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2012年02月16日
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 茶の間の掛物の言葉を茶道や禅の観点からこんせつ丁寧に解説したもので、その内容には恐れ入りましたといいたくなるほどでした。本当に悟りに近いひとでないと書けない文章だと思います。それだけ、すっとわかりやすく心に落ちてきました。茶をやってみたくなりました。

 この本を読んで分かるのは、茶道や禅が目指すものは、和して、一体となり、あるがままの姿となって執着なく無心となることだとわかる。そして、心が乱されない穏やかな(閑・関)境地へ達する。茶の稽古や禅の修行はそこへ到達するために、くり返しくり返し体を通して行われる。
 現代人にとっては、不思議な境地だと思われる。喧々諤々喧嘩のような議論が当たり前のように毎日のように行われる昨今、求められているものやもしれない。
 茶室に入り、湯のたぎる松風とひとつになり、部屋の外の雨滴とひとつとなり、また主客一如の境地へと達し、山へ入れば、水と、空を見れば白雲と、鳥と、ひとつになり、やがては大自然と、そして全宇宙とひとつとなり、すべての二元的に対立したものから遠ざかり、忘我し、座忘し、無心となる。そして、あるがままの姿となり、「直心の交わり」となる。そんな心穏やかな境地に達せられればいいなあと思う。

 茶をはじめよかな。


1.千利休の道家の精神「四規」・・・「和敬清寂」
・「和」
 茶事・茶会においても、点前のすべてにの動作、道具の扱いすべてに「和」という根本がいる。「人との交わり」においても、主客一体という人間関係から「一座建立」がなされる。

 「客の心になりて亭主せよ 亭主の心になりて客いたせ」つまり、一心同体になること
・「清」
 亭主は客の通る露地をあらかじめ清掃して打ち水をする。また、客は露地を通って蹲踞(つくばい)で手と口をススグとか洗うというのではなく「清める」。
・「寂」
 何ものにも乱されることのない、静かな心。「不動心」

(抜粋)
 客が静かに心を落ち着けて茶席に入ります。そして床の掛物を拝見して自分自身の心を清めるのです。そうして、お香のかおりをきき、花を拝見する。湯の煮える松風の音を聞いて、静かに乱れない心で感謝を込めてお茶をいただく。こうした実践・体験の積み重ねによって「寂」は大自然に同化するということになり、自然の中に溶け込み、自然を見つめ、さらに自分自身をも深く見つめることによって、不動の信念が生まれるのです。

「和して流れず 敬してへつらわず 清くしていさぎよく 寂にしてやかましゅうせざれ」
:「和敬清寂」の実践、千利休の教示。

2.無賓主の茶
(抜粋P225)


3.六度:六波羅蜜(人間形成の重要な六つの実践項目)
    :「布施」「持戒」「忍辱(にんにく)」「精進」「禅定」「智恵」
・「布施」
 本来は自分だけの欲にとらわれず、他に施し奉仕すること。茶ならば、一碗の茶を心から差しあげ、茶事の場合、心を尽くしてもてなしをすること。
・「持戒」

・「忍辱」
 どんなに苦しいことがあっても耐え忍ぶ心を養う、そして他には寛容であること。
・「精進」
 茶を点てたり喫したりする稽古も大切ですが、点前の作法を日常の立ち居振る舞いにも結びつけ、実際の生活の中に生かしていくということ、さらには分限に応じて精進することも大事。
・「智恵」
 まことの道を体得すること。

4.随流認得性
(抜粋P315)
 世の中の動きにしても、次から次へといろいろな運命が私どもに襲いかかってきます。その運命の波にもなれながらも、私どもの心は万鏡に随ってさまざまに変化します。雲はいつも風に乗って移行し、水は常に低きに流れる。そこには何のこだわりも執着もなく、無心に人生の流れに処していく。この「無心の心」こそが、「転ずる処、実に能く幽なり」で、自由無碍であり、奥の深いはかり知れないものであります。こうした流れに素直に応じながら、本心を自覚すれば、喜びにも有頂天になることなく、悲しみにも憂うることもなく淡々と乗り越えていくことができる、という意味になると思います。

5.松風
 湯のたぎる音を5段階にわけてたもの。「蚯音」「蟹眼」「連珠」「魚目」「松風」
 「松風」は釜の湯のたぎる最適の湯相の音として、これが松に吹く風の音に似ていることからこの名がある。
:後入の時に釜の湯のたぎる松風の音を聞きつつ躙口(にじりぐち)から入る。一切の俗塵を捨て切って松風とひとつとなる。

6.雲無心鳥知還
(抜粋p395)
 雲が何の心意もなく悠々として山の峰あたりに広がっている、雲も無心、飛ぶ鳥も無心でいるさまで、意識した美では到達することのできない自然の妙景です。そして、その自然は誰彼の区別をもたず、あるがままに動いています。こうした無心で自然な心で我々も暮らしてみたい、これが茶を学ぶものの理想郷でなければならないと思うのです。・・・・茶道とは無心を体験する道でもあると思います。

7.稽古
(抜粋p495)
利休居士道家の中で、茶道の稽古は「一点前点てるうちには善悪と、有無の心のわかちをも知る」と示されているように、手前を学ぶというのは、体の構えから、扱う道具のこと、点前の順序などを体に覚えさせるために、くり返しくり返し修め行うことです。また、点前中に他所ごとに気を取られたり、考えついたりするのは、有心(塵)であり妄心(埃)といわざるを得ません。

「稽古とは一より習い十を知り 十よりかえるもとのその一」

8.ふくささばき
(抜粋p478)
 濃茶点前の時に茶入を清めるためのふくささばきの所作として四方さばきをします。ふくさはご承知のように四角形で、東西南北と、北東、東南、南西、西北の四隅、さらに三角にたたんで天と地です。まさに、盡十方世界を表しているのではないでしょうか。

9.関
(抜粋p506)
 禅だけに限らず茶道においても「関」があります。茶席に入る露地には必ず「関守石」があります。この石は茶席に入る道しるべとして置かれてあることはご承知のとおりですが、ひるがえって考えれば、人生の道しるべとして受け止めることもできましょう。茶席の躙口も「関」の表象があります。思考するものは、躙口を入ることを許されないのです。「思考する」とは、妄想するなよ、あれこれ迷うなよ、ということであり、この語句を心にきざんでこそ、はじめて躙口という「関」が開かれ通ることができるのです。





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最終更新日  2012年02月16日 17時07分44秒
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