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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。今になって、家族面されても困る。ショックだった。家族みんなでのんびりしようした私の計画が、まさかこのようなことになろうとは。兄が行かないと言い出した。東京を通るならば、父の介助が十分に出来ない。私は、いつも最悪のことを想定している。この旅行は、無謀すぎる。そんなに行きたいなら、自分達で行け。話は、今日も平行線で、結論がでない。そして、私の本音は、家族みんなで行きたいのだと話すと。確かに私は、学生の頃から、家族をかえりみなかった。いつも友人達と遊び、休日はもちろんのこと、平日の夕食さえ一緒に食べることが少なかったかもしれません。いつも、家にはおらず家族の誕生日にも何かした覚えもありません。全て、私が行ったことです。今ごろになって、家族の大切さを知ったところで、周りが戸惑うのも無理からぬことかもしれません。私が友人達と遊んでいた間、兄と父は、そう感じていたなんて。兄が行かないなら、お前一人では、難しいだろう。父の言葉に、いつの間にか、私の妻の存在が消えていた。そして、最後には、私一人が行きたくとも、何もわからないし、何も出来ない。とうとう、父の頭の中には、私の存在さえなくなっているみたいだ。全て私の責任だ。私は、自業自得だか、妻にまでそう感じられるのは、さすがに、申し訳ない気持ちだ。私は、いままでなにやってきたんだろう。私は、父や兄を責める気持ちも、反論する気持ちもありません。絆とは、きっと、そんなものなのかもしれない。自分一人が、築けるものでなく、相手に押し付けるものでもない。いい時にだけ顔を出して、さも自分は、家族なのだと言っても相手に受け入れてもらえないのは、当然の話です。私が妻や子供と付き合うように、どんなときにも、いい時や悪い時、都合が悪い時や煩わしい時。どんな時にも付き合う、たとえ、沢山の時間を費やそうとも傍にいる。そうやって長い時間を架けて築けるものなのかもしれません。私は、恥ずかしい話ですが、40になろうとしているこの歳で、初めて気付きました。結婚して、家族の大切さを知り、子供を持って、初めて親の大切さを知りました。どんな時だって、家族は、変わらないものだという私の思いは、全て私の綺麗事だ。しかし、私の思いも変わらない。父になにを言われようと、兄にどんな厳しいことを言われようと、私は、二人を恨めない。憎めない。そして、私は、家族だと確信し続けます。この気持ちは、どんな正論であっても、周りに拒否され続けたとしても、変わらない。上手くいえませんが、私がわがままに決めたことですから。そう、私が自分でそう決めたことですから。こんな気持ちの中での旅行は、私には、考えもしなかった。初めての旅行は、私にとって、気の重いものになりそうです。人生には二つの悲劇がある。一つは心の願いが達せられないこと。もう一つはそれが達せられること。人気blogランキングに登録してみました。よろしかったら、ぽちっと。 空いている時間を、有効に使いませんか。 PC初心者でも心配いりません!業務に必要な準備は全て本部が行います。コピー&ペースト、メール送受信、インターネット閲覧程度のスキルで参加可能です。時間の束縛もありませんし、あなたのHPやブログを使って始めませんか。ほんとに簡単ですよ。日給6,900円以上可能 もちろん、成功報酬ですが。興味を持たれた方は、ここをクリックして下さい。 bydemerara
2006.02.26
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。ただ、家族でのんびりと旅行がしたかっただけなのに。私の家族と父と兄。家族みんなでの旅行は、初めてなんです。それも、お金は、全て私が持ち、父と兄を招待するのは。私の妻は、インターネットを使い、交通機関からホテルまで、障害者の父を考えて色々調べていました。乗り継ぎの駅の障害者用トイレまで。行き先は、箱根。安いチケットを手に入れた為、東京での乗り換えだそうだ。東京と聞いて、人混みの中、父の移動は、大丈夫だろうかと不安がよぎりましたが、そこまで調べているならなんとかなるだろうと。そんな妻の計画を、兄は、一蹴。私なら、こんな計画は、立てない。健常者が立てる計画だと。