないことに気付けば、気持ちを早く切り替え、うまくいかなかった原因を冷静に探ろうとし、反省もします。その上で、「今後どうするか」という力強く前向きな姿勢になれたとき、失敗した体験が見事に生かされたことに気付きます。どうも私に、落ち着きと、冷静さがたりなかったようです。。。反省
Jul 6, 2006
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<石橋をたたいて渡る>という諺は物事に対する慎重さを言い表しています。<石橋をたたいても渡らない>となるとこれはたいへんです。思い切って渡ってしまえば、何事もなくて、「なんだこんなものか」と、悩んだこと自体がばからしく思えてしまいます覚悟を決めて決断し、実行すれば、案外簡単に運ぶようなことでも、あれこれと心に思うばかりで、実行に移せないでいると、そのことが絶えず気になり、悩み苦しむだけでなく、せっかくの機会も逃して後悔する結果にもなります。用心深さや慎重さも大切ですが、ここぞという時の、[決断と実行]力を伴った、前向きのものであって欲しいとねがいます。
Jul 5, 2006
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世の中が急スピードで動く時代になると、人の心にもはやる気持ちが出てくるもです。心のゆとりを取り戻すには、どうしたらいいのか考えてみました。たとえば、発想の転換をしてみること。俳人:一茶が残した、次の俳句を読んで、その光景を、思い巡らせて下さい。蝸牛そろそろ登れ富士の山まさにマクロとミクロの調和した大自然の姿がみごとに、浮かび上がってきます。イライラ,クヨクヨするのが、ばからしくなってくるではありませんか。自分に与えられたことは、喜んで全力を注ぎ、その結果には一喜一憂しないことです。努力不足なら悔いが残りますが、全力を注げば悔いは残らないとおもいます。??????。
Jul 4, 2006
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Jul 3, 2006
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我が家には、めだかが20ぴきほど飼っています。今日は早くから目が覚めたので、めだかの水かえを、思いつきました。友達からいただいた中国産のめだかです。尻尾が少し赤みをおびていて、熱帯魚のネオンテトラのようです。そのめだかに、子供も4月頃に生まれたばかりでたいへんです。さっそく水を山奥まで、湧き水を採りに行きます。上水道ではカルキがまたは塩素があるので不向きです。だいたい月壱では替えてやります。とてもかわいくて、替えた後は,しばらく眺めます。とても気持ちが癒されて、いいもんですね、。。。。。
Jul 2, 2006
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人々も性格の明るい人の元にあつまり、暗い人からは遠ざかろうとするものです。一般的には性格が明るいといわれるひと。1.外交的で、好奇心が強くあらゆるものに興味をしめす。2.考えかたが建設的で創造的なものに価値をおく。3.既成概念にとらわれない。4.プラスイメージが先行するので未知のものに どんどんチャレンジする。こうした要素は、仲間と良好なチームを組んだり、人脈を形成していくうえでも重要になってきます。そためには、日頃から物事を明るく受け止める習慣を身につけていきたいもです。。。努力がたりませんかね。???
Jul 1, 2006
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