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夜の10時すぎ、今夜はずっと住んでいる家に閉じこもってTV番組(あおきがはらじゅかいの)を見てる時に部屋のコードレス電話が鳴った。実家からだった!昨夜の日記にも書いた通り、実家で暮らしている愛犬:ダルメシアンの具合が悪かったので電話に出るのも一瞬怖いという気がした。でも出ないわけにはいかないから、出た。「Ryoさん(仮名)が昨夜亡くなったよ。」と...(という事は、うちのお魚ちゃんの命日と同じ・・・) 時間もAM2ごろだったそうです。まだ、Ryoさんは若かった。享年54歳だったそうだ。Ryoさんとは私の父方の親戚で、私の中では私が子供で、Ryoさんがお兄さんのまんま…私が子供時代のある日、小学校から帰宅すると家の前に車が停まっていて、親戚のお兄さんが来ていた。【徳島から愛知へふらりとやってきた】突然遊びに来たという**覚えていないけれど、Ryoさんは煙草は吸っていたかも知れないけれど、お酒を飲む人というイメージは無い。どっちもやらない人だったかもしれないし、実際は両方やるクチだったのかもシレナイ。。。4つ下の弟は小学校低学年だったかな、Ryoさんと弟と私の3人で当時のレコード店へRyoさんの車で連れて行ってもらった時のこと。この想い出が強烈だった!!!Ryoさんはとても激しい?!運転をする人で、子供だった私の記憶に強烈に想い出を刻んだ♪多分、私が車で『はしる』事が理屈抜きで好きなのはこのRyoさんの影響大だったんじゃないかな?もう、物心ついて、車のハンドルを握る年頃に私が成長する頃には、Ryoさんは私の中の伝説と化していた。とにもかくにも速かったんだもんね、坂を下る感覚なんかただただビックリしていた!未知の世界だったしね。その坂を下る感覚、自分では試した事はないけれど何人かの人が猛スピードで下ったけれど、やっぱりRyoさんが一番速かったしね、私的に。そのRyoさんとは大人になってから、話したりする機会もなく、噂では配達の仕事をしていたとのことだった。でも田舎だから、ちょい乗りとかじゃなく、とんでもなく距離を走るんだとか・・・??何年か前に、私の父がRyoさんの車に乗せてもらった時は{普通}だったそうだけど、なんかRyoさんの実力というか底力を想像すると笑えてきた。ずっと独身を貫いた人だった。ちょっと変わった人だったのかな。Ryoさんの両親は私の父の兄なんだけど、まだその両親は健在なので、先に息子が亡くなってしまってなんだか、すごく残念だし、病気だったなんて全然知らなかった。決して悪い人ではなかったと思うのでやっぱり、安らかに眠って下さいと祈ります。また、良かったら私の所に遊びに来てください?!《驚かしっこはナシですよ》運転のコツとか教えてほしかったりなんかして(笑)もひとつ欲をいうと、危ない時は助けてほしかったり、、(汗)ごめんなさい、こんなお気楽な日記の書き方してしまって。また、年末には弟も実家に帰省すると思うので、Ryoさんの思い出話をしたいなぁと思っています。Ryoさん、楽しい想い出をありがとうございました★
2004/11/09
AM3ごろ、私はのん気にDVD(ロズウェル)を見ていた。昨日から弱りきっていたカンムリニセスズメ(海水魚)がDVDを見終わったAM3:17過ぎ、ほぼ死亡してしまったのに気付きました。しばらく前から『様子がおかしい?』とは思っていた。あまり泳がないし、餌も以前よりあまり食べていない感じで水温は常に気にかけていた。ここ数日、悪い事ばかり起きている。小さな事は、{ほぼ切れにくい}として売られている部屋の豆球が切れた。台所のホタルックも三本中の二本がすでに駄目になった。そして、一番気がかりなのが、実家の愛犬のこと。突然具合が悪くなった。なんでも、タオルの端っこを長期にかけてかじっていてそれがお腹にたまって?!体調が急変したとの事。