健常者という言葉を繰り返すたびに、私は、やるせなさを感じてしまった。確かに、私達夫婦は、健常者だ。しかし、その健常者が一生懸命父のことを考え、立てた計画をそこまで否定しなくとも。私は、ともかく、いままで調べていた妻の立つ瀬がない。大人が3人もいれば、東京といえどもなんとかなると考えた私も甘かったのかもしれません。結局、父と旅行をしたことのある兄に任せることにしたのですが、それなら、計画が全て変わるという。チケットもホテルの予約もキャンセルということなのか。お金はもう払っているというのに。そして、今度は、妻が、それでは私達が招待する旅行でなくなると言い始めた。私は、みんなでのんびりしたかっただけなのになぁ。みんなが父のことを考えているのに、うまくいかない。どちらも折れる気は、ないらしい。健常者が父のことを考え、行ける行けない、出来る出来ないを決めるよりも、父が行きたがっている所を健常者の私達がいかにホローして希望に叶うように協力しあうかだと思っていたのですが。お前は、障害者と旅行することがどれほど大変なことか、甘く見すぎていると。父と旅行をしたことのない私は、叱られぱなし。都会は、そんなに障害者にとって、旅行しにくい所なのか。隙あらば、生き馬の目を抜くような所なのか。少なくとも、健常者である私が住んでいた東京は、良い人ばかりでしたが。もちろん、悪い人もいるでしょうが、それは、どこの街でも同じでしょう。障害者と健常者。お互いがお互いを考え合い、協力しあえば、きっとみんなが楽しく過ごせる旅行になるはずたと信じているのですが。また、行こうな。そんな旅を私は、家族みんなでしたい。汝が生まれたとき汝は泣き、汝の周囲の人々は喜び、汝がこの世を去るときには汝の周囲の人々が泣き、汝のみ微笑むようにすべし。人気blogランキングに登録してみました。よろしかったら、ぽちっと。 空いている時間を、有効に使いませんか。 PC初心者でも心配いりません!業務に必要な準備は全て本部が行います。コピー&ペースト、メール送受信、インターネット閲覧程度のスキルで参加可能です。時間の束縛もありませんし、あなたのHPやブログを使って始めませんか。ほんとに簡単ですよ。日給6,900円以上可能 もちろん、成功報酬ですが。興味を持たれた方は、ここをクリックして下さい。 bydemerara
2006.02.18
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私は、時々妻が恐ろしく見える。まだ私の仕事は、働き始めて2ヵ月足らずであり、一向に慣れない。そして、この仕事が自分にできるかどうかもわからない。そんな状態にもかかわらず、私の妻は、旅行の計画を立てている。何を考えているのか。そんなお金は、どこにあるのか。そして、余裕は。いつもこうです。私の気持ちなどお構いなしで、どんどん話が進んでいく。私にとっては、がんばってもだめなら、辞めようなんていうなんだか甘い考えの逃げ道を絶ち切られるような。私は、妻と子供の喜ぶ姿を見ると、私の気持ちなど言うに言えなくなってしまう。何がなんでもこの仕事を手放せない。辛いとか、しんどいとかついていけないなどと言ってられない。私にとっては、この上なくプレッシャーなのですが、いつもそんな形でうまくいっている。今回もうまくいかせなければ。こうなったら、やけくそだ。旅行に行くなら、父を連れて行こう。父との旅行なんて、何年ぶりだろう。そうだ。一人も二人も大して変わらない。兄も連れて行こう。家族みんなでの旅行なんて、初めてです。いっぱいお金がかかるんだろうな。あとは、野となれ山となれだ。みんなお金が無いだろうから、私の肩には、沢山のものが乗っかっている。もう考えまい。ただ、今は眠って、明日会社に行くだけだ。 人生は人間が共同で利用するブドウ畑です。一緒に栽培して、共に収穫するのです。人気blogランキングに登録してみました。よろしかったら、ぽちっと。 空いている時間を、有効に使いませんか。 PC初心者でも心配いりません!業務に必要な準備は全て本部が行います。コピー&ペースト、メール送受信、インターネット閲覧程度のスキルで参加可能です。時間の束縛もありませんし、あなたのHPやブログを使って始めませんか。ほんとに簡単ですよ。日給6,900円以上可能 もちろん、成功報酬ですが。興味を持たれた方は、ここをクリックして下さい。 bydemerara
2006.02.09
