Apr 8, 2006
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カテゴリ: 生きる



もういちど、訪ねたいと思っていた・・


初めて、このお宅を訪問した2年前の6月・・あれからずっと気になっていた


きょう、機会を得て、ドライブを兼ね、春の風景を眺めながら

今は亡きご夫妻の家を訪問してきました

そのご夫妻の魅力は、いまなおエピソードがいくつも残っていて・・

ご夫婦の住まわれた家から、暮らしのヒントがみつかります


buaiso


人の暮らしを垣間見る趣味はないけれど

なぜかこのご夫妻は、拝見したくなるほど惹き付ける魅力があり、

味わいを感じるのです


前回、訪ねた時は奥様の興味から・・

今回は、ご主人への興味から・・

お二方とも、それはそれは、素敵で、カッコよくて・・

わたしの憧れのご夫妻なのです


その家の主の名は、

「白洲次郎」


その家の名は、

「武相荘」

↑は、このお宅の紹介のHPです




「白洲次郎」・・

日本で初めて、ジーンズをはいた男

そしてジーンズが一番似合う男

大正8年にイギリスに渡り、ケンブリッジ大学に留学、

英字新聞社に勤務。その年に樺山正子と出会い、結婚。

戦争の拡大を見越して、東京郊外に田圃と畑のついた農家に暮らした男

戦後GHQ作成の新憲法総司令部案(マッカーサー案)に対し、次郎は草案を作り

以後、サンフランシスコ条約の発効まで「日本国憲法」誕生の現場まで立ち会う。

次郎は、GHQとの折衝で「従順ならざる唯一の日本人」といわれる。


まだまだ、「白洲次郎」のスタイルは、著書の中で息づいている・・








下記は、初めて白洲邸を訪れた時の日記より、(2004,6、4)


「その人」を訪ねて



ずっと私の中で気になっていた人がいる・・

”その人”の一冊の本に出会い、この著者に言葉では

言い表せないモノを感じていた


少し前、友人と話をしたときに”その人”の名前が出てきて嬉しくなった

友人の家がある沿線に”その人”は暮らしていたそうで

いまは,その家が記念館になり公開されているとのこと


友人から、「何度か訪れたことがある」と聞き、今日は友人に案内してもらった


”その人”の名は、「白洲正子」


どこに魅かれたかというと・・

モノの見方、感じ方、選び方、生き方がどこか人生の大先輩には

畏れ多いが私のモノの見方、受け止め方に近い感性をみた


本を読み、すっかり虜になった私には、「白洲正子」は

人生の先輩のお手本のような女性だ


友人との会話に「白洲正子」の話題が出なければ、記念館を

訪れる機会もなかったかもしれないと思うと、友人に感謝の

気持ちが溢れてくる



門をくぐってすぐのアトリエ、いまはギャラリーと喫茶室に・・




先ほど、”感性が近い”と書いたがどういうところが近いのかというと・・


たとえば、花を活けるのに私は剣山を使わない

これは花が摘まれる痛み、そして活ける時の剣山に挿される痛み

これは花たちにとってかわいそうに思うのでなるべく花瓶に

そのまま活け、その花が美しくみえるように調える・・


花は野の花を愛で、花の枯れ行くはかなさをみて

人の生きていく姿をそこから重ね合わせてみることもできる


正子もどういう理由で剣山を使わなかったのか

それはわからないが・・・・

剣山を使わずに花を活けてたと・・今日、知った



今日は爽やかな初夏の中を素敵な出会いができたこと・・

日記に綴りながら感動している








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Last updated  Apr 8, 2006 10:24:06 PM
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