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新年早々・・・2006年1月8日
暮れに入院が決っていたじーちゃんの医師から宣告を受けた。
治らない病であること。手術は確定診断を行うためだけにするものであること。治療のためにはリスクもある検査や手術も必要であること。痴呆も進むであろうこと。
ついこの前まで運転もして、家事のほとんどをやっていた義父である。わざわざリスクを犯してまでそんな手術や検査をする必要があるのだろうかと思ってしまう。何より本人にどこまで告知するべきか。最悪1年なんて言われたら、それだけで寿命が縮みそうだ。
結局その日から3日もたっているのにどういう方法を取るのか何も決っていない。夫の親なんだから私が口出ししてもしょうがないし。
困るのは今までじーちゃんに頼りっきりだったばーちゃんのことだ。ふたりで買物に出るくらいしか楽しみがなかったし、これといった友人もいない。一気にぼけてしまうのではないかとこっちのほうが心配である。
送り迎えや買物など、いろいろ忙しい。今までが順風すぎたのだからまあこれくらいはしょうがないか。
こんなときぐらいは酒を控えるかと期待したが、当日以外はあまり変化ナシ。一人息子なんだから、しっかりしてくださいよ 。
まさか本人がこれを読むことはないと信じて書いている。
今日医師から正式に病状を伝えられた。神経膠芽腫。脳腫瘍のなかでもグレード4という悪性である。1年もたない、確実に悪くなる、放射線治療も効果は望めない。あんなにしっかりしてるんだからもしかしてグレード2あたりではというかすかな希望も絶たれた。
本人は少し足をひきずるだけで頭もしっかりしている。腰が痛いとわめくばーちゃんの心配をしている。
そのばーちゃんについてはもう絶句である。親戚の嫁さんがとてもよく世話をしてくれていることをいやみのように話しているだけ。今日の医師の説明も「あたしゃとてもじゃないけど行けないよ」と自分の病院内の引越しのことばかり気にしている。挙句の果てに「じーちゃんもいっしょに話を聞いたら」なんてことを言いだした。どんなに気丈な人でも余命1年と聞かされたら気落ちするだろうに。
もちろん本人には治療をしてなんとか病状が進まないようにすると伝えるのだが、いつまで今のように自分で身の回りのことができるだろう。
退院したらじーちゃんの故郷に挨拶回りと称してゆっくりさせようか。それまで何とか体力を維持して欲しいものだ。