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2026年07月29日
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私の生まれは1955年(昭和30年)。 戦後10年 が経ち「 もはや戦後ではない 」と言われた頃。そう言われるという事は、まだ戦後だったのだ。東京の 下町 の原風景はまさに「 三丁目の夕日 」。 東京タワー がだんだん高くなるのを眺めながら、コンクリで固められた 路地 公園 で駆け回っていた。大通りには トロリーバス 傷痍軍人 が物乞いをしている。テレビや少年雑誌には戦争ものの漫画が溢れ、盛り場には必ず右翼の宣伝カーがいた。
まだまだ「戦後」なのだ。

それでも下町には活気が溢れ、私の生まれた「 にぎわい通り商店街 」は、ウチがタバコ屋、その並びに八百屋、魚屋、米屋、パーマ屋、釣り堀、駄菓子屋、総菜屋 etc. いわゆる「しもた屋」は一軒もなく、皆なんらかの商売をしていて、人通りも多かった。ラーメンの出前を頼む時も「にぎわい通りのタバコ屋」で届いた。



ガキンチョにはそんな事は関係なく、興味の対象は代わる代わるやってくる子供向けの 露天商 たち。東京下町はそこは恵まれていたね。たぶん日本一恵まれていた。 紙芝居 は元より、ポン菓子、キビ団子、金魚屋、あめ細工、シンコ細工、粘土屋。
そんな店は聞いたことがない?説明しよう。

ポン菓子 は知っていますよね。米やとうもろこしを機械の中に入れて熱すると、ボンっと大きな音と共に爆ぜてアラレやポップコーンができる。おじさんはその機械をリアカーに乗せて町を回ってきて、ガキンチョ達は母親から米を貰っておじさんに渡すと、おじさんはその何割かをマージンで差し引いてからポン菓子にしてくれる。だからガキンチョのこづかいは減らないと言う素晴らしいシステムなのだ。

キビ団子屋 って分かる?寸胴鍋で茹でたキビ団子を、その場できな粉をまぶして経木の皿で出してくれる。うまいんだ、これが。

あめ細工屋 も分かるよね。もはや伝統工芸入りだ。
シンコ細工


特筆すべきは 粘土屋 だ。町によっては「 カタ屋 」とも称していた。素焼きの雌型に粘土を押し込んで形を作り、そこに金銀赤青等の色砂を綿棒で塗って作品にする。それを時間ごとに粘土屋のおじさんが開催する品評会に出すと、おじさんが点数を付けてチケットをくれる。チケットを集めると新しい粘土や型が手に入ると言うシステム。(​ コチラ ​で詳しく紹介されている。 こち亀 に出ていたとは知らなんだ)

大きな型を使って作った超大作に七色の色砂で採色をして、さあ品評会だと持っていくと、おじさんは店をたたんで次の場所へ行っちゃってる。おやじ、絶対俺を見てたよな。



そんなこんなの「大人のイロイロ」を学びながら、ガキンチョは成長していくのだ。


「​ 私を作ったものー2:駄菓子屋とコロッケ屋と縁日 ​」に続く






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最終更新日  2026年07月31日 14時18分45秒
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