2002年01月24日
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昼食は日本人専用レストランで「幕の内弁当」。豪華な朝食の記憶が残っている私達にこれは一体・・・何が悲しゅうて、中国へ来て「幕の内弁当」を食べにゃならんのだろう。日本に帰ったら絶対旅行社に文句を言おう。

我々は二階の個室での食事だったが、広間の方は新潟の高校生が修学旅行に来ていた。のぞいてみると同じメニューだった。さっさと食事を済ませ、一階の土産物をのぞいても買いたいものは何もない。駐車場に出てみると最新型のポルシェの観光バスがズラリと並んでいる。私達のボロいミニバンがいっそうみすぼらしく見える。と、その時「そうか、中国でいちばん有名な日本人は田中首相。角栄さんの出身地は新潟。だから修学旅行のバスも最新型なのか。」一挙に疑問が解決してめでたし、めでたし。

この後私は体調が悪くなり万里の長城では最悪の状態だったので、右側の女坂を最初の砦の半分くらいまで登って早々に休憩所へ帰り、後は寝ていた。※2年半後に再訪しました。興味のある方は北京旅行記(8)を読んでね。 (こちらからどうぞ)

帰りにもう一ヶ所土産物屋に寄ったが、私はバスを降りずにひたすら横になっていた。北京はかなり寒い。バスが動き出して暖房が効いてきた時はホッとした。

夕食前に北京で一番広い自由市場へ見学に行く。果物から日用雑貨までなんでも揃っているショッピングセンターだった。管理人が別室へ案内してくれてゆっくりと話を聞くことが出来たのは今日の最高の収穫だった。

夕食は広東風の海鮮料理店へ。私達は口々に「え~、違うだろう」とガイドに文句を言ったが取り合ってくれなかった。実は旅行の行程が決まった時、日本の旅行社に「北京で広東料理は食べたくない。北京料理が食べたい」と注文をつけてあったのだ。それに、ガイドから今日のスケジュールを聞いたときも、S君が「追加料金を払うから、海鮮料理ではなく北京でしか食べられない料理を食べたい」と希望を伝えてあったのに「そんな話は聞いていない」とまったく無視された格好なのだ。腹が減っているので今更他へも行けず、仕方なくその店で食べたのだがそれほどおいしくなかった。

夕食後、今度はK君が体調不良になった。K君は先にタクシーでホテルへ帰り、他のメンバーは梨園劇場へ京劇を鑑賞に行った。京劇は夜7:30からの開演でVIP席だったので大変良く見えた。これには大満足。ただし、京劇と言うよりは雑技団のようなアクションが多い出し物だった。舞台の上隅に英語の解説が出るので、まずまず内容は理解できた。8:50に終了となったが、劇場の出入口もしっかり土産物屋が並んでいた。帰りのミニバンには陳さんの娘も一緒に乗ってきた。塾からの帰りなのだそうだ。※京劇については北京旅行記(13)にも書いてあります。 (興味のある方はこちらからどうぞ)


ホテルでは、S君が居残り組3人の土産を日本へ運んでくれるというのでそれを荷造りしたり、日本からの土産を3人のバッグに分配して詰め込んだ。寝たのは12時だった。






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最終更新日  2002年01月24日 12時30分51秒
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