今、こんな状況であまり頻繁に実家への出入りを許されていない私は、先週愛犬が病院へ行く前日ぐらいになんとか用事をつけてやっと入れた。そこで初めて具合が悪い事をきいた。昨日の日曜も、土曜も息子には会っているけれど、息子は私が実家へ行く(家に上がる)事をものすごく嫌がっていて、、参った。昨夜も後ろ髪引かれるような思いで、息子を送り住んでいる家へ戻った。そして、先日の日記の続きはまた後日まとめたいと思うけれど、破産手続きが非常に苦境に立つ事になってしまった。というのは、司法書士を変える事に決めたから。ところが、きのう紹介してもらえるはずだった方に面談の末、断られてしまったのだ。そこで、私が痛烈に思ったことは、【慈悲の心】を持ち合わせた司法書士の方に出会えず、都合よく断られたり、邪険に扱われてしまう事。私があまりにお金に対して無計画で無頓着な面を持ち合わせている上不要なプライドばかりが表立ってしまっているのではないか? という事。愛知ではかの有名な破産団体?!○○の会に入会金(¥4,000)を払い、司法書士を紹介してもらっても先日の一件の先生のように、とてもじゃないけれど人間的な思いやりや情けの一面も持ち合わせてはいない人や、仕事はきっちりやってもらえそうだが、最初に依頼しなかったせいか、引き継げないと散々話を聞いた後に断る先生だった。面談が終わってエレベーターに乗る前に泣けてきた。いい大人が情けないです、ほんとうに。旦那と二人で晴天の日曜に相談に行ったので帰りの車の中で激しい口論になったのは言うまでもない。確かに自分は悪い所ばかりの人間なのだろう。旦那が口を開けば「デブだのバカ」だの悪口ばかりだ。けれど、この人は口は悪いけれど、旧車の表オーナーとして、というかただ純粋に私の願いをちゃんと叶えてくれている。「お前はどうなんだ?!!!!!」と言われると正直辛い。悪いと思っています。でもいつかは本当に証明できて、解ってほしい。なぜこれ程いろいろな出来事に遭遇するのかということを・・・今日、この家で私の守るべきものは居なくなってしまった。愛するお魚ちゃんまで、失ってしまいました。車にお金などかけず、引越しをしていれば、お魚の命を取り留められたのかも知れない。やっぱり不幸の、全ての根源は私にあるのだろう。全てを決めているこの私が悪い。後日、後任の司法書士(が無理なら弁護士)が決まったら続きの日記を書きたいと思います。====さようなら、お魚ちゃん 今日から一人でPCに向かいます====天国で見守っていて下さい。
2004/11/08
11月になりました。『今年もあと8週間だね』と会社の人が言っていたように、もう冬なんですよね。私の近況は一つの嵐が過ぎ去りました。そう、愛車を自分の不甲斐無さにより、失ったことです。この一つの一大事が、なかなかスムーズとはいかなくて今日、やっと決着したんです。何のことやらさっぱりわからない書き方ですが、わからない方はごめんなさい、読まないで下さいね(?)思い出して書きます。まず、10月8日頃だったのかな、寝ていたら司法書士事務所の女性から携帯へ電話がありました。起こされたけれど、話はちゃんと聞いていましたよ、勿論。とにかく私はずっと待っていた訳です。「マツダクレジットから電話がありますから」と言われていたので、極力電話には出ようと思っていました。それが、「事務所に何度もマツダクレジット(これ、正式名じゃないです)から、電話が入っていて、車の引取りの都合をききたいのですが?」との事。寝ぼけ眼で、カレンダーを凝視し、少し余裕を持った日付でお願いしてみた所、そこでいきなり○○先生ようは司法書士さんが横から急に電話を変わり、「そんなに待ってもらえないかもしれませんよ!」いきなり、酷い口調でね。こちらは、そんな電話のやりとりの後なら返事待ってるでしょ???普通ねぇ。ところが、ず~っと連絡が無かった。