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。あと2ヶ月の命ですよ。星から届いたメッセージを私は、何度読み直しても、答えが見つからない。それほど人の命というものが大きいものなのか、それとも、私が未熟過ぎるのか。考えれば、考えるほど、深い霧に包まれ、見えなくなっていく。私が口にしたどんな言葉も、埃のように軽々しく、安っぽいものに聞こえてしまうに違いない。私は、以前、いくつもの人の死を見てきました。そして感じたことは、人は、死が訪れるまで誰しも生きようとしているのではないかと。そして、その生かせる力は、その人しか理解できないものではないかと。こんな話を聞いたことがあります。非行を繰り返し親にまで暴力を振るっていた少女が、父の余命があと少ししかないことを知り、立ち直ろうとするが上手くいかない。そんな姿を見て、父が、「もっと、私を困らせておくれ。お前のことが気が気でオチオチ死んでもいられないくらい。私が今日まで生きてこられたのは、おまえのおかげなのだから。」生かせる力は、人それぞれであり、死の迎え方も、人それぞれなのかもしれません。よく、世間では、余命宣告や延命治療が話題になりますが、私は、正直、あまり興味ないんですよ。他人事だと考えているのかもしれません。命というものは、人間の科学や医学など到底およばぬものだと信じていますし、余命だといって、人間が踏み込むべき領域ではないと。だから、私は、どちらでもいいんです。どちらにしても、愛する妻と子供が私のことを思って決めたことでしょうから。人は、余命の告知を受けた瞬間から、明日を夢見ることを止め、死への準備を始める。それとも、なにも知らないまま痛みを伴う延命治療。すくなくとも、明日を夢見ることはできる。どちらがいいとか、正しいとかを争うつもりがありません。私は、どちらも正しいもので、どちらにもリスクがともなうものだと。問題は、死に方ではなく、生き方かもしれません。そして、あなたが感じている無力感。死は、誰もが訪れる避けることの出来ないものである限り、誰もが感じることではないかと。どんなに尽くしても、どんなに喜ぶことをしてあげてたとしても、愛する人が傍から去ることになれば、昨日までいた身近な人が目の前から消えれば、もう少し自分には、何か出来なかったのか、きっと、もっとなにかしてあげれたはずだと悩むに違いない。それとも、自分はよくやったと満足するのだろうか。ならば、それは、すべて自分の自己満足の為にしてあげていたものなのだろうか。やはり、未熟な私は、答えがでてきません。触れられるのを嫌がられ、暴力 暴言を吐かれ、叩かれて 蹴られて 噛み付かれながら 介護をする…。誰の助けも得られぬまま。一日だけではなく、毎日なのですから、きっと、想像も出来ぬくらい大変なことでしょう。私は、思います。そんな人にこそ、答えが見つかるのではないかと。暴言を吐かれようと、叩かれようと、噛み付かれようと。あなたは、確かに、生きようとしている力を受け入れている。暴言を吐く行為も、噛み付く行為も、すべて、その人が生きようとする力に違いない。その力を、口先だけでなく真正面から受け入れるあなたに私は、かなわない。父への私の介護など、足元にも及ばない。私は、神の御意志など知らなくていい。お釈迦様の尊い言葉の意味も。私は、あなたの答えこそ何者にも勝る真実だとそう信じています。そんなあなたが、生きる力を毎日目の前にしているあなたが、死を弄ぶことなどできるはずがない。少し、おしゃべりが過ぎました。無知な人ほどよくしゃべるものだそうです。あなたに訪れるその答え。いつの日か、私に教えていただければ。立派に死ぬことは難しいことではない。立派に生きることが難しいのだ。人気blogランキングに登録してみました。よろしかったら、ぽちっと。 空いている時間を、有効に使いませんか。 PC初心者でも心配いりません!業務に必要な準備は全て本部が行います。コピー&ペースト、メール送受信、インターネット閲覧程度のスキルで参加可能です。時間の束縛もありませんし、あなたのHPやブログを使って始めませんか。ほんとに簡単ですよ。日給6,900円以上可能 もちろん、成功報酬ですが。興味を持たれた方は、ここをクリックして下さい。 bydemerara
2006.02.04
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