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『三四郎』夏目漱石(新潮文庫)

 前回の続きの10度目の楽しい『三四郎』読書報告です。
 前回、今回の読書のテーマは、冒頭タイトルにあるように、美禰子の心の理解の揺り戻し、やはり三四郎に好意を抱いていたのではを探ることでした。
 では、以下にその「証拠」個所となる場面を提示します。

 一つ目は、二人で美術館に行った時の、野々宮の姿を発見した時の美禰子の行動とセリフについて、三四郎に寄り添って書いてある地の文の説明です。
 ちょっと前後省略でそこだけ抜いてみますね。

「悪くって? 先刻のこと」
「可いです」
「だって」と云いながら、寄って来た。「私、何故だか、ああ為たかったんですもの。野々宮さんに失礼する積りじゃないんですけれども」
 女は瞳を定めて、三四郎を見た。三四郎はその瞳の中に言葉よりも深き訴を認めた。
――必竟あなたの為にした事じゃありませんかと、二重瞼の奥で訴えている。三四郎は、もう一遍、
「だから、可いです」と答えた。

 『三四郎』の地の文は三人称で書かれています。しかし、ほぼ一貫して、三四郎の心情に寄り添うように(三四郎がわからないものは分からないままに)描かれています。
 だから、この個所も三四郎が勝手にそう感じたと受け取れないこともないのですが、少なくともこの美禰子の瞳の記述は、一定の客観性を持って書かれていると読まないわけにはいかないと思います。(そうじゃなく読んでもいいのかもしれませんが、そんな読みばかりをしていたら、そもそも『三四郎』の読書がちっとも面白くなくなってしまう気がするんですが。)

 そしてもう一か所。画家の原口のアトリエで、モデルをしている美禰子が、三四郎を意識してかなり疲れた感じになる所の描写です。ここも少し抜いてみます。

 なるほどそう思って見ると、どうかしているらしくもある。色光沢が好くない、眼尻に堪え難い物憂さが見える。三四郎はこの活人画から受ける安慰の念を失った。同時にもしや自分がこの変化の原因ではなかろうかと考え付いた。忽ち強烈な個性的の刺激が三四郎の心を襲って来た。移り行く美をはかなむと云う共通性の情緒はまるで影を潜めてしまった。――自分はそれ程の影響をこの女の上に有しておる。――三四郎はこの自覚のもとに一切の己を意識した。けれどもその影響が自分に取って、利益か不利益かは未決の問題である。

 いかがでしょう。ただ、この場面の美禰子は、(まだ三四郎は知らないけれども)実はすでに第三の男と見合いをして、そしておそらくは婚約が成立した後であります。だから純粋な恋愛感情が美禰子の心中にあるとは言えないところであります。

 というわけで、なかなか今回の読書のテーマ、美禰子の心の揺り戻しは難しそうであります。
 かといって、美禰子は全く三四郎のことを歯牙にもかけていないかといえば、やはりそうでもなかろうと私は思うわけで、そんな美禰子の心情をすとんと描いているところはないだろうかと考えていますと、そういえば、とこんなところに考えが行きました。

 前半部の広田先生の引っ越しの手伝いの場面です。この場面に出てくるこの言葉も、『三四郎』中の大切なキーワードです。

 Pity`s akin to love

 これは本来の意味で翻訳するならば「憐憫は恋愛に似ている」となる言い回しですが、『三四郎』文中では、与次郎が俗謡で訳すべきだといって「可哀想だた惚れたって事よ」と訳して、広田先生に叱られ一同大笑いとなる場面です。

 この二つの訳文。
 与次郎の訳は、その意味を補足しつつ普通に訳すならば、恋に溺れているあいつはまさに可哀想な状態にあることだなあとなり、これはそのまま三四郎の姿となります。
 では、本来の訳文の方は――。

 私が今回の読書で思ったのは、多少牽強付会な部分は含みながらも、こちらの訳文こそが美禰子の三四郎への行為(思い)の正体ではなかったか、と。

 美禰子の心の中央には、やはり野々宮があったでしょう。しかしその横に、ひょっとしたら憐憫の対象かもしれませんが、三四郎を置くことは、決して無理ではないのではないか、と。
 人は必ずしも一人の異性をのみ愛するものではないが、後になって、その一人への愛も破局となった時、彼女は隣の二人目の異性に対してはどんな心情を抱くのか、多分それが、終盤に描かれた「ストレイシープ」ではなかったかと思います。

 この度は私は、そんな風に『三四郎』を読んでみました。
 名作は何歳になって読んでも感動するとはつまり、読者の千差万別の思いに、懐深く柔軟に対応できる作品だということではないでしょうか。
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Last updated  2026.05.02 12:48:16
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シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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