ついに私が希望した10/20の前日、夫と相談して連絡が無かったので、万一電話がかかっても鳴らないように、電話線を抜き、携帯の音を切っていつも通り仕事に備えて朝から寝る事にした。特に台風23号の接近により、どうにも新しく手に入れた旧車は、構造上豪雨はマズイ。(まだ、ごめんなさいね、秘密にさせて下さい)私は過ちをずっと犯し続け、最後まで愛車ファミリアと共に職場に通っていた。そう、過ちとは、車検が切れていたこと。そして、10/18から任意保険も旧車へ切替えていた。10/20当日、(当日だったけど、当日とは確信していた訳ではなかったの!!!!!!!!!!!)嵐の中(台風で)、嵐のような着信が残っていた。なんとなく着信音を消していても、気配で感じて見たら恐いぐらいしつこく着信履歴が残っていた。【やっぱり今日だったんだ?】でも、仕事が一番大事だから、私はファミリアで出勤するのだと決めていた。《ファミリアでなら大丈夫》確信していた。なぜだかね。。少し早めに出勤したかったのだけど(台風がどんどん接近していたから・・・)調度、出ようと思う頃、旦那が帰ってきた。そして、私は『マツダクレジット』へ事情を説明しておいて欲しいと頼んだのに、あの人はあろうことか私の携帯から司法書士事務所へかけたのだ(爆)普通、携帯から一般電話に掛けますか?お金の無い家庭で、、それだけでも私は≪ブチ切れ状態≫出がけにすごい電話での口論に発展した。(相手は司法書士)~!失礼すぎる!~私はこれ以上耐えられない程、この人に不信感を爆発させた。出る前にやはり台風の状況が緊迫していたので、念の為、先日飲み会へ行った会社の男性へ携帯を入れた。「オークションはいつも通りあるけど、、○×の付近とか冠水しているかも・・?所長は無理しなくてもいいって言ってるけれど、稼ぎたいなら来たら・・?」と言ってくれた。「もし、途中で行けなかったら連絡するから!」と私は伝え、出発。あまりにあせっていて、私は家の前の駐車場でリアをぶつけてしまった!(普段入れてない場所でもあった。){ガシャン!}と音がしたので、一瞬にしてパニック!旦那の軽が進路を塞いでいたので、のいてもらった時のアクシデントだった。大雨の中、旦那を呼び、「ぶつけちゃったよぉ:泣:!」リアを見てもらった。が、「大した事ない、大丈夫?!」と、送り出された。もう、パニくってる場合じゃない。そう、いつも訓練してる~~平常心~~の維持に努めた。悲しい時もイラついてる時も、運転には出さず走行するという、自己訓練である。やはり、台風なので、雨風強い。路面は本当に危ない冠水寸前で、まだ上手に避けていけば走行できた。だから早く出発したかったのだけれど。。。。。会社まであと半分過ぎたぐらいの地点かな、橋の上で渋滞して、停車していた。ちょうど息子に電話を入れた後だった。あいにく出なかったけれど。右斜め前方に停まっていた大型トラックの泥除けかな?その時はハッキリ見えなかったんだけど〔なんかビラビラしてる??!〕と思った瞬間、目の前にそれが飛んできた!奇跡が起こった。本当に目の前、車の屋根をかすめて左後方のガードレールに凄い音をたてて、その異物は飛んでいった。そして私は無事に会社へ到着できた。家を出発する前、旦那に「台風の影響を受けるかもしれないんだから」と告げて、覚悟を決めて出た。ファミリアは最後に二つの奇跡を私にくれた。もう一つは、出発の際、ぶつけたリアはぱっと見わからない程の状態で、凹んでもいなかった。最後の最後まで『ありがとう』しかいえなかった。間違いなく、神が宿る車だった。うまくいえないけれど、同じ過ちはもう繰り返してはならないから、私は私を一生許すという気持ちはありません。自己破産を許さないのではなく、このような形で愛車を手放すという事に陥った自分を決して許しはしないという事です。まだ、この話は続きます。
2004/11